第六話 インテグラの用件-おまけ
○告知
(=ↀωↀ=)<漫画版三巻本日発売ですー
(=ↀωↀ=)<今回も今井神先生の描き下ろし設定やイラストあり
(=ↀωↀ=)<あとロボータSS第二弾も掲載ですー
( ̄(エ) ̄)<発売前日までに告知しとけクマ
(=ↀωↀ=)<活動報告で既に発売日告知したと勘違いしてました
(=ↀωↀ=)<ごめんなさい
○お知らせ
(=ↀωↀ=)<作者が日曜日に取材兼ねてワンフェス行ったりするため
(=ↀωↀ=)<次回更新日はおやすみです
(=ↀωↀ=)<ご了承ください
(=ↀωↀ=)<代わりと言っては何ですが
(=ↀωↀ=)<今回は二話分のボリュームです
( ꒪|勅|꒪)<切って二話分にすればいいんじゃネ?
(=ↀωↀ=)<話的に切りたくなかったのもあるし
(=ↀωↀ=)<インテグラと話すだけで三話は使えなかった(文字数はともかく)
□【聖騎士】レイ・スターリング
インテグラは丁寧にシルバーを扱っていた。
手で触れ、あるいはレンズや端子のようなものを近づけて何かを確かめている。
「分解はしないんだな」
「ある程度は《透視》や精査の魔法で開けなくても視えるからね。それに言っただろう? 私の技術は初代に及ばない。迂闊に分解して戻せなくなっても困る」
「なるほど……」
子供の頃、好奇心に負けてドライバーで玩具の時計を分解してみたら戻せなくなった思い出が蘇る。
あのときは兄がちゃっちゃと直してくれたが。
しかしインテグラの話を聞くと、生物然としたフォルムのシルバーも内部は精密機械であることを思い出す。
そういえばあの鯨や兜蟹も生物らしいフォルムだった。
先々期文明の機械はああいうものが多かったんだろうか?
と、ここで一つの疑問を思い出した。
「なぁ、ちょっと質問してもいいか?」
「どうぞ」
「シルバー達……煌玉馬を含めた煌玉獣って他の機械とはどう違うんだ?」
残骸から得られた情報によれば、同じく生物型だった鯨と兜蟹は煌玉獣ではなかったそうだし、両者の区別はどこにあるかは疑問だった。
「どう違うか、ね。シリーズが違うと言えば話は早いけど、そういうこととは別に先々期文明の頃はある程度の定義付けが為されていたらしいよ」
「定義付け?」
「大雑把に言えば、次の二つの条件にあてはまるものが煌玉獣だよ。『人工知能を搭載し、自律行動できる』。そして、『人間の搭乗を前提とする』というものさ。ああ、大前提として、魔力で駆動するというのもあるけどね」
人工知能による自律行動と、人間の搭乗。
それはどこか矛盾しているようにも思うが……シルバーはたしかにそれに当てはまる。
「だから、人工知能のない今の<マジンギア>のような機械は煌玉獣ではないし、人工知能はあっても人間の入る余地がない機械式ゴーレムも当てはまらないのさ」
「そういう区分か」
無人機だった鯨と兜蟹はこちらなのだろう。
「それと、初代が作ったものの中には煌玉人というのもあるよ。人工知能を搭載したスタンドアローンの機械人形さ。それらは人間の搭乗を前提としないため、煌玉と付いていても煌玉獣ではない。だからこそ煌玉人と名付けたのかもね」
「なるほど……」
「ややこしいことに、君とアルティミアがカルチェラタンで戦ったっていう量産型煌玉人、煌玉兵は人間……というか生物の搭載を前提にしているから煌玉獣なんだよ」
……なんかややこしい生物の分類みたいになってきた。
ハクジラ小目イッカク科シロイルカ属シロイルカ……みたいな。
「じゃあ今からでも人工知能搭載して人間が搭乗する機体を作れば、それは煌玉獣認定されるってことか?」
「されるだろうけど、難しいね。なにせ人工知能関連の技術が遺失しているもの。レジェンダリアや黄河は精霊や霊魂を器物に封じ込めて人工知能にすることもあるけど、煌玉獣に必要なのはそういう魔的な知能ではなく、純然たる科学技術に基づいた人工知能だからね」
区分けは大雑把に思えたが、その実レギュレーションは細かいようだ。
「初代はそれに関しては天才的だったけれど、後続の私達は誰もできないんだよ。基礎知識を伝えられても理解できない、と言うべきかな」
「そういうものか……」
「大昔のドライフでは、古代の機械式ゴーレムを捕獲して人工知能を取り出し、それを現行の<マジンギア>に載せる研究も一時期していたらしいけれどね。プログラミングの再調整ができなくて頓挫したと聞くよ」
ドライフで人型ロボットができたのは、フランクリンの<叡智の三角>が【マーシャルⅡ】を作ってからだ。
それまでは戦車型やパワードスーツ型しかなかったので、人型であろうゴーレムの人工知能をそのまま流用はできなかったのだろう。そも、人間が搭乗するようなプログラミングにもなっていなかったはずだ。
「じゃあカルチェラタンの【セカンドモデル】工場は……」
「ある意味、画期的な<遺跡>だよ。ひょっとするとここから煌玉獣の時代が再興するかもしれない。【煌騎兵】に就く人数も増えているようだしね」
現在の王国では【セカンドモデル】の普及に合わせ、【煌騎兵】のジョブを取得する<マスター>やティアンが増えている。
ある程度の速度を発揮でき、空中を歩行し、バリアも展開できる。機械であるがゆえに体調の差異もないし、世話の手間もかからない。
乗騎としては既存の騎獣より扱いやすく、人気であるそうだ。
まぁ、一定の力量を越した騎兵系統は、既に愛用する騎獣がいるので乗り換える人も少ないらしいが。
「ああ、そうだ。オリジナルの煌玉馬を持っている君には伝えておきたいことがあるんだ」
「?」
「初代の遺した情報を整理していて見つけたもの……煌騎兵系統上級職の解放条件さ」
「あ、それは気になる」
たしか、まだ誰も就いていなかったはずだ。カタログにはなく、<DIN>の情報網にも掛かっていない。
シルバーのメッセージにあった権限どうこうも、上級職になれば解禁されていくかもしれないし。
「煌騎兵系統上級職、【煌玉騎】の解放条件は三つ。まず、【煌騎兵】のスキルである《煌玉権限》のスキルレベルが一以上であること。次に、合計レベルが四〇〇に達していること。そして最後に……」
「最後に……?」
「世界全体での《煌玉権限》のスキルレベル合計が五〇〇〇を突破していること」
…………なんだって?
「それって……」
「要するに、世界中で煌玉獣と【煌騎兵】が普及していないと出てこないんだよ、このジョブ。レベル条件も厳しいし、レア上級職の類だね」
……なるほど。それは誰も就いていない訳だ。
【煌騎兵】をカンストしても《煌玉権限》のスキルレベルは一止まりだからな。
「単純計算で五〇〇〇人が就かなきゃダメなのか……」
「まぁ、段々と普及しているし、このペースならそう遠くない内には届くんじゃないかな」
<マスター>だけだと厳しいが、ティアンでは王都以外……貴族諸侯の各騎士団にも配備が進んでいる。
たしかに、達成は不可能ではなさそうだ。
じゃあそれまでに下級職のレベル上げを終えて準備しておくか。
現状は特に上級職の選択肢もないし、シルバーがいるならその【煌玉騎】になるのも良さそうだから。
このままだとシルバーも力を発揮しきれない。……宝の持ち腐れにならないように気をつけよう。
しかし……ここまで話を聞いていて一つの疑問を覚えた。
「煌玉獣って初代フラグマンが作ったものだよな?」
「そうだね」
「けど、その前から【煌騎兵】のジョブはあったのか?」
ジョブ自体が煌玉獣の普及を前提とした煌騎兵系統。
煌玉馬が存在しなければ、ジョブ自体がほぼ無意味な代物になる。
では、煌騎兵系統ジョブは、煌玉獣が誕生して新たに増えたのだろうか?
「初代が作る前からジョブ自体はあった、と伝わっているよ」
「それも不思議な話だな。存在しないもののためにジョブがあるなんて……」
因果関係がこんがらがっている。
「うん。でも、これは煌騎兵系統に限らず、ジョブ全般に言える話なのだけれどね」
「?」
「これは私の師匠……のさらに師匠が調べた話」
インテグラがそう言うと、部屋に置いてあったキャスター付きの黒板がカラカラと俺達の近くに動いてきた。次いで、白墨が独りでに動き出して黒板に絵を描き始めた。
ちなみにそれらを魔法で行っているのだろうインテグラは、今も視線と手はシルバーに向けたままである。
……なんか魔法使いじゃなくて超能力者みたいだな。
「天地には【角力士】という変わったジョブがある。それは相撲という競技にも関わりがあるのだけど」
ああ、<Infinite Dendrogram>のジョブにもあるんだっけ。
でも神事じゃなくてあくまで競技なんだな。
……それはさておき、黒板にデフォルメされたおすもうさんが描かれているのは説明のためなんだろうか。
「ところが、相撲という競技の文化はこの一〇〇〇年かそこらの間に広まったものなんだよ。【角力士】の方は先々期文明の頃にはあったらしいのにね」
「……うん?」
競技が広まる前から、その競技に関連したジョブがある?
【煌騎兵】と同様に、卵とニワトリの関係がおかしなことになっている。
「聞いた話では、<マスター>の移動する向こう側の世界にも、【角力士】と同じジョブがあるそうだね」
「ああ、うん。ジョブっていうか、職業だけど。別にジョブに就いたからってレベルやスキルがある訳でもないし」
「そういうものだとは聞いているよ。でも、そちらはまず競技があって、ジョブがあるのだろう?」
「ああ……」
その点が、リアルとこちらでは真逆だ。
「同じような話は他にもある。そもそも、人が機械技術を使い始める前から【整備士】はあったのだろうしね」
……そうか。そもそも、煌騎兵系統に限る話ではないのか。
「名称は、君達の移動する向こう側と一致しているものも多い。私の【大賢者】のような魔法職だってそうだろう?」
「実在非実在はともかく、概念としては存在するな」
「それは偶然の一致かもしれない。あるいはこの世界を創った何者かが、この世界にジョブという仕組みを埋め込むときに、君達の移動する向こう側のような……『どこか他の世界に存在する職業』を参照してジョブを定めたのかもしれない」
「…………」
ゲーム的に考えれば、参考にしてジョブを設定し、プログラミングしただけだ。
けど……<Infinite Dendrogram>の場合、そうでない可能性もある。
「じゃあ【煌騎兵】と煌玉獣は……」
あれらが異彩を放つのは、リアルに存在しないため。
他のジョブ……リアルに存在する職業や概念と違って、ここにしかないものだからだ。
だけどもしかしたら……。
「<マスター>の移動する向こう側でもないどこかには、【煌騎兵】という職業があって、煌玉獣も一般的に扱われていたのかもしれない、ということさ」
リアルでも、<Infinite Dendrogram>でもないどこか。
それは別のゲームかもしれないし、あるいは……。
「しかしそうなると、初代フラグマンは偶然にも煌玉獣の仕様に当てはまるモノを作ったってことか」
人工知能を積んで、人の使用を前提とした、魔力で動く機械。
偶然に作ることは確かにあり得る。
そして作ったからこそ【煌騎兵】が日の目を見た。
「むしろ【煌騎兵】や上級職の【煌玉騎】から反映して、作ったモノが煌玉獣と呼ばれるようになったのか?」
「普通に考えれば、そうなるね」
「だよな。そうでもないと初代フラグマンは最初から煌玉獣や【煌騎兵】のこと、それらがあるどこかを知っていて作ったことになってしまうし」
この世界に存在しない概念を、この世界に存在する者が知っていることはありえない。
だから、やはり偶然の一致なんだろう。
バカなことを言ってしまった。
「……………………」
けれどなぜか――インテグラは俺を凝視していた。
それは素っ頓狂なことを言い出したことに呆れているというよりは、むしろ……。
「インテグラ?」
「……いや、<マスター>の想像力は凄いなと思って感心したんだよ。私が師匠から最初に話を聞いたときは、そんな風には考え至らなかったからね」
「そうか。まぁ、流石にありえない考えだからな」
「ははは、そうかもしれないね。ああ、ちょうどシルバーのチェックも終わったよ」
インテグラはそう言って、シルバーから手を離した。
「早いな! ずっと話し込んでいたのに……」
「これでもフラグマンの名を継いでいるからね。話しながら作業を進めるくらいはできるさ。さて、幾つか話したいことがある」
インテグラは椅子に座り、喉を潤すためか紅茶を一口飲んでから話し始める。
「まず基本は他の煌玉馬の設計と大差なかったよ。……が、胴体に未知の機構が入っているし、全身にもそこから繋がった配線が通っている。恐らくここが【白銀之風】のオリジナリティなのだろうね」
「オリジナリティって?」
俺が尋ねると、インテグラは深く溜息を吐いた。
それは俺の質問に対してではなく、その『オリジナリティ』に対するものであるように感じられた。
「失礼。……まぁ、言ってしまえば初代フラグマンは天才だったけれど、一つ問題があったということさ」
「問題?」
「それは、同じものを二つは作らないというもの」
「え? でも【セカンドモデル】やカルチェラタンの煌玉兵は……」
「少し語弊があったね。正確には、手ずから作る一品物は、ということさ。工業生産の量産型は別だよ」
「ああ、そういうことか。でも、芸術家とかなら普通じゃないか?」
「……初代は芸術家じゃなくて、あくまで科学者だ。優れたモノならば複製して当然なんだ。一度作れば、量産できる。……でも、初代はそうじゃなかった」
そう言ってインテグラは再び溜息を吐いた。
「己が全霊を傾けて作るモノは、常に別のモノ。だからどれほどの傑作でも複数は作らなかったし、結果として駄作ができても気にしなかった」
「傑作と駄作……」
「傑作は煌玉人の一体。銘は【瑪瑙之設計者】というのだけど、端的に言えばDEX極振りのアンドロイドさ。そこらの生産系超級職が裸足で逃げ出すくらいの制作技術を持っていた。むしろ、加工技術に関しては初代フラグマンさえ上回る。実際、初代の助手として様々な開発に従事していたそうだ」
「それはすごいな……」
「ああ、すごいだろう。でも、初代はそれさえも複製しなかった。明らかに開発速度が向上するのが分かっているのに、一体だけしか作らなかった。どころか、コンセプトすら被らせなかったんだよ。そればっかりは理解に苦しむ。END特化やAGI特化を作るより先にそれを複製してほしいよ。というかそれが残ってれば二代目から私までもっと手際よく……」
「どうどう」
余程にそのことについて腹に据えかねているのか、インテグラはなんだかヒートアップしているようだった。
シルバーもちょっとビビっている。
ネメシスは気にせずお菓子を食べている。……ていうかネメシスはさっきから全く話に絡んでこないな。
「……すまないね。フラグマンとして継いだものは色々あるのだけれど、【瑪瑙】は遺しておいてほしかったのに遺ってないものの筆頭だったからね」
たしかに、そんな煌玉人がいれば王国の情勢ももっと良くなっていたかもしれない。
「それで話を戻すが、コンセプトを被らせないことを重視していたために、事前に『駄作なんじゃないか』と思われるものでも作ってしまう」
「それって?」
「【黒曜之地裂】という煌玉馬だ」
……それ、フィガロさんの馬なんだけど。
「そもそも煌玉馬のコンセプトは『戦闘系超級職の戦域拡大』だったのに、空も飛べないし海上も走れないので意味がない。おまけに地上に戦域を限定するならば、AGI系の戦闘系超級職は自分で走った方が速いときている。無用の長物なんだよ」
……それ、フィガロさんも言ってたなぁ。『自分で走る方が速いから、レース競技でしか使わない』って。
「おまけに他機種に比した利点である馬力と重装甲も、超級職同士の戦闘……奥義の撃ち合いではあってないようなものだ。シリーズのコンセプトに真っ向から対立した結果出来上がった駄作なので、はっきり言って救いようがない」
滅茶苦茶酷評されてる……。
「強いて言えば、耐久系超級職の騎馬としては有用かもしれないね。少し前までのゴルドと同じく、破損する可能性は高いけれど」
「それも怖い話だな。それで、シルバーのオリジナリティって何だったんだ?」
恐らくはそれが、第三のスキルにも関わるものだろう。
「それは……」
「それは……?」
俺は固唾を飲んでインテグラの言葉を待ち、
「――分からなかった」
――俺は昔の漫画みたいに椅子ごとひっくり返った。
「そ、そうか……。分からなかったか……」
「正確には、全部は分からなかったということさ。分かったこともある。とりあえず、この子の機構は『風属性魔法』の類じゃない」
その言葉に、今度は別ベクトルで驚いた。
「風属性じゃないって? でも、《風蹄》を何度も使っているし、そもそも名前も【白銀之風】だぞ?」
「どうもその【風】ってネーミングは、そのときの初代フラグマンの感傷によるものが大きいらしいからね。機体としての本質は別にありそうなんだ」
「機体としての本質……」
思い出すのは、カルチェラタンの空。
あの鯨との戦いで降下からの激突必至と思えたあの瞬間、シルバーに乗った俺達は鯨の真下にいた。
あるいはあれが第三のスキルと……シルバーの本質に関わるものだったのか。
「それに、風属性だと腑に落ちないこともある」
「というと?」
「先の講和会議。陛下がこれで風属性煌玉馬である【翡翠之大嵐】と戦ったけど、速度で大幅に負けて旋回性能で僅かに上回っていた、という程度らしいんだ」
「ああ。俺もアズライトから話は聞いてる」
「でもね、純粋に同じタイプならば後発の【白銀之風】が劣るとは思えない。そもそも、同じものを作るのが大嫌いな初代が同じ属性を使うのも考えづらいからね」
ああ、たしかに。さっきの話からだとそうなるか。
「そもそも《風蹄》の『空気を圧縮して足場やバリアにする』だっけ? 物理的に考えれば圧縮の過程で保持していた熱量まで凝縮されてプラズマ化してるはずさ。そうならない時点で、単純な気体操作でもなさそうだ」
「なるほど……」
言われてみれば……だ。
使えなかった第三スキルだけでなく、これまで何気なく使ってきたものも含めて謎が多いことに気づく。
「だから現状は、『オリジナリティの作用が結果として風属性と類似している』というところだよ。そしてオリジナリティの候補として可能性が高いのは分……」
何事かを言いかけて、しかし彼女は口をつぐんだ。
「インテグラ?」
「……いや、不確かな推論を述べるのはやめておくよ。これでもフラグマンの名を継ぐ者として、初代フラグマン最後の煌玉馬を使う君に誤った情報を伝えたくはないからね」
「そうか」
聞きたいとは思ったが、やめておこう。
彼女は自分の継いだ名前に誇りを持っているように見える。その彼女がこのように言うのなら、今は聞くのも悪いだろう。
「と、まぁこれで私の用件は済んだかな。今日はわざわざ手間を掛けさせたね」
「こっちこそ、今日の話はためになったよ。特に【煌玉騎】は目指したくなった」
「ああ、是非そうしておくれ。【白銀之風】や【セカンドモデル】を遺した初代もそれが本望だろうさ」
そうして話は終わり、俺がシルバーを仕舞うと、
「む? 話は終わったのか?」
……今まで黙々と菓子を喰っていたネメシスが、ようやく食べるのをやめて俺の方を見た。
「ネメシス……」
「い、いやこの菓子が恐ろしく美味でな。クマニーサンのポップコーン級かそれ以上だったのだ」
「マジで!?」
あれ以上って相当だぞ!?
「俺も味見を、……なぁ、ネメシス」
「…………う、うむ。全部平らげてしまった」
どうやら話の終わりを察して食べるのを止めたのではなく、食べ終わったから止めただけであったらしい。
近頃はちょっと食欲が大人しいと思っていたが、これである。
こいつ、俺が話に集中してると横で食いまくるよな。
「……自動配膳するようにしていたけれど、全部食べたのかい?」
インテグラは驚いたような、呆れたような、微妙な顔だった。
「……悪いな、インテグラ」
「いやいや、君らにここまでご足労願った対価としては、安い出費さ。まぁ、本当ならお土産に持たせたいところだったけど、その分まで切らしてしまったようだ」
ネメシス……。
「うむ。美味であった。あれは誰が作ったのか?」
「あー。今はカルディナにいる知り合いの作ったものだよ。だからしばらくは仕入れられないかな」
「むぅ、残念だのぅ」
「ははは、また届いたら渡すよ。今度は君の口にも入るようにね」
「ああ。楽しみにしてるよ」
そうして、インテグラとの話は終わった。
最初に会ったとき、俺を視る視線が気になったけれど……あれは自分がいない間に幼馴染二人に近づいた俺を警戒していたのかもしれない。
今日の本題だというセクハラ話も、考えてみればそういうことだったのだろう。
彼女は彼女で、友人達を大切にしている。
なら、それでいいのだろう。
「あ、そうだ。レイ・スターリング君」
「?」
部屋を出ようとする俺の背に、インテグラが声をかけてきた。
「最後に一つだけ聞きたいんだけど」
「ああ、何だ?」
「君はどうして王国のために尽力するんだい?」
……前にも似たようなことを聞かれたな。
でも、答えは変わってない。
「アズライトやリリアーナ、他にも王国で知り合った人達が……この国が好きだからだよ。それが滅んだら後味が悪いから頑張ってるだけだ」
「そうか。……うん、なるほど。そうか。そうか。君は……そういう奴なんだね」
「?」
「いや、いいんだ。今度こそ用件は済んだよ。今日はありがとうね」
「ああ。そっちこそシルバーの調査おつかれさま」
「茶菓子、ご馳走様だ」
そうして言葉を交わし、俺達はインテグラの部屋を出た。
さて、そろそろギデオンに向かうか。
今からなら、日が暮れる前には着けるだろう。
◇◆◇
□■【大賢者】インテグラ・セドナ・クラリース・フラグマン
一人と一体が部屋を出て、扉が閉じ、室内の防諜設備が再起動したのを確認して……私はこの部屋に仕込んでいた魔法の動作を確認する。
私がこの部屋に仕込んでいたのは、端的に言えば嘘発見の魔法だ。
《真偽判定》よりもさらに高度で、相手の体温や心拍数、脳波からさらに細かく判定するもの。
それこそ、『嘘は言っていないが本当のこともはぐらかしている』場合や、『腹に後ろ暗い思いを抱えている』場合も検知できる。
おまけに家具に仕込んだ魔法に紛らわせていたので、気づかれることもありえない。
この部屋自体が、尋問室。
そして今日は、この部屋でレイ・スターリングに探りを掛けることが本題だった。
あまりにも突然に現れ、それでいてアルティミアやリリアーナ、それとギデオン伯爵のような王国の中枢に近い人間とのコネクションを得た人物。数ある<マスター>の中でも王国に与えた影響は大きい。
本人の戦力は準インフィニット級……<超級>には届かない。
しかし、Mr.フランクリンやローガン・ゴッドハルトといった<超級>を倒してもいる。
さらには初代フラグマンの遺したもので、唯一私達フラグマンにも詳細不明な【白銀之風】さえも所有している。
外部から得られた情報は、あまりにも私達にとって奇異に見える。
彼がどのような人物でそして何を目的として動くのか、それを直接確かめることが今回の目的だった。
あるいは、“化身”と直接つながった手駒の可能性すら視野に入っていた。
しかしその結果は……。
「……結局、反応があったのは『裸を見たことがない』の一点だけか。逆に笑えるね」
裏も表もなく、ほぼ思ったままを口にしていたということだ。
あの、『この国が好きだから頑張る』という真顔で言えば疑われるような言葉さえも。
欲や対価ではなく、失わないために動く者。
王国にとっては酷く都合の良い人間だ。
……まぁ、私達を含めて都合の悪い人間が多すぎるのだから、あのくらいに都合の良い人間がいてもいいのだろうけど。
ともあれ、彼は何も偽っていなかったし、そして逆に……私への疑心も持っていなかった。
「私が用意した茶も警戒なく口にしたし、切り札の一つだろう【白銀之風】の情報開示にも躊躇いがない」
そこまで私を信用した理由は……分かる。
私がアルティミアとリリアーナの幼馴染であり、友人だからだ。
二人の友人である私に対してもあれほど無警戒になるくらいには……あの二人を信頼しているということ。
そこに嘘はないのだろう。
色恋や下心、政治的野心でもないのは確かめた。
そも、リリアーナはともかくアルティミアの時は彼女が王女であることすら気づいていなかったらしい。
つまりこれまで二人を助けたことも、打算のない……彼にとってごく自然な動きだったということだ。
「……その生き方は、辛いだろうに」
<マスター>の肉体は蘇生する。
痛覚も消せるかもしれない。
だからと言って、心が傷つかない訳ではないだろうに。
本心からこの国の人々が好きで、守りたいと思っているのなら……傷はつくはずだ。
あるいは、既にどこかで負っているのか。
それで変わったのか……あるいはそれを経ても変わらなかったのか。
あるいは……この先も変わらないのか。
私が行うことも、あるいは【邪神】が引き起こすことも、そして“化身”の目論見も、全ての出来事に『後味が悪いから』という理由だけで立ち向かうのかもしれない。
傷つきながらも……眼前の悲劇を覆そうとし続けるのかもしれない。
「…………」
それは私達とは違うけれど……同じく茨の道だった。
けれど、そんな彼の本心と在り様に……私はもう一つ確信したことがある。
「やはり<マスター>は一枚岩ではないし、完全な自由意思がある」
一個人としての意思は、【猫神】などの“化身”の偽装体を除けば、全ての<マスター>が保ち続けていると見るべきだ。
<エンブリオ>の仕組みは不明だけど……<マスター>自体は<エンブリオ>に寄生された人間か。
そしてそのような関係性であるならば、彼ら自身の耳目で得た情報が“化身”に集積されている可能性はある。
それでも問題はない。
今回、私が彼に説明したことに嘘はない。
私が“化身”にとって不都合な知識までも継承していることは漏らしていない。
その上で、聞かれても問題のない範囲で、自らの立ち位置を明かした。
そしてこの程度の段階で“化身”がこちらを消しに来るならば、私は死ぬ。でもクリスタルが無事ならば次代以降の動きを修正させることもできる。
……私としては、私の代でケリをつけるつもりだけど。
「講和会議での【兎神】と【抜刀神】カシミヤの戦闘を振り返れば、当人の<エンブリオ>の支配権は<マスター>自身が全て握るのは間違いない。それは“化身”にとっても基本的には制御の外ということ。……であるならば、“化身”に近い力を持つ<マスター>をこちら側に引き込むのも有用だ。最後には切り捨てるとしても、戦力としては役に立つかな」
ふと、先ほどまで話していた彼のことを思い出し……私は首を振った。
「レイ・スターリングは……無理だろうね」
あれは信頼の置ける人格の持ち主だ。
だが、その人格ゆえに絶対に私の側には立たないと確信できる。
必要なのは――世界を滅ぼしてでも“化身”を殺したい者。
それほどの動機と力を持つ<マスター>が必要だ。
留守にしていた間の王国の情報を集めるという名目で、<マスター>に関する情報も集めさせている。
研究室の紙束は、王国に在籍する<マスター>のリストだ。
この中に……望む人材達がいる可能性はある。
「……既に一人は目星をつけている」
私は紙束の中で、付箋をつけた一枚を取り出す。
そこには在りし日の闘志に満ちた男の写真が貼られ、能力や実績が書かれている。
かつての決闘のランカーであり、巨大クランのオーナーであった男。
そして、全てを失った者。
このような人物ならば……私と意思を同じくできるだろう。
私に必要な人材は、王国と……アルティミア達とは違う。
失くさないために動くレイ・スターリングではない。
失くしたからこそ動く人物が……私には必要だ。
「――折れた剣、か」
To be continued
(=ↀωↀ=)<インテグラのレイ君への評価
(=ↀωↀ=)<「信頼できる相手だし好感も持てる」
(=ↀωↀ=)<「――それはそれとして絶対に敵対するだろうな」
(=ↀωↀ=)<という結論に達した模様




