表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
361/694

第四話 爪痕と約束

 □【聖騎士】レイ・スターリング


 二代目【VDA】を手に入れた後、俺は王城へと足を運んだ。

 以前よりも数が多い気がする衛兵の人達に挨拶し、先日の事件で融解したために新築となった正門をくぐる。


「なんだか登城するのも慣れてきたな」

「そうだのぅ。……あと城の衛兵も御主の格好に慣れてしまった気がするのぅ。今後ちゃんと不審者を取り締まれるのか心配になる」


 そんなことを話しながら歩いていると、王城のあちこちから工事の音が聞こえてきた。

 テロで破壊された施設の修繕作業だが、同時にこれまで機能停止していた防衛設備の再整備も進めているらしい。

 【グローリア】と先の戦争で宮廷の魔法職が壊滅していて手付かずだったらしいが、インテグラの帰還でようやく手を付けられるようになったとのこと。

 他にも色々あって、彼女に限らず今の城内はものすごく忙しいらしい。


「アズライトは言わずもがな。リリアーナと病み上がりのリンドス卿も休む暇なし……か」

「人手不足なのもあるのだろうがな。王城ゆえに、街の復旧ほど<マスター>の手を借りられぬだろうし」

「セキュリティとか機密情報もあるもんな……」


 <エンブリオ>のスキルが使用できないので、街よりも時間がかかるそうだ。

 それでも王城の顔である正門は何とか建て直したらしい。

 ちなみにこの城、真上から見るとド真ん中に地下から最上階の屋根まで貫通した大穴が空いている。

 リリアーナとインテグラに聞いた話では【炎王】の最終奥義の痕跡らしい。

 おまけに必要な魔力の配線も狙ったように寸断されているし、とある区画は猛毒に汚染されて立ち入り禁止。

 ……これ、完全修復いつになるんだろうか。


「さてな。それに襲撃者によって物的被害だけでなく人的被害も出ているからのぅ」

「……そうだな」


 街を襲った【蟲将軍】の軍団と城を襲った【炎王】と【猛毒王】によって、先のフランクリンの事件よりも多数の死者が出ている。

 その三者はいずれも倒されていることが、死者への慰めになるかも分からない。

 ただ、これにも一つ問題がある。

 それは……城への襲撃者はあと二人いたということだ。


 一人目は、リリアーナが正門で目撃した蝙蝠に変身する男。

 この蝙蝠の男は誰かが撃破した形跡がない。というか、破壊工作だけで誰とも戦闘した形跡がないそうだ。

 ただ、なぜか魔力の配線などだけでなく、城の絵画や家具まで壊していてリリアーナが不審がっていた。インテグラは「きっと家具や壁床とでも戦ってたんじゃないのかな?」と茶化してリリアーナに怒られていたが。

 現場近くに第三王女のテレジアがいたそうだが、『隠れていたから何も知らない』という趣旨の答えしか得られなかったらしい。

 そしてもう一人は…蝙蝠の男よりも余程に危険だ。

 それは、【盗賊王】ゼタ。

 皇国に一時的に属していた<超級>。

 皇国を抜けることで、講和の盲点を突こうとした罠の要であった人物。

 そして襲撃に際して、迅羽と交戦して彼女を撃破せしめている。

 その【盗賊王】は……少なくとも撃破されていない。

 なぜなら、“監獄”に入った形跡がないからだ。

 同時に、皇国にある<DIN>の支部でも姿は確認されていないらしい。

 可能性は二つ。デスペナルティに遭ってから一度もログインしていないか、そもそもまだ生きて王国のどこかに潜んでいるか。

 いずれにしろ襲撃犯が二人も行方知れずのままで、この城のどこかに潜伏している恐れがあるということだ。いつもより衛兵の数が多いのはそれも理由だろう。


「…………」


 ただ、未だ尾を引くそんな事件でも、重傷者の復帰が早かったこととミリアーヌ達が無事だったことは救いだろう。

 近衛騎士団は毒に汚染された者や重傷を負った者がほとんどだったが、インテグラの応急処置で一命を取り留め、王都に帰還した女化生先輩の回復魔法で快復した。今は全員が仕事に復帰している。

 それと、事件の際にエリザベートの婚約者であるツァンロンが倒れたそうだが、今は傷一つない。マリーがエリザベートに話していたのを聞いた形だが、彼は黄河の特殊超級職【龍帝】であり、それゆえに高い回復能力があったらしい。

 要人の中ではフィンドル侯爵のみ重傷を負ったが、それも女化生先輩の治療で快復している。


 ただし、これらの治療行為に関して一つ問題がある。

 先輩が講和会議でアズライトの指示に従っていたのは、ハンニャさんの事件で出来た膨大な借金の形に嵌められ、【契約書】に従っていたからだ。

 この治療も、アズライトは借金の減額を対価に行わせようとしていた。

 しかしその直前に、先輩は借金全額を耳揃えて払ってしまったのである

 おまけに『ふっふーん、これでうちは自由やー。いやー、やらしい王女にこきつかわれそうだったからしんどかったわー。あ、でも今後も用事があるときは請け負うから心配せんといてー。随時交渉やけど』などと煽ったらしい。

 トドメに『で、重傷者の治療やけど何を対価にしてくれるん? お金以外で頼むえ?』などとのたまったらしい。

 忠臣達の命には代えられず、結果としてアズライトはまたロクでもない契約を結ばされたらしく、俺が前回ログアウトする前もものすごく機嫌が悪そうだった。

 頭を抱えながら、『国内の金銭の動きはチェックしていたのに……』と呟いていたのが印象的だ。

 隠し財産でもあったのか。

 それともどこかの誰かを治療する代わりに法外な金銭を分捕ったのか。

 どちらにしても女化生先輩の首輪は外れてしまったのである。ギデオンの“トーナメント”開催を急いでいるのもこの辺の事情があるかもしれない。


「……ん?」


 そんな風に先日の事件の後処理について思いを馳せていると、廊下に見知った姿を見つけた。

 廊下の窓から顔を出しながら、煙管……型のシャボン玉吹き具を咥えてプワプワと泡を飛ばしているその人物は……。


「迅羽?」

『ン? ああ、レイ、カ。こんにちワ』


 窓と高さを合わせるためかいつもより背が低い迅羽は、吹き具を持つのと反対の手をあげて挨拶してきた。


『鎧新調したのカ。中々良い性能だナ』


 流石は迅羽。一目でこの二代目【VDA】の装備スキルを把握したらしい。


「ああ。いつまでも代用装備じゃ何かあったとき困るからな。それより迅羽、こんなところで何してるんだ?」

『手持ち無沙汰でナ。スキルで警備の手伝いしてはいるが、暇なんでボーっとしてタ』

「手持ち無沙汰って? たしかそろそろエリザベートやツァンロンと一緒に黄河に帰るから、準備で忙しいんじゃないのか?」


 たしか前に話したときはそんなことを言っていた。『会うのもこれで最後かもしれねーナ』みたいなことを言っていた覚えがある。


『そのはず……つーか、本当はもう黄河への帰り道のはずだったんだけどナ』


 そう言うと迅羽はアイテムボックスから新聞を取り出し、俺に手渡した。

 紙面の見出しには、『カルディナとグランバロアの衝突激化』、『“魔法最強”VS“人間爆弾”、最大の広域殲滅戦』、『湖上都市ヴェンセール壊滅』などと書かれている。


「これって……」

『こっちの戦争だけでなく隣も隣で武力衝突ダ。危なくて陸路でも海路でも帰れねーヨ。俺とツァンはともかく、エリザベートと文官がやばいからナ』


 “魔法最強”と“人間爆弾”……この二人の殲滅能力は兄をも凌駕すると、当の兄本人から聞いている。

 陸路はそんな連中が争うカルディナを通り、海路は航海中に戦火が拡大するかもしれないグランバロアを通る。貴人を連れて移動するにはかなりリスクが高い。


「でも、王国だって今は小康状態だけど、いつまたこの間みたいになるか分からないぞ」

『あア。だから今は本国から迎えが飛んでくるのを待ってる状態だナ』

「迎え?」

『グレイって奴ダ。オレと同じ<黄河四霊>の一人、“霊亀”のグレイ・α・ケンタウリ。あいつの<超級エンブリオ>、ラピュータは飛行要塞だからナ。こういう時の乗り物としちゃ最適だヨ』


 飛行要塞の<超級エンブリオ>、ラピュータか。

 ……なんか呪文一つで落ちそうな名前だけど。

 バ○ス。


『あいつは目立つし他国にも睨まれるから動かし辛かったんだがナ。カルディナから許可が下りたんで移動できるようになったらしいゼ。取引の結果らしイ』

「取引って?」

『ま、珠絡みだナ。ツァンがこの国に持ってきて、今度の“トーナメント”でも使われる<UBM>の珠だヨ』

「珠って、あの?」


 <UBM>の珠。黄河では宝物獣の珠とも呼ばれる、かつての【龍帝】が<UBM>を封印したアイテム。

 封印したままでもその力の一部を使うことが出来るが、封印を解いて倒せば特典武具を入手できる。かつてフィガロさんも珠に封じられていた<UBM>と戦い、勝利している。その結果がいつも羽織っているあの蒼いコートなのだという。

 エリザベートとツァンロンの婚姻に際して、黄河から王国に十個の珠が送られた。

 アズライトはこれをどのように運用するか、誰を引き込むのに使うかをずっと考えていたそうだが……あの講和会議の後に結論を出した。


 それが……ギデオンの“トーナメント”だ。


 詳細はギデオンに移動してから再確認するが、簡単に言えば<UBM>への挑戦権を賭けて多数の<マスター>を集め、参加料の代わりに契約で『一定期間は王国に敵対行為を取らない』と縛るものだ。

 フランクリンのテロで出てきた寝返り組という存在と、後は『借金を返すまで』というルールで一時的に女化生先輩を制御できた経験から考えたらしい。

 ちなみに挑戦権以外に『王国に伝わるレアな武具を進呈する』という副賞もあるが、そちらには俺も関わっている。

 何というか……洗浄役(・・・)で。


「珠がどうし……いや、そういえばカルディナって」

『あア。今あっちはそれで大問題なんだヨ』


 珠を巡るカルディナ内部での事件の噂は俺も聞いたことがある。

 カルディナの大都市で巨大な蛆の怪物が暴れたとか、それと戦う巨大な金属像やドラゴンが現れたとか、そんな噂だ。

 そして何より、今回のグランバロアとの争いの中心もその珠らしい。


『カルディナに流入した珠の権利を黄河が放棄する代わりに、黄河勢力の国内移動の一時的制限解除。あと要請に応じて護衛の派遣を約束させた』

「……ふむ。つまり『もう珠を返せとは言わない。煮るなり焼くなり好きにしていい。代わりにこっちの嫁入りの邪魔はせずに見逃せ。むしろ手伝え』ということかの」

『ま、そういうことだナ』


 ……最初の原因は珠を盗まれた黄河にあるが、その責任を権利と一緒に放棄して、代わりに便宜を図ってもらう形か。


『ま、カルディナに返せと言っても一悶着あるだろうし、どうせ戻ってこないなら相手に譲歩したことにして他の条件をくっつけるってことだロ。結構強かなんだよな、うちのトップ……っつーか第一皇子』

「それってツァンロンのお兄さん、だよな?」

『そうだヨ。めっきり弱ってる今の皇帝に代わってバリバリ働いてる人ダ。黄河で<マスター>への対応を優遇寄りに決めたのも第一皇子ダ』

「エリザベートとツァンロンの結婚もその人の提案か?」

『いや、それは皇帝の発案らしいゼ。オレもよくは知らねーけド。でもオレを護衛につけたのは第一皇子だナ』


 何か複雑なことになっているし、どこか引っ掛かる。

 ……王国自体が色々と厄介な状況で黄河の皇室の話まで思案するのは考えすぎかもしれないが。


「でもそれだと黄河も迅羽とグレイって人がいなくて、困るんじゃないか?」

『ま、国内のマフィアは先日ぶっ潰したらしいしナ。隣国の情勢もカルディナはあんなだし、天地も平常運転の内戦中。人手も要らないナ。……それに残った二人はピーキーだが、戦力としてはお墨付きダ』

「?」

『<黄河四霊>でも、俺達二人はまだ大人しい部類ってことだヨ』


 この何にでも勝ち目がありそうな迅羽と、飛行要塞という規格外の<エンブリオ>を操るグレイ氏が……大人しい部類?


「あとの二人はどうなのだ?」

『……ピーキーすぎるナ。どっちも得意とする戦いの形が限定されてル。けど、二人の内の一人は……状況次第で【破壊王】や【獣王】くらいにやべーヨ』


 ……黄河という国は、まだ隠し玉が残っているらしい。


『まぁ、オレの方の事情はそんなところだが、レイの方は何で城に? エリザベートの姉は今こっちにはいないゾ。あとリリアーナって姉ちゃんもナ』


 まぁ、そうかもしれないとは思った。

 日程的にギデオンに移動して準備しておかないとだろうし。

 でも、今回はちょっと違う。


「ああ、今日は二人じゃなくて、別の人と会う約束をしてるからな」


 前回ログアウトする前に、ギデオンに行く前に自分の所に寄ってくれないかと言われていた。

 日にちと時間をいくつか指定されて、そのタイミングなら何時でもいいと言われていたので、俺は今日ここに来ている。


『誰と会うんダ?』


 今回、俺を呼んだ人物は……。


「――インテグラだよ」


 インテグラ・セドナ・クラリース・フラグマン。

 俺が駆るシルバーをはじめとして、先々期文明の数多の遺物に名を遺した人物と同じ姓を持つ人物に……俺は呼ばれているのだった。


 To be continued

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 面白すぎてここまで一気読みしました 罪深い私をお許し下さい(土下座) [気になる点] 女化性が物理最強から金せしめた話、姫も聞いてませんでしたっけ? [一言] ここから先も楽しみにしてます…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ