第三話 新調と取引
□【聖騎士】レイ・スターリング
家での用事を済ませてからデンドロにログインした。
降り立ったのはもはやお馴染みな王都の噴水だが……ここも例のテロでは戦場になったらしく、そこかしこにその痕跡がある。
壊れたままということではない。ジョブや<エンブリオ>で直した結果、修復後の新しい部分と壊れていない昔の部分のパッチワークのような状態が見受けられる形だ。
時間を重ねれば自然に馴染んでいくとは聞いているが、しばらくは王都中がこんな状態だろう。
「レイ」
そんな風に周囲の風景を見ていると、ネメシスが紋章から出てきた。
「ネメシス」
「今日からはまた連休であろう? 次のジョブを取得してレベル上げでもするか?」
講和会議からこれまで、平日はあまりレベル上げもできなかった。
強いて言えばまだ途中だった【斥候】のレベルを五〇まで上げたくらいだ。
これで一応はレベル二五〇、カンストまであと半分にはなった。
次のジョブには悩んでいるが、一先ず以前の候補に挙がった【騎士】、【司祭】、【冒険家】あたりを取得しようかと考えている。【騎士】と【司祭】は【聖騎士】とマッチするし、【冒険家】も汎用性の高いスキルが多いので、【聖騎士】をメインジョブにしていればほぼ無駄なくスキルを使える。
ただ、それらのレベル上げは後にしよう。
「それよりも他の用事が優先だな。ギデオンでの催しも明後日だし」
「ああ。それがあったのぅ」
「さっきメールでみんなと連絡とったけど、もうギデオンに移動してるらしいから俺も行かないと」
これまで色々あったので、クランのメンバーとはメールアドレスを交換している。
私用だったり連絡用に取得したりは人によって違うが、ともあれこれでクラン間の連絡は取りやすくなっている。
ちなみにリアルでの連絡はデンドロと違って自動翻訳されない。そしてルークやフィガロさんは英語圏の人なので、イオ達は「フリーの翻訳ソフトが必須です……!」って言っていたけど。
「シルバーに乗ればすぐ着くから、先に王都での用事も片付けるけどな」
「ふむ。それにしてもギデオンまでの移動も楽になったな。以前はマリリンの竜車で日を跨いで向かったというのに」
「そうだな」
あれもこちらの時間に換算すれば三ヶ月以上も前か。
先輩が封鎖していた<サウダ山道>を渡り、夜にマリーの作ったクソマズい食事と呼べない何かで悶絶し、翌日には【ガルドランダ】と戦って……あの時も本当に色々あったな。
……しかし、何で今日はこんなに過去を振り返っているんだろうか?
「……走馬燈?」
「……急に何を縁起の悪いことを言っているのだ?」
「もしかして姉との再会が確定して、体が死の危険を感じて過去を顧みているのか?」
「…………御主にとって姉とはどんな存在なのだ」
「暴風雨」
「……それは人間の喩えとしてはどうなのかのぅ」
……まぁ、姉の話はちょっと棚に置こう。まだリアルで一週間後のことだし。
「とりあえず魔王骨董品店に寄って、それから城だな」
「ふむ、そういえば取り寄せしていたのだったのぅ」
「ああ」
◇
先日デスペナして王都に戻ったとき、俺は魔王骨董品店を訪れていた。
それは全損した【VDA】――【ヴォルカニック・ダークメタル・アーマー】に代わる鎧を探すためだ。
先輩から貰ったあの鎧はカルチェラタン以降の戦いで役立ってくれたが、【獣王】との戦いで修復不可能なまでに壊れてしまった。
だから、新しい鎧を見つけなければならない。
それで中古のレアアイテムを取り扱っており、以前から何度か足を運んだ魔王骨董品店に向かった。
けれど、店頭で探しても適した鎧は見当たらなかった。
レベル帯が合わなかったり、性能が【VDA】よりも落ちたり、といった具合だ。
だからひとまずの繋ぎと割り切って性能の劣る鎧を購入しようとしたところ、頭巾で顔を隠した店主さんからこう切り出された。
「時間はかかりますけど前にお客さんが店で着てた【VDA】よりも良い鎧、他の支店にならあるから取り寄せましょうか? もちろんお客さんのレベル帯で装備可能なものですよ」
前にアイテムボックスを買いに来た時のことを覚えていたらしい。
そして当時の俺の装備も記憶しており、比較してより高性能なものを用意できるという。
この申し出は願ってもないことだったので、俺は取り寄せをお願いした。
◇
「で、多分もう届いてるはずなんだよ」
「しかし新しい鎧か。……どんな鎧かのぅ」
「性能が良いなら、それに越したことはないさ」
「いや、私が気にしているのは性能ではない」
「じゃあ何を気にしているんだ?」
「……いい加減、このやりとりで察してほしいところではあるのぅ」
「?」
ネメシスの言葉に疑問を覚えたが、話している内に魔王骨董品店に辿り着いた。
ドアを押し開くと、カウンターには今日も頭巾の店主さんの姿があった。
「すみません、取り寄せお願いした鎧届いてますか?」
「はい。届いてますよ」
店主さんはそう言ってアイテムボックスから一領の鎧を取り出し、カウンターに置いた。
「……え?」
「む、この鎧は……同じものか?」
そう、店主さんがカウンターに置いたのは……【VDA】だった。
デザインも手に取った重量も、前のものと変わらない。
……いや? 鎧の内側の作りが少し違う。こちらの方が着用した時に動きやすそうだし、どことなく堅固にも見える。
「はい。レジェンダリア産の【VDA】です。ただ、お客さんが前に着けていたものとは見た目は同じでも違います。作り手の技量差で基礎性能はこちらの方がいくらか高いですし、何より仕様が違います」
「仕様?」
「生産品ですからね。生産時にある程度は仕様を変えられるんですよ。前にお客さんが着ていた【VDA】は、生産スキルで装備可能レベルを引き下げる作りになっていました」
そういえば、先輩もそんなことを言っていた。
前の【VDA】は装備可能レベルが一〇〇以上というものだったが、元々は二〇〇以上なのだという。
「この【VDA】の装備可能レベルは元のままですが、代わりに《HP増大》と《破損耐性》の装備スキルがついてます」
「へぇ」
たしか《破損耐性》は装備が壊れにくくなるスキルの筈だ。何かと壊すことの多い俺には有用だ。
それに《HP増大》とは懐かしい。最初に買った防具、ライオットシリーズにもあったスキルだ。
……いや? あれは《HP増加》だから違うのか?
「あの、《HP増大》って《HP増加》との違いは?」
「《HP増加》は固定値アップですが、《HP増大》は割合アップですね。基本的に《HP増大》の方が上位互換ですが、レベルが低いうちは《HP増加》の方が有用です」
なるほど。それで低レベル帯のライオットシリーズには《HP増加》がついてたのか。
「ちなみにこれの《HP増大》はスキルレベル五の仕様なので、HPが五〇%増えます」
「ものすごい増えるな⁉」
俺だとHPが一万以上増えるぞ⁉
「そんなトンデモな増え方する装備は特典武具以外で見たことがないのぅ……」
「お客さんには有用でしょう?」
「ああ、……って俺のこと知ってるんですか?」
「有名人なので」
……まぁ、王都でもフランクリンの事件のは中継されてたそうだし、店主さんが知っていても不思議ではない。
「……しかし店主よ。それだけ強力な装備スキルが付いた生産品、かなり希少なのではないか?」
ネメシスの質問に、店主さんは頷く。
「それはもう。生産時のスキル付与は失敗することもありますし、強力なスキルほどその確率は上がります。《HP増大》のスキルレベル五。加えて《破損耐性》もありますので……まともな制作者でも今回の付与が成功する確率は二%もないでしょう。なお、しくじると装備自体が劣化します。製法にもよりますが、マイナスの効果が付与されることもありますね」
……それはまた、怖い話だ。
生産系はハイリスクハイリターンであるらしい。
「【レシピ】もあるので素の状態の物はDEXやスキルが足りてれば比較的簡単に生産できますが、高性能なカスタム品は本当に希少ですよ。この鎧も昔の職人、何代か前の【匠神】の遺したものです」
それはすごい。
外見は同じでも内側の作りや基礎性能まで違うのはそのためか。
「前の【VDA】もいいもの……というか【VDA】が作れるだけで優れた技術の証ですし、装備可能レベルを一〇〇も下げていたのは良品です。ですが、流石に【匠神】のハンドメイドの方が優れています」
「それほどの逸品、高いのではないか? 成功率二%なら単純計算で五〇倍の価値があるではないか」
ああ、そうだった。値段も気になる。
取り寄せてもらったのに予め値段を聞いていなかった。
そして気になるお値段は……。
「お値段を申し上げれば、歴史的価値も加味して――――二億リルです」
「たっけぇ……!」
しかし……無理もない値段設定だ。
HPが五〇%アップとなれば、俺より上のレベル帯でも喉から手が出るほど欲しい人はいるだろう。耐久型でHP特化の超級職とか。
むしろ金銭で買えるだけ驚きの大特価とすら言える。
それでも超級職くらいしか手が出ないだろう……普通ならば。
「お客さんなら払えるくらいですね」
うん。買えてしまう。
なぜなら、俺の所持金は色々あって現在は――四億リル近くあるからだ。
あまり大きく使うこともないまま貰い続け、さらには<超級激突>やカシミヤとトムさんの決闘で大博打した結果である。【ブローチ】を買い込んでもあまり減らなかった。
『というか、なぜこの店主は御主の懐事情を把握しておるのだ?』
知らん。プロの商売人だからそういうのもお手の物なんだろう。
「…………」
今の所持金は本拠地探しの資金にしようと思っていた。
だが……この鎧は今の俺には強い助けになる。
これを逃すと手に入れる機会もなさそうだし、どうしたものか……。
「でもお金よりは物々交換の方が嬉しいです」
と、悩んでいる俺に店主さんがそんなことを切り出してきた。
「え?」
物々交換……って二億リル分も何と?
「お客さん、以前カルチェラタンの事件にも関ってましたよね?」
「はい」
そのことまで把握されているのかと思いながらも、俺は頷いた。
「その際、先々期文明の兵器から出てきた金属の粉を沢山手に入れたとも聞いています」
「金属の粉? ……あぁ、あれか」
それはあの先々期文明の鯨型巨大兵器が墜落した後、その残骸の跡地に大量に残っていたものだ。
あれらは王国が回収したが、俺も鯨を倒したのでアイテムボックス三個分ほど受け取っている。
しかし使う用事もあまりなく、防毒マスクの【ストームフェイス】を作ってもらった後は死蔵している状態だ。
「それと交換してもらえませんか? というか、引き取らせてください」
「はぁ、別にいいですけ……」
「一〇〇グラム二万リルで」
「たっかぁ!?」
何そのお値段!? いけない白い粉の末端価格みたいになってるけど!? 粉だけどそういうのじゃないぞ!?
……ていうか、待ってくれ。
俺はあれをアイテムボックス三個分持っている。
取り出したことがないので総重量は不明だが、チュートリアルではチェシャが初期装備のアイテムボックス一つにつき一トンは入ると言っていた。
つまり、俺が持つ粉は最低でも三トン分。
三〇〇〇キログラム。
三〇〇〇〇〇〇グラム。
……六億リルか。
「……鎧の代金差っ引いても資産が倍額になるではないか」
そうね。白い粉の取引怖いね。
色々あって東京湾に沈められそう。コワイ。
「落ち着け、心の声のテンションが少しおかしい」
「そ、そうだな」
Be Cool。Be Cool。
落ち着け、冷静になるんだ。
「……それ、なんだか別の奴の持ちネタな気がするのぅ」
HAHAHA。訳の分からないことを言うなよネメシス。
まぁ、何にしても落ち着いた。
「あの、何でそんな値段に?」
「あれって【セカンドモデル】の製造に使われている金属粒子ですよね。あれが色々な上位装備を作るのに有用であるのは分かってるんです。けど、ほとんどは国が押さえて回ってきません。その多くは【セカンドモデル】の製造に使われています」
たしかに。
国としての戦力アップのために【セカンドモデル】の生産を最優先にしていたはずだ。
残りも限られているだろうし、原料のまま世間には流していないのだろう。
「市場に出回った【セカンドモデル】から素材に還元しようとしても、製造の過程で合金になっているので純粋な素材ではなくなっています」
「ふむ。つまり、あの粉を素材のまま、それも個人で大量に持っているのがレイしかいないということだな?」
「そういうことです」
なるほど。
価値の高さと、俺にこの話を持ち掛けてきた理由は察しがいった。
「…………」
さて、どうするか。
金銭で購入することもできるが、今後本拠地探しもあると考えると残しておきたい。
……クランに生産職の人がいればこの素材を提供することも考えられたのだが、生憎と<デス・ピリオド>にはいない。
ここは売却してもいいだろう。
けど、今後生産職の人が加入することもあるかもしれないので、多めには残しておこう。
「お譲り頂けないでしょうか?」
「……アイテムボックス一個分なら」
俺は所持していた金属の粉のアイテムボックスを店主さんに差し出した。
交渉は成立し、俺は新しい鎧……高性能の【VDA】を入手した。
なお、店主さんがアイテムボックスの容量と内部の粉の重量を調べると、一箱に三トン入っていたので鎧に加えて四億リルも入手することになった。
……あと六トンあるけど、これは売らずに取っておこう。
To be continued
(=ↀωↀ=)<またお金が増えるレイ君
(=ↀωↀ=)<そして増える度に思うのです
(=ↀωↀ=)<<超級>連中のお財布の消耗はおかしい、と(一戦三○億リル)
( ̄(エ) ̄)<こっちだって好きで消耗してるわけじゃないクマ!
(=ↀωↀ=)<ちなみに別の鎧にもできそうなものを
(=ↀωↀ=)<引き続き【VDA】にした理由は簡単です
(=ↀωↀ=)<これ以上、書籍版のキャラデザリソースを持ってかれないためだよ!
(=ↀωↀ=)←八巻の挿絵レースで【VDA】&【黒纏套】レイくんに負けるかもしれない猫
( ꒪|勅|꒪)<装備変わるたびにキャラデザ要るからナ、主人公
○余談
店主さん:
ティアン。現時点では詳細不明。
魔王骨董品店は様々なレアアイテムを取り揃えているが、なぜかいつも店の客は少ない。
なお、モンスター専門店である魔王商店のオーナーとは同■人物。
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