第四話 落ちた
□決闘都市ギデオン<カフェ水蜜糖> 【聖騎士】レイ・スターリング
リリアーナ・グランドリアは俺が<Infinite Dendrogram>で最初に会話したティアンだ。
受け答えの自然さと彼女から伝わる生きた気配から、俺は彼女をティアン――NPCだとは思っていなかった。
この感覚は今でもあり、ゲームだと判っていてもゲームのキャラクターだとは思えずにいる。
出会いは俺が彼女に跳ね飛ばされて骨折するという何とも情けない形だったが、その直後のクエストで俺は彼女の妹であるミリアーヌを助けることとなった。
あのときミリアーヌを助けることができたのはほとんど兄、それとネメシスのお陰だと思っている。
しかしそのときの縁から彼女には俺が【聖騎士】になるときの口添えをしてもらったりもした。
それからも色々なことはあったが、ひょっとすると彼女との出会いがなければ、俺はルークやマリーに出会うこともなければこのギデオンに来ることもなかったかもしれない。
俺が今こうしている大きな要因の一つが彼女であることは間違いないだろう。
◇
「お久しぶりです。レイさん、ギデオンにいらしてたんですね」
「はい、一昨日このギデオンに到着しました」
どうにもファーストコンタクトを引きずっているのか敬語になってしまうが致し方なし。
それに久しぶりと言われても前に会ってからこっちで八日くらいしか経ってないんだよなぁ。
……すごく色々やった気がしたけど、こっちでは十日しか経ってないしリアルにしたって三日程度なんだな。
<Infinite Dendrogram>の日々は密度がありすぎる。
「ところで、そのイヌミミは……」
「色々ありましたが聞かないでください。それで、リリアーナさんは大勢で連れ立ってどうしたんです?」
リリアーナが何か困っている様子なので、俺は事情を尋ねることにした。
彼女の周りには彼女とよく似た甲冑を身にまとい、同じ国旗を背負い、同じ部隊章を抱いた騎士達がいる。
リリアーナの役職は近衛騎士団副団長で【聖騎士】だ。
となると、彼女と一緒にいる彼らも近衛騎士団かな?
「レイさん、それが……」
「グランドリア卿! 部外者には他言無用だ!」
俺に何事かを伝えようとしたリリアーナを、傍らにいた男が遮る。
俺が入店したときに店主に詰問していた人物だ。
彼は俺を、というか俺の左手の甲を睨んでいる。
「ですがリンドス卿、レイさんは同じ【聖騎士】ですよ?」
「職業が同じでもまるで違う。我々は<マスター>などに頼らず、この責務を果たさねばならん」
やはりリリアーナの同僚で、近衛騎士団の【聖騎士】だったらしい。
加えてプレイヤー……<マスター>がお気に召さない様子だ。
『嫌われても無理からぬがの』
ネメシスの念話による呟き。
それは正しく、このアルター王国の近衛騎士団なら、<マスター>を嫌う“理由”はある。
先の戦争でろくに手を貸さなかったのが<マスター>であり、敵国の下で猛威を振るったのも<マスター>だ。
国王を殺害したのだって<マスター>なのだから、近衛である彼が<マスター>を嫌うのも無理はない。
「ですが、<マスター>だからこそ知りえることもあると思います。今は手段や面子に拘るときではありません」
「……一理ある。ならばグランドリア卿にはそちらの方面からの捜索をお願いしよう。我々は我々であの御方を御捜しする。また協力を依頼する<マスター>は信用の置ける者に限っていただきたい」
「承知しています。そちらもお気をつけて」
「判っている、行くぞ! 次は四番街だ」
リンドス卿なる人物はリリアーナ以外の騎士に指示を出し、店から立ち去っていった。
店には俺とネメシスとリリアーナ、加えてホッとした顔をしている店主だけが残された。
『ふむ。<マスター>を毛嫌いしておるようだし直情的なきらいはありそうだが、臨機応変には動ける人物らしいのぅ』
あるいは<マスター>嫌いで直情的な騎士が、<マスター>に協力を依頼するのを認めざるを得ない事態でも起きているのか。
「すみませんレイさん、リンドス卿も悪い人じゃないんですけど」
「構いませんよ。何か急いでいたらしいですし」
「はい、そのことについて、私からもレイさんにお話があります」
リリアーナはそう言って懐から一枚の写真を取り出した。
初めて彼女と会ったときがデジャヴのように思い出される。
しかし、その写真に写っている人物はミリアーヌではない。
「この御方をどこかでお見かけしませんでしたか?」
写真の人物は女性だ。
年齢はネメシスの見た目よりもさらに下で、十歳未満といったところ。
顔の造詣の美しさは、女性の中で言えば俺が<Infinite Dendrogram>で見た中で一、二を争う。ちなみに男女混合なら不動の一位はルークだ。
写真の女の子は、クルクルとロールした金髪と、少し気の強そうな碧い瞳が特徴的だ。
他に視覚情報を付け加えるなら、服の仕立てが良い。素人目にも高級なドレスであるとわかる。
高級な衣装と椅子にシャンと背筋を伸ばして座っている姿はどことなくお見合い写真にも見える。少し若過ぎるのが問題ではあるが。
さて、こんな見たら一発で判るような美少女を見かけた覚えはない。
「申し訳ありませんが見覚えはありません。それで、この子は誰なんです?」
騎士団が大騒ぎしているところとこの写真から推測するに大貴族のご令嬢か何かだろうか。
「え!? えぇと、その……」
リリアーナは驚き、それから困ったような顔をこちらに向ける。
それはこの少女について話しづらいと言うよりは、困惑の度合いが強い。
まるで1+1を問われたときのような、「なぜそんなことを聞かれるのかわからない」という態度だ。
しかし本当にわからない俺に、リリアーナが答えをくれる。
「この御方は、アルター王国第二王女エリザベート・S・アルター殿下です」
「…………あー」
『常識中の常識な話を質問したら困惑されるのも無理ないのぅ。まぁ、御主と記憶共有している私も知らなんだが』
しかも俺は一応【聖騎士】なのに。
アルター王国周りの設定だけでもチェックしておけば良かったかな。
「それで、王女様を探しているというのはつまり……」
「……ギデオンに訪れていた殿下が今朝より行方不明になられ、現在は近衛騎士団総出で捜索中です」
尋常じゃないトラブルの気配がする。
◇
さて、何も知らない俺はリリアーナから今回の王女行方不明事件の詳細を、事件の手前から教えられた。
まず、第二王女と言うが彼女は先のドライフとの戦争で亡くなった王の娘であること。
現在は第一王女である彼女の姉が国王代理を務めている。
国王には娘ばかり三人いて、王子がいなかった。
アルター王国は絶対に男性が継ぐ掟があるわけではないが、男性優先の傾向が強い。
そのため、継承から半年経った現在も正式には王位継承が行われておらず、第二王女も第二王女のままであるとのこと。
次に、なぜ彼女がギデオンに訪れているのかと言えば、公務として何かの行事に参加するためだったらしい。
彼女がギデオンに到着し、滞在先であるギデオンの領主公邸に入ったのが一昨日。
昨日はギデオンを治めるギデオン伯爵との面談や、明日に予定されている公務の準備に参加していた。
今日もまた、行事の準備や街の中の有力者との会談が予定されていた。
しかし、今朝になって傍付きの侍女が王女の寝室に入ると、そこは蛻の殻で王女の姿はなかった。
王家の印章付きの『夕刻までには戻る』という内容の置き手紙が残され、手口と筆跡から攫われたのではなく王女自身で抜け出したらしいことも判明。
また、ギデオンへの到着前から王女がギデオンの街を見て回りたいと言い、それを諌められて拗ねていたこともわかっている。
追加情報。
リリアーナは言葉を濁しまくっていたが、王女はとても我侭で、無駄に活発で、実に傍若無人で、手に負えないくらい好奇心旺盛らしい。
つまり今回の件はギデオン観光のために王女が脱走したに過ぎないらしい。
しかし放っておくわけにはいかず、警護の任に就いている近衛騎士団が現在ギデオン中を捜索している、と。
以上の情報について俺から述べることがあるとすれば。
「警備がザルすぎません?」
そんなちっちゃい子が逃げ出せるって、大丈夫なのか?。
「返す言葉もありません……」
しかしどうやら、それにも理由があったようだ。
今朝、王女が脱走したと思われる時間帯にはあるトラブルがあった。
それは、第三騎士団から近衛騎士団への王女の警護の引継ぎ作業だ。
さて、そんな手続きがなぜトラブルになったかと言えばこれにもまた理由がある。
元々、今回の訪問は大分前から決められていた。
その時点では王都からギデオンへの移動、ギデオン内での警護も全て近衛騎士団で行うはずだった。
しかし例のPK騒動で出発予定が順延。
ようやくPK騒動が片付いて出発、というところで近衛騎士団にストップがかかる。
それは、<ノズ森林>消失の一件。
あれの下手人は“正体不明”【破壊王】と目されているが、証拠はない。
しかし事情聴取の必要はあり……王国側で唯一【破壊王】と面識のあるリリアーナがその役目に抜擢された。前はリリアーナ以外にもいたらしいが、前回の戦争で全員お亡くなりになったらしい。
さて、そんなリリアーナだが、彼女は近衛騎士団の副団長。
しかも現在団長は空席であるため、実質的なトップだ。
彼女抜きで近衛騎士団が王女の護衛任務に就くのも問題がある。
PK騒動による出発の遅れでスケジュールが押していたこともあり、急遽第三騎士団が代わりを務めてギデオンまで王女を護衛した。
これがトラブルの発端だ。
<ノズ森林>の調査と【破壊王】への事情聴取を済ませたリリアーナと近衛騎士団は今朝ギデオンに到着した。
彼女は到着してすぐに第三騎士団からの護衛任務の引継ぎを行おうとした。
引継ぎの際はお互いの指令書等々を確認するのだが……それらの書類がなぜかお互いに食い違っていたという。
それはもう「何をどうすればこんなことに?」というレベルの盛大な食い違いだったそうだ。
結局、両騎士団総出で書類の擦り合わせや、通信魔法設備による王都への確認作業を行い……一時間以上も浪費した。
しかもようやくそれらの作業が終わって「殿下の警護任務です! 頑張りましょう!」と気合を入れたところで……王女が脱走していることが判明したらしい。
「……なんともまぁ」
恐らくお互いの騎士団が引き継ぎ作業のトラブルを解決している隙を狙って脱走したのだろう。
狙い済ましている。
『書類のトラブルは王女が仕組んだ件かもしれぬな』
ははは、まっさかぁ。
…………聞いてるとありそうだな。
余談だが、リリアーナが【破壊王】に行った事情聴取は要約すると以下のようなものであったらしい。
「貴方がやりましたか?」
『YES』
「なぜこんなことを?」
『むしゃくしゃしてやった。反省はしている』
「そうですか。ところで<ノズ森林>は国営の伐採所です。焼けてしまった木材の損害賠償お願いします。しめて一億三千万リルです」
『…………持ってけドロボー!!』
「官憲です」
これにより、王国は<ノズ森林>を失った代わりに即時運用できる金銭を手に入れた。それはそれで非常に助かったらしい。
俺の感想は「トップランカーって一億三千万リルもポンと出せるんだな」というものだったが。
「それにしても、むしゃくしゃって……迷惑な話ですね」
「ええ。貴方からも今度きつく言ってあげてください」
「え、あ、はい」
俺からもって……なんで?
◇
俺に王女脱走の件を教えた後、リリアーナは第二王女捜索へと駆け出していった。
毎度人探しで苦労している女性である。
そういう星の下に生まれたのかもしれない。
「まぁ、一大事ではあるが今回はただの家出みたいだし、見かけたらリリアーナに伝えるくらいでいいな」
これが誰某に誘拐された、とかならまだしも観光目当ての家出だろう。
現時点では後味が悪くなる気がしない。
「あまり迂闊な発言はするべきでないと思うがのぅ」
「ん?」
「御主のこれまでの経緯を考えてみよ。まるで面倒事から寄ってくるようではないか。それもティアン、モンスター、<マスター>問わずだ」
……たしかに。
「私も御主以外の<マスター>がどれだけ面倒事に関わるかは知らぬがな、平均からは飛びぬけておるのではないかの」
俺自身、密度が濃い日々を送っているとは思っていたが……。
「あの騎士娘が人探しの星の下に生まれたなら、御主は御主で騒動の星の下に生まれておるだろうよ。自らフラグを立てるのは推奨せぬわ」
「ああ。肝に銘じておくよ」
さて、そんなやりとりを経ている内に腹も減ってきた。
この店に入った当初の目的である食事を取ろうと店主に話しかける。
「すみません。これから食事はできますか?」
「ええ、大丈夫ですよ。先ほどまで騎士の方々が居られて営業できませんでしたからね。これから稼がにゃ」
「そういえば詰問されていましたね。あれはどうして?」
「うちは若い女性の方に贔屓にしてもらっているので、それで聞き込みに来られたのかもしれません」
「ほほぅ? 若い女性に人気ということはもしやこの店は」
「甘味処です」
それを聞いてネメシスが目を輝かせる。
「よし! マスター! 存分に食すぞ!」
「でも装備を新調したばかりだからあまり金を使うのも」
「ガチャ二回20万リル」
「すみません好きに食べてください」
そうして一時間後、スイーツを堪能して腹をさするネメシスと、もう1万リルも入っていないアイテムボックスを見て頭を抱える俺は店を出た。
食い過ぎだろ。
食い過ぎだろ!
「それでも御主のガチャよりは安い」
返す言葉もない。
「じゃあそろそろ街の外に出てガチャをあけるか」
「うむ。20万リル以上の価値があればよいがのぅ」
……うん、マジでお願いします神様。
◇
今朝方【瘴炎手甲】のテストをした<ネクス平原>へと再度訪れる。
決闘都市の外壁や街道から十分に離れ、街道脇の草むらを数十メートル横切って移動する。
カプセル表面に書かれた「広い場所で開けてください」の注意文が言う広い場所がどの程度かはわからない。
だが、ここならもしも家や船が出てきても大丈夫なくらいにスペースはある。
「外壁に引っかかって壊しましたとか街道塞いで迷惑かけましたってケースは避けたいしな」
「では、ご開帳かのぅ」
「ああ」
俺はレアリティXのカプセルを取り出し、前後に捻って開封する。
すると、中からボンと何かが飛び出した。
その光景はまるで今も続編ゲームが発売されているポケットのモンスターを育てるゲームを連想する。
その連想は、カプセルから飛び出したモノにも由来しているだろう。
「……こいつは」
俺は家や船でも出るのではないかと戦々恐々していたが、それはそこまで大きなものではなかった。
店員が注意文カプセルから出たものの例として挙げた馬車よりも小さい。
というか“それの半分”だ。
それは馬だ。
しかし、生き物ではないかもしれない。
それの表面はまるで磨き上げられたプレートメイルに似た白銀の金属で出来ていた。
馬のシルエットを模し、鎧の如き板金で作られ、目に当たる部分には煌く白い玉が嵌っている。
まるで馬のロボットだった。
「モンスター、ではないのか?」
俺の持ち物であるらしいそいつの詳細は、このようなに示されていた。
【煌玉馬 白銀之風】
『特殊装備品』(騎乗用)
先々期文明の名工フラグマンの作成した五騎の煌玉馬の一騎。
<風の中を歩むもの>
詳細不明。
装備スキル
・《走行》
・《風蹄》
・《???》 未解放スキル
……詳細不明って何だよ。
この説明だと装備品扱いで乗れることと風属性っぽいことくらいしか判らないぞ。
俺は説明が書かれたウィンドウと、【煌玉馬 ゼフィロスシルバー】――シルバーでいいか――を見比べる。
シルバーは俺の疑問も知らず、呆っと四つ足を地に着けて立っている。
よく見れば、顔のシルエットは馬のそれだが口がない。
名工フラグマンが作成、ともあるのでやはりロボットらしい。
それでも微かに嘶きに似た音も内部から聞こえてくるし、時折地面を蹄で掻き、繊維質の尻尾を振っているのが生の馬そっくりだ。
だが、空中のどこを見ているか分からない様子はどこか猫っぽくもある。
「とりあえず乗ってみればよいのではないかのぅ」
「たしかに」
幸いなことに最初から手綱と鞍、鐙は着いているのですぐ乗れそうだ。
近づいたら蹴られるのではないかと恐る恐る近づくが、シルバーは実に大人しかった。
俺が手綱を握ると、ペタリと地に腹をつけて伏せ、乗りやすい体勢にもなってくれる。
おやおや、中々よく躾けられた人懐っこい馬じゃないか。
俺は一発でシルバーを気に入った。
こいつに乗ってこの平原を駆け回ってみたい。
鞍に乗り、鐙に足を掛ける。するとシルバーも立ち上がった。
「おお……」
馬上の景色にちょっと感動。普段二足で歩いているときや、昔ポニーに乗ったときよりもかなり視点が高い。
シルバーもどこか走りたそうに蹄を動かしている。
「気をつけるでのぅ」
流石に最初から二人乗りはハードルが高いので、ネメシスは脇で見ている。
ちょっと走ったら代わってやろう。
「よし行くぞ。ハイヨーシルバー!」
一度言ってみたかった台詞を言って手綱を振るい、
――その瞬間、天地が逆転した。
逆さまになる視界。
徐々に頭上へと落ちていく感覚。
呆気に取られるネメシスの顔。
地を駆けるシルバーの足音。
それらを五感で体験しながら俺は首から地面に落ちた。
◇
「草むらでよかったのぅ」
それが俺に対してのネメシスの言葉である。
俺は今、鈍く痛む首を押さえながら回復魔法を使っている。
ちなみにシルバーは心配そうに、あるいは何も考えてなさそうにこちらを見ている。
「まさか、一歩目で落馬するとはのぅ」
そう。俺の身に何が起きたかと言えばそれだ。
走り出そうとしたシルバーの、その第一歩目でいきなり落馬した。
「いやはや、街道から見ているギャラリーも何人かおったのだがのぅ。皆、私と似たような顔をしておった」
人がいきなり馬から落ちれば、そうもなるだろうなぁ。
「……けど、なぜだ」
何でいきなりあんなことに?
「そうだのぅ。御主は【聖騎士】なのだし、馬に乗れて不思議でないはずだが」
「俺もそう思……ん?」
俺はふと思いつき、シルバーの説明画面、その《走行》スキルの詳細を表示する。
《走行》:
装備者が騎乗した状態で走行するスキル。
装備者の《乗馬》スキルを必要とし、《乗馬》のスキルレベルによって最大速度が異なる。
「《乗馬》、スキル……?」
シルバーに乗って走らせるには《乗馬》が必要?
つまり、《乗馬》を持っていない俺は歩かせることすらできないのか。
「持っておらぬのぅ、【聖騎士】なのに」
「俺は元々職業で覚えるスキルは少ないしな」
これまで《聖騎士の加護》と初級の回復魔法くらいしか覚えていない。あとはネメシス関連と装備スキルだ。
「不思議だのぅ。【騎士】の上位互換なのだから《乗馬》くらいあってもいいだろうに」
「ああ。…………上位互換?」
【聖騎士】は【騎士】の上位互換。
それを聞いて、俺の背中に嫌な汗が伝う。
「ネメシス、俺ちょっとログアウトしてくる」
「? うむ、了解した」
◇
ログアウトした俺はPCで《乗馬》スキルと、下級職と上級職の関係について調べた。
世間的には《乗馬》は下級職【騎士】の代表的なスキルであり、上級職【聖騎士】は【騎士】の上位互換である。
つまり普通に【騎士】から【聖騎士】になったなら《乗馬》は当然持っているはずなのだ。
しかし俺の場合、巡り会わせで【騎士】をすっ飛ばして【聖騎士】になった。
それ自体はステータスの恩恵が大きく、スタートダッシュにも役立った。
しかしながら、スキルの数は非常に少ない。
今のところ【聖騎士】のスキルは《聖騎士の加護》と《ファーストヒール》の二つだけだ。
思い返せば下級職の【女衒】からスタートしたルークと比べても保有スキルの数には差があった。
推測するに、上級職のスキルを覚えるには同じ系統の下級職でスキルを覚えておく必要があるのではないだろうか?
攻略Wikiで【聖騎士】の習得可能スキルについて調べると、《聖騎士の加護》や《回復魔法》スキルは【騎士】時代には存在せず、【聖騎士】になって初めて習得できる。
同様に【聖騎士】から覚えるスキルには、【聖騎士】の奥義とされる《グランドクロス》や修得条件が不明の《聖別の銀光》なるスキルがあった。
逆に言えば、その四つ以外のスキルはどれも【騎士】で習得するスキルの発展系であるらしい。
攻撃スキルも……《乗馬》を含めた他のスキルもだ。
それらも、【聖騎士】のレベルが10になる前に覚えるものやスキルレベルが上昇するものが多い。
「…………」
俺自身はネメシス由来以外の攻撃スキルを一つも持っていない。
レベルも20代半ばを超えた。普通なら何かしら覚えていてもおかしくない。
しかしそれがないということは……推測どおりなのだろう。
上級職【聖騎士】のスキルの大半には、同系統の下級職【騎士】のスキルが必要である、と。
兄は知らなかったのだろうか?
……ああ、でもいきなり上級職から始める奴なんていないから、前例がないのか。
ルークのなろうとしている【亡八】のように、下級職のレベルカンストが条件になっているものは多いだろうし。
【聖騎士】の条件にしても、普通はレベル0では達成できないのだから。
「……なるほど」
原因は分かった。
このままだと俺は下級職の【騎士】にならないとスキルを覚えられないし、シルバーに乗ることも出来ない。
剣技などのスキルは攻撃手段は別にいい。ネメシスがいるし、今は【瘴炎手甲】もある。
しかしシルバーには乗りたい。
そのためには何とか《乗馬》を覚える必要がある。
【騎士】にならずに《乗馬》を得る手段はないかと探してみたら……あった。
何でも【騎馬民族のお守り】というアクセサリーで《乗馬》スキルのレベルが+1されるらしい。
それさえあれば俺も《乗馬》スキルを持っていなくても《乗馬》Lv1になる。
さらにアクセサリーの効果でも、適性のあるジョブならば習熟して本当にスキルを会得できるという。
【騎士】の発展系である【聖騎士】ならば適性は間違いなくある。
「よし! これだ!」
俺は早速ギデオンでそのアクセサリーを購入しようと思い立ち、相場を調べて……。
【騎馬民族のお守り】――市場相場10万リル
崩れ落ちた。
To be continued
次の投稿は明日の21:00です。