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<Infinite Dendrogram>-インフィニット・デンドログラム-  作者: 海道 左近
Episode Ⅵ-Ⅶ King of Crime

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第二話 隣人

(=ↀωↀ=)<この話、というか六・五章の前に言うべきことが一つありました


(=ↀωↀ=)<書き下ろし付きの文庫五巻もよろしくね!(ダイマ)

 □椋鳥玲二


 大学の講義も夕方までには終わり、俺は早々と帰路に就いた。

 明日からはまた土日なので、デンドロに集中できる。

 この土日は先送りにしていた<デス・ピリオド>の本拠地(ホーム)の物件探しもあるし、ギデオンでは俺も少し関わっている“トーナメント”が開かれる。

 比較的、楽しそうな部類の用事だ。


「まぁ、あとは平穏無事に済めばいいんだけどな」


 大学で振り返っていたこれまでのように、例によって『この土日も何かしらの事件に巻き込まれるのでは?』という不安がないでもない。

 何より、俺がデンドロで楽しそうなことに参加すると事件が起きるという謎のジンクスもある。

 <超級激突>からのフランクリンのゲーム、風星祭からの【モノクローム】、<遺跡>探索からのカルチェラタン事件、愛闘祭からのハンニャさん、などだ。因果関係がヤバい。

 ミステリー漫画の主人公じゃないんだからそんな因果は要らない。……まぁ、ミステリー漫画の主人公だって当人にしてみれば要らないのだろうが。

 そんなことを考えて自転車を漕いでいる内に、自宅マンションが見えてきた。


「ん?」


 ちょうどマンションの前ではドアを閉めたタクシーが走り去り、後には一人の女性の姿が残っていた。

 彼女は女性が一人で持つには数が多い紙袋を足元に置き、『さてどうしたものかしら』と悩んでいるようだった。

 恐らくは買いこみすぎてしまい、タクシーならともかく部屋まで運ぶには量が多かったのだろう。


「こんにちは」

「ムクドリ・サン。コンニチワ」


 金髪が目を引く外国人の彼女は、まだ少しぎこちない日本語で俺と挨拶を交わした。

 俺は、彼女とは知り合いだ。


「荷物、よければ運ぶの手伝いましょうか?」

「いい?」

「ええ、お隣ですし」


 彼女はこのマンションで俺の隣の部屋に住むご近所さんである。

 なので、荷物を運ぶのもさほど手間にはならない。


「アリガトウ」

「困った時はお互い様ですから、フランチェスカさん」


 そう言って俺は彼女……フランチェスカさんの荷物の三分の二を受け持つ。

 紙袋が二つだったが、抱えると意外と重い。

 中からはカチャカチャと小さなガラス瓶の擦れ合うような音がする。


「瓶が沢山入ってますけど、これは?」

「塗料。粘土。大学の課題、来週まで」

「ああ。美術系の大学なんですね」

「はい。念のため、考えて、買い過ぎ」


 フランチェスカさんはまだ日本語が堪能ではないらしく、単語での返答が多い。

 こっちの言葉は分かるようなので、聞くことはできるが話すのに難儀しているのだろう。


「大学はどちらの?」

「T芸大、一年生」


 なるほど、うちの大学同様にここからそう遠くない大学だ。

 同じマンションに住んでいるのだから当然と言えば当然だけど。


「……?」


 けど、一年生?

 俺より年上だと思ったけど……同い年?


「……私、二一歳」

「あ。はい」


 俺の疑問を察したのか、フランチェスカさんはそう言った。

 やはり年上ではあったらしい。

 海外の人だし、後からこちらの大学に入学することを決めたならそういうこともあるか。

 日本語を話すのにまだ慣れていないのも、こちらに来てから日にちがさほど経っていないからなのだろう。

 隣人になって一ヶ月以上だが、こうして話した機会はあまりなかったな。


「アナタは?」

「俺ですか?」


 世間話を続けながら、俺達はエレベーターに乗り込んだ。


「一八歳。T大の一年生です」

「……C’est surprenant(それは意外ね)」


 ……今、フランス語で『意外』とか『驚き』って言われたか?

 俺ってやっぱりT大生には見えないんだろうか。デンドロで知り合いにもよく言われるんだよな。ジュリエットとか、ビシュマルさんとか。

 でもチェルシーあたりは逆に「どこそれ?」みたいなリアクションだったな。まぁ、リアルが海外在住の人にはそんな程度のものなのかもしれない。

 などと俺が考えていると、


「一四歳くらい、思っていた」

「そっち!?」


 フランチェスカさんの返答にこちらが驚かされた。

 つうか、四歳も若く見られてたの!?

 海外の人と比べると日本人は若く見えるっていうけど、高校すっ飛ばして中学生レベル!?


「俺はちゃんと大学生ですよ。というか、中学生でこんなとこに一人暮らしできませんよ」

「そう。…………」


 フランチェスカさんはそう言って、何か納得して頷いている様子だった。

 けれど、その口元で小さくフランス語で呟いたような気がした。

 それはうまく聞き取れなかった。

 けれどなんとなく……『私は一人で暮らしていたけれど』、と言っている気がした。


「到着」


 エレベーターは目的の階に止まり、荷物を抱えた俺達が下りる。

 ちなみに俺達が住んでるのはマンションの一三階である。

 まぁ、俺が一三階なのは偶然ではなく、選んだ結果だ。数字が不吉なので比較的入居者が少ないらしく、兄にタダで借りるものなのでせめて不人気な部屋を選んだ形だ。

 欧米の人と思われるフランチェスカさんもこの一三階に住んでいるが、そういうのを気にしない性質なのだろう。あるいは宗教が違うのかもしれない。


 俺はそのまま荷物をフランチェスカさんの部屋にまで運んだ。

 部屋に入っても大丈夫か尋ねると、フランチェスカさんは頷いた。

 ドアを開けると、玄関から微かに絵の具と粘土の臭いがした。

 ちらりと玄関を見ると無臭系の消臭剤が置いてある。恐らくこの臭いを消すためなのだろうが、消しきれてはいないようだ。

 ……俺が気にすることでもないが、フランチェスカさんの敷金は返ってこないかもしれない。


「荷物はどこに運びます?」

「ココで大丈夫」

「分かりました」


 俺は瓶を割らないようにゆっくりと玄関に荷物を下ろした。


「アリガトウ。良ければ、お茶でも……と言いたいケド」


 フランチェスカさんは視線を玄関の先、俺の部屋と同じ間取りならLDKに繋がる扉を見る。

 ……言わんとすることは察した。ドア一枚挟んだ上に消臭剤込みでこれだけの臭いということは、恐らくLDKは匂いに慣れない人間がお茶をできる環境ではないのだろう。


「お構いなく。また何か困ったことがあったら言ってください。お隣ですし」

「そう。このカリは、いずれ返すワ」


 やはり日本語に不慣れなのか、何だかバトル漫画みたいな言葉だった。


 ◇◆◇


 □■フランチェスカ・ゴーティエ


 荷物運びを手伝ってくれたお人好しの隣人と言葉を交わし、私は玄関のドアを閉めた。

 会話したのは引っ越してきたときに日本の麺類を寄越してきたとき以来だけど、話していてストレスを覚えるタイプの隣人でないのは救いね。


『……それにしても、あれで大学生だったのね。日本人の年齢ってよく分からないわ』


 誰と話すわけでもない言葉は、自然と母国語で口を出る。

 彼と話していたときも少し出ていたけれど、恐らく聞き取られてはいないだろう。

 何にしても助かった。日本は比較的治安がいいから、道や床に荷物を置きっぱなしにしても置き引きされる確率は低いだろうけれど。彼のお陰で二度手間にはならずに済んだ。


『ふぅ……。大学が休みになる前に課題を済まそうと、買い込み過ぎてしまったわね』


 買い物を終えてカートからタクシーに荷物を移してから気づくのだから、間抜けなこと。


『来週末からの連休。ゴールデンウィーク、だったかしら。変わった時期の連休ね。……課題を済ませれば向こう(・・・)に集中していられるから、私にとっても好都合ではあるけど』


 私は独り言を呟きながら、玄関の荷物をLDK……その先の作業場へと運ぶ。

 玄関から繋がったLDKのドアを開けると、懸念したとおり……私には慣れ親しんだ粘土と塗料の匂いが鼻をつく。

 LDKではそこかしこに私の作った花瓶ほどのサイズの像や自作フィギュアが置かれているからだ。まだ乾いていないものもあり、匂いは残っている。

 2LDKの間取りの内、一部屋は寝室だけれどそれ以外は概ねこんな状態。

 一部屋は作業場だし、リビングとダイニングは作ったものを置くためのスペースだ。

 塗料に引火しても怖いので最近は料理もできていない。

 我ながら、この雑然さは向こうでのクランを思い出すわね。……ベクトルは違うけれど。


『普通のアパルトメントだったら追い出されていたわね』


 幸いにしてここは賃貸料が高い代わりにそういった心配もない。

 隣室の彼の反応から察するに匂いも隣には漏れていないらしい。

 ……それでも引き払う時には清掃業者を呼ぶべきかもしれない。


『…………』


 などと考えられるくらいに、今は生活に余裕がある。

 わざわざ欧州から離れ、高級なアパルトメントを借り、日本の芸術大学に入って、卒業どころか死ぬまで悠々と生活できるくらいには金銭は潤沢だ。


『……一度くらいは、墓参りに行った方がいいのかしらね』


 去年の暮れに死んで、不本意にも(・・・・・)妹だけでなく私にまで遺産を遺さなければならなかった人のことを、少しだけ気の毒に思った。


『そういえば、あの子は今頃どうしているかしら』


 今は遠く離れて暮らす妹の、……正確には向こうでの妹(・・・・・・)のことを考える。

 あの人の死後の遺産分配の都合で再会し、私の方から向こうに誘ったあの子。

 前に<DIN>の記事で見たときは、西方に勝るとも劣らない面倒ごとに巻き込まれているようだったけど。

 ……根が純粋なせいか昔からあれこれと悩んでこじらせる子だから、カルディナでストレスを抱えてなければいいけど。


 ◇◆


 荷物を運び終えてから、リビングに置いてあるソファに腰掛けた。

 インスタントのコーヒーを淹れて、テレビで母国のニュース番組を眺めながら一服する。

 ……私には慣れ親しんだものだけれど、塗料とコーヒーの匂いが混ざると黒い絵の具でも飲んでいる気分になるわね。


『……せめて来客を迎えられる程度には片付けようかしら』


 今日のようなこともある。リビングとダイニングの卓上くらいは空けて、部屋に置くのも乾いて匂いの少ないものだけにしようと決めた。

 コーヒーを飲み干してから、作業に入る。

 卓上に飾ってあった粘土像や自作フィギュアを選んで手に取る。それらは作ってから少し時間が経って乾燥したもの。つまり仕舞っても問題ないものを選別しながら仏字の新聞紙に包み、仕舞っていく。

 こちらに住み始めたのは二月からなのに、もう随分と作ったものね。

 大学や向こうでの活動時間が一日の多くを占めていたのに、私はどこで時間を捻出したのかしら。


『……あら』


 片付けている最中、私は卓上の隅にあった像を手に取った。

 それは球体から触手をはやした怪物の粘土像だった。

 これを作った時のことはよく覚えている。

 今から一ヶ月も前……半ば供養(・・)で作った代物だ。

 自分で言うことではないかもしれないけど、製作時の憤りや悔しさが込められているのがよくわかる。


『…………』


 私はジッとそれを見続けて……睨んで……他の像と同じように包装して仕舞いこんだ。


『……次はしくじらない。あの時の借りは必ず返すわ』


 仕舞われた怪物の粘土像――【RSK】と私が名づけたモノを見下ろして、そう呟いた。


 片づけを一段落させて、私は寝室に移動した。

 ベッドの傍、私の腰ほどの高さのチェストの上には……とあるゲームのハードが置かれている。


『さて……』


 私はハードを装着してベッドに横になる。

 このシークエンスも、既に数え切れぬほど繰り返した。

 向こうでの……<Infinite Dendrogram>での私を生きるために。


『今日はまず、右腕の最終調整からかねぇ』


 そうしてフランチェスカ()は、――今日も【大教授】Mr.フランクリンとして<Infinite Dendrogram>にログインした。


 To be continued

(=ↀωↀ=)<隣室に宿敵がいて大学に女化生がいる


(=ↀωↀ=)<そんなレイ君のリアル


(=ↀωↀ=)<ちなみにレイ君が気づいてないのは相手の声も性別も容姿もまるで違うから


(=ↀωↀ=)<フランクリンが気づいてないのはレイ君ほど素の直感が鋭くないのと


(=ↀωↀ=)<デンドロ内ではフランス語で見聞きしているからです


(=ↀωↀ=)<フランクリン視点でのレイ君はフランス語ペラペラボーイです

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― 新着の感想 ―
気がついた時には、胃に穴が開くだけじゃ済まなさそう…
[一言] ラブコメの波動!!!
[一言] おいおいズボラな年上芸術肌とみたらしお人好し年上キラーとか相性で倒せそうだな。
感想一覧
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