エピローグC “Sechs”
(=ↀωↀ=)<はい。タイトルで察してください
(=ↀωↀ=)<察しがつかない場合は王都襲撃編のプロローグを読み返すのです
(=ↀωↀ=)<……あとこれ本当は昨日連続更新したかったけど間に合わなかった
■“監獄”・喫茶店<ダイス>
その日の<ダイス>には一人の客も姿を見せなかった。
少し前から店外から声すらも聞こえない。外界の喧騒と無縁の“監獄”の中でも、特に何事もないただの一日だった。
そんなことになっている理由の一端はオーナーにあるのかもしれないと、テーブルに突っ伏しながらペラペラと紙の資料をめくるガーベラはぼんやり考えた。
口には出さないが、今日のオーナー……ゼクスの様子は少しおかしかった。
(ラスボスの話を口にしてから、穏やかで掴みづらかった雰囲気が……なんだろう……でっかい猛獣がシャッシャと爪研ぐみたいな雰囲気に変わった? ……まぁ、私にもちょっとしか分かんないけどー……)
少なくとも、いつものゼクスとは違うのは確かだと、ガーベラは考えた。
(そんなのが分かるようになってきてる私も変よねー……。あ、逆だわ。私なんかにも分かるくらい剣呑だから……今日は来客がないのねー)
「なるほどなるほど」と自分の推測に頷きながら、ガーベラは資料めくりを再開する。
それは<IF>の他のメンバーからリアルで送られてきたデータを、内容を記憶したゼクスがガーベラのために手書きで書き写したものだ。
ちなみにガーベラのリアルにもメールを送ればそんな手間は不要なのだが、ガーベラがリアルの連絡先をメンバーに教えていないので送れなかったのである。
デンドロ内はともかく、リアルではそこそこネットリテラシーが高めなキクコである。
(まぁ、デンドロ内で犯罪行為しまくってるメンバーにリアルのアドレスとか教えられないものねー……人のこと言えた義理じゃないけどー)
暇すぎるためかいつもよりさらにテンションが低くなっている状態で、ガーベラは資料を読み進める。
「ふーん。【イグニス・イデア】に【アラーネア・イデア】、【ウェスペルティリオー】に【レジーナ・アピス】……ねー。なんか悪役って感じだわ」
彼女が読んでいたのは本日ゼタの手で行われているはずの王都襲撃計画と、それに投入された改人の情報である。
「ねー、オーナー。ちょっと聞いていい?」
「何でしょうか?」
先刻、『猛獣が爪研ぐ』と表現したゼクスに対し、特に気負う様子もなくガーベラは質問を飛ばす。
それに対し、ゼクスも普段通りに応える。
「今気づいたのだけどー……、私のおニュービルドってどうして襲撃者系統が入ってないの?」
彼女が見ているのは【ウェスペルティリオー・イデア】……【奇襲王】の資料だ。そこに載っているスキルの詳細を見ていて、気づいたのである。
視認されない状態で攻撃力が高まる襲撃者系統。ガーベラからしてみれば、これ以上に自分にマッチしたジョブはないように思えた。
(……まぁ、今初めて気づいたのだけど)
もしかして最初から暗殺者系統じゃなくてこっちに就いていれば【破壊王】に勝てたかもしれない……などと少しだけ思って、『でもやっぱり私じゃ駄目よねー……』とテンションを下げたガーベラである。
さて、彼女の質問に対するゼクスの返答は、
「ああ。全くそぐわないからですよ」
というバッサリとしたものだった。
「……どうして?」
「ダメージ量を増やすだけなら、無意味ですよ。単なる光学迷彩ならそれでも良かったのですが、ガーベラさんのアルハザードはその遥か先の隠蔽能力です。その上、ステータス自体はさほど高い訳ではありません。ならば、ダメージ倍率という小手先の違いではなく、より致命的な方向に特化すべきと考えました」
「……ふぅん」
正直よく分からなかったガーベラだが、とりあえずオーナーが自分を評価しているらしいことは分かったので、少しだけテンションを上げて納得した。
「ですからその資料で言えば【奇襲王】よりも【猛毒王】。より贅沢を言えば、その【猛毒王】を従えていた人物のジョブこそが最適ですね」
「?」
今度こそさっぱり分からなくて、ガーベラは疑問符を沢山浮かべながら首を傾げた。
分からなすぎて「それって誰のこと?」とガーベラが聞こうとしたとき、カランカランというベルの音と共に<ダイス>の扉が開いた。
「いらっしゃい。おや、お久しぶりですね」
「ヤッフ~♪ みんなの人気者、GODの入店なのネ♪」
砂糖菓子に蜂蜜と果糖と人工甘味料をかけたような、聞くだけで頭蓋骨が溶けそうな声が店内に響いた。
入店してきた人物は、これ見よがしにフリルと小さなぬいぐるみのついたデコレーションケーキのようなドレスを揺らしながら店内を歩き、カウンター席に座る。
「ゼッちゃんにガッちゃん♪ お久しぶり♪ あ、キャラメル・マキアート注文なのネ♪」
衣服と合いすぎている甘々しくも痛々しい声で、その人物はゼクスとガーベラを愛称で呼んだ。また、注文内容もゼクスがリアルのコーヒーショップを参考に作った甘ったるい飲み物である。
「……キャンディ」
先刻よりもさらに数段テンションの下がった疲れ顔で、ガーベラは相手の名を呼んだ。
「相変わらず……きしょいわ」
「あ~! ガッちゃんってばひどーい! そういうこと言うとプンプンだぞ♪」
「そのノリ、今の私にはきついわ……」
冗談抜きで吐きそうな顔と気分になりながら、ガーベラは相手の顔を見る。
“監獄”で知り合った相手であり、これまで数えるほどしか会っていない相手だが……その数回を決して忘れられない程度には印象の強すぎる相手だ。
(……こいつ、またメイクがレベルアップしたわね。頭の可笑しい格好と声音はともかく美少女に見えるわ……)
内心で遺憾ながらもその容姿を褒めた後、ボソリと呟いた。
「……男なのに」
「チッチッチ♪ ガッちゃん、それは違うってば♪ キャンディちゃんは性別を超越したGODなのネ♪」
ガーベラの指摘に対して、一切堪えてないようにそう返した。
彼の名は――キャンディ・カーネイジ。
装いと顔は少女にしか見えないが、アバターもリアルもれっきとした男であるとガーベラは聞いている。
同時に、彼についてこの容姿と性格以上に重要な点も……よく知っている。
「GODになれるこのデンドロだからちょっとの不敬は許すけど、不敬すぎると滅ぼしちゃうゾ♪」
「…………分かってるわよ」
冗談めかして言われたその言葉が、一切の洒落が混ざっていない宣告であると……ガーベラでも察せられる。
なぜなら彼は、既にそれをやっている。
彼こそ、この“監獄”に収監された<超級>の一人。
最大最悪の広域殲滅・制圧型。
都市国家を滅ぼし、一〇万のティアンを殺戮し、【勇者】をも殺した男。
“ティアン最多殺人者”。
“国絶やし”。
――【疫病王】キャンディ・カーネイジ。
「…………」
自分が勝てない類の相手だと、ガーベラは知っている。
あるいはここまで接近した今ならば殺せるかもしれないが、本当に戦闘状態に入ったキャンディは災害以外の何物でもない。
(オーナーとハンニャさんはよくこいつをシメられたわね……。あと<超級殺し>も……。デンドロって相性ゲーよねー……それとリアルチート&クレイジー)
ガーベラは力量差と相性差と実力差を感じて凹み、また机に突っ伏した。
「……そういえばキャンディ。あんたが外に出たにしては、街が静かね」
ガーベラは<神造ダンジョン>で一度、街で二度キャンディに会っている。(ダンジョンでは顔も合わせないうちにデスペナルティになったが)
しかしこれまでにキャンディが街に出てきたときは、“監獄”の住人達が逃げ惑うのが常だった。それこそ災害から逃げ惑うようにパニックになる。
ゆえに『今日はずっと静かだったから変ねー』とガーベラは思ったのだが……。
「お外の連中ならぶっ殺したのネ♪ キャンディちゃんのこと知らない無知蒙昧がキャンディちゃんのGOD衣装を笑ったから~、ちょっと頭がプチってして“監獄”の街もペチってしたのネ♪」
「…………さっきから輪をかけて静かだと思ったら」
そう言いながら『……あー、こいつパワーアップしてるわー。逃げる隙も与えないくらい速攻で感染拡大してぶっ殺してるわー』と、ガーベラは気怠い気持ちがさらに増した。
「でもでも! ちゃんとこのお店は圏外に設定してたのネ! 褒めて♪」
「あー、はいはい。えらいえらい」
「二倍褒められたからさっきの不敬も許すゾ♪」
(……許してなかったんじゃない、あぶなっ)
“監獄”の住人の中でもキャンディの扱いはとりわけ難しいとガーベラは知っている。
恐れられてはいても懐が広く対応も柔らかいゼクスは問題ない。
カップルやフィガロの悪口など地雷を踏まなければ優しいハンニャも問題ない。
近づけば問答無用だが、そもそも定点で動かないので近づかなければいいフウタも問題ない。
だが、このキャンディだけは扱いが意味不明。
気まぐれに街にも出てくるし、近づいてくるし、どこに怒りのポイントがあるのかも定かではないし、やるときはやりすぎる。
(一番面倒で、本当は関わり合いになりたくないのよねー……)
しかし無視すると確実に不興を買うので、ガーベラも対応するしかない。
『今日はもうログアウトしようかしら……』とガーベラが真剣に考えていると、ゼクスが注文されたキャラメル・マキアートを差し出しながら、キャンディに話しかける。
「それでキャンディさん。今日はどうなさったんですか?」
「そうそう! 今日は朗報があるのネ♪」
「朗報というと……ああ、終わったんですね」
「ちゅるちゅる……よく聞いてくれたのネ!」
キャラメル・マキアートをストローで啜ってから、キャンディは胸を張った。
「ついに、ついにやったのネ! キャンディちゃんの【災菌兵器】討伐……完了なのネ♪」
「!」
「それはいいですね」
キャンディの言葉の意味は……恐ろしく大きい。
“監獄”には<神造ダンジョン>があるが、その中でも特殊な区画に……一体の<UBM>が封じ込められていた。
【災菌兵器】と銘打たれたその<UBM>は神話級すら超越し、レベル一〇〇をオーバーした<イレギュラー>だった。
これまでに数多の<マスター>がそれを討伐して特典武具を得ようとしたが、誰一人太刀打ちすらできずに滅ぼされた。
キャンディもまた【災菌兵器】に挑戦し、そして最も多く敗れた<マスター>である。
しかしキャンディは確信していた。
自分ならばいつかは倒せる、と。
そうして彼は挑み続け、今日になってその決着がついた。
キャンディはこの“監獄”において、<イレギュラー>の単独討伐を成し遂げたのである。
「苦節……どのくらいか忘れちゃったけどネ♪」
「……あー、今度は素直に褒めるわ。すごいわね」
「ありがとネ♪ これで大手を振って……かはともかく“監獄”を出てもいいのネ♪ だから……」
キャンディは咲き過ぎた花のような笑顔でそう言ってから、
「――ようやく趣味が悪い黒尽くめの殺し屋をぶっ殺しにいけるのネ」
初めて笑みではなく怒りの形相でそう宣言した。
(……思いっきり根に持ってたのね、PKされたこと)
ガーベラ自身もルークに対する恨みというか、敵対心というか、リベンジ精神は持ち続けているので、そこは少しだけ共感した。
「でも趣味が悪いって、<超級殺し>もあんたに言われたくないでしょうに……」
「女なのに男装している時点で趣味合わないのネ」
「…………」
ガーベラは『それ同族嫌悪じゃないの?』と内心で思ったが、口には出さなかった。
「良い機会ですね」
キャンディの報告を聞いて、ゼクスは頷いた。
「キャンディさんの用事も済みましたし、ガーベラさんの仕上がりも上々です。それでキャンディさん。以前お話したことですが……」
「オッケーなのネ♪ ちょっとリベンジが伸びるけど、こっち時間で一年は<IF>のお世話になるのネ」
「ぬぇ?」
キャンディの発言に、ガーベラが『私それ聞いてない』とか『マジで?』という顔をするが、ゼクスとキャンディはそれに気づく様子はない。
「それは良かった。……本当はフウタくんにも加わってほしかったところですが、彼は彼の道を行くでしょうからね」
「でも、本当にできる?」
「ええ。以前のハンニャさんの試行からすればこれまでも七割。そして今はガーベラさんのお陰で確実に成功します」
「え? え?」
理解できぬまま進んでいる状況に、何事かの決定打に据えられているガーベラの疑問符は本日最大となる。
しかしそんな彼女をおいて、ゼクスは最も決定的な言葉を口にする。
「そろそろ――この“監獄”から脱獄しましょう」
――そうして犯罪者の王は仮初の宿を出ることを宣言した。
To be Next Episode
(=ↀωↀ=)<【疫病王】キャンディ・カーネイジ
(=ↀωↀ=)<ティアン側のストーリーやった後に
(=ↀωↀ=)<<マスター>側でも五指に入るくらいあれな人物の登場である




