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<Infinite Dendrogram>-インフィニット・デンドログラム-  作者: 海道 左近
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エピローグB 二・四

(=ↀωↀ=)<前回と今回のタイトルの数字


(=ↀωↀ=)<王都襲撃編の各戦闘ごとのアフターを示しております

 □王城・医務室


 王城の一階には、大量の薬品を備蓄した医務室がある。

 西方の戦乱や【邪神】の争乱の直後に建造された城であるがゆえに、いざという時のための籠城の備えは王城の各設備や地下避難区画、及び地下に保存された【ベルクロス】同様に整っていた。

 襲撃によって王城の設備の大半が破壊されたが、この医務室は魔力を用いた設備が薬品保管庫程度だったため、被害を受けずに無事なまま残っていた。


「…………」


 その医務室に、リリアーナは立っていた。

 リリアーナの周りには数多くの棺が置かれ、それぞれ一人ずつ人間が入っていた。

 それはまるで死者を収めているようだったが、棺の中身は【劣化快癒万能霊薬】などの薬液で満たされ、リンドス卿をはじめとした十数人の【聖騎士】がその中に安置されている。

 彼らはまだ生きているが、しかし全員がこの棺から出ることはできない。

 彼らは、【アラーネア・イデア】と相対した【聖騎士】達だ。

 彼らの奮闘により【アラーネア】は撃破されたが、その代償も大きかった。

 彼らは【アラーネア】の放った猛毒と末期の瞬間に体内から溢れ出した大量の毒物に体を汚染された。

 一過性の毒でなく、大量の毒物を摂取したために体細胞が変異してしまっているのである。毒を経て、薬だけでは治らない重篤な病に至ってしまった形だ。

 ゆえに今は【劣化快癒万能霊薬】で満たした棺によって病状の進行を抑え、睡眠魔法の使用で意識を断つことで痛みを抑えている。(魔法を使うのは、睡眠薬では【劣化快癒万能霊薬】と反発するために投与できないためである)

 リリアーナはそんな部下達の……仲間達の姿を一人見ていた。

 そんな彼女の肩を、後ろから誰かがポンと叩いた。


「暗い顔をしているじゃないか。リリアーナは顔立ちが良いから憂い顔も似合うけれど、ここだとまるで出棺直前みたいに見えるからもうちょっと明るくしたまえよ」


 そんな笑えない冗談を言い放った人物は……。


「インテグラ……!」

「お久しぶり。私が見聞を広める旅に出て以来だから……二年ぶり?」

「もうそんなになるのね……」


 リリアーナの幼馴染であり、友人でもある【大賢者】インテグラだった。

 騎士団長の娘であったリリアーナ、【大賢者】の最も若き徒弟にして後継者であったインテグラ、そして王女であるアルティミア。

 この三人は幼少期からの知り合いであり、各々の立場が特殊であったことも相まって数少ない親友であった。


「……地下でのこと、ありがとう。あなたなんでしょう? それに、一階に撒かれた毒物の処理も」

「いいのさ。少し前に王都に戻ってきたのだけれど、地下での異常な魔力を感知してね。出向いたら自爆寸前の【炎王】がいたのだもの。何とかしなきゃって焦ったね。ああ、毒物もついでにね」


 インテグラの言う少し前は実際には『数週間前』であったが、リリアーナは特に気づいた様子もなかった。

 また、地下での《超新星》の爆発で彼女も重傷を負ったはずだが、今は目立つような傷はほとんどない。彼女自身の回復魔法や手持ちの希少アイテムで大半は回復していた。


「話を戻すけどそんなに憂い顔な理由はやっぱりここで眠る彼らのことかな?」

「……そうよ。私、今回も……何も出来なかったから……」

「ふぅん? はぐれたテレジア殿下を捜していたって聞いたけど?」

「ええ。けれど、仲間達が死線を潜っている間に、彼らの今の指揮官である私だけが……戦うこともなくこの危難を終えてしまった。そのことに……自己嫌悪なの」

「優先すべきものを優先した結果だから、仕方ないと思うけれどね」


 そう言って友人を慰めつつ、インテグラは内心で思う。


(……実際にはリリアーナの捜索も保護もあれには不要だっただろうけど。【邪神】と“化身”だから)


 インテグラ……【大賢者】はテレジアが【邪神】だと知っているし、ドーマウスが劣化“化身”ではなく、本来の“化身”に連なるものだとあたりもつけている。

 かつて、今の【破壊王】と【犯罪王】が関わったテレジアの誘拐事件で、先代の【大賢者】がその事実を確認している。


(これまでに“化身”が【邪神】を邪魔者として消してきたのは記録から明白。そして今はもうティアンを誘導しても殺せなくなったから、保護して完成を遅らせようとしている。実際、戦闘系超級職でも単騎なら余裕で返り討ち)


 モーターとの交戦も、インテグラは監視していた。

 【邪神】としての特性ゆえに無傷だったが、そうでなくとも結果は同じだっただろう。


(唯一危なかったのは、【炎王】の最終奥義だけ。あの爆発で殺しきれると判断したなら、どう行動するか読めなかった)


 実際、テレジアを連れた“化身”はこの城から退避することも、“黒渦”を張ることもしていなかった。

 そして危険だと判断したからこそ、インテグラはあの時に地下に降りたのだ。


(あの後も向こうからのアプローチはなし。最終奥義を止めているときに妨害もなかった。『どうしてもここで【邪神】を消しておきたい』という訳ではなくて、『可能なら消したかった』ということ? ……分からないな。二〇〇〇年分も行動記録があるのに、未だに理解しきれない。……外来種を理解できると思わないけれど)


 そんな風に思考を打ち切って、インテグラはリリアーナとの会話に戻る。

 長い思考であったが、実時間では一秒すら経っていない。高速思考はインテグラに限らず超一流魔法職の基本技術だ。

 インテグラの思考に気づく様子もなく、リリアーナは悩みを吐露した。


「私は……ずっと一人では誰も助けられない。……私も含めて助けられてばかりだから」

「まぁ、いいじゃないか。幸いにして、ここにいる彼らはまだ生きているのだから。アルティミア……陛下に同行しているっていう噂の【女教皇】が王都に戻ってくれば、彼女の回復魔法で治るだろうさ」

「そうね……。それは……本当に救いだわ」


 リリアーナを励ましながらも、内心で少しだけ穏やかでない気持ちがインテグラにはあった。


(<マスター>と同行、か。師匠は王国が<マスター>との共同戦線を張りづらいようにしていたはずなのだけど……。師匠が亡くなって私も王国にいなかったから、コントロールが途切れていたのも大きい。それに先王と違って、アルティミアは師匠に思考方針を刷り込まれていない。先王からの影響があっても、彼女の出した結論は違うってことだね)


 どちらにせよ、既に王国が共同戦線を張っているならばそれに異を唱える気はない。

 共に<マスター>と合力した王国と皇国の間の問題を静観しつつ、“化身”の動きを見ることに決めた。


(<マスター>からも情報を得た方がいいかな。だとすると対象は<超級>と呼ばれる最上位グループか。あるいはアルティミアの方針転換の起点となった……)


 今後の行動方針を頭の片隅で思考しながら、横目でリリアーナの表情を見上げる。

 インテグラなりに本心で慰めたのだが、彼女の後悔や憂いは払拭されていないことが表情を見ればよく分かる。

 それは現状を悲しむものであるが、根底にあるのは彼女が抱く自身の弱さへの怒りだ。

 ずっと前から守るべきアルティミアよりも彼女は弱く、今回やこれまで王国で起きた事件の解決にほとんど寄与できない程度の力しかない。

 それらを総合した結果、リリアーナは表情を曇らせている。

 そんなことが分かる程度には……インテグラはリリアーナやアルティミアと親友だった。

 自分の父にも等しい師匠が、二人の父の死因の片棒を担いでいると知っていても……インテグラにとって二人は親友である。

 戦争における二人の父の死は、師匠の死と同様に必要な犠牲と断じもするが……後ろめたい気持ちも確かにある。

 だからこそ……。


「リリアーナが戦えなかったことを悔やむなら、私に助力できることは何もないよ。けれど力のなさを悔やむなら、助力できることはある」

「え?」


 だからこそ、インテグラは【大賢者】としての計画とは無関係に、リリアーナにそんな話を切り出した。


「私が手に入れた知識の中に、君が強くなるための手段がある。リリアーナがそれを実践できるなら、確実に強くなれる」

「それは……?」

「リリアーナ」


 背丈の違う親友の両目を見上げながら、インテグラは言葉を続ける。


「――【天騎士ナイト・オブ・セレスティアル】、目指してみるかい?」


 かつてリリアーナの父が就いた超級職の名を、インテグラは口にした。


 ◇◇◇


 □王城・貴賓室


 ツァンロンが目を覚ましたのは、天蓋付きの寝台の上だった。

 体を起こそうとして、左手にだけ僅かな重みを覚える。

 動いた右手を見ると、人の体に戻っていた。

 それから重みを感じた左手を見ると、


「……スゥ、スゥ……」


 そこには彼の左手を両手で握ったまま眠りに落ちているエリザベートの姿があった。

 室内の窓から外を見れば、既に日も落ちて暗くなっている。

 地下での戦いから数時間は経っている。その間、エリザベートは寝台に眠る彼の手を握り続けていたのだろう。

 ツァンロンが部屋の外の気配を探れば、扉の向こうには騎士らしき気配があった。

 今ここにエリザベートしかいないのは、彼女自身がそう頼んだからである。


「…………」


 地下での爆発の最中に気を失って、気がつけば今になっている。

 確かなのは……ツァンロンとエリザベートは共に生きているということ。

 ツァンロンは静かに身を起こし、エリザベートの頭へと右手を伸ばし……少し悩んで……その髪を撫でた。


「むにゃ……」


 エリザベートは体をよじるが、でもどこか穏やかな寝顔で眠り続けた。


「色々なことがあって、疲れてしまったんですね……」


 ツァンロンは思う。

 地下でのこと、そして今回の襲撃そのもののこと。不明な点は多い。

 けれど自分と彼女が生き残っている幸福を今は喜びたい、……と。


「……目が覚めたら、話をしましょう。話さなければならないことも、話したいことも、沢山……ありますから」


 そうして、ツァンロンは優しくエリザベートの髪を撫でた。


 ◇


 ツァンロンが目を覚まして少しの時間が経った頃、ノックの音が室内に響いた。

 控えめで小さな音だったので、エリザベートが目を覚ますことはない。


「どうぞ」


 ツァンロンがそう言うと扉が開き……巨大な齧歯類が顔をのぞかせた。


「おじゃまします」


 巨大な齧歯類……ドーマウスがのそのそと室内に入ると共に、その背に乗ったテレジアが姉を起こさないように小さな声で挨拶した。


「テレジア殿下?」


 ツァンロンは、何故テレジアがここを訪れたのかを考えた。

 自分の見舞いならば時間が遅いため、姉であるエリザベートを迎えに来たのだろうかと予想したとき……。


「おちゃかいでは、せきをはずしてごめんなさい」

「え? ……ああ」


 唐突なテレジアの言葉に、そういえば今日は元々お茶会だったとツァンロンは思い出す。

 あのお茶会は黄河に嫁ぐ決意を固めたエリザベートが、テレジアとツァンロンを会わせるためのものだった。

 テレジアに、己が生涯を共にすると決めた相手を教えるために。

 ツァンロンに、己の愛する家族を教えるために。

 結局二人はお茶会ではほとんど話せず、その後にあの大事件が起きてからはバラバラだった。

 事件が終息して、ようやく再び顔を合わせた形だ。


「ドー」


 彼女が一言だけ述べると、テレジアを乗せていたドーマウスが彼女を下ろし、ドアの外へと歩き去っていく。

 そうして部屋に残されたのが二人と眠るエリザベートだけになって……沈黙が短いようで長い時間を満たす。


「…………」


 ツァンロンはテレジアに問いかけず、彼女の言葉を待っていた。

 テレジアは、暫しツァンロンと視線を交わした後……その視線をツァンロンの左手を握りしめたまま眠る姉へと移す。

 それから先刻のツァンロンのように、姉の髪をそっと撫でて……。


「ねえさんを」


 ゆっくりと口を開き、


「ねえさんを、まもってあげて」


 短い言葉で、それだけを伝えた。


「…………」


 それはきっと、感情の見えづらい彼女が本心から発した言葉だった。

 彼女はこれを言うために、ここまでやってきたのだ。

 あるいはお茶会の間もずっと……この言葉を言う機会を……己の覚悟を決めようとしていたのだろう。

 なぜならそれは、別れの言葉だから。

 もう自分の手の届かないところへ行く姉を、誰かに託す言葉だったから。

 ツァンロンは、それを察した。


「……必ず、守ります」


 だからツァンロンも……己の心の全てで誓いを立てた。

 何があろうとも、誰が相手でも、必ずエリザベートを守り抜いてみせると。


 そうしてツァンロンとテレジアは……【龍帝】と【邪神】は約束を交わした。



 ◆◆◆


 ■王城・【大賢者】の研究室


 襲撃事件が起きた日の深夜。

 王城の中で動く者が深夜番の衛兵や重傷者の看病をする者達だけになった頃、インテグラは壁が書物で埋め尽くされた部屋にいた。

 それは先代の【大賢者】……彼女の師匠が研究室に使っていた部屋だ。

 先代が死去してからは誰も使わず、入ることすらほとんどなかった部屋。

 今日帰ってきたことになっているインテグラは、当たり前のようにこの部屋を使うことになった。

 インテグラからの手紙が届いていたため、アルティミアが自分の不在中にインテグラが来たらそうするように計らっていたからでもある。


「まったく……今日は大変だったよ」


 師匠の愛用していた椅子に深く腰掛けながら、インテグラはそう言って息を吐いた。

 実際、大変ではあった。

 凡その出来事は彼女が予想した通りだったが、細部はかなり異なる。

 インテグラはアルティミアに手紙を出す前に、皇国でクラウディアとも面会している。

 フラグマンとして知り得ているいくらかの知識と引き換えに面会にこぎつけた形だ。

 もっとも、あくまで新たな【大賢者】として顔を合わせたインテグラに対し、クラウディアは彼女の秘密(・・)にまで確信があるような反応であった。


(あれは危ない。確実に、今の時代のハイエンド。それも【覇王】や先々代【龍帝】と違って、戦闘面よりも頭脳面にパラメータが振られている印象だね。……まぁ、そのために色々と人格が破綻しかけているようだけど。王と、個人と、ハイエンド。全部の目的が一個人の目的として混ざっていない。総取りしようとして全部台無しになりかけている。本人がその矛盾に気づいているかいないかは……ちょっとまだ分からないかな。)


 ともあれ、そんなクラウディアが講和会議に罠を張ることも、それに合わせて王都で行動を起こすこともインテグラには分かっていた。

 しかし、その推移はインテグラの予想を超えていた。

 最大の理由はどちらも……<マスター>によるもの。


(辛勝とはいえ王国が講和会議の戦い……師匠を殺した【獣王】との戦いに勝って撃退したこと。この王都に現れた【イデア】というティアン素体の兵器。どちらも予想外。後者は“冒涜の化身”に似ているようでも、別物。“化身”の劣化といっても、実情は千差万別で部分的には上回る。……やっぱり私はまだ<マスター>の力を測りきれていない。“化身”の能力推測はこの二〇〇〇年でかなり進んだけれど、増加した連中は多岐に渡りすぎる。このままだと計画を進めようにも……厳しい)


 コメカミに指をあてて、酷く表情を歪めながら……彼女は舌打ちした。


(厳しい……じゃダメなんだよ。<マスター>の増加が意味するのは、“化身”が新たな企てを進めているからに違いない。もう私の次はないかもしれない。私が師匠達の……これまでの私達(フラグマン)の積み上げた全てを統合(インテグラ)し、“化身”を倒さなければ……)


 時間的猶予のない最後のフラグマン……インテグラ・フラグマンは己の中で何度も、何百度も思考した結論を唱えた。


(できる……はずだ。カルディナに残っている彼女(クリスタル)が、一号の起動準備と奪われた二号と四号の捜索を進めている。海洋プラントでは、中断されていた六号以降の開発も再開している。王国でも予定通り【煌騎兵】に就く者が増えている。全体の《権限》が規定値(・・・)を超えるのは、間に合うはず。それに三号もアルティミアに撃破されたのは予想外だけれど、“獣の化身”には完勝していた。決戦兵器は……“化身”に届く)


 インテグラは進めてきた計画の進捗を再確認し、『勝ち目はあるのだ』と己を鼓舞した。

 そうでなければ、心が折れてしまいそうだったから。


「……ッ」


 不意に彼女は頭痛を感じて額を手で押さえる。

 精神的なものか、あるいは思考が脳に負荷をかけたのかは、彼女自身にも分からない。


(……ひとまず、今日の内容を記録(・・)しておこう。私の次の【大賢者】がいるかは分からないけれど)


 そうして彼女は、一つのスキルを起動し始める。


 【大賢者】は、全属性の魔法を駆使できる。

 規格外に才ある者ならば、【炎王】など他の魔法系超級職の奥義さえも使用することができる。

 しかしそれらは、【大賢者】の奥義ではない。

 【大賢者】自体の奥義。それこそが……。


「《大いなる書庫(アーク・ライブラリー)》、起動」


 スキルの名を唱えた直後、彼女の意識は現実空間から離れた。


 ◆


 スキルを唱えた直後、彼女の裸の精神だけが無数に……無限に書物が並んでいるような空間の中心にあった。

 それは【大賢者】の研究室に似ていたが、比較にすらならないほどに巨大で膨大だった。


転写(コピー)上書(オーバーライト)、【フラグマンNo10】。対象は全記憶。前回までの既存記憶と齟齬がある場合は記憶操作の検証用に別名保存」


 インテグラがそう宣言すると、書庫から無数の書物が浮かび上がり彼女の周囲を回り始める。

 書物は記載のあるものもあれば白紙のものもあったが、いずれも彼女をスキャナーのように走査しながら、何事かを写し取っていく。

 写し取られているのは……彼女の持つ記憶だった。

 その時間がどれほど経ったか。

 インテグラが今日見知った出来事も含め、脳内の情報の全てが書物に記録された。


「処理終了。リアルボディへの帰還」


 彼女がそう唱えると無限の書庫は消え失せた。


 ◆


 そうして、彼女の精神は研究室へと戻ってきた。

 あの書庫ではそれなりの時間を記憶の走査に費やしたはずだが、室内の時計では一分さえも経っていなかった。


「ふ、ぅ……」


 脳が軋むような感覚を覚えながら、インテグラは息を吐いた。

 彼女の精神が赴いた書庫こそが【大賢者】の奥義、《大いなる書庫》である。

 【大賢者】は任意で己の知識と記憶を《大いなる書庫》に記録し、自由に引き出すことができる。

 そしてそれは……【大賢者】が代替わりしても変わらない。

 先代の【大賢者】が遺した知識を、己の物のように引き出すことができる。

 知識を引き継ぐスキル。【大賢者】の名に相応しい奥義と言える。

 しかし本来ならば、このスキルは未完成の魔法理論などを次代に託すためのスキルであり、その程度に限定されたスキルでもあった。


 だが、初代フラグマンからは違う。

 初代フラグマンはスキル自体を改造し、記録容量を限界まで増設し、さらに一度に引き継ぐ知識量のリミッターも外した。

 そもそも人間の全記憶のコピーなど問題がありすぎる。

 プライバシーなどの小さな問題から、膨大な記憶に引き継いだ人間の精神が押し潰される巨大な問題まで、人間性や人格を損なう危険はいくらでもある。

 【邪神】の一機能に近いが、ジョブによって正気が保証されているあれとは大きく違う。

 耐えられない者が【大賢者】として《大いなる書庫》を用いれば、廃人になる危険すらあった。

 逆に言えば……歴代のフラグマンはそれに耐えうると思われた才ある者を、後継者として選び続けた。


 そうまでして改造したスキルに初代フラグマンは、そして歴代のフラグマンは――己の生涯の知識全て(・・・・・・・・・)を遺した。


 かつてのこの世界の姿を、先々期文明の繁栄を、“化身”の脅威を、そして……“化身”を滅ぼすべく続けた活動の全て。

 あまりにも膨大な怨嗟と策謀と研究の歴史。

 それは途切れることなく、一〇代目のフラグマンであるインテグラにまで続いている。

 今代の【大賢者】であるインテグラは、自らの師を含めた全ての【大賢者】の……フラグマンの知識の全てを引き継いでいる。

 フラグマンの切望を知っている。

 後継者を育て、託し続けた希望を理解している。


 これまでの九人のフラグマンの生涯を……二〇〇〇年間の意味(・・)を背負っている。


 『“化身”を滅ぼしてあるべき世界を取り戻す』という目的と共に。


「……私達(フラグマン)は、負けない」


 二〇〇〇年を背負った小さな【大賢者】は、もう一度自分を鼓舞するようにそう呟いた。


 To be continued

(=ↀωↀ=)<王都襲撃編では三人の『引き継いだティアン』が登場しました


(=ↀωↀ=)<それぞれこんな感じです


【龍帝】ツァンロン

ステータスのみ引き継ぎ。目的は愛する人(エリザベート)と共に生きること。


【邪神】テレジア

ステータスと記憶の引き継ぎ。目的は【邪神】として完成せずに生涯を終えること。


【大賢者】インテグラ

記憶のみ引き継ぎ(先代から育てられてもいる)。目的は“化身”絶対殺す。


(=ↀωↀ=)<あとフラグマンが二〇〇〇年で一〇人って少なくない?


(=ↀωↀ=)<とお思いでしょうが


(=ↀωↀ=)<魔法やアイテムで寿命伸ばしたり、そもそも長命な人種もいたりしたので


(=ↀωↀ=)<【覇王】と戦って早死にした世代除けば一〇〇年以上余裕で生きてます



(=ↀωↀ=)<あ、エピローグはもう一回分あります。次回更新で王都襲撃編終了です


(=ↀωↀ=)<その後は次に行うものの準備しながら


(=ↀωↀ=)<ちょっとゆっくりペースでAEの方を更新します


(=ↀωↀ=)<四海走破が途中だったからね!

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― 新着の感想 ―
[気になる点] これまでの、師匠と弟子の会話を読むと、そこまで全ての知識があるのならば、今回の講和会議と王都襲撃で、化身の目的と、劣化化身(マスター)の違いが解ろうものなのに、打倒化身!!、の心情が強…
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