第二〇・五話 選択へのリミット
(=ↀωↀ=)<今回執筆時間と区切りの都合でちょっと短めです
□■王城四階
『……全く、厄介な話である』
【炎王】フュエル・ラズバーンが《超新星》を発動させたのと同時刻。
地下の爆発による王都壊滅の可能性を聞き、ドーマウスはテレジアと共に退避しようとしていた。
《感染城塞》ならば《超新星》の膨大な熱量も吸収しきってテレジアを守れるかもしれないが、王都を壊滅させるほどの大爆発の中で無事でいること自体が今後の活動を難しくする。
ドーマウス自身が直接停止に向かっても同様だ。
ならばテレジアを連れて爆心地から逃れるのが先決というダッチェスの判断は誤りではなく、ドーマウスもそれに従うつもりだった。
『待ちなさい、ドーマウス。避難の必要はないわ。その場に留まりなさい』
だが、その動きは同僚からの通信によって制止させられた。
その指示を出したのはダッチェスではなく……<エンブリオ>を担当するハンプティ・ダンプティだった。
ダッチェスのウィンドウとは違い、ドーマウスの思考に直接通信が飛んでくる。
ドーマウスも言葉に出さぬ思考によってそれに応える。
『何用であるか、ハンプティ。それに避難の必要がないとはどういうことである?』
『今自爆しようとしているティアンから<エンブリオ>の反応が消失したわ。これで相手はただのティアンよ。理屈の上ではね』
『それがどうしたのである?』
『分からないかしら? ティアンの攻撃なら、【邪神】に徹るのでしょう?』
『……! ハンプティ、まさか……!』
ハンプティの言わんとしていることは、ドーマウスにもすぐ理解できた。
今なら【炎王】フュエル・ラズバーンは【邪神】にとっての異物ではない。
ゆえに――その自爆で【邪神】であるテレジアを焼却せよ、と言っている。
『…………』
ドーマウスは無言のまま、己の背で黙したままのテレジアのことを考える。
【邪神】が死亡すると、新たな【邪神】の完成までにある程度のスパンは必要になる。
その期間は死した【邪神】の完成度によって大きく変動するが、少なくとも今テレジアが死ねば……次の【邪神】は彼らの計画が終わった後だ。
最大の問題点とさえ言える【邪神】と<終焉>。それを計画から完全排除できるフュエルの自爆は、管理AIにとっては好機以外の何物でもない。
『ハンプティ、それは……』
しかし、ドーマウスはその言葉に従うことに躊躇いを覚えた。
『あら? 何を迷っているの?』
『……このまま、我輩が管理していても、計画中の【邪神】完成の可能性は低いのである。ここで自爆に巻き込めば、むしろセーフティの解除によって予想外の結果を招く恐れもあるのである……』
ドーマウスはハンプティにそう抗弁するが、しかしそれはどこか言い訳のようだった。
『そう。それで予想外の結果と完全消去。どちらの可能性が高いと思うのかしら?』
『それは……』
『ドーマウス。あなたは情をかけているだけでしょう?』
『…………』
ドーマウスは、ハンプティに言葉に反論が出来なかった。
実際に、それは正しかったから。
【邪神】……テレジアを保護しているのは彼の役割であるが、その役割に何の感情も持っていない訳ではない。
むしろテレジアに対して今のドーマウスは……役割だけの関係ではなくなっている。
『今代の【邪神】があなたの<マスター>に似ていたから、守るという行いに感情的な理由を付与してしまっているだけよ。合理的とは言えないわ』
『……!』
ドーマウスがかつてただの<エンブリオ>であった頃、彼の<マスター>は病弱な少女だった。
助けてあげなければ死んでしまいそうなか弱い少女。
あるいは彼の守る力も、病の如き真の力も、<マスター>が彼女であったから生まれたのかもしれない。
彼はその力で少女を守るために成長し、<超級エンブリオ>に至り、最後の試練を超えて<無限エンブリオ>にまで届いた。
そして<マスター>であった少女――その時には既に女性と言える年齢であったが――は、ドーマウスが<無限エンブリオ>になって、<マスター>なしでも存在できるようになったら……それを見届けて安心したように死んでいった。
ドーマウスがそんな在りし日の<マスター>と、病弱にして己が守らねばならぬ存在であるテレジアを、重ねていないと言えば嘘になる。
『けれど、それは無駄なことよ、ドーマウス。あなたの<マスター>に似た【邪神】が生きようが死のうが、どうせ計画が終わればこの<Infinite Dendrogram>は……』
『分かっているのである! だが……!』
『随分と悩んでいるようね。その理由は<マスター>への思い……かしらね』
ドーマウスの言葉にどこか冷ややかな声で返しながら、ハンプティはこう言った。
『悪いけれど、私には――全く共感できないわ』
あるいは、チェシャやラビットであれば、そうでなくとも他の管理AIであれば多少はドーマウスの言葉に心動かされることはあっただろう。
しかし、このハンプティだけは絶対にそれがないということを、ドーマウスも知っていた。
己の<マスター>への強い思いを、彼女だけは一切持たないということ。
だからこそ、彼女が<エンブリオ>の管理を担当しているということも。
『哲学的ゾンビの貴様には分からないのである……』
『あら、私をそんな風に呼ぶのは死にたいという意思表示かしら――ドーマウス』
通信越しだというのに、ハンプティの言葉に乗った殺気はドーマウスを射抜く。
ドーマウスは知っている。
物理的・化学的に絶対を誇るドーマウスの防御を破れる数少ない存在、その一体がこのハンプティであるということを。
かつて“万死の化身”と恐れられ、如何なる<無限エンブリオ>でも一対一では絶対に勝てない存在であるということを。
そんな存在の殺気を受けながらも、ドーマウスは己の思いを曲げずになおも言葉を返そうとして……。
【そこまでに……して】
二人の言い争いを、ダッチェスが止めた。
【どの道……もう避難は間に合わない……わ。だから、ドーマウスはその場で……。守るかどうかは……その時に決めな……さい】
『……分かったのである』
ダッチェスの言葉に、ドーマウスが頷く。
会話の相手だったハンプティは、既に通信を切っていた。
「殿下! テレジア殿下ー!」
それから間もなくして、テレジアを呼ぶ声が四階に響く。
それはテレジアを捜し続けていたリリアーナのものだ。傍には城の爆発などを見て駆けつけた<K&R>の<マスター>達もいる。
彼女達はすぐにテレジアとドーマウスを見つけ、駆け寄ってくる。
「テレジア殿下、よくご無事で……!」
「うん……リリアーナも……」
合流したことで、リリアーナ達はテレジアの安全を確保できたと安堵する。
しかしドーマウスは、これでますます王都外への避難はできなくなったと考えた。
「それでは、地下の避難施設に向かいましょう。エリザベート殿下達も先に……」
その言葉に、ドーマウスは『それはまずい』と考えた。
リリアーナはまだ情報を得ていないが、今の地下避難施設ほど危険な場所はこの王都にない。
その情報をどのようにして伝えようか、ドーマウスが思案していると……。
「え?」
『……?』
彼らの周囲に、突如としてウィンドウが開いた。
否、それはウィンドウではない。ウィンドウのように半透明で宙に浮かぶ看板のようだったが、ダッチェスの操るそれではない。
それは幻影魔法の応用で作られたホログラムであり、そこにはこう書かれている。
『警告範囲に近づくべからず。当方は地下において爆発物の処理を行っている。地下避難施設及び、壁の周囲から離れるべし』
ホログラムのメッセージの後ろには、海属性らしき魔法の壁のようなものが形成されている。
四階の一角で円形の壁となるように配置されており、壁の内側が空洞であれば筒のような形状だ。
そして恐らくは、その筒は一階から三階までも同様に配置されているのだろう。
それはまるで工事現場の囲いのようであったし、あるいは天に向けられた……。
「こんなもの、一体だれが……え?」
リリアーナが訝しんでメッセージを読み進めると、それを為した者の名前もまた明記されていた。
『【大賢者】インテグラ・セドナ・クラリース・フラグマン』、と。
「インテグラ!? 帰ってきていたの⁉」
旧友の名にリリアーナが驚き、『フラグマン』の名にドーマウスが目を瞬かせる。
インテグラのことは知っていたが、ドーマウスは彼女のことを然程知らない。
【大賢者】の弟子であり、王城の結界を張った本人であるということくらいのもの。
そんな彼女がフラグマンを名乗っている。
かつてドーマウスも交戦した数多の兵器を開発したフラグマンと、メッセージの主であるインテグラ・フラグマンの関連はドーマウスにも不明だ。
管理者ですら知らぬことが、今この王国の地下では動いている。
『…………』
その中で確かなことは、彼女が【炎王】の自爆を食い止めようとしているということ。
それが功を奏するか、あるいは無為となって王都が消し飛ぶのかは、ドーマウスにすら未知の未来。
だが、もしも自爆を食い止められなかったとき。
自分がテレジアを守るのか、守らないのか……今のドーマウスにはその時の自分の選択が予想できなかった。
<無限エンブリオ>の演算能力を以てしても……自分の心の全ては分からない。
To be continued




