第十八話 炎――証明
(=ↀωↀ=)<区切りの問題で本日短いです
■炎
(死ぬ……か)
【龍帝】との戦いの中で【イグニス・イデア】……【炎王】フュエル・ラズバーンは、自分が生きて勝利することはないと確信していた。
それは経験による予感。
ラズバーン家に生まれて研鑽し続け、他者を倒し続けた経験。
そして、【大賢者】に完膚なきまでに敗れた経験。
二つの経験が明確な死の確信を彼に抱かせていた。
それも無理からぬこと。
彼の炎で【龍帝】は倒せない。全身の過半を消し飛ばしたところで、【龍帝】はすぐに再生する。
あるいは一片の肉片になっても蘇るかもしれない。
そして逆に、【龍帝】の力は彼を打倒するには十二分なのだ。
(……あと、どれほどか)
半ば諦めの境地に立ちながら、それでも周囲の人間に魔法をばら撒いて【龍帝】を足止めしている。
しかしその時間稼ぎも長くはもたないだろう。
王国の者達の中で傷を負ってもまだ動ける者が、他の者を引きずりながら少しずつ避難所から脱出していく。
庇う相手がいなくなれば、【龍帝】は容易く彼を殺せるのだ。
(どうしてこんなことになっているのか……)
彼は考える。
なぜこんな場所で、こんな相手と戦うことになっているのかを。
彼の目的は【大賢者】だった。
この城にいるはずの、少なくとも手掛かりはあるはずの【大賢者】は未だ見えない。
だというのに【大賢者】よりも難敵かもしれぬ相手……【龍帝】などと交戦している。
そして、そのまま【大賢者】に見えることなく彼は死ぬのだ。
必敗の戦いだが、ここで退いて態勢を立て直すことなどできない。
体内のイデア分体は敵前逃亡を許しはしないだろう。それが異形の体と莫大な魔力を得る引き換えに交わした契約だ。
しかし、仮に逃げられたとしても彼は退かないだろう。
これだけの魔力を手に入れたというのに、退くこと自体が敗北だ。
己の限界以上を手に入れてさえ、勝利出来ないという証明なのだから。
ラズバーン家の魔法の最強を証明したい彼にとっては、その時点で敗北なのだ。
(……私は何のために)
フュエル・ラズバーンは己の人生の意義を考える。
それはあるいは、死に瀕して走馬燈の如く回顧していたのかもしれない。
過去の修練の日々、父の死、【大賢者】との試合と敗北、その後の日々、ラ・クリマとの契約。
ほんの僅かな時間、けれど彼自身には短くもない時間を経て……。
『…………?』
彼は自分の人生の、そもそもの終着点について考えた。
その答えは一つ、最強を証明することである。
火属性魔法の最強を、それのみに心血を注いだラズバーン家の最強を世界に証明すること。
そのための手段として“魔法最強”の【大賢者】打倒を、彼と彼の父は目指していた。
しかし父は志半ばに倒れ、挑んだ彼も敗れ去った。
そして彼は生まれ変わり、再び最強を証明するために【大賢者】を捜していた。
『…………』
そう、つまり【大賢者】打倒とは……手段である。
終着点ではないし、必須でもない。
『……クク、ハハハハハハハハ』
『?』
唐突に笑い出した彼を【龍帝】が、そしてまだ避難所から脱出しきっていなかった者達が訝しげに見る。
彼の唐突な笑声は気が触れたわけではない。
ただ、最後の最後で気づいてしまっただけだ。
自分自身の、間違いに。
『我が生涯の全ては……到達と証明のために』
そう、彼は見誤っていた。
考え違いをしていた。
ずっと、ずっと間違えていた。
あるいは彼の父が間違えていたから、彼の父の遺言がそれだったから、彼も間違えたのかもしれない。
【大賢者】の打倒そのものが、彼の……ラズバーン家の終着点ではない。
“魔法最強”である【大賢者】を倒すことは最強への到達を証明する手段。
ラズバーン家の最強を世界に示すために、称号を欲したに過ぎないのだ。
そうであるならば……今この時に、別の手段であっても最強を証明できれば、それで目的は達せられる。
この事実と自身の遠からぬ死を自覚した彼は、ひどく澄んだ心境だった。
『……何をする気ですか?』
彼の気配の変化に、【龍帝】が問いかける。
先刻までの狂った火炎放射器の如き有様よりも、どこか見る者に恐怖を抱かせる彼に……問いかけずにはいられなかった。
それに対する彼の答えは……。
『天地と黄河の<境海>、カルディナの砂漠。この大陸に数多ある傷痕こそは、それを成した者の実在証明』
そんな意味の分かりにくい言葉だった。
だが、【龍帝】は少しだけその意味を考えて……気づく。
先々代【龍帝】と【覇王】が争った結果生まれた立ち入り禁止区域、あるいはかつての黄河の内戦で生まれた汚染区域。
それらが生まれてしまったのは、その土地を変えてしまった者がいたからだ。
巨大な力の持ち主が、世界地図の形さえも変えてしまったという事実。
つまり、彼……フュエル・ラズバーンは、
『ゆえに、この地こそを証明とする。『ここに最強の魔法使いがいたのだ』、という証明に‼』
己の魔法が最強であることを――この地の形を変えることで証明せんとしている。
『……!』
【龍帝】……ツァンロンはそうはさせまいと彼に近づこうとする。
しかしその直前に、彼の異形の体から全方位に向けて莫大な熱波が放たれた。
人間を容易く蒸発させるほどの熱波が発生し、逃げ遅れている者達に迫る。
『くっ! 逃げてください……!』
ツァンロンは咄嗟に《竜王気》を広く展開した。
身動きが取れなくなるが、そうしなければ王国の者達がたちまち絶命すると悟ったからだ。
《竜王気》の壁で熱気を阻む間に、彼らは灼熱の避難所から脱出していく。
『制御術式――全廃。全魔力――熱量に超臨界変換。熱量増大術式――起動』
そうしてツァンロンを足止めする間に、フュエルは自身の魔法を構築する。
今放つ熱波は余波に過ぎず、彼の魔法はこれから放たれる。
否――これから生まれるのだ。
彼は今この場で、零から新魔法を構築していた。
『変換ロス――体組織が原因――細胞焼却による魔力直結』
制御ではなく、威力にのみ魔力を集中する。
その構築には自身の肉体の損壊さえも伴う。
それは自爆であり、彼自身を巻き込んで消滅させるのは必定。
だが、構わない。
彼はもう気づいたのだ。
そもそも自分の真の目的には命など要らない、と。
(私は魔法最強であると証明し、その後に栄誉と賞賛を受けたかったのか? 【大賢者】を打倒して、それで世の人々に誉めそやされたかったのか?)
違う。
断じて違う。
彼自身が定めた生涯の意味は最強への到達と証明こそが終着であり、為した後の生命も行いへの評価も求めてはいない。
戦いも、思いも、全ては遠く。
彼が抱くは己の全てを賭した集大成のみ。
【確認。【イグニス】、あなたは何をして……】
『五月蠅い』
異常を察知したゼタから入った通信に一言そう答えて、自分の耳に埋め込まれた通信機器を肉ごと引きちぎる。
もはや、この魔法以外の全ては彼にとって不要なのだ。
【大賢者】との因縁も、ラ・クリマとの取引も知ったことではない。
彼が構築するこの魔法。
完成し、発動すれば……王城は跡形もなく消え去り、王都も灼け、熔けた瓦礫の廃墟と化すだろう。
『ハハハハ! ハハハハハハハハッ‼』
火力のみを求めたラズバーン家の宿業か、己が構築している魔法の発揮するであろう威力を想像し、彼の口から笑声がこぼれる。
同時に、四つあった腕の一つが床に落ちる。
体内に増加された魔力供給脳髄も煮えたぎっている。
ラ・クリマのイデア分体さえもこの熱量に死に絶えた。
フュエルは顔面の細胞さえも沸騰し、視界が赤く染まり、鼓膜が破裂し、繋ぎ止められていた体の崩壊が加速する。
(しかしそれでも構わん。この最後の魔法だけ使えればいい)
彼は何を失うことも厭わない。
己の命など、どうせなくなる運命なのだから。
全てを費やしたとしても、彼はこの魔法を構築する。
そう、
『――王都全てを焦土に変える、我が生涯最後の魔法を』
――彼が編み出す、全く新たな最終奥義を。
To be continued
(=ↀωↀ=)<メガンテ&マダンテ
(=ↀωↀ=)<ちなみにこれは<エンブリオ>にも共通の話ですが
(=ↀωↀ=)<制御とか安全とか取っ払うと威力は跳ね上がります
(=ↀωↀ=)<ブックウォーカー版六巻特典の<エンブリオ>とかね




