第■話 かつての終わりと始まり
(=ↀωↀ=)<今回は昔の話
(=ↀωↀ=)<どこに差し込むか迷ったけど前回ネタばらしたので今回やります
■5XX years ago
かつて業都と呼ばれた廃墟の地下深く。
避難区画よりも更に深くに巨大な空洞がある。天井の高さは百メテルを優に超えるだろう。
その巨大な空洞を埋め尽くすように、巨大な存在が膝を抱えていた。
人型のような、あるいは獣のような……何かの死骸。
しかし、化石のような表面を持つそれは僅かに脈動している。
『――――』
今にも立ち上がるのではないか、世界を滅ぼすのではないか、というほどの莫大なエネルギーの内蔵を感じさせるその死骸。
だが、不意にその脈動が収まり……本当に死に絶えたように停止した。
「……確認した……わ。地上で……【邪神】が死んだ……わ」
「やれやれ……。このトラブルもようやく解決ってことだねー……」
陰鬱な雰囲気の女性の言葉に、猫を頭に乗せた青年が応える。
彼ら以外にも数人が、それを見上げていた。
いや、数人とは言えないのかもしれない。
それらは人の姿をした者が多かったが……異形もまた存在した。
『本体を見つけられたのは今回が初めてだが、恐らくはジャバウォック……【エヴォリューション】と似た仕組みか』
浮遊する四つの玉を連ねたような存在……横から見ると芋虫に見えないこともない何かがそう言った。
「地上で【聖剣王】らに倒された【邪神】がこいつの頭脳体に相当するのだろう。今回はこの戦闘体が動く前に頭脳体が死に、戦闘体の眠りは覚めなかった。あるいは、我々の活動によって起動のためのリソースが不足していたのかもしれない」
「測定値からすると結構ギリギリだったっぽいよ~?」
双子と一目で分かる眼鏡をかけた少年とヘッドホンをした少女が、そのように分析した。
「回収した文献が正しければ、前回の起動は我々が来る前だ。当時は戦力が整っており、【邪神】のみに苦労した今回と比べても問題は少なかったらしい」
「ん~。じゃあ前のこれは今回よりも弱かったってことだね~。その戦力って私達で簡単に滅ぼせたからね~。今のこれだと~私達一体分よりは強そ~。あ~、バンダースナッチ達は別枠で~」
双子の分析にどこか神経質そうな線の細い青年が問う。
「一〇〇〇年以上かけて、再構成と強化を続けていたということでしょうか?」
「可能性は高い。さて、レドキング」
「何でしょう?」
「これをお前の《空間破断》で攻撃してくれ」
「了承しました」
線の細い青年は即座に応じ、己の力を化石のようなそれに叩きつけた。
瞬間、世界が線を引いたように真っ二つに裂けて、何もない虚空が顔を覗かせる。
数秒後に虚空が閉じたとき、その線上の物体は全て両断されていた。
ただし、化石のようなそれを除いて。
尋常ならざる破壊を齎すはずの攻撃を受けてもそれは傷一つなく、微動だにしなかった。
「これは……」
「……【邪神】と同じか。でも破壊力では最大級の《空間破断》でも無傷って……まずいねー」
猫を乗せた青年が何かを思い出しながら、苦渋の顔でそう述べた。
「そう。空間上の物体や現象を強度に関係なく破断する《空間破断》でも、これだ」
「あはは~。やっばいね~。試しにバンダースナッチも呼ぶ?」
「それはやめよう……。最悪、これまでの全部が台無しになりかねないからねー」
双子の少女の提案に、猫を乗せた青年がそう言った。
『かつてこれを倒した者達は、レドキングの《空間破断》以上の攻撃手段があったと? 【聖剣王】のあの剣ならば可能かもしれないが……』
「いや、そもそもの仕組みが違う。外から加わった私達では、こいつに影響を及ぼせない。【邪神】と同じだ」
芋虫の質問に、双子の少年は己の分析を述べた。
「……ティアンのみ傷つけられる存在ってことだねー」
「<UBM>はどうでしょう?」
「あれは恐らく駄目だろうな。というか、今のモンスターは全て駄目だろう。クイーンの手でアイテム変換機能が混ざっている」
「あはは~。すっごい裏目ってる~」
双子の少女は笑うが、他の者達は全く笑えなかった。
「あれ? でも地上で【邪神】にトドメを刺したのは【聖剣王】だよね? あの【元始聖剣】って<イレギュラー>……<UBM>じゃなかったっけ?」
「あれは切断という現象に限ってはあらゆる理不尽を内包していますからね。【邪神】の防御機構さえも、無力化しながら傷をつけているのでしょう。逆に言えば、それだけの理不尽でなければ防御機構は突破できない。……そうなると、いずれ迎え入れる<マスター>達でも」
「無論、無理だ。これは我々では……<エンブリオ>では全く対処できん」
「どうしましょうか。こんなものが残っていては我々の準備も……」
『次の起動までに、こちらの悲願が達成されていると思いたいがな』
極めて厄介な課題を前に、彼らはひどく思い悩んでいた。
「そもそも……何で……こんなの……あるの?」
陰鬱そうな女性の純粋な疑問に、
『試練であろう』
それまで無言だった四足の獣が答えた。
「ドーマウス……」
『我輩達が作ろうとする環境が<超級エンブリオ>を育てるためにあり、そのために試練としてジャバウォックが<SUBM>を揃えている。この地もまたジョブによって力を育むのであれば、これも同じ立ち位置なのかもしれぬ。強大な試練としての存在である』
「でも……こんなの……世界ごとなくなってしまう……わ」
『『強くなる試練を超えられなければ滅べ』という足切りの機構でもあるのかもしれぬ』
「……短気な創造主……ね」
「ドーマウス、それは推測か?」
『推測である。ただし、我輩の演算能力をフルに稼働させて出した結論でもある。……勘も含むがな』
「生物的な勘はこちらにはない。一考の余地がある」
機械的な演算能力で彼らの最高位に位置する双子の片割れは、納得するようにそう言った。
『恐らく、頭脳体の再誕は本体から遠くない場所で起こるのである。今回の【邪神】は、地上の業都で生まれた者だった』
「ならば、再び生まれるのもここである可能性が高いか」
「あはは~。だったら監視して【邪神】ができたらすぐ駆除すればいいんだよ~。これまでみたいに~」
彼らは獲得した先々期文明の文献から化石のような物体……<終焉>と【邪神】のことを知った。
それが自分達の計画を揺るがしかねないと判断し、【邪神】を倒すことで<終焉>の降臨を阻止し続けてきた。
そして今、ついに発見した<終焉>と相対し、その判断は正しかったと確信していたが……。
『だが、今回のような手法……ティアンによる討伐が使えるのは今回までである』
「……そうだねー。ちょっと、対症療法を使いすぎた」
ドーマウスと猫を乗せた青年は、苦虫を咬みつぶしたような顔でそう言った。
「これまではティアンを誘導し、早期に発見した【邪神】を討伐してきたけど……」
【邪神】には彼らの攻撃が効かなかったため、実力者のティアンを雇い入れる。あるいは誘導するなどの方法で倒してきた。
しかし、それができるのは今回が最後だ。
「倒すたびに【邪神】の強さが増している。今回に至っては、幼少期に超級職で奇襲を仕掛けても自動迎撃で返り討ち。そして成長後の今は……考えうる限りのティアン戦力を誘導しての辛勝だ」
『……次はないな』
もはや、ティアンを誘導しても【邪神】は倒せない。
むしろ下手な接触は【邪神】の活性化を早めるだけになる。
【邪神】や【邪神】の作り出したモンスター……通称『眷属』が殺傷する場合は、他の死者よりも吸収するリソース量が多く、<終焉>の降臨を早めてしまう。
『アプローチを変えるのである』
「と言うと?」
『今後、【邪神】を見つけた後は我輩がその傍に立つ。そして【邪神】が吸収するはずのリソースを、我輩が吸収するのである。加えて【邪神】を守り、危険から遠ざけることで活性化も遅らせるのである』
「データの少ない案件であるから試してみなければ何とも言えないが、……上手くすれば【邪神】が自然死するまで<終焉>が起動しない可能性もあるか」
『だが、地球の<マスター>を迎え入れた後はどうする。まず確実に世界は動乱し、リソース量は膨大なものとなる。お前でもその全てを完全に吸うことはできまい?』
芋虫球体の言葉に、ドーマウスは少しだけ言葉に悩んでから……こう述べた。
『……それはこちらの目的達成が先であることを祈るしかないのである』
その発言に、彼の仲間達は苦笑した。
「祈る、ですか。何ともコメントに困る話になりましたね」
「……ここの信仰をぶっ潰したらしい僕達が、その信仰における終末から世界を守るために神頼みとかー。皮肉が効きすぎてて笑えもしないね」
しかしそれしかないだろうとも、彼らは分かっていた。
「分かった。その線で進めよう。この場にいる者達に否はないな?」
双子の少年の言葉に、一同は頷いた。
「ならば、私とディー、レドキング、キャタピラー、ダッチェス、ドーマウス、チェシャ、……それと今アバター越しにアリスからも了承が来た。これで過半数ゆえ決定だ」
「まぁ、ここにいない連中もノーとは言わないだろうねー。……あのドラム缶以外は」
「……バンダースナッチは頑なですからね。敵対者相手では潰す以外の選択肢はありませんし、彼の仕事もそれしかできない。アバターすら持たないのですから」
最も巨大で強大で狂犬な同僚を思い出し、猫の青年――チェシャと神経質そうな青年――レドキングは苦笑した。
「さて、あとは【邪神】だけでなくこれの隠蔽も必要か。キャタピラー、この地の周辺にセーブポイントの設置と環境の調整を頼む」
『ここは一度セーブポイントを外した場所だが?』
双子の少年――トゥイードルダムの言葉に芋虫球体――キャタピラーが質問を返す。
「分かっている。チェシャにも根回しをしてもらうぞ。無論、私とディーも<DIN>を通じて情報を流布する」
「何をする気?」
「【聖剣王】が【邪神】を倒したことで、この地が『良い土地』になったと示す。そして、街として発展してもらう。こいつに近い場所に人が集まれば、それだけ次の【邪神】がここで生まれる確率も高まり、監視しやすくもなる。それとここのセーブポイントにはリソース収集機能も付与しておこう」
『なるほど。それは助かるのである』
「それと、こいつに余人が近づけないようにレドキングに空間を組み替えてもらう」
<終焉>を指差しながら、トゥイードルダムは言葉を続けた。
「どのように?」
「単に地中を掘るだけでは辿り着けないように、異空間を重ねる。いっそ、我々の手で<神造ダンジョン>を一つ作るぞ。空間をただ作り替えるだけでは不自然だからな。発生理由は【邪神】討伐と絡めて<DIN>が流布する。ダッチェスも手伝ってくれ。主にクイーンの説得を頼む」
「わかった……わ……」
陰鬱そうな女性――ダッチェスも頷く。
「<神造ダンジョン>……。前の管理者が遺した魔王転職用ダンジョンに被せず作るのは初めてだねー」
「あれよりも難易度は引き上げる。ジャバウォックにも話を通そう。回収した<UBM>を番犬代わりに置く。【滅竜王】など丁度いい」
「なるほど~。あ、そうだ。ダンジョンの名前はどうする~?」
双子の少女――トゥイードルディーに問われたトゥイードルダムは、化石のような<終焉>を……その神骸を見上げながらこう述べた。
「ダンジョンの名は――<墓標迷宮>だ」
◆
この後、かつて業都と呼ばれた地には王都アルテア、そして<墓標迷宮>と呼ばれる<神造ダンジョン>が創られることとなる。
それに関する様々な伝説や伝承が作られ、しかし散逸していった。
結果としてその成立の真実を隠しながら、王都と<墓標迷宮>は現在まで残っている。
To be continued
(=ↀωↀ=)<管理AIの<終焉>対策班
(=ↀωↀ=)<別名『ちゃんと仕事頑張ってるグループ』
(○・ω・○)<ちなみにこの時期に一番ヒマしてたはずのハンプティ(<エンブリオ>担当)は不在である
追記:
(=ↀωↀ=)<ちなみに<神造ダンジョン>だけど
(=ↀωↀ=)<<墓標迷宮>よりも前の奴は
(=ↀωↀ=)<既存の魔王転職用ダンジョンに被せて作ったけど
(=ↀωↀ=)<“監獄”の<神造ダンジョン>は<墓標迷宮>より後なので
(=ↀωↀ=)<特に何もない<神造ダンジョン>です
(=ↀωↀ=)<<UBM>やアイテムは置いてるけど
(=ↀωↀ=)<基本的には“監獄”内で成長してもらうための場所ってだけです
 




