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第十二話 炎――<イレギュラー>

 □■一通の手紙


 これを読んでいる者へ。

 私は君の名を知らない。君の顔を見ることはない。

 君もまた、直接私を見ることはないだろう。

 なぜなら私達はそういうモノだ。

 私がいる限り君は存在せず、君が存在するときに私はいない。

 そんな私達の在り方ゆえに、私は伝えるべき言葉を手紙に遺す。

 当代の皇帝か、あるいは次代か。

 彼らが私の遺言を汲んでくれれば、君の手に渡っているはずだ。


 最初に伝える言葉は二つだ。

 我々は人間ではない。人間ではありえない。

 その事実こそをまずは伝える。

 この世界が司る人間とジョブ、そしてモンスターの関係性。

 そうした関係性の中に生じた異端とでも言うべきものだ。

 遥かな過去に、我らの先祖によって世界に刻まれた異常の権化。

 ゆえに、何時かは自浄作用で消えているかもしれない。

 しかしこの手紙を読んでいる君がいるならば、それは私や君の代ではなかったということだ。


 君は自分が生まれ持った力に思い悩んでいるかもしれない。

 私もかつてはそうだった。

 もっとも私の場合は、生まれた時期の悪さと前任者との比較によるものが大きかった。

 私の前任者は、恐らくは歴代の中で最もこの力を活用していた。

 この力を使い切ることが私にはできなかった。君にはできるだろうか?

 だが、使い切る必要もない。

 我らの力は過大なのだ。

 努力すらなく、只々選ばれて得る力。

 自分で積み重ねるまでもなく、破格に過ぎる。

 それゆえに、君は幼子の内に大きな過ちを犯しているかもしれない。

 血に塗れた生まれであるかもしれない。

 そのことは既に覆せない事実だ。

 我らの力は過大ではあるが、失われた他者を取り戻す術は持ちえない。

 それは私の前任者にもできなかった。


 だからこそ、今ここにある君が力と意思を持つ者であることを望む。


 意思なき時期の罪に囚われるな。

 力を自覚し、自らの意思を持て。

 その上で己のなすべきと思ったことをなすことが、我らの在り方を肯定する。

 それはこの国を守ることではない。

 それもまた選択の範疇だが、確定事項ではない。

 あるいは、誰かから『私は国を守るために生涯を捧げた英雄』とでも聞いているかもしれないが、それは違う。

 私が国を守る生涯を選択したのは、私が生まれる前に私を理由として起きた戦乱への償いのためであり、私自身がこの国を見捨てられなかったからだ。

 ゆえに、君までもこの道に殉じる必要はない。

 命じられたことに従い続ける義務もない。

 君は、君の生きるままに生きればいい。


 我々は人間ではない。人間ではありえない。


 ゆえに、縛られるな。


 己の守りたいと思ったものを守れ。

 己のなしたいと思ったことをなせ。

 己の意思で何かを行うことを恐れるな。

 誰も、君を縛ることなどできない。


 君が手にした力と才は、君の望む未来のためにあるのだから。


 ◇◆◇


 □■地下避難所


「フィンドル侯爵! 殿下達を!」

「我らが時間を稼ぎます!」


 【ベルクロス】が熔け落ちた直後、近衛騎士団六名の判断は早かった。

 エリザベート達を守るために前に出て、【イグニス】に向かい合う。

 神話級金属製のゴーレムをも熔解する怪物を相手に、勝機がないことは理解している。

 しかしそれでも自分達が守るべきエリザベートの逃げる時間を僅かでも稼ごうと、前に出たのだ。


「貴公ら……すまぬ!」


 彼らの言葉にフィンドル侯爵も【ベルクロス】を破壊された衝撃から復帰し、壁のタッチパネルを操作して避難所の扉を開き始める。

 逃げ込んだ避難所であるが、こうなってしまってはもはや袋小路。ここを出て地上に避難するよりほかにない。


(だが、もしも地上が制圧されていれば……考えるな!)


 眼前の一〇〇%の死よりも、僅かに希望のある地上への道行きを選ぶ。

 やがて、重い音と共に避難所の分厚いドアが開き……。


『逃げるつもりか?』


 逃走の動きを察した【イグニス】が四つ腕をフィンドル侯爵に向けようとする。


「させるか!」

「おお!」


 それを阻むように、近衛騎士団六名が【イグニス】に切り掛かる。

 強固な表皮に刃は沈まないが、四本の腕に浅い切り傷を作りはした。


(ノーダメージではない!)

(傷つくならば……!)


 近衛騎士団の【聖騎士】達はその小さな傷に僅かな勝機を見出す。

 それは、あるいは地上で【アラーネア】と相対した彼らの仲間と同じだったかもしれない。


 だが、【アラーネア】と【イグニス】には決定的な違いがある。


『――《プロミネンス・オーラ》』


 【イグニス】が宣言した直後、その全身の像が歪む。

 それは超高温に熱せられた空気により、透過する光が歪んだためのもの。

 同時に、【イグニス】の周囲で剣を振るっていた【聖騎士】達の剣が熔け落ち、熔解した鎧が彼らの皮膚に焼き付く。


「ぐあああぁッ!?」

「これ、しき……!」


 なおも代わりの武器を振るおうとするも、如何なる武器も【イグニス】に近づけば熔解してしまう。

 体の周囲に超高熱の領域を作り、攻防一体の鎧とする。

 そうでありながら、使用する【イグニス】自身にはダメージとなるほどの熱を及ぼさない。

 同時に六四発もの《恒星》をコントロールできる【イグニス】にとって、その程度の熱量操作など問題にならない。

 【快癒万能霊薬】で毒を無効化すれば戦えた【アラーネア】と違い、【イグニス】に近づくことは死に近づくことと同義である。

 距離を取って戦おうにも大半の飛び道具や魔法は熱量に圧されて無力化される。

 <超級>にも匹敵するだろう歩く太陽。

 阻む全てを焼き尽くし、己の目的まで進み続ける者。

 それが【イグニス・イデア】である。


「殿下……お逃げを!」

「フィンドル侯爵! 我らごとで構いません! やってください!」

「……ああ!」


 避難所の扉が開くと同時に、フィンドル侯爵がさらに壁面のタッチパネルを操作する。

 それはスプリンクラー設備の操作だ。

 普段はこの避難所での煮炊きも想定してオフになっている機能をオンにしたのである。

 スプリンクラー設備は設定されたプログラムによって膨大な熱量に反応し、避難所の各所から出現したノズルから【イグニス】に向けて放水がなされた。


 その直後、轟音と衝撃を伴いながら水蒸気爆発が発生する。


 熱量によって大量の水が瞬時に気体へと変わり、【イグニス】を中心に拡散する蒸気が周辺物を吹き飛ばす。

 【イグニス】の周囲にいた騎士も、そして【イグニス】も無事では済まない。

 爆圧で身動きを封じられ、視界の全ても白い蒸気に包まれる。


「殿下! ツァンロン皇子! お早く……!」


 その間に、開いた避難所の扉からの脱出を促す。

 蒸気が避難所の中心から広がる中で、エリザベート達はその扉から脱出しようとする。

 しかしその直前に、


「エリザベート!」


 ツァンロンは、初めて敬称をつけずに自分の婚約者の名を呼んだ。

 彼は必死な顔で、エリザベートを突き飛ばす。



 ――その直後、蒸気の壁を突き破った熱線が彼の身に突き刺さった。



 肉が焼き熔けて蒸発する音が、避難所に響く。

 そうして、ぐしゃりという音と共に……少年の小さな体が避難所の床に倒れ伏す。


「ツァン……?」


 黄河の皇子は、胸に大穴を空けていた。

 超高熱で焼き潰された傷口からは血の一滴すらも流れない。

 だが、ポッカリと空いた胴体からは心臓すらも失われており、その生死は明らかだった。


「ツァン……ツァンッ!」


 目に涙を浮かべたエリザベートが彼の体を揺するが、吐息どころか血液も零れない。

 生命活動と言えるものは、もはや少年の体には存在していないように見えた。


『何に当たったか。見えぬな』


 連続する水蒸気爆発の中からそんな声が微かに聞こえた直後、


『もうしばらく続けるか』

 四方八方に先刻と同じ熱線が飛ぶ。


 それらは避難所の中を滅茶苦茶に、人も物も薙ぎ払いながら放水ノズルを破壊していく。

 数多の悲鳴が木霊しながら、【イグニス】の熱線が、脱出し損ねた者達ごと避難所を蹂躙していく。

 熔解音と蒸発音、肉を焼き切る音、そして侍女達の悲鳴が木霊する。

 やがて、ほとんどの放水ノズルが熱線によって失われ、【イグニス】は水蒸気爆発の檻から解放された。

 その身には、さほどのダメージも受けている様子はない。


「何ということを……バケモノめ‼」


 熱線の乱舞を受け、右腕の肘から先を失ったフィンドル侯爵が憎々しげに【イグニス】を睨む。

 熱線の被害を受けなかったのは、僅かに二人。

 倒れ伏したツァンロンに寄り添っていたエリザベートと、偶然にも熱線の当たらない位置にいたミリアーヌだけである。

 他のモノは大なり小なり熱線に当てられ、身動きが取れないものも多い。

 このままでは、エリザベートを連れて逃げる事すらままならない。


『大賢者はどこだ?』


 しかし自身が作り出したそんな惨状を前にしても、【イグニス】の言葉は変わらない。

 壊れた機械のように、ただそれだけを求めている。

 言葉がまるで通じない怪物の如く、【イグニス】はエリザベートに近づいてくる。


「殿下! お一人でも、お逃げを……!」


 倒れた誰かがそう叫ぶが、エリザベートはツァンロンの傍を離れない。

 やがて、【イグニス】がエリザベートまで辿り着く。


『大賢者は、どこだ。出てこなければ、王国の王女を殺す』


 歪みきった、しかし歪まぬ望みを口にしながら、【イグニス】が焼きごてのような腕をエリザベートへと伸ばした。

 周囲から悲鳴と怒号が叫ばれるが、もはや動ける者はいない。


 そうして【イグニス】の超高温の腕がエリザベートに触れ――


 ――ようとする直前に、誰かがその腕を掴んだ。


『…………?』


 そのとき、初めて異形となった【イグニス】の顔に、純粋な疑問らしきものが浮かんだ。

 自らの腕を掴んだ何者かの手は、燃えている。

 熱の鎧を纏う【イグニス】によって、【イグニス】の腕を掴んだその手は燃えているのだ。

 だが、離さない。

 その小さな手(・・・・)にどれほどの力が込められているのか。指は【イグニス】の強化された外皮に食い込み、血を流させ、纏った熱によって【イグニス】の血が蒸発する。

 異常とも言える光景に、【イグニス】は疑問を口にする。


『……何だ、お前は?』

「……ツァン?」


 それは、エリザベートの疑問と同時だった。


 【イグニス】の腕を掴んだ小さな手の主は……胸に大穴を空けて死んだはずのツァンロンであったから。


 倒れ伏していたツァンロンは右腕を伸ばして、エリザベートに触れるはずだった【イグニス】の腕を掴んでいる。

 加えて、【イグニス】にはもう一つの疑問がある。


(何だ? こいつの魔力は? これではまるで【大賢者】……いや、今の私に届……)


 全能力と才能を火属性魔法に捧げた【イグニス】には、《看破》ができない。

 それでも、卓越した魔法職であるゆえに感覚的に魔力は感じ取れる。

 だが、仮に彼が《看破》を持っていれば、世にも奇妙な光景を目に出来ただろう。


 ――恐ろしいスピードで変化していくレベルとステータスという光景を。


 そして変化は数値に留まらない。


「――――エリザベートに手を出すな」


 死んでいたはずのツァンロンは、そう言って立ち上がる。

 エリザベートを守るように、【イグニス】との間に割って立つ。

 彼の胸の穴は未だ残っていたが……見ればそれは大半が塞がっていた(・・・・・・)

 心臓や諸共に蒸発したはずの肺腑が、超高速で再生している。

 それだけでなく、【イグニス】の腕を掴み続ける手も、燃焼と同時に再生を繰り返し、形を失わない。

 代わりに、彼が素肌に巻き付けていた黒い包帯が……塵となって燃え尽きていく。


「……【自戒封巻】は燃えてしまった、か。再生するまで、もう封じられないな」


 燃えていく黒い包帯を――彼自身が黄河の宝物庫の中から選んだ『自身のステータスとスキルを制限する』特典武具を見下ろしながら、彼は呟く。

 彼が王国に来るために……彼の正体をカルディナやこの王国で隠すために身に着けていた特典武具は、もはや壊れてしまった。


「いいや……今は封じない」


 だが、それでいいのだ。

 今必要なのは隠すことではなく、使うことだ。

 力を……そして己自身を。


「ツァン……大丈夫なのじゃ?」


 目の前の異常への疑問よりも、死んだと思った己の友人が無事であったことへの喜びを見せながらエリザベートはそう尋ねた。

 そんな彼女に、ツァンは一度だけ彼女を振り返って微笑み……それから再び視線を前に戻した。


「エリザベート……。先ほど言いかけたことを言います」


 彼は、言葉を紡ぐ。

 エリザベートに背を向けたまま……その表情を見せぬままに。


「僕は皇子ではありません。黄河の皇位継承権を持ってはいません。僕にはその資格がない」


 それは先刻の言葉の続きであり、


「そして……人間でもない(・・・・・・)

「え……?」


 一度は口の中に留めた……己の秘密の告白。


 告白の直後、彼の骨格が鳴り、手足が伸びる。

 背丈も、身幅も、少年のそれから体型が大きく変貌する。

 皮膚の内側では筋肉が盛り上がり、体表には鱗が浮かび上がる。

 やがて彼は、龍と人の中間のような生物へとその姿を変えていた。


「ツァン……?」

『…………』


 ともすればそれは、相対する改人にも近い。

 バケモノと呼ばれるに値する容姿であり、余人には……そして彼女には見せたくなかった正体だ。

 国を発つ際に父である皇帝からも明かすなと厳命された真の姿。

 それでも彼は、その姿を晒すことを選んだ。

 自らの意思で、自らの守りたいものを守るために。

 彼は選択したのだ。


『お前は……』


 【イグニス】が何事かを言いかけたとき、彼は腕を振るい……自身の掴んでいた【イグニス】の体をエリザベートと正反対の方向の壁にまで投げつけた。


『ぐ、ォ……!』


 先刻の水蒸気爆発を遥かに超える衝撃を受け、【イグニス】が血の泡を吹く。


『…………』


 壁に激突した【イグニス】を見やりながら、彼はある場所へと歩む。

 それは、先刻【ゴーレム・ベルクロス】が倒された場所。

 彼は床に手を伸ばし、かつて【ゴーレム・ベルクロス】だったもの……熔けた神話級金属に触れる。

 それは彼の手の中で瞬く間に形を変えて、一枚の面を形作る。


『――【字伏龍面】』


 声帯すら変わった声で、彼は面の名を呼ぶ。

 それは黄河の祭事の際に、ある特殊超級職が被る面の名。

 その意味を誰よりも知る彼は、異形と化した己の顔を隠すようにその面を顔に嵌める。


『お前は……何者だ?』


 幾度も繰り返される【イグニス】の誰何は、あるいはその場の多くの者の代弁であっただろう。

 そこに立っていたのは、少年ではない。

 どこか線の細く、幼い黄河の皇子ではない。

 屈強な四肢と龍の如き体皮、そして面をつけた怪物。

 だが、ここに黄河の人間がいれば、一目で彼が何者かを理解しただろう。

 黄河においては神にも等しいモノ。

 そう、彼こそが……最強の古龍人。


『――【龍帝ドラゴニック・エンペラー蒼龍(ツァンロン)人越(レンユエ)


 ――人界の<イレギュラー(・・・・・・)>、【龍帝】である。


 To be continued

(=ↀωↀ=)<【龍帝】の詳細などは次回


(=ↀωↀ=)<彼の正体についてはかなり昔から前振りしてたので気づいてた人は多そうです


(=ↀωↀ=)<そういえば彼とエリザベートのデート回が九十話近く前だった模様


蛇足:

(=ↀωↀ=)<実は今回のサブタイトルはギリギリまで


(=ↀωↀ=)<「炎――燃えよドラゴン」でした


(=ↀωↀ=)<何で変えたと思う?


( ̄(エ) ̄)<ドラゴンって単語出すだけでネタバレになるクマ


( ꒪|勅|꒪)<版権に引っ掛かりそうだからだナ


(=ↀωↀ=)<まぁ、それらもあるのだけど


(=ↀωↀ=)<最大の理由は


(=ↀωↀ=)<「燃えたらダメじゃない?」って直前で気づいただけです


( ̄(エ) ̄)( ꒪|勅|꒪)<あー

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