第十一話 炎――熔解の星雨
(=ↀωↀ=)<土日にシンフォ〇アライブで東京行ってたから無理だと思ったけど
(=ↀωↀ=)<ギリギリ間に合った模様
□■王城地下避難所
後に三強時代と呼ばれる【覇王】と【龍帝】、【猫神】の争い。
【覇王】の消失と【龍帝】の天寿により時代は終わり、世は平和になるかと思われた。
しかしそれは誤りであった。
大陸を二分する戦争が、より細かく砕かれただけである。
東の黄河帝国は、【龍帝】逝去の直後に夭逝した皇帝の跡目争いで国を二分した。
西の侵略国家は、【覇王】の傘下にあった者達が我こそ時代の支配者にならんとして覇を競った。
地球の歴史に詳しいものがいれば、それぞれ応仁の乱とアレクサンダー大王の死後を思い浮かべたかもしれない。
東の内乱で黄河は大きく国力を落とし、西の戦乱で西方はいくつもの国に分かれた。
今も残る海上国家グランバロアをはじめとした数々の国がこの頃に成立し、そしてその多くが消えていったのである。
そんな群雄割拠の末期に、時代は新たに二人の人物を世に出した。
一人は牧童の生まれでありながら、地に眠っていた【元始聖剣】と偶然にも適合したことで【聖剣王】となった少年、アズライト。
もう一人は、生まれながらにして【邪神】というジョブを持っていたモノ。名を含めて多くの情報が歴史から消えた存在。
【聖剣王】が大陸西方で冒険を繰り広げる中、【邪神】もまたその力を強めた。
そんな二人の最後に待っていたのが、王国で最も有名な物語。
【聖剣王】による【邪神】討伐である。
「【邪神】を討った後、初代国王様は自らの創る国の都をここと定めました。曰くつきの地に建国した理由は地政学的理由や政治的理由も含めていくつも伝えられています。初代国王様は【邪神】討伐の時点で王妃様のご実家であるギデオンや、僭越ながら我が先祖のフィンドルを含め、既に数多の都市国家を従えておられましたから。それらとの兼ね合いもあったのやもしれません。ですが、初代国王様が残したと伝えられる言葉もあります」
「それは?」
そうしてフィンドル侯爵は言葉を切り、
「――保有者は地に眠る神骸より離れるべからず、と」
その言葉に、ツァンロンは首を傾げる。
「神骸……先の【邪神】と関係があるのでしょうか?」
「神骸が如何なるものかまでは伝わっておりませぬ。ですが、この地にあの<墓標迷宮>ができたのは【邪神】討伐から間もない頃という記録もございます。あるいは……」
「保有者が【邪神】を倒した【元始聖剣】の保有者……つまりアルター王族のことだとすれば、【邪神】の墓を監視するためここに王都を作った、と?」
「そういった説もございます」
「おはかなの……? こわいかも……」
話を少しだけ理解したミリアーヌが怯えたようにそう言った。
「ご安心を。【邪神】の骸があるとしても、それはこの避難区画ではないでしょう。これまでに幾度も調査は行われ、呪いや怨念の類がないことは確認されております。ここは安全ですよ」
「よかったー……」
心から安堵したようにミリアーヌはそう言った。
「さっきからむずかしくてチンプンカンプンなのじゃ、……? ツァンはそうでもなさそうなのじゃ」
「その、この話には色々と思うところがありまして。それに黄河の者としては【覇王】所縁の施設と聞くと興味が尽きません」
黄河帝国こそはかつての侵略国家の歩みを止めた大陸最大の国家。
その後の内乱で大きく国土を落としたものの、当時よりもさらに前から存続し続けている国家である。大陸の国家ではレジェンダリアに次いで歴史が古い。
「黄河とアドラスター、【龍帝】と【覇王】の対立の構図は歴史を語るうえで欠かせないものですから」
【覇王】と黄河の【龍帝】は常に並べて語られる存在であると、ツァンロンは言う。
「……そう聞くとふしぎなかんじなのじゃ」
「不思議とは?」
「コウガのツァンと、ハオウが住んでいたトチのわらわがフウフになることじゃ」
「…………」
それはかつてギデオンの愛闘祭で一度聞きかけ、しかし先延ばしにされたもの。
襲撃によって中断された今日のお茶会の場で、ツァンに改めて言うつもりだった言葉。
「ツァン。わらわはもう答えをきめたのじゃ。わらわは……ツァンのもとにとつぐ」
エリザベートは出立前の姉に意思を伝えたように、今この場でもツァンロンに嫁ぐ意思を伝えた。
あるいは、今この場で伝えなければ今後伝える機会もないかもしれないから。
「殿下……」
「けれど、まだわらわはツァンのことをよく知らぬのじゃ」
「……そうですね」
「それどころか、きっとまだ恋をしたこともないのじゃ」
エリザベートは未だ一〇歳にもならない少女。
そうしたことを知るにはまだ幼い。
エリザベートにとってツァンロンは友人であるが、甘い恋の感情を抱いたことはない。
「それでも、わらわは友達としてツァンが好きなのじゃ。いっしょにいてイヤじゃないなら、だいじょうぶなのじゃ。知らないことも、これから知っていけばいいのじゃ」
「…………」
嫌いじゃない関係だから、一緒にいることは苦じゃないから、これから知り合っていこうとエリザベートは言う。
「…………」
その誠実な言葉は暖かく……しかしツァンロンにとっては痛みを伴う。
なぜなら、そんな彼女に対して……自分があまりにも大きな嘘をついていることを、ツァンロン自身は知っているからだ。
どの道、黄河の宮廷に戻れば彼女にも分かること。
そうであれば、ここで自らの言葉で伝えるべきなのかもしれないと、ツァンは思った。
「……殿下。僕は……」
「ツァン?」
「本当は、に……皇子では」
そうしてツァンが何事かを口にしようとしたとき、
「あのね、おへやのまんなかからはなれて。あぶないよ?」
遮るように、ミリアーヌが唐突にそんな言葉を発した。
「む? どうしたのじゃミリア。何が危ない?」
「あのね、わからないけど、あぶないきがするの。まんなかが、あぶないの」
ミリアの発言は要領を得ない。
急に危ないと言われても、避難区画の最奥に異常などあるわけもない。
けれど、どこか無視もできず、そこにいたエリザベート達はミリアーヌの傍へと移動した。
ただ、ツァンは何事かを考えるような表情をしている。
それは自身の発言を遮られたため……ではなくミリアーヌの言葉そのものだ。
「殿下、彼女は……」
「お茶会の前にもしょうかいしたがリリアーナの妹じゃ。わらわの友達の一人なのじゃ」
「グランドリア卿の……。では彼女は…………まさか」
そしてツァンはハッとしたように再度避難所の中央を……その天井を見た。
「敵が来ます!」
ツァンがそう言った直後、
――避難所の天井が融解した。
製鉄所のように、天井に空いた穴からドロドロに熔けた鉱物が避難所へと流れ込む。
侍女達が悲鳴を上げ、六人の近衛騎士が皆を守るために前へと出る。
そして鉱物の煮えたぎる音と熱が避難所に伝わる中、
天井の大穴から四つ腕の異形が降下してきた。
『――ここ、か?』
四つ腕の異形――【イグニス・イデア】こと【炎王】フュエル・ラズバーンは避難所の中を見回しながらぼそりと呟いた。
「あ、あれは……異形と化した【炎王】か!? バカな! 地上の隔離結界に閉じ込めたと報告が……!」
フィンドル侯爵が狼狽した声を上げる。
超級職であろうと破壊困難な魔術式の壁によって四方を囲まれ、もうしばらくは足止めされているはずだった。
それがどうして、ここにいるのか。
その答えは、ひどく単純だ。
結界が四方しか囲っていなかったからである。
「天井の穴……地上からこの避難所までの全ての隔壁を熔かしたのか!?」
この避難所と地上の間は、神話級金属には及ばずとも相当の強度の合金で三〇メテル以上も隔てられていた。あの【覇王】……というよりは【覇王】を恐れて最善を尽くした当時の設計者や配下達の作りえる戦乱当時の最高のシェルターである。
しかし【イグニス】はその火力を集中させ、全てを熔解してここに辿り着いたのである。
想定外と言わざるを得ない強行突破。
それによって、最も安全であるはずの避難所が死地と化した。
(まずい……! せめて殿下とツァンロン皇子、それにグランドリア卿の妹御だけでも逃がさねば……!)
緊迫した表情のフィンドル侯爵と近衛騎士に囲まれながら、しかしそれらを意に介さないように【イグニス】は再度周囲を見渡し、
『【大賢者】はどこだ?』
一言の……しかし誰も予想しない質問を発した。
「なん、だと?」
『【大賢者】はどこにいる?』
フィンドル侯爵が訝しげに聞き返すが、【イグニス】は最初からそれ以外に考えてはいない。王城を襲撃してからずっと、【大賢者】の影を追い続けている。
この避難所に辿り着いたのも、地下に隠されたこの施設に気づいてもしやと訪れてみただけのことだ。
「あの御方は既に亡くなった! そんなことくらい知っているはずだ!」
フィンドル侯爵が憤るようにそう言った。【大賢者】が生きているのならば、こんな状況にはなっていないという思いさえも滲ませながら。
しかしその言葉を聞いても、【イグニス】は揺らがない。
『聞いたとも。この体となる前にもな。加えて、“魔法最強”の名が別の者に移ったことも』
ラ・クリマと出会ったときには知らなかったが、それでも人里に降りれば自然と耳に入る。
今の【イグニス】は自身が不在の間の世界の動きを聞き知っている。
だが、
『だが、そんな情報は無関係だ』
【イグニス】は揺らがない。
『【大賢者】はここにいるし、奴を倒すことこそが最強の証明だ。<マスター>の“魔法最強”など興味もない。死も禅譲も偽装だ。奴ならそれくらいはする。どこかで生きている。ここにいる。だから捜して倒して証明する』
聞く耳すらももたない。
もはや彼の中で【大賢者】の生存は確定事項であり、存在しなかったとしても見つけるまで止まりはしない。
狂っている……とは違う。
これまでの人生を【大賢者】を倒し、超えるために捧げ続けた男の……正常な精神の動きであった。
彼はもはや自身の存在理由が確定し、揺らがず、変えず、手段を選ぶこともない。
【大賢者】に届くレベルに上がるためならば人も殺める。
莫大な魔力を得るためならば人間であることすら捨てる。
それこそが彼の正常であり……彼の価値観の全てであるから。
彼はもう、【大賢者】を倒さない限り止まることすらできないのである。
『……それは王国の王女か?』
しかし、【イグニス】はそこで初めて【大賢者】と無関係の言葉を発した。
【イグニス】の四つ腕の一つが、エリザベートを指す。
そして、こう言葉を続ける。
『それを弑すれば、王国の顧問である【大賢者】は現れるか? そんなことを、聞いた気はする。ゼタか? ラ・クリマか? それとも……誰だったか?』
「貴様……!」
【イグニス】の発言に、フィンドル侯爵が怒りの形相を向ける。
「やらせはせんぞ! 陛下のおらぬ今、殿下達を守るのは我らの務めよ!」
『ならば、【大賢者】を呼べ』
「死した御方は呼べぬ! だが、貴様を倒すモノを呼んでやろう!」
フィンドル侯爵はそう言って、再び壁際のタッチパネルを操作する。
「なぜ私がこの避難所にまで同行したか! この避難所が王城において最も安全と言われるか! その理由をとくと教えてやろう!」
彼はそう言って操作盤に一つのキーワードを、『起動』という文言を打ち込む。
直後、避難所の床の一角から、棺のような物体がせりあがる。
その棺は巨大であり、天井が一〇メテル近くある避難所でもギリギリというほどだ。
棺の蓋はすぐさま開き……そこから赤と金を混ぜたような色合いの金属の足が一歩を踏み出す。
現れたのは……巨大なゴーレムだった。
「我が先祖、【巨像王】エメト・フィンドル一世の遺せし王家の守護神像よ! 目覚めの時は来た! 今こそ殿下を、王国を守れ!」
それはこの避難区画に安置された防衛設備。
かつて業都と呼ばれていたこの地で、【聖剣王】が【邪神】を討伐した際にも使われた兵器。
【聖剣王】の仲間であった【巨像王】の生み出した伝説のゴーレム。
数多のモンスターを粉砕し、無数の攻撃を受け止めた【聖剣王】パーティ最強のタンク。
神話級金属製ゴーレム、【ゴーレム・ベルクロス】。
フィンドル侯爵家が代々管理し、王城が攻められたときのみ使用を許可された王国最強の魔法兵器。
王城最後の番人である。
『…………』
現れた威容に、【イグニス】は暫しそれを見上げる。
「目標設定! 攻撃せよ、【ベルクロス】!」
物言わぬゴーレムが、フィンドル侯爵の指示を受けて動き出す。
STRとENDに特化した性能ゆえに速度は速くはない。
だが、後衛の魔法職よりは確実に速い速度で、その戦槌の如き巨腕を動かす。
動かない【イグニス】に構うことなく、【ベルクロス】は神話級金属の腕を振り下ろした。
直後に、避難所の中には液体が飛び散るような音が広がった。
それは叩き潰されて血袋となった【イグニス】の末期の音、
…………ではない。
振り下ろした勢いのままに、熔解されて飛び散った【ベルクロス】の腕の音である。
見れば【イグニス】は腕の一本を掲げている。
その腕の指先には……一つずつ光球が浮いていた。
熱を孕んだその五つの光球が……超高熱で神話級金属を熔解したのである。
「な……んだと……!?」
フィンドル侯爵は自らの先祖が遺した最強のゴーレムの腕が熔かされたことに、衝撃を受ける。
だが、衝撃はそれで終わりではない。
『邪魔だな、このガラクタは』
【イグニス】はそう言って、指先の光球を消してから四本の腕全てを天に向けた。
それはまるでジャグリングのようなポーズだったが、そのポーズに合わせるように再び光珠が彼の手の中に生じる。
光珠はそれぞれの掌の上で一つ、二つ、四つ、八つと倍々に数を増やしていく。
「あ、あれは……まさか!?」
莫大な熱量を封じられた光珠の正体は、【炎王】の奥義――《恒星》。
それこそは、かつて【大賢者】と競って無残に敗れ去った双発式恒星と同じもの。
だが、その数は桁が違う。
必殺の光球は――【イグニス】の周囲に六四発浮いていた。
数が多くとも、かつて使用した時より弱まってなどいない。
同時制御にはかつての敗北から磨きをかけた。
足りなかったのは魔力だけであり、それはもはやティアンに比肩する者のいないほどに高まった。
ゆえに、《恒星》の数も威力もかつてとは比べ物にならず。
『――《恒星雨》』
そして【イグニス】は、流星雨のように六四発の《恒星》を【ベルクロス】に降り注がせた。
周囲の空間がホワイトアウトし、空気が歪み、光が全てを飲み込んだ一瞬の後、
――【ベルクロス】の姿は跡形もなくなっていた。
建国よりも前からこの地にあり続けた王国最強最後の守護神は、いとも容易くこの世から消滅した。
瞬く間に神話級金属が熔け落ちる光景に、フィンドル侯爵と近衛騎士はある光景を思い出す。
かつてこの王国を襲った最強の魔竜のブレス。
そう、【イグニス】の放つ熱量は――【グローリア】の《終極》に匹敵した。
『もう一度聞く』
そして【イグニス】は己の火力と溶かしたモノに何の感慨を抱くこともない。
『――【大賢者】はどこだ?』
そうして、最強の火属性魔法使いは揺らがぬ己の願望を口にした。
To be continued
(=ↀωↀ=)<…………
(=ↀωↀ=)<デンドロでも特にひどいかませ犬だった
(=ↀωↀ=)<強いんだけどね
(=ↀωↀ=)<多分、元帥の【ファルドリード】と同格かそれ以上くらいには
(=ↀωↀ=)<文庫換算だと二ページくらいで熔かされたけど
( ꒪|勅|꒪)<神話級金属ってわりとぶっ壊されるの前提だよナ




