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<Infinite Dendrogram>-インフィニット・デンドログラム-  作者: 海道 左近
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第七話 蜘蛛――死を齎す者

 ■死を齎す者について


 【死神】という存在は、【猛毒王】アロ・ウルミルにとって文字通りの神だった。


 満たす条件すらも全ては定かでない超級職、【(ザ・ワン)】シリーズ。

 一つの技術に人生を捧げた達人が老齢で至ることもあれば、破格の才を持つ少年少女が若年の内に至ることもある。

 【神】とは万能の才を持つ<マスター>においてすら平等でない何かを参照し、判定し、認定し、与えられるもの。

 ジョブを司る何かが【神】たりえる才を【神】と認めている。

 その判定をする何かを、とある者達は『先代管理者の遺産』とも『アーキタイプ・システム』とも呼んでいた。

 ならば、【死神】として認められる才とは何か。

 これが【抜刀神】ならば、抜刀技術の天才と分かる。

 これが【地神】ならば、三大属性の一つである地属性魔法の天才であると分かる。

 だが、【死神】は何を参照しているのかが分からない。

 死霊術ではない。それは【冥王】と【死霊王】のものだ。

 殺害数でもない。それは【暗殺王】と【殺人姫】、【狂王】のものだ。


 しかし、死は彼のものである。


 彼と敵対して生きている者はいない。

 彼を敵視して追っていたカルディナのある都市の市長は、間もなく自室のベッドで冷たくなって発見された。

 無数の護衛と防衛設備の甲斐もなく、眠るように死んでいた。

 彼と敵対した者の多くは、どのように殺されたかすら分からないほど自然に死ぬ。

 彼と敵対することは死を齎されるということだった。

 死を齎す者であるゆえに、アロ・ウルミルは彼に忠誠を誓った。

 フリーの暗殺者として活動していた彼が、偶然にも自身が【死神】の目に留まったことを知ってすぐのことだ。

 アロ・ウルミルは【死神】と敵対はしていなかった。

 敵対した時点で手遅れであり、そうなる前にアロ・ウルミルは生涯の忠誠を誓って【死神】の側に回った。

 死を齎される前に、死を齎す者に服従したのである。


 その判断は決して間違いではなかったと、アロ・ウルミルは断言できる。

 仕えてから五〇年、自分は死なずに生きてこられたのだから。

 死を齎す【神】に従っているのだ。死ぬはずはない。

 【死神】の配下でも死ぬ者は当然いたが、それは死んだ者の信仰心や実力が足りな過ぎただけのことだと、アロ・ウルミルは確信していた。

 この世界ではとうに失われたはずの神を信仰する(・・・・・・)という行いは、【死神】の組織の中では復活していた。


 ゆえに、信仰する【死神】から「ラ・クリマに改造人間の素体として譲り渡す」と告げられた時も、アロ・ウルミルは当然のように承諾した。


 それもまた間違いではなかったと、術後のアロ・ウルミル……【アラーネア・イデア】には断言できた。


 ◇◆◇


 □■王城・一階最奥広間


 【アラーネア】と近衛騎士団が戦闘を開始した直後。


『フシュフシュ……《フェイタル・ミスト》』


 【アラーネア】は【猛毒王】の奥義を初手で使用し、


「総員! 【快癒万能霊薬(エリクシル)】服用!」


 近衛騎士団はテオドールの指示と共に支給されている【快癒万能霊薬】を服用した。


 この両者の初手において、軍配は近衛騎士団に上がる。

 【アラーネア】の使用した《フェイタル・ミスト》は自身の保有する病毒系状態異常を齎す毒物から十種を任意選択し、一切の化学的な反発なく混合して毒霧として周囲に噴霧するというスキル。

 加えて、病毒系状態異常の効果を高める《猛毒化》のスキルレベルは【猛毒王】ゆえにEXであり、一〇〇%向上させている。

 致命的な病毒系状態異常に十も同時に掛かれば、普通は即死を免れない。

 《病毒耐性》のスキルレベルもEXであり、病毒系状態異常を常時完全無効化する【アラーネア】以外はこれで全滅していてもおかしくはなかった。

 これに対し、近衛騎士団側が唯一対抗する手段が【快癒万能霊薬】である。

 自らの掛かった疾患を除く病毒系状態異常を完治し、さらに一八〇秒の間は無効化する霊薬。

 この服用により【アラーネア】の《フェイタル・ミスト》による即死は免れ、一八〇秒は最大の武器である毒を受け付けない。

 【猛毒王】にとっては、致命的(フェイタル)とも言える一手。

 だが、


『フシュフシュ! 【快癒万能霊薬】! いいですねぇ! 大好きですよ、それは!』


 自分にとって天敵であるはずの薬を、【アラーネア】は喜んだ。

 不気味とすら言えるその光景に、しかし近衛騎士団は臆さない。


「三、二、――《グランドクロス》‼」

「「「――《グランドクロス》‼」」」


 テオドールのハンドサインに合わせ、近衛騎士団が動く。

 相手の奥義を防いだ次の手は、自分達の奥義。

 【聖騎士】の最大火力である、《グランドクロス》である。

 それを使用するのはテオドールを含む四名の近衛騎士団。

 【聖騎士】といえど、この奥義を全員が使えるわけではない。

 しかし、それでもこの四人は“累ね”の技術を会得している。

 あのギデオンでのフランクリン相手の敗戦の後、近衛騎士団は《グランドクロス》の使い手を増やし、“累ね”の訓練も十分に行った。

 それはこの実戦においても発揮され、四発の《グランドクロス》の“累ね”を完成させる。

 地から天へと延びる、十字型の光の柱。

 分厚く強大な光の奔流は、純竜であろうと倒しうるだけの威力を叩き出す。


『なるほど、大したものですが……残念ですね。それは上手くない』


 しかし、超高熱の光の柱の中で……【アラーネア】は健在だった。


『フシュフシュ。これでは焼けません。ワタシは熱攻撃への耐性は持ち合わせているのですよ。なにせ、今の同僚があれ(・・)ですからね』


 【アラーネア】は熱への耐性を付与するアクセサリーを複数装備している。

 それは本来、同行する【イグニス・イデア】の攻撃の余波(・・)を軽減するためのものだ。

 しかしそれは、《グランドクロス》の高熱に対しても有効であった。

 先だって【猛毒王】の奥義を潰した【快癒万能霊薬】に対し、【聖騎士】の奥義もアクセサリーで潰された形だ。


「それは分かっていた!」


 だが、《グランドクロス》の光が消えた瞬間から間断なく、近衛騎士団十二名が総掛かりで近接戦闘を仕掛けていた。


『ほぅ?』


 自分達の奥義がまるで通じないことに動揺すると考えていた【アラーネア】は、その動きに驚きを覚えた。


 種を明かせば、テオドールには最初から「通じない」ことが分かっていたのだ。

 テオドールの三つの下級職の一つは、《看破》や《鑑定眼》、《透視》といった視覚の汎用スキルを合わせて取得できる【鑑定士(アプレイザー)】である。

 いずれも有用な汎用スキルであるが、本来なら他のジョブでおまけのように取得できる。また、それぞれのスキルレベルも下級職の上限とされるスキルレベル五に届かないため、【鑑定士】を選ぶ者はさほど多くはない。

 しかしジョブの選択枠に余裕のないテオドールは、一つのジョブで有用なスキルを三つ取得できる【鑑定士】を選択していた。

 そして今、《鑑定眼》によって【アラーネア】が耐熱のアクセサリーを装備していることも見破り、《グランドクロス》を囮に使うことに決めた。

 《グランドクロス》の直前に出したハンドサインは、そのための指示である。


「オォォ‼」


 近衛騎士団の全霊を込めた十二の刃が、【騎士】の剣撃スキルを強化した【聖騎士】の剣撃が【アラーネア】の体に突き立ち、


『……効きませんねぇ』


 いずれも――表皮に浅く刺さったところで止められていた。


「ッ……! ここまでとは……!」


 己の剣が敵手の胸元に刺さらないことに、テオドールは衝撃を覚える。


『フシュフシュ、装備品は《鑑定眼》で見破っていたようですが、ワタシの正確なステータスまでは《看破》できていなかったようですね。レベル差を考えれば当然ですが……。ああ、ワタシのレベルは合計で九八〇といったところですよ』


 《看破》は相手のステータスを見破るスキルではあるものの、相手が《看破》を阻害する類のスキルや装備を有していれば、レベル差によって格段に正確な読み取りが難しくなる。


『もっとも【猛毒王】としてのステータスなど、もはや何の意味もないのですがね』

「何……?」

『かつての【猛毒王】でしかなかったワタシならば、このレベルであっても肉体の脆弱さゆえに倒せたかもしれませんが……今は通じない』


 【猛毒王】は錬金術師系統の【毒術師(ポイズン・マンサー)】から派生したジョブであり、MPとDEXを除けば肉体的なステータスは【聖騎士】よりも格段に低いはずだった。

 【猛毒王】ならば、この連携で倒せていただろう。

 だが、今の彼は【猛毒王】アロ・ウルミルではなく……<超級エンブリオ>によって人体改造された【アラーネア・イデア】である。


『この体は、人間のように脆弱なものではないのですよ』


 【アラーネア】の肉体はラ・クリマが素材とした上位純竜クラスの蜘蛛型モンスターと融合している。

 このモンスター融合術式は、ラ・クリマの改造手術ではよく行われる手法だ。

 この手法ならば、純粋な後衛や生産職のスキルを有しながら、肉体的な強度は前衛を遥かに凌駕する破格の改造人間を容易く生産(・・)できるからである。

 実際、今の【アラーネア】のステータスは【聖騎士】より全ての面で大きく勝っている。


『単にステータスを足し合わせただけでも、ワタシはそちらを凌駕している。まして、持ち合わせたこのスキルです。意気は買いますが……敵うはずもないでしょう?』


 人間が小さな蜘蛛でも見るような目で、蜘蛛の怪物は近衛騎士団を睥睨した。


「……まだだ!」


 だが、近衛騎士団はその刃を止めない。

 万全の連携で斬りつけて、浅い傷しかできなかった。

 しかし……傷はついたのだ。

 《グランドクロス》にしても、完全無効化はされていない。

 【アラーネア】の表皮は、僅かに焼けて熱を持っている。

 下級の火属性魔法よりも浅い傷だが、それでも傷ついている。

 傷のつかない無敵の怪物ではない。

 ならば、倒す余地はある。


「可能性は……ある!」


 かつて、近衛騎士団を蹂躙した怪物がいた。

 物理攻撃を弾くバリアを張り、聖属性攻撃を無力化する怪物がいた。

 【聖騎士】の天敵、無敵と言うほかないその怪物に、近衛騎士団は破れ去ろうとしていた。

 だが、その怪物を倒したのは一人の【聖騎士】……<マスター>だった。

 【聖騎士】の<マスター>が己にとっての天敵を、無敵と思われた怪物を、打倒したのだ。

 その瞬間を、テオドールは……そして近衛騎士団の【聖騎士】達は見ていたのだ。

 勝利を告げるべく掲げられた右手を、見ていたのだ。

 ならば、自分達も諦めるわけにはいかない。


 自分達もまた、この国を守る【聖騎士】なのだから。


「切り掛かれ! 手足の動く限り……この怪物を打ち倒すために戦い続けろ‼」

「「「サァ! イエッサァァ‼」」」


 近衛騎士団は動き続ける。

 再度【快癒万能霊薬】を服用しながら、攻撃を続ける。

 誰一人として諦めることなく、腕も千切れよとばかりに剣技を放ち、【アラーネア】にかすり傷をつけ続ける。


『フシュシュ、……鬱陶しい!』


 その剣閃を受け続け、テオドールの剣が再び胸元を突いたとき、苛立ったような声音で【アラーネア】は蜘蛛の腕を振るう。

 純竜クラスの力で振るわれる四つの蜘蛛腕に、四人の近衛騎士団が弾き飛ばされ、しかし残る八人は臆さずその隙に攻撃を続ける。


(……隙が見えたぞ‼)


 テオドールは悟る。

 【アラーネア】は強い。

 いずれのステータスも、【聖騎士】である彼らの十数倍はあるだろう。

 特に、蜘蛛ゆえの外殻の強固さはENDを主とする【聖騎士】と比べても、硬い。

 だが、逆を言えば……AGIもまた騎馬なしでは鈍足の【聖騎士】と比較して勝っているに過ぎず、亜音速にも到達はしてもいない。

 さらに言えば、AGIの数値が大きく勝っていても実際の行動速度に数値ほどの差はない。

 ならば、何も出来ぬままに瞬殺されることもない。


『猪口才な……!』


 【アラーネア】のAGIが比較的低いことには理由がある。

 そもそも融合した蜘蛛型モンスターは【アラーネア】より格段に速く、亜音速には達していた。

 だが、それは蜘蛛としての形状を維持していればの話だ。

 アロ・ウルミルが人間である以上、ベースは人間の形であり、そうなれば蜘蛛のようには動けない。

 蜘蛛の体を与えても、蜘蛛のように動けるまでどれほどの時が掛かるかもわからないため、AGIが発揮できなくとも人間に近い形にするしかない。

 ゆえに速度(AGI)は単純な耐久力(END)とは違い、モンスターのままとはいかない。

 モンスター融合術式の根本的欠点とも言える部分。

 ガードナーの融合スキルと違い、物理的にモンスターと合成している以上、人間(・・)の部品が残る限りはモンスターの力を発揮しきれない部分が生じるのである。


『――舐めないでいただきたいですねぇ!』


 だが、それはモンスターの利点を潰しつつも、人間としての利点を残しているということでもある。

 【アラーネア】は再び蜘蛛腕を振り回し、


 ――同時にその先端から無数の()を放出した。


「なッ⁉」


 振り回される糸――粘着糸は周囲の近衛騎士団を絡めとり、そのまま壁に叩きつけた。


「か、は……!」


 背中を強かに打ちつけて、テオドールが肺の中の空気を吐き出す。

 しかし呼吸を整えて、すぐに動こうとするが……糸の【拘束】によって身動きが取れないことに気づいた。


「これは……!」

『フシュシュ……御覧の通りの糸ですよ。手古摺らせてくれましたが、これで終わりですね』


 そう話しながらも【アラーネア】は蜘蛛腕から大量に糸をばら撒き続け、広間を蜘蛛の巣で埋め尽くしていく。

 蜘蛛ゆえに、毒だけでなく糸も使う。

 当然と言えば当然だが、これは順序が逆だ。

 改造前のアロ・ウルミルが毒と糸に精通した男だからこそ、蜘蛛が融合相手のモンスターに選択されたのである。


『フシュフシュ……。ワタシは昔からこうして糸で相手の動きを止めるのが好きでしてね』


 なぜなら……。


『これでもう、【快癒万能霊薬】は使えませんねぇ』


 それが、彼が糸による拘束術にも卓越していた理由だ。

 既に述べた通り、【快癒万能霊薬】は【猛毒王】にとって天敵となるアイテムだ。

 対抗策は当然ながら必要になり、その対抗策が糸による【拘束】で再使用を封じるというもの。

 糸を武器とするスキルはDEXによって精度が変化するため、改造前のアロ・ウルミルにとっても【猛毒王】とシナジーするビルドであった。


『フシュフシュ……。こうしてしまえば身動きが取れないまま三分間……【快癒万能霊薬】の効き目が切れる瞬間(・・・・・・・・・)を恐怖して待つことになるんですからねぇ』


 何より、彼の嗜好を満たす上でも申し分ない。

 彼が【快癒万能霊薬】を使用されて喜んだのもこのためだ。

 述べた言葉の通り、手古摺らされたがこれで終わり。

 あとは恐怖する近衛騎士団の姿を見届けた後、地下に降りて第二王女を暗殺するだけ。

 【アラーネア】がそう考えて、糸に拘束された近衛騎士団の顔を覗き、


『――――』


 信じられないものを見た。


 これまでに彼は死を齎す者として、働き続けてきた。

 拘束し、毒物に塗れさせ、何百、何千人も殺してきた。

 一つの例外もなく、逃れようのない死を前にして犠牲者は絶望していた。

 それを見る度に、自分は死を齎す側に立っていると悦に入り、安堵してきた。

 この体となったことで、より彼は一方的な死を齎せるようになった。

 剣で切りつけられても痒い程度の痛みしか感じない強固な体。

 力に溢れ、老いすら遠退き、自分から死が遠ざかるのを実感し、彼は自分の人生の絶好調は今にあるのだと断言できた。

 自分こそが死を齎す者であり、死は自分には齎されないのだと。


 そのように死を齎す者であると自認する彼にとって、

 自身の必勝の形に追い込んだ獲物が、

 もはや打つ手などない近衛騎士団が、

 騎士団の……全員が、


 ――全く絶望していないことは未知の恐怖でしかなかった。


『ヒッ……』

 【アラーネア】は予想外に過ぎる彼らの眼光に僅かに後ずさり、


「目標直下――《グランドクロス》ッ‼」

 テオドール達は身動きできぬまま自らの足元に向けて《グランドクロス》を放った。


 瞬間、《グランドクロス》を放った【聖騎士】達が燃え上がる。

 自らの発生させた超高熱を浴びて、《聖騎士の加護》によるダメージの軽減を経てもHPを大幅に減少させていく。

 だが、彼らはその高熱に耐える。

 彼らは知っている。

 自らを業火の中に置きながら、それでもなお人々を守るために炎を使い続けた【聖騎士】の姿を。

 だからこそ、彼らもまたそうあらんとする。

 そして、その自殺行為の対価として……。


『い、糸を……こんな方法で……!』


 彼らを拘束していた【アラーネア】の糸は、焼き千切れていた。

 耐熱のアクセサリーを持っているのは【アラーネア】自身であり、体から放出した後の糸にまでその効果は及ばない。

 粘着性を持つ生物由来の糸らしく、糸は《グランドクロス》の熱で焼失していく。


「突撃‼」


 テオドールのその言葉に、続く言葉はいくつあったか。

 しかしそれでも近衛騎士団の体は動いていた。

 拘束される前のように、【アラーネア】目掛けて剣を突き出している。


『む、無駄な足掻きをぉ‼』


 【アラーネア】は再び腕と糸を振り回し、自らに近づく近衛騎士団を弾き飛ばしていく。

 だが、その動きを阻害するものがあった。

 それは一二騎の――金属製の馬だった。


『なんだ、この馬は……!』


 それは近衛騎士団各員が拝領していた量産型の煌玉馬、【セカンドモデル】。

 この屋内では騎乗しての戦闘は行えないが、それでもバリアを展開する【セカンドモデル】を壁として配することはできる。


『グゥ……邪魔だ!』


 【アラーネア】は自らを抑え込もうとする【セカンドモデル】を糸と腕力で破壊していく。

 【セカンドモデル】が砕けていくが、それでも構わない。

 なぜなら、必要だったのは時間を稼ぐことだったからだ。


「「《グランドクロス》ッ……!」」

『……⁉』


 【セカンドモデル】に対応させられていた【アラーネア】の足元で、“累ね”の《グランドクロス》が発生する。

 “累ね”は最初の四発分から二発分に威力が落ちていたものの、先刻同様に【アラーネア】の視界を封じると共に糸を放出する端から焼き尽くしていく。


『こんな手でワタシを倒せるとでも……!』


 【アラーネア】は光の奔流の圧力を受けながら、その中をもがいて脱出せんとする。

 ダメージはアクセサリーによって微々たるもの、これでは致命打になりえない。

 【セカンドモデル】同様に、これも苦し紛れの時間稼ぎに過ぎない。

 【アラーネア】がそう考えたとき、光の圧力が半減した。


(使い手のMPが切れたか……!)


 元より消費の激しい奥義。枯渇しても不思議はない。

 受ける感覚から【アラーネア】はそう判断し、減じた圧力から一気に抜け出した。


『抜け……⁉』


 だが、光を抜け出した瞬間に待っていたのは、至近距離から剣を突き出すテオドールの姿だった。


「――――オォ‼」


 全ては、【アラーネア】の不意を突いてテオドールが至近距離に接近するための布石。

 自らの放った《グランドクロス》を解除していたテオドールは【アラーネア】の胸元へと己の剣を突き出す。

 それはこれまでに彼が幾度も攻撃していた場所。

 幾度もの攻撃を受け、僅かずつでも傷ついていた強固な装甲の一点は、



 テオドールの一撃によって貫かれ――刃をその体内へと沈めさせた。



『…………』

「…………」


 その場にいる全ての者は、時が止まったように感じた。

 テオドールは、自らのMPもSPも使い尽くした全身全霊の一撃の後に動けず。

 【アラーネア】もまた、自らの胸を貫いた剣を黙して見下ろしていた。

 そして……。


『フシュフシュ……………………残念でしたねぇ‼』


 【アラーネア】はそう言って人間の腕を振るい、テオドールを弾き飛ばした。


「ごふっ……」


 その一撃で肋骨が折れて内臓に刺さったのか、テオドールは血の色の咳を零した。


「り、リンドス卿!」

「ならば我らで……!」


 近衛騎士団は糸からの脱出と【アラーネア】の攻撃で誰もが満身創痍であり、意識を失っている者も多い。

 それでもなお、【アラーネア】に抗おうとしていく。

 だが、


「ごふっ……」

「こ、これは……!」


 それよりも早く、タイムリミットが来た。

 二度目に服用した【快癒万能霊薬】の、効果が切れ始めたのである。

 《フェイタル・ミスト》の成分も多くは幾度も使われた《グランドクロス》の超高熱で無害化していたが、未だ毒性を残していた成分が空気に残留して彼らを襲った。

 三度目の【快癒万能霊薬】を服用しようとするも、手が震えて服用がままならない。


『フシュ、フシュ、フシュ。まったく……脆弱でありながら、本当に手古摺らせてくれましたね。ですが、あなた達の抗いは無駄でしたよ』


 【アラーネア】は自らの胸に突き立ったテオドールの剣を引き抜きながら、嗤う。


『ワタシの心臓を狙ったのでしょうが、心臓はここにはありませんよ。もっとも、心臓を刺されても死にはしませんがね』


 【アラーネア】は脳髄以外の主要臓器は予備を内蔵している。

 内臓を攻撃してもそうそう死ぬことはない作りだ。


『ですが記憶に残る無駄な足掻きをしたあなた達のことは忘れませんよ! 第二王女を殺すときにも語って聞かせてさしあげます! 死ぬほどの思いをして刺し傷一つが限界だった脆弱な騎士団としてね! フシュ! フシュ! フシュ!』


 【アラーネア】はそう言って大きく笑い、状態異常と満身創痍で地に伏す近衛騎士団を見下して……。



 ――ピキリ(・・・)という、奇妙な音を聞いた。



『……? 何の音です』


 【アラーネア】は周囲を見回すが、音の出所は分からない。

 しかし恐らくは騎士達の装備が壊れかけた音か、激しい戦いに広間自体が悲鳴を上げているのだろうと納得しかけて……、


「ああ、刺し傷……一つだ」


 ボロボロのまま壁に背を預けたテオドールの、そんな言葉を耳にした。


『おや、まだ喋れるのですか。あなたが一番重傷でしょうに』

「……ほんの少しの、傷をつけただけだとも」

『?』


 テオドールの言葉は譫言のようだった。

 状態異常と重傷で意識が朦朧としているのかもしれない。

 だが、【アラーネア】は彼の言葉に……どこか寒気がした。


『傷がどうしたというので……?』


 言いかけて、再びどこかからピキリ(・・・)と音がした。

 二度目に聞こえたそれは、まるで大堤(ダム)が決壊する前のような……小さくとも不吉な異音に思えた。


『この音は、一体……』

「俺は、見えていた……。だから……狙い続けた……」

『ええい! だから、何を狙い続けたというのです!』


 【アラーネア】が謎の音とテオドールの譫言に苛立ってそう叫んで、




「――()、だ」

 テオドールはただ一言、そう答えた。




『何……?』


 再びピキリと……何かが罅割れる(・・・・)ような音がした。

 そして気づく。

 それが鼓膜に届いた音ではなく……【アラーネア】の骨に直接伝わってきた音だと。


 テオドールが、近衛騎士団が決死の覚悟で挑み、犠牲を出しながら付けたたった一つの刺し傷。

 狙っていたものは、その傷の奥にあるたった一つ。

 そもそも、テオドールには最初から……【アラーネア】が現れる直前から見えていたのだ。

 【鑑定士】の汎用スキルは、三つ。

 《看破》と《鑑定眼》、――そして《透視》である。

 《透視》はレントゲンや空港の荷物チェックの機械のように透かして見るスキル。二重底など特殊な構造になっている物品の鑑定や、危険物などを確認するために用いられる。

 テオドールが警護のために使用しているそのスキルは、シャッターの奥にいた【アラーネア】の……その内部に収められたモノも透かして見ていた。


『一体何だというので……まさか⁉』


 テオドールには見えていたし、最初からそれを狙っていた。

 テオドールが狙っていたものは、ただ一つ。


 【アラーネア】の体内――毒物と糸を合成する原料を収めたアイテムボックス(・・・・・・・・)である。


 それは、ピキリ、ピキリと罅割れの音を加速させていく。


『待て。待て……!』


 そもそも当然の話だったのだ。

 毒物を吐き出すにも、糸を放出するにも原料が必要になる。

 だというのに、【アラーネア】は廊下から溢れるほどの毒液を流し、先刻も部屋中を蜘蛛の巣に変えるほどの糸を出した。

 物理的に体内に収まる量ではなく、どこかから原料を取り出しているのは明白。

 しかし《鑑定眼》ではアイテムボックスは見えていなかった。

 だからこそ、テオドールは膨大な原料を収めているのは《透視》で見えていた体内の箱だと気づいた。

 【アラーネア】の生命線であるがゆえに、決して紛失しないよう体内に内蔵されたアイテムボックス。

 しかしそれは、一つの欠点を抱えている。


『待てまてマテマテマテマテェ‼⁉』


 止まない罅割れの音に、【アラーネア】がそれまでの平静さを忘れたような悲鳴を上げる。

 それは死を齎す側ではなく、齎される側に回ったゆえの恐怖。

 彼が恐れるのはこの音ではなく……それが引き起こすこの世界の常識だ。

 アイテムボックスは、外部から破壊できる。


 そして破壊されれば……中身をぶちまける(・・・・・・・・)


『マッテェ……アビュ⁉』

 短い断末魔の直後……【アラーネア】は破裂した。


 強固な外殻の内側で溢れ出した素材アイテムで臓器は一瞬の内に圧壊し、数瞬後には外殻すらも自らの体積を遥かに上回る物量によって内側から砕け散った。

 如何に改人といえど、耐えられる道理はない。

 改造によって自分から死が遠退いたと自惚れた者は、その改造こそを死因として息絶えたのである。

 その決着を、満身創痍の体で見届けながら……。


「……フッ」


 テオドールはあの戦争以降初めて笑みを浮かべて……毒物を含めた素材の洪水に飲まれていった。


 To be continued

(=ↀωↀ=)<第三戦、決着


(=ↀωↀ=)<二話分の文量の一話


(=ↀωↀ=)<最近このパターンが多い


余談:

(=ↀωↀ=)<リンドス卿のジョブ構成はこんな感じでした


【聖騎士】:Lv100

【騎士】:Lv50

【指揮官】:Lv50

【鑑定士】:Lv50


(=ↀωↀ=)<できることを増やすために取得した【鑑定士】が勝敗の分かれ目



蛇足:

(=ↀωↀ=)<ちなみに《透視》は布だけ透視とかできませぬ


(=ↀωↀ=)<別名、『一部の<マスター>の夢を粉砕したスキル』


( ̄(エ) ̄)<今回の話の後にこの小ネタいるクマ?

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― 新着の感想 ―
[気になる点] >>灰沙羅ルサさん この作品は群像劇(複数人が主人公)ってキーワードにありますよ
[気になる点] 主人公以外の話が長すぎる。レイが主役のはずなのに他のキャラの話が長いし多い。
感想一覧
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