第六話 蜘蛛――テオドール・リンドス
□一人の騎士について
近衛騎士団の【聖騎士】の一人、テオドール・リンドスは<マスター>嫌いと噂されている。
王国の執務に<マスター>が関わることを快く思わず、それを隠しもしないためだ。
父を<マスター>によって亡くしながらも<マスター>との協調路線に立つリリアーナ・グランドリアと比べ、器が小さいなどと陰口を叩く貴族もいる。
そんな彼に同調しようとする者達もいるが、根本的に間違えている。
彼は<マスター>が嫌いなのではない。
彼は、自分が嫌いなのだ。
◇
かつての王国で、国を守る者とは騎士だった。
中でも【聖騎士】で構成された近衛騎士団こそが国防の要であり、国を守る者の代名詞だった。
だからこそテオドールは幼い頃から憧れ、修練を続け、【聖騎士】になった。
しかし彼が【聖騎士】となった時、世界の情勢は大きく変わっていた。
<マスター>の増加による、戦力バランスの大きな変化。
騎士団が出動し、決死で倒していたような強大なモンスターを討伐する<マスター>の存在。
目まぐるしく変わる世界の状況。
その中で彼が最も嫌悪したのは……己の弱さだ。
テオドールには、才能がなかった。
比喩ではないし、努力で覆せる問題でもない。
なぜなら彼は、最早行き着いてしまっていた。
上級職一つと下級職三つ、合計レベル二五〇。
それが現時点の彼であり……彼の終着点。
テオドールは、そこまでしかレベルが上がらない。
<マスター>と違い、ティアンには明確な才能の限界が……個人ごとに異なるレベルの限界がある。
彼は【聖騎士】になれたものの、そこで才能が尽きたのだ。
己の才がそこまでしかないことを、彼も最初は納得できなかった。
王国では<マスター>が増え続けている。
同時に、王女を誘拐せんとしたゼクス・ヴュルフェルのような<マスター>の犯罪者も増えている。
王国を守る者として、強くあらなければいけないのにここで止まるわけにはいかない、と。
彼は血の滲むような努力を重ねたが……それでレベルの上限が変わるわけでもない。
その自らの限界を認めるのには時間を要したが、受け入れた彼は別の努力を重ねる。
純粋な地力で劣るならば、汎用スキルを得ることで別の力を得ようと下級職の構成も変更した。
その過程で【聖騎士】の《聖別の銀光》や《グランドクロス》も会得した。
さらに、複数人で《グランドクロス》を同時に放つ“累ね”の技術も習得した。
そうして努力を重ねた彼の真価が問われる時が来た。
それは、皇国との戦争。
彼が騎士となってからは初めての……否、王国の騎士にとってあまりにも未経験の対外戦争。
それでも、彼は王国と王を守るために奮い立った。
騎士の力は王国の剣であり、騎士の身は王国の盾。
騎士として学ぶ中で教えられた言葉を胸に、彼は戦場に立った。
そして皇国との戦争で……彼は何の役にも立てなかった。
悪魔軍団との交戦で彼は早期の内に重傷を負い、気を失って後送されていた。
そして彼は王を守ることも、尊敬する騎士団長達の決死の突撃に同行することも、同僚の背を守ることもできなかった。
彼が王都の教会で目を覚ました時には、全てが終わっていたのだ。
そうして、戦争によって彼のいた近衛騎士団は壊滅と言っていいほどの被害を受けた。
生き残った騎士でも、騎士を辞めた者は多い。
後ろ指をさされることよりも、己の無力さを知ったことが大きいだろうと……彼には分かっていた。
彼もまた己の無力さ、才能のなさを理由に騎士を辞めようとした人間の一人だったからだ。
どれほど国に尽くすために努力しても、何の役にも立てないこの身では……いるだけ他の騎士の負担になるのではないかと彼は絶望していた。
彼は他の騎士同様に、騎士を辞する手続きを進めていた。
そのまま二週間経てば、彼は騎士を辞めて実家の子爵家に戻って領地を継ぐことになっていただろう。
その時を待っていた数日間、彼は人が少なくなった城内の警邏任務を行っていた。
辞任を翌日に控えた日、彼は王城の屋内薔薇園に立ち寄った。
それは偶然か、あるいは騎士を辞めた後は二度と見ることがないだろうと考え、目に焼き付けようとしたのかもしれない。
「……ここは、変わらないのか」
彼は近衛騎士団の一員として王と王女達の茶会を警護した時を思い出し、当時と変わらぬ薔薇園の景色にそう呟いた。
王亡き後も庭師は自らの仕事を果たしているのか、園の薔薇はいずれも瑞々しく、形も整っていた。
あるいはこの後、王国が滅びたとしても薔薇園は主を変えて残り続けるのかもしれない。
そう考えたとき……テオドールは心を突き刺すような痛みの感覚を覚えた。
その痛みはきっと王国が滅びるという未来予想と、そのまえに騎士を辞めようとしている自身の現状ゆえに生じたもの。
「……だからと言って、私に何ができる」
騎士団に残ったとしても、才と力のない自分には何もできない。
だから辞めることが正解なのだと、彼は自身の心に必死に言い聞かせた。
そうして自問自答を繰り返すうち、薔薇園の入り口から物音が聞こえた。
誰かが歩いてくる足音に、彼は咄嗟に身を隠した。
なぜ隠れてしまったのか、それは彼にもわからない。
あるいは逃げ出すことを正当化しようとする自分の姿を、誰にも見られたくなかったのかもしれない。
そうして彼が隠れて間もなく、一人の人物が薔薇園に置かれたテーブルへと近づいた。
そのまま備え付けられた椅子に座り、植えられた薔薇を眺め始める。
薔薇を見るその人物は……彼にとっても見知った人物だった。
(あれは……エリザベート殿下か?)
亡き国王の娘であり王国の第二王女、エリザベート・S・アルター。
彼女はただ一人で、薔薇園の中を歩いてきた。
傍には誰もいないが、一人で行動することはお転婆な彼女にとっては珍しくはないことだ。
ただ、そうするときの彼女はとても朗らかな顔をしていると、テオドールは知っている。
間違っても今のように……暗く沈んだ顔ではない。
(……ここは声をお掛けするべきか)
生来の真面目さゆえに、テオドールは己のことを後回しにしてエリザベートの前に姿を現すべきか考えた。
だが、それはエリザベートの表情の変化によって止められた。
薔薇を見ていた彼女が……一粒の涙を零した瞬間に。
王城の薔薇園が何のためのものかをテオドールは知っている。
王族が親しい者と茶を飲み交わすための場所であり、エリザベートにとっては家族との……父親との思い出の場所だ。
ゆえに彼女が薔薇を見て涙をこぼした理由は……言うまでもない。
「ぅ……ぐす……」
一粒の涙で包みが切れたかのように、エリザベートは止まらない涙をポロポロと零し続ける。
涙するエリザベートの姿に、テオドールが動けずにいると……。
「エリザベートねえさま」
薔薇園の入り口から、そんな声がかけられた。
声の主はエリザベートの妹、第三王女のテレジア・C・アルター。
ただ、彼女としては珍しく……今は足代わりのモンスターがいない。
彼女は自分の足で、いなくなった姉を捜していたのだろうと窺えた。
「ぐす、テレジァ……」
「…………」
エリザベートを迎えに来たテレジアは、すぐに姉の頬に流れる涙に気づいた。
そして、微かに表情を変えた。
テレジアは生来の病ゆえか感情表現が少なく、どこか人形のような印象を受ける少女だ。
ただ、そんな彼女でも……父を思い出して泣く姉の姿に、揺れ動くものがあった。
そしてテレジアはエリザベートに近づき、
「…………」
何も言わないまま、エリザベートを抱きしめた。
その顔は無表情に近いものだったが……頬には一筋の涙が零れていた。
エリザベートも抱きしめられながら……ポロポロと泣いていた。
彼女達は二人とも、父親を亡くしたばかりの幼い子供達。
涙を流すしかない時間も……ある。
「…………」
その光景を見て……リンドス卿は彼女達に見つからぬように、テレジア達の入って来た方とは反対の出入口から薔薇園を去った。
暫し無言のままに廊下を歩き、薔薇園から離れる。
そして誰もいない場所まで歩いてから……己の額を石の壁へと叩きつけた。
鈍い痛みが走り、血が額から流れ出るが、それでもまだ自分への怒りが収まらなかった。
そう、怒りだ。
「あの子達の心を守れなかった男が、何を自分の心だけ守ろうとしているのだ……!」
自分自身への怒りがリンドス卿の心を占めた。
そして彼は……すぐに行動を起こした。
まず、申請していた辞任を撤回した。
己の弱さを理由に逃げることを、辞めた。
かつてのように、かつて以上に、己にできることを探し続けた。
それからギデオンの事件を経ても、彼は変わらない。
己の限界を知りながら、己の限界を認めながら、それでもできることはあるはずだと……走り続けた。
そうして彼は……今に至る。
王都襲撃。
かつての戦争のように王国を守れるか、そして彼女達の心を守れるか問われる時が……再び訪れたのである。
◇◆◇
□■王城・一階最奥広間
【イグニス・イデア】による正門への攻撃から一〇分以上が経過した。
テオドールを含めた一二人の近衛騎士団は城の一階部分の最奥にある広間を守っていた。
その広間は一本道の通路の奥にあり、広間のさらに奥には地下への階段とそれを閉ざす分厚い神話級金属製の門が置かれている。
地下階段を下りた先は緊急時の避難区域となっている。
ゆえに彼らがいる広間は、最終防衛線とも言える場所だった。
「リンドス卿! 正門から侵入したラズバーン師……【炎王】の侵攻止まりません!」
「そうか……」
正門よりの侵入者の情報は王城全体にも伝わり、騎士や衛兵は王城の設備を利用しての防衛戦を開始している。
だが、その動きは良いとは言えないものだった。
「城内の防衛設備、稼働率は三〇%を切っています!」
「これまでの事件による人員の不足が原因かと……」
「…………」
部下からの報告を受けて、テオドールは苦い顔をする。
王城には建国時に設計された無数の防衛設備があり、それに加えて【大賢者】が付け足した仕掛けも多い。
だが、それらは今……使用不能の状態に陥っている。
侵入者の一人による内部の魔力配線の破壊工作も理由の一つだが、最大の理由は人員の不足だ。
王城に仕掛けられた無数の設備、特に【大賢者】が設計した機能は魔法に携わる者が操作することを前提としている。
だが、王城における魔法のエキスパート……【大賢者】の徒弟達は一年と少し前の【グローリア】襲来によって壊滅している。
在野の人材や貴族の下にいた人員を雇うにしても、王城の防衛設備の要であるために簡易な身辺調査で人員を増やすわけにもいかず、人員は未だ足りていない。
魔法を使わない機能にしても、人員の不足は同様だ。
その結果、王城襲撃に際して防衛設備は機能不全に陥っている。
王城を守るには、あまりにも人が足りない。
そのことは、彼らにも痛いほど分かっていた。
「殿下達は?」
「はい、同道しているフィンドル侯爵からの連絡では、無事に避難用区画の奥へと進んでいるそうです」
「そうか」
エリザベートやツァンロン、加えてミリアーヌは王城の地下……テオドール達の守る階段の先にある避難用区画へと避難していた。
護衛の近衛騎士六名と侍女達、それに避難用区画の魔法の仕掛けを動かすため、諜報部の長であり仕掛けに精通しているフィンドル侯爵も同道している。
「……それで、グランドリア卿からの連絡は?」
「まだ……ありません」
だが、その中にリリアーナとテレジアの姿はない。
本来であれば、この場で近衛騎士団の指揮を執るのはリリアーナの役目だっただろう。
だがエリザベート達を避難させる際に、テレジアが席を外したまま戻っていなかったのだ。
それゆえ近衛騎士団の指揮をテオドールに任せ、リリアーナは少人数で手分けしてテレジア捜索に向かったのである。
(部隊指揮ならば、私の方が良いと判断したのだろう)
テオドールが取得した下級職の一つは【指揮官】、パーティ内のメンバーのステータスを微上昇させるジョブである。
何らかの形で騎士団の、そして王国の力となるべく、才のない彼が選んだ仲間の力を強める選択である。
本来であれば上級職の【司令官】の方が範囲も強化度合いも勝るが、上級職を一つしか取れない彼ではそれもできなかった。
それでも、彼は己にできることをする。
「【炎王】の現在位置は?」
「一階南の二番廊下です」
「その付近の魔力配線はまだ生きていたはずだ。それに二番廊下には魔法職でなくても起動できる隔離結界設備もある。付近にいる衛兵に連絡して二番廊下を隔離するんだ」
「了解!」
部下が通信魔法を飛ばし、通信を受けた衛兵がテオドールの指示を実行する。
数十秒後、隔離成功の報せが彼らに届く。
「成功です! 【炎王】の結界内への隔離に成功しました!」
「そうか」
部下のその声に頷きながらも、テオドールは彼と違って安心してはいなかった。
(あの正門を溶かすような手合いだ。恐らく、【大賢者】様の遺した隔離結界も長くは保てないだろう)
長くて一〇分、テオドールはそう見積もっていた。
「それにしてもリンドス卿、配線や設備のこと、よくご存知でしたね」
「……才のない身にできるのは知識を詰め込むことだ。貴殿も自分の権限の範囲で知ることのできる設備と脱出口については熟知しておけ」
「わ、分かりました」
「それに、安心するには早い。今は結界設備を起動させて時間を稼いでいるが、正面から破られるのも時間の問題だろう。加えて魔力の経路が断線している。あの隔離結界は起動できたが、他の区画の結界は機能不全に陥っているものが多い。監視網も、含めてだ。それに、まだテレジア殿下が避難区画に逃れていない。ここまで言えば、我々の役目は分かるな」
「殿下達の安全が確保されるまで、地下へと繋がるこの門を守護すること……ですね」
「その通りだ」
部下の回答に頷きながら、テオドールはそう言って……。
その視線を最終防衛線に繋がる唯一の道……今はシャッターで塞がれた通路へと向けた。
「リンドス卿?」
部下は不思議そうにテオドールを見るが、テオドールの表情は厳しい。
「……箱が動いている。だが速くはない。逃げている動きではない。ならば……」
テオドールがそう呟いた直後、
『フシュ……フシュ……フシュ』
呼吸音のような、笑い声のような、そんな不気味な音が聞こえ……
――通路を塞いでいたシャッターが溶解した。
「なっ⁉」
「構えろ! 敵襲だ!」
溶け落ちるバリケードに幾人かの部下が仰天する中、テオドールを含めた数人は注意の声を発するとともに武器を構えた。
そうして彼らの視線がバリケードだったものに集中し、そのバリケードを潜って通路の奥から何者かが姿を現す。
それは三メテル近い巨体であり……人間とは見えづらい形をしていた。
『フシュ……フシュ……。おや、頑丈そうな門がありますね。ここはアタリですか? それとも……弱い人材しかいないのでハズレでしょうか?』
それは、蜘蛛と人を混ぜたような怪物だった。
人間大の蜘蛛から足を四本外し、代わりに人の手足を一揃いつけて人型に歪めたような……そんな気色の悪さがある。
「何者だ」
人語を介する蜘蛛人間に向けてテオドールが誰何すると、蜘蛛人間は器用に少しだけ頭を下げて挨拶する。
『ワタシの名は、【猛毒王】アロ・ウルミル。かつては【死神】様の筆頭暗殺グループ、<死神の親指>の一員だったこともある者です。しかし今は、ラ・クリマ様と<IF>に従うサポートメンバーの一人、【アラーネア・イデア】と名乗るべきでしょうね』
自分が何者であるかを蜘蛛の怪物……【アラーネア・イデア】はあっさりと答えた。
『ああ。名乗った理由は簡単ですよ。全員ここで死ぬからです。フシュフシュ……』
再びの同じ音。
体を揺らしているところからすると、どうやら呼吸音ではなく笑い声であるらしい。
それはつまり笑いながら、この場にいる近衛騎士団を皆殺しにすると言っているのだ。
『ふふふ、ですがこの情報は大きなものです。逃げて情報を伝えるだけでも大手柄かもしれませんよ?』
そう言って、【アラーネア】は自分がやってきた通路を指さした。
「生憎だが……敵の強さに怯懦して退くような者ならば、今の騎士団には残っていない」
逃走を勧める【アラーネア】に、テオドールは断固とした態度でそう言い切った。
そして、それは事実だ。
敵の恐怖に、己の無力に、逃げ出すならばあの戦争の後に逃げ出している。
ゆえに、今ここにいる近衛騎士団に逃走者は皆無であると、彼らの表情が物語っていた。
『それは残念』
【アラーネア】は心底残念そうにゆっくりと首を振る。
『――臆病者から先に死ぬように仕掛けておりましたのに』
【アラーネア】がそう言うと、指差した通路の奥からボコボコと音を立てながら紫色の液体が流れ込んできた。
「……毒か」
『ええ、【猛毒王】ですので。フシュフシュ……』
自らの超級職としての名を強調しながら、【アラーネア】は再び嗤った。
『しかし五〇〇レベルどころかその半分がやっととは、脆弱な集団ですね。王国の盾はとても薄いようだ。ワタシとしては二つの仕事をしなければいけないので、あまり無駄な時間は過ごしたくないのですがね』
「二つの仕事だと?」
『ええ。ワタシは多忙なのです』
テオドールがその言葉を聞き返すと、何が嬉しいのか【アラーネア】はペラペラと話し始めた。
『一つは、この城への破壊工作です』
その情報に、テオドールは驚かない。
正門で異形へと変貌したという【炎王】と、確実に同じ類の相手だったからだ。
『もう一つは――第二王女の暗殺です』
だが、続く言葉は、テオドールも平静さを失いかけた。
「……なぜ、殿下を狙う?」
他の近衛騎士団が怒りの言葉と刃を向けかける中、努めて冷静に振舞いながら、テオドールは【アラーネア】に質問した。
その声は、怒りで少し裏返りかけていた。
『実を言えば、ワタシは【死神】様からラ・クリマ様に譲られた人材なのです。かつて【死神】様の下にいた頃は下部組織の教導も行っておりました。<死神の小指>、という特に際立った才能のない者が集まった【死神】様の配下でも最下級のグループでしたが』
「……?」
テオドール達は知らなかったが、それはかつてボロゼル侯爵に依頼されてエリザベートの命を狙い、<超級殺し>によって壊滅した暗殺者集団だった。
『その<死神の小指>が第二王女の暗殺にしくじって壊滅したそうで。指導した者としては無念だった彼らに代わり、殺しておこうかと』
まるで『代わりにゴミ捨てをしておいてやろう』程度の気軽さで、【アラーネア】はエリザベートの暗殺を宣言した。
「…………」
『どうです? 第二王女の居場所を話してくれれば、この場の全員の命をひとまず見逃してさしあげますが。今度は本当ですよ?』
近衛騎士団の中で《真偽判定》を持つ者も、それを嘘ではないと確認していた。
そんな【アラーネア】の提案に、テオドールは黙す。
そして、
「そうか、ならば言おう。――お断りだ」
決意を込めて、拒絶する。
敵は才能の怪物である。
人間範疇生物の強さがジョブで確定する世界において、超級職を得た傑物。
加えて、<超級エンブリオ>による改造手術で力をさらに引き上げている。
上級職ですら一つしか持てなかったテオドールとは、格を比べるのも馬鹿らしい。
この場の近衛騎士団が総掛かりになっても、勝機は万に一つもないだろう。
テオドールの決断は、間違いなくこの場の全員を死に至らせる決断だ。
それでも彼は、彼らは、拒否を選択する。
「我らの力は――」
「「「――王国の剣」」」
騎士達は剣を構え、
「我らの身は――」
「「「――王国の盾」」」
騎士達は盾を己の前に掲げ、
「近衛騎士団……戦闘開始‼」
「「「サー・イエッサー‼」」」
【アラーネア】に向けて戦意を放った。
彼らの意思は一つ。
怯懦する者はいない。
彼らの名は……近衛騎士団。
王国を守る者の代名詞だった者達だ。
『フシュシュ……足掻きますか。それもいいですね。脆弱なれど、よい獲物。フシュシュシュシュ……』
愉快そうに、蜘蛛の口を動かしながら【アラーネア】は笑う。
『ですがお気をつけて。私の猛毒はそこらの<UBM>よりも凶悪です。手足の一つ二つ、容易くとろけさせるでしょう。何よりこの体、<死神の親指>だった頃より、ただの超級職だったころより遥かに強いものですから。はっきり言って勝負になりませんよ?』
それはただの事実である脅迫だ。
しかし、その脅迫に臆する者は皆無である。
「行くぞ‼」
「「「応‼」」」
彼は退かない。
彼らは、退かない。
そして近衛騎士団は……桁違いの強敵を相手に決死の戦いを開始した。
To be continued
(=ↀωↀ=)<王都襲撃編第三戦
(=ↀωↀ=)<近衛騎士団VS【アラーネア・イデア】
(=ↀωↀ=)<戦力差最大の戦闘




