第四話 【盗賊王】――会敵
追記:
(=ↀωↀ=)<作中でティアンの魔法系超級職のMPが数百万とあったけど
(=ↀωↀ=)<一〇〇万のミスですので修正しました
(=ↀωↀ=)<他にも細かな点(ラ・クリマ襲撃コンビとか)を修正
□■王都アルテア・王城内
王都が【アピス・イデア】によって混乱の渦中にあるとき、王城はそれをも上回る窮地に陥っていた。
正門を破って城内に押し入った【炎王】フュエル・ラズバーン……否、【イグニス・イデア】により、城内は次々に炎上していく。
加えて、【イグニス・イデア】以外にも二体、蜘蛛と蝙蝠の改人が城内の衛兵を殺傷しながら個別に行動を行っている。
近衛騎士団をはじめとしたティアンの騎士が応戦しているが、戦力の差は著しい。
それは城下から王城に駆け付けた<マスター>達が、三体の改人に殲滅されていることからも察せられる。
あるいは【聖剣姫】であるアルティミアがこの王城にいれば、話は別だったかもしれない。
彼女であれば、三体の改人とも戦えたかもしれない。
あるいは【天騎士】や【大賢者】が生きていれば、とも言える。
だが、その誰もがいないのだ。
そうして、アルター王国の王城は、落城の危機に瀕していた。
(――潜入成功)
その最中に、王城へと侵入する者がいた。
侵入者の名は――【盗賊王】ゼタ。
(《コードⅢ:ミラージュ》は継続起動中。スキル発動を阻害する仕組みはないか、機能を失っている)
自らの気配をジョブスキルで消し、加えて<エンブリオ>のスキルで光学的にも見えなくなったまま、混乱する王城に気づかれることなく忍び込んだ。
本来であれば王城に張り巡らされた魔術的な警戒システムが機能するはずだが、三体の改人の襲撃……特に魔力伝達設備を中心に攻撃している蝙蝠の改人によって広範囲が潰されている。
それゆえ複数のスキルを並列起動して潜入した彼女に誰も気づかず、そもそも気づく余裕などない。
(やはり、戦力的には申し分なく使える)
自らが放った改人の働きを確認しながら、ゼタは数ヵ月前の出来事を……ラ・クリマから改人を預かった時のことを思い返した。
◇◆◇
■某月某日
【魂売】ラ・クリマ。
裏社会のビジネスで名が知られた<マスター>の一人であり、武器商人の【器神】ラスカル・ザ・ブラックオニキスと双璧をなす人物。
ラ・クリマが扱う商品は、奴隷。
ラ・クリマの<エンブリオ>はチャリオッツとガードナーの亜種複合ハイエンドであるTYPE:アドバンス・レギオンにして、人体改造に特化した<超級エンブリオ>……【真像改竄 イデア】。
ラ・クリマはその力で数多のティアンを改造し、優れた奴隷として裏社会で売り捌き続けている。
人命を売買する死の商人と<IF>の仲間にさえ揶揄されるが、かつてラ・クリマは真面目な顔で仲間にこう言った。
「「死の商人? おかしなことを言うものですね? 私がしていることは、その人の才能を発揮させ、活躍の場を、全霊で生きる機会を与えているのです。言うなれば真逆……『生の商人』と呼ばれるべきなのでは?」は?」
それがブラックジョークならば揶揄した仲間……ガーベラも笑えただろうが、本人が一切の含みなくそう言っていたので何も言えなくなった。
二人分の口からずれて発される言葉遣いも含め、犯罪者の巣窟である<IF>のメンバーの中でも浮いた人物であった。
しかしながら、そんなラ・クリマの姿や言動までは世間に広まっていない。
ラ・クリマの奴隷売買は部下……改人が代行しているため、取引相手ですらラ・クリマの顔を知らない。
容姿不明のまま指名手配され、カルディナにいた頃は<セフィロト>に命を狙われて【殲滅王】と【放蕩王】に居所を消し飛ばされても、生き残って天地に渡るほどに神出鬼没。
車椅子に乗った白い女とそれを押す黒い男という姿すら、二種類の人間にしか知られていない。
一つは、仲間。指名手配の<超級>で構成されたクラン、<IF>の中核メンバー。
もう一つは、素体。イデアの分体だけを運ばせての遠隔改造ではなく、自らが直接入念に改造を施すような……ティアンの超級職相当の素体の前にはその姿を現す。
今回の王都襲撃に投入された改人のうち、【レジーナ・アピス・イデア】をはじめとする四体はラ・クリマとの面識がある。
そんな特別製とも言うべき四体の改人を預かるため、ゼタはラ・クリマと直接接触した。
「質問。聞いておかねばならないことがある」
場所は黄河の南の港町、時期は彼女が先々代【龍帝】の秘宝である宝物獣の珠を盗み出し、カルディナ以西で活動する直前のことだ。
彼女の前には、現在の活動拠点である天地からわざわざ彼女の前に出向いてきたラ・クリマ達の姿があった。
ラ・クリマは既に四体の超級職素体改人と、【レジーナ・アピス・イデア】の手駒である【アピス・イデア】を封入した【ジュエル】をゼタに手渡していた。
「「何でしょう?」う?」
「説明。四体の超級職素体改人のコンセプトと運用方法について聞かせてください」
「「それは説明の必要がありますね」ね」
揃って頷いて、ラ・クリマは話し始める。
「「【レジーナ】については【蟲将軍】としてのスキルを活かすように準備をしました。ですがそれは配下の【アピス・イデア】に関するものがほとんどで、【レジーナ】自身にはほぼ手を加えていません。【アピス・イデア】への指揮能力を高めたこと。それと多少のステータス上昇と共に、自身のスキルが乗るように種族を魔蟲に変更した程度です」す」
「質問。なぜですか?」
「「本人の希望で外観に手を加えられなかったからです。イデアの改造は基本的には容姿も含めた肉体構造のリデザインです。外観重視の奴隷はもちろん、戦闘用でも詰め込んだ分だけ外観に変化が生じます。それゆえ、外観に変化を出せない範囲では出来ることは限られています」す」
「再度質問。なぜ、素体の希望を通したのですか?」
「「約束でしたから」ら」
「納得」
ゼタはラ・クリマの発言に納得した。
このラ・クリマという人物は、外道を外道と思わず、倫理が破綻していても気づかぬ人物であるが……約束というものは守ると、ゼタは知っている。
正体を含めて嘘をつかない訳ではないが、約束は守るのである。
「次」
「「はい」い」
二人のラ・クリマの姿を見て何事かを思い出しながら、ゼタは続きを促した。
ラ・クリマは彼女の言葉の間を気にした風もなく、説明を続ける。
「「【アラーネア】は上位純竜クラスの蜘蛛が素材としてありましたので、その体組織を混ぜ込み、改造前は道具を介して使っていたころより強力な毒物と拘束能力を、自前でほぼ無尽蔵に出せるようにしました。原料は体内に埋め込んだアイテムボックスからの自動供給、自動生成です」す」
そうして【猛毒王】――【アラーネア・イデア】と、
「「【ウェスペルティリオー】は、感覚器官の強化と周辺無視界化能力の付与です。暗所を自ら作ることで強制的に未発見状態を形成し、奇襲成功率とその継続性を上昇させました。また、魔力感知の機能も持つため、対生物や魔力関連設備へのレーダーの役割も果たします」す」
【奇襲王】――【ウェスペルティリオー・イデア】の説明を行った。
いずれもスペックからすればティアンの超級職であった頃を凌駕している。
各々が改造前から持っていた力を、外付けの力でさらにグレードアップさせている。
例えるなら、それこそティアンに<エンブリオ>を持たせたようなものだ。
それも<マスター>よりも技量面で秀でるティアンの超級職に、である。
総戦力ならばともかく、個人戦闘力ではこの二体は【レジーナ】を遥かに凌駕している。
だが、この二体であってもゼタに提供した四体の中で最強とは言えない。
「「そして【イグニス】は現状の魔法系改人の最高性能です。改人全体でも【フェルム】と【カントゥス】に次ぐ性能です」す」
【イグニス・イデア】――【炎王】フュエル・ラズバーンをラ・クリマはそう評した。
「「彼の改造については本人のリクエストがありました。【大賢者】を上回る魔力を、だそうです」す」
「確認。それは可能な案件ですか?」
「「手法は簡単でした」た」
王国の生きた伝説であった【大賢者】を超えることを「簡単」と言ったラ・クリマは、
「――培養した【生贄】奴隷の脳中枢と心臓を一〇基、体内で繋げました」
あっさりと……そう言ってのけた。
「「モンスターの機能を移植するのと同じく、MP供給源としての接続です。予想外だった点は、ステータス上はMPが全て【イグニス】のものとして処理され、最大MPまでも上昇していることです。脳は思考部位を排除しているので、個人ではなく【イグニス】の臓器の一部と認識されているのかもしれません。それでも【生贄】のジョブを持たせ続けた上で、そうなっているのは私としても意外でした。別個に他のジョブのティアンで試験を行いましたが、そちらは思考部位を切除した時点で組み込まれた側のジョブが消失、あるいは消失せずともステータスの統合はされませんでした。【イグニス】の件は、【生贄】というジョブ自体の特性かもしれません。なお、今回の施術で懸念される臓器接続の拒絶反応はイデアでクリアしていますが、少しでも拒絶を減らすために血液型は合わせました。お陰で、B型の【生贄】奴隷が今品薄で……ああ、それは別に不要な話ですね」ね」
報告すべきと考えた情報を、ラ・クリマはペラペラと話している。
その内容が想像するだけで吐き気を催すものであると、考えもしないかのように。
「…………」
ゼタは言葉にはしないが、ラ・クリマのこういった部分が恐ろしいと感じている。
これが創作物の中に出てくるマッドサイエンティストのように、被験体へのサディズムや狂った素振りを見せてくれれば、まだ恐ろしくない。そういう輩だと理解できる。
しかし、ラ・クリマは二人の人間が重ねて喋る点を除けば、徹頭徹尾、真面目かつ誠実な話し方をする。
どれほどに血に塗れた話題でも、それを一切特別と思っていないように。
そうした点は、オーナーであるゼクスにも近い部分があるが……。
(……今更ですね)
<IF>とはこういう人間の集まりだ。
誰も彼も、リアルで手に入らないものを<Infinite Dendrogram>に求めている。
ゼクスは『目的』を。
エミリーは『好きな人達との日常』を。
ラ・クリマは『愛』を。
ガーベラは言葉にはしないが、言動から察するに『特別な自分』を。
ラスカルの求めるものをゼタが聞いたことはないが、同様に何かを求めているのは間違いない。
無論、ゼタ自身もそうだ。
求めるものがあるから、<Infinite Dendrogram>にいる。
あるいは、他のメンバーよりも大きいかもしれない。
そうした求めは大なり小なり誰にでもあるだろう。
だが、<IF>のメンバー……指名手配の<超級>達は、求めるもののために他者を害することは厭わない。
だからこその指名手配であり、だからこその<IF>である。
『<IF>の一員である自分がラ・クリマの倫理観に口出しするのも滑稽』と、ゼタは考えた。
「「話を戻しますが、【生贄】奴隷はそれぞれにMPが伸びるように改造を施してあります。加えてラスカルから提供のあった先々期文明のMP増強アイテムも組み込みましたから、【イグニス】のMPは<超級>の魔法職よりも高いはずです」す」
ラ・クリマはそう言ってから、何かに気づいたように言葉を足す。
「「ああ。もちろん【地神】は別です」す」
「例外。あれが例外であることなど言われずとも理解しています」
それこそ<UBM>を含めてすら、【地神】以上は存在しないと断定できる。
「数値。それで【イグニス・イデア】のMPはどの程度に?」
話を切り変えるようにゼタが質問すると、
「「――数値は九八〇〇万です」す」
やはりあっさりと、ラ・クリマはそう述べた。
「…………え?」
思わず、ゼタの口から言葉が洩れた。
ティアンは高レベルの魔法系超級職でもMPは一〇〇万がやっと。
<エンブリオ>の補正がある<マスター>でも、一名を除けば精々でその二、三倍だ。
それが、九八〇〇万。
明らかに、桁がおかしい。
「「魔法の威力はMPの最大値に正比例ではないものの、ある程度比例します。加えて、魔法の発射器官として腕を増やしました」た」
そしてそんなものを作り上げたラ・クリマは、興奮する様子もまるでなく、当たり前のようにこう締めくくった。
「「【イグニス】は【地神】を除けば最も強力な魔法発射装置です。城塞一つ焼き尽くすことも容易いでしょう」う」
◇◆◇
□■王都アルテア・王城内
「…………」
記憶を振り返って、『城塞一つ焼き尽くすのも容易い』という謳い文句を思い出したゼタは、静かに息を吐いた。
このままでは本当にそうなりかねない。
(まだ早い)
クラウディアからの依頼を考えれば、はっきり言って城が丸ごと燃えてしまった方が分かりやすいだろう。
だが、それではゼタが困る。
(私個人の目的は、王国に持ち込まれた一〇個の珠)
それはツァンロン達、黄河の使節団が王国に持ち込んだもの。
婚姻同盟を交わした証として王国に贈与する、<UBM>を封じた珠。
ゼタの狙いはそれだった。
(黄河が贈与する一〇個を検討するべく宝物庫を開いたタイミングで、七個は盗めた。けれど、それ以上は私でも盗めなかった)
先々代の【龍帝】が遺した魔術式トラップを満載した宝物庫。【盗賊王】であるゼタをして、盗難は容易とは言えなかった。
(だから今、宝物庫の外に出ている珠を回収する)
<UBM>の特典の使い道は大きい。
<IF>のメンバーの適性に合わせて分配することはもちろん、新メンバーであるローガンの悪魔召喚用のコストにも出来る。
また、カルディナで行っているように混乱の種ともなりえる。
何ができるか分かっている上に封印で衰弱した一〇体の<UBM>。
価値は非常に大きく、<IF>……【盗賊王】ゼタがこれを無視するなどありえなかった。
(可能性が高かったのは黄河の皇子が滞在している貴族街の迎賓館だったけれど、そちらはハズレだった。だとすれば、皇子自身が持っているのか……あるいは既に譲渡を済ませているのか)
どちらにしても、皇子であるツァンロンならば知っている情報だ。
(場内が混乱の渦中にある今、皇子達も避難しているはず。その避難先に忍び込み、皇子か……あるいは皇子の婚約者である第二王女を人質に珠の情報を引き出す)
方針を決めて、ゼタはツァンロン達の居場所へと向かう。
襲撃によって魔力の供給が途絶えて薄暗くなった廊下を歩み、王城の奥へと向かおうとして――直後に真横に跳んだ。
――寸前まで彼女のいた空間を超音速で伸長する金色の“何か”が貫いた。
(これは……)
金色の“何か”は避けた彼女を追うように急角度で曲がって追尾してくる。
それを目視で回避しながら、ゼタは金色の“何か”――伸長する義手が伸びてきた方向を見る。
彼女がいる薄暗い廊下の奥に、一つの人影があった。
いや、それは人影とは言えないかもしれない。
王城の高い天井を擦るほどに長い姿は、異形である。
異形の影は、金色の腕を縦横無尽に走らせながらゼタを狙う。
いや、あるいは狙ってはいないのかもしれない。
初撃はゼタを捉えていたが、続く攻撃はゼタの姿を見失っているようだ。
それでも廊下という狭域を網羅するように動く義手の連撃は、偶然に彼女を捉えても不思議ではない。
ゆえにゼタは回避に専念し、その全てを回避する。
そうしながらゼタが反撃の手を講じていた時、義手の側面――貼りつけられた【符】から何条もの熱線が迸った。
(回避は可能。いえ、これの狙いは……)
火属性魔法である熱線をゼタは回避するが、回避した瞬間にそれの狙いが攻撃を当てることではないと知る。
「――このやり方で迷彩が解けたカ。お前の手の内が少し、見えたナ」
異形の影は、変声器にかけたような声でそう呟いた。
その言葉通り、ゼタの姿を光学的に隠していたスキル――《コードⅢ:ミラージュ》の効果は切れかけている。
火属性魔法で周囲が炎上し、周辺の気温が上昇したことが原因だ。
彼女の<エンブリオ>の能力は、コントロールの繊細さゆえに外部からの急な環境変化には即応できない。
数あるスキルの中でも最も微調整が必要な《コードⅢ:ミラージュ》は、急激に変化した気温によって調整が追いつかなくなっている。
文字通り、炙り出されるようにゼタの姿が歪んだ像となって見えていた。
(ある程度、あたりをつけられていると見るべきですか)
彼女に関する噂と、先のローガンとの決闘。
それらの情報から、敵手がゼタの<エンブリオ>の正体を予測していると推測した。
ゆえに、彼女は観念し……光学迷彩を解いた。
だが、姿を現したのは彼女だけではない。
燃え盛る炎に照らされて、異形の影もまたその姿を露わにする。
その正体は……。
「――【尸解仙】迅羽」
「――お前は【盗賊王】ゼタだナ?」
ゼタの前に立つのは、王都の残留戦力として第一級の警戒対象であった人物――黄河の<超級>である迅羽だった。
迅羽の方も、一時期はドライフのランカーを務めていたゼタの顔を知っている。
そして両者共に……双方を危険な敵だと認識していた。
王城に忍び込みツァンロン皇子を狙うゼタと、彼を守る役目を負う迅羽の戦いは不可避である。
侵入者と守護者は争う定め。
そして同時に、こうとも言えるだろう。
ドライフ皇国の決闘一位であった【盗賊王】ゼタ。
黄河帝国の決闘二位である【尸解仙】迅羽。
決闘ランカー同士の……<超級激突>、と。
To be continued
(=ↀωↀ=)<王都襲撃編第二戦
(=ↀωↀ=)<迅羽VSゼタ
(=ↀωↀ=)<開始
〇余談
TYPE:アドバンスについて。
基本カテゴリーであるチャリオッツの、ギアとは異なるもう一つのハイエンド。
乗騎そのものではなく、乗騎の強化パーツに特化したチャリオッツとも言える。
<エンブリオ>単体ではなく、乗騎に追加装着されることで効果を発揮する。
単体では意味をなさない点がギア、そしてアームズ等との差異である。
既存の<エンブリオ>では、未だチャリオッツであるものの<マジンギア>に装着されるコキュートスがこれに該当する。
TYPE:アドバンス・レギオンのイデアは、『人間範疇生物』をはじめとする『生物』をイデアの『乗騎』と見做し、レギオンでもあるイデア分体が乗り込んで改造する特殊な<エンブリオ>。
(=ↀωↀ=)<イデアのTYPEは誤りではないです
(=ↀωↀ=)<メイデンもアポストルも含まれていません




