第三話 蜂――ヒーロー
(=ↀωↀ=)<本日二話目です
( ̄(エ) ̄)<まだの人は前話からクマー
□■王都アルテア・噴水広場
『ホホホ、どうしたのかしら? 急に動きが悪くなったのではない?』
王都における【レジーナ・アピス・イデア】との攻防の状況は、最悪に近かった。
自らのダメージを配下に飛ばす【レジーナ】。
ダメージを飛ばされた【アピス・イデア】は王都のどこかで死に、大爆発を引き起こす。
加えて、ライザー達と相対している『親衛隊』も危険だった。
【死兵】のジョブを得ている『親衛隊』は死んで爆発するまでの行動にも時間的猶予がある。
それこそ、ライザー達に特攻を仕掛けることも……あるいは街の建物に突っ込んで自爆テロを敢行し続けることもできる。
ライザー達の攻撃は届かず、あちらの攻撃はいくらでも王都に被害を与えられる。
王都全体を人質に取られたようなものだ。
攻撃も迂闊には行えず、ライザーと霞達、それに<バビロニア戦闘団>のメンバーは防戦一方となる。
(状態異常ならば……どうだ?)
その中で、ライザーは状況を打破する活路を探し続けていた。
自身が使った《ホワイト・フィールド》の【ジェム】のように、ダメージではなく状態異常で封じてしまう手もある。
しかし恐らく、【レジーナ】の動きを封じるだけでは意味がない。
【レジーナ】が【凍結】や【石化】で動けずとも、【アピス・イデア】は自由に動き、死に際に自爆もする。
あるいは封じた時点で、これまで以上に遮二無二な攻勢で王都を攻撃するかもしれない。
封じたところで【レジーナ】を攻撃して倒せない以上、これを防ぐ手はない。
(【魅了】ならばそれも封じられるが……【魅了】の使い手などそうはいない)
ライザーの知る【魅了】使いはたったの二人。討伐二位のキャサリン金剛と、<デス・ピリオド>のルークのみ。
しかしキャサリン金剛はここ暫く姿が見えず、ルークは講和会議に赴いている。
(ダメージを与えずに致死に追い込む【死呪宣告】の類は……【ジェム】として流通させることが王国法で禁じられている以上、所持している者はいないだろう)
打てる手は限られ、限られた手も使えない。
万事休すとは、このことだ。
「ら、ライザーさん」
そんな中、タイキョクズを持った霞がライザーに近づき、小声で話しかけてきた。
それはまるで、【レジーナ】に聞かれることを避けているかのように。
「あ、相手の爆発について、気づいたことがあります」
霞はタイキョクズの盤面を指差し、指で円を描くように動かした。
「さっきの攻撃で爆発したのは、ここから半径約三キロ以内の蜂人間だけ、です……! 街の北側の蜂人間は、ほとんど爆発していません……!」
『……!』
見れば、たしかに【アピス・イデア】の分布には偏りがある。
先の自爆テロを防ぐ前に見たときは街全体に散らばっていた【アピス・イデア】だが、今は南の噴水広場を中心とした範囲(正確には新規に【アピス・イデア】を繰り出した噴水周辺を除いたドーナツ状の範囲)のみ、配置が隙間だらけになっている。
この爆発して数が減じた範囲……【レジーナ】の半径約三キロが、ダメージを転嫁する《コロニー・フォー・ワン》の有効範囲ということだ。
広範囲だが、範囲は有限。
それが分かっただけでも、僥倖だった。
「だから、彼女を王都から遠ざければ、王都の被害を抑えられるはずです……! けど……」
『……ありがとう』
「それは難……え?」
霞の言葉を遮って、ライザーは礼を言った。
彼女が何を言いたいのかは分かっていた。
数多の【アピス・イデア】を掻い潜って、【レジーナ】の身を王都の外に移すこと。
あるいは移される最中の【レジーナ】に、【アピス・イデア】への破壊指示を出させないこと。
どちらも、困難極まる。
しかし、霞の情報で……ライザーには希望が見えた。
そして、ライザーは知っている。
この条件で、この状況で、この困難を――打ち破る術はある。
王都を救う切り札は、彼の手の中にある。
ならば、後は……決断するのみ。
『……ゾラさん』
ライザーは懐から小さな立方体を……貴重品用のアイテムボックスを取り出した。
その中に納まっているのは、彼にとって掛け替えのない大切なもの。
今はいない人々との、思い出の品。
幾度の戦いを超えて……最早限界を迎えている装備。
だとしても――。
『最後の一回、使わせてもらいます』
だとしても――ライザーは使うことを決めた。
『今度こそ……守るために』
そしてアイテムボックスを握りしめながら、彼はあえて言葉にして――その銘を呼ぶ。
『《瞬間装着》――【ヴァルカン・エア】』
直後、彼の装備は一変していた。
それは、特撮のヒーロースーツの如き鎧――【ヴァルカン・エア】。
かつての【噴進竜】の推進機関にも似たパーツを体の各所に装備した、特撮ヒーローのパワーアップした形態にも似た装備。
けれど、その装備はボロボロだった。
罅割れていない装甲はなく、欠けている部位も多い。
幾度の死線を超えてきた証が、【ヴァルカン・エア】には刻まれている。
「ら、ライザーさん!」
「ライザー、お前……その装備は……!」
ラング達、<バビロニア戦闘団>のメンバーが声を上げる。
【ヴァルカン・エア】がライザーにとってどれほど大事なものであるかを、彼らは知っていた。
だが、止められなかった。
使えば確実に砕けるそれをライザーが身に纏った意味を……、覚悟を……、長く共にあった彼らは悟っていたから。
『なにそれは? みすぼらしい装備ね。美しくないわ』
相対する【レジーナ】は、ボロボロのヒーロースーツを身に着けたライザーを嘲笑うようにそう言った。
『そんな醜い姿で美しいワタシに歯向かうあなたは、何者かしら?』
その問いに……ライザーは答える。
『俺は、ライザー。マスクド……ライザー』
彼は名を答え、
『大切な人達に――ヒーローと呼ばれた男だ』
己にとって、最も大事な己の証明を述べた。
彼は夢を失くした。
彼は大切な人達を失くした。
けれど今もまだ……残っているものはある。
それは――彼自身。
強大なる悪から弱者を守る――正義の味方はまだ残っている。
『【勇者】? オホホホホ。《看破》したけれど、あなたは超級職ですらない【疾風騎兵】じゃない。詐称にも程があるけれど、どちらにしてもそれは負け犬の名よ!』
【疫病王】に【勇者】が殺されたことを揶揄しながら、【レジーナ】は笑う。
ライザーもまた、負け犬という言葉に思うところはある。
かつて強大な敵になす術もなく敗れ、守るべき者を守れなかったとき。
かつて決闘の壁を越えられず、後進に敗れて順位を落としたとき。
かつてギデオンの命運を賭けた戦いの途中で退場し、他者の背に担わせてしまったとき。
そして、王国の未来が掛かった場に赴く前に敗れ、友と<エンブリオ>を砕かれたとき。
己の無力さを感じて敗れたことなど、ライザーにはいくらでもある。
それでも彼は、己の在り方を曲げることだけはしなかった。
『あなた程度が、美しきワタシとあの御方の軍団を超えられるとでも?』
その嘲笑交じりに問いにライザーは動じず、臆さず、言うべき言葉を口にする。
『敵がどれほどあろうとも』
ライザーはゆっくりとその両足を広げ、
『この身が超級職でなくとも』
腰の重心を落とし、
『幾度敗北を重ねていようと』
両手を動かし
『それを理由に退くことなど……できはしない』
そうして……構えをとる。
『俺は――彼らのヒーローなのだから!』
そうして叫ぶ姿は……ヒーローの勇姿に他ならなかった。
『そう、愚か者ね。ならば、強がったまま消えるがいいわ!!』
【レジーナ】は『親衛隊』を差し向ける。
大きく囲うように、包囲するようにライザーを襲わせる。
囲みを破ることはできず、破ろうとすれば連鎖爆発する。
【レジーナ】は絶対の死地をライザーに与え、
『――ブーストッ‼』
ライザーは――死地の囲いを飛び越えた。
『ナッ⁉』
【アピス・イデア】の包囲を飛翔によって突破したライザーを、驚きの視線で【レジーナ】が見る。
ライザーはヒーロースーツの各所から白煙を噴き上げながら、宙を駆ける。
推進力。
それこそがライザーの倒した【噴進竜 ヴァルカン】の特性であり、彼の<エンブリオ>であるヘルモーズの追加アーマーとして設計された【ヴァルカン・エア】の機能だった。
それは強度限界を迎えた今もなお、職人達が設計した力を発揮し続けている。
『あ、【アピス・イデア】‼ この男を止めなさい‼』
ライザーが自分を狙っていることを悟り、【レジーナ】は親衛隊に防備を固めさせる。
接触は避けられないかもしれないが、ダメージは他の【アピス・イデア】に飛ぶ。
このまま【レジーナ】を配下のいない街の外まで連れ去ろうとしても、【アピス・イデア】自身が壁となって止めるだろう。
想定外の動きを見せられたが、それでも【レジーナ】は自分が死することはないと考えた。
だが、その想定は覆される。
なぜなら、ライザーが向かうのは街の外ではない。
『オォッ‼』
『げ、ぐ……⁉』
短い雄叫びと共に一瞬で距離を詰めたライザーが、【レジーナ】の腹部にそのブーツの右足を減り込ませる。
同時に、ライザーは地を蹴って自らの体を捻り、
『【ヴァルカン・エア】……フルッブーストォォォォォ‼』
――【レジーナ】に叩きこんだその足を天へと向けた
直後、【ヴァルカン・エア】が全身の推進パーツを最大で稼働させ――ライザーは【レジーナ】ごと飛翔する。
彼の大切な人達が作り上げた装備は、人の生み出した力の如く――地上を離れて天へと昇る。
『……く、ぅ⁉ あ、あなた……まさか⁉』
真上へ、只管に真上へ。
これこそが最短にして、最も邪魔の入らない方角。
《コロニー・フォー・ワン》の範囲外。
あるいは【アピス・イデア】に指示を下せる範囲外。
ライザーは――高々度の空中で【レジーナ】を倒す心算だった。
『こ、この……その足を……退けなさい‼』
【レジーナ】は悟る。
ライザーの上昇加速は凄まじい。最初の数秒で、既に多くの【アピス・イデア】が彼女の効果の外に……それどころか指示の圏外へと出てしまっている。
このままではダメージを飛ばせなくなり、配下ではなく彼女が死ぬことになる。
それは彼女には許容できなかった。
『う、美しいワタシがこんなところで死んでいいわけが……ないわぁ‼』
推進力が一点に集中したブーツを腹部にめり込ませながらも、【レジーナ】はアイテムボックスから神話級金属で作られた自らの槍を取り出した。
そして【アピス・イデア】の武器と同じく強い毒性を持つ槍を、ライザーの頭部目掛けて突き込んだ。
接触しているライザーには回避のしようがなく、槍は狙い過たずライザーの顔面に突き立った。
『やったわ! ……………………え?』
クレーミルの職人が試行錯誤で生み出したマスクは砕けた。
だが、ライザー自身に傷はない。
神話級金属の槍に対し、強度では大きく劣るはずのマスクが……着用者の命を守り切った。
それはあたかも、かつてマスクを設計した職人達の遺した奇跡とでも言うかのように。
「オオォォォォッ‼」
『ギィ……⁉』
砕けたマスク越しに、ライザーは吼える。
【ヴァルカン・エア】が更なる加速を行い、さらに深くライザーの右足を【レジーナ】にめり込ませながら天へと昇る。
【レジーナ】は腹部に激しい痛みを覚え、手にしていた槍を落とす。
長く感じていなかった痛み。
その理由は……ダメージを肩代わりする配下がスキルの効果圏内に一人もいないということだ。
『こ、こんな、ぐごぉ……!』
口から血の泡を吹きながら、【レジーナ】が焦燥の声を上げる。
だが、焦燥を覚えているのはライザーも同様だ。
足りない、まだ足りない。
元より限界に達していた【ヴァルカン・エア】は、自らの推進力に耐えきれず砕けていく。
まだ【レジーナ】は倒し切れていない。
このままでは高度が下がり、再び《コロニー・フォー・ワン》の効果圏内に戻ってしまう。
落下すれば【レジーナ】はそのダメージも全て配下に転嫁するだろう。
そうなれば、王都は終わる。
「……ッ!」
切り札を使った彼の手にもはや勝機はない。
「……まだだ!」
――否、彼の手には未だ残されているものがある。
「来い……!」
この世界で彼と歩み続けたものがある。
この世界で彼の喜と怒と哀と楽の全てを共有したものがいる。
その名は――。
「――ヘルモォォォォォォズッ‼」
その呼びかけに――彼の<エンブリオ>は応えた。
物言わぬ無機物の<エンブリオ>なれど。
奇跡の如く、必然の如く、今この時に蘇り、主に応える。
それこそが……<エンブリオ>とでも言うように。
そして一人と一体と一着は一つとなって、加速する。
ライザーと、ヘルモーズと、砕けゆく【ヴァルカン・エア】の全てを重ねた最終飛翔。
全てが加速し、世界の全てが線となって地上へと流れていく。
「《ライザァァァァァ――」
声が声をなさぬ極限空間で、ライザーは吼える。
「――反天ッ――」
最後にして最強の蹴撃を叩きこみながら、遥か上空へ一直線に駆け上る。
「――キィィィィィッック》‼」
そして彼は――ヒーローの如く――貫いた。
ヘルモーズと【ヴァルカン・エア】の轟きと共に、音と世界を……彼方へと置き去りにして。
『こん、な……』
彼らの果てなき飛翔に、【レジーナ】は至らない。
その一瞬に辿り着くよりも早く……彼女の胴体は分断されていた。
今は上空一万メテルさえも超え、彼女がダメージを流せる配下などどこにもいなかった。
『こ、こんな……う、美しいワタシが、こんな、こんなところで……』
直後に、HPがゼロへと減少していく彼女の体に変化が生じる。
体の内側から、赤い光が溢れ出す。
『ああ、嘘……嘘……』
それは、彼女が誰よりも知っているもの。
【蟲将軍】の最終奥義、《イーブン・ア・ワーム・ウィル・バーン》。
彼女も人体改造によって魔蟲と化した改人である以上、その発動からは逃れられない。
『こんな……こんな⁉』
それはあたかも……彼女がこの王都で使い潰した【アピス・イデア】達の報いであるかのように。
『こんなの……間違ってるわぁぁぁぁぁぁぁあああああ‼⁉』
断末魔の叫びを放って、【レジーナ・アピス・イデア】は王都の上空で爆散した。
◇
真下から聞こえた爆音を聞きながら、彼は一言だけ呟いた。
「……今度は、守れたか」
その一言が、全てだった。
戦いを終えたヒーローは……空の彼方で静かに意識を失った。
穏やかに、満足そうに……。
To be continued
(=ↀωↀ=)<王都襲撃編第一戦、決着
(=ↀωↀ=)<正直、この戦いはどこに置くか迷った
(=ↀωↀ=)<最初か最後だけど開示設定の重要度では最後に置けない
(=ↀωↀ=)<最初に置くと後の四戦のハードルが上がる
(=ↀωↀ=)<でもやっぱり最初に置くことにした模様




