第二・五話 残照と今
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□二〇四四年九月某日
その日、<バビロニア戦闘団>はクレーミルに近い高原で<UBM>の討伐を行っていた。
<バビロニア戦闘団>の総戦力は大きく、これまでにも何体もの<UBM>を討伐してきている。
MVPの多くはオーナーにして王国の決闘三位でもある【剣王】フォルテスラや、クランの屋台骨である【超付与術師】シャルカが獲得していた。
あるいは、必殺スキルの破壊力に定評があったカンスト勢が獲得している。
しかし、その日の相手は勝手が違った。
討伐対象の<UBM>は伝説級、【噴進竜 ヴァルカン】。
突然変異で誕生した天翔ける地竜であり、体内に溜め込んだエネルギーでロケットのように超音速で飛翔。地竜由来の強固な外殻で獲物に向かって突撃し、粉砕するという<UBM>だった。
どこかから移動してきたこの<UBM>によってクレーミル周辺の生態系が乱れ、住民の生活にも影響が出ていた。
そのため、クレーミルに本拠地を置く<バビロニア戦闘団>が討伐に出たのだが……これが難航した。
なにせ、相手は空中を自在に飛び回る地竜。
最大戦力であるフォルテスラやシャルカの攻撃は届かず、威力重視のスキルを持つ者は当てられず、逆に命中重視のスキルでは強固な外殻にまともなダメージを与えられない。
相性差がどこまでも付きまとうのが<Infinite Dendrogram>の戦い。
<バビロニア戦闘団>でも【ヴァルカン】はお手上げかと思われたとき、一人だけ【ヴァルカン】に対応できる<マスター>がいた。
その<マスター>の名は、マスクド・ライザー。
彼の<エンブリオ>であるヘルモーズは未だ第五形態であったが、スキルによって短時間ながら超音速で飛翔し、強力な一撃を見舞うことが可能だった。
ゆえに、<バビロニア戦闘団>は彼を中心に討伐作戦を組み、結果として功を奏した。
他のメンバーが当たらないまでも必殺スキルで【ヴァルカン】の動きを誘導し、最後にはシャルカの強化を全開で掛けられたライザーの一撃で地に落とされる。
その後は期を逃さずにシャルカのラフムで拘束し、再び空へと逃がさないまま総攻撃で討伐を完了した。
その戦闘のMVPが誰になるかはメンバーにも読めなかったが、結局はライザーがそれを獲得した。
ライザー本人は困惑していたが、他のメンバーはフォルテスラやシャルカも含めて全員納得した。
【ヴァルカン】という<UBM>の討伐に関しては、これで終わりだ。
だが、ライザーの困惑はその後も続いた。
彼にとって初めてとなるMVP特典を得たものの……それが武具ではなく生産素材だったからだ。
◇
『……これをどうしろと言うんだ』
ライザーは<バビロニア戦闘団>の本拠地の談話室で、仮面の内を困り顔にしながら机の上のモノを眺めていた。
そこには【噴進竜圧縮遺骸 ヴァルカン】と名付けられたアイテムが鎮座している。
成人男性よりも少し大きいそれは、ライザーがMVPとなった【噴進竜 ヴァルカン】の彫像のようであった。
しかしそれは紛れもなくMVP特典であり……特典素材なのである。
MVP特典は多くの場合、MVPにアジャストした装備品となる。
稀に消費アイテムや素材となる場合もあるが、それもケースとしては限られる。
例えば召喚師系統ならば<UBM>の劣化版モンスターの召喚媒体、死霊術師系統ならばアンデッドとして使うための遺骸や骨格が出ることはある。
また、一部の生産職などが何らかの手段でMVPとなった場合も、素材が出ることが多い。
このようにMVPがそれを活かせる生産職や召喚職、死霊術職であるときは素材も出る。
だが、今回のMVPであるライザーは純戦闘型であり、ビルドにも<エンブリオ>にも生産要素は含まれず、【圧縮遺骸】を加工する手段はない。
彼にとって初めての特典ではあるものの、これでは宝の持ち腐れもいいところだ。
「どうした、ライザー」
『オーナー……』
そんな折、悩む彼のところに<バビロニア戦闘団>のオーナーであるフォルテスラが彼に声を掛けた。
「ああ。それは昨日の特典か。まだ加工を頼んでいなかったのか」
『ええ。……加工を頼む?』
「ん? 知らないのか?」
聞きなれない言葉を聞き返したライザーに、フォルテスラが告げる。
「素材系の特典は、加工を他の人間に任せることができる。完成品を使えるのはMVPだけだがな」
『そういう仕様だったんです?』
「ああ。純戦闘型のMVP特典で素材が出るのは、加工を任せられる人間が身近にいるときだけだ。俺も以前、薬の原料になる特典があって妻に加工してもらったからな。お前も、加工してくれる人に心当たりがあるんじゃないか?」
『…………』
ライザーには職人に心当たりがあった。
『分かりました。早速お願いに行ってみます』
「ああ。出来上がったら見せてくれ」
◇
城塞都市クレーミルは数百年前の防衛拠点から発展した都市である。
そのため、今でも武具の生産に関する職人が多く、生産系のジョブに就いたティアンの人数では王国でも屈指とされた。
そしてライザーが【圧縮遺骸】を持って訪れたのは、クレーミルでも指折りの腕前の防具職人の工房だった。
ライザーが開かれていた入り口から工房に入ると、工房の中では幾人もの職人が忙しそうに働いていた。
『失礼します。ゾラさんはおられますか?』
「おう。いるぜ、ライザー坊主。今日はどうした? マスクは無事らしいが」
中にいた初老の男性……【高位鎧職人】ゾラが鎧の一部らしい金属装甲を磨きながらライザーに応じた。
ゾラはこの工房の主であり、弟子である職人達と共に<マスター>やティアンの依頼を引き受けて多くの防具を手掛けている。
ライザーとゾラの交流は彼がこのクレーミルに訪れてすぐの頃……二年以上も前から続いている。
彼が今も着用している仮面……特撮ヒーローに似た金属製ヒーローマスクの制作を依頼したのがゾラだったのである。
初期の<Infinite Dendrogram>において、<マスター>の生産というものは既存のものを作ることだった。
完全に新しい装備を作ることは優れた生産職の独創性か、あるいは技術革新を待たねばならなかった。
それはアレンジでも同様であり、既存のフルフェイスヘルムのデザインを変えるにも、外見に大きな変化を加えた上で従来通りの性能を発揮させるには熟練の腕が必要であった。
『特撮ヒーローのマスクに似た金属製フルフェイスヘルム』というライザーの注文もサービス開始当初の<マスター>には荷が重く、結果としてライザーはティアンの職人に依頼するという選択をしたのである。
しかし、それはそれで別の理由で難航した。
思えば最初は無理な注文をしたものだと、ライザーは記憶を振り返る。
(ヒーロー物の概念自体がなかったのに、『ヒーローマスクを作ってほしい』と頼んだのだから)
そもそも、ティアンにとってヒーローと言えば【勇者】に他ならない。
そのため最初は意見の行き違いもあったが、やがて互いに理解し、先に進んだ。
ライザー自身の拙い絵を元に何度も試行錯誤を繰り返して、今の彼のマスクの造形がある。
加えてデザインはそのままに、ライザーのレベルアップに合わせて素材もアップデートしていった。【レシピ】としても残っているので、破損しても替えがきくようになっている。
そうしている内にライザーとゾラはプライベートでも友人となり、時にはゾラの家族や弟子達と一緒に食事をとる関係になった。
ライザーにとって最も信頼できる職人であり、彼ならば加工を任せられるとライザーは考えた。
『実はお願いしたいことが……』
そうしてライザーは事情を話し、【圧縮遺骸】を素材とした装備の生産を発注した。
「むぅ……」
だが、ゾラの反応は芳しくなかった。
ライザーが取り出した【圧縮遺骸】を前に何かを思い悩み、躊躇っているようである。
そして、こう口にした。
「それは……俺じゃない方がいいんじゃないか?」
『なぜです?』
「そりゃあ……俺じゃ素材に見合わねえからさ」
そう言って、【圧縮遺骸】の頭部に手を置いた。
「<UBM>の特典素材。噂にゃ聞いていたが見たのは初めてだ。もちろん、手掛けたことはない。そんな俺が扱っていいものとは思えねえ」
『ですが』
「それに……俺は超級職じゃねえ」
悩みの原因を吐き出すように、ゾラはそう言った。
「レベルも途中で止まっちまった才能も半端な職人だ。こんな俺に世界で一つだけの素材を任せるよりも、超級職の職人か、鍛冶に特化した<エンブリオ>を持った<マスター>を探した方がライザー坊主のためだぜ」
<マスター>と違い、ティアンには個々人に才能の限界がある。
それゆえの力不足を知るゾラは、それを理由に断ろうとしていた。
職人の腕が足りなければ、希少極まる特典素材を無駄にするだけだと知っているから。
『…………』
しかし同時に、世界で一つの素材で装備を作りたいという……職人としての望みはその目の中に見えていた。
ゾラの言葉を聞き、目を見たライザーは……。
『構いません。ゾラさんが作ってください』
言葉を翻さず、ゾラに頼んだ。
「だから俺じゃ力不足だと……」
『このマスクを』
ライザーは自分のマスクを指さして、言葉を続ける。
『このマスクを作ってくれたのは、ゾラさんです。向こうで事故に遭い、役者としての夢を諦めた俺が、この世界でヒーローとしての自分でいられるのは、ゾラさんがマスクを作ってくれたおかげです』
ヒーローマスクを作ろうと、最初に決めた理由は後ろ向きだった。
失ったはずの夢、届かなくなった可能性、そうしたものの残照として……マスクを欲した。
けれど、ゾラの手掛けた……ライザーの夢を形にしたそのマスクを着けて、彼は少し変わった。
かつての自分の夢を形にしたマスクは、彼にとって眩しかった。
そうして、気づいたのだ。
今の彼には、人を超えたステータスがあった。
自らと共に駆ける<エンブリオ>があった。
そして、ヒーローとしての顔がそこにあった。
残照ではない。
彼は……今の自分がヒーローになれるのだと気づいた。
ライザーは形になった夢に、叶えられるかつての夢に、恥じない自分であろうと決意した。
そうして彼はマスクを着けて、ゾラ達に手製のヒーロースーツも作ってもらって……ヒーローとして駆け抜け続けた。
人々を守るためにモンスターや野盗と戦い、事件を防ぐべくパトロールをした。
<マスター>からもティアンからも、変わった奴だと言われはした。
面白がって時折パトロールに付き合い始めたビシュマルや、彼の噂を聞いてスカウトに来たフォルテスラとも友人になった。
そして、ヒーローとして活動を続けるうちに……彼はヒーローと呼ばれるようになった。
【勇者】ではなくとも、彼というヒーローもいるのだと……クレーミルの人々に認知された。
彼はマスクを得たことで、失くした夢の残照ではなく……マスクド・ライザーとして駆け抜けてきた。
だからこそ……。
『だからこそ、このマスクと共に身に纏う装備は……ゾラさんにお願いしたいんです』
「坊主……」
『お願いします』
ライザーは迷いなく、ゾラに作成を依頼した。
彼の真摯な頼みに、ゾラはしばし悩み、考え、
「……仕方ねえな! 出来が悪くても文句は言うなよ!」
了承した。
「よしっ! こうなったら徹底的にやってやるぜ! おい、てめえら! 図案を作るぞ! 今受けてる仕事が終わったら工房全員こっちに集中だ!」
「「「へい! 親方!」」」
ゾラの呼びかけに、彼の弟子達も笑顔で応じる。
彼らもまた、特典素材を使った防具に関わりたいとは思っていたのである。
「とにかくデザインからだ。ヒーローなら、まずはそこが重要だろうが」
『いえ、ゾラさん達の作りやすいように……』
「バカ言え。お前のための、お前だけの装備を作るんだ。ヒーローらしくしねえでどうする!」
そう言ってライザーの胸を軽く小突きながら、ゾラは笑った。
「つっても、まだ俺達もヒーローらしさが掴めてないかもしれねえからな! 工房でデザインを出すからライザー坊主が好きなのを選んでくれや!」
『分かりました。……期待しています!』
「あたぼうよ!」
そうして、ゾラの工房は【噴進竜圧縮遺骸 ヴァルカン】を使った装備の制作に入ったのだった。
◇
そうして一ヶ月近い時間をかけて、ゾラは【噴進竜圧縮遺骸】を装備へと加工した。
それは流線型の可動鎧。
装備の名は【ヴァルカン・エア】。
【噴進竜】の持っていた特性を引き出しつつ、ライザーの<エンブリオ>であるヘルモーズとの同時使用も考慮された設計だった。
何よりも、それは正にヒーローらしいデザインだった。
あらゆる面で、ライザーが身に着けるに相応しい装備。
だが、一点だけ……問題があった。
「すまねぇ……失敗した」
その装備を手掛けたゾラや弟子達が、悔いるように俯く欠点が存在した。
装備スキル欄に並んだスキルの一つには、《破損耐性》と書かれていた。
特典武具ならば本来持っているはずの、自動修復機能。
砕かれようと時と共に修復し、持ち主の元に舞い戻る。
それがこの鎧には、半端にしか備わっていなかった。
《破損耐性》によって装備が壊れにくいと書かれているものの、逆に言えば破れもし、損なわれるということだ。
明記されてしまっていることで、逆にこの装備の耐久限界が見えている。
見ようによってはその一点で、特典武具に遠く及ばないとすら言えた。
「最もしでかしちゃならねえところで、俺はしくじっちまったらしい……」
より腕のいい職人であれば、特典武具と同等の修復能力を……失われない力を残せたかもしれないと、ゾラは悔やんだ。
だが、装備を受け取ったライザーの反応はゾラとは異なった。
『いえ、これでいいんです』
「なに……?」
『いつか壊れるからこそ、大切なものもある』
永遠に在り続けるものではない。
壊れるかもしれない、失うかもしれない。
だからこそ……掛け替えのないものでもある。
かつて失ってしまった夢のように、その装備はライザーにとって眩いものだった。
「坊主……その鎧でいいのか?」
『はい。この鎧……スーツは大切にします』
ライザーが迷いなくそう答えると、ゾラは少し間をおいて……笑った。
「……ハハハ! そうか。クライアントが気に入ってくれたなら、こっちも助かる」
そうして憂いが晴れたように、ライザーの肩を抱く。
「よし、じゃあその装備ができた打ち上げだ! 飲みに行くぞ! 金は俺が出す!」
ゾラの言葉に弟子達が歓声を上げる。
『はい!』
「うちのガキ共やカミさんも一緒でいいか?」
『もちろん』
そうして彼らは笑いあって、ゾラの家族も呼んで、夕暮れのクレーミルの街を歩いていく。
談笑しながら、一つの仕事の終わりを讃えて。
それは穏やかな……けれど輝く日常の光景。
◇
その光景の中にいた人々は。
今はもう、ライザー以外は誰一人として残ってはいない。
この一ヶ月後に……【三極竜 グローリア】という王国最大の災厄が襲い掛かったから。
彼をヒーローと呼んでくれたクレーミルの人々も全ては……光の中に消えてしまった。
◇
彼は夢を失くした。
彼は大切な人達を失くした。
けれど今もまだ……残っているものはある。
それは――。
To be continued
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