第二話 蜂――【アピス・イデア】
(=ↀωↀ=)<六巻は三日後の二月一日発売ですー
(=ↀωↀ=)<今回の挿絵はどの場面か予想してみるのも楽しいかもしれません
(=ↀωↀ=)<なお作者は今回の挿絵配分ノータッチだったので
(=ↀωↀ=)<出来上がったの見て「最後の挿絵ここなんだ⁉」と言った模様
(=`ω´=)<六巻ではうちのカラーページ無双もお楽しみにー♪
□■一〇ヶ月前
『どうして……どうして……』
当時、【蟲将軍】エ・テルン・パレは深い森の中、絶望の只中にあった。
その理由は、彼女が守るべきレジェンダリアに蔓延していた……彼女にとって忌むべき空気によるもの。
彼女は『このままではいけない』、『是正しなければレジェンダリアは滅んでしまう』と訴え続けていたが、誰一人として彼女の言葉に聞く耳を持たなかった。
そうする間に、レジェンダリアの上層部にも大きな動きがあった。
首相であったハイエルフの部族長が何者かに暗殺され、それに伴って暗闘が過熱したのである。
彼女はそれを最後の機会と考えた。
自分が事を起こすならば今をおいて他にはない。
祖国の誤った考えを正す機会は今しかないのだと……使命感を抱いた。
そうして彼女は起った。
己の配下である魔蟲の軍団を従えて、レジェンダリアを正すべく立ち上がった。
しかし、結果は惨敗。
討伐一位【妖精女王】、クラン一位【呪術王】、決闘一位【超力士】。
この三人を同時に相手取った彼女は……至極あっさりと己の軍団を失った。
むしろ、彼女だけでも生き延びて逃れたことは奇跡と言っていい幸運であっただろう。
『どうして……どうしてこんなことに……』
深手を負い、戦力を失い、理想は潰え、絶望の中で彼女は嘆いた。
自分は祖国をあるべき形に是正しようとしただけなのに、なぜ悪徳がはびこってしまったのか。
自分の無力さに……彼女は泣いた。
彼女の命脈も、そう長くはない。
戦闘からは逃げられたものの傷は深く、追っ手にもじきに追いつかれるだろう。
最早、彼女に生路は存在しなかった。
「「何をそんなに泣いているのですか?」か?」
泣き崩れる彼女に……声をかける者が現れるまでは。
『!?』
パレは驚きとともに泣き伏せていた顔を上げて、その人物を見た。
それは……レジェンダリアに住む彼女から見ても極めて奇怪な人物……否、人物達だった。
そこにいたのは、二人の人物だった。
一人は車椅子に乗った女性。つばの広い白い帽子を被り、白いドレスを着て、目を含む顔の上半分を白い包帯で覆った……『白い』という印象の女性。
ただ、包帯に覆われていない顔の下半分の造形は、数多の者が『美しい』と評するだろう。
もう一人は車椅子を押す男性。二メテルを超す巨躯の全てを黒い革のベルトでミイラのように包み込み、顔までもベルトに隠された……『黒い』という印象の男性。
ベルトの隙間から見える目は、右目だけしか存在しないようだった。
明らかに異常な二人組で、奇人と変人の巣窟であるレジェンダリアでもここまでの者はそうそういない。
『あ、貴方達は?』
「「私は、ラ・クリマというものです」す」
二人組の放った二言目の言葉で、パレは気づく。
二人組は二人同時に発音していて、しかし輪唱のように少しずつ言葉がずれているのだと。
一方の発言に、もう一方が追従している。
きっとラ・クリマという名の人物は、二人の内のどちらか一方なのだ。
どちらが本物のラ・クリマなのか。
それはきっと《看破》を使えば簡単にそれが分かるだろう。
しかし、歴戦の【蟲将軍】であるパレの直感が告げていた。
それをすれば――死すらも生ぬるい結末が待っている、と。
「「あなたがどうしてそんなにも泣いているのか。私に教えてはくれませんか?」か?」
だが、そのタブーに触れなければ……ラ・クリマ達の声音は優しい。
それは傷つき、絶望したパレの心に染み入るようだった。
気づけば、パレは涙ながらに自身の生涯と、そして全てを賭けて挑んだ戦いについて語っていた。
「「なるほど。自らの正しさを理解してもらえず、祖国を追われたのですか」か」
『ええ……ええ! そうなのよ……! ワタシは……悔しい! あんな誤った考えがはびこって、祖国が間違った方向に舵を取り続けるのを……見ていられないの!』
パレがそう言うと、ラ・クリマ達は頷き……こう切り出した。
「「ならば、あなたの思う『正しさ』を取り戻したくはありませんか?」か?」
『え?』
涙に塗れた顔を上げるパレに、二人のラ・クリマが手を差し伸べる。
「「そのための力は、私が貸し与えましょう」う」
歌うように、誘うように、天使のように、悪魔のように。
ラ・クリマは甘い言葉で手を差し伸べる。
「「代わりに、あなたの力も私達に貸してください」い」
それは、正しく誘い……勧誘である。
「「我らが<IF>のサポートメンバーとして、あなたを勧誘します」す」
『<IF>……』
軍部に身を置いていたパレは<IF>の名を知っていた。
犯罪者の集団だとも聞いていた。
だが、考えてみれば……誤った国が罪人と定めた者達が、本当に罪人であるかは今の彼女には疑わしい。
彼女もまた、国に叛逆者として追われたのだから。
『…………』
レジェンダリアは狂気に満ちていた。
そして更なる間違った方向に突き進もうとしている。
国を包む狂気に、きっと自分だけが気づいていると……パレは考え続けていた。
だから、狂気を払わねばと決意した。
自分の身を危険に晒すことになっても。
このレジェンダリアに生きる者として、国を覆う狂気を払わなければと。
その結果、国に罪人とされて……叛逆者と呼ばれている。
『……ああ』
正しさゆえの孤独に身を置いた自分。
そして、そんな自分に手を貸してくれるラ・クリマ達。
そのどちらもが、正しくない訳がない。
パレはそう考えた。
『喜んで……お力をお借りします』
「「交渉成立ですね」ね」
そうしてパレとラ・クリマは出会い、……彼女は二人の手を取ったのだった。
◇◆◇
□■王都アルテア・噴水広場
【蟲将軍】エ・テルン・パレこと、超級職素体改人【レジーナ・アピス・イデア】。
かつてレジェンダリアで反乱を起こして己の有していた魔蟲軍団の全てを失った【レジーナ】に、指名手配の<超級>――【魂売】ラ・クリマが手掛け、彼女に貸し与えた力こそ、彼女の兵隊である【アピス・イデア】である。
カルディナの各所で安く買い叩いた重犯罪奴隷や瀕死奴隷をベースに、次の三点で人体改造を施した。
第一に、ステータスの強化。ジョブに頼らず、<超級エンブリオ>であるイデアの分体を埋め込むことでそのステータスを亜竜クラスに近いレベルまでに高めている。
第二に、変身能力の追加。イデアの効果でステータスを発揮するには異形の体と化す必要があったが、それでは人々の間に潜り込めないため、人間の姿から【アピス・イデア】に変身する能力を仕込んだ。
そして第三に、種族の変更。【蟲将軍】である【レジーナ】の《魔蟲強化》……スキルレベルEXの一〇〇%強化を適用するべく、変身後の種族が魔蟲となるように調整した。
これにより、元より亜竜に近いものであったステータスは亜竜を上回るものとなる。
加えて、【蟲将軍】の最終奥義、《イーブン・ア・ワーム・ウィル・バーン》も適用されるようになる。
それは最終奥義の中でも数少ない自分以外に代償を払わせるスキル。
パーティ内の魔蟲が死亡した際、ステータスの合計に応じて大爆発させる。
亜竜クラス以上のステータスを持つ【アピス・イデア】全てがその対象となるならば、殲滅力は桁違いとなり……実際にこの王都でも多くの<マスター>が道連れにされている。
そして今も、その恐るべき力はライザー達に差し向けられていた。
ライザー達に襲い掛かったのは、整列していた【アピス・イデア】の中でも前列に位置していた一〇体だ。
相手の倍以上の数で攻めると共に、周辺警戒とパレ……【レジーナ・アピス・イデア】の護衛に重点を置いた配分である。
『ッ!』
本来のライザーや彼より上位の決闘ランカーであれば、襲い掛かってきた【アピス・イデア】を蹴散らすことは難しくなかったかもしれない。
だが、今の彼には<エンブリオ>が不在であり、なおかつ自爆するという性質ゆえに近接戦闘が封じられては、亜竜を上回る戦力を持つ【アピス・イデア】を相手取るには火力が不足している。
『距離をとれ! 速度を潰す!』
だが、打つ手がないわけではない。
さほど多くの持ち合わせがあるわけではないが、彼とて上級職奥義相当の攻撃魔法【ジェム】は所有している。
彼がアイテムボックスから取り出したのは、白色の【ジェム】。
それを迫りくる一〇体の【アピス・イデア】の真ん中目掛けて、投擲する。
――直後、【ジェム】を中心とした球形の空間が白色に染まった。
『BUBU……BU……』
一〇体の【アピス・イデア】はその全てが、全身を凍り付かせ、その動きを鈍らせる。
ライザーが投擲したのは、氷属性魔法を得手とする【白氷術師】の奥義、《ホワイト・フィールド》が込められた【ジェム】。
火力では《クリムゾン・スフィア》に劣るものの、周囲一帯の熱エネルギーを奪って【凍結】させるその魔法。
亜竜クラス以上のステータスは持っていても人間サイズであり、なおかつ魔蟲ゆえに低温への耐性が低い【アピス・イデア】の足止めには適していた。
そして、足を止めたのならば、
「ライザーさん! 伏っせてーッ!」
イオはゴリンを脇に抱えながら、ジャイアントスイングのように振り回した。
攻撃力にのみ特化した超重武器、ゴリンによる一撃は、【凍結】した【アピス・イデア】を両断し、粉砕する。
そして砕かれた【アピス・イデア】は、街中にいた【アピス・イデア】のように絶命と共に自爆、
「え?」
――しなかった。
砕かれたままの下半身だけ、上半身だけ、あるいは腕や足だけで動き……ライザー達ににじり寄る。
『後退ッ!』
ライザーの指示を受けて、イオ達もバラバラのまま近づいてくる【アピス・イデア】から距離を取る。
逃げながら、霞は召喚獣の【バルーンゴーレム】を、ふじのんは地属性魔法のバリケードを作り、壁とする。
そしてバラバラの【アピス・イデア】がその壁に阻まれ、十数秒も経った時。
一斉に――大爆発を引き起こした。
まるで、『十数秒遅れで死んだ』とでも言うかのように。
『これは、まさか……!』
その光景に、その現象に……歴戦の<マスター>であるライザーは思い出す。
そうした現象を引き起こす、とあるジョブの存在を。
『――【死兵】か!』
【レジーナ】の傍に侍る【アピス・イデア】……通称『親衛隊』はさらに二つの点で仕様が異なる。
一つ目の差異は、変身能力のオミット。人に紛れて自爆を行う必要がないため、その姿は蜂人間で固定されており……変身能力を削った分だけステータスが他の【アピス・イデア】よりも高い。
【レジーナ】のスキルも合わせれば亜竜の倍程度の合計ステータスは確保できている。
そして二つ目の差異も、人に紛れる必要がないゆえに生じたもの。
『親衛隊』はいずれも……【死兵】を取得させられている。
数百年前の戦乱で用いられた自爆戦術のジョブ。死してもなお動くスキル、《ラスト・コマンド》のためのジョブ。
こんなジョブを持っていれば、《看破》で見破られ、人に紛れることはできない。
だが、人に紛れる必要がない『親衛隊』ならば、このジョブを持っていても何の問題もないのである。
これこそが、モンスターでは持ちえない【アピス・イデア】の最大の長所。
人が素体であるがゆえに【死兵】を……ジョブを持った状態で運用できる。
今は試験段階で【死兵】くらいしか目立つジョブはないが、今後の改良で更なるビルドを詰めていくだろう。
そして、【死兵】だけでも十二分に恐ろしい。
砕かれようが、殺されようが、《ラスト・コマンド》の効果が切れるまで『親衛隊』は敵に近づいていく。
付け加えれば、頭部……思考部位と切り離された体は動かせないという欠点を補うために、『親衛隊』の脳髄は体の各所に分散配置されている。
当然、人間らしい思考は不可能であり、知能も蟲並みに低下しているが……【蟲将軍】である【レジーナ】のスキルで動く駒としてはそれで問題がない。
倫理という言葉を無視するのならば、【アピス・イデア】は【レジーナ】の優れた兵隊であった。
『あら、一〇体では足りなかったかしら。思ったよりも、優れているのね。賞賛します』
目の前で元人間を一〇人使い捨てた【レジーナ】は、特に気にした様子もなくそう言って……【ジュエル】からさらに【アピス・イデア】を追加する。
その言動は、【アピス・イデア】の損耗を何とも思っていないような……それこそ虫けらとしか思っていないようだった。
『……外道‼』
目の前で起きた出来事に、幾度も見た理性なき双眸に、【アピス・イデア】が如何なるものかを理解して……ライザーは吐き捨てるようにそう言った。
【アピス・イデア】は王都を守るためには倒さねばならない敵であれど、それが何かを理解してしまえば吐き気を催す代物だ。
だが、そんなライザーの言葉を聞きとがめ、【レジーナ】は反論する。
『外道? それはワタシのことではないわ。レジェンダリアこそ、道に外れている。ワタシはそれを正すために戦っているのだから、外道のはずがないわ』
『レジェンダリアが、何だと言う!』
本心からそう思っている彼女の言葉に、ライザーが声を荒らげる。
そもそも、仮に彼女の言うようにレジェンダリアが外道だとしても、それに反抗する彼女が外道でないことには繋がらない。
敵対する両方が外道であることなど十分にあり得る話であり、現状を考えれば少なくとも【レジーナ】は外道の類。
しかし、そんな両立にすら気づかぬように【レジーナ】は言葉を続ける。
『我が母国レジェンダリアは、狂ってしまった! 歯車がずれて、誤った考えが蔓延っていた!』
『…………』
『だからワタシは、叛逆者と呼ばれても、その間違いを正さなければならなかった!』
レジェンダリアの問題、内部での政治暗闘についてはライザーも噂で聞いたことがある。
あるいはその不正を正そうとしたことが、この【レジーナ】の動機であるかと思い至る。
しかしそうだとしても、許していいことではない。
『ええ! 逆らわなければならなかったのよ! ワタシは! 国中が狂って、間違った方向に突き進んでいたんだもの!』
だが、【レジーナ】はライザー達がいないかのように、自分の内側だけを見つめるように、羽音と混ざった声で叫び続ける。
『そうよ! レジェンダリアは間違っていたわ。だって……』
そして【レジーナ】は……。
『だって――美しいワタシを差し置いて【妖精女王】が崇められているんですもの!』
彼女の動機の核心を口にした。
『……何だと?』
「…………え?」
「どゆこと?」
「?」
ライザーも、霞も、イオも、ふじのんも……その場にいた【レジーナ】以外の誰一人、彼女の言葉を理解できなかった。
あるいは、自分の耳が聞き間違えたとさえ考えた。
だが、間違いではない。
【レジーナ】は確かに言ったのだ。
――『【妖精女王】が自分よりちやほやされているから叛逆した』、と。
アイドルとして民衆から崇拝される【妖精女王】。
その立ち位置に自分がいなかったことが【レジーナ】の……【蟲将軍】エ・テルン・パレの叛逆理由だった。
『おかしいでしょう⁉ あんな醜い存在が美しい、可愛らしい、偶像だと崇められているなんて、狂気よ! 国全体が狂ってしまったとしか思えない!』
『…………』
【妖精女王】の写真はデンドロの中でも他国まで出回っているし、リアルではネットで幾つも見ることができる。
ライザーが自らも目にしたことがあるその写真を思い出して、『醜いと思えなければ狂っていると言うのなら、自分も狂っているのであろう』と考えた。
それほどに、【妖精女王】の容姿は優れている。
少なくとも、相対する歪んだ蜂の化け物……【レジーナ】とは比較にならないほどに。
『ワタシがワタシの美しさを主張しても、レジェンダリアの連中は誰も聞き入れなかった! これが狂気と言わずに何だと言うの⁉』
「で、でも……その美しさも……そんな姿になったんじゃ……」
【レジーナ】の言葉に、霞が恐る恐ると口にする。
他の【アピス・イデア】と同様に、タイキョクズは【レジーナ】からも『Ⅶ』の反応を感じ取っている。彼女もまた人間から改造された存在であると悟ったがゆえに、霞はそう言ったのだが……。
『何を言っているの?』
【レジーナ】は小首を傾げて、
『この姿は何も変わっていないわよ?』
今度こそ、霞達には理解不可能なことを述べた。
『ワタシに力と新たな兵士を与えてくれたあの御方にお願いしたんですもの。『ワタシが生まれながらに得ていた美しい姿はそのままでお願いします』って! あの御方は『それだと強化改造の度合いが弱くなるけどいいのですか』とお尋ねになられたけど、もちろんよ! ワタシの美しさ以上に価値のあるものなんて、この世に一つもないんですもの!』
それが何よりも正しいのだと、【レジーナ】は断言する。
『…………』
価値基準は個々人によって異なる。
何を良しとするかはその人による。
そういう意味では、【レジーナ】の考えも誤りとは言い切れない。
『それが間違いだと言う方が、間違っているの! だから、今も間違いを正しているわ』
しかし彼女の最大の誤りは、大多数とはあまりにも異なる価値観を持つ彼女自身が、何者よりも他者の価値観を許容できなかったこと。
『ワタシの姿を認めない者は間違いの源だから殺します。狂気に覆われたレジェンダリアを、世界を正す! ワタシこそが美しさにして正義なのよ!』
狂っている。
だが、彼女は自分一人が狂っているのではなく、自分以外の全てが狂っていると断じて疑わない。
彼女の言葉を聞いている霞は、《真偽判定》が全く反応を示してくれないという事実に、背筋が震えた。
本当に彼女の価値観では、彼女は世界の何者よりも美しく、崇められるべきものなのだろう。
それが認められないのならば、世界すら滅ぼすという意思が彼女にはあった。
改造で得た力ではなく、【アピス・イデア】という兵士でもなく、彼女が美しいと信じるおぞましい容姿ですらなく……彼女の心こそが怪物だった。
その心ゆえに彼女は叛逆を起こし、今も更なる叛逆の力を得るために<IF>の配下としてこの王都を襲撃している。
自分の価値観のために他者の全てを蹂躙せんとすること。
それを、悪と言わずに何と言おう。
『――<バビロニア戦闘団>、攻撃開始!』
それを理解したがゆえに、ライザーは通信で指示を下した。
直後、噴水広場を包囲していた<バビロニア戦闘団>のメンバーが【レジーナ】目掛けて飛び出した。
ライザー達が【レジーナ】の注意を引きつけている間に、他のメンバーは奇襲のための陣取りを済ませていたのである。
総勢十二人の<マスター>が、四方から【レジーナ】を攻撃する。
それは上級職の奥義や、<エンブリオ>の必殺スキル。
如何に人体改造を施された超級職といえど、食らえば無事ではいられない。
まして、強化の度合いが低いことは【レジーナ】が自身で暴露している。
『……!』
【レジーナ】はそれに対応しようと【アピス・イデア】を動かしたが、歴戦の<マスター>達はそれを回避、あるいは必殺スキルの突破力で突き抜けて……【レジーナ】へと攻撃を命中させる。
そして幾人もの<マスター>の切り札が【レジーナ】に直撃した。
――直後、街中から爆音が轟いた。
そしてそれは街中だけでなく、整列していた【アピス・イデア】の数体からも聞こえた。
攻撃後の<マスター>達も巻き込まれて爆風に吹き飛ばされ、あるいはデスペナルティとなる。
『ああ、驚いた。一〇〇体は弾けてしまったわ』
そんな<マスター>達と対照的に【レジーナ】は――無傷だった。
まるで、自分が受けるべき傷をどこかにやってしまったかのように。
『これは……まさか……!』
その現象に、ライザーは何が起きたのかを察した。
察してしまった。
『《ライフリンク》か……‼』
『少し違うけれど、同じようなものね』
そう、少し違う。
【レジーナ】が使用したスキルの名は、《コロニー・フォー・ワン》。
【蟲将軍】のパッシブスキルであり、自らのダメージを効果範囲内にいる配下魔蟲に肩代わりさせるスキル。
《ライフリンク》より対象が遥かに広く、数も多い。
効果範囲内に【アピス・イデア】がいる限り、【レジーナ】にダメージは通らない。
そしてそれは、ダメージが王都に分散配置された【アピス・イデア】に飛ぶということであり、
「それでは……、まさか……」
「あいつに攻撃したら、街中の蜂人間が大爆発するってこと⁉」
――【レジーナ】への攻撃が大惨事の引き金になるということだ。
『ホホホ、さてどうするのかしら? ワタシはこのまま戦ってくれても構わないわよ? 誰もワタシの美しさを損なうことはできないのだから!』
笑いながら、【レジーナ】は【アピス・イデア】を補充する。
補充された【アピス・イデア】は、ライザー達や<バビロニア戦闘団>の<マスター>に毒槍を向ける。
自分自身は傷つかず、王都を人質に取り、軍団を差し向ける。
ライザーにとって、かつての大魔竜に次する脅威がそこにいた。
To be continued




