プロローグ
(=ↀωↀ=)<王都襲撃編のプロローグを投稿
(=ↀωↀ=)<同時にAEの続きも投稿
■某月某日
ある日、ある場所。
二人の人物が遊戯盤を挟んで座っていた。
遊戯盤はチェスという、リアルから持ち込まれた遊戯文化の一つ。
一人は笑みを浮かべた黒髪の男で、もう一人はどこか気だるげな若い女だった。
「卓上遊戯は非常にシンプルです。そうは思いませんか、ガーベラさん」
黒髪の男……【犯罪王】ゼクス・ヴュルフェルはそう言って、ナイトの駒を動かし、若い女のビショップの駒を取る。
「……私、こういう競技がシンプルとは思えないのだけどー……」
若い女……今は【夜行狩人】という暗視戦闘のジョブに就いたガーベラはそう言って、ルールを覚えているだけのチェスをやっていた。
その目はどこか死んでいる。
二人がいるここは“監獄”にあるゼクスの喫茶店、<ダイス>である。
普段ならそれなりに賑わうこの店も、今日は偶々客足がなかった。不定期開店なのでこういうことは稀にある。
そのため、暇を持て余して二人でチェスなど楽しんでいる。
いや、正確にはどちらも楽しんではいないのだろう。
ガーベラは素人同然……というかそれ以下に弱く、勝ち目が見えない。
ゼクスもゼクスで、そんなガーベラとのチェスを楽しむため、『ビショップとルークを抜いた上にキング以外の全駒を取らなければキングにチェックできない』という独自のハンデを課している。
しかしそれでも盤面は圧倒的にゼクス優位であるため、やはりどちらもチェスを楽しめていない。
だったらチェスなどせずにガーベラのレベル上げでも行けばいいものをといったところだが、今日は喫茶店を営業すると決めていたのである。店は閉められない。
なお、二人以外の店の住人であるアプリルはチェスをしない。
彼女は正真正銘の人工知能であり、演算能力が人間とは桁が数個違う。チェスなどの運が介在しない遊戯ではゼクスでさえ今のガーベラと同じ状態になるのである。
名工フラグマンの作った煌玉人、無駄なところまで高性能であった。
なお、ガーベラが「ねぇ、それだと煌玉人同士でチェスしたらどうなるの? 先手取った方が絶対勝利?」と尋ねたことがあるが、回答は「他ノ事ニ演算能力ヲ割イタ方ガ負ケマス」といったものだった。
演算能力も有限であり、自身の改変兵器や追加兵装の制御をしていれば、チェスなどの遊戯に割ける力が減るのは当然、ということだ。
兵装をコントロールしながら遊戯をする煌玉人など、普通はいないだろうが。
「チェスはシンプルですよ。なぜなら、盤上には二つの勢力しかいませんし、倒すべきキングも一人ずつしかいませんからね」
そう言ってキング以外の駒を順に取りながら、ゼクスは言葉を続ける。
「現実だとこうはいきません。勢力の数は不明ですし、取るべきキングも一つとは限りません。加えて、世界という盤面そのものが牙を剥くこともある。この私も……かつてそれを見ました」
「世界ねー……それって地震とかの天災のこと? ああ、パパも子供の頃に天災にあって大変だったって言ってたわねー……。日本って毎年地震があるんでしょう? ちょっと怖いところねー……」
リアルは日本人と英国人のハーフであるガーベラは、日本人の父から昔聞いたことがある話を思い出していた。
日本では地震と雷と火事と親父が恐れられると。
日本に住んでいたら自分のパパも怖かったのだろうか、とガーベラはぼんやり思った。
「地震は大小を問わなければ毎年起きていますね。しかし、天災ですか……。なるほど、そうとも言えますね」
「……引っかかる言い方ね」
ゼクスはガーベラの言葉に応えるようにそう呟いた。
それはまるで、彼がかつて見た『牙を剥く世界』はそうではなかったかのようだ。
「いえ、天災と言えば天災なんです。けれど同時に……世界という盤面のキングでもあったと思います」
「……盤面のキング?」
それは奇妙な言い方だった。
今行っているチェスで言うならば、盤面そのものが三人目のプレイヤーとして参加する、というような話だろう。
ガーベラは『……それってどういう風に駒を置くのかしら』と、本気で考えた。
「そういえば、この私が見たアレの話は……まだ<IF>の皆さんにもしたことがありませんでしたね。今度情報共有しておきましょう」
「……え? もしかしてそれってリアルじゃなくてこっちの話なの……?」
驚いてそう尋ね返すガーベラに、ゼクスは頷いた。
「ええ。この私がかつて見たアレは、この世界のキング……」
そして彼は……。
「より即した言い方をすれば――『ラスボス』とも呼べるものですよ」
――衝撃的、とさえ言える言葉を口にした。
ゼクスの発言に、ガーベラの気だるげだった両目は見開かれ、口もポカンと開いていた。
「……ねえ、それってすごい情報じゃない? このゲーム、ラスボスいたの……? マジで……? <SUBM>みたいなレイドボスでもなくて……?」
「はい。『ラスボス』と言って問題のないものです。もっとも、【天竜王】の情報によれば、この世界の前身だったゲームのラスボスだそうですが。今のラスボスはここのレドキングを始めとした管理者でしょうしね」
この世で最も長く生きているモンスターから得た情報を述べて、ゼクスは一息つくようにテーブルに置いていたコーヒーを啜った。
「……デンドロに前作ってあったかしら? それに、友人……? ていうか……さっきからものすごいことポンポン言ってない、オーナー? ……私……秘密を知ったとかそういう理由でデスペナになりたくないんだけど……」
「大丈夫ですよ。管理AIは<マスター>に取り返しのつかないことはしません。遭遇した出来事による心理的ショックは別ですが」
「?」
「仲の良いティアンが惨たらしく死ぬ、などです」
「……ああ。ゴア描写がダメな人っているものねー……」
少しずれたやり取りだったが、会話そのものは問題なく続いていく。
会話内容には問題しかなかったが。
「……でも、オーナー。どこでそんなラスボスと遭遇したのよ? どこかの<神造ダンジョン>とか? ……あ! 分かったわ! オーナーって王国出身だから<墓標迷宮>でしょ!」
「惜しいですね。王都ですがダンジョンの中ではありません」
「え? どゆこと?」
ダンジョンの中でないのなら、普通に街中ということになる。
『どうしてそんな場所でラスボスに出会うの?』と、ガーベラは疑問符をいっぱいに浮かべた。
そんなガーベラに、ゼクスは微笑みながらこう言った。
「この私が出会ったラスボスは人のカタチをして、人として暮らしていましたよ」
「…………ほぇ?」
人のカタチをした【犯罪王】の衝撃的な発言に、ガーベラは言葉すらなくして固まった。
そんなガーベラの様子を少し可笑しげに眺めながら……ゼクスは不意にあることを思い出した。
(ああ……、この私がシュウと初めて会ったのもその頃ですね)
そんなことを心中で懐かしげに思った。
それから連鎖するように、直近のとある報告を思い出す。
(そういえば、皇国の依頼でゼタさんが王都に襲撃をかけるのは今日でしたか)
王都襲撃。
<IF>の中核メンバーとも言えるゼタと、ラ・クリマが手がけた改人による王都襲撃。
その依頼の中でゼタもあるものを手に入れるために動くことになるが、皇国の目的は襲撃をかけてある存在を炙り出して可能なら始末することだという。
「…………」
捜しているものは、恐らく自身がかつて見たモノだろうと……ゼクスは察した。
(今日この話題を出したのも、恐らくはそのことが記憶の片隅にあったからでしょうか……)
そして思考を重ねて、ふと思う。
恐らくこの後、皇国もまたゼクスが知る情報を知るだろう。
そうしたとき、世界はまた大きく動くはずだと理解する。
かつて……ゼクスがシュウに避けられぬ戦いを仕掛けたあの戦争のときと同じように。
(ともすればアレが……<終焉>が本格的に動き出すのでしょうか。現状では蚊帳の外ですが、まだ何もしていないのに終わられては困ってしまいます)
ゼクスは窓の外を見る。
そこには“監獄”の風景がある。
偽りの空と偽りの地平線。
実際はレドキングが作り上げた空間固定の壁に囲まれた偽りの世界。
ゼクスは偽りの世界を眺めながら、ポツリと呟いた。
「そろそろ――頃合でしょうね」
彼の視線は“監獄”ではなく……空間の壁の先にある世界を見ているかのようだった。
◇◆
“監獄”の外の世界では、今は三つの大事件が起きている。
一つ目は、アルター王国とドライフ皇国の国境で起きている戦い、戦争の前哨戦。
二つ目は、カルディナを舞台に繰り広げられるカルディナとグランバロア間の闘争。
そして三つ目は、ゼクスも口にした王都襲撃……彼の仲間であるゼタが実行中の大規模テロである。
関わる<超級>の数は、他の二つの事件の方が多いだろう。
王都襲撃という点を除けば、各国の最強格の<超級>がぶつかる戦いよりも小規模と言えるだろう。
あえて悪く言えば、『程度が低い』と言われるかもしれない戦い。
しかしある意味では……他の二つと比較にならない危険を孕んでいる。
国境やカルディナの戦い以上に世界の命運を左右しかねないこの事件。
しかしその真の意味を知る者は、未だ多くはなかった……。
To be continued
(=ↀωↀ=)<王都襲撃編、開幕
(=ↀωↀ=)<別名『本編開始移行の王国で初めてレイ君不在の大事件』
(=ↀωↀ=)<なお、更新ペースについては
(=ↀωↀ=)<また色々と仕事が増えてるので
(=ↀωↀ=)<前と同じ四日ペースに戻せるかは不明です
(=ↀωↀ=)<でも今回みたいにAE含めて二週間も間が空くことはないようにしたいと思います
(=ↀωↀ=)<「更新遅くても週一」くらいのペースではやっていきたい




