第三十九話 核心を語れぬ話
□■国境地帯・森林部
アルティミアとクラウディアの試合が決着した直後。
クラウディアは自らを空に置いていた【翡翠之大嵐】の機能停止によって地上へと落下した。
体の横を過ぎ去る空気との摩擦を感じながらいくらかの時間を経て、……衝撃が消される感覚と共に地面へと到達した。
仰向けになって空を見上げながら、彼女は呟く。
「……生きていますわね」
【救命のブローチ】はその効果を発揮して、地面との激突による致死ダメージを無効化してくれたのだとクラウディアは悟った。
死ぬところだったということだが、これでダメージが足りなければ無効化できずに瀕死の重傷になっていたであろうから、不幸中の幸いと言える。
「…………」
体を起こして周辺の様子を窺えば、【翡翠之大嵐】が首と胴体で分かれて地面に落下していた。
しかし、流石のフラグマン製。【アルター】で切断された首はともかく、落下のダメージはそこまで大きくはないようだった。
これならば切断部分周辺を丸ごと代替パーツで取り替えれば、あとは自己修復機能で直るだろうとクラウディア……の内なる仮想人格であるラインハルトは判断する。
「問題はこちら、ですわね」
クラウディアの脇腹には、【アルター】によって刻まれた傷跡がある。
しかし不思議なことに、その傷口からは血が流れていない。
これは【アルター】の効果ではなく、クラウディアが身につけた機械甲冑の機能だ。
ラインハルトが特典素材を用いて作製したこの機械甲冑は、銘を【流血鬼】という。
その機能は生命機能の維持であり、大きな部位欠損や重傷を負った場合、血液等はその周辺を通らずに機械甲冑をバイパスして体を循環する仕組みだ。
そのため、傷口からは血も流れず、彼女は生命維持を問題なく行えている。
かつての内戦で重傷を負って死に瀕した経験から作製した武具であり、癒せない傷を刻む【アルター】相手でも有効であろうと装備して仕合に臨んだのである。
しかしそれでも、傷が治るわけではない。
「また、機械部品の割合が増えそうですわね」
そう言って、溜め息を吐く。
既に腕を機械と取り替えている彼女であるが、生身の体が惜しくないわけでもない。
生身でなければ感じられないことは多いのだから。
「……さて」
そうして自身の状態を彼女が確認し終えた後、彼女はアイテムボックスから通信機を取り出した。
通信機というには少し大振りだったが、それは通信範囲やジャミング突破の機能を最大まで高めた結果だ。
「ゼタ。私ですわ」
『確認。この通信機が使われたなら、そちらは失敗ですか?』
彼女が通信機に話しかけると、すぐに応答があった。
それは現在王都にいる……王都でのテロを行っているゼタの声である。
「ええ。負けましたわ。そちらは?」
『……未遂。貴女に依頼された仕事の内、ターゲットの発見及び確認は達成しましたが、排除は難航しています。仕留めたと思ったのですが、私の<エンブリオ>の攻撃が届いている気がしません』
「ああ、やはりそうなりますわね。それも含めて、確認がしたかったのですわ。ところで私の依頼ではなくあなたの……【盗賊王】の私的な目的はどうなりました? 盗めましたの?」
『拒否。回答を拒否します』
「そう」
『指示。排除が不可能であり、そちらの状況が思わしくないのならば次の指示を乞います』
「プランCに移行。あなたは例の準備を済ませて王都から撤退してもらいますわ」
『移行。報酬は指定の方法で。私が確認した対象の情報もその際に渡します』
二人の間でそんな会話をして、通信は切れた。
「これでいいですわ。……あとは」
その直後、上空から木々の合間を縫って何かが降り立った。
それは黄金の人造馬とそれに騎乗する藍色の髪の女性……【黄金之雷霆】とアルティミアだった。
「生きていたわね」
「ええ。アルティミアも生きていて何よりですわ」
地上へと落下したクラウディアにアルティミアが言うだけでなく、クラウディアもアルティミアに無事を確認する言葉を告げた。
彼女はクラウディアと違って重傷を負ったわけではないのに、その言葉を発したのには理由がある。
その理由はアルティミアの、長い藍色の髪。
そのうちの一房が、真っ白に変色していた。
「クラウディア、王都のテロを」
「もう撤退の指示は出しましたわ」
アルティミアがまず要求することを察していたクラウディアは、既にそれを済ませていた。そのことを、《真偽判定》でアルティミアも確認する。
「……早いわね」
「ええ。お互いの望みを掛けた戦いで私は負けましたし、この指示はアルティミアにとって遅れて欲しくはない事柄でしょうから」
実際、クラウディアはそう考えてすぐに撤退を指示した。
しかし同時に、ゼタとの通話内容をアルティミアに聞かれたくなかったということでもある。
「……妹達は?」
「何も聞いてはいませんわ。けれど、殺害か確保をしたのならあちらから報告しているのではありませんこと?」
「…………」
王国を崩すことも目的のテロであるため、殺すか拐かすかは予備の目的として設定してはいた。それで報告がないのならば、恐らくは無事なのだろう。
もっとも、ゼタが二人の生死を気にも留めていなかった場合は別だが。
「それにしても……その髪、かなり露骨に代償が表れましたわね」
「…………」
話を切り替えるように、クラウディアはアルティミアの白くなった髪を見ながらそう言った。
「あの奥義、代償として命を食われるのでしょう?」
「……ええ」
【聖剣姫】の奥義、《元始の境界線》は使用者の力を多大に消費する。
それは生命力や魔力、精神力といった数値に表れるものだけでなくより根本的な命……寿命さえも消費する。
諸刃の剣は万象を断つ刃の切れ味だけでなく、その力の代償にもかかる言葉であった。
「けれど、今回のような短時間の使用ならば……じきに戻るわ」
「今回はそうですわね。けれど、その力は使うべきではありませんわ。【聖剣王】の伝説は、私よりもあなたがよくご存知でしょう?」
「…………」
「【聖剣王】……初代アズライトの伝説。先代の【邪神】を討つためにその力を使い、初代アズライトは死に掛けていますわ。いえ、一度死んだとさえ伝わっている。けれど……」
「当時の【聖女】が命を賭して、その命を救った。【聖剣王】の伝説で……最も有名な話ね」
それこそ、愛闘祭の由来となったフレイメル・ギデオンとの『嫁取り決闘』よりも有名であるだろう。
「けれど今の王国に【聖女】はいない。あの【犯罪王】に奪われてしまいましたもの。使いすぎれば命を補えず……死にますわ」
「……承知しているわ。だからこそ、私が使うべきだと思ったとき以外、あの力は使わない」
それはクラウディアとの仕合は、彼女が命を削ってでも奥義を使うべきだと判断したということだ。
「……嬉しいと思うべきか、悲しいと思うべきか、悩みますわ」
「悩むのはもう少し後にして。こちらからも聞きたい事があるのだから」
「何ですの?」
「どうして講和条約に罠を仕込み、王都を襲わせたの? アナタなら、もっと上手くやれたのではないかしら?」
「…………」
王国からの旧ルニングス領譲渡と指名手配の解除、戦争行為の停止。
そこまでならば、あの講和会議がまとまりかけたときのように通ったはずだ。
皇国の飢餓状態は深刻であるし、カルディナとの問題もある。
それでも、あれだけで済ませていれば……あとは穏便な方法で解決することも不可能ではなかったはずだ。
しかし、クラウディアは王都襲撃を選び、王国を滅ぼす選択をした。
その理由こそを、アルティミアは知りたかった。
「それでは全ての望みを叶えられないから……という答えになりますわね」
「全ての望み?」
「……私には三つ、手に入れなければいけないものがありましたわ」
アルティミアの問いに対し、クラウディアはゆっくりと答えはじめる。
「一つは皇国に必要なもの。皇国の飢餓を救う要である旧ルニングス領」
それは先の戦争で実効支配し、交渉で法的にも手に入れることができた筈だ。
「次は私達に必要なもの。最も愛する人であるアルティミア」
それは、手に入れるのは難しかっただろうが……親友として在り続ける事はできた。
「そして、最後の一つは……この世界に必要なもの」
それこそが、王都を襲撃させた理由だとクラウディアは言いたげだ。
しかし『世界』という……国よりも巨大なものを引き合いに出す事柄が、アルティミアには想像がつかない。
「王都襲撃とここでの戦いで私達姉妹の身柄や命を奪うことで、王国を分裂させると言っていなかったかしら? それは嘘……ではないのよね?」
「それもありますわ。必要なものを手に入れるには、王国……というよりも王都を手中に収めていた方が余程に都合が良いのですもの。それに、余計なことをしそうなカルディナを抑えるためにも、王国から得られるものは得ておいた方が得策ですわ」
「……アナタが言う、世界に必要なものとは何かしら?」
「…………」
アルティミアの問いに、しかしクラウディアは沈黙する。
「……あなたに秘密や嘘を作りたくはないのですけれど。こればかりは話していいものか悩みますわ」
「どういうことかしら?」
クラウディアの態度、はぐらかそうとしている訳でなく、真剣に話していいものか考えているようなその態度に……アルティミアは重ねて問いかける。
「だって、あなたが管理者に消されるかもしれませんもの」
「……管理者?」
「私やあなたのような国の中枢を、消しはしないかもしれない。私も知ってはいても消されてはいない。けれど、このことを広めれば……あちらの判断も変わってしまうかも。そう考えたら……誰にも言えませんでしたわ」
「けれど、私はそれを聞きたいわ。アナタがこうまでした理由を」
「……そう。なら、抵触しないと思われる範囲で教えますわ。それでも、危険かもしれませんけれど」
クラウディアはそう言って一呼吸置く。
そして、空を見上げながら彼女の理由を述べ始めた。
「この世界、おかしいとは思いませんの?」
「?」
「まるで、元々あった遊戯盤に別の遊戯のコマを並べたような……。けれどそれが混ざり合ってしまっているような違和感ですわ」
クラウディアの言葉は、アルティミアにはまだ理解がしづらいものだ。
しかしなぜか、父の遺した『<マスター>が特別である』という教えが思い出される。
「本来は、一種のみで完結していたはずですわ。けれど、今の管理者の介入によって、元々存在しなかった駒と仕組みが加わった。世界の混乱とリソースは増大し、その中で今の管理者は望むべき結果を出そうとしている」
そこまで述べて……まだ自分とアルティミアが無事であることを確認してから、言葉を続ける。
「けれど、これは新しいものが加わっただけ。この世界が本来迎えるべきだった結果を導くものを、前の管理者が残した厄災も……消えてはいませんわ。だと言うのに……今の時代はあまりにも足りていませんもの」
「クラウディア、アナタは何を言っているの?」
「……【聖女】は奪われ、【勇者】は殺され、【先導者】は見えず、【妖精女王】と【征夷大将軍】は衰え、大陸中央の【宝皇】は失われた。……健在なのは、【機皇】と【聖剣姫】だけですわ」
彼女が何について話しているのか、アルティミアには分かった。
他ならぬ彼女も含めた……各国に伝わる特殊超級職のことを言っているのだ、と。
(……けれど、どうして【龍帝】については言及しないの?)
黄河の特殊超級職である【龍帝】の名だけ、クラウディアは口にしなかった。
しかしその疑問をアルティミアが口にするより先に、クラウディアは己の理由を締めくくる。
「そして超級職も多くはティアンの手から離れた。いずれ来る厄災、……<終焉>に今のティアンが勝てるかは疑問ですわ。だから、私はあれがいるだろう王都を襲撃しましたの……。そうすれば、必ず見つかると考えたから……」
クラウディアはそうして理由を言い終えた。
だが、それはやはりアルティミアには理解できない部分が多すぎる。
あるいは、管理者という存在を警戒して理解されないように述べたのか。
ただ、クラウディアが<終焉>なる存在と戦おうとしていることだけは理解できた。
その上で、問わねばならないこともある。
「なぜ、<マスター>を含めないの?」
<マスター>、特に<超級>の力は凄まじい。
それぞれが特殊超級職であるアルティミアに比肩する。
何と戦おうと、<超級>を含めた<マスター>がいるのならば……敵うだろう。
クラウディアにもベヘモットをはじめとした強大な<マスター>が味方についているのだから、それを戦力とすることもできるはずだ。
「……不可能ですわ」
しかし、クラウディアは首を横に振る。
「だって、そればかりは……無関係なんですもの」
「無関係?」
「<終焉>はこの世界本来の目的に関わるものですわ。だからこそ、異邦人である彼らでは該当しない。そして……関与もできませんわ。そうでなければ管理者が……」
クラウディアは言いかけて、口をつぐむ。
そこから先の言葉は、明らかに抵触すると判断したからだ。
クラウディアはそれ以上に自分の口から言えることはないと、その目でアルティミアに伝えた。
「…………」
彼女から齎された情報は、アルティミアに理解が及ぶものではない。
ただ、この世界にとって極めて重要であり、嘘の一つも混ざってはいないことだけは理解できた。
彼女がなぜ『この世界本来の目的』や<終焉>といった存在を知っているのか。
そもそもそれらが何であるのか。
答えの一端は、襲撃の渦中であった王都の中にあるのかもしれないとアルティミアは感じた。
「……王都に、何があるというの?」
アルティミアは地平線の先、王都の方角へと視線を向けた。
しかし国境地帯からではそこで起きた出来事も、そこにあるものも……窺い知ることはできなかった。
To be continued
(=ↀωↀ=)<王都襲撃編は六章後半終了後
(=ↀωↀ=)<来年に番外編として投稿しますー
( ꒪|勅|꒪)<AEじゃないんだナ
(=ↀωↀ=)<本編と密接に関わるものはこっちでの投稿です
(=ↀωↀ=)<あとAEも今年のうちにもう一回くらい投稿したい
余談:
・限定的情報開示――特殊超級職役割
【勇者】:勇者
【聖女】:回復役
【聖剣姫】:前衛攻撃職
【機皇】:兵器開発・火力支援
【宝皇】:道具探索・道具支援
【妖精女王】:後衛魔法職
【征夷大将軍】:広範囲バフ・広範囲デバフ
【先導者】:斥候・危険回避
【龍帝】:<■■■■■■>
【■■】:<■■>
(=ↀωↀ=)<…………