第三十四話 選択の岐路
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□■国境地帯・山岳部――改め荒野
戦闘の開始から、どれほどの時間が経ったものか。
レイ達の戦いが始まる前から行われていたシュウとレヴィアタンの戦い。
幾度も重ねた巨大な鋼と獣の激突は幾つかの山を崩壊させ、土塊と岩の荒野へと変貌させている。
(……まだ、倒れないか)
バルドルの中で、シュウは苦い顔をした。
普段であれば着ぐるみが隠すであろうそうした顔は、今はコクピットの中とはいえ露わになっている。
シュウの表情の理由は、レヴィアタンの余力にある。
シュウは、そしてレヴィアタンは、互いに両者がそのまま戦った場合の最終的な決着はシュウの勝利であると解っていた。
ステータスと技量、武装を考慮すれば、シュウが単独のレヴィアタンに負ける確率は低い。
だが、シュウとレヴィアタンには見解が相違する点があり、それはレヴィアタンの予想に軍配が上がっている。
それは……レヴィアタンが倒れるまでの時間だ。
シュウの読みでは、レヴィアタンは既に倒れているはずだった。
だが、現在も彼女は健在であり……その莫大なHPもまだ半分は残っているだろう。
それほどに大きな読みのズレは大きく三つあり、それはいずれもレヴィアタン側にある。
第一の要因は、勝負を決める機会が訪れなかったこと。
厳密に言えば、両者共に攻勢は取り続けていた。
だが、レヴィアタンはここぞというタイミングで距離を空ける。
そのタイミングは全て……シュウが勝負を仕掛けるタイミングだ。
シュウが最終奥義の予備動作に入ったタイミング、あるいはそれに繋げるために内蔵火器で隙を作ろうとしたタイミング、普通の攻撃に織り交ぜた部位破壊のための技を仕掛けるタイミング。
そうした、シュウが戦闘の趨勢を動かそうとした時に限って……レヴィアタンは大きく距離を空けてバルドルの拳足の遥か外へと逃れている。
レヴィアタンにそれができるのは目視による観測や今のバルドルを上回るAGIもあるが、何よりも野生の勘が大きい。
レヴィアタンはスキルなどほとんど持たないガーディアン。
しかしそうであっても獣は獣らしく、スキルではなく自前の直感として……シュウからの危険を察して動いている。
シュウの経験則と勘に対してレヴィアタンの直感が潰し合い、決定打になりえなくなっていた。
(……厄介だな)
第二の要因は、レヴィアタンの装備。
通常、レヴィアタンにとっての装備は、人型のときにカモフラージュのために身に着けていた隠蔽用のアクセサリーや人間用の装備品に限られる。
従魔やガードナーにつける装備は存在し、特にレジェンダリアなどではその生産が盛んだが、レヴィアタンは巨体過ぎるがゆえに生産装備など身につけることは出来ない。(そもそも、装備の耐久力の問題で武器や防具は意味を成さない)
ただし、一つだけ例外がある。
それは……。
『……継続回復型の特典武具を持っているとは、知らなかったな』
ベヘモットではなくレヴィアタンにアジャストした特典武具の存在。
巨体と化した今もレヴィアタンが身につけている特典武具のアクセサリーは、巨体のどこかに埋もれながら……今もレヴィアタンのHPを回復させ続けている。
『あなたとの戦いでもなければ身につけません。私達は強すぎて手の内を隠すにも難儀する身ですが、隠せるものは隠します』
『道理だ』
当然と言えば、当然の戦術。
しかし隠匿されていたその装備のために、少しずつ削ったダメージも半分以上が回復されている。
(HPの割合継続回復ってところか。元の数値が莫大だから秒間0.1%だとしても一秒で二万は回復しやがる。……ギデオンでわざわざポーションを飲んで回復したのは、ブラフの一種だったか)
一〇秒に一度は直撃を当てなければ、HPを削ることすらままならない。
むしろそんな条件下で二〇〇〇万を超すレヴィアタンのHPを半減させたシュウにこそ、驚くべきである。
(ここまで掛けた時間と同じ時間を掛けなきゃ倒せない……って話ならまだマシだったが)
野生の勘と特典武具。
それだけであれば……まだシュウは決着をつけることができただろう。
しかし、ここに第三の要因が絡む。
それは……。
『……随分と、消極的になったな』
『…………』
HPが四割程度削れたところで……レヴィアタンからの攻勢が衰えたからだ。
否、衰えたのではなく……露骨なまでに遅延戦闘に移行した。
自らが仕掛けることは減り、防御と回避、回復に意識を集中している。
(……最大の読み違えは、こいつのクレバーさか)
レヴィアタンは単独でシュウに勝利しきれないことは最初から察しており、それを知った上で自らの闘争本能という名の欲求に従いながら戦っていた。
しかし、獣の如き闘争本能を有するレヴィアタンであるが、その本質はベヘモット至上主義。
ベヘモットの指示とベヘモットの勝利以上に優先する事柄など、彼女にはただの一つもありはしない。
ゆえに、ベヘモットの勝利が確認できるまで倒れないことこそが彼女の最優先事項であり、勝負を楽しむという自身の欲求はHPが四割削れたところで消え失せている。
それは今しがたベヘモットから《獣心一体》で連絡を受けたことで、さらに顕著になっている。
(まずいな)
バルドルを駆るシュウであっても、元よりAGIとENDではレヴィアタンが勝っている。
それが全力で遅延戦闘に徹すれば……シュウであっても倒すことは難しい。
少なくとも、ベヘモットが勝負をかけているこの数分の内には不可能である。
(……どうする?)
いっそのこと、レヴィアタンを無視して議場に戻るという手はある。
しかしその場合……待っているのは確実に、あらゆる手を尽くした【獣王】である。
(こいつらの必殺スキル……十中八九、ルーク達と同じ融合合体スキル)
ガードナーとしては珍しくもない、むしろありふれた形の必殺スキル。
もしも仮に合体して元のステータスを足すだけならば、今の《獣心憑依》と大差ない。
しかしそれがステータスを倍化するタイプや、合体直前のステータスを足しこむタイプであった場合、……待っているのは最大最強の怪物による地獄絵図である。
必殺スキルならばそのくらいは当然であり、『レヴィアタンはステータス特化である』という理由だけでその恐れを捨てることは暴挙だ。
多機能に過ぎたバルドルの必殺スキルですら、STRをベースにステータスを増強する程度には効果を発揮しているのだから。
(必殺スキルの脅威を想定したからこそ、こうして別戦場にレヴィアタンだけを移した。だが、このままこっちが時間を取られて、向こうが負ければ……ベヘモットがこっちに来て同じ結果になるか……?)
シュウは今、選択の岐路にいた。
現状のベヘモットよりも強いであろう最大最強の怪物と、この荒野で戦うか、議場で戦うかという二択。
(……【γ】を使うか?)
あるいは……ここで後先考えずにレヴィアタンを自身の全力を使い切って倒すか、最大最強の怪物を相手に使うかの二択。
『…………』
シュウは冷静に考える。
シュウにとっての最終兵器を……【犯罪王】を倒した力を使うのならば、レヴィアタン単体には確実に勝てる。
そして、必殺スキル使用後の【獣王】が相手でも、想定どおりならば勝率は五割近くある。
(しかしその場合、相手にもう一枚……何か伏せた札があれば王国に勝機はなくなる)
その力を使ってしまえば、シュウにはもう打てる手はなくなるのだから。
これまで使えなかった理由は、その力を使えばもうシュウを戦力として数えることは出来なくなるからだ。
(最悪なのは……この戦いが監視されてるってことか)
シュウはバルドルのセンサーの一部を上空へと向ける。
そこでは……羽を生やした目玉の如きモンスターが戦場を俯瞰していた。
それはシュウにとっても多少の見覚えがあるもの……【ブロードキャストアイ】というモンスターだった。
(クソ白衣の情報収集用モンスター……いるとは思ったがな)
あのカルチェラタンでのレイと【魔将軍】の戦い、それを監視して録画していたのもフランクリンであろうとシュウはあたりをつけていた。
王国と皇国にとって重要な講和会議が開かれ、……そしてシュウやベヘモットといった大戦力の手の内を見る機会がありそうな国境地帯に、あのフランクリンがモンスターを配していないはずがない。
(問題はモンスターだけか、本人も来ているのか……だ)
仮に本人が来ていた場合、状況は最悪だ。
シュウがここでレヴィアタンを、あるいはベヘモットを、全力を尽くして撃破できたとしても……シュウを欠いた上に疲弊しきった戦力でフランクリンのモンスター軍団を迎え撃つことになる。
シュウの大火力がなければ、皇国最多戦力であるフランクリンは依然として最大級の脅威なのである。
シュウが切り札を使った後……すぐにそうしないとも限らない。
だからこそ今までシュウは切り札を切れなかった。
『…………』
シュウは彼には珍しいほどに迷い、悩んだ。
そうして過ぎる時間と共に選択を迫られたシュウは、
『バルドル、【グローリアγ】を起ど……』
己の最終兵器を使うという決断をしかけて、
――ここは任せた。
――任された。
議場を離れるときに発した己の言葉と、それに対する弟の返答を思い出した。
『【臨終機関 グローリアγ】を起動しますか?』
『……いや、起動はしない』
シュウは最終兵器……己の有する超級武具の使用を取りやめた。
『……ハハハ』
そうしてどこかおかしそうに笑い、こう考えた。
(発想を逆にするか)
先刻までは選択から外していた選択肢が、今のシュウの目の前にはあった。
(あいつらがベヘモットを押さえるんじゃなく、俺がレヴィアタンを押さえる。そして、あいつらがベヘモットに勝つ)
そうなればシュウと相対するレヴィアタンも消えて、シュウの余力は残る。
もしもこの後にフランクリンが来たとしても、シュウが立ち向かうことも出来る。
王国は、この地獄のような条件下でも勝利できる。
最上の結果は、その小さな可能性の先にしかない。
『ま、そうだな。そのエンディングが、一番良い。……よし』
ならばとシュウは、戦いに臨む己の心境を、姿勢を、整える。
『……焦らないのですね』
『焦る必要はなくなったよ。うちの弟とその仲間達が、ベヘモットに勝つからな。俺はお前に邪魔させなけりゃそれでいい』
『…………できるとでも?』
怒りを滲ませた言葉と共にレヴィアタンが飛び掛ってくるが、どこか余裕を含んだ声音でシュウは応える。
『うちの弟――舐めるんじゃねえクマ!!』
余裕を含ませていながらも……心の底からの言葉と共に、シュウはバルドルの鉄拳をレヴィアタンの腹部に叩き込んだ。
『グ、ゥ……、ッ、認識の誤りの対価は、すぐにあなたの絶望で払うことになるでしょうね』
『知るか! アイツが駄目だったときには俺が死ぬほど頑張ればいいだけだろうが! それが兄貴ってもんクマ!』
そうしてシュウとレヴィアタンの戦いは続く。
それは、議場での決着が付くまでには決して終わらない戦い。
お互いに、時を稼ぐ戦い。
シュウはレイの勝利を信じ、レヴィアタンはベヘモットの勝利を信じた。
その意味と結末は、遠からず。
To be continued




