第三十話 雷霆万鈞
□カルチェラタン伯爵領・<遺跡>内部
時間は、アルティミアとクラウディアの決闘開始からいくらか遡る。
「……規格が合わん」
カルチェラタン伯爵領で発見された<遺跡>――【セカンドモデル】の生産プラントの中で、作業用の遮光ゴーグルを着けた一人の男が呻いていた。
男の名はブルースクリーン。王国に属する<マスター>としては数少ない【高位技師】兼【高位整備士】であり、今はこの生産プラントで幾つかのクエストを受け持っている。
その中には【セカンドモデル】の増産に関するクエストもあった。しかし、今は彼の代わりに彼が少しだけ指導したティアンの技術者が作業を行っている。
彼が呻いている理由は、任せられているクエストの中でも最も難題なものについてだ。
彼の向かい合った作業台の上には、馬に似た何かが鎮座していた。
馬に似た何か……それは一機の煌玉馬である。
それは、先の戦争で壊れてしまったもの。
長らく残骸のままで安置されていたが、【セカンドモデル】の生産プラントが見つかったことで「あの設備を使えば直せるのではないか」という意見が上がり、ここに移されている。
そして今はブルースクリーンをトップとした王国の数少ない機械技術者の手で、修復作業が行われていた。
「そっちはどんな按配だー?」
「まだ八割というところだよ。どうにも、【セカンドモデル】と全く規格が違う部分があってな」
作業台の前で頭を悩ませていたブルースクリーンのところに、彼の属するクラン<ライジング・サン>のオーナーであり、友人のダムダムがやってきた。その両手には、差し入れなのか飲料水の瓶を持っている。
「それに既に組んだ部分の修理も量産型のパーツでやっているからな。性能だって元通りにはならなさそうだ。そっちも良くて八割だろ」
修復中の煌玉馬は、壊される前とは姿が幾分か変わっている。
大きな変更としては、【セカンドモデル】の部品を組み合わせているため、騎体が本来の騎体色である金色と、修復部分の鋼色でまだら模様になっていた。
「そんなもんか」
「俺は機械系つっても<エンブリオ>は停止専門だからな。どうしても<エンブリオ>まで機械生産一本に特化した<叡智の三角>の連中みたいにはいかねえよ」
<叡智の三角>はリアルで機械の知識を多く持つ者が集まった生産クランである。
そのためか、<エンブリオ>もまた機械生産に適用可能な者が複数在籍していた。
「そうかー。……ちなみにこれ、物凄く高いアイテムらしーけどなー」
「ぬすまねえよ。王国の国宝だぞ。カルディナの国宝盗んで落っことしたバカの二の舞は御免だ」
<マスター>が国宝を盗んだケースは何件かあるが、中でも失敗談として知られているのがそれだった。
折角盗んだものを落とした上に、国宝を盗んだ咎で国際指名手配である。半ば喜劇のような話だ。
なお、その犯人の名前はガーベラといい、今は“監獄”で凹んでいる。
「それにしても、やっぱデンドロはすげーよ。剣と魔法のファンタジーなのに、これとかどう見てもSFだぜ?」
「…………」
「どーしたブルー?」
「いや、それなんだけどよ。これって先々期文明のフラグマンって名工が作ったもんだろ?」
「らしーな。《鑑定眼》ではそう見えてる」
「そいつ、作りすぎてんだよ」
「……どーいう意味だ?」
ブルースクリーンの言葉にダムダムは首を傾げるが、ブルースクリーンもまた疑問と共にその言葉を口にしている様子だった。
「ここって<遺跡>だから昔の記録とかも残っててよ。中には先々期文明の歴史のデータもあるんだよ。技術年表? みたいな奴とか」
「それがどうした?」
「技術年表読んで分かったが……俺達が<遺跡>からの出土品で『すげえ』って言ってる産物、ほっとんどフラグマンが関与してやがる」
「……?」
「フラグマンが直接作ってないものも沢山あるけどよ、そうしたものでも、内部にフラグマン関連の技術が混ざってんだよ。あるいは、全く噛んでなくて性能が低いかのどっちかだ」
「つまり?」
「先々期文明ってよ、ハイテク文明じゃなくて、フラグマンがハイテクにした文明なんだよ。エジソンとかテスラとかベルとか……その他諸々の天才の仕事を一人で担当してるようなもんだ」
「……何でデンドロは時々そーいう盛りすぎたNPC設定してんだよ」
ダムダムは以前どこかで聞いた三強時代の逸話を思い出し、「裏設定凝りすぎなのか投げやりなのかわかんねーよ」と呟いた。
しかし、ブルースクリーンは、
「……だが、フラグマンのやったことって、できなくはないよな」
寸前までの己の言葉と相反するような言葉を呟いた。
「あ? できるわけねーだろ。そんなバケモノみたいな技術革新」
「だからさ、それがバケモノみたいな技術革新に見えるのは何でかって言うと……」
そうしてブルースクリーンが己のある仮説をダムダムに話そうとすると、
「大変です! 旧ルニングス領での講和会議で交渉が決裂! アルティミア陛下率いる<マスター>達が皇国側との戦闘に突入したと連絡が……!」
生産プラントの扉を開き、技術者の一人がプラント内に大声でそう呼びかけた。
『皇国との交渉決裂と戦闘開始』。その報はアルティミアの連れて来ていた通信担当の文官から通達されたものだ。
その情報に、ダムダムが眉を顰める。
「おいおい、カルチェラタン方面にも侵攻してくるんじゃねーだろうな」
カルチェラタンは皇国と国境が隣接した地域であり、何かあれば皇国が攻めてくる公算も高い。
カルチェラタンのクエストで収入が安定し、ダムダムとブルースクリーンがクランの規模を拡大する準備を進めている現状、そんな事態は願い下げだった。
(どーっすっかな。いざとなれば、このお宝や【セカンドモデル】を火事場泥棒するか? 皇国侵攻のゴタゴタの最中ならバレなさそうだし)
そんな不埒な考えがダムダムの脳裏によぎったとき。
「……あ?」
ブルースクリーンは、眼前の変化に目を奪われた。
「どーした? ……んん?」
ダムダムもまた、それに気づく。
作業台の上で……まだら模様の煌玉馬が立ち上がっていた。
これまで起動していなかったはずの、煌玉馬が動いている。
だが、変化はそれだけではない。
煌玉馬の周囲……修復作業のために用意されていた資材のいくらかが、宙に浮かび上がっている。
(これは……磁力か? そういや、コイツは雷属性……電気や磁力のコントロールに特化した煌玉馬だって聞いてはいたが)
そして煌玉馬は、浮かび上がらせた資材に対し、
『…………!』
己の内部から生じた膨大な電気を叩きつけた。
生産プラントの内部が、雷光の眩すぎるほどの光で埋め尽くされる。
その中で、遮光ゴーグルを装備していたブルースクリーンは、その一部始終を直視していた。
「プラズマ切断に、放電加工……。こいつ、自分でパーツを組みなおして、足りないものの自動生成を? 自分の電力で加工までやってるのか?」
輝きの中で、資材は少しずつ形を変えていく。
規格が合わないとブルースクリーン自身が言っていた幾らかの部位、それにピッタリと嵌るように。
やがてそれらのパーツは、吸い寄せられるように煌玉馬へと集まり、接合されていった。
それらの工程が済んだ後、……そこにはまだら模様であれど、完成した形を有する一騎の煌玉馬が立っていた。
「…………」
目の前で起きたことにブルースクリーンは言葉をなくしていた。
煌玉馬はそんな彼に向き直り、……馬頭を下げて一礼した。
まるでここまで直してくれたことに……自ら動けるまでに修復してくれたことに礼を言うように。
その直後、煌玉馬は上を向き――雷光を天井に向けて撃ち放った。
それはかつて【アクラ・ヴァスター】が出撃した際に開いたままだった発進ゲートに、仮初の屋根と壁を取り付けただけのもの。
轟音と共に天井にはあっさり穴が空いた。
『…………』
そして、煌玉馬は飛び立つ。
後には黄金の光だけを残し、天井の大穴から天空へと飛び出したのである。
後には、呆気にとられた<ライジング・サン>と技術者達だけが残された。
やがて、ブルースクリーンはぽつりと呟く。
「……これ、俺の責任問題か?」
「正直に言い訳しようぜ。情状酌量の余地が出るよーに」
ダムダムはそう言って、友人の肩を叩いて慰めたのだった。
◇◆◇
□国境地帯・上空
重力加速度に従って、アルティミアはその身を地上へと落としていく。
思考を占めたものの多くはレイの安否だ。
シルバーの消失がレイのデスペナルティであるならば、既に地上は【獣王】によって死地となっているかもしれない。
だが、アルティミアはそう考えなかった。
(レイが、ただ消えるはずはない……!)
デスペナルティになったとしても、彼はすべきことをしてくれたのだと信じた。
ならば三日後に……彼が戻ってきた時に再び会うために、彼女にも今すべきことがあった。
「追ってきたわね……」
仰向けに落下する彼女の視界には、上方から彼女へと一直線に降下してくる【翡翠之大嵐】とクラウディアの姿があった。
彼女が愛するアルティミアの落下を見過ごすはずがない。
しかしそれは、救助のためだけではない。
(このままだと、身動きできない空中であの馬上槍の攻撃を受けることになるわね)
攻撃によって眠らされ、そのまま連れ去られることだろう。
そうなれば、地上でレイがデスペナルティになってまで奮闘した意味がなくなってしまう。
「……まだ!」
落下しながらも、アルティミアはアイテムボックスから自身の【セカンドモデル】を取り出す。
レイが消えたとしても、まだ諦めない。
きっと己が敗れていたとしても、彼が諦めはしないように。
抗う力と意思がある限り、諦めるにはまだ早い。
「来なさい!」
空中に放り出された【セカンドモデル】は、すぐさまアルティミアの声に呼応して動き始める。
それはシルバーの走行よりもいくらか遅かったが、それでもアルティミアの落下速度よりは速かったためにすぐに追いついて……。
『――《デストラクション・スカイ》』
【セカンドモデル】は上方から降り注いだ竜巻の如き魔法の直撃を受けて木っ端微塵となり、……地上へと残骸を降らせた。
「ッ!」
『弟相手ならば此方の隙を作るだけだっただろうが』
思わず奥歯を噛み締めるアルティミアに、上方から【翡翠之大嵐】の声が届く。
『――模造品程度にかわせるものか』
レイがシルバーを預けた判断は間違いではなかった。
そうでなければ、馬の時点でアルティミアの敗北は必至だった。
【翡翠之大嵐】は機動性に特化した煌玉馬であるが、それは攻撃能力がないということではない。
上級職の奥義に相当するレベルの竜巻の魔法を、【翡翠之大嵐】は行使できる。
正しく風の如き速さで放たれたそれを、【セカンドモデル】では回避できない。
即ち、オリジナルの煌玉馬でなければ空中戦での勝利はありえないのだ。
「……!」
クラウディアはじきに追いつく。
空中で身動きできないアルティミアを狙って、攻撃を重ね、眠らせようとするだろう。
「まだよ……!」
だが、攻撃を仕掛けてくるのならば、その瞬間に刃は届く。
まだ、敗北には早い。
まだ、諦めるには……早い!
「アルティミア! これで決めますわ!」
「……クラウディア!」
やがて、両者の絶対距離が零へと近づいて――。
東の空から雷の如く飛来した黄金の光が、天空の【翡翠之大嵐】へと直撃した。
「何事、ですの!?」
『……!』
その瞬間を、クラウディアと【翡翠之大嵐】は察知できなかった。
クラウディアは、接近したアルティミアからの反撃に対処するべく集中力の全てをそちらに傾けていたがゆえに。
【翡翠之大嵐】は接近するそれの反応が、砕け散った【セカンドモデル】の反応と混ざってしまったがゆえに。
黄金の光は【翡翠之大嵐】の騎体に一撃を当てて減速させ――そのまま眼下のアルティミアの体を拾い上げた。
「……これ、は!」
その一部始終を見て、そして今それに跨るアルティミアにはすぐにその正体が分かった。
先刻まで跨っていたシルバーと酷似した乗り心地。
黄金と、今は鋼に彩られた騎体。それに纏わる雷光。
最大の象徴は、頭部に生えた一本の……角。
それこそは、愛闘祭の前に修復のため、リリアーナの手によってカルチェラタンへと届けてもらったもの。
アルティミアが見紛うはずはなく、ゆえに彼女はその名を呼ぶ。
「【黄金之、雷霆】!」
それこそは、煌玉馬一号機。
先々期文明において全ての煌玉馬の基礎となった騎体であり、アルター王国の初代国王である【聖剣王】初代アズライトと共に戦場を駆けたモノ。
一度は完全に破壊された先々期文明の遺産は今このとき、自らの主を……新たなる王を守るために戦場へと舞い戻った。
至宝は今ここに復活し――己の新たな主である【聖剣姫】を戴いた。
To be continued
(=ↀωↀ=)<アルティミアVSクラウディア
(=ↀωↀ=)<最終ラウンド開始