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<Infinite Dendrogram>-インフィニット・デンドログラム-  作者: 海道 左近
第六章 私《アイ》のカタチ

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第二十五話 《追撃者は水鏡より来たる》

追記:

(=ↀωↀ=)<《応報は星の彼方へ》のバージョンアップ情報を追記しました

 □四月某日 【死兵】レイ・スターリング


「第四形態に進化したぞ」

「……そうか」


 第三形態に進化した日の焼き直しのように、宿屋で朝起きたときにネメシスからそう告げられた。

 ただ、今回は何となく予想はできていた。

 昨晩のネメシスは、第三形態に進化したあの夜のように食欲がなかったからだ。

 どうもネメシスが普通に進化するときは食欲がなくなり、寝ている間に進化するらしい。

 なんだか地味な進化だが、<エンブリオ>の進化には差異があると聞いているしそういうものなのだろう。第二形態への進化が色々と例外だったか。

 それにしても、上級進化のときは少し派手とも聞いていたが……寝ていたせいで見過ごしてしまった。


「とりあえず……おめでとう」

「うむ! これで私も上級の仲間入りだ!」


 進化が遅いことを気に病んでいた時期もあったので、ネメシスはどこか嬉しそうだ。


「それで第四形態になってどんな変化があったんだ?」


 とりあえず見た目としては服装が変化している。

 バージョンアップという言葉が近いだろうか、服装が少し豪華になっているのだ。

 ……体型は変化していないようだが。


「まず《カウンターアブソープション》が強くなった気がする。恐らく、ダメージ上限が四〇万ほどになっているだろう」


 ……なるほど、有用なパワーアップだ。

 ただ、一撃のダメージとしては前の三〇万でもそうそうないが、……それでも【モノクローム】のように足りなくなることもあるので増える分にはありがたい。


「それと《応報(ペイバック)》の条件が緩和された。今後は黒円盾の時に受けたダメージでなくとも、《応報》のチャージに使用できる」

「あ、それは本当に助かるな」


 使いやすい他の形態で戦いつつ、一撃がある《応報》を放つことができる。


「その二点だけでも十分強化されたけど、まだあるのか?」

「ああ、まだ本命がある」


 そう言ってネメシスは指を四本立てる。

 それが示すのは四つ……いや、四番目か。


「形態がまた一つ増えた」


 どうやらネメシスの進化は更なる多様化へと舵を切ったらしい。

 俺達と同じく多段変形のアームズを有するイオは、上級への進化が既存形態の性能強化だけだったらしいが、進化の予兆やタイミングと同じで人によって差異が大きい。


「それで、どんな形態に?」

「これだ」


 ネメシスはそう言って、その姿を武具へと変じさせる。

 いや、正確に言えばそれは武具ではなかった。

 翼のような鏡縁を持った……鏡だった。


「……意外な形態だな」

『まぁ、第三の風車(かざぐるま)の時点で「武器?」という感じではあったがの』

「だけどいよいよ手持ち武器から離れてしまったぞ」

『いや、武器でもある。この翼は外れるからの』


 ネメシスがそう言うと鏡縁の翼が外れて俺の手に収まる。

 細身で独特の反りはあるが、一対の双剣であるらしい。


『この形態では《カウンターアブソープション》を使えぬが、《復讐するは我にあり》は使えるぞ。しかも少しバージョンが違う』

「と言うと?」

『ダメージカウンターが双剣に半分ずつ(・・・・)蓄積される。言ってしまえば、二度打ちが出来る』

「ほう」


 それは助かる。

 特に、【ブローチ】を持つ相手と戦う場合には二撃に分けた方が有効な場合もあるだろう。

 巨大なモンスターには黒大剣、対人ではこの双剣と使い分けるのが良いか。

 流石に上級への進化で増えた形態だけあって、第三形態よりも使いやすさが増している。


『待て待て、その双剣はおまけだ。単に二度撃ちできるだけではこの鏡の意味がないであろう』

「あ、それもそうか」


 たしかにこれだけならば鏡は要らない。


『ちゃんとこの鏡にもスキルがついておる。双剣の《復讐》とも併用できるものがの』


 第三形態は一形態の中で変形することで《カウンターアブソープション》と《応報は星の彼方へ》を使い分けていたが、第四形態は最初から分離して同時使用できるようにしているということか。

 ……こうして見ると、前の形態を参考にしつつも確かに進化(・・)しているのだろう。


「それで鏡の方には何の効果があるんだ?」

『うむ。このようなものだ』


 そうしてネメシスが見せたスキルは……。


 ◇◇◇


 □■国境地帯・議場


 レイがスキルを発動させた直後、ベヘモットはレイの姿を見失った。

 それは姿が消えたわけではない。

 一瞬で、ベヘモットの視界からフレームアウトしたのだ。


(……速くなった?)


 視線を動かせば、レイの姿を見つけることは出来た。

 直前までのバフ込みでも亜音速に到達していなかったAGIとは比較にならない。

 いや、むしろ……。


(わたしと同じくらい……ううん。全く同じ(・・・・)だね)


 レイのステータスを《看破》したベヘモットは、レイのAGIが、自分の現在のAGIと同じ37564であると知る。


(スキル名……《チェイサー・フロム・ミラーリング》だっけ。同期複製(ミラーリング)、なるほどね)


 また、ベヘモットはネメシスという<エンブリオ>の特性から、概ねどのようなスキルで、何をコストとしているかの推測も立てていた。

 それは……。


(自分にダメージを与えた相手に限定したステータスの(・・・・・・)部分同期(・・・・)。多分、ダメージカウンターをコストにしてる)


 《看破》したステータスと先刻のルークの発言、そして『ルークがレイを盾にしてまでも、まず一撃受けさせた』という事実からその答えを導き出した。

 そこからベヘモットはさらに推測を重ねる。


(コストは秒間の同値消費……では重過ぎる。一分あたりの発動で加算したステータスと同じだけダメージカウンターから差し引かれる、かな。固定値やMP・SPの可能性は……ない。それだとコストが軽すぎる)


 己の経験からネメシスの第四形態のスキルのコストまでも予想するベヘモット。

 恐るべきは……その推測が完全に正しいことだった。


 ◇


 《追撃者は水鏡より来たる》:

 ダメージカウンターを蓄積した対象者のステータスを『一つ』指定して発動する。

 指定したステータスと同じ自身のステータスを、対象のステータスと同値にする。

 ※コストとして発動時と一分経過ごとに、対象者より蓄積したダメージカウンターから対象ステータスと同じ数値を減算する。

 ※ダメージカウンターが数値不足で減算できない場合、自動的に解除される。

 ※発動中に対象者のステータスが変化した場合、それに応じて自身のステータスも変動する。

 ※このスキルで変動しているステータスは、このスキル以外での増加を受けない。


 ◇


 それこそはネメシスが上級への進化で獲得した力。

 純粋にステータスで勝る相手に苦戦を重ねた経験から、レイのステータスを強化するスキルを……否、強者の足元に(・・・・・・)手をかけるスキル(・・・・・・・・)を進化によって生み出した。

 【死兵】の後に【斥候】をビルドで選択したのは、このスキルで選び取るステータスを《看破》で吟味するためだ。(《殺気感知》で発動前に潰される危険を減らす狙いもある)


 無論、このスキルはコピーやステータス強化を専門とした<エンブリオ>のスキルよりも、コストは重く使い勝手も悪いだろう。

 しかも現段階では一箇所しか指定できない。

 だが、それでも構わない。

 なぜなら、手が届きさえすれば……レイには相手の首を獲る力が既にある。


(……そっか。この加速状態で《シャイニング・ディスペアー》を照準、わたしの急所を撃ち抜くつもり、かな)


 《シャイニング・ディスペアー》は必殺の集束レーザー砲。

 照準さえあっていれば即座にその体を撃ち抜く。

 それは圧倒的なAGIの差があった先刻までは不可能だったが、ベヘモットと同じAGIを有する今のレイならば不可能ではない。


(ああ、わかった。ホームズはこのために自分を捨て石にしてダメージカウンターの蓄積と、スキルを発動するための情報誘導を……やるね)


 誘導と分かっていて乗ったベヘモットであったが、現状には愉快さ半分、そして冷や汗半分といったところだ。

 これは本当に自分の命に届きかねない。


(対処法としては、このまま相手のコスト限界まで待つ。あるいは扶桑を潰して六分の一を解除。コストを増大させて一気に解除に追い込む。……どっちもつまらないね)


 それではまるで、相手の戦術を避けて通ったようなものだ。

 戦いを楽しむと考えておきながらそれでは、ベヘモット自身が興醒めだ。

 ゆえに、ベヘモットとしては……。


(正面から、打ち破るか)


 疾走していたベヘモットはターンを決めて、自身に照準を合わせようとしていたレイに向き直る。

 そのままレイに向けて駆け抜け、撃ち抜かれる前に《タイガー・スクラッチ》でレイの五体を粉砕せんとする。

 だが、それと同じタイミングでレイもまた動いた。


「《地獄瘴気》!!」


 宣言と共に、砲身モードの【黒纏套】を付けた左手とは逆……右手の【瘴焔手甲】から黒紫色の瘴気が猛烈な勢いで噴出した。

 三重状態異常の煙が猛烈な勢いで議場に満ちていく。


(……噴霧するような広く薄い状態異常は今のわたしには効かない。あっちもそのくらいは分かっているだろうから、これはさっきの《閃光眼》と同じ。また目くらましのためのものかな)


 見れば、【ストームフェイス】を装着したレイは体勢を低くして、黒紫の煙に背後の鏡も含めた全身を浸していた。

 また、視界の端で月夜が【快癒万能霊薬】を飲む姿も見えている。ティアンの文官も既にこの議場から退出しているようで、恐らく最初から《地獄瘴気》の使用も折り込み済みだったのだろうとベヘモットは悟る。


(全身黒ずくめなせいで、この瘴気の中だと視認性が落ちるね。でも、気流の動きを見ていれば位置は分か……そっか。これも布石か)


 移動に合わせた瘴気の動きでレイの位置を探り、攻撃を仕掛けようとしたベヘモット。

 だが、すぐにこの瘴気に隠されたもう一つの意図に気づく。


(この瘴気のせいで、月影の隠れている影が見えなくなった。それに《消ノ術》は完全に物質をすり抜けてしまうから、煙の流れでも動きが見えない)


 レイが瘴気を煙幕として展開したことで姿を隠したままの月影とマリー、二人の奇襲の成功率が著しく上昇している。


(あれもこれも組み合わさってる。多分、あの《閃光眼》を起点にこのフォーメーションを最初から組んでたんだ。……わたしを倒すために)


 ベヘモットは悟る。

 きっとこの瞬間のために彼らは準備をしてきたのだろう、と。

 最強の自分を破るために幾つもの戦術を練り、新たな力を編み出し、一つの集大成として自分を追い詰めているのだろう、と。

 “物理最強”の【獣王】が皇国の護衛として講和会議に参加すると分かった時点で、それに対抗する準備を進めていた。

 だからこそ、今ここで彼らは戦っている。

 シュウがレヴィアタンを倒すまでの時間稼ぎではなく、本当に自分達がこの場で“物理最強”の【獣王】を倒すつもりで。

 少なくとも、<デス・ピリオド>というクランはそのつもりで戦っていたのだ。


『……funたのしいね


 本心から、ベヘモットはそう言った。

 本気で自分に勝とうとする<マスター>は何時以来だろうかと考える。

 口では強いことを言うローガンも、実際はベヘモットを避けている。

 フランクリンは対抗策を講じているようだが、慎重であるがゆえに対抗策の完成していない今は挑んでくる気配も全くない。

 他の<マスター>も、誰一人として「戦おう」とも「俺が勝ってみせる」とも言ってはくれない。

 だからこそ、ベヘモットは今この時が心の底から楽しかった。

 ベヘモットの性質の半分、ゲーマーとしてのベヘモットがここまで心を躍らせるのは一年以上なかったことだ。


(……やっぱり、レイのパワーアップが切れないうちに正面から勝ちたいね)


 相手が全身全霊で真っ向から向かってきてくれる。

 そんな嬉しい戦いを、ベヘモットもまた真っ向から打ち破らんとする。


(だけど、レイを狙って近づけばその機に月影とアドラーが奇襲をかけてくるだろうし。……全方位攻撃みたいな大雑把なやり方はレヴィの担当だから今のわたしにはないし)


 この場にレヴィアタンがいれば、隠れていようが速かろうが関係なく、周囲を踏み荒らしてケリをつけてしまっただろう。

 ベヘモットはレヴィアタンよりも強いが、それでも体格差ゆえに得手不得手は存在する。

 むしろ、揃ってさえいれば完全無欠だったのだろうが。


(……泣き言はなし。やっぱりレイを仕留めにかかって、あの二人が奇襲を仕掛けてくるならそれを察知して対応。わたしならできるはず)


 そう判断して、ベヘモットは真っ直ぐにレイへと向かう。

 既に瘴気の動きでレイの位置は把握している。

 瞬く間に距離を縮め、自身の足元に手をかけるレイを倒さんとした。


 そして間合いをつめたとき、自身の後方にある影から――二箇所(・・・)同時に何者かが出てくることを察知した。


 それは、ベヘモットを中心にレイとその二者で三角形に包囲している形だった。


(なるほどね。途中から《消ノ術》でなく、アドラーも影の中に潜ってたんだ。SP切れ寸前まで攻撃してこないつもりかと思ってたけど、道理で)


 月影とマリーの二人は、ベヘモットがレイを攻撃した瞬間にベヘモットを攻撃する算段であろう、とベヘモットは察した。

 今ここでレイを攻撃すれば、その瞬間に生じた隙に両者が急所への攻撃を敢行する。

 それを凌げる公算は高かったが、それでも二割程度は攻撃を食らうだろうとベヘモットは考える。

 ゆえに、ベヘモットはこの瞬間には攻撃せず……、小さな体を活かしたステップでレイの背後へと回りこむことで対応する。

 こうすればレイの体が壁になり、二人の攻撃は急所を狙い難くなる。


(《タイガー・スクラッチ》でレイを撃破。それから月影、アドラーの順に仕留めて詰め)


 ベヘモットはそう考えて攻撃態勢に移らんとして、


 ――レイの足元から伸びた手を見た。


(……え?)


 一瞬だけ、ベヘモットの思考が空白化する。

 ありえないからだ。

 もう一人などありえないはずだったからだ。

 既に、王国側の<マスター>は全て見えている。

 レイは目の前に、月影とマリーも影から出でて、少し離れて月夜とバルバロイも立っている。

 そうして一瞬だけ見回したベヘモットは、気づいた。


(……………………あ)


 壁際に立つ、防御体勢を取り続ける巨大な鎧。

 バルバロイ・バッド・バーンの代名詞、【撃鉄鎧 マグナム・コロッサス】。

 しかし、ベヘモットがそれに《看破》を使っても……何も見えなかった。

 それが意味することは、たった一つ。


 【マグナム・コロッサス】の中身が……空であるということだ。


(……やられた!)


 恐らくはルークが《閃光眼》でベヘモットの視界を潰したタイミング。

 あのタイミングでバルバロイもまた鎧だけを残し、本人はどこかに隠れたのだ。

 では、バルバロイはどこに隠れたのか。


 それは――当然、影の中。


「――《天よ重石となれ(ヘブンズウェイト)》」


 AGIの差で僅かに遅れ、しかし虚を突かれたベヘモットが離脱するよりも早く、影の中から這い出たバルバロイ……インナーのみを身につけたビースリーはスキルを発動した。

 それでも最大で五〇〇倍程度の加重など、《獣心憑依》を使ったベヘモットにとっては毛布を一枚被せられた程度の付加にしかならない。

 しかし……。


(……重い?)


 その加重は、ベヘモットにすら確かな重さを感じさせるほどに強力なものだった。


(まさか、これは……)


 今、自分の身に起きていることに……そしてビースリーがしていることに、ベヘモットはある可能性に思い至る。

 その瞬間、ベヘモットには視界の端で微笑む月夜の顔が見えていた。


 To be continued

(=ↀωↀ=)<第四のスキル、《追撃者は水鏡より来たる》


(=ↀωↀ=)<同様に相手のステータスを参照するネイリングと違い


(=ↀωↀ=)<相手と部分的に同じ数値になるだけです


(=ↀωↀ=)<なお、同期した数値にはバフが乗らないので


(=ↀωↀ=)<同期している間は絶対に相手を上回りません


(=ↀωↀ=)<追撃の名のとおり、ステータス格差を埋めて相手に追いつくためのスキル


(=ↀωↀ=)<また、あまり相手のステータスが高いとダメージカウンターの数値が足りなくて発動しづらいという欠点もある


(=ↀωↀ=)<そして長時間発動すると、ダメージカウンターが消費されて《復讐》の威力が下がっていく仕様でもある


( ꒪|勅|꒪)<めんどくせー仕様だナ


(=ↀωↀ=)<でも嵌れば強いのです


(=ↀωↀ=)<レイ君は相手に当たれば……AGIさえ届けば格上にも通用するスキル複数あるし


(=ↀωↀ=)<《追撃者》は発動すれば勝てる、ではなく発動することで勝機を作るスキルです

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[気になる点] レイのエンブリオの成長が歪でハッキリいって役に立たない リアルに感じてゲームをしてる割に、他の人の半分くらいしかレベル上げが出来てない そのくせに、人のピンチに首を突っ込む 普通なら逆…
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