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<Infinite Dendrogram>-インフィニット・デンドログラム-  作者: 海道 左近
第六章 私《アイ》のカタチ

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第二十四話 一人目と四番目

 □■国境地帯・議場


 【獣王】ベヘモットが動き出す瞬間に合わせて動けた王国の<マスター>は、三人。

 【暗殺王】月影永仕朗、【絶影】マリー・アドラー。

 そして、【亡八】ルーク・ホームズだった。

 スキル使用も含めた最終値において、この場にいる王国側の<マスター>で最もステータスが高いのはルークだった。

 バビの合体スキルである《ユニオン・ジャック》により、上級ガードナーであるバビ、そして速度と耐久両面で高いステータスを誇るリズとの合体によるステータスの統合。加えて、バビがこれまで《ドレイン・ラーニング》で獲得してきたモンスターのパッシブ・アクティブを問わないステータス増強スキルもその理由だ。

 それゆえルークは上級でありながら、戦闘系超級職に匹敵する高いステータスと幅広いスキルを有している。

 あたかも、かつてのガードナー獣戦士理論……その発展系とも言える姿。

 <月世の会>が遺したバフを含めれば、AGIも今の【獣王】に届いている。

 しかしそのルークをして、ベヘモットの動作を見た瞬間……冷たい汗が背中を流れた。

 ルークには視えていたからだ。


(ああ……これはまずい)

 真っ先に狙われるのが、自分(・・)である、と。


 ルークがリアルから持つ高すぎる観察力による読心は、人型でないベヘモットには十全には働かない。

 それでもその内に人の意思があるのならば、動作を見ていて気づくことはある。

 例えば、ベヘモットがこの場にいる王国の<マスター>の中で、ルークを最初に倒そうとしていること、だ。

 常識的に考えれば、デバッファーであり唯一の<超級>である月夜を狙うだろう。

 真っ直ぐルークに向かうベヘモットに、月影とマリーは意表を突かれたような表情を見せている。

 だが、ルーク自身は狙われる理由について理解していた。

 それは最もステータスが高いから……ではない。

 この程度のステータスの多寡で、ベヘモットはターゲットを選びはしない。

 ベヘモットがルークを狙った理由は……ルークが如何なる者かを知っていたからだ。


(最初に<月世の会>のメンバーを倒した理由が不確定要素の排除なら、次点で不確定要素を孕んでいるのはこの僕だから無理もないか)


 バビが《ドレイン・ラーニング》で覚えたスキルの数は膨大である。

 それこそ、通常のビルドで抱え込めるジョブスキルの数を凌駕している。

 何をどれほどに抱え込んでいるかも不明なスキルの数々を、超級職に匹敵するステータスのルークが全て行使できる。

 それは不確定要素であり、【獣王】に届きうる危険と認識しても不思議はない。

 しかし狙われたことよりも、その判断こそをルークは『まずい』と考えた。

 なぜならば……。


(その判断が意味するのは、【獣王】が僕達の手の内を把握しているということ。それも、一介の上級に過ぎない僕についてさえ……。どこまで把握している? こちらの能力と戦術をどこまで掴んでいる?)


 【獣王】と同等の速度で、直線ではなく時折曲がりながら、ルークはあとずさる。

 その最中も、ルークは思考を重ねる。

 

(最も勝算の高いあの戦術は【獣王】がレイさんに攻撃を放ち、レイさんがそれに生き残ることが前提条件。既存の戦術しか知らないのであれば、【獣王】は攻撃するだろう。けれどあのスキルの存在を知っていた場合……ダメージカウンターの蓄積にも手を講じなければならない)


 相手の行動から、どれだけの手札を見られているかを推察しようとする。

 思考を加速させながら、ルークは自身の推理を進める。

 そうする間にも、【獣王】は少しずつ彼我の距離を詰めていく。


(……待った。そもそも、読み取れる【獣王】のスタンスは勝利だけを求めているモノじゃない。この場において勝利を目的としていることは確実。けれどそれは、あのMr.フランクリンのような『手段を選ばない勝利』じゃない。そうであるなら、クラウディア皇女との会話中や、先の<月世の会>の殲滅中にいくらでも攻撃の機会があったし、今も僕ではなく扶桑月夜を狙う。彼女の望みはただの勝利ではなく、戦い自体を楽しむこと(・・・・・)も混ざっている)


 ルークと【獣王】は近づいていく。

 二人の速度はほぼ同等、むしろ現状ではルークが僅かに速い。

 それでも【獣王】が追いつけるのは、二人の動きが違うからだ。


(【獣王】の目的には、『全力で戦って(・・・・・・)、勝利する』という過程も含んでいる。その全力とは彼女が自身の体感で力を尽くせる状態であることと、相手の力も発揮させること。扶桑月夜を狙わないのがその最たるもの。そうであるならば、僕にできることは……)


 ルークは訓練を積んだものの、鋼魔人での高速移動を実践していた期間はそこまで長くはない。

 人間と悪魔とスライムが融合したキメラの体での、ベストな動きは未だ掴めてはいない。

 対して、【獣王】は四足の獣の体を得てから<Infinite Dendrogram>で五年近くを過ごしている。

 リアルと異なる体の動かし方への熟練度の違いが、二人の距離が詰まる理由だった。

 特に、ルークが曲がったタイミングではそれが顕著だった。


(……追いつかれるまで、体感時間であと三秒)


 距離が詰まる寸前……そして【獣王】の爪がルークに届く寸前。

 至近距離まで迫った【獣王】に対してルークは、


「…………!!」


 身を庇うように両手を胸の前で交差させて、


「――《閃光眼(フラッシュ・アイ)》」

 ――その両腕に作り出した(・・・・・)擬似的な目(・・・・・)を、強烈に発光させた。


『!』


 強烈な光に、一瞬だけベヘモットが動きを止める。

 それはバビが《ドレイン・ラーニング》によって、【フローター・スパークアイ】というモンスターから得たスキル。

 目から強烈な光を放ち、目をくらまし、【盲目】の状態異常を付与するスキル。

 ルークは身体形状を変えられる【ミスリル・アームズ・スライム】であるリズの特性により、両手に複数形成した義眼から照射したのである。

 追われて距離を詰められながらも曲がりながら退いていたのは、この照射に仲間を巻き込まない位置取りのためだ。


(一時的な目くらまし。これで条件の一つはクリア。でも、チャンスはさほど長くない)


 無論、ルークも承知している。

 【獣王】に対してはこれが一時的な目くらましにしか過ぎず、目に負うはずの【盲目】の状態異常は与えられていない、と。

 その程度の状態異常をはねのけるだけの耐性は、全身につけた特典武具のいずれかで得ていると推測できる。

 だが、発光している間だけは周囲が見えなくなることを避けられない。

 暗視ならばともかく、膨大な光の中でも見えてしまうような視界など、デメリットが大きすぎるからだ。


『…………』


 光で視界を潰されたベヘモットは、それでも焦りはしなかった。

 ルークとの距離を正確には掴めない状態であったが、音で自身の前方のどこかにいることだけは把握していた。

 ゆえに、多少の距離の誤差に囚われないスキルを使用する。

 ベヘモットが右腕を振るうと、弧を描いた爪の動きに沿うような衝撃波が前方へと放出される。

 そのスキルの名は、《ウィングド・リッパー》。

 ベヘモットのサブジョブである【爪拳士(クロウ・ボクサー)】のアクティブスキルであり、遠方に自身の攻撃力に等しい威力の衝撃波を飛ばすスキル。

 数十メテル程度の距離は飛ぶ衝撃波を、ベヘモットは牽制の一撃として放った。


 だが、そうしたベヘモットの攻撃こそを……ルークは待っていた。


【今ッ!】


 ルークは【テレパシーカフス】で叫ぶと同時に、鋼魔人の体の一部であるスライムの触手を動かしていた。

 触手そのものは《閃光眼》の使用と同時に伸ばしており、今はそれを引き寄せたのだ。


 引き寄せた触手は――レイを掴んでいた。


 そう、ルークは触手で引き寄せたレイを盾にしていた。


 ルークは、レイを盾にできるように位置を調整しながら逃げていたのだ。

 これは自らが助かるために仲間を盾にするという背信行為……ではない。

 勝利のために、絶対に必要なことだ。

 なぜならば、


「《カウンターアブソープション》!!」


 レイとネメシスの力の源はダメージカウンター。

 他者から受けたダメージをリソースとして自身のスキルを回す。

 ゆえに、ベヘモットの攻撃を受けることが必須だった。

 事前の相談により、【テレパシーカフス】で指示を飛ばせばレイは即座に《カウンターアブソープション》を発動すると打ち合わせていた。

 そして今、光の壁がベヘモットの放った衝撃波を受け止め、そのダメージをネメシスのダメージカウンターへと加算していく。

 直前の目くらましは、レイに攻撃させるためだけの布石である。

 見えている状態でのレイに対する攻撃は、より対処しづらいものになっていたであろうからだ。


「ッ!」


 ベヘモットの一撃を辛うじて《カウンターアブソープション》で受け止めたレイを、ルークは触手を動かして投げる。

 投げるしか猶予はなかった。


 既にベヘモットが追撃の姿勢に入っていたからだ。


『…………』


 自身の攻撃が受け止められたことを、ベヘモットは見えぬ視界でも察していた。

 しかし問題はない。一撃を受け止められたところで、さらに追い縋って連打を叩き込めばいいだけだとベヘモットは考える。

 今のベヘモットに問題があるとすれば、ダメージを吸ったレイと、最初の標的であるルーク。どちらへの攻撃を優先するかということだけだが……。


 そんな折、ルークはベヘモットにも聞こえるように(・・・・・・・)声を張り上げた。


「レイさん……【獣王(・・)のステータスに(・・・・・・・)届くための(・・・・・)あのスキルの準備を(・・・・・・・・・)!」


 レイの手の内をばらす(・・・・・・・)、その発言を。


 あえて、ルークはベヘモットも知らないであろうスキルの概要を口にした。

 しかしそれも背信ではない。

 ベヘモットの性格を読んで、こうするのが最善手であるという答えに至ったから。


『…………』


 自分に届くためのスキル。

 その言葉に、間違いなくベヘモットの意識……警戒よりも興味が強い感情がレイに向けられた。

 ルークもまた、それを悟る。

 『全力での戦いを楽しむ』ことも目的の一つであるベヘモットならば、こう言っておけばあえてスキルの発動を見逃す(・・・)のではないかとルークは推理していた。

 だからこそ、ベヘモットを殺す類のスキルではなく強化型のスキルであることを示唆し、ベヘモットの思考を誘導していたのだ。

 これが月夜の《聖者の帰還》のようにスキルの発動が死を意味するものであれば、ベヘモットも勝利のために発動を潰そうとしただろう。

 だが、そうではないと分かっていれば……勝利を目指しつつも戦いを楽しもうとするその性質から、ベヘモットはそれが如何なるものか見定めた上でぶつかろうとするとルークは推測した。

 ブラフでないことも、《真偽判定》を持っていれば分かるだろう。

 そして今、ベヘモットの意識の動きが自身の誘導に沿ったものであることを、ルークは確かに視た。

 ベヘモットはレイに興味を向けつつも、攻撃のターゲットからは明確に外した。

 これでレイのスキル発動は見過ごされるとルークは安堵し、


 ――自身を射程距離に捉えたベヘモットを直視した。


「……フゥ」


 ルークには……こうなることが最初の一手で分かっていた。

 ベヘモットが王国側の手の内を調べ、不確定要素として真っ先にルークを狙った時点で、ルークにはデスペナルティになる未来しかないと分かっていた。

 リズのスライムゆえの物理耐性で生き残る……などということは全く考えていない。


(相手は【獣王】、皇国の討伐一位。少なくともお兄さんと同程度には特典武具を保有しているはずで、装いを見れば理不尽な着ぐるみ縛りなどもない。そうであるなら、当然のように耐性突破の武器の一つや二つは持っているはず……)


 ルークの推理は正しい。

 ベヘモットの装備した半透明の爪の名は、神話級武具【双月爪刻 クレッセント・グリッサンド】。

 その性質は、ダメージ選択式(・・・・・・・)の非実体武装。

 装備スキルの一つ、《紅月ノ刻》はベヘモットの攻撃を物理的なダメージから、HPへの直接(・・・・・・)ダメージ(・・・・)に変換する。

 相手の防御力との引き算は行うが、物理耐性スキルに関わりなくHPを直接削る。

 ゆえに、直撃を受ければ鋼魔人と化したルークであろうと容易く致命傷を負う。

 加えて、ベヘモットはサブジョブである【爪拳士】の奥義、《タイガー・スクラッチ》を使用している。

 それは自身の攻撃の後に、同じ性質と属性……そして威力を有した二枚の光刃による追撃を発生させる。

 ベヘモットのステータスで放つ、耐性無視の三連撃。

 スライムの体や【ブローチ】があっても、生路は存在しない。


(詰み。……でも僕に出来ることはやった。レイさんのダメージカウンターの蓄積と、スキル使用の猶予を得ること。今の僕なら、彼女相手にここまでできれば上出来だ)


 至極冷静に目の前のベヘモットを見ながら、ルークはそう考える。

 同時に、巻添えでリズを失わないために《ユニオン・ジャック》を自ら解除する。

 元のステータスに戻り、一気に減速したルークには……もうベヘモットの動きを捉えることはできない。


 気づけば、一瞬で五体を粉砕されていた。


 【ブローチ】など、発動したかどうかも認識できない。


 一瞬もない蘇生可能時間の中、


(ああ、でも。デスペナルティになるのは初めてだったな……。それは少しだけ、悔し……)


 最後にそう考えて……ルークはデスペナルティになった。


 王国側の<マスター>は、残り五名。


 ◇


oneまずはひとり


 ルークを仕留めても、ベヘモットはそこで動きを止めなかった。

 周囲を見た視界から、月影とマリーの二人の姿が消えていたからだ。

 先刻の《閃光眼》でベヘモットの視覚が潰されていたタイミングで、月影は影に潜り、マリーは《消ノ術》で姿を消したのだと悟った。

 消えてからルークが殺される前に攻撃を仕掛けてこなかったのは、ルークの目論んだレイのダメージカウンター蓄積とスキル発動の準備を潰させないためだとも悟っている。

 ゆえに、ルークが倒された今、どこかから二人が襲ってくるのは明白だった。

 ベヘモットは動き続け、急所への不意討ちを避けんとする。

 攻撃よりも回避を優先。今は何者も狙わない。

 そもそも、レイに関してはそのスキルを見たいという欲求があり、月夜は最後と決めている。

 残る一人であるバルバロイは耐久型であり、《フェイタルディフェンダー》や【身代わり竜鱗】など、装備を損耗しながらの防御に徹されれば《タイガー・スクラッチ》を使用しても一度では倒しきれないかも知れず、撃破の際に自らの足が多少は止まりかねないと考えたためだ。

 どの道、月影はともかくマリーの《消ノ術》はSPの消耗が激しい。

 どこかで必ず息切れして、姿を見せるはず。

 そう考えながらベヘモットは駆け回り、その時を待っていた。


 そうする間に、体感時間(AGIの差)で遅れをとっていたレイもまた……次の動きを始めている。


「……ルークッ!」


 光の塵となって消えていくルークを見送るレイには……分かっていた。

 ルークが自分にスキルを使う猶予を与えるために、あのように動き、そしてその身を犠牲にしたことを。

 レイは歯を噛み締めながら……しかし今の己がすべきことを知っている。

 ルークが勝利への可能性を託してくれた自分達の新戦術を――今こそ“最強”を相手に使うときなのだ、と。

 ゆえにレイは、ネメシスに告げる。


「……やるぞ、ネメシス。第四形態(・・・・)だ!」

『応!!』


 レイの言葉に応じて、大剣だったネメシスが解ける。

 黒い粒子を浮遊させ、レイの背後の一点に集中させながら……新たな形を作り上げる。


『Form Shift 【Black(黒翼) Mirror(水鏡)】』

 そうしてネメシスが変じたのは、一対の翼のような鏡縁を備えた丸い()だった。


『……!』


 月影とマリーからの不意討ちを警戒するベヘモットも、その変化は見ている。

 レイの背後に、ネメシスの変じた鏡が浮遊していた。

 まるで黒い水を湛えたように、鏡は何も映していない。


『ターゲット指定! ダメージカウンターセット! 指定ステータス……“AGI”!!』


 だが、ネメシスの言葉と共に、鏡はその表面を波打たせる。

 その波紋が収まった時、鏡にはベヘモットの姿が映し出されていた。


 ネメシスが準備を整える間に、レイもまた動く。

 身に纏っていた【黒纏套 モノクローム】を《シャイニング・ディスペアー》の砲身へと変形させ、左腕に装着する。


 そうしてセッティング(・・・・・・)を終えたレイとネメシスは、


「『――《追撃者は(チェイサー・フロム)水鏡より来たる(・ミラーリング)》!!』」


 上級への進化で獲得した新たなスキルを――圧倒的強者に対抗するために生み出したスキルを宣言した。


 To be continued

(=ↀωↀ=)<第四形態登場


(=ↀωↀ=)<あまり関係ないけど執筆中の作業BGMは『夢色チェイサー』だったそうです

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― 新着の感想 ―
出ましたね、第四形態…!ダメージを受け止める必要はあれど、その能力は破格…レイ氏にとっては無くてはならない能力ですねぇ。
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