第十七話 管理AI VS 管理AI 前編
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□■国境地帯・森林部
TYPE:インフィニット・レギオン、【無限増殖 グリマルキン】。
第八形態……<無限エンブリオ>に到達した<エンブリオ>の一体であり、その特性は増殖分身。
トム・キャットとして第六形態相当に出力を落とした現状であっても、八体の分身を独立して動かし、欠ける度に増殖して補うことが出来る。
トムを倒しきるには、広範囲の大規模攻撃で全ての分身を一度に撃滅するか、増殖よりも速いスピードで削りきるしかない。
だが、それは至難。彼が壁となっていた王国の決闘ランキングにおいて、それを成しえたのがただの二人だけであったこともそれを物語っている。
しかし――クロノ・クラウンには増殖を上回る撃破が可能だった。
「ッ!」
クロノの姿が消えた次の瞬間、八人のトム全員の頭部の傍に――爆弾が浮いていた。
トム達は咄嗟に飛び退くが、ほんの僅かな時間差で爆発した爆弾のうち、前の四発に該当する四人のトムが頭蓋を吹き飛ばされる。死んだ分身は、ネコに姿を変えて消えていく。
(危ない、な……!)
八人の意識がリンクし、一人目の目の前に爆弾が置かれた時点で残りの七人が反応できていなければ、全員爆死していただろう。
(……やっぱり、相性は悪いか!)
<エンブリオ>には、どこまでいっても相性差がつきまとう。
それは<無限エンブリオ>でも同じ。
出力が同じならば、能力の方向性が有利と不利を明確にする。
己の増殖速度よりも相手の撃破速度の方が速いことは、かつてグリマルキンが無限になった後の訓練の結果でトムにも分かりきっていた。
トムは即座に《猫八色》による分身を行って数を補充するが……、更なる爆弾の追撃でまたも四人のトムが消し飛ぶ。
ほんの一手でも対応が遅れれば、そのまま人数を減らされて押し切られるだろう。
(……爆弾か。思ったよりも彼の能力と食い合わせがいいね)
まるで時間でも止められたかのように、一斉に配された爆弾。
それを成しえたのは、言うまでもなくクロノの<エンブリオ>としての能力。
彼の本体の名は【無限時間 クロノス・カイロス・アイオーン】。
対象の時間……が経過する速度をコントロールする<エンブリオ>である。
クロノが手にした『χρόνος』と『καιρός』は本体の子機であり、<無限エンブリオ>としてTYPE:インフィニット・ワールドに至る前はTYPE:ワールド・ルール・カリキュレーターという三重複合型だったことの名残。
右手の『χρόνος』は通常の時計の二倍速で、左手の『καιρός』は一〇倍速で針が文字盤を回っている。
両手の懐中時計の有り様は、そのまま能力を物語っている。
右手の『χρόνος』は《世界時間加速》で周囲一帯の選択した対象を……自身と起爆する爆弾、そして触れる空気の時間経過を二倍速に。
左手の『καιρός』は《主観時間加速》で自身のみを一〇倍速にしている。
つまり、二つのスキルを併用したクロノのAGIは通常の二〇倍。
速度に特化したアバターの元のAGIが一三〇〇〇前後であることを踏まえれば、二六万という破格の速度で自在に動き続けられる。
トムも超音速機動を可能とするAGI型ではあるが、速度が違いすぎて視界に捉えることすら容易ではない。
加えて、トムは知っている。
(向こうはまだ通常稼動。必殺スキルによる最高速度を出していない……)
トムの知るとおりならば、必殺スキルを使用すれば左右の時計それぞれがさらに倍速を叩き出す。
そうなればAGI一〇〇万オーバー、間違いなくこの世界でクロノより速い存在はいない。
(……それでも欠点はある)
トムにとっては同じ<無限エンブリオ>として何千年と付き合いがある相手。
アバターとしての戦いは初めてでも、特徴と弱点はすぐに理解できていた。
ましてやトムは、管理AIの中で最も長くアバターでの活動を行っていたのだから。己の経験と、自分が知る相手の能力を擦り合わせて予測することは難しくない。
(小さい欠点は、懐中時計で両手が塞がっていること)
スキルを行使するための懐中時計を持っているがために、両手が使えない。
だからこそ、クロノは足を……金属製のブレードブーツを武器にしている。
それでも、指の間に爆弾や【ジェム】を挟む程度には使えているため、これはさほど欠点とは言えない。
だが、より大きな欠点は別にある。
(……そして、アバターの体ではその速度を活かしきれないみたいだね)
速度だけで言えばトムとクロノの差は二〇倍以上。
八体の分身の悉く倒されていても不思議でないはずのトムが、未だ分身を削りきられていないことには理由がある。
(さっきから爆弾しか使ってこない。やっぱり、直接攻撃は減速の必要があるみたいだ)
最高速度を発揮するクロノに欠点があるとすれば、その一点。
どれほど速かろうと、その速度を攻撃に活かすのは今やっているような爆弾の設置が関の山だ。
なぜならば……。
(AGIに特化したそのアバターの耐久力では、音速の数十倍なんてスピードで相手にぶつかったら無事ではいられない)
速くぶつかればそれだけ衝撃は大きいという、至極当然の物理法則によるもの。
これがSTRによって攻撃力を発揮するならば、自分の攻撃の反動にも肉体は耐えられるだろう。
高速でぶつかるにしても、ある程度見合った耐久力……AGIの十分の一程度でもENDがあれば耐えられるだろう。
だが、クロノの戦闘速度は、彼の耐久力に比して速すぎる。
二六万オーバーという破格のAGIを叩き出しながら、AGIに特化したアバターのENDはギリギリで四桁程度。
だからこそ、直接攻撃の際は加速状態で相手の死角にまで接近した後、相手と話せるほどに減速してからブレードで斬りつける。
そうでなければ、相手を蹴りつけるクロノの足にも重大なダメージが生じてしまうから。
加速状態のクロノは爆弾を放り投げる間接的な攻撃に終始しているのもそれが理由だ。
同様にAGIのみが跳ね上がる戦闘スタイルをとる“王国最速”のカシミヤの場合は、自身のAGIと同値だけ相手のENDを差し引く《剣速徹し》を使用し、『ぶつかる反動や抵抗が存在しない』状態にしてから相手の首を切断している。
そんなジョブスキルは持ち合わせていない、管理AIのアバターであるがゆえに持ち合わせることが出来ないクロノにその戦術は使えず、攻撃は減速後か間接的かに絞られてしまう。
それが、【無限時間 クロノス・カイロス・アイオーン】にとって最大の欠点だった。
(もっとも、その欠点は今だけのものだけど)
これは第六形態までに出力制限されている現状だからこそ存在する欠点。
仮に【無限時間】が第七形態以上の出力を発揮するならば、この弱点は雲散霧消する。
(彼のメインウェポンである《時壊剣》は、今の出力では使えない。……ベースの火力が低い今ならば押し切れるか……あるいは耐え切れると思ったけれど)
しかし、メインウェポンが使えない現状でも、クロノはトムを圧倒している。
今のトムは爆破されながらも回避し、逃走し、何とか分身の数を維持している状態……防戦一方だ。
油断した……とは言えない。
しかしクロノは予想を上回っている。
アバターとしての経験の差は、トムの方が圧倒的に上だ。
だが、クロノには自身の能力をアイテムで補強する戦法がある。
爆弾と【ジェム】の使用がそうであるし、空中で跳ねているのもアイテムの効果だ。
(……恐らくは、《空中跳躍》の類のアクセサリー。加えて、着地の反動を軽減する何らかの装備スキルも身に着けているね)
クロノは本来、己の肉体すら持っていなかったからこそ、この<Infinite Dendrogram>を旅した短期間で新たな力を身につけている。
(戦い方は僕より上手いかも。……ていうか、僕は基本的に増殖分身のゴリ押ししかできないからなー。『いくらでも湧いて出るな。無尽蔵か。しかし恐ろしくはない。むしろ詰まらん。飽きる。もっと変化を出せ』とか、【覇王】にも散々言われたっけ)
三強時代……【猫神】シュレディンガー・キャットとして活動していた当時は<超級エンブリオ>に相当する出力であったので、分身の最大数は八〇〇だったが……それでもティアン相手にそんなことを言われていた。
もっとも相手の方こそティアンと言うには規格外に過ぎたのだが。
(……演算能力の方向性の問題でもあるかな)
先刻から戦況分析だけでなく過去の回想等をしながらも、防戦に回るトムの動きには一切の乱れがない。
並列思考と並列作業を得手とするがゆえに、思考しながら八人分の体を動かすことなど造作もないのである。
(結局、僕は量に特化したタイプだから、戦闘技術の質を高められない)
仮に分身の一人一人が、彼がこの<Infinite Dendrogram>で見てきた人智の外にある達人達の域に達していれば、クロノが音速の数十倍で動こうと対応はできただろう。
だが、現状でそれができていないのなら、別の手段をとるしかない。
「トム・キャット! 僕を止めるというのは、その防戦一方の時間稼ぎのことかッ!」
「さーてね。案外、こうしている今も罠を仕掛けている真っ最中かもしれな……」
一瞬だけ減速したクロノの声に応えると、トムの背後で《クリムゾン・スフィア》の【ジェム】が起爆して分身を灰へと変える。
連鎖するように、さらにトムが爆散していく。
(……使い捨てのアイテムをよくもこれだけ。レジェンダリアとドライフで買い集めて回ったのか。それとも生産者に伝手でも作ったのか。この数年でそこまでできているのは、流石だよ)
勝負はトムの分身が尽きるのが先か、クロノのアイテムが尽きるのが先かという様相を示し始める。
だが、トム自身にはそんな根競べをするつもりはない。
(だけどね、クロノ。君が使ってるのは、今のティアンが作った生産アイテムだ)
トムは知っている。
戦争の道具に関してはかつて大陸全土で戦乱が巻き起こった時代、……チェシャがシュレディンガー・キャットとして活動していたあの時代の方が遥かに恐ろしい、と。
しかし、それこそはクロノが決して知らない時代だ。
加速のためにその全能力を使い、意識すらなかったクロノでは……知ることすらできない兵器の数々。
今はもう残っていない、悪夢の数々。
「…………なんて、ね」
トムは幽かに自嘲する。
そうした道具を……後のバランスを崩しかねないものを潰して回ったのは自分達だったな、と。
(それを今から使おうというのだから……僕も面の皮が厚いね)
だが、そうでなければ暴走するクロノを止めることなどできはしない。
「久しぶりだよ、これを着るのは」
トムの一人が絹の如き質感の透明な外套をアイテムボックスから取り出し、身に纏う。
瞬間――そのトムの姿が掻き消えて、気配さえも消滅する。
それはトムが有する装備の中でも彼の戦術にとって最も重要なものであり、【ノーバディ・ウィスパー】という名の魔法装備である。
彼がかつて三強時代にシュレディンガー・キャットとして活動していた頃、とある超級職の元に素材を持ち込み、作製を依頼したもの。
高レベル相当の《気配遮断》によって装備したものの気配を消し、《光学迷彩》で姿をも隠す装備である。
隠れるだけの装備とも言えるが、トムが使えば分身を常に一体は隠したまま増殖分身を繰り返すことが出来る。三強時代のシュレディンガー・キャットを支えた装備である。
しかし普段ならば、彼がこれを使うことはない。
決闘で使うにはあまりにも強力であるし、そもそもシュレディンガー・キャットの名と共にその逸話が語られており、使うことそのものに問題があるからだ。(付け加えれば、視覚でも気配でもない探知能力を有していたであろうカルチェラタンの煌玉兵に対しては、無意味なので使用しなかった)
だが、相手が事情を知る同僚ならば話は別だ。
(そして……こちらは死蔵しておくつもりだったけれど、君を止めるためなら仕方ない)
隠れた一人を除く七人の分身が懐のアイテムボックスに手を入れる。
トムのアイテムボックスは、全ての分身が持っているものの中身は共通。
ゆえに、【ノーバディ・ウィスパー】のように他の分身が取り出したものを取り出すことは出来ないが……彼らが取り出そうとしたものは人数分ある。
七人のトムが取り出したのは――首輪。
露骨なまでの瘴気を放ち、呪われていることを隠しもしない呪具。
七人のトムは躊躇わず――装着前に三人が爆死しながら――それを首に嵌める。
直後、首輪を嵌めた四人のトムも、クロノの爆弾によって死に至り――。
【《無理心中》――起動】
首輪が、歪んだ音を立てた。
To be continued




