第十三話 講和条約、そして……
(=ↀωↀ=)<加筆された本編と書き下ろし中編が入った五巻は
(=ↀωↀ=)<九月三〇日発売ですー
(=ↀωↀ=)<なお作者は毎度おなじみツイッターキャンペーン用SSの執筆中ですー
追記:
(=ↀωↀ=)<ちょっと修正し損ねていた箇所がありました
(=ↀωↀ=)<第二条件(初期)の期間指定の始端はないのが正しいですー
□【聖騎士】レイ・スターリング
――『<マスター>の指名手配の解除』。
それが、皇国の挙げた第二の条件だった。
より正確には、『今回の講和条約成立までの期間に、王国と皇国で指名手配された<マスター>の指名手配解除』と記されている。
「…………?」
それは、前日の俺達の話し合いでは考慮にすら上がらなかったことだ。
てっきり王国の併合や、アズライトとの婚姻に関連した条件が盛り込まれると思っていたが……。
「……この条件にした理由を聞いてもいいかしら」
「簡単な話ですわ。王国と皇国で指名手配の統一がなされた場合、我が国の<超級>は二人も欠けることになりますもの。今後、王国と戦争する気はありませんけれど、カルディナをはじめとした他国の動きもありますもの。あれらの国に対し、<超級>という戦力を減らすことは、皇国にとって防衛力の重大な欠如に繋がりますわ」
皇国がそれを求める理由は理解できた。
この条件は王国で指名手配された皇国の<マスター>の、皇国で指名手配された王国の<マスター>の罪を免除するということだ。
つまり、フランクリンや【魔将軍】の罪がなかったことになる。
誰の《真偽判定》が発動した様子がなく、ルークからもそれが嘘であるという報せがない以上、クラウディア殿下は本心から王国との戦争のためではなく、他国への備えとしてあの二人を欲しているのだろう。
……しかしそもそも、あの二人が指名手配になったのはテロを仕掛けてきたからではないかという思いが強く、憤りは感じる。
「…………」
アズライトもそれは同様であるだろう。
だが、条件としては併合や婚姻よりも余程軽いのも事実だ。
講和条約が成らなかった場合も、あの二人は野放しになるのだから。
今後のテロの予防を思えば、ここで罪を免除するというのも仕方ないことかもしれないが……。
『……待った』
しかし、俺やアズライトがそうして悩んでいると、俺の隣にいた兄が発言した。
講和会議が始まってから、兄はこれまではクラウディア殿下の後方にいる【獣王】とレヴィアタンを注視しているだけだったが、なぜ今発言したのだろうか。
「なんですの? 護衛の方は講和会議の最中に発言しないでほしいのですけど」
クラウディア殿下は困ったような、むくれたような、少しだけ子供らしい表情で非難した。
だが、兄はそれには構わなかった。
『悪いが、ここでノーコメントはできないな。……姫さん、もしも気づいてないなら、その指名手配の解除は絶対にやめておけ』
「気づいて、ない?」
『条約締結までに指名手配になった<マスター>の指名手配解除だが』
兄は着ぐるみの内側で苦い顔をしながら、アズライトの手元の資料の第二条件を指差した。
『それが成立した場合、俺が“監獄”に送った【犯罪王】や、そこのグラサンが倒した【疫病王】も……指名手配が解けて王国のセーブポイントを使えるようになるぞ』
「……!?」
言われて、気づく。
そうだ。<マスター>が“監獄”に送られるのは、指名手配によって既存のセーブポイントが使用できなくなり、“監獄”にしか行き場がなくなるからだ。
もしも、“監獄”に入った後で罪が免除されて、外のセーブポイントが使えるようになったら……“監獄”の犯罪者はどうなる?
外に、出られるようになるのか?
きっと、それが実現したケースは未だないだろう。
だが、その恐れがある以上、この条件はとんだ地雷だ。
見れば、マリーも苦虫を噛み潰したような顔をしている。【疫病王】がそれほどの相手ということだろう。
同時に、兄の必死さから【犯罪王】の恐ろしさも感じ取れる。
そうして、この第二の条件に隠された危険性に気づいた俺達に対し、クラウディア殿下は……。
「それはたしかに危ないですわね! 分かりましたわ! では条件を変更しましょう!」
あっさりと、条件を撤回した。
「でしたら皇国に在籍している<超級>の指名手配だけで結構ですわ。王国で事件を起こしてしまった方達ですけれど、皇国にはまだ必要な人材ですもの」
クラウディア殿下はそう言って条件を修正した。
その後ろでは、『皇国にはまだ必要な人材』という発言に対して【魔将軍】が胸を張っている。
「この場でそんなにあっさりと変えてしまってもいいのかしら?」
「構いませんわ。お兄様から裁量権は預かっておりますもの。この場で条件の穴を埋めるくらいは余裕ですわ!」
そう言って、今度はクラウディア殿下が胸を張った。
【最初から織り込み済みの穴だった可能性もあるがな】
【なるほど……】
兄から【テレパシーカフス】で伝わってきた言葉に、納得する。
最初に大きな要求をして相手に拒否させ、その後にスケールダウンした要求を提示して呑ませる。交渉ではベーシックなテクニックであり、素人でも聞いたことはあるものだ。
現に、多少の心理的障害があったフランクリンと【魔将軍】の指名手配解除も、今はすんなりと通りかけている。
見れば、第二の条件を通す代わりに新たな譲歩を引き出す流れになっているので、その折り合いがつけば講和条約はなるだろう。
終わってみれば、王国としては最初から受け入れる準備ができていた旧ルニングス領の放棄だけで事が済み、極めて平和的な流れだ。
皇国との戦争の危機も、テロの危険も、これで遠いものとなるだろう。
……だが、なぜだろう。
何かを、見落としている気がする。
結局、皇国の第二の条件を通す代わりに、賠償金の増加や資源の譲渡が皇国の新たな譲歩として追加された。
それと皇国の第二条件以外は、補則も含めて王国が提示した条件で了承されている。
元より一致点が多かったため、詰めるまでに掛かった会議の時間は精々で二時間程度であり、国家間の戦争の終結を掛けた協議としては短いものであっただろう。
最終的には、次のような講和条約となった。
◇
○講和条約
アルター王国とドライフ皇国の二国間で、今後百年に亘る戦争行為を禁ずる。
戦争行為には、下記のものが挙げられる。
① 講和条約締結後の相手国を対象とした<戦争結界>の起動。
② 講和条約締結後の相手国への軍の侵攻。
③ 講和条約締結後の相手国領土の不法占拠。
④ 講和条約締結後の<マスター>への相手国を対象とした武力攻撃、要人誘拐依頼。
又は、国家に所属する<マスター>を誘導しての武力攻撃、要人誘拐。
○講和条件
条約締結に伴い、アルター王国とドライフ皇国は下記の行為を実行する。
① アルター王国は旧ルニングス領の領土権利をドライフ皇国に譲渡する。
② 講和条約締結後、両国の間で指名手配を共通化する。
(④の条件に該当する者は、指名手配解除まで共通化を免除)
③ ドライフ皇国は、一週間以内にアルター王国に付記された賠償金と資源の譲渡を行う。
④ 講和条約締結後、一週間以内にアルター王国は次の二名の指名手配を解除する。
【大教授】Mr.フランクリン
【魔将軍】ローガン・ゴッドハルト
◇
テロをする余地は可能な限り埋めてある。
この内容の【誓約書】に両国の国家元首かその代理人が署名すれば、講和条約は締結される。
王国の場合は国王代理である第一王女のアズライトが、皇国の場合は皇王から全権代理人として派遣されたクラウディア殿下がそれに該当する。
「できましたわ♪」
まずクラウディア殿下が【誓約書】に『クラウディア・L・ドライフ』とサインし、【誓約書】がアズライトに渡される。
アズライトは文面を確認して、交渉の内容と相違ないかを確認している。
見た限り、内容に間違いはない。
アズライトもスキルや道具を交えて細かに確認しているようだ。
「もう! そんなに熱心に調べなくても、【誓約書】に細工なんてしていませんわ!」
クラウディア殿下がそう発言し、それに誰の《真偽判定》も発動しなかったらしく、アズライトは少し安心したように息を吐いた。
「……そのようね」
アズライトが筆をとる。
このまま何事もなく署名が終わり、講和条約は締結されるだろう。
しかしやはり……署名しようとするその姿に、なぜか強い悪寒と危機感を抱く。
何だ、何を……見落としている……?
『レイ?』
俺の中の危機感の正体が分からないまま、アズライトは筆の先を【誓約書】につけて――。
「……あ」
そのとき、俺の視界に【魔将軍】が入った。
同時に、以前にマリーと交わしたある会話がフラッシュバックする。
その瞬間――。
「……待った!!」
それを思い出した瞬間……俺は発作的にそう叫んでいた。
署名をしようとしていたアズライトはその筆を止め、驚いたように俺を見る。
会場中の視線も、俺に集まる。
それらのほとんどは疑問によるものだったが……。
――クラウディア殿下の視線だけは機械のような冷たさを放っていた。
「……急に叫ばれると困ってしまいますわ。これは講和の成る瞬間、歴史の一ページですのに。そのように冷や水を浴びせられるとは思いませんでしたわ。兄弟揃って何なんですの?」
「レイ……?」
クラウディア殿下は煙たそうに、アズライトは心配そうに俺を見る。
だが、それでも叫ばなければならなかった。
気づいてしまったから。
【魔将軍】を見た瞬間、それを決闘で倒した人物のことに。
かつて、マリーはその人物のことをこう語っていた。
――ちなみにこの“四海封滅”ですが、グランバロアの国宝を盗んで国外逃亡してますね。むしろ今はそっちの方で有名な指名手配犯です。
【魔将軍】を倒した人物、現在の皇国の決闘一位。
国際指名手配の――【盗賊王】。
「何で……」
「?」
「何で……皇国の第二の条件に、【盗賊王】が入っていないんだ?」
何で指名手配を解除する皇国の<超級>の中に、【盗賊王】の名前がないのか。
そもそも、ついさっき……クラウディア殿下自身が言っていたことだ。
――簡単な話ですわ。
――王国と皇国で指名手配の統一がなされた場合、
――我が国の<超級>は二人も欠けることになりますもの。
最初から……、国際指名手配であり、王国でも指名手配されているはずの【盗賊王】が数に入っていなかった。
そしてそのことに対して、《真偽判定》が発動することもなかった。
「…………」
俺の言葉に、クラウディア殿下――クラウディアの視線は更に冷たさを増し、アズライトは気づいたように【誓約書】を確認する。
「あらあら。たしかにありませんわね。ほら、あの方は王国で事件を起こしていませんから」
「違う、だろ?」
その中に、【盗賊王】の名前がないのは、忘れていたからではない。
「講和条件が完璧に読み切られていた時点で、気づくべきだった」
その衝撃そのものに呑まれていたためか
あるいはそれすらも策謀の内だったのか。
「読み切られていたら、逆手に取られるってことを」
「何をおっしゃりたいのかしら?」
クラウディアは小首を傾げているが、しかしそれはきっと本音ではない。
俺が何を言いたいかなど、きっともう分かっている。
「王国の第一の条件で、講和条約締結後の依頼に関しては言及している。だけど……」
そこに最大の盲点が……読みきられていたからこそ存在する穴がある。
「講和条約の締結前に依頼されていた場合は……別だ」
「ッ!」
講和条約で禁止されているのは、条約締結後の依頼。
予め依頼しておき、条約締結後にそれが行動に移されることに関しては……言及がない。
「こっちの考えを読み切っていたのなら、あるいはその場で誘導する自信があったのなら、事前にテロを依頼しておくことはできる」
「けれどレイ。そうだとしても、それは皇国による攻撃。講和条約そのものに抵触する恐れも……」
「ない」
アズライトの言うとおり、たしかに講和条約の中には『国家に所属する<マスター>を誘導しての武力攻撃、要人誘拐』という一文もある。
依頼そのものが講和条約の前であっても、こちらに抵触する恐れはあるだろう。
だから……。
「だから、【盗賊王】の名前がそこにない」
「…………」
「――【盗賊王】が、既に皇国に所属しないフリーの<マスター>になっているからだ」
だからさっきの発言でも、今も、【盗賊王】について言及されなかった。
既にフリーである【盗賊王】も絡めて皇国の防衛力が……などと言えば、《真偽判定》に掛かる恐れがあったからだ。
「事前に受けた依頼だから、そして皇国に所属していないから講和条約に違反しない。だから、講和条約の締結後に【盗賊王】が王国で何をしようと……【誓約書】のペナルティは皇国に発生しない」
無論、皇国側が王国の思惑を読み切れない可能性はあっただろう。
全く別の、あるいはこの欠点を埋めた条約になる可能性もあっただろう。
そのときは依頼の停止命令を出せばいいだけだ。
攻撃命令ではなく、攻撃を停止する命令ならば、条約に引っかかることもないだろうから。
「そして、ここからが最大の問題だ」
そう、【盗賊王】が動けることはあくまで前置き。
王国にとって最大の問題は、講和条約そのものにある。
「あのフランクリンの事件のように……【盗賊王】によって誰かが皇国に連れ去られたとしても、取り戻せない」
もしも誰かを奪われれば、取り戻せない。
あるいは、極めて不利な交渉を強いられることになる。
なぜなら……。
「講和条約が結ばれていれば、それに対しての報復活動の一切を王国は封じられる」
「あ……」
その問題に気づいたのか、アズライトが声をあげる。
戦争を再開することはできない。
取り戻すために、皇国へと<マスター>を派遣することもできない。
講和条約によって、皇国を攻撃すれば王国にペナルティが生じるのだから。
平和のための講和条約で、逆にその動きを封じられる。
ある意味で、降伏や併合よりも条件はいいだろう。
なぜなら、一つの国になればその内に反抗勢力を抱え込むが。
講和条約という鎖で縛られた敵対国家ならば、その牙は決して皇国に届かない。
ああ、今なら分かる。
会議の開始前に、クラウディアがアズライトに挨拶しに来たのはそのためだ。
――だって、きっと皇国と王国の願いは一緒ですもの。この講和会議で事を荒立てるなんてあるはずありませんわ!
あの発言に嘘がないと、《真偽判定》で知らせるためだ。
ああ、それはそうだろう。
両国の願い……穏便な講和条約の締結は一致している。
事を荒立てずに、講和会議を終わらせたいとも考えている。
この講和会議にも罠など何もないだろう。
なぜなら、皇国の罠は講和条約が結ばれてから効果を発揮するからだ。
表面上はひどく平和的で――何よりも悪辣な策だ。
「……それが真実である証拠はありますの?」
「証拠は、ない」
これは俺がクラウディアの発言と、【誓約書】に記載された条件の盲点から考えたこと。
できるというだけで、証拠などあるはずもない。
だから……。
「俺の推測が何もかも間違っているなら、ここで『何もかも間違っている』と明言してくれ」
嘘があれば、《真偽判定》によってそれと分かるから。
「そこに偽りがなければ、俺は勝手な妄想で講和会議を乱したバカとして“監獄”にだって入ってやる」
もしもこの懸念が妄想に過ぎないのであれば、そうなっても惜しくはない。
「…………」
俺の言葉に対しての、クラウディアの返答は……。
「――全部正解ですわ」
全肯定であった。
「クラウディア、アナタは……!」
「……フランクリンから、『土壇場で恐ろしく頭の巡りがいい』とは聞いておりましたけど。まさかそんな些細な点から気づかれるとは思いませんでしたわ。お兄様の立てた計略、見破るなんて大したものですのね」
「……そうでも、ないさ」
恐らく、普段なら兄やルークでも気づけただろう。
だが、兄は【獣王】の一挙手一投足に気を配っていたし、ルークは内面が見えないと言っていたクラウディアに集中していた。
二人とも条約そのものの欠点にまで注意を回す余裕がなかっただけ。
その状況で、俺が偶然にも気づいただけだ。
現に今も、兄は無言のまま注視している。
既にこの場の状況が――講和会議ではなくなりかけているからだ。
「講和が成れば、被害の合計は最も少なかったですのに……仕方ありませんわね」
クラウディアはそう嘆息して、
「ならばあなたをきっかけに、私が引き鉄を引いて、事態を動かしますわ」
いつかのフランクリンのように何かのスイッチを取り出し、
「本来なら彼女は講和条約が成ったという報せで動く手筈でしたけど――プランBに変更ですわ」
――何かの始まりを、あるいは終わりを告げるようにそれを押し込んだ。
To be continued
(=ↀωↀ=)<余談
(=ↀωↀ=)<初期プロットだとプランAだった模様




