第十二話 講和会議開催
□【聖騎士】レイ・スターリング
「フハハハハハハハッ! 待っていたぞ! “不屈”ゥ!!」
講和会議の会場についた俺達を迎えたのは、聞き覚えのある声と聞き覚えのないテンションで放たれた大笑だった。
その声の主は講和会議の会場へと続く道に仁王立ちした赤髪の偉丈夫、……【魔将軍】ローガン・ゴッドハルトだ。
「…………」
「フフフ、見たところ貴様のレベルは下級職二つ分程度しかアップしていない上に、装備の更新すらろくに行っていないようだな! だが、俺は違うぞ! 俺は生まれ変わり、あの日とは別物と言っていいほどにパワーアップしたのだ!」
「……………………」
「……む? だが<エンブリオ>の衣装が変わっているな! さては上級に進化したか! だが、その程度のパワーアップではこの俺に勝てんぞ!」
……こいつ、意外と目敏いな。
ちなみに奴が言うように、ネメシスは上級に進化してメイデン状態で身に纏う衣服が少し変わった。
しかし外見の変化はそうして服のボリュームが増えた程度であり、本人の容姿は全く変わっていない。
そのことをネメシス自身は少し悩ましげにしていた覚えがある。
「貴様とフランクリンのせいで被った汚名を晴らす日を待ち続けていた! さあ! リベンジマッチだ! ここで貴様を倒して今度こそ俺の実力を証明して……」
『stfu』
「立場とTPOを弁えなさい」
俺を指差した【魔将軍】がさらに言葉を述べようとしたところ、背後から近づいた何者かがその首を掴んだ。
「…………!」
【魔将軍】の首は万力で締め付けられるように窄み、声も出せない状態になっている。
それを為したのは……かつてギデオンで兄と再会したときにも見かけた女性だった。
左手で【魔将軍】の首を絞めながら、右手であのヤマアラシを抱いている。
……いや、違う。兄から既に聞いている。
彼女達こそが【獣王】。【獣王】ベヘモットと、そのメイデンであるレヴィアタンだ。
「……そうと知ってから見た今ならはっきりと分かるな。あれは同類だ」
俺の隣にいたネメシスはそう言ってレヴィアタンを見た。
扶桑先輩のカグヤと同様に、<超級エンブリオ>にまで到達したメイデン。
最初に見たときは恐らく、自らの正体を隠蔽する類の装備かスキルでも使っていたのだろう。
今の彼女から伝わってくる威圧感は、あの時とはまるで違う。
カグヤがこちらを圧倒する巨大な月の如き存在だとすれば、レヴィアタンは天の星すら砕くのではないかと思えるほどの暴力の化身。
それがギリギリのところで大人しくしている……そんな印象だ。
緊張のせいか、手のひらの内側にジットリと汗が滲む。
……これが<Infinite Dendrogram>における三人の最強の一人、“物理最強”、か。
「…………!!」
と、【魔将軍】がタップするようにレヴィアタンの手を叩いている。
その顔は紫色で、チアノーゼを起こしかけていた。
「ああ。もう限界ですか。思ったよりも筋肉が脆弱ですね」
そう言って、彼女は【魔将軍】の首から手を離した。
地面に落とされた【魔将軍】はぜえぜえと息を切らせながら、レヴィアタンとその腕の中の【獣王】を睨む。
「【獣、王】! 貴様ら……!」
「あなたは護衛としてここにいるのです。個人的な雪辱戦なら、講和会議とは無縁の場所ですればいいでしょう」
「何だとッ!?」
その言葉に【魔将軍】が青筋を立てて怒り、自らの剣を《瞬間装備》したとき。
「それ以上TPOを弁えず囀るなら――次はキチンと首を摘まみ落としますが?」
コマ落としのような速さで、再びレヴィアタンの手が【魔将軍】の首を掴んでいた。
その細い指が花を摘むように【魔将軍】の首を千切れることは、疑いようがなかった。
「…………!!」
「ご理解いただけましたか?」
その最終確認に、【魔将軍】は頷くしかなかった。
「……クソッ!」
【魔将軍】はそのままこちらを振り返ることすらなく、どこかへと去っていった。
「…………」
俺が知る限り、【魔将軍】は召喚による戦法が主体の<マスター>であり、クロスレンジの実力は高くない。
しかしそれでも、<超級>同士でもあれほど明確に差が出てしまっていた。
それはきっと【魔将軍】が低いと言うよりは……【獣王】が高すぎるのだと明確に察せられてしまう。
「お見苦しいところをお見せしました。ようこそ、王国の皆様方。クラウディア殿下から皆様の出迎えを任せられましたレヴィアタン、それに私の<マスター>であるベヘモットです」
そうして、レヴィアタンは俺達に向き直って頭を下げた。
「講和会議まではあと二時間。お部屋を用意してありますので、そちらで会議の開始をお待ちください。今からご案内いたします」
「……ええ、お願いするわ」
皇国最大戦力で出迎えと案内に、アズライトにも少しの緊張が見られる。
王国側にプレッシャーをかけているのか、それとも別の理由があるのか。
「ところで、【兎神】はどこにいるかなー?」
「存じ上げません」
トムさんがレヴィアタンにそう尋ねたが、彼女は素っ気無くそう言い返しただけだった。
【恐らくだが、【獣王】が出迎えと案内をしているのは【兎神】を警戒しているからクマ】
【え?】
【事前の闇討ちまでならともかく、ここで護衛を襲いだしたら収拾がつかないクマ。皇国だって講和条約の締結までは進めたいはずクマ。ここでご破算になるような真似は許容してないと考えられるクマ】
……なるほど。トラブルを起こしそうな【魔将軍】を脅して排したのも同じことか。
そうなると、皇国も講和会議は円滑に進めるつもりなのか?
【……あるいは、本命の罠に誘い込む前に警戒されても困るって話かもしれないがな】
……そうでないことを祈るよ。
◇
昨晩の相談のように、月影先輩と<月世の会>のメンバー、それと本人の希望でトムさんが会場周辺の警戒に出向き、残りの面子はアズライトに同行だ。
講和会議の開催中も、この面子はアズライトや文官達の傍で護衛をすることになる。
俺達は【獣王】とレヴィアタンに先導されて、講和会議の会場内を歩いていく。
講和会議の会場は、皇国がこの会議を打診してから作成したものだ。
しかし、リアルの仮設の建築物とは違い、かなりしっかりとした議場に見える。
アズライトによれば、皇国の皇都で見た議場にそっくりらしい。
兄の推察では、『恐らくは皇国側に建設を得手とする<エンブリオ>がいて、既存の建築物、あるいはその図面から構造をコピーして作成したのだろう』ということだった。
モンスターを作製するフランクリンがいるのだから、建築物でそれができる<マスター>も中にはいる。
皇国の<マスター>の数は王国よりも多く、それはオンリーワンでできることが多いことも意味している。
<超級>の数で並んだとはいえ、戦争に至ればやはり王国は不利になるだろう。
「こちらで開始時間までお待ちください」
レヴィアタンに案内された部屋は、まるで写真で見た高級ホテルのスイートルームのようだった。VIPを待たせるための貴賓室、ということだろう。
レヴィアタンは俺達を部屋に通すと、背を向けてそのまま去っていった。
去り際、レヴィアタンに抱かれた【獣王】がジッと兄を見ていたが……結局何も言わないまま去っていった。
「……マリー、部屋の中に罠はあるか?」
「んー、ないです。罠も盗聴器も何もなし……不自然なほど何も仕掛けられてないですねー」
隠れること、そして隠したものを見つけることに特化した隠密系統超級職であるマリーがそう言うのなら、本当に何も仕掛けられていないのだろう。
「罠なんてあらへんでも、<マスター>が外からぎょーさん必殺スキル撃ち込んだらお陀仏やけどなー」
「…………」
「そんな顔せんでも大丈夫やってー。ちゃんと外でうちの信者が見張っとるから」
そう言って扶桑先輩はケラケラと笑っている。
「まー、向こうの方が数は多いし、信者だけやったらあかんかもしれんけど。数だけならうちがどうとでもできるから安心しときー」
「…………?」
どういう意味だろうか?
カグヤの《月面除算結界》の効果は多人数対多人数の戦闘で極めて有効だから、そのことを言っているのだろうか?
『それでルーク、連中の顔を見ていて気づいたことはあるクマ?』
「【魔将軍】はレイさんへ、【獣王】とレヴィアタンはお兄さんへ戦意を向けていました。けれど、それ以上はまだ分かりません。ただ、少なくとも【魔将軍】には企てはなさそうです」
『……ま、これまでの因縁を考えれば、皇国に罠がなくてもありそうな反応ではあるクマ』
たしかに。
『で、レイ。《看破》で見えたクマ?』
通常、レベルが高い相手のステータスは《看破》で見え辛くなる。
俺は【斥候】のスキルレベルキャップであるレベル五まで取得しているが、それでも俺のレベルよりも遥かに高い相手ならばレジストされやすいはずだ。
それこそ《隠蔽》を最低レベルでも持っていれば、ほとんど見えなくなるだろう。
しかし、今回は二人とも簡単に見えてしまった。どちらもまるで隠していない。
「ああ。……なんか【魔将軍】はレベルが五〇〇くらいしかなかったけど」
『お前に負けた後に振り直し中ってところクマ? ……タイミングの悪い奴クマ』
兄は少し気の毒そうにそう言って、なぜか扶桑先輩を見た。
『【獣王】はどうだったクマ? ギデオンにいた頃と違って、《隠蔽》の装備も着けてなかったみたいだが』
「ああ、それも見た。けど……」
ある意味で、【獣王】の結果は【魔将軍】よりもおかしい。
◇
ベヘモット
職業:【獣王】
レベル:1156(合計レベル:1656)
HP:108060
MP:3350
SP:48980
STR:10050
AGI:15315
END:9980
DEX:1502
LUC:125
◇
レベルは、凄まじい。
俺が知る限りトップクラスだった兄と伍するほどだ。
だが、ステータスは違う。
STRに特化した兄よりも満遍なく高いステータスではあるものの、その合計値では圧倒的に劣っている。
これは勘だが、恐らくは<エンブリオ>によるステータス補正も殆ど入っていないステータスだ。
“物理最強”と呼ばれるには余りに足りない。
いっそ、かつてのマリーのように偽りのステータスを見せられているのではと思ったほどだ。
けど……。
「【獣王】の怖さは、レベルや本人のステータスじゃないんだろ?」
『ああ。【獣王】がやばいのは、あのレヴィアタンがいるからこそだ』
「……ガードナー、獣戦士理論」
以前に先輩から聞き、そして講和会議に備えて教わった最強のセオリー。
かつては<Infinite Dendrogram>で最強のビルドと謳われ、【獣王】ベヘモットの誕生で潰えたもの。
“物理最強”たる由縁。
『ここに着く前にも言ったが、もしも戦闘になったらあいつらとは俺がやる。……少なくとも今は俺しか対処できない。これが夜なら、この雌狐の切り札を使うって手もあるがな』
「…………?」
夜……とはたしかカグヤの必殺スキルの発動条件か?
時間帯次第では、扶桑先輩があの【獣王】に対抗できる?
「会長。そういえば、あなたの必殺スキルの詳細は<月世の会>のデータベースにもなかったのですが……」
「あはは、ビーちゃん。あるわけあらへんわー。トップシークレットやしー。とっておきの必勝法。……使って負けたのはそこのクマくらいやからなー。このリアルチートー」
『お前が言えた義理じゃないクマ』
そういえば、以前フィガロさんが扶桑先輩にデスペナルティされたことがあるのだったか。その後に兄が扶桑先輩と戦い、撃破したとも聞いている。
『ま、あれとやる上で最良のパターンは……レイレイさんがここにいることだったクマ』
「……いや、最悪やろ。巻添えで殺されたくないんやけど」
兄がレイレイさんの話題を出すと、扶桑先輩が心底嫌そうな顔をしていた。
レイレイさんは一応<デス・ピリオド>のメンバーになってくれたものの、今回も予定が合わなくて参加していない。
加えて、俺は彼女の戦闘スタイルもビルドも何も知らない。強いて言えば一服盛るのが趣味というくらいなものだ。
「なぁ、兄貴。レイレイさんって、そんなにすごいのか?」
『……<三巨頭>が王国の<超級>で戦いたくない相手を一人挙げろと言われれば、全員がレイレイさんを挙げるくらいにはヤバイクマ。……ああ、そうだ。すごいじゃなくて、強いでもなくて、ヤバイだ』
……どれだけだよ。
『それ以上は本人から聞くか、自分で食らうかして確かめてくれクマ』
「……後者は御免被りたい」
話を聞く限り、絶対にろくでもないことになりそうだから。
◇
貴賓室に通されてから一時間が経ち、講和会議の開始まで残り一時間ほど。
アズライトと文官達は準備や段取りの確認に余念がない。
また、王国とも通信して何か緊急の要件がないかの確認もしている。
そんな折、貴賓室のドアが外からノックされた。
「……一人、ですね」
マリーがドアの周囲を視て、そう言った。
一人ということは、【獣王】とレヴィアタンではないだろう。
ならば、誰なのか。
「入ってもよろしいかしら?」
それは聞き覚えのない声だった。
しかし、アズライトはそうではないらしく、少し驚いた表情を浮かべた後、「構わないわ」と返答した。
「失礼いたしますわ」
そうして入ってきたのは、金色の髪をロールにした如何にもお姫様といった容姿の少女だった。
年齢はきっとアズライトと同程度だろう。
「アルティミア! お久しぶりですわね!」
「そうね……クラウディア」
アズライトの返答に、今度は俺達が驚いた。
クラウディア殿下、それは今回の講和会議における交渉相手の名前だったからだ。
そんな人物がたった一人で王国側に赴いてくるのは、驚くべきことだった。
ただ、アズライトの方はそんな彼女に対し、椅子から立ちあがり、握手で応じた。
だが、
「本当に……お久しぶり!」
「きゃっ……!?」
クラウディア殿下は、アズライトへと急に抱きついたのだ。
突然の行動に、俺達がどうすべきかと一瞬考えたが……。
「もう、もうもうもう! 本当にお久しぶりですわー! アナタが王国に帰ってから、お手紙でしかやりとりができなくて……! それも戦争が起きてからはできなくなってしまいましたし……」
「……抱きつき癖は昔から治ってないのね、クラウディア」
まるで子供のように、クラウディア殿下は目に涙を溜めてアズライトに抱きついていた。
アズライトの方もそんな彼女に対して慣れた様子で、小さな子供にそうするように優しく背中を叩いていた。
二人の間には<マスター>は知らない時間が流れているようだった。
「……あ! ご、ごめんなさいですわ!」
っと、クラウディア殿下はパッとアズライトから離れた。
「講和会議の前に、アルティミアに挨拶をしようと思ってきたのですけど……。いざアルティミアの顔を見たら、感極まってしまって……」
彼女は恥ずかしそうに顔を赤らめながらそう言った。
「構わないわ。……私も、親友のアナタと再会出来たことは素直に嬉しいと思っているから」
「アルティミア……あ、ありがとうですわ」
アズライトの言葉に、彼女は心から嬉しそうな笑顔でそう礼を言った。
「それはそれとして、無用心ではないかしら。今回の講和会議の全件代理者であり、皇王を除けば唯一の皇族であるアナタが一人でここに来るなんて」
「あら、心配は要りませんわ!」
クラウディア殿下はそう言って、
「だって、きっと皇国と王国の願いは一緒ですもの。この講和会議で事を荒立てるなんてあるはずありませんわ!」
えっへんと胸を張った。
その発言に、反応に困るような空気が室内に流れた。
一昨晩に【兎神】が、つい先ほどに【魔将軍】が事を荒立てたばかりなので、面と向かってそう言われれば誰しも苦笑したくなってしまう。
「…………?」
だが、一人だけ少し表情が違う。
ルークだ。
彼はなぜかクラウディア殿下の顔を凝視して……冷や汗を流していた。
「ともあれ! 今はご挨拶だけにいたしますわ! 私的な話の続きは会議の後といたしましょう! また後で、ですわ!」
そう言い残して、クラウディア殿下は嵐のように去っていった。
室内のほとんどの人間が何とも言えない顔でその背を見送る中、俺はルークに近づき、小声で話しかけた。
「ルーク。何か変わったことでもあったのか?」
「……いえ。何と言えばいいのでしょうか」
「何か、彼女の発言に嘘があったのか?」
「ありません。彼女は嘘偽りなくああ言っていました。それは他の人の《真偽判定》に反応がないことからも確かでしょう。……ですが」
ルークは、頬に流れた汗を拭いながらこう言った。
「僕には時折、彼女が人間に見えませんでした」
「……それは、どういう?」
「その表面は見たままなのに、内面がまるで見えてきません。あんな人間は、見たことがありません」
「…………」
ルークは、どういう訳か人間の思考や人格を読み解くのに秀でている。
そのルークが、こうまで言う相手。
クラウディア殿下に……そして彼女とアズライトが交渉することになる講和会議に、少しの悪寒を覚えた。
◇
それからの一時間は、何事も起きなかった。
講和会議も、時間通りに始まった。
アズライトとクラウディア殿下が先ほどの私的な挨拶でなく、講和会議開催の公的な挨拶を行い、スタートする。
そうして、講和会議の開始直後に、俺達の抱いた悪寒は的中した。
「交渉において、まずは双方の望む着地点を提示いたしましょう。折り合いをつけるにしても、お互いの求むるところがどこかを知らなければ終わらせられませんわ」
それはクラウディア殿下の呼びかけで、両国が用意した資料を相手に渡し、お互いの条件と譲歩が提示された瞬間だった。
「…………!」
言葉が漏れるのを、辛うじて堪えた。
それは、そうだろう。
お互いの提示したものを見れば、そう思うのが当然だ。
王国側の第一の条件は昨晩も確認したように、今後の皇国の<マスター>によるテロの防止するための『指名手配の共通化』。
昨晩の相談による修正を加えて、補則として冤罪の防止や条約締結以降に相手国を狙った依頼の禁止についても言及している。
対して、皇国側の譲歩にはこう書かれている。
『王国と皇国の指名手配の統一化』、と。
まるで王国が要求として挙げることが分かっていたかのように、
しかも、それだけではない。
王国側の第二の条件は、『侵略によって発生した戦死者遺族への賠償金の支払い』。
皇国側の第二の譲歩は、『王国側の戦争遺族に対する弔慰金の支払い』。
王国側の第一の譲歩は、『旧ルニングス領の放棄』。
皇国側の第一の条件は、『旧ルニングス領の獲得』。
「…………!!」
まるで、鏡写し。
擦り合わせるまでもなく、お互いの条件と要求がこれ以上ないほどに噛み合い過ぎている。
王国の条件が漏れていたのか?
ありえない。昨晩、道中で最終調整したばかりであるし……今回の護衛依頼には守秘義務の条文を含む契約書も使われていた。王国から漏れる可能性はない。
ならば、何者かが潜り込んでいた?
それも、ありえない。【絶影】であるマリーや【暗殺王】である月影先輩が見張る中で、忍び込んで情報を盗むのは至難だ。
だとすれば、残る可能性は……。
皇国側は純粋な思考の結果、こちらの条件と譲歩を読み切っていたということだ。
「良かった! やっぱり両国の願いは一緒ですわ! 刷り合わせるまでもありませんでしたわね!」
クラウディア殿下はそう言ってニコニコと笑っているが、王国側の心境はそれどころではない。
文官達は想定外の事態に対し、目に見えて狼狽している。
だが、アズライトは違った。
「ねぇ、クラウディア」
「何かしら?」
「アナタの言うとおり、両国の願いは多くの面で一致しているわ。けれど……」
アズライトはそう言って、皇国側の資料の一点を指差した。
「一箇所だけ、異なる」
アズライトが指差した先には――唯一、鏡写しでなかった一点。
そこには……皇国側の第二の条件があった。
第二の条件として書かれていた内容は――。
To be continued
(=ↀωↀ=)←野外警備中




