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<Infinite Dendrogram>-インフィニット・デンドログラム-  作者: 海道 左近
第六章 私《アイ》のカタチ

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293/716

第八話 兎は暗闇で跳躍する 後編

(=ↀωↀ=)<デンドロもノミネートされていたBook Walker様の新作ラノベ総選挙2017


(=ↀωↀ=)<明日の20時からニコニコ生放送で結果発表らしいです


(=ↀωↀ=)<デンドロは番組で発表されるTOP20に入っているのか!


(=ↀωↀ=)<その結果は番組で!


(=ↀωↀ=)<あ、ちなみに今回の更新は長めです

 □<ウェズ海道>


 日が落ちきった時間。国境地帯へと続く道を、一台の車が走っていた。

 しかし機械技術があまり普及していないこの王国であるため、それは機械ではなく車の形をした<エンブリオ>だった。


「悪いねトミカ。わざわざ送ってもらってさ」

「いいですって狼桜の姐さん。こっちこそ、送るのがこんな時間になっちゃってすみません」


 決闘ランキング五位の狼桜も護衛依頼を受けた一人であり、所用でデンドロ時間での翌日にログインできないため、今夜の内に国境付近の村までに移動するつもりだった。

 彼女は<K&R>のメンバーであるトミカの<エンブリオ>で講和会議のある国境地帯に向かっていた。

 トミカのオボログルマは多人数を乗せ、時速数百キロで長時間走行できる<エンブリオ>である。

 また、オートで障害物を避ける機能もあるため、地上をそんな速度で走り続けても事故一つ起こさない自動運転カーであった。


「もしも講和会議までにダーリンがログインできたら、そっちもお願いするよ」

「はい! ……でもオーナーの方が速いんですけどね」

「ダーリンの速さはスプリンターだからね。消耗もするし、そういう意味じゃうちの移動手段じゃトミカが一番便利だよ」

「えへへ、ありがとうございます」


 そんな会話をしながら、狼桜は車窓の外を見る。

 星の明かりしかないこの国の夜は暗く、普通なら景色などろくに見えない。

 しかし、闇夜も含めた奇襲を得手とするビルドの狼桜は《暗視》スキルによって、真昼のように周囲を見ることができる。


「良い景色だねぇ。今度、ダーリンとデートにでも来ようか」

「……あのー、クラン総出のピクニックにはなりません?」

「アタシとアンタとダーリンの三人、ってパターンと比べたらどっちがいい?」

「そっちでお願いします!」

「アッハッハ。今度ダーリンに言ってみるよ。……ん?」


 不意に、狼桜が狼の耳をピクリと動かした。

 その耳自体は見た目だけで聴力は人のそれと大差ない。だが、狼桜は奇襲のために《聴覚強化》のパッシブスキルも取得しているため、狼ほどでなくても多くの音を捉えることができる。


「姐さん?」

「……戦闘音? いや、こいつは違うね」


 狼桜が音に気づいてから次のような音の変化が幾度も聞こえる。

 移動音。竜車や煌玉馬(レプリカや【セカンドモデル】)、あるいは徒歩の移動音。

 攻撃音。ほとんどは一回、時折数回の攻撃音が短い時間だけ発生。

 無音。移動音が消え去る。

 この一連の音の変化を、狼桜はよく知っている。


 これは奇襲である。


 奇襲の達人である狼桜であるからすぐに気づく。

 これは何者かが移動中の他者を奇襲して始末し、片付けた後は次の獲物へと向かっている。

 移動音の主達は狼桜達と同じく国境地帯へと向かっていた。恐らくは狼桜同様に護衛として雇われた何らかのランカーであったのだろう。

 ならば襲撃者は……。


「……!」


 そのとき、狼桜の眼に奇妙なものが見えた。

 オボログルマのサイドミラー。

 そこに映った後方の景色に……人影があった。

 一瞬ではあったが、彼女達のオーナーであるカシミヤと同程度の背丈の、兎の耳を生やした少年。

 だが、その一瞬の後にはミラーの中に何も映っておらず、


 ――オボログルマのルーフに、何かが着地した音が響いた。


「え、えええええ!?」

「トミカァ!! 振り落としなァ!!」


 突然の衝撃に驚くトミカに、狼桜が声を張り上げて指示する。

 狼桜には分かっていた。

 一瞬見えたあの少年こそが、襲撃者であると。


「ひええええええ!?」


 トミカは咄嗟にハンドルを大きく切り、オボログルマをスピンさせる。

 それでオボログルマが横転することはなかったが、ルーフにいた何者かはそれでオボログルマから振り落とされ――ない。

 オボログルマのルーフを刃が突き破り、それがアンカーとなって振り落とされるのを防いでいた。


「な、なにこれ!?」

「トミカ……、悪いけどぶっ壊すよ!!」

「ええっ!?」


 幾度も驚愕の声を上げるトミカに構わず、狼桜は槍――己の<エンブリオ>であるガシャドクロを取り出し、


「――《天下一殺》!!」


 相手への初撃にのみ行使可能な【伏姫】の奥義を放った。

 相手がオボログルマのルーフに足を固定してしまっている状況。

 必殺の威力を持って放たれるその一撃を回避する術はない。


 ――だが、当たらない。


 直撃の寸前に相手はルーフから消え去り、オボログルマのルーフのみが奥義の直撃で吹き飛ばされた。


「ひええええ!?」

「…………」


 狼桜は思考する。

 彼女は戦術、戦略に関しては極めて単純だが、こと戦闘に関しては野生の嗅覚とも言えるものを持っている。

 そして既に察している。

 敵手の狙いは、自分である、と。


「……トミカ。アタシはここで降りるよ」

「は、はいいいぃいいい!?」

「アンタの必殺スキル使って、そのまま王都まで逃げな」

「え!? あ、そうか! でもそれなら姐さんも……」

「バカだねぇ。そしたら奴さんまで王都に……<K&R>の本拠地に付いてきちまうじゃないか」


 だから自分はここで降りると狼桜は言った。

 ここで、自分を狙う敵手を迎え撃ち、トミカを逃がすために。


「どこのどいつかは知らないが……いや、こんなタイミング、『デスペナルティになったら講和会議に参加できないタイミング』。……そういうことだろうねぇ」

「あ、姐さん?」

「行きな、トミカ! 行って他のメンバーと……ダーリンにこのことを伝えるんだよ!」


 そう言って狼桜はオボログルマのドアを蹴り開けて、時速数百キロで走る車内から飛び出した。


「――《兵どもが夢の跡(ガシャドクロ)》ォ!!」


 同時に、純竜クラスのドクロを消費し――その全身をステータス増強の外骨格で包み込んだ。


「お、《絶対安全運転(オボログルマ)》ァ!!」


 トミカもまた必殺スキルを使用し、オボログルマとそれに乗る自分を朧霞のような姿に変える。

 そんなトミカとオボログルマに向けて、またも唐突に現れた敵手が飛び乗ろうとしたが――それをすり抜ける。

 幽霊の如く浮遊して走り、車外のあらゆるものと接触しなくなる。それがオボログルマの必殺スキルだからだ。

 ゆえに、敵手もオボログルマに触れることはできず、トミカを見送るしかなかった。


『うちのメンバーのケツばっか見てるんじゃないよォ!!』


 そんな敵手に巨大な外骨格を纏った狼桜が攻撃を加える。

 だが、命中の直前に敵手は掻き消え、離れた場所に立っていた。


「ランカーでもない平凡な上級だと思ったけれど、案外面白いスキルを持っているね」


 敵手――王都でライザーとビシュマルをデスペナルティに追い込んだ少年は、笑いながらそう言った。

 そう。彼は同一人物だ。

 王都で二人を倒した後に、時速数百キロで国境地帯へと向かっていた狼桜達に追いつき、襲撃したのである。


『アンタ……皇国の<マスター>かい?』

「さぁ、どうだろう? でも、何者かなんて……言う必要はないよね?」

『ああ。全くさね。……アンタはここでブッ倒されるんだからさぁ!!』


 吼え叫び、狼桜の巨体が少年へと突撃する。


「遅いなぁ。亀のようだ。けれど、あんなに分厚い殻があると、肉を切りづらい」


 少年は思案するように、長い袖に包まれた右手を顎に当てて、


「じゃあ、こうしよう」


 そう呟いて少年がまたも消えた直後、


 ――狼桜の外骨格の隙間という隙間に爆弾が設置されていた。


『なっ――!?』


 瞬間、爆発が連鎖する。

 至近距離でのそれは、ガシャドクロが形成した外骨格すら弾き飛ばし、抉り、狼桜の肉体を露出させる。


「亀の甲羅はこうして剥がす、と」


 その隙間に、ギロチンの如きブーツの刃が突き立ち、心臓を穿った。

 致命傷を負った狼桜がガックリと首を落とす。


「――ああ、それはもう知ってるから」


 直後、身代わりの特典武具の効果で少年の後方に転移した狼桜が――回し蹴りのように放たれた刃で首を切断された。


「……、……!!」


 声にならない声を悔しげに吐いて、決闘ランカー五位“骨喰”狼桜はデスペナルティとなった。


「国境に向かっていた<マスター>は、これで全部かな?」


 少年はそう呟いて消え、……夜道には何も残らなかった。


 ◇◇◇


 □国境地帯近辺・ウェルミナ村


 その夜、国境に程近いウェルミナ村で、二人の女性が星を眺めながら話していた。

 大気汚染という言葉と無縁の<Infinite Dendrogram>の空は、満天の星を余すことなく彼女達に見せている。


「そういえば日本はもう進級シーズンらしいけど、お友達できた?」

「……我と漆黒の盟友足りえる者は、現世に不在」

「駄目だったかー」


 それは如何にも海賊といった装いの童顔の女性――決闘ランキング八位“流浪金海”チェルシーと、漆黒のゴシックドレスアーマーに身を包んだ少女――決闘ランキング四位“黒鴉”ジュリエットだ。

 二人共、講和会議の開催地に近いウェルミナ村に昼間のうちに先乗りし、明日来るはずのアルティミアや他の<マスター>を待つ予定だ。


「ジュリは良い子なんだけどねー。最初がちょっと分かりにくいから」


 ジュリエットはリアルでも<Infinite Dendrogram>と同じように、難しく回りくどい喋り方をしてしまうことがある。

 リアルでは奇異に見られることを彼女自身もそれを自覚しているものの、つい口にしてしまう。あるいはそれを恐れて口下手になってしまっている。

 そのため、リアルでは他人と上手く話せずにいた。

 その点、デンドロでは「そんなロールもアリ」と受け入れる<マスター>や、「<マスター>だからちょっと変わっているのだろう」と捉えるティアンのお陰でリアルよりも気兼ねなく話すことができ、余程に多くの友を得ることが出来た。

 チェルシーはその中でも最も仲の良い友人であり、闘技場で切磋琢磨するライバルでもあった。


「問題は皆無。何故ならば、我は既に異郷にて盟友を得たり」

「そうだね、あたしはジュリの友達だよ。でもデンドロの外でも友達は作らなきゃ。……まぁ、そういうあたしも彼氏作らなきゃだけど……ハァ」

「チェルシー……」


 慰めていたはずが、チェルシーの方が表情を曇らせていた。

 以前までのチェルシーはこんな風に恋人がいないことを気にすることはなかった。

 だが、クラン解散の原因となった恋愛騒動で完全に蚊帳の外であったことが、逆に彼女に危機感を募らせていた。


「えっと、まだ二十歳なんだから、気にしなくてもいいんじゃないかな?」

「フフフ……、十代前半のジュリにはまだこの気持ちは分からないよ……」


 素の言葉遣いで友人を慰めるジュリエットだったが、チェルシーはどんよりとした顔のままだった。


「えっと、じゃあ今度ゴウコン(?)でも、する?」

「ごうこん? ああ、何十年か前に日本で流行ったって奴ね。日本の恋愛漫画の中にはよく出てたけど。でも男がいないよ」

「ライザーさんとか、ビシュマルさんとか」

「……いや、それ普段の食事会と変わらないじゃん。あとあの二人は彼氏としては見れないわ」

「そうなんだ……」

「食事会の面子なら、まだレイの方がいいかな。年も近そうだし」

「え……」


 チェルシーがそう言うと、ジュリエットは呆然とした顔になった。

 そんなジュリエットの頬を、チェルシーは……むにむにと引っ張った。


「ひゃう……」

「冗談だって。レイはレイであたしとはズレてそうだから彼氏候補にはならないよ。けど、そんな顔するならもっとアプローチしてもいいんじゃない?」

「そんなんじゃ、ない。でも……、すごく、話が合うし、話しやすいの」

(……一番合ってるのはファッションセンスだと思うけどね)


 チェルシーは目の前のゴシックドレスアーマーの少女と、記憶にある地獄の使者風青年を並べて『超ピッタリ』という感想を持った。


「ビルドも聖と死が煌いて素敵……」

「……【死兵】は流石に驚いたけどね。でもさ、ジュリエット。いくら素敵でも【死兵】は決闘だと役に立たないのは知ってる? HPなくなったら決闘は終わりだよ?」

「いいの……。むしろ盲点だった……。【死】が入ってるジョブが【死神】以外にもあったなんて」


 どうやら大事なのは名前であるらしい。


「はぁ……。そこまで趣味が合うならレイのクランに入れば良かったじゃない。誘われたでしょ?」

「うん……。名前もカッコよかった」

「…………」


 チェルシーの記憶にある中でもトップクラスに極悪なクラン名についてはノーコメントだった。


「でも、今はいいから。もう少し時間をおいてよく考えてから、レイに答える」

「そう。まぁ、いいんじゃないかな。恋で悩むのも青春だよ、きっとね」

「だから……、そういうのじゃ、ないから……!」


 ジュリエットは頬を膨らませてそっぽを向き、チェルシーは笑いながらその頬をつついた。


 そんな折――村の外から金属と金属がぶつかるような音が響いた。


「なに、かな?」

「……アタシ達以外でこの村に来てるのはロードウェルとハインダックのはずだけど」


 ロードウェルとハインダックも彼女達同様に護衛依頼を引き受けた<マスター>である。

 それぞれ決闘の十位台のランカーであり、一桁台(より正確に言えば四位から九位のランカー)よりは一段落ちるものの有力な<マスター>である。

 彼らは講和会議まで、この近辺のモンスターを狩るなどして時間を潰すと言っていた。


「今の音はおかしいね。この辺に金属質のモンスターはいないはずだ」

「それじゃあ、普通じゃないモンスター……<UBM>と戦闘?」

「……あるいは、PKかな」


 ロードウェルは全身を金属鎧で包んだ防御重視のビルド。その彼に何者かが攻撃を仕掛けたならば、金属音を発することになる。

 彼女達がそう考えた直後、……村にまで伝わるほどの爆発音が次々に轟いた。


「ッ!」

「……連鎖した爆発音。ブレスの類じゃなさそうだ」

「チェルシー!」

「あいさぁ! 行くよ、ジュリ!」


 二人のランカーは呼びかけあい、自らの<エンブリオ>を呼び出す。

 漆黒の翼を生やしたジュリエットが、黄金の大斧を取り出したチェルシーを抱え、爆発音のした方角へと飛び立った。





 ◇


 チェルシーが現場にたどり着くと、そこに見知ったランカーの姿は無く、代わりに一人の少年が背を向けて立っていた。


「おや、こっちから出向こうと思ったけど。そっちから来てくれたなら手間が省けてありがたいね」


 振り向きながらそんなことをのたまう兎耳の少年に、チェルシーは警戒心を強める。

 周囲の戦闘の痕跡から、少年がロードウェルとハインダックを相手取り、その上でランカー二人に完勝したのだろうと察した。

 そしてその言動からすれば、次はチェルシーをターゲットにしている、と。


「……ところで、ジュリエットはどこかな? てっきり一緒だと思ったのだけれど」


 ジュリエットがチェルシーと同行していることも少年は知っていた。

 しかし少年が言うように、この場にはチェルシーしかいない。

 ジュリエットの姿は少年の視界にはなく、


「――《死喰鳥(フレーズヴェルク)》!!」

 その声は――上空から聞こえた。


 直後、空から地上へ向けて漆黒の竜巻が吹き荒れる。

 言うまでもなくその発生源は、夜の闇に黒いドレスアーマーと黒い翼を溶かしたジュリエットである。

 現場に辿りつくよりも先に、ジュリエットとチェルシーは打ち合わせていた。

 ロードウェルとハインダックを襲っているのがPKであれモンスターであれ、強敵であるならば先手を取らなければならない、と。

 ゆえに、夜間の視認性が低いジュリエットが空へと上がり、チェルシーが敵手の前に出ることで気をひき、先制の必殺スキルを撃ち放つ。

 そして、


「――《金牛大海嘯(ポセイドン)》ッ!!」


 チェルシーもまた必殺スキルを解き放つ。

 彼女が手にしていた両刃の斧刃が消え去り、生じた空間の穴から液状黄金が溢れ出す。


 天に黒鴉、地に金海。

 生命を切り刻む暗黒の竜巻と、身体を圧殺する黄金の海嘯。

 面となって天地を埋め尽くす広範囲必殺スキルの相乗。

 上下どちらも彼女達の攻撃範囲、回避は不可能。

 最初のジュリエットの必殺スキル発動に気づかず、またそれに気をとられてチェルシーの必殺スキル発動を許した時点で、少年は回避タイミングを逸していた。


「…………」


 正確には、金海と羽の渦の間には人が通れるかどうかという隙間がまだあったが、それも半秒もすれば埋まる程度のもの。

 超音速機動でも脱出する時間はない。

 そう。脱出する時間など、何者にも無い――


「――《■■は右に(■■ノス)■■は左に(■■ロス)掌握するは■■■■■(アイ■■■)》」


 ――はずだった。






 必殺スキル同士が激突する轟音の中で、チェルシーの耳にコトリ……と小さな音が聞こえた。

 自分の被っていた海賊帽子に軽い感触があり、僅かに首を傾げると……。


「…………え?」

 ――二つの【ジェム】が、帽子の縁から零れて彼女の目の前に落ちてきた。


 直後に、【ジェム】は起動する。

 それは【紅蓮術師】の奥義、《クリムゾン・スフィア》の【ジェム】。

 現在世に出回っている【ジェム】の中で、最も火力に秀でたもの。

 ゆえに、その発動は超級職ならざるチェルシーのHPを大きく削る。

 ビルドに含んだ火への耐性で辛うじて耐えたが、時間差で二つ目の【ジェム】も起動。

 今度は【救命のブローチ】が起動し、その一撃を無力化したが……。


 ――紅蓮の炎が消えると、彼女の傍には無数の爆弾が設置されていた。


「あ……」


 彼女が息を呑んだ次の瞬間、爆弾は連鎖的に爆発して彼女を呑み込んだ。

 爆炎に混ざり、光の塵が空へと消えた。


「チェル、しぃ……!!」


 その光景を、ジュリエットは上空から見ていた。

 ほんの僅かな時間に行われた、爆殺を。

 だが、一部始終を目撃したはずの彼女にも……見えなかった。


 彼女の目には、突然チェルシーの帽子の上に【ジェム】が出現し、その後に無数の爆弾が湧いたようにしか見えなかったのだ。

 それが設置された瞬間は、超音速機動を可能とする彼女にすら見えなかったのだ。

 気づけば殺されている。


「ぅ、うぅ……!!」


 ジュリエットは歯噛みする。

 敵手が……あの少年が自分達の必殺スキルを回避し、チェルシーを爆殺したのだと確信して。


「この、敵は……どっちの(・・・・)!?」


 しかしその上で、ランカーとしての経験則からジュリエットは敵手の攻撃手段を二種類に絞った。


 一つ目の可能性は、空間操作。

 テレポートで攻撃を回避し、逆に相手の傍に爆弾を送り込む。

 だが、この<Infinite Dendrogram>で空間操作のハードルは著しく高い。

 それこそ迅羽のテナガ・アシナガのように、必殺スキルでも一度空間転移すればクールタイムが必要になる。

 それでも<エンブリオ>の特性やリソース配分によっては連続転移もありえるかもしれないが、最初の回避や【ジェム】だけならまだしも……その後に爆弾を置きすぎている。

 それほどの連続転移が可能だとは考え辛かった。


 二つ目の可能性は……純粋な速度。

 それこそ、超音速であるジュリエットにすら見えないほどの速さで動き、二人の必殺スキルを回避し、見えない速度で爆弾を設置した。

 それほどの速さが存在することを、ジュリエットは【抜刀神】カシミヤという好敵手から知っている。

 相手が後者だとすれば、それこそカシミヤのようであったが……。


(……でも、違う。カシミヤとこの敵には大きな、違いが……)


 ジュリエットがそこまで考えを進めたとき、


「――空の上なら安全と、思わないほうがいいよね?」


 飛翔するジュリエットの背後から、そんな声が聞こえた。


「!?」

「何か考えていたようだけど、無駄だよ。僕の力は……誰にも決して逃れられないものなのだから」

「ッ……! 《カースド・ファランクス・ディスオーダー》!!」


 背後の少年が嘯く言葉に、ジュリエットは耳を貸さない。

 そして躊躇いもない。

 己の奥義を以って、背後の敵を、友を傷つけた相手を攻撃する。


「ハハハ、遅い遅い」


 だが、呪詛によって目標を追尾するはずの呪いの武具は、一発たりとも敵手には命中しない。


「…………!?」

「――本当に君達は鈍過ぎる。亀のようだよ」


 少年はそう呟いて、ジュリエットの脊椎をブーツによって一度薙ぐ。

 首が傷つき、血飛沫を上げる。

 少年は重ねるように幾度も急所への斬撃を重ねていく。

 ジュリエットのHPは減っていき、やがて【救命のブローチ】の発動で辛うじて生きながらえる状態になる。

 その間も、呪いの武器は少年を狙い続けている。

 しかし、自動ホーミングのはずの《カースド・ファランクス・ディスオーダー》は、最小限の動きで回避され続けていた。

 呪いの武器達は少年に容易く回避され、終いには武器同士がぶつかって砕けていく。


「おしまい」


 最後に、【ブローチ】が壊れたジュリエットの首にブーツの刃を埋めた。

 ジュリエットのHPが全損した瞬間だった。


「――ッ!」


 瞬間、ジュリエットから――そして周囲の空間から強烈な威圧感が発せられる。

 ジュリエットの首に半ばまで刃を埋めた少年は、周囲を見回す。


(羽……それに砕けた呪いの武器の破片?)


 砕けた武器の破片が黒い羽と交ざり、事切れる寸前のジュリエットと少年を囲んでいた。

 それはまるで――球状の檻。


「まさか……」


 呪いの武器が砕けたのはジュリエットの布石。

 自らのフレーズヴェルグの風の力で呪いの武器の軌道を変え、さらに砕けた破片を周囲に浮かせ続けている。

 ――少年がどれほどの速度で動こうと、決して脱出できないように。


(いや、そもそもどうしてまだ生きて……)


 少年は知らない。

 ジュリエットが最近になってビルドの一部に手を加えたことを。

 下級職の一つを――【死兵】に切り替えていたことを。

 《ラスト・コマンド》。

 死後に、一定時間己の体を動かすことのできるスキルを会得していたことを。


「……ァ……」


 首が半ばまでも断たれたジュリエットは、声を発することは出来ない。

 脊椎を断たれたことで、首から下を動かすことも出来ないだろう。

 だが、そのスキルに声は必要なかった。

 ただ、思うだけで良い。

 思うだけで――彼女の切り札は発動する。


「……ぃ……ぇ……!!」


 そして、スキルは発動する。

 【堕天騎士】が最終奥義(ファイナルブロウ)――《ダーク・レクイエム》。

 自らの血肉全てを呪いの弾丸へと変換し、全方位に射出する――自爆スキルである。


「……ッ!!」


 無数の血弾と骨刃は、幾度も少年を殺傷せしめるだろう。【ブローチ】を装備していても生き延びることはできない。

 黒羽と呪具破片の檻の中、少年に逃げ場はなかった……。


















 ◆◆◆


 ■???


 それは奇妙な空間だった。

 横倒しにした巨大な円筒の中、と言うのが最も近いだろう。

 ただしその円筒は極めて巨大であり、端から端までの距離は地平線よりも遠いかもしれない。

 その円筒の異様さは規模だけではない。

 壁面にびっしりと……無数の筒状の設備が配置されていることも大きい。

 それこそ隙間なく、何十万……あるいはそれ以上の数が置かれているだろう。

 設備は空のものが多いが……中身が入っているものもある。

 それは多種多様な人であり、あるいはその一部だった。

 その筒の中身を段階別に並べれば、まるで頭のてっぺんから少しずつ人体を作っているようであった。

 不思議なことに、完成した人体は多種多様な装備を身に着けている。

 そしていずれも……左手の甲には紋章があった。

 そう、筒の中にいるのは全員が<マスター>。

 否――正確にはそのアバターであった。


 この円筒の空間の名は、アバタースペース。

 管理AI一号アリスの管理する、アバターの再構築・及び保存を司る空間である。

 デスペナルティになった<マスター>のアバターは、ここで再構築される。

 ログアウトの際も一度ここに転送されて保存される仕組みだ。


 そんな空間の最奥に、特殊な筒が複数置かれていた。

 他の筒が壁面に隙間なく貼り付けてあるのに対し、これらの筒は中心に立てて置かれていた。

 それは全部で一五基あり、0から13までの数字が明記されている。(11のみαとΩの記号で分けられ、二基存在した)

 それらの幾つかは、最初から使われている様子がなかったが幾つかは中身も入っている。

 中身入りの一つ――12のカプセルが開き、中のアバターが外に出た。


 それは、ジュリエット達……王国のランカーを闇討ちして回っていた兎耳の少年だった。


「やれやれ。危ない危ない。あんなものを受け続けたらアバターが全損するところだったよ。アリスに五月蝿く言われるのはごめんだ」


 ジュリエットの最後の攻撃で穴だらけになった服や帽子に目をやった少年は、そう言って苦笑する。

 あんなもの……とはジュリエットが決死の思いで放った最終奥義だ。

 あれは、少年といえども回避はできそうにないものだったが……。


(僕らのアバターは彼らのアバターと違って格納(ログアウト)までに待機時間(・・・・)なんてないから、アバターが全損する前にここへしまえたのは幸いだった)


 <マスター>のログアウトには、誰にも接触されない状態、結界等にも囚われていない状態で三〇秒の時間を要する。

 これは何らかの行為を行ってから即座にログアウトして逃げる、という行動を制限するためのプレイヤー共通のルールだったが……この少年には適用されない。


 なぜなら、この少年は――プレイヤーではない。


(流石にアバターをしまうまでに【ブローチ】は壊されたけど、構わない。これで王国側の護衛を受諾した上位のランカーのうち、ログインしていた連中は全員仕留めたからね。あとは入っていなかった奴。それと【破壊王】や【女教皇】、その周辺か。……それは僕の領分じゃないな)

『――十二号』


 少年が指折り数えていると、どこかから声がかけられた。

 それは機械的なエフェクトがかけられており、男女の区別は判然としない。

 それでも、十二号と呼ばれた少年には相手が誰だか分かっていた。


〇号(・・)。何度も言うけれど、アバターを使っているときにはそう呼ばないでおくれよ。今の僕は【兎神(ザ・ラビット)】クロノ・クラウン。皇国所属の有名PKだよ」


 少年――管理AI十二号ラビットのアバターであるクロノ・クラウンは、そう言って機械音声――〇号に訂正を求めた。


 そう、彼は管理AIのアバター。

 王国の決闘ランカーである【猫神】トム・キャットや、<DIN>に勤務する双子社長やアリスンのように……管理AIが人間として行動するための仮の姿である。

 運営側であるがゆえに、彼のアバターにはログアウト(アバター格納)の待機時間や条件が存在しない。

 彼が運営側でさえなければ……ジュリエットの最後の攻撃も届いていただろう。

 あるいは他に目撃者がいればその脱出方法も実行できなかっただろうが、あの場には自爆したジュリエットしか残っておらず、そのジュリエットも自爆で意識は途絶えていた。


「君だって、あの名前(・・・・)を名乗っているときに『おい、〇号』なんて呼ばれたくはないだろう?」

『【兎神】クロノ・クラウン。今回の件について』

「おっと文句は言わないでおくれよ、〇号。僕は僕の仕事(・・)をしただけさ」


 〇号の述べようとした言葉を遮るように、クロノはそう言った。


「なぜなら、僕が時間管理以外に請け負っているのは、『第六形態に到達した<エンブリオ>との戦闘』。僕との戦闘で、彼らの進化を促すことなんだから。そして今回は偶々(・・)王国で護衛依頼を受けた<マスター>との戦闘が連続しただけさ。そうだろう?」


 言い訳というよりは、「だから問題がない」と確信しているような口振りでクロノはそう言った。


「話はそれで終わりさ、〇号。明後日……いや、明日の講和会議の護衛も引き受けているから。忙しいんだよ、僕は」

『…………』


 そう言って一方的に話を打ち切り、クロノはアバタースペースを出た。


 ◆


 アバタースペースを出て、皇国までの転送設備がある部屋にまで移動しながら、クロノはふと自身の状態に気づく。


(……アバターに状態異常がついている)


 自身のアバターに、【装備変更不可】という状態異常――呪いが付与されている。

 ジュリエットが最後に放った《ダーク・レクイエム》は、命を賭した攻撃であると同時に呪いの塊。

 その呪いはジュリエット自身が発動前に選ぶことができ、あのときの彼女は【装備変更不可】の呪いに集中して最終奥義を放っていた。


(致死性の呪いにしなかったのは、レジストを懸念してか?)


 致命の呪いは強力であるが、かつての【グローリア】の《絶死結界》がそうであったように【ブローチ】で無効化される恐れもある。

 それに呪いを低減するアクセサリーで効果を弱めることは出来る。

 ゆえに、レジストされづらい補助的な呪いを使ったのだとクロノは納得した。

 超級職の死を代償に、かつ一点に集中された呪いは強固。しかも呪い自体が生死に関与しない小さな(・・・)ものであるがゆえに、効果のレジストや解呪は不可能と言っていいものになっている。

 今後、アバターを再構成するまでこの呪いが解けることはないだろう。

 装備していた【ブローチ】はダメージによって破砕したが、呪いによって付け直すことは出来なくなった。

 衣服も穴だらけではあったが、こちらは自動的に修復する装備スキルが付与されているので問題はない。


(やはり問題は【ブローチ】がつけられなくなったことだけか。まぁ、問題はない。どうせ、あんな手でも使われない限り僕に攻撃を当てられる奴はいない。呪いは今度アリスの機嫌が良いときにでもアバターの再構成を依頼しよう)


 自身の身に負った呪いを問題無しと判断し、クロノは思考を切り替える。


(さて、次の仕事は講和会議か。新たに上級の<エンブリオ>が増えていれば、そいつがターゲットだ)


 上級の……さらに限定すれば第六形態の<エンブリオ>と戦い、撃破することが彼のクロノ・クラウンとしての基本的な仕事だ。

 それは先ほど〇号に述べたとおりであり、彼の職務を逸脱するものではない。

 だが、それが彼の意思の全てでもない。


(皇国が講和会議で何を企んでいるかまでは僕も知らないけど、王国の戦力を削っておけば上手く回るだろう)


 誰に見られているわけでもないのに、彼は服の袖で口元を隠す。


(皇国はリソースの……食糧や資金の消費を憂いている。だから皇国にとって講和会議での最良の結果は、最もローコストな手段。戦争という無駄は可能なら必ず避けるはずだ)


 そして、隠した口元を歪める。


(きっと皇国の思惑通りに推移すれば、戦争なんて起きない(・・・・・・・・・)


 彼の望みのままに、状況が推移することを夢想して。


僕の仕事(・・・・)も増えなくて済む。あんなに僕のリソースを浪費する面倒な処理、そう何度もやっていられないよ)


 クロノ・クラウンではなく、時間担当管理AIラビットとして……彼は<戦争結界>を忌み嫌っていた。

 彼の処理能力を最も食い潰すのがそれだったからだ。

 戦争が起きれば、この<Infinite Dendrogram>全体の時間を通常時より遥かに加速させることになり、彼は時間加速のみに集中するシステムになる。

 アバターでの活動は出来ないし、彼自身の思考能力も極限まで低下するだろう。

 そうなってしまうことを彼自身が疎んでいた。

 だからこそ……恣意的に王国のみを狙い、講和会議直前のこのタイミングでPKを仕掛けたのである。


(戦争なんて起こす必要ないんだよ。前回の戦争だって、【大教授】のパンデモニウムが進化したのは戦争中じゃなくて戦争後じゃないか。戦争なんて僕の苦労が無駄に増えるだけ。ない方がいい)


 そうしてクロノは皇国までの転送設備にまで辿りついてから、ポツリと呟いた。


「戦争なんて起きないまま……さっさと王国が併合されればいいんだ」


 そうして彼は転送されて、姿を消した。

 皇国側の護衛団に交ざり、講和会議に赴くために。










 ◇◆◇


 □■???


『…………』


『必要なのは戦争ではなく、進化へのトリガーだ』


『理不尽なる敵との戦いもまた、トリガーとなりうる』


『ゆえに十二号の行動を止めはしない』


『現在フェーズの目的は、一〇〇の<超級エンブリオ>を揃えること』


『しかし、<超級エンブリオ>へのトリガーは特定できていない』


『日常、闘争、愛情、憎悪、憤怒、悲哀、食欲、怠惰、希望、絶望……千差万別』


『故に<無限>へと至った管理AI達が、各々の立てた計画でトリガーを模索すればいい』


『一〇〇体が集結する時を待つ』



 To be continued


(=ↀωↀ=)<…………


( ꒪|勅|꒪)<既存キャラをすごい勢いで倒しまくる新キャラっテ


( ꒪|勅|꒪)<劇場版とかの冒頭に出てきそうだよナ


(=ↀωↀ=)<……色々ごめんなさい


( ꒪|勅|꒪)<それはまぁいいんだけどサ


( ꒪|勅|꒪)<最終奥義って運営用ログアウト(?)してなかったらどうなってタ?


(=ↀωↀ=)<……相討ちだったのではないかと


( ꒪|勅|꒪)<…………


( ̄(エ) ̄)<…………


(=ↀωↀ=)<……よしこい!(覚悟)


この運営野郎!>( ̄(エ) ̄)つ)=ↀωↀ=)<代理ぶにゃあ……

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― 新着の感想 ―
運営がPKするのはまあアバターが皇国陣営だから納得できるんだけど、ログアウトの制限無視してログアウトすることでデスペナ回避するのはなんかチート臭いな
[一言] 運営がプレイヤーPKするって、相変わらずぶっ飛びすぎだろこのゲーム。今更か(´Д`)
[一言] GMプレイヤーが片方に手を貸して、理不尽にプレイヤーをゲームから締め出すって最低なんよなぁ。バレたら炎上じゃすまなそう。あとこの話は、利己的な理由でチート行為で荒らしてるに近いから胸糞悪い
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