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<Infinite Dendrogram>-インフィニット・デンドログラム-  作者: 海道 左近
第六章 私《アイ》のカタチ

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第七話 兎は暗闇で跳躍する 前編

(=ↀωↀ=)<現在、五巻の原稿チェックと特典SSの執筆中なのでちょっと短めの更新


追記:

(=ↀωↀ=)<ライザーの装備の記述を少し詳細修正

 □王都アルテア


 講和会議を明後日に控えた夜。護衛依頼を受けた<マスター>達は思い思いに過ごしていた。

 彼らは、主に二通りのグループに分かれる。


 明日の朝方に、アルティミアや第一騎士団と共に王都を出発し、講和会議の行われる国境まで彼女を護衛しながら向かうグループ。

 このグループはリアルが休日などの理由で、比較的時間に余裕のある者が多い。


 もう一つのグループは事前に国境地帯まで移動しておくグループ。

 こちらは講和会議自体には参加できるが、移動ではスケジュールが合わず、事前に現地に入っている者達だ。国境周辺の村落などで合流することになっている。


「ようし! もう一軒行こうぜ、ライザー!」

『ビシュマル。呑みすぎだ。明日は往路の護衛があるだろう』


 王国の決闘ランカー六位マスクド・ライザーと、七位ビシュマルも護衛依頼を受けており、彼らはアルティミアと同行するグループである。

 今日のうちにホームタウンであるギデオンから王都へと移動し、あまり来ない王都の酒場を(主にビシュマルが)堪能し、開拓していた。

 人通りの多い繁華街を、ビシュマルはライザーの肩を抱いて歩いている。


「ハッハッハ! なーに、またお前のヘルモーズにサイドカー取り付けて乗せてもらうさ。道中で何かあったら起こしてくれ」

『人任せじゃないか……』


 ビシュマルの言葉に、ライザーは仮面のうちで溜め息を吐いた。

 困った奴だと思いながら、しかしライザーはその案を拒否はしなかった。

 それはライザーにとって、ビシュマルは長く決闘で競い合い、相方と言っていいくらいに付き合いの長い相手だからかもしれない。


「そういえば聞いたか? レイの奴がクラン立ててランキング入ったってよ」

『一週間は前に聞いたな』

「それもクランランキング二位だってよ! すげえよな!」

『そうだな』

「……あ、わりぃライザー」


 クランランキング二位。それはライザーにとっては少し特別な意味を持つ。

 なぜなら、今は彼がサブオーナーの地位を預かっている<バビロニア戦闘団>が、かつて位置していたのが王国のクランランキング二位だからだ。

 オーナーであった【剣王】フォルテスラは戻らず、彼にサブオーナーの地位とクランを預けた【超付与術師】シャルカの行方も杳として知れない。

 【三極竜 グローリア】の事件で本拠地もホームタウンも失ってしまったために離脱した者は多く、今では両手の指で数えられる程度の人数しか残っていない。

 クランランキングからも随分前に落ちている。


『いいさ。いつかオーナーが戻ってきたなら、<バビロニア戦闘団>はまた上を目指すさ。俺に出来るのはそのときまでクランを残し、決闘ランカーとして競い合い、そして王国を守ることだ』

「ライザー……」


 あの【グローリア】の事件で失ったものが多かったからこそ、尚更にライザーには守らなければという思いがあった。

 今度の講和会議の護衛も、そのためだ。


『ビシュマルこそ、レイのクランには入らなかったのか?』

「ああ。俺はクランってガラでもないしな」


 ライザーの問いに、ビシュマルはそう答えた。

 それと口には出さなかったが「クランに入るなら、入るクランは決めている」という思いもあった。


「しかし、始めたばかりのルーキーだったレイもランカーか」

『彼の人脈と人徳の成果だろうさ』

「かもしれねえ。あとよ、レイだけじゃなくて……カシミヤもすげえよな。……あいつ、あのトムを倒したんだぜ?」

『……そうだな』


 決闘ランキング二位……【猫神】トム・キャットは彼らにとって、決して越えられない壁のような存在だった。

 個人戦闘型の競い合いになる決闘においては、ほぼ無敵と言ってもいい増殖分身の特性を持つトム・キャット。

 彼は<Infinite Dendrogram>のサービス開始時から、長く決闘ランキングの壁として立ちはだかってきた。

 そのトムを今の決闘王者であるフィガロが倒したときライザー達は驚き、同時に喜んだ。

 あれは越えられる存在なのだ、と。

 自分達もいつかは挑戦して勝利してみせる、と。


 けれど、フィガロがその壁を越えた後も、彼らにとってのトム・キャットは依然として越えられない壁として君臨し続けた。

 かつてカシミヤと狼桜が王国に来る前、ジュリエットやチェルシーがランキングを駆け上る前、……そして【剣王】フォルテスラが去った後の一時期。ライザーとビシュマルが三位の座を競いながらトムに挑み続けたのだ。

 それでも彼らはトムを越えられなかった。

 そうして彼らが足踏みをする間に、決闘ランカーの顔ぶれは変わった。

 抜刀術の天才であり王国最速と謳われるカシミヤ。

 超級職を獲得し、天性のセンスで高度な三次元戦闘を駆使するジュリエット。

 修羅の国、天地で鍛え上げた一撃必殺で敵を屠る狼桜。

 時が経って、六位(ライザー)七位(ビシュマル)の前には越えられない壁が増えていた。

 あるいはさらに時が経てば、チェルシーを始めとした他のランカーにも追い抜かれるかもしれない。


「『…………』」


 二人は少しだけ無言のまま並んで歩く。

 それは……周囲の変化を少しだけ早く感じたからかもしれない。


「俺達がデンドロを始めてから……随分と経ったよな」


 ビシュマルは空を見上げて、何かを懐かしむようにそう呟いた。


『そうだな。リアルとこちらを行き来していると、どのくらい……という時間の感覚があやふやになる』


 ライザーもまたその呟きに応じ、昔話に興じる。


『……ビシュマルは会った頃から全く変わらないが』

「そういうお前こそ、昔っからそういうカッコしてたよな。今よりも手作り感あったけど」

『昔の装備は人の手で作られたものだからな。<マスター>の生産職はそこまで育っていなかったから、ティアンの職人達に依頼したものだ。……まぁ、特撮ヒーロー自体が今ほど浸透していなかったから、イメージの刷り合わせが難点だったよ。そんな状況であれらの装備を作り上げてくれた彼らには感謝しかない』


 ライザーの着ていた職人手製の特撮ヒーロースーツは、何度かバージョンアップを重ねていた。

 初期のものは、ビシュマルの言うように手作り感の残る物もあった。

 そうした特撮ヒーローモチーフの装備も、今は昔よりも作りやすくなっている。

 それというのも<ヒーロー倶楽部>の演劇で「どういうものか」という周知がティアンにもなされたことと、<マスター>の生産職のレベルが向上したためである。

 もっともそんな装備を注文する者は限られているのだが。


「そういや今はあの装備(・・・・)を着てないよな。<エンブリオ>(ヘルモーズ)がそっちまでカバーしてくれてっけど」


 ヘルモーズはライザーの<エンブリオ>だ。

 元は大型バイク型の<エンブリオ>であったが、進化の過程でヒーロースーツも生じたのである。


「あの装備はどうなったんだ?」

『何分、酷使したからな。次に壊れればもう修復不可能らしい』

「ああ。そりゃ勿体無い。記念品だと思って大事にしまっとけ」

『そのつもりだ』


 二人はそんな風に昔話に花を咲かせながら歩いていたが、気づけば人通りも少なくなってきた。


「っと、繁華街を通り過ぎちまったな。戻るか」

『今日はもう宿に戻って寝ておいた方がいいんじゃないか?』

「いやいや、王都の夜はこれからだぜ!」


 そう言って二人が踵を返すと、



「決闘ランカーのマスクド・ライザーとビシュマルだよね?」



 聞き覚えのない声が、背後からかけられた。


『……?』


 彼らを呼んだ声が呼び捨てであったことは然程気にしなかったが、違和感があった。

 そう、彼らはたった今、踵を返して繁華街に戻ろうとしていたのだ。

 だというのに、……どうして背後から(・・・・)声をかけられたのか。

 寸前まで、間違いなくそちらには誰も立っていなかったというのに。


 二人が声の主に振り返ると、そこには小柄な少年の姿があった。

 両の手はポケットの中に入れたままで、完全に隠している。

 衣服の布製の軽装であるのに、両足だけは総金属製のブーツを履いている。

 そして最大の特徴として、頭の帽子を通して兎の耳が生えていた。


(兎の耳……狼桜のようなものか)


 知り合いの狼の身体的特徴を持ったアバターを思い出し、少年もまたそのようなメイキングのアバターであろうと考えた。

 このとき、どうしてかライザーは少年がティアンだとは全く思わなかった。

 その理由は、彼でも分からない。

 強いて言うならば、彼に似た<マスター>をよく知っている気がしたからだ。

 そう、まるでつい先ほどビシュマルが口にした……。


「ああ、やっぱりマスクド・ライザーとビシュマルだ!」


 振り向いた二人の顔を見て、笑顔を浮かべる少年。

 そんな少年に、ライザーは直感的に警戒心を高めた。


(《看破》を、……?)


 少年を見て、《看破》をしようとしたとき――少年の姿は消えていた。


 直後に、三つのことが同時に起きた。


「ライザーッ……!」

 ビシュマルがライザーを押し飛ばし、


「――チッ、頑丈な仮面だ。こっちは切り損ねた」

 舌打つ声と共にライザーの仮面に何かがぶつかり、




 ――――ビシュマルが首から血を吹き出していた。




『な、に……!?』


 歴戦の猛者であるライザーですら、状況を一瞬では把握できなかった。

 しかし、攻撃を受けたことだけは悟り、即座に己の<エンブリオ>……バイクの形状をしたTYPE:ギア・アームズであるヘルモーズを呼び出した。

 呼び出した一瞬で、ヘルモーズの付属品であるヒーロースーツを纏う。


「――《()()


 ビシュマルもまだ息があり、咄嗟に必殺スキルを発動してその体を炎に変えようとする。

 だが、


「ああ。炎熱化とか、面倒なので止めてくださいね」

 その頭部に――少年が降ってきた(・・・・・)


 少年の履いていた金属ブーツは――凶器へと変形していた。

 それはスケートブーツのように、ギロチンのように、ブーツでありながら鋭利な刃。

 そんなブーツの着地によって、ビシュマルの脳天はスキルを発動する前に断ち割られていた。

 やがて、蘇生可能時間も過ぎて……ビシュマルが光の塵になる。

 石畳の上に少年が着地し、金属製のブーツが硬い音を立てる。


『ビシュマル……!!』

「まずは、一人」


 少年がそう呟いた時、目の前で起きた惨状にライザーの理解が追いついた。


『お前は……誰だ!』

「質問に答える時間がもったいないよ。僕は忙しいもの」


 ライザーの誰何に、少年は答える様子を見せない。

 だが、紛れもなく敵であることをライザーは認識した。


(敵襲……! だが、王都での戦闘は……いや!)


 幸いにして、周囲の路地に人はいない。

 今ならば戦闘に人々を巻き込まずに済む。


 同時に、ライザーは考える。

 自分達を襲撃したこの少年が、これからさらに誰かを襲わないとも限らない。

 それゆえに、ライザーはここで勝負を決めることを決断した。


『――《悪を蹴散らす嵐の男(ヘルモーズ)》!!』


 必殺スキルを宣言すると同時に、ライザーは空へと跳ぶ。

 同時に、彼の<エンブリオ>であるヘルモーズも飛翔し、彼と一体化する。

 直後、ヘルモーズに備え付けられたブースターがライザーを加速させる。

 それは本来の彼の速度である亜音速を凌駕し、音速の数倍へと到達させる。

 加速しつつ、空中で弧を描いて反転。

 その軌道は――流星の如く地上を目指す。


『《ライザァァァ……キィィィック》!!』


 今より放つはライザーの切り札、超加速・超強化された蹴撃。

 命中すれば、上位純竜や超級職であろうと屠りうる一撃。

 かつてライザーが夢見たヒーローの技の如き、文字通りの必殺技。

 ヘルモーズの固有スキル――その名も高き《ライザーキック》。


 ライザーが己の行使しうる最大撃を初撃とし、謎の少年を撃破せんとしたとき、


『……ッ!?』


 少年の姿は――既に地上になかった。



跳ねる(・・・)とか。蹴る(・・)とか。何より、何より速さ(・・)とか……よりにもよって、てものだ。僕と比べるべきでないものばかりだよ、マスクド・ライザー?」

そんな少年の声が……加速中のライザーの耳元(・・)で聞こえた。



『ッ!?』

「じゃあ、さよなら」


 ライザーはスーツの隙間……両足の膝の裏を掻き切られた。

 関節を壊されたライザーはキックの動作を制御できなくなり、


 無防備な彼の全身は必殺スキルの勢いのまま……超音速で石畳に叩きつけられた。


 落下地点ではライザーの墜落でまるでクレーターのように石畳が陥没し、周囲では逆に衝撃で整然と並べられていた石畳が浮き上がる。

 その激突音と衝撃が周囲へ異常を伝えたのか、周囲の家々に灯りがついて住人達が悲鳴と共に顔を出す。


『……、……ぅ』


 石畳に出来たクレーターの中心には、粉々に砕け散ったヘルモーズの残骸と、死体のように倒れたライザーが転がっていた。

 そんな彼をクレーターの縁から少年が見下ろし、


「まだ生きてる……本当に頑丈だよ。AGIだけじゃなくて、ENDまでスーツのお陰で高いどっちつかずのビルドなのかな? まぁ、これでトドメだけど」


 そう言って――ダイナマイトを思わせる筒状の爆弾を倒れ伏したライザーに放り投げた。

 そうして、彼はクルリと背を向けて歩き出す。


 直後、轟いた爆発音によって周囲の家屋から更なる悲鳴が巻き起こった時には、……少年の姿はどこにもなくなっていた。


 To be continued

(=ↀωↀ=)<…………

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