第五話 その名は<■■・■■■■>
(=ↀωↀ=)<今回はクラン名決定回
□王都アルテア・王城
講和会議まで一週間を切ったその日、アルティミアは執務室で最後の詰めの作業をしていた。
会議前までのあらゆる段取りを片付けておき、会議で何が起きても……自分が死んだとしてもすぐに国として動ける準備を固めている。
「…………」
彼女は、講和会議で自分が死ぬとすれば三つのパターンがあると考えている。
一つ、講和会議自体が罠であった場合。
二つ、講和会議の決裂により戦闘状態に移行した場合。
三つ、講和会議を狙った第三勢力に襲撃された場合。
一と二の場合は皇国を相手に戦争を再開することになる。
しかし、三の場合は現時点では如何なる状況となるかが読めず、何が最善手であるかを残った者達に考えてもらわなければならない。
幼いエリザベートにその判断は難しいため、自身の腹心であるフィンドル侯爵、そして信頼できる友人であるリリアーナをこの王都に残すことにした。
自身の死後はその二人を後見人として、エリザベートやテレジアを支えるように書面も残してある。
「インテグラは、間に合わなかったわね」
アルティミアに手紙を送ってきた親友であり、【大賢者】の後継者であるインテグラ。彼女の手紙には帰還する旨は書かれていても、その時期は明記されていなかった。
そして現時点でも彼女が王都に帰り着いた報告はない。
講和会議まであと僅か。彼女の帰還は間に合わないと考え、彼女抜きでの準備を整えている。
そんな風に作業を進めていると、執務室のドアがノックされた。
門の外の近衛騎士に用件を聞くと、「レイ・スターリング氏がいらっしゃいました」という返答がきたため、執務室に通すように伝えた。
昨日のうちに王都まで移動してきたことは聞いていたので、近日中に来てもらうように伝えていたのだ。
(大学のために)他の世界に姿を消す頻度もそれなりに多いレイであるので、翌日というのはアルティミアの想定よりも早かった。
「いらっしゃい。レイ、ネメシス。久しぶりね」
「ああ、久しぶり」
「ハンニャの事件の後以来だのぅ、アズライト」
「そうね。私も講和会議の準備で忙しくて、あの後はすぐに王都に戻ってしまったから」
「そっちは大丈夫なのか?」
「ええ。粗方の段取りは済ませたわ。それでアナタを呼んだ理由は二つあるのだけど、まずはシルバーについてね」
「シルバー?」
自身の所有する煌玉馬の名前を急に出されて、レイは首を傾げた。
「カルチェラタンで進めているあれの修復作業で、どうしてもオリジナルの煌玉馬の構造の写しが必要になったらしいのよ。【セカンドモデル】だと簡略化されてる部分だから参考に出来ないらしくて」
「なるほどのぅ。量産型だけあってコストダウンしている部分もあるのか」
「ええ。それで修復のためにオリジナルの煌玉馬の構造データが欲しいそうなの。担当のブルースクリーン氏が今は王都の工房にいるそうだから、後で顔を出してもらえるかしら」
「分かった。それでもう一つの用事は?」
「……その、私が個人的に聞きたいことがあったの」
「アズライトが?」
レイは『尋ねられるようなことがあったか?』と疑問に思ったが、その答えはすぐに返ってきた。
「アナタ、自分でクランを作ったそうね」
「ああ、そのことか。もう知ってるんだな」
「ええ。噂になっていたから…………」
そこまで言って、アルティミアは少し口をつぐみ、頬を赤くした。
その理由はと言えば、噂にレイが衆人環視の中で行ったあの宣言の内容まで入っていたからである。
レイの声で直接聞いたわけではないのに、想像してアルティミアは顔を赤くしたのである。
「アズライト? どうかしたのか?」
「……なんでもないわ。それより、クランにはどんなメンバーが集まったの?」
「俺と兄貴、うちのパーティメンバー、それとレイレイさん。あとは知り合いの<マスター>を何人か誘って、加入の返事をもらえた三人だ。人数は合計九人だな」
それはクランとしては普通の規模で、むしろ少人数と言える。
だが、そのメンバーの中に<超級>が二名、名を馳せたPKが二人いる時点で普通のクランではありえない。
なお、加入した三人と言うのは度々クエストで同行もしていた霞、ふじのん、イオの三人である。
霞がルークに誘われ、「わぁ……。ルーク君やレイさん、それに師匠とも一緒のクランなんだ……。それはとっても良い、ね……!」と赤面しながら二つ返事で了解した。他の二人も二つ返事である。
……なお、その後に霞が他のメンバーとの顔合わせで失神したことは些細な問題である。
偶々ビースリーがバルバロイモードだったので間が悪かったのである。
なお、レイの方は模擬戦仲間の決闘ランカーに声をかけたが、そちらからの加入者はまだいない。
既に<バビロニア戦闘団>というクランを預かっているライザーには打診しなかったし、ビシュマルは「俺はクランには入っちゃいないが、ライザーの野郎と組むことにしてるぜ!」と言って断った。
ジュリエットとチェルシーは返答を保留にして欲しいと言っていた。
チェルシーは先のクラン解散のショックがまだ抜けておらず、すぐには新クランに入るという判断を下せない。ジュリエットはそんなチェルシーが心配という理由で、まだ加入しないことにしたそうだ。
チェルシーが落ち着いたら彼女達の方から、加入か断りの意思を伝えることになっている。二人がレイのクランに入るのか、あるいは二人で新クランを立ち上げでもするのかはまだ分からない。
「……アナタの兄はともかく、レイレイまで入っているのね」
「それは俺も驚いた。あと兄貴が言うには、フィガロさんとハンニャさんも入るそうだけど、二人はまだ戻ってきてないから加入はしてない」
それで<超級>が四人。
アルティミアはそんな状態に驚くべきか、喜ぶべきか、……あるいは呆れるべきか悩んだ。
「王国の<超級>がそこまで一丸になるなんて、少し前までは想像もできなかったわ。……レイのお陰かしら?」
「だったら、アズライトが理由だよ。アズライトがいたからこそ、俺もこのクランを作る決意が出来たんだ」
あっさりと言われたその言葉に、アルティミアの心拍数は少し増えた。
「…………アナタって、本当に私を驚かせることを言うわね」
「そうか?」
「アズライト、気をつけるのだ。レイの口はここぞという時に熱いことを言うが、普段もあっさりと心臓を止めかねないことを言うからの」
「本当にそうね」
「……お前らの中で俺の口はどういう扱いなんだ?」
「「…………」」
二人が目を逸らして無言になったことが、ある意味では答えと言えた。
レイは二人の態度にちょっと落ち込み、気持ち悲しげな表情でシャコンと【ストームフェイス】を装備した。
それが「台詞には気をつける」というアピールなのか、「俺の口はそんなにやばいのだろうか……」という落ち込みの意思表示なのかは分からない。
落ち込むレイに救いがあるとすれば、顔を逸らした二人の頬が少し赤かったことだろう。……顔を逸らされたのでレイ本人には見えていなかったが。
「……いえ、レイの口のことはいいわ。それよりもレイのクランに話を戻しましょう。クランについて聞きたいことは、顔ぶれ以外にもあるのよ」
『それは?』
「…………マスク外してもらえるかしら?」
「分かった。で、他に聞きたいことって何だ?」
そう尋ねるレイにアルティミアはある資料を取り出す。
それは最近更新されたランキング掲示板の写しだった。
「アナタのクランの名前よ。先日の更新でクランランキングは変動が激しくて、どれがレイのクランか分からなかったから」
「ああ。今回は上から下までガラリと変わってたからな」
大きな変化の理由は幾つかある。
まず、<黄金海賊団>や<凶城>といったクランが解散によりランキングから消滅したことで生じた空き。
次に、戦争が起きると想定して傭兵や新規メンバーを募集して合計ポイントを高めたクランの参入。
そして、ランキング二位<AETL連合>の分裂と縮小が上げられる。
<AETL連合>が縮小した理由は、リリアーナのファンクラブが離脱したからである。
なぜそんなことが起きたかと言えば、……実はレイが<AETL連合>に加入を打診したことが原因だ。
あのとき、加入を打診したレイはリリアーナファンクラブのトップ……<AETL連合>のサブオーナーにけんもほろろに加入を拒絶された。
そのことが、クランの中で問題になったのである。
『あのレイ・スターリングがいればリリアーナを通じ、エリザベート様と俺達の接点もできたじゃないか! 何してんのばかぁ!?』と、リリアーナが護衛する第二王女エリザベートのファンクラブが涙ながらに訴えた。
それに対し『うるせえ! こっちの気持ちがお前らに分かってたまるか! バーカッ!』とリリアーナのファンクラブも反論。
それをアルティミアのファンクラブは宥めようとし、テレジアのファンクラブは我関せずを貫いた。
結果として、リリアーナのファンクラブは<AETL連合>から脱退し、<リリアーナFC>として独立した。……単独になってもランキングには食らいついたあたりは、流石は<AETL連合>でも一、二を争う勢力である。
こうして<AETL連合>は実質的には<AET連合>になってしまった。(国家所属クランの名前は結成後に変えられないので、登録名は<AETL連合>のままであったが)
そんな彼らに、新たな悲劇が舞い降りる。
<DIN>から入手してしまった『エリザベート殿下、黄河に輿入れ』情報である。
それはすさまじい衝撃をエリザベートのファンクラブに齎した。
ショックでログイン頻度が落ちる者、暴走しかけて謎のグラサンPKにデスペナされる者、「黄河か。少し遠いな」などと言いながら旅支度を始める者など、非常に混乱した。
そのドタバタでクランのメンバーが少し減り、それもまたランキングを落とす要因となった。
……彼らにとって幸いだったのは、レイとアルティミアの関係についてはそこまで知られなかったことだろう。アルティミアがレイと同行している時に仮面を付けていなかったら、もっと混乱していたかもしれない。
結果として、現時点の<AETL連合>の順位は八位、<リリアーナFC>の順位は二七位である。大幅な後退と言えた。
そんな<AETL連合>の後退によって、クランランキング三位であった<K&R>が二位に浮上したかと言えば……そうではなかった。
新たにランキング上位に食い込んだクランがあったのである。
「今回は新たにランキングに入ったクランも多いけれど、私が特に注目しているのは二位のクランね」
「え、二位のクラン?」
「これまで名前を聞かなかったクランなのに、あの<月世の会>には届かないものの、二位につけているわ。これは相当な集団よ」
「……のぅ、アズライト。それは」
「けれど、あまりにも名前が禍々しすぎるわ」
「「…………」」
レイとネメシスの二人はアルティミアが机の上に置いたリストに視線を送り、……そして目を逸らした。
「この名前、もしかして<マスター>用語で言うPKのクランじゃないかしら……?」
アルティミアの疑念に対し、二人は返答に悩んだ。
「あー、うん。ある意味、そうかな?」
「……PKのクランと言えば、そうかもしれぬのぅ。あの二人だけでなく、クマニーサンやあの蛇チャイナも結構殺っておるだろうし」
「そう、クマニーサンや蛇チャイナが…………今なんて言ったかしら?」
アルティミアは思わず聞き返した。
クマニーサンとはたしか、ネメシスが使う【破壊王】の愛称であったからだ。
ならば、それが意味することは……。
「……アズライト」
顔に冷や汗を流しながら、レイはアルティミアの目を見ながら口を開く。
「その二位のクランが…………俺達のクランだ」
「…………………………………………え?」
アルティミアはその答えを聞いて、今度は心臓が止まるかと思った。
アルティミアは再度リストへと視線を落とし、二位を凝視する。
王国を守り、アルティミアと共に戦うために、レイ・スターリングの創設した新たなクラン。
<超級>を二人、じきに四人、将来的にはさらに抱え込む可能性もある超強豪クラン。
彼女にとっても王国にとっても特別なクラン。
そのクランの名は――――<デス・ピリオド>である。
「…………………………」
アルティミアは、それがレイのクランだとは本気で気づいていなかった。
<超級>がいても、少人数なので二位にはならないと思っていた。
何より……<デス・ピリオド>などという禍々しい名前をつけるとは、思いもよらなかったのである。
「…………どうしてこんな名前に?」
「……色々あったんだ」
そうしてレイは重い口を開き、ゆっくりとそのときのことを話し始めた。
◇◇◇
□一週間前 【死兵】レイ・スターリング
クランを結成することになったあの運命の日。
俺達は冒険者ギルドの窓口で結成の手続きをしていた。
本拠地などはまだ決めなくても良かったので、用紙の作成にはさほど困らなかった。
クラン名という最大の思案ポイントを除けば。
言うまでもなくクラン名はクランの看板とも言うべき大事なものである。
そのため、クラン名を決めるのは非常に難航した。
個性的なメンバーが集まりすぎた反動か、「これだ!」とメンバーが納得できるような名前が出てこないのだ。
良さそうな名前があっても『あ。同じ名前のクランがグランバロアのランキングにいるクマ』とか、「その名前はカルディナで昔活動していた盗賊団と同じですねー」といった風に、情報通の面々が「被ってるよ」と言ったのでボツになった。
そうして一時間以上も話し合い、冒険者ギルドの窓口が閉まる時間が迫っていた時。
「私に良い考えがあります」
先輩がメガネを光らせながらそう言った。
「私が自分のクラン名を決める時に使った方法ですし、それなりにメジャーなやり方です」
そうして、先輩はアイテムボックスから紙を取り出し、十二等分した。
「クランの初期メンバー、今回の場合はここにいる六人で『前半』と『後半』の単語をそれぞれ一枚ずつカードに書き、『前半』と『後半』で分けて箱に入れます。箱は……」
『ポップコーンに使うための紙箱をちょちょいと加工するクマ?』
「それでお願いします」
『了解クマー』
兄はそう言って、ポケット(型のアイテムボックス)から平たい状態の紙箱とハサミ、テープを取り出して工作をし始めた。
それを横目に、先輩は続きを説明する。
「箱に入ったカードをクランオーナーが順番に引いて、『前半』と『後半』をくっつけてクラン名とします。おかしな名前だったらまた単語カードの作成からやり直しですね」
「なるほど。簡単ですけど面白い決め方ですね。引くのがクランオーナーというのもいいと思います」
ルークがそう言って、他のみんなも頷く。
「ええ。お手軽ですし面白いので、多くのクランでこの手法は使われています。<凶城>だけでなく、<ゴブリンストリート>もこの命名法だったはずです」
……結構ドンピシャで物騒な名前が出来るものだ。
兄の手で箱もすぐに出来上がり、みんなで他のメンバーに見えないように単語カードを書き始めた。
さて、俺は何にしようか……。
そうだな、前向きな単語が良い。
『前半』には『ライフ』、『後半』には『ガード』と書いておこう。
ライフガードだと何だかそういう職業みたいだが、どちらも自分のカードを引く確率は低いし、他の人の単語と混ざればいい塩梅になるだろう。
◇
やがて六人全員が書き終わり、それぞれの箱にカードを投入した。
それから『前半』の箱をネメシスが、『後半』の箱をバビが、シャカシャカと振ってかき混ぜる。単語カードを書くのはメンバーだけだったので、二人にはシャッフル係をお願いした形だ。
そうして準備は整った。
「じゃあ、始めます」
みんなの注目を集めながら、俺は『前半』の箱から一枚目を引いた。
緊張と共に、引いたカードを見る。
「……………………ぇ?」
そこには……『デス』と書かれていた。
俺のカードと完全真逆の単語である。
「…………」
いきなり飛び出してきた不穏極まる単語に、思わず無言となってしまう。
それは他のみんなも同様だった。
何も言わないまま、『後半』の箱を見ている。
……正直、この時点でボツなのじゃないかと思いもするが、逆に考えると何と組み合わせても物騒なので、このまま『後半』を引いてもボツになるだろう。
そう思って、『後半』のカードを引いた。
そこには…………『ピリオド』と書かれていた。
「…………」
『前半』の単語と組み合わせよう。
命名、<デス・ピリオド>。
「何だよこの組み合わせ!?」
どうしてダブルで終わらせに来てんの!?
結成と同時に死んでるじゃん!?
先輩や【強奪王】のクランより遥かに物騒な名前出来上がってるよ!?
「……一回目から凄まじいものが出来上がってしまったのぅ」
「いや、流石にこれは……」
戦争で王国を守るクランなのに、逆に呪いそうな名前だ。
このクラン名はちょっと……。
「……良いですね」
…………先輩?
「このクラン名、最高ですね! いやー、『デス』の単語入れたのボクですけど、まさかここまでバッチリな組み合わせになるなんて思いませんでしたよー」
待て、【絶影】マリー・アドラー。
「おー、これは中々ロックな名前ダヨー。私はこういうの好きだナー♪」
レイレイさん、何でそんなにウキウキしてるの?
『俺の知る限り、有名所で名前被ってるクランはないクマ』
いや、それも重要だけどさ……。
「『ピリオド』は僕が入れました。『理不尽な死に終止符を打つ』、レイさんのクランに相応しい名前ではないでしょうか?」
ルークも心からそう思っていそうな笑顔でそんなことを言っている。
そうか、そういう読み方をすれば何とか……。
『……それだと御主の考えた『ライフ』だとシャレにならなかったのぅ』
<ライフ・ピリオド>で『生命に終止符を打つ』……どう考えてもPKクランだったな。
……<デス・ガード>でもそうか。
「マイナスにマイナスをかけたらプラスになった、みたいな名前だな」
『ハッハッハ。それもこのメンバーには似合いって気がするクマ』
兄の言葉に、みんな同意するように頷いていた。
ともあれ、メンバーはみんなこの名前を気に入っているようだった。
……些か名前が物騒な気はするが、ルークの言ったような意味合いなら俺としても納得できる。
「……分かった」
ならば、これで決まりだろう。
「これから始まる俺達のクランの名前は――<デス・ピリオド>だ」
かくして、俺達のクラン名が決定したのだった。
……やっぱりちょっと禍々しかったが。
To be continued
余談:
(=ↀωↀ=)<各人の単語カード一覧ー
レイ:ライフ・ガード
ルーク:ヘッド・ピリオド
マリー:デス・シャドウ
ビースリー:ヴァイオレンス・フォートレス
レイレイ:エデンズ・ロック
クマニーサン:素敵大好き・着ぐるみ愛好会
(=ↀωↀ=)<色々突っ込みたいけど最後のは……
( ̄(エ) ̄)<てへぺろ♪




