第三話 胎動
(=ↀωↀ=)<作者の体調不良で予定より数日遅れての更新です
(=ↀωↀ=)<ただストックがないので今後も更新期間にバラつきも出るかもしれません
(=ↀωↀ=)<なるべく早めに投稿できるように頑張ります。
□王都アルテア・国王執務室
その日、アルター王国の第一王女であるアルティミアは国王代理として多くの執務をこなしていた。
ハンニャの事件の後は皇国との講和会議の件もあったため、すぐに王都へと戻っていた。今は講和会議に向けて様々な案件を片付けている。
「カルチェラタンでの【セカンドモデル】の増産は順調で、近衛騎士団と王都の騎士団にはもうすぐ配備完了ね。例の件は……やはりまだ難航しているようね。次の報告書は、……?」
カルチェラタン伯爵夫人からの報告書を読み終えた後、次の書類に手を伸ばしてアルティミアはその内容に首を傾げた。
そこには、『【炎王】フュエル・ラズバーン師、消息不明』と書かれている。
それはアルティミアが<マスター>に協力を仰ぐよりも前、有力なティアンを頼ろうとしていた時期に出していた指令の報告書だった。
王国内に住んでいるものの王国の組織とは関わりなく生活していた超級職のティアンは幾人かおり、アルティミアは彼らを勧誘するために使者を送っていた。
しかしながら、人里離れて隠棲している者も多かったためにその結果は芳しくはなかった。何人かは既に自然死し、他も有力な<マスター>に超級職を譲るなどしていた。
そしてまだ報告を受けていなかった最後の一人が【炎王】フュエル・ラズバーンだった。
彼はかつて【大賢者】とも腕を競ったほどの実力者であり、今も山深き地で修行を重ねていると世間の噂になっていた人物だったが……。
「消息不明、それも戦闘の形跡が……?」
報告書によれば、ラズバーン師が住むという深き山中の庵に使者は赴いたらしい。
しかし、庵は全焼しており、庵の周りの木々もほとんどが炭化していた。まるで火属性魔法の大家であるラズバーン師が何者かと戦った……その戦場跡であるかのように。
しかし現場にはラズバーン師がおらず、敗れたとしてもその死体もない。
また、全焼した庵の周囲に新たな雑草が生い茂っていたことから、戦い自体もかなり前……少なくとも半年以上前に行われたのではないかと報告書には記載されている。
「…………」
その報告書の内容を、アルティミアは訝しむ。
戦闘があったのに、死体が残っていないというのは不可思議だった。
戦闘でなければ老齢であったラズバーン師が死期を悟り、自らを庵ごと焼き尽くした可能性もある。
だが、アルティミアの直感はそうは言っていなかった。
ラズバーン師は何者かと戦い、敗れたのだろうと思い至った。
そして生死がどちらにせよ、いずこかに消えてしまったのだ。
しかも、それが半年以上も露見していなかった。
アルティミアは、知らぬ間に蛇が自身の足に巻き付いているようなゾッとする不快感と危機感を覚えた。
「……これまでも皇国の策謀、ということはないと思いたいけれど」
いずれにしろ、注意しなければならない事柄が増えたとアルティミアは考えた。
◇
アルティミアはその後も仕事を続け、一先ず彼女の確認や決済が必要な書類は全て片付けた。
最後の書類は講和会議の護衛依頼に関する報告書だった。
「講和会議に備えて<マスター>への依頼も出したけれど、参加状況は良好、ね」
アルティミアとしては『かつての戦争の際にもこれだけ集まってくれていれば……』と思う気持ちはないでもなかったが、『きっとあのときにも同じようにしていれば集まってはくれたのだろう』と結論づけた。
結局、前回の<マスター>の不参加の理由の多くは王国側にある。
しかし、だからこそ彼女には腑に落ちないことがある。
「どうしてお父様は、あそこまで頑なに……」
先代国王のエルドルが彼なりの信条を持って、<マスター>を特別な存在と考え、戦争の道具としない判断をした。
それはアズライトも己の耳で聞いているし、理解もした。
けれど、『そもそも何故そのような信条を持ったのか』がアルティミアには不明だった。
国王代理としてエルドルの仕事を執り行えば見えてくるかとも考えていたが、今もって分からない。
むしろ、<マスター>であるレイ達と直接触れ合うことで、彼らとの協力は必須であるとも考えるようになっていた。
人と……レイと触れ合ったことで、アルティミアの考えは変わったのだ。
「……お父様も?」
あるいは、先代国王エルドルも誰かと接したことで、あのような考えを持つに至ったのかもしれない。
しかし、もしもそうだとしても、エルドルと接してあのような思想を囁いたのが誰なのか、アズライトには分からなかった。
「そちらも、少し調べてみようかしら。……あら、もうこんな時間なのね」
時刻は既に夕暮れになっており、じきに夕食の時間となるだろう。
今日のアルティミアは、エリザベートやテレジアとも一緒に夕食をとる予定だった。
先週のエリザベートとの一件で和解し、エリザベートがこの王都に戻ってからは姉妹揃って夕食をとることも増えている。
あるいはそれは、遠からず黄河へと嫁に行くことになるだろうエリザベートとの思い出を作るためなのかもしれない。
エリザベートと黄河の第三王子ツァンロンは、予定では講和会議の翌日には黄河へと旅立つことになる。
それがギリギリのリミット。会議が決裂したとしても<戦争結界>を発動するまでには僅かに期間が空く。
その猶予期間が、エリザベート達が戦争になる前にこの国を離れる最後の時間だった。
また、もしも会議でアルティミアが暗殺されれば、エリザベートが王国の第一王位継承者となる。
そうなったときは、黄河との縁組の形も変わることになるだろう。
「…………」
全ては二週間後の講和会議の結果次第。
自分が死ぬ可能性にも考えを巡らせながら、アルティミアはできることをしようと考えていた。
「殿下。ご在室でしょうか?」
不意に、執務室のドアがノックされた。
ノックしたのはアルティミアの腹心でもあるフィンドル侯爵だった。
「ええ。入室を許可します」
「失礼いたします」
そうして執務室に入ったフィンドル侯爵は、その手に一通の手紙を携えていた。
「それは?」
「殿下に宛てて届けられたお手紙にございます。差出人は……インテグラ殿です」
その名前にアルティミアは驚き、目を微かに見開いた。
インテグラ。インテグラ・セドナ・クラリース。
先の戦争で亡くなった【大賢者】の徒弟の一人であり……唯一の生き残りだ。
彼女は徒弟の中で最も年若かったが、【大賢者】から才能を認められ、多くのことを直接教わっていた。
その才は、紛れもなく多くの徒弟の中で抜きん出ていたという。
そして二年前より、【大賢者】からの最終課題として七ヶ国を周遊する旅に赴いていた。
そのため、徒弟が全滅した【三極竜 グローリア】との戦いにも、【大賢者】が亡くなった戦争にも参加していなかったのだ。
しかし世界を回る彼女とは連絡を取る手段もなく、これまで生死も定かではなかったのだが……今こうして彼女からの手紙がアルティミアに届いた。
「…………」
アルティミアは少しの思案の後に、フィンドル侯爵から手紙を受け取った。
アルティミアにとってのインテグラは、リリアーナやクラウディア同様に数少ない友人であり、親友でもある。
しかし、この二年の間に王国の情勢は大きく変化し、彼女の兄弟子達や師である【大賢者】も亡くなってしまった。
そのことについて、彼女が手紙に何を書かれているのかを思い、少しだけ恐れた。
けれどアルティミアは意を決し、彼女からの手紙の封を切り、その中身を確かめた。
「…………え?」
そこには、アルティミアの意図しない文言のみが書かれていた。
『この度、インテグラ・セドナ・クラリースは師の後を継ぎ、【大賢者】となりました。王国に帰還した後は、アルティミア・アズライト・アルター殿下の下で師同様に力を尽くしたいと思います』
◇◇◇
□【死兵】レイ・スターリング
「どうしたものかな……」
当てにしていた<黄金海賊団>解散の報を聞いてから、俺は悩んでいた。
女化生先輩の<月世の会>に入るか、ギリギリまで他の方法を模索するか。
「他に道があれば良いのだが……それも難しいか」
「そうだな……。ランキング内で伝手のあるクランもあまり多くはないし」
実は、ランキング上位で幅広く戦争時の傭兵……一時加入メンバーを募集しているクランもある。
クランランキング二位の<AETL連合>というクランがそうだ。
ランキング上位ではあるが、<超級>の女化生先輩がいる一位の<月世の会>や、決闘ランカーのカシミヤと狼桜がいる三位の<K&R>と違い、目立ったメンバーはあまりいない。
代わりに、人数は<月世の会>に次ぐ規模を誇る。
クランの活動としては、端的に言えばファンクラブだ。
アズライトを始めとした三人の王女と、何時だったか兄が言っていたように王国のティアンでも絶大な人気を誇るリリアーナ。
彼女達四人のファンクラブが結集したのが<AETL連合>だ。クラン名は彼女達の頭文字である。
彼らは『彼女たちを護る!』という目的に沿っていれば誰でも一時加入を認めていた。
前回の戦争に参戦した王国の<マスター>では最大勢力であり、王国が完全な崩壊を迎えなかった一因とも言われている。
彼らは『また戦争が起きても同じ目的を抱いて戦いに臨む』と常々宣言していた。
そして、俺も彼らと目的は同じであったため、実を言えば<黄金海賊団>より先に打診していた。
だが……。
「……<AETL連合>には断られたんだよな」
「あれはのぅ……」
その最大の要因はフランクリンの中継していたギデオンの事件の映像である。
あの戦いで俺はリリアーナ(及びリンドス卿)と肩を並べて戦った。
天敵である【RSK】を倒した後は、リリアーナに介抱されもした。
それが彼らの逆鱗に触れたらしい。
クランのサブオーナー(リリアーナファンクラブのトップ)と直接話したのだが、「リリアーナ殿と肩を並べて……まして直接手当てされるなどあまりにも距離が近すぎる!! しかも治療している時の彼女のあの真剣な表情……ぐああああああ!! お前なんか絶対に入れてやらん! ペッ!」と断られてしまった。
「ファンクラブというのは、抜け駆けを嫌うものなのだな……」
「組織によるだろうけどな」
<AETL連合>ではアウトだったらしい。
まぁ、闇討ちとかしてこないだけまだ理性的な人達ではあるのだろうけど。
今からでも頼めば入れてくれないものか……。
「というか、今はアズライトとも仲が良いのだから余計に加入は不可能では?」
「……それもあったな」
「…………しかも混浴までしたのぅ」
「…………それ、内緒な」
知られたら今度こそ闇討ちされるかもしれない。
……やはり当面は<AETL連合>に入るのは無理そうだ。
「……女化生先輩の<月世の会>の場合、頼めば入れてはくれるんだよな」
なにせ相手は一度、俺を誘拐してまでクランに加入させようとしていたのだから。
そんな俺が自分から「加入させてください」と言えば、二つ返事でOKされてしまうだろう。
しかし、その後が問題だ。
<月世の会>に入る理由は戦争に参加するため、つまりは傭兵枠の一時加入だが……向こうがそれで済ませてくれない可能性は高いと見ている。
あれこれと理由をつけて、逃がしてくれないだろう。
しかもこちらはリアルも割れているのである。ちょっと逃げられない。
だが、こちらとしても戦争に参戦できないというのは論外だ。
今度の講和会議で王国と皇国が決裂すれば、待っているのは戦争。
アズライトやリリアーナ、多くの友人の命運が掛かった凶事に、その場にいることすらできないというのはあまりに後味が悪い。
「……やっぱりそうするしかないか」
背に腹は変えられないという言葉もある。
虎穴どころか虎口に入ることになったとしても、<月世の会>に加入するしかない。
でもパーティメンバーのみんなにはどう話したものか……。
「ン? レイじゃないカ。そんなに思いつめた顔をしてどうしたんダ?」
そんな風に覚悟を決めながら歩いていると、特徴的な声と身長をした知人とばったり出くわした。
言わずもがな、【尸解仙】迅羽である。
その手には兄の屋台のポップコーンを持っていた。
……あの義手でよく器用にポップコーンをつまめるものだ。
「迅羽……」
「本当にどうしたんだヨ。なんだか、『服脱いで、金属外して、酢をつけて、塩もみこんで、扉の向こうに逝ってきます』ってツラだゾ」
……それどこの注文の多い料理店ですかね。
しかし俺はそんなに悲壮な顔をしていたのか……。
「何かあったなら言ってみろヨ。ダチのよしみで相談に乗るゼ?」
「迅羽……」
何だかすごく頼りたくなる……相手は小学生の女の子だけど。
「実は……」
俺はさっきあったことと、これから<月世の会>への加入を頼もうと考えていることを告げた。
それを聞いて迅羽は首を傾げた。
「なぁ、何で<月世の会>に入るんダ?」
「もう他にランキング内のクランに伝手がないからだよ」
「そうじゃなくてナ」
迅羽はそこで言葉を切って、
「お前らでクラン作ればいいだロ?」
そんな寝耳に水な言葉を投げかけてきた。
To be continued
(=ↀωↀ=)<【炎王】は紅蓮術師系統の超級職です
(=ↀωↀ=)<みんな大好き《クリムゾン・スフィア》とか使うあのジョブ
( ̄(エ) ̄)(使った奴の敗北率一〇〇%のあの《クリムゾン・スフィア》か……)




