第一話 第三のジョブ
□【煌騎兵】レイ・スターリング
ハンニャさんの事件から、デンドロの時間で一週間近くが経過した。
あの事件、そしてハンニャさんの王国加入の後、王国を取り巻く情勢には大きな変化が生じた。
国王代理であるアズライトから、『皇国との講和会議を行う』という発表がなされたからだ。
日時はこちらの日付で今からおよそ二週間後。リアルでは土日に掛かるので参加しやすいのは助かった。
場所は今は皇国領である旧ルニングス領との国境に敷設された施設となる。
講和会議に際して、王国は護衛役の<マスター>を広く募集していた。
講和会議で終わらなければそのまま戦争に雪崩れ込む恐れもあるし、講和自体が打診してきた皇国の罠である恐れもある。
そうなった際、アズライトをはじめとした王国側の参加者を護るのが<マスター>の仕事となる。
これに関しては俺達のパーティもアズライトから直接依頼されており、既に引き受けている。
何事もなければいいが、何かあったときにアズライトの傍にいることができなければ後悔しそうだから、というのがその理由だ。
ルークとマリー、先輩も承諾してくれた。
ただ、問題もある。
今度の講和会議で戦闘になる場合、相手はまず間違いなく皇国でも熟練の<マスター>になるだろう。
その中で、俺の戦力が余り高くはないということだ。
むしろ、レベルで言うなら参加者の中で最も低いことすらありえた。
パーティ内でも超級職のマリーやベテランの先輩は言わずもがな、ルークもいつの間にか合計レベルが四〇〇に迫っている。
その中で、俺だけが一五〇で頭打ちになっている。
……正確には、今朝一五〇になったのだが。
そう、俺は二つ目のジョブである【煌騎兵】のレベルをカンストし、三つ目のジョブを選ぶ時期だった。
だから、長く決めかねていた三つ目のジョブを選択しようとしていたのだが……。
「【カタログ】でいくつか候補は出てきたが……やっぱり決めきれないな」
兄から譲り受けた【適職診断カタログ】は、こちらの取得ジョブが増えるとビルドのパターンに応じて複数ピックアップしてくれる仕様だった。
今ピックアップされているのは基礎をあげる【騎士】、回復能力を上げる【司祭】、便利な各種汎用スキルを上げる【冒険家】や【斥候】などだ。
「たしかに。御主のジョブにしては普通すぎてしっくりせぬな」
「いや、普通なのはいいと思うが……決め手に欠けるんだよ」
ネメシスの意見に頷きながら、俺はピックアップされたジョブを選べずにいた。
どれを選んでも、【聖騎士】や【煌騎兵】になったときほどの変化は期待できそうになかったからだ。叶うなら、覚えることで大きく変化が生まれるジョブを選びたかった。
少しだけ【煌騎兵】の上級職にも期待したかったが、まだ条件をクリアしていないのか表示されない。 そもそも他の誰もまだ転職していないのかロストジョブ扱いで、条件も定かになっていないのだ。
だから結局、カタログの転職可能なジョブから選ぶしかないのだが……。
「ここは【騎士】でいいのでは? レイ君は切り札である《応報は星の彼方へ》と《シャイニング・ディスペアー》を除けば、近接戦闘がメインです。それは今後も変わらないでしょうから、使えるアクティブスキルを増やすことは無駄にはなりません」
先輩は【騎士】を推し、
「いえいえ。ここはやっぱり【斥候】ですよ。レイさんってばいっつも危険に突っ込むんですから、汎用スキルの《看破》や《殺気感知》はあって損しませんって」
マリーは【斥候】を推し、
「ダメージを受ける前提のビルドなのだから、僕は【司祭】が良いと思います」
「えー? 色々できそうだし【冒険家】もよくないー?」
ルークは【司祭】推しでバビは【冒険家】推し……というようにうちのパーティメンバーの意見もバラバラだ。
ちなみに最初は俺とネメシスでいつものカフェで【カタログ】と睨めっこしていたのだが、そうしているうちにパーティメンバーが集まった形だ。
いっそ全部に就くという手はあるのだが、結局アズライトの護衛までにカンストできるのは一つか二つがいいところだ。
それを考えると、どの下級職を選ぶかは非常に重要なのだが……重要であるがために決め辛い。
そんな風に決められないまま相談していると、
「おや? なんだか色と腹が黒い連中が集まってると思ったら、ビースリーとお仲間達かい」
通りから聞き覚えのある声が聞こえた。
声の主は最早見慣れた耳をした筋肉質の女性。PKクラン<K&R>のサブオーナー、【伏姫】の狼桜だった。
「……狼桜、いきなりなお言葉ですね」
「ハハハ、自覚があるようで何よりだよ」
先輩はどこか不満そうな顔でそう言った。
先輩の衣服は黒くないので、暗に腹黒いと言われたことを気にしたのだろう。
そして狼桜の発言も挑発混じりだったようだ。
「で? そんなところで【カタログ】眺めて何してんのさ? またビルドを弄るのかい? アンタは優柔不断だねぇ。さっさと超級職を取ればいいのにさ」
「……超級職はそう簡単に取れるものではないでしょう」
先輩も【鎧巨人】や【盾巨人】の超級職の情報は探しているらしいけれど、<DIN>や<月世の会>でも把握していなかった。
そういったジョブは何か奇妙な条件がかんでいることが多いらしい。
兄の【破壊王】も対オブジェクトダメージが一定以上、なんて条件があったそうだし。
「それに今日は私ではなく、レイ君の次のジョブを相談していたのです」
「ん? ああ、“不屈”はまだレベル150だったのかい。今あるジョブは【聖騎士】に【煌騎兵】。じゃあ次が三職目かい」
何でジョブを完璧に把握されているのかと思ったけど、そう言えば狼桜と戦った時はまだ【聖騎士】だった。そして今のメインジョブである【煌騎兵】は《看破》で把握されたのだろう。
「診断結果は……【騎士】に【司祭】に……なんだいこれ。つまらないビルドだねぇ」
「覗き込まないでください。マナー違反ですよ。それにこれがつまらないなら、貴女の考える面白いビルドは何ですか?」
「初撃特化の王道野伏。槍スキルと気配遮断重視で」
「……それは単に貴女のビルドでしょう。それなら私は耐久型巨人構成を面白いビルドと言います」
「うわ、出たよ耐久穴熊。根暗すぎるんじゃないかい?」
「……テメエだって前に俺達とやった時は必殺スキルでガチガチに防御固めてただろうが、アァ?」
先輩、またバルバロイモードが漏れてますよ。
「この二人、矛と盾なのにガラが悪くて年下趣味なのはそっくりですよねー」
「……マリー。火に油を注ごうとするなよ」
あと先輩って年下趣味なの?
「ま、この話はやめようか。“ガードナー獣戦士理論”でもない限り、最高ビルドが何かなんて平行線になるからね」
「……そうですね」
“ガードナー獣戦士理論”……前にも聞いた覚えがあるな。
詳細までは知らないけれど。
「それよりも、ビースリーは何であれを“不屈”に勧めないんだい?」
「あれ?」
「【死兵】」
「……正真正銘の馬鹿ですか、あなたは」
狼桜が口にしたのは聞き慣れないジョブだ。
先輩はバルバロイモードから戻った上に開いた口が塞がらないという顔をしているし、マリーは何かを思い出そうとしている。
俺もそのジョブが気になったので、【カタログ】から索引する。
その【死兵】はちゃんと【カタログ】にも記載されている下級職だった。
「あれはステータス上昇が低く、覚えられるスキルは汎用が一つだけ。トドメに死ぬことが前提のジョブですよ?」
……死ぬことが前提?
「ティアンでさえ誰も取らないために、汎用下級職なのに半ばロストジョブになる代物です」
「でも、あれって“不屈”にはピッタリのスキルじゃない?」
「【死兵】のスキルを使わなければいけない状況になること自体が問題でしょう……」
「そこの“不屈”はそういう状況に頻繁になりそうなタイプだろ? 物凄く無茶やって、『生存率? 安全ライン? 何それ?』ってタイプだ」
「……それは否定できませんが」
なんだかひどい評価をされた気がする。
しかも俺を見る先輩の視線は「確かにレイ君なら……」みたいな納得が見え隠れする。
「あの、そもそも俺はその【死兵】がどんなジョブかも知らないんだけど」
「……簡単に言えば、大昔にティアンの刑罰用として使われたジョブです」
「刑罰?」
「爆弾抱えたまま敵陣に特攻させる時に用いられました」
なにそれこわい。
「設定上は六百年前、主に死刑囚に就けさせて使用していたそうです」
「……何でそんな運用に?」
「【死兵】が唯一覚えられる《ラスト・コマンド》というスキルの効果を考慮した運用でしょう。このスキルは端的に言えば、死んだ後に動けるスキルです」
「……それって、アンデッドになるってことですか?」
「違います。HPがゼロになってから、スキルレベルに応じてほんの僅かな時間だけ動ける。それだけのスキルです。もちろんその時間が過ぎれば死にますし、【死兵】で取れる最大のスキルレベル五でも一分と動けません」
「…………」
それはまた……文字通り捨て身なスキルだ。
「HPがゼロであっても動ける。この特性ゆえに相手の弓の掃射の中を【死兵】に駆けさせ、矢で射抜かれて死んだとしてもそのまま敵陣に突撃できたという訳です。もっとも、死後に動けるのは脳と繋がっている部位だけらしいので、抱えた爆弾が爆発した【死兵】は細切れになったまま数十秒も死を待つことになったらしいですが。HPがゼロになると蘇生以外の回復はできなくなりますし」
…………怖すぎる。
というか、脳と繋がっている部位だけ動くって、それアンデッドでなくても完璧にゾンビの類だと思う。
「そんな恐ろしい逸話が知られているので、ティアンでは就く者がまずいません。デスペナルティで済む<マスター>にしても同様です」
「<マスター>も?」
「低ステータスでデスペナが確定した後に動き回れるジョブよりも、真っ当なステータス上昇やスキルがあるジョブを優先すればデスペナになる頻度も減りますから。それもあって非常に不人気なジョブです」
「……あー、ボクも思い出しました。けど、天地には【死兵】に就いたティアンいましたよ。全員が南朱門家……リアルの歴史で言うと島津家みたいな命知らずでしたけど」
……大学の同級生が言っていた「戦国時代で言うと島津家」って比喩は、領地の立地じゃなくて精神性の一致だったのだろうか。
「……【死兵】に関しては概ね分かった」
「な? “不屈”にはぴったりだろ。あの技も使いやすくなるしさ」
「あの技? ……ああ」
狼桜が何のことを言っているか少し考えて、すぐに思い出す。
たしかに、あれを使うなら【死兵】のスキルは有用だ。
場合によっては、威力も引き上げられる。
「…………」
これは思案のしどころだ。
たしかに【死兵】の《ラスト・コマンド》は俺にとって有用なものだ。汎用スキルであるなら、他のジョブでも活用できるだろう。
代わりに他の候補よりステータスの上昇やスキルの数は劣ることになるが……。
俺が求めた大きな変化のあるジョブではある。
「……よし。次のジョブは【死兵】にする」
俺は決心して、みんなにそう言った。
「レイ君、考え直した方がいいですよ」
先輩が心配そうな顔でそう言ってくれるが、俺は首を振った。
「もうじき講和会議が始まります。その場でもしも皇国が何かやろうとしているなら、少しでも強くなっておく必要はある。だけど俺が熟練の<マスター>に比肩できるほど基礎能力を上げる時間はない。だったら、上手く嵌れば格上にも手が届くかもしれない選択を選びます」
俺がそう言うと、先輩は諦めたように息を吐いた。
「……レイ君のビルドなので、決定権はレイ君自身のものです」
先輩がそう言うと、ルークとマリーも頷いた。
「レイさんがそう仰られるなら、僕もいいと思いますよ」
「そうですねー。あ、《ラスト・コマンド》のスキルレベル……発動後の活動時間はジョブレベルに連動してるので、しばらくは【死兵】のレベル上げに専念した方がいいかもしれませんね」
マリーは思い出したようにそう言った。
……まぁ、使用回数でスキルレベルが上がるタイプだとどうしようもないからな。
何回も死ぬなんて真似はティアンにはできないし。
「けど、何だかんだでレイさんはこれまで一回しかデスペナになってませんから。【死兵】のスキルも無駄になるかもしれませんねー」
「……まぁ、その一回の下手人はマリーなのだがのぅ」
「それはもう追求しないでくれると助かります」
ジト目でツッコミを入れたネメシスに、マリーがキリッとした顔でそう言った。
何にしてもこれでジョブは決まり、俺の三つ目のジョブは【死兵】となった。
前二つのジョブが語感がキラキラしてたので落差がすごい。
『格好にはぴったりの字面だがの』
……ネメシスは相変わらず俺のファッションに厳しかった。
To be continued
(=ↀωↀ=)(ジョブ特性のせいで「今章でレイ君死ぬのかな?」って思われてたらどうしよう)




