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<Infinite Dendrogram>-インフィニット・デンドログラム-  作者: 海道 左近
蒼白詩篇 二ページ目

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283/716

地獄と殺人と冥王 エピローグ

 □商業都市コルタナ


 【<UBM>【妖蛆転生 デ・ウェルミス】が討伐されました】

 【MVPを選出します】

 【【ベネトナシュ】がMVPに選出されました】

 【【ベネトナシュ】にMVP特典【健生蛆靴 デ・ウェルミス】を贈与します】


 アナウンスと共に、白いブーツがベネトナシュの眼前にドロップした。

 そのブーツに目を留めることもなく、ベネトナシュは【デ・ウェルミス】が消えた灼熱の穴を遠目で見ている。

 その熱は空気を伝ってベネトナシュにまで届くが、地中での燃焼による地上への影響は小さなものだ。

 《深淵砲》はピンポイントで火力を圧縮できる兵器であり、指定した半径六〇〇メテルの外側では人命を損なうような被害は出ていない。

 それでも……六〇〇メテル圏内ではいくつもの建物が倒壊し、灼熱の穴の傍にあった建築物は炎上している。

 灼熱の穴を中心としたその光景は、一つの破滅そのものだ。

 かつて一度、この世界のどこかで作り出された破滅のカタチ。

 ペルセポネの《冥導回帰門》は、この地で生きたあらゆるティアンや怪物を全盛期の姿で蘇らせることができる。

 それは即ち、<マスター>の手によらないあらゆる破滅をこの世に蘇らせることができるということ。

 滅んだはずの破滅を呼び起こすことができるがゆえに、ベネトナシュはティアンから“不滅”や“破滅の再来(ルイン・リターナー)”と呼ばれ、畏れられている。

 もっとも……彼自身はどう呼ばれようが気にはしない。

 彼には自身の願いとそのために辿る道しか、見えてはいないのだから。


「ふむ。特典武具の装備スキルはオリジナルのマイナーチェンジだな」


 ベネトナシュの代わりにペルセポネがブーツを拾い、その性能を確かめる。


「装着者が傷を負ったときに蛆に変え、それは一定時間の後に元の皮膚や肉、臓器となるようだ。あとは装備補正でSP消費低減や自動回復も付いているな。悪くはないが……」

「…………」

「旦那様の趣味ではないし、必殺スキルのコストと考えておこう」


 必殺スキルで作られた紫の門は、既にその形を光の塵へと崩し始めている。

 そこから現れた【琥珀之深淵】隊も既に魂となってペルセポネの内側に帰り、休息の時を迎えている。


「それでこれからどうする? ユーゴーらと合流するか?」

「……いいや、少しログアウトするよ。一時間ほどで戻ってくるから、そうしたら姿を隠してメルカバに移動する。ヴィナとトリムも待たせているからね」

「ああ。『この街は見せたくない』と言って置いてきたからな」

「うん。早く迎えに行ってあげないと」

「しかし、情報を受け取るという約定はどうする?」

「……<セフィロト>(あちら)がその気ならどこからでも私に連絡はつけられるだろうから、連絡先を交換する必要はないよ」

「それもそうだな」


 それからベネトナシュはメニューを操作して、ログアウトした。


 ◇


「…………」


 リアルに戻ったベネトナシュ……のプレイヤーの目に入ったのは、電気のついていない自室の天井だ。

 外は雨が降っているせいか暗く、カーテンを閉め切った部屋は昼夜すらも定かではない。

 それから彼は――細い枯れ木のような手で――枕元の携帯端末を手に取る。

 それには実家に住む母からの着信と留守番電話の記録があり、その内容を聞いた後はメールで『大丈夫だよ。心配要らない』と打ち慣れた文章を打ち込む。

 次いで『春季休みには実家に帰れなくてごめん』とも付け足して、送信する。

 実際には春季休みなど有ってないようなもの。

 この一年……彼は入学した大学にはほとんど通っていなかったのだから。

 そうしてメールを送ってから彼は起き上がるが、彼の細い足は傍から見れば彼の体を支えられるか不安になるものだ。

 彼はトイレでの排泄と浴室での軽いシャワーを済ませた後、冷蔵庫からチューブ入りの栄養食とミネラルウォーターを取り出し、それらを作業的に腹に収める。

 それからベッドへと戻り、<Infinite Dendrogram>のハードを装着してログインした。

 そうして彼は、【冥王】ベネトナシュとして再び<Infinite Dendrogram>の世界に舞い戻る。


 リアルを……本来の自分を置き去りにしたまま。



 ◆◆◆


 ■商業都市コルタナ・南西一キロ地点


 商業都市コルタナから少し離れた場所には、一〇〇年以上前から巨大な流砂がある。

 直径三〇〇メテルの、内部に落ちたものを永遠に逃がさない巨大流砂。

 まるで蟻地獄のようなそれは、実際に蟻地獄であった。

 昆虫のアリジゴクにも似た純竜級モンスター、流砂を作るスキルを有する【サンドホール・ワーム】の……群生地(・・・)である。

 環境担当管理AIが設定したセーブポイントの副次効果により、【サンドホール・ワーム】を含めた野生のモンスターは本能的にコルタナには一定以上近づけない。

 そんな【サンドホール・ワーム】達が、街に近い場所にたむろして出来たのがこの巨大流砂だ。

 熟練の<マスター>であっても、この砂漠に住まう【ドラグワーム】であっても、巨大流砂に引きずり込まれれば生還と勝利は困難となるだろう。

 カルディナのスタート地点に程近い場所にあるこの巨大流砂は、王国の王都近郊にある<旧レーヴ果樹園>と同種の初心者殺しで、それよりも遥かに危険なものだ。

 しかし、その巨大流砂は今……。


『GYUBAAAAA…………!?』


 流砂の彼方此方から聞こえる【サンドホール・ワーム】の断末魔の叫びと共に、消え去ろうとしていた。

 時折、流砂の中からアリジゴクに似た【サンドホール・ワーム】が顔を出すが、その甲殻を内側にベコベコと凹ませ……まるで干乾びるように小さくなって砂の中に沈んでいく。

 そんな光景が数時間と続いた後、断末魔の声は聞こえなくなった。

 同時に【サンドホール・ワーム】がスキルで形成していた巨大流砂も、その流れを止め、ただの砂漠へと変わる。


 そうして、ただの窪みとなった砂の中から小さな少女の手が突き出された。


 その手は斧を握っており、斧はスキルによる浮力で少女の全身を引き上げる。

 砂中から現れたのは……エミリーだった。

 衣服は砂で汚れているものの、その姿は五体満足。

 体に傷はなく、【凍結】もしていない。

 エミリーはユーゴーの《地獄門》で【凍結】し、AR・I・CAによって流砂の中心へと投棄された。

 しかしその後、巨大流砂の中で【サンドホール・ワーム】によって砕かれ、《適者生存》による蘇生が行われた。

 自分に食らいついてくる【サンドホール・ワーム】を、一匹ずつ殺してリソースを吸い取っていたため、脱出には時間が掛かった。

 しかし結局は、不死身の<超級>であるエミリーは無事に死地からの生還を果たしたのである。

 だが……、


「…………」


 流砂の中から蘇ったエミリーの表情は……ひどく不機嫌そう(・・・・・)なものだった。

 自動殺戮モードのエミリーに表情はない……はずだった。

 しかしまるで、流砂の中に棄てられたことにひどく腹を立てたように、……その目は強い敵意を宿している。


「――アウト(・・・)


 エミリーは不機嫌な顔のまま、一言……「マイナス」ではない言葉を述べた。

 そうして彼女は両手に斧……ヨナルデパズトリを握ったまま立ち続け、


「…………」


 不意に、空を見上げた。

 空は既に夕暮れを終え、夜になっている。

 まるでそのことを確認したかったかのように、エミリーは視線を自分の正面へと戻す。

 その視線のおよそ一キロメテル先には、コルタナの市街が見えていた。

 彼女はおもむろに、両手に持ったヨナルデパズトリを……交差させる。


 それは、<IF>のメンバーですら把握していないスキルの予備動作。

 戦闘を行う自動殺戮モードのエミリーは会話不能。

 そして普段のエミリーは自分の能力について誰かと話すことはなく、そもそも認識しているかすらも怪しいために<IF>ですら誰も知らない。ステータスを細かに見たこともないだろう。同じクランのメンバーであっても、切り札は隠しているのだから当然といえば当然だ。(ただし、自分の必殺スキルを雄弁に自慢したガーベラは除く)

 それゆえに<IF>のメンバーをして、エミリーが不死身の理由は『常時発動型の必殺スキルである』と認識している。

 しかしそれは、《適者生存》という通常のパッシブスキルによるもの。

 必殺スキルは……別に存在する。


「《収穫セシハ(ヨナル)――」


 そして今、エミリーはそれを使おうとしていた。

 発動すれば使い方次第で都市国家程度は容易く全滅させられる力を。


 ――広域殲滅型必殺スキルを。


「――夜天ノ(デパズ)――」


 未曾有の被害を引き起こす災禍の一撃は、今まさにコルタナの市街地に向けて放たれようとして、


「――()

「エミリー! 無事か!」


 後方からかけられた……エミリーを心配する張の声によって遮られた。


「…………」


 声が聞こえた途端、エミリーは斧を持つ両手をだらりと下げた。

 その動作のすぐ後に、二本の斧は彼女の左手の紋章へと戻っていく。

 そして、エミリーは背後へと振り返り、


「ちゃんおじしゃん? どうちたの?」


 駆け寄ってきた張に舌足らずな声で尋ね……元のエミリーとしての顔を向けた。


「遅れてすまない。エミリーを抱えた“蒼穹歌姫”を見失ってな。コルタナの周囲を探し回っていた」

「……? しょうなんだ?」


 エミリーは理解していないように首を傾げてそう言った。

 それからふらふらと頭を揺らし、ポスンと音を立てて張にもたれかかる。


「エミリー?」

「……なんだかちゅかれた。えみいぃー、おねむなの……」


 そう言って、スヤスヤと寝息を立て始めた。

 張は少し戸惑ったものの、エミリーを抱きかかえて窪地を後にした。


 それから張はラスカルから預かっている小型の砂上船を【ガレージ】から取り出し、AR・I・CAらに見つからないように急いでコルタナを離れた。

 エミリーもコルタナからある程度離れたところで……その日はログアウトした。


 ◆


 エミリーは、目を覚ます。

 ログアウトした彼女は、ベッドから降りて裸足でペタペタと自分の部屋を歩き回る。

 すると、自動ドアが開く音と共に白衣を着た看護師が入室してくる。


「エミリーちゃん、具合はどう?」

「んー、げんき!」

「そう。じゃあもう少ししたらお夕飯を持ってくるからね」

「はーい」


 そうして看護師を見送りながら、エミリーは自分の部屋……真っ白な病室を見回す。

 それから、窓の外へと視線を向ける。

 それから室内の椅子を窓の下に運んで、それに乗って外の景色を眺める。

 雲一つない空には綺麗な模様を見せる月が見える。

 近くにある森は夜の帳が落ち、フクロウの鳴き声が彼女の耳に届く。

 彼女はそんな夜の情景を、独り眺めていた。


 ――格子の嵌った、窓越しに。


 景色に満足したのか、しなかったのか。エミリーは椅子から降りて、ベッドに戻る。

 ベッドの上ににちょこんと座って、彼女にとって慣れ親しんだ精神病院(・・・・)の夕食を待った。


「きょうもたのしかったなー」


 今日の思い出……張とコルタナを歩き、カフェでアイスを食べたことやバザールを見て回ったことだけ(・・)を思い出して、エミリーはそう呟いた。

 今日の中で欠けた時間に、意識を向けることはない。

 ただ楽しかったことだけが、彼女の中には残っている。


「あしたは、なにをしようかな?」


 そうして無邪気な子供のように、エミリーはまだ見ぬ明日に思いを馳せた。


 ◇◇◇


 □【装甲操縦士】ユーゴー・レセップス


 【冥王】ベネトナシュが呼び出した琥珀色の竜は、きっとあの事件の最後を告げるものだったのだろう。

 商業都市コルタナを騒がせた一連の出来事から一夜経って、街は落ち着きを取り戻し始めていた。

 あの後、師匠の連絡でカルディナの首都から応援の人員が到着し、街での事態の収拾に当たっていた。

 この混乱において発生した負傷者や住宅を失った人への対応。

 市長の死亡に伴ってコルタナの政治を一時的に議会直下の組織で行うことの決定。

 それと市長及び彼に関係していた人物の余罪追及など、様々な対応が並行して行われていた。

 今回の騒動の波紋は大きかったけれど、それでもまだ水際で食い止められた形であるらしい。

 もしもあのまま【デ・ウェルミス】が拡大を続ければ、このコルタナが壊滅していたかもしれない。

 それに、あの琥珀色の竜が作った灼熱の穴が、もしもこの街の中央にあるオアシスと繋がっていたら……最悪の場合は水蒸気爆発で街が消し飛んでいたとも聞いた。

 六〇〇メテルの指定を踏まえてベネトナシュはきっと計算の上でやったのだろうけれど、作業に当たった<マスター>やティアンが必死に灼熱の穴を冷却していたのは印象的だった。

 私も手伝えればよかったけれど、生憎地形に対しては《地獄門》も働いてくれないのでお任せするしかなかった。


「…………ベネトナシュ、か」


 結局あの後、ベネトナシュやペルセポネ、……それにエミリーと再び会うことはなかった。

 気づかれないうちに、このコルタナを離れたのかもしれない。師匠に投棄されたエミリーも、不確かだけれど“監獄”には入っていないという予感があった。

 彼女達とは、いずれどこかで再会することになるのかもしれない。


 そうして<超級>達が去ったこのコルタナで、唯一残った<超級>である師匠は忙しなく動き回っているようだった。

 あれでもカルディナでは議長直下で強い権限を持つ<セフィロト>であり、やることも多いそうだ。

 師匠はああ見えて仕事はキチンとする人だから、今も頑張っているのだろう。……普段の私生活はともかくそういうところは素直に尊敬できる。

 私はと言えば、元々他国の人間であるのでこうした事態に手伝えることは多くなかった。

 それでも【ホワイト・ローズ】で瓦礫の撤去等を手伝いくらいのもの。

 けれど、それも<マスター>が集まったので既に終わっている。

 そうして今は、昨日のようにカフェで師匠を待っている。


「…………」


 今回の件について、思うところはある。

 前回のヘルマイネでは、ほとんど犠牲が出ることなく珠を回収できた。

 けれどこのコルタナでは、多くの犠牲が出てしまっている。

 それは珠に関係してこの街を訪れたと思われるエミリーによる犠牲。

 調査の結果判明した……珠の力を使うためにこのコルタナの市長が殺した人々の犠牲。

 そして、解放された【デ・ウェルミス】による犠牲。

 今回の一件は一つの街が滅びかねないほどの事態だった。

 ……それでも、まだ珠に関する騒動は終わりじゃない。

 師匠が集めた二つの珠。

 今回の事件で壊れた一つの珠。

 それ以外にも四つ、黄河の宝物庫からは珠が奪われている。

 全てがこのカルディナにあるかは分からないけれど……師匠は恐ろしいことを言っていた。


 『追加調査で分かったんだけどさ。流出した七つの珠に――神話級よりヤバイ(・・・・・・・・)奴がいるらしいよ』、と。


 神話級を超越した<UBM>。

 それは即ち、<SUBM>に匹敵する怪物が人手に渡り、いつ解けるとも知れない封印の中で眠っているということだ。

 【デ・ウェルミス】で今回のような事態が引き起こされた以上、どうなってしまうかは考えたくもない。

 けれど……それを防ぐことを迷ってはいられない。

 師匠に巻き込まれた珠探しだけど、今回みたいな出来事を防ぐためなら……ついていくさ。

 放置するなんて……寝覚めが悪いからね。


「ユーちゃん、キューちゃん、お待たせー」


 そんなことを考えているうちに、師匠が店内へと入ってきた。


「師匠、お疲れさまで…………師匠」


 私は<セフィロト>として仕事をしてきたはずの師匠を労いかけて……その首元に注目した。


「なーにー?」

「キスマーク、増えてますよ」

「あ」


 私はそう言うと、師匠は首元を手で押さえた。

 師匠、逆側です。

 というか逆側にもあります。


「……師匠?」

「あははー。ほら。昨日さ、アタシの刺客として送られたメイドさんのこと話したじゃない」

「そうですね」


 朝までおしゃべり(ピロートーク)したとかほざいてましたね。


「あの子ねー、結局あの後もアタシの宿から起き上がれなかったみたいで。例の市長邸がなくなったときもそこにいなくて無事だったのよ」

「それはまたなんとも……不幸中の幸いですね」

「いやいや、きっと彼女にとっては幸運中の幸いだね。昨日も幸せそうな顔で寝てたし」

「師匠?」

「……ああ、うん。それでね、彼女とは事件の後にまた再会したんだけど結構動転しててさ。そりゃ自分の職場が吹っ飛んで、上司も同僚も全員亡くなったらパニックにもなるよね」

「それで?」

「一晩かけて慰めてました」


 ……「師匠は今頃頑張ってるんだろうな」と思って抱いた私の尊敬の念を返して下さい。


「しねばいいのに」

「キューちゃんの発言がなんだかデジャヴ!」


 師匠のせいで私が直前まで思い悩んでいたことまで吹き飛びそうになる。

 ……この人は私の葛藤を台無しにする天才なのだろうか。

 ともあれ、それはそれとして師匠には尋ねなければならないことがある。

 昨日から気になっていたことだ。


「師匠」

「なにー?」

「昨日、【デ・ウェルミス】に雷光を纏った砲弾を撃ってましたけど、……あれって前回回収したって言う<UBM>の珠の力じゃありませんか?」

「ギクッ!?」


 ……今、口で「ギクッ」って言ったな。


「師匠、あの珠は輸送役に引き渡したって言ってませんでした?」

「あー、うん。ユーちゃんにはそう言ってたんだけどねー……」

「……師匠?」


 師匠はゴソゴソと着ているフライトジャケットの内ポケットを探り、……珠を取り出してテーブルに置く。


「実はずっと私が持ってたんだよね……たはは」

「……それならそうと言っておいてください」

「でしをだますとか、さいてー」

「ぐぅ!? ……あ、アタシが考えたわけじゃないから! 全部グラマスの爺様が考えたことだから!」


 グラマスの爺様?


「話すと長いんだけどねー」


 そう言って、師匠は何があったかを話し始めた。


 ◇


 ヘルマイネで珠を回収した後、師匠は通信機で首都と連絡を取ったらしい。


「ってわけでとりあえず一つ目の珠をゲットしたんだけど、輸送役回してくれない?」

『不可能だ』


 しかし、輸送役の派遣は断られたのである。

 理由はいくつかあるらしい。

 まず、珠はアイテムボックスに入れられないということ。

 <マスター>のログアウトの際は置き去りになるため、<マスター>が運搬役に適さない。

 そもそも<マスター>が運べたとしても、その<マスター>が欲に駆られて特典武具欲しさに持ち逃げしないとも限らない。

 信用が置ける<マスター>は<セフィロト>のメンバーくらいのものだけど、運搬に適して手が空いているのは他ならぬ師匠自身だ。

 かと言って、ティアンが運ぶにしても元々カルディナには有力なティアンは少ない。

 準<超級>以上の<マスター>に対抗できるティアンなどほとんど存在せず、珠の運搬が知られれば襲撃を受けて奪われる公算が高い。


 消去法によって残った最も有力で確実な運び屋は、やはり師匠だった。

 しかし、師匠も二四時間フルでログインできるわけではない。

 師匠がログアウトしているタイミングを狙って珠を奪取することは、誰にでも可能だ。

 珠を持ち続けていると知られていれば、必ずどこかで狙われる。

 だからまず、『珠を持っていない』と唯一の同行者である私から先に騙す必要があった。

 私やキューコが《真偽判定》を持っていないことは師匠も確認済み。

 そんな私達にだけ『珠は輸送役に渡した』と伝えることに意味がある。

 今後、師匠のログアウト中に私が襲撃を受けた際、相手から珠の行方について聞き出される可能性もある。

 その際に『珠は輸送役に渡した』という情報を私が真実だと考えていれば(・・・・・・・・・・)、相手に《真偽判定》を持つ者がいた場合にもそれを真実だと思い込む。

 『【撃墜王】が珠を持っているのか?』と相手に尋ねられた場合も同様だ。

 私から情報を引き出した相手は……架空の輸送役を捜すことになる。


 《真偽判定》という便利なスキルを逆手に取ったこのトラップは、師匠が言うグラマスの爺様――【戯王】グランドマスターが即座に考え付き、師匠に実行させていたのだという。


 ちなみに師匠がログアウト中に珠をどう保存していたかと言えば、砂漠の移動中は簡易な発信機をつけてログアウト地点の砂漠の砂に、街にいるときも同様に土に埋めていただけらしい。

 下手に罠など仕掛けようものなら、《罠感知》のスキルで発見されることもありえるから、というのがその理由らしい。


 いずれにしろ私は師匠の言葉を信じていたので、この輸送に関しては良いデコイだったのだろう。


 ◇


「……けれど今、こうして私達も知ってしまいましたけど」

「ああ、うん。でももう問題ないよ」

「と言うと?」


 私が尋ねると、師匠は卓上にウィンドウのマップを見せた。

 それを拡大表示して私に見せ、その一点を指差す


「ドラグノマドは今、このコルタナに近い場所まで来てるからね。【ブルー・オペラ】なら今日中にも到着して、議長に今持ってる二つの珠を渡せるんだよね」


 なるほど。輸送自体がもうすぐ終わるから情報を解禁してもいいのか。


「そんな訳でアタシはこれからひとっ飛び行って来るから。色々とあっちでやることもあるだろうし、ユーちゃんはしばらくコルタナで待っててね」

「そうですね。私も学校があるので、丁度いいと言えば丁度いいです」


 こちらの時間で六時間程度は余裕があるけれど、やることがないならもうログアウトしても変わらない。


「あ、それもそうだね。いやー、アタシが無職だからついつい忘れそうになるよ」


 ……コメントに困る。

 ともあれ、そんな風に私は師匠と一時別れ、ログアウトしてリアルに戻るのだった。


 ◇


 装着していたハードを外すと、外からは夜明けを告げる小鳥の声が聞こえた。

 時間を見ると、今は朝の五時過ぎ。

 寮の朝食までは二時間、始業までは三時間の余裕がある。

 少し眠いから一時間ほど仮眠してもいいのだけれど、中途半端に眠るよりシャワーでも浴びて目を覚ました方がいいかもしれない。

 衣服を脱いで、部屋に備え付けられた浴室へと向かう。

 壁に設置されたパネルを操作して、シャワーからお湯を出し、頭から浴びる。

 ロレーヌ女学院(うちの学校)の寮が個室で良かった。ルームメイトがいたらシャワーの音で起こしてしまうから。


「うん、さっぱりした」


 シャワーを浴び終えたわたしは、髪と体を乾かしてから学校の制服に着替えた。

 そうしている間に朝食まであと一時間を切っていたので、簡単に今日の授業で使うテキストの確認をする。

 それでも時間が余ったので、最近はチェックしていなかった動画サイトなどを見ていると、


「……あ」


 『【魔将軍】ローガン・ゴッドハルト惨敗!』という動画が、ゲームカテゴリーのランキングに入っていた。

 投稿は数日前で、内容はドライフ皇国の決闘一位である【魔将軍】が王国のルーキー……彼と戦って敗れた顛末を撮った動画だった。


「……相変わらずだね」


 動画の中で【魔将軍】と相対する彼を見て、【ゴゥズメイズ】……そして姉さんに立ち向かった時の姿を思い出す。

 前はそのことを思い出すと、彼への憧れと負い目があった。

 けれど今は、少しだけ誇らしく……真っ直ぐに見ることができる。

 それは、昨日のわたし(ユーゴー)が、彼のように困難に立ち向かう選択を選べたからかもしれない。


「いつか、お互いの近況を話せたらいいけれど」


 あの日、彼と敵対する直前に喫茶店で会ったとき、わたしは彼とこんな話をした。


『そっか。じゃあここで一旦お別れだな。あ、フレンドの登録しとくか?』

『……今は止しておこう。次に……次の次に会ったときにしよう』


 次に会う時は敵だと分かっていたから、友人になれるとしてもその次だと思っていた。

 結局、敵として相対した後はまだ一度も会っていない。

 今の彼がわたしを敵だと思っているのか、また友人になれると思っていてくれるのか、……わたしには分からない。

 けれど、もう一度会えたときは彼にあの日のことを詫びて、……叶うならまた友人になりたいと思った。


「それも、姉さんと彼の関係次第かもしれないけど……あ」


 そんなことを呟いて、気づいた。

 件の彼と【魔将軍】の動画、投稿者の名前が『F』と表示されている。

 もしかしなくてもこれは……。


「……向こうは、まだ拗れそう」


 姉さんはどうやらまだ彼に執着して、ギデオンの事件のスライム以上……ストーキング紛いの情報収集をしているらしい。

 この動画もきっとその過程で得られたもの。

 姉さんの執念の深さが見える。

 犬猿どころではない姉さんと彼の関係を思い、少しだけ呆れながらわたしは溜め息をついた。


「ユーリー。そろそろ食堂開くからご飯食べに行こー」


 と、ちょうど部屋の外から級友のソーニャからの朝食の誘いがあった。


「はーい」


 彼女の声に応えて、わたしは動画サイトを閉じる。


「…………」


 珠のこと、【冥王】のこと、エミリーのこと、そして姉さんと彼のこと。

 <Infinite Dendrogram>では様々な問題が山積しているけれど、わたしはひとまずそれを棚に上げた。

 氷と薔薇の機士、ユーゴー・レセップスは少しお休み。

 今日の放課後までは、ロレーヌ女学院の中等部三年生ユーリ・ゴーティエとしての生活を送ろう。

 ユーゴーもわたしだけど、ユーリも私。

 どちらかを疎かにしてわたし()はないはずだから。


「ユーリー?」

「今行くからー」


 友人の誘いに応じ、わたしは部屋を出てユーリとしての日常の一歩を踏み出した。


 To be Next Episode

(=ↀωↀ=)<それぞれのリアルでの描写の差異は


(=ↀωↀ=)<そのまま世界派三人のスタンスの違いでもある


(=ↀωↀ=)<さて、この後は書籍版の諸作業(書下ろしとかSSとかチェックとか)に集中させていただきます


(=ↀωↀ=)<六章後半は二週間後に開始の予定です


(=ↀωↀ=)<今しばらくお待ちください

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[一言] 特典武具消費してUBM倒せばUBM倒し放題やん
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