地獄と殺人と冥王 その一四
(=ↀωↀ=)<今回長いけど
(=ↀωↀ=)<一気に読んでもらいたかったのでまとめてお出しします
□【装甲操縦士】ユーゴー・レセップス
市長邸から立ち上った火柱に駆けつけた私が見たモノは、怪物と怪物の激突だった。
白い蛆の怪物は六本もの手から魔法を放ち、蛆の体に作り上げた無数の口でもう一体の怪物へと齧りついている。
だが、もう一体の怪物――銀と似て非なる光沢を放つ下半身だけの怪物はそれを意に介さない。
尾を振り回して蛆の怪物を粉砕し、齧りつかれても一切のダメージを負っていない。
だが、ダメージを負っていないのは蛆の怪物も同様で受けた傷の全てを即座に回復している。
傷をなくす蛆の怪物と、傷を受けぬ下半身の怪物。
二体の怪物は互いを倒そうとしながら、どちらも損なわれていない。
まるで永遠に争い合うという死後の世界の如き有様だった。
その光景に、先刻のエミリーを思い出した。
「……キューコ、カウントは?」
「どっちもゼロ。ぞうのほうはしょうかんモンスターだから。うじのほうは……ころしてないから」
……いずれにしろ両者共に《地獄門》は通用しないか。
「ふむ。旦那様は【グレイテスト】を呼んだか。まぁ、あれを相手に時を稼ぐならば、あれが最適であろうな」
怪物達の終わらない殺し合いを見ていた私に、ペルセポネが話しかけてくる。
「ペルセポネ、知っているのか?」
「ああ。あの下半身だけの方は……まぁ簡潔に言えば旦那様が特典武具で呼び出した召喚モンスターだ。名を【グレイテスト・ボトム】という」
「あれが【冥王】の……」
特典武具で呼び出したのならば、あれは<UBM>に由来するものということ。
相対する蛆の怪物も頭上に【妖蛆転生 デ・ウェルミス】と表記されていて、つまりこれは<UBM>同士の殺し合いと言ってもいい。
「あれはそうそう使わぬのだがな。なにせ、燃費が悪い。魔法系の超級職である旦那様が暇を見ては特典武具にMPを充填しているが、そうして溜めこんだMPを消耗しても長時間は戦えぬからな。おまけに、オリジナルほどの力がない」
「オリジナル?」
「見ての通り、下半身しかない。上半身があったころなら、あの【デ・ウェルミス】も倒せただろうが。しかし上半身は持っていかれ、今の【グレイテスト・ボトム】には下半身と防御スキルしか残っておらぬ。あちらに倒されることはないが、こちらも倒し切れぬから千日手だ。いや、持久力のないこちらが不利だな」
<UBM>の頃より劣化はしているということ、なのか。
……でも、“上半身は持っていかれ”?
その言い方だと、まるで上半身を別の誰かが所有しているような言い方だ。
けれど、特典武具を他者と分け合えるような<UBM>は……。
「ペルセポネ……!」
耳に届いた声が、思考を遮る。
振り向けば、そこには痩せた男性と、彼を肋骨の内側に乗せた骨の竜がこちらに向かってきていた。
骨の竜はともかく、男性の方には見覚えがある。
かつて<叡智の三角>の本拠地でも何度も見かけた、【冥王】ベネトナシュだ。
「おお、旦那様」
「ここに来ていたのか……。そちらは……、<叡智の三角>の?」
どうやらあちらも私のことを記憶していたらしい。
「ユーゴー・レセップスです。あの、師匠……【撃墜王】AR・I・CAの同行者でもあります。だから、珠に関しての事情や師匠との交渉のことも聞いています」
「そうか……」
「それで、あの蛆の怪物は」
「……端的に言えば、市長の持っていた珠が割られて、封印されていた<UBM>が解放された結果だよ」
「!?」
「ところで、彼女の同行者ということは……連絡手段はありますか? 彼女に伝えなければならないことがあります」
「は、はい」
師匠からは同じ市街にいる時用の【テレパシーカフス】の他に、遠距離通信も可能な音声式の通信アイテムも預かっている。
これなら、【冥王】ベネトナシュも師匠と会話できる。
私はすぐに師匠へと通信を繋ぎ、【冥王】ベネトナシュは師匠に事情を伝え始めた。
「……という訳で、あちらは徐々に体積を拡大中。並大抵の攻撃では有効打は与えられず、倒すならば広範囲を跡形もなく焼き尽くすしかありません」
『…………マジかー』
通信機からは、事情を理解した師匠の呻き声が聞こえてきた。
『こっちも投棄が終わって戻ってる最中で……ああ、うん。見えた。すっごいグロイの見えてる。下半身だけの奴は……ねぇ、【冥王】。あれって……』
「それについては、ノーコメントで……」
『ああ、そう。……よっと』
直後、歌うような機関音が空に鳴り響き、夕焼けの空を飛翔する蒼い機体が頭上を過ぎ去っていく。
蒼い機体――【ブルー・オペラ】はライフルから雷光を纏った砲弾を連射し、【デ・ウェルミス】を攻撃する。
しかし、【デ・ウェルミス】はその攻撃を意に介さず、砲弾で穿たれ、雷光で焼けた体もすぐに修復してしまった。
『あ、駄目だこれ。アタシじゃ勝てないタイプだわ』
「……師匠、諦めるのが早すぎませんか?」
『そもそも、アタシは“火力が過剰すぎないから”珠の回収役に選ばれたんだよ! こういうデカくて再生する奴はアタシじゃなくてファトゥムやアルベルト、それとあの金バカや嫌味女の担当なの!』
……金バカと嫌味女って誰だろう。
『今から呼んでどうにかなるかな……。でもあっちは首都や他の国との国境にいるし、移動速度も遅いし……ああもう! 流石にコルタナが消えるのはカルディナとしても最悪なんだけど!』
このコルタナは<Infinite Dendrogram>においてカルディナのスタート地点。
ここが壊滅するということは、カルディナの入り口が潰れるようなものだ。
廃墟となった街をスタート地点に選ぶ<マスター>は、そうはいないだろう。
そうでなくとも、商業の中心地であるこの街はカルディナにとって失ってはならない。
「【撃墜王】AR・I・CA、提案があります」
そんなとき、悩む師匠に【冥王】ベネトナシュが声をかけた。
『なに?』
「条件を三つ呑んでいただければ――私があの<UBM>を倒します」
『…………ふぅん』
その提案に、師匠は何事かを思案したようだった。
『なるほど。手持ちに、あれをどうにかできる奴がいるってこと?』
「……そういえば、私の必殺スキルはご存知でしたね」
『で、条件は何?』
師匠は「あの<UBM>を倒せる」という宣言は一切疑っていない。
むしろ、何かを確信している様子でもある。
「一つ目は、あれを倒すことそのもの。……珠が不要であった場合、あなたに渡すという約束は果たせなくなりますから」
『オッケー。次』
「二つ目は、その上で珠を渡した際の頼みを叶えてもらうこと」
『具体的には?』
「今後、怨念の処理や死者の“健常な蘇生”に関するアイテムや情報が見つかった場合に、私に知らせてくれること」
『アイテムや情報をくれ、じゃないんだ』
「はい」
『……ふーん。まぁ、それもオッケー。最後は』
「それは……」
師匠の問いに、ベネトナシュは少しだけ躊躇うように言葉を溜めて、
「……あの【デ・ウェルミス】を中心とした半径六〇〇メテルに限り――コルタナを跡形もなく消滅させる許可を」
とんでもないことを、口にした。
「無論……、人の避難が済んでからです。その時間は……私の召喚モンスターが稼いでいるので、じきに完了するでしょう。出来れば、貴女方にもそれは手伝って欲しいのですが」
『なるほどねー。しかし跡形もなくかー……どんだけやばいもの持ってるのかなー?』
「……それで、許可は?」
『ちょい待ち』
師匠がそう言うと、通信機の向こうからガサゴソと物音がした。
『あ。もしもし、マダム……じゃなかった議長。うん、アタシです。AR・I・CAです。珠の回収についてちょっと問題が……え? 事情は把握してる? ……いや、ほんとどこまで見透かしてるんです? マジで名前どおりに予見の悪魔なんです?』
通信越しだったが、師匠がコクピットでまた別の場所に通信をしていることは分かった。
『はい、はい。ベネっちベネっちー』
…………ベネっち?
けど、変な呼び方をされたベネトナシュの方は、特に気にしている様子もない。
「はい」
『確認なんだけどさ。市長って死んだ?』
「…………【デ・ウェルミス】に取り込まれました」
『オッケー。死んだってことにする』
……今、少し黒いやり取りがあった気がする。
『じゃあ結果報告ね。三つ目もオッケー。市長死亡時の緊急時権限で議長から許可が下りたよ。「人命損失や物的被害についても請求しませんし罪にも問いません。【デ・ウェルミス】という脅威の全てを、このカルディナに一切残さず消していただきたい」だって』
「……承知しました」
……人命損失や物的被害、か。
「師匠。私は……」
『じゃ、アタシとユーちゃんは半径六〇〇メテル以内で逃げ遅れた人がいないか探索ね!』
私の言いたかったことを先取るように、師匠はそう言った。
「……はいっ!」
『じゃ、そーゆー訳でアタシ達は動くけど、ベネっちはいつ頃に切り札を切るの?』
「……召喚を維持できるのは最長であと一五分三〇秒です。ですから……一五分後には使用します」
『オッケー! じゃあ急ぐよ、ユーちゃん!』
「はい!」
師匠に応じ、私は装甲のみを格納して身軽になった【ホワイト・ローズ】で逃げ遅れている人々の救助に向かった。
けれど、あの怪物を倒しうる……ベネトナシュの切り札とは何なのだろう。
◇◆◇
□■商業都市コルタナ
人命救助に向かう二体の<マジンギア>を見送り、自身も六〇〇メテルの圏外に移動しながら、ベネトナシュは黙して何事かを考えていた。
「どうやら、旦那様も『新たなる永遠の生』という話の当てが外れ、ショックを受けているようだな」
「……ペルセポネ」
そんなベネトナシュに、ペルセポネが話しかける。
アラゴルンは万が一にもこれから発動するスキルに邪魔が入らないように周囲を警戒しており、話す声は二人のものだけだ。
「だから言っておっただろうに。珠なんぞを当てにするな、と。そもそも旦那様が求める奇跡のような力を持つ<UBM>がおるなら、もっと早くにマシなことになっておるであろうよ。あるいはひどいことか」
自らを諭すペルセポネに、ベネトナシュは静かに視線を向けて……。
「君は……【デ・ウェルミス】がどういったものか、知っていたのかな?」
「既知に決まっている。聞いていたからな。あれが旦那様の大嫌いな、人の死の意味すら変えてしまうものだとは重々承知よ」
ユーゴーとの会話で、ペルセポネはこう言った。
『そうなると、この街は死の坩堝だな。死を超越する者、死を量産する者、死の意味を変える者。誰かがマッチメイクしたわけでもないのだろうが、随分と面白いことになっているではないか』、と。
死を超越する者は、ベネトナシュとペルセポネ。
死を量産する者は言うまでもなく【殺人姫】エミリー。(あるいはヨナルデパズトリの能力を事前に知っていれば、彼女についても死を超越する者と述べたかもしれないが)
そして、死の意味を変える者。人間を蛆へと変えて、魂すらも蛆へと変える。人を生かしたまま人としての死を迎えさせる【デ・ウェルミス】は、正にそう呼ぶに相応しいものではある。
しかし、そう呼べるのは、【デ・ウェルミス】の能力を把握している者だけだ。
あの時点では、所有者であった市長すらも知らなかったことであるのに。
「どうして……」
「どうして言ってくれなかった、とは言ってくれるなよ旦那様。言っても確かめなければ気が済まなかっただろうに。其方はずっと……藁に縋り続けているのだから」
「…………」
ペルセポネの言葉は、ベネトナシュの心にもすんなりと刺さった。
それは否定しようもない事実だった。
「妾は何度も言っている。其方は抱えきれない重石を抱えたまま、溺れ続けている。棄ててしまえば簡単に泳ぎ切れるだろうに。それができないから延々と苦しんでいるのだ」
「……それでも、私は」
「分かっておるよ。妾はそんな御主から生まれたのだから。だがな、これは御主が最初に棄てるべき重石の妾が、言い続けねばならぬことだ」
そう言って、ペルセポネは自らの額をベネトナシュの背にぶつけた。
「何度も言うがな。旦那様がやろうとしていることは奇跡でしかない。妾が本当に第七の先に進んだとしても、確実に叶うとは言えぬ願いだ」
「分かってる……」
「妾は、旦那様に幸せになってほしい。本当は、妾やこの世界のこと……辛いことも苦しいことも全部忘れて、向こうであるべき生活に戻って欲しい」
「…………」
「やはり……駄目なのか?」
「……ああ」
そう言ってベネトナシュは振り返り……ペルセポネの肩に手を置いた。
「私が辛い思いをしていることも、苦しいと感じていることも、否定はしない……。不自由な生き方だとは、自分でも思うよ」
その言葉にペルセポネが表情を曇らせるが、ベネトナシュは「けれど……」と言葉を続ける。
「その不自由を選んだのは……私の自由だ。そして、その選択を止める自由があっても……私はまだそれを選ばない」
「旦那様……」
「私は忘れることなんて出来ないし、諦められる訳がない。私が、私である限り……私の自由で今の生き方を選び続ける」
それは決意によって述べられた言葉だ。
ベネトナシュが何年も前に決意し、色褪せ、傷つきながら、しかし折れることのなかった意志。
その意味を誰よりも知るペルセポネは、少しだけ目に涙を溜めて……それを手で拭った。
「……そうか。ならば、妾のすべきこともやはり一つ。旦那様の願いを担う者として、力を尽くそう」
「……ありがとう」
そう言ってペルセポネは、自らの肩に乗ったベネトナシュの手を握った。
「今すべきはあの【デ・ウェルミス】を討ち果たすことだな」
そう言ってベネトナシュの手を離し、ペルセポネは【デ・ウェルミス】を見据えて立つ。
「やるぞ。旦那様、必殺スキルだ。【冥導霊后 ペルセポネ】。旦那様のため、あの生き地獄を消すべく力を尽くすとしよう」
「……頼む。ペルセポネ」
ベネトナシュは、アイテムボックスから取り出したアイテム……伝説級の特典武具をペルセポネへと手渡す。
特典武具を手にとり確かめながら、ペルセポネは頷く。
「これならば足りるだろう。時間はさほど長くはないが……。なに、一撃で事が済むならばこれでいい」
言葉の後、ペルセポネは手にした特典武具を掲げる。
「さて……旦那様! 門を築くぞ!」
「……ああ、やってくれ」
そしてペルセポネは、
『――ここに至宝を捧る、門を築く』
――歌い始めた。
『――これなるは冥界の門』
それはペルセポネの声だったが、まるで複数人が輪唱しているような不思議な響きで周囲に木霊する。
その声が重なるにしたがって、ペルセポネの手の中にあった特典武具が光の塵となって……リソースを失って消えていく。
『――我が内なる霊安室を開く扉なり』
リソースとして特典武具が消費されると同時に、ペルセポネの眼前には巨大な門が出来上がっていく。
それは二言で語れば、紫色の凱旋門。
パリにあるものとは異なるが、アーチを描いて地に聳え立つ様はその例えが最も適切であった。
凱旋門という、名前も含めて。
『――ここに魂は凱旋する』
『――栄光と栄華は去りしもの』
『――されど今、この時は』
『――全盛のままに力を振るわん』
歌が進むと共に、ペルセポネが築いた門の内側に……光の膜が生じる。
千変万化に色合いを変える光の膜が、門に張られている。
「……整ったぞ、旦那様」
「ああ……」
憔悴した様子のペルセポネの肩を、ベネトナシュは両手で支える。
「……一四分三〇秒」
ベネトナシュが呟いたのは、ユーゴー達にタイムリミットを告げてから経過した時間。
あと三〇秒。
少なくともベネトナシュから見える範囲には、【デ・ウェルミス】の内側を除いて人間の魂はない。
そして、時は至り……ベネトナシュは【グレイテスト・ボトム】の召喚を解除した。
◆
召喚を解除された【グレイテスト・ボトム】が、【デ・ウェルミス】の眼前で光の塵になって消えていく。
『…………?』
【デ・ウェルミス】は寸前まで相対していた強敵の消失を訝しむが、深くは考えなかった。
【デ・ウェルミス】にとって重要なのは、自分の分体を増やすことであったからだ。
既に効果範囲内には生物がおらず、分体へと置換する生物を捜さなければならなかったからだ。
だが……。
『……あれは?』
いつの間にか、自らのスキルの射程からさらに倍近く離れた位置に奇妙な紫色の門が建てられていた。
【グレイテスト・ボトム】と戦っているときには気づかなかったが、それ以前には確実に無かったものだ。
しかし、その門の内側に張られた光の膜を見たとき、
『――――』
その瞬間に、【デ・ウェルミス】は何かを恐れた。
それは本来持っていない感覚。
まるで深淵を……自らの望む永遠の生とは真逆にある巨大な虚を覗き込むような感覚。
あの門を壊さなければならないという強い直感と共に、【デ・ウェルミス】は動き出そうとした。
しかし、それはもう遅いのだ。
既に準備は整っているのだから。
「《冥導回帰門》――」
聞こえるはずもない距離から、【デ・ウェルミス】はその言葉を……ベネトナシュによる必殺スキルの宣言を幻聴する。
直後に門は発光を強め、この世のものとも思えぬ輝きを放つ。
そして、門の内側から――。
◇◆◇
□■???
ペルセポネとは、ギリシャ神話における冥界の王ハデスの妻である。
ペルセポネに由来する逸話でもっとも有名なものは四季の始まりを語ったハデスとの婚姻だが、その次に有名な逸話はオルフェウスという吟遊詩人との逸話である。
亡くした妻を蘇らせるために冥界へと降りたオルフェウスは、その言葉に出来ぬほど美しい竪琴の演奏で、数多の冥界の住人を魅了し、ついにはハデスとペルセポネの元にまで辿りついた。
彼の演奏にペルセポネは涙し、夫であるハデスにオルフェウスの望みを叶えることを願った。
そうして、オルフェウスは「地上に戻るまで決して後ろについて歩く妻に振り返ってはならない。振り返れば妻は冥界に戻らなければならなくなる」という条件を課された上で、妻を連れて冥界を後にする。
この逸話において、結局オルフェウスは地上間際で振り返ってしまい、彼の妻は冥界へと戻される。
死者が一時だけ蘇り、そして冥界へと帰って物語は終わる。
そのようなモチーフを有するためか、ペルセポネの必殺スキルはその逸話に近いものだ。
TYPE:メイデンwithキャッスル・ルール【冥導霊后 ペルセポネ】。
彼女の必殺スキル、《冥導回帰門》は――死者蘇生のスキルである。
リソースを捧げて死者の通り道である門を築き、ペルセポネの内側に眠る死者の魂を全盛期の姿でこの世に呼び戻す。
この世界でも他には【天竜王 ドラグへイヴン】にしかできない、魂からの蘇生を……ペルセポネは可能としている。
ペルセポネが呼び戻すのは、全盛期の死者。
装備を含め、最も優れていた時代の死者の姿。
それは古代に名を馳せた英雄かもしれない。
あるいは数人一組のパーティだったかもしれない。
そうでなければ、巨大な怪物であるのかもしれない。
その総力の多寡によって、必要なリソースや蘇生時間は変わるが――何者であろうと復活する。
ただし、それは死者を自由に使役できる力ではない。
蘇った死者達は縛られない。
各々の心のままに、仮初の体で自由に動き出す。
ベネトナシュと異なる志で動き、あるいはベネトナシュに牙を向けることもあるだろう。
ゆえに、ベネトナシュは絆を結ぶ。
己と志を同じくする死者でなければ、彼の力にはなってくれないのだから。
今ここで呼び出す死者達も同じだ。
かつて、ベネトナシュは魂となった彼らの願いを叶えた。
彼らはペルセポネの中で眠り、いつか志を同じくする時に協力することを誓った。
そして、今このときに呼びかける。
志は等しく、彼ら自身も眼前の怪物……【デ・ウェルミス】によって人々が地獄に取り込まれることを望んではいない。
ゆえに、ベネトナシュは彼らに願う。
ゆえに、ベネトナシュは今……二千年の時を越えて彼らを呼ぶ。
「《冥導回帰門》――【琥珀之深淵】隊!!」
冥界の門は輝き――琥珀色の機械竜がその内側より飛翔した。
◇◆◇
□■商業都市コルタナ
紫の凱旋門は輝き、その内側から一体の巨影が飛翔する。
それは、琥珀色の装甲に覆われた機械仕掛けの竜。
竜は兵器であり、内部では四人の人間が竜を動かす。
その名は煌玉竜、【琥珀之深淵】。
二千年前の戦争で消滅した先々期文明の超兵器。
それを駆る軍人達と共に、ペルセポネの力で今ここに黄泉返る。
「機長。門よりの出撃、無事に完了。周辺環境をチェックします」
「レーダーを確認すると共に、上空へと飛翔。《深淵砲》の発射シークエンスに入る。状況は把握しているな? 間違っても避難完了エリアの外に影響を出すなよ!」
「分かってますよ! 二〇〇〇年経っても動かし方は忘れてませんから!」
「フッ、少尉。二〇〇〇年経ってもお前は変わらんな」
【琥珀之深淵】のコクピットで、蘇った死者達が言葉を交わす。
「機長。少尉も張り切ってるんですよ。私達が死んだ後に彼の妻子が無事だったことと、子孫について調べてくれたベネトナシュ氏に恩を返せるんですから」
「そ、それもありますけど。……また人のために戦えますからね。それが嬉しいんです」
「そうだな……」
機長は眼下の街とその中に這う醜悪な【デ・ウェルミス】を見下ろしながら、確認するように言葉を述べる。
「我々が【冥王】ベネトナシュと交わした契約は、『人命を脅かすモンスターと戦う状況、並びに“化身”及び“異大陸船”と戦う状況で力を貸す』、だ。この状況はそれに相違しないと判断する。異議はあるか?」
機長の問いかけに反対の言を述べる者はいなかった。
彼ら全員の志は、一つだった。
「ならば我々【琥珀之深淵】隊は、これより任務を開始する!」
「了解!」
そうして、上昇を続けた【琥珀之深淵】は空中の一点で停止した。
機械の首を動かし、眼下のコルタナ……市長邸跡地へとその頭部を向ける。
「煌玉竜一号機【琥珀之深淵】、砲撃ポイントに固定」
「《深淵砲》、発射用意。攻撃範囲はピンポイントに絞る。エネルギー充填は二〇%」
「了解! 《深淵砲》、発射態勢に入ります!!」
煌玉竜【琥珀之深淵】は、地上に向けて口腔を開く。
その口中の砲門に、莫大なエネルギーが注がれ始める。
威力を絞っていたがゆえに、その時は間もなく訪れた。
「エネルギー充填……二〇%、チャージ完了!」
「《深淵砲》……発射!」
その口腔に納められた圧縮魔導式重粒子加速砲は、巨大な火球を地上の【デ・ウェルミス】へと撃ち出した。
◇◆
【デ・ウェルミス】には築かれた門が何であるか、そこから現れた琥珀色の竜が何であるか、欠片も理解できなかった。
けれど漠然とした恐怖はあり、必死に逃げようと地上を這った。
しかしその逃走は数十メテルと動かないうちに、終わりを告げる。
熱を感じて頭上を仰げば、そこには巨大な火球が【デ・ウェルミス】へと降下していた。
【琥珀之深淵】の口腔から放たれた火球は、大熱量で空間を歪ませながら……【デ・ウェルミス】を巻き込んで地上へと着弾した。
『――――!?』
大気がプラズマ化し、地面が蒸発するほどの熱量に【デ・ウェルミス】は声なき悲鳴を上げる。
全身の蛆が口から悲鳴を上げるが、伝播する大気が既に存在せず、音はどこにも伝わらない。
《賦活転生》を有するはずの【デ・ウェルミス】であるが、置換を繰り返しても体積の回復が追いつかない。
体中の蛆が、炭化を通り越して跡形もなく蒸発していく。
体積を急速に減らしながら、それでもギリギリで持ちこたえんとする【デ・ウェルミス】。
【デ・ウェルミス】自身にも負担の掛かる《賦活転生》の限界使用。市長が足を切断された際に使用した細胞一つの蛆一匹への転生……質量保存則無視の限界連続転生で凌ぐ。
スキルを行使する全身に反動で痛苦が走るが、それに構う暇はない。むしろ、全身を焼き熔かす大熱量にスキル反動の痛みなどあってないようなもの。
(総体の……損耗と、回復を……計算、……れならば……耐えられ……)
体をすり減らしながら、それでも【デ・ウェルミス】は生存を諦めてはいない。
しかし次の瞬間――《深淵砲》はその真の威力を発揮する。
火球内部で圧縮された魔力核が熱量の爆裂と共に解放。
解放された魔力の半分を用いて重力魔法が遠隔起動。
残る魔力は更なる熱量となり、新たに生じた超重力と共に地中に沈降する。
形成されるのは、熱量を逃がさない縦穴と獲物を逃がさぬ重力力場。
捉えた対象を逃さず完全に焼却する。
それこそが先々期文明の誇る最強兵器が一つ、《深淵砲》の本領である。
『――――!!!?』
そして始まる深淵へのメルトダウン。
【デ・ウェルミス】は縦穴の内部で灼き溶かされながら、地中深くへと沈み続ける。
火球が直撃しなかった蛆さえも、地中に数百メテル沈降した時点で、【デ・ウェルミス】へと戻ってきてしまう。
そして熱量は更に高まり、それは限界以上の転生を行使していた【デ・ウェルミス】の回復速度すらも容易に上回っていた。
体を形成する蛆の悉くを灼き熔かされながら、【デ・ウェルミス】は自分が消えていく恐怖を味わう。
(わ、私……ダグらス……私達、エイエン、永遠の生命を……セイメイヲオオオオオオオ!!!?)
やがて、火球は仕込まれた最後の魔法を起動し――最大火力で爆裂する。
数秒後、縦穴から地上から火柱が立ち上り……【デ・ウェルミス】の最後の一匹もその中で消滅する。
そうして……炎の墓標の下で【デ・ウェルミス】の永遠の生は跡形もなく燃え尽きた。
To be continued
余談:
《冥導回帰門》
ペルセポネの必殺スキル。
リソースを捧げて門を築き、魂がそこにある死者を装備品含めて全盛期の姿で呼び戻す。
※門のサイズや強度(呼び出せる死者の力量の上限や蘇生時間)は捧げたリソースによって変動する。
理論上、この<Infinite Dendrogram>における全ての死者の協力を得られる可能性がある破格のスキル。
ただし、蘇った死者の行動は自由なので、蘇らせたベネトナシュやペルセポネを攻撃することも十二分にありえる。
そのため、ベネトナシュは死者の魂の頼み事を解決して協力を取り付け、『こういうときにだけ協力する』という形で契約し、ペルセポネの中で待機してもらっている。(ここでいう契約は【契約書】などを用いたものではない)
※なお、契約していない魂でもその場に魂があれば蘇らせることはできるが、まず間違いなくコントロール不能なのでそうすることはほとんどない。
今回呼び出した【琥珀之深淵】隊は、かつてカルディナの砂漠(二〇〇〇年前に撃墜したポイント)で未練により残っていた彼らの魂をベネトナシュが見つけ、それぞれの頼み(主に家族のその後の調査)を行い、縁を結んだ。
強大な戦力ではあるが、モンスターや“化身”など戦う相手を限定しており、対人戦では協力を要請できない。
ペルセポネは他にも幾人かの魂を抱えているが、いずれも似たように状況を限定した協力となっており、ベネトナシュもそれを遵守している。
( ̄(エ) ̄)<……つまりベネトナシュの持ち霊、と
(=ↀωↀ=)<急にシ○ーマンキング感増しましたね
【琥珀之深淵】
二〇〇〇年前にツヴァイアー皇国で開発された煌玉竜。
煌玉竜はフラグマンにより最終系煌玉獣の試作型として、機体特性に差異をつけながら並行開発されていたが、【琥珀之深淵】はその一番機。
最もスタンダードであり、メインウェポンである圧縮魔導式重粒子加速砲も(二重の意味で)圧縮火力に特化した《深淵砲》である。(その性質上、神話級モンスターとの一対一での戦闘、そして勝利を想定されていた)
完成後は“異大陸船”の侵攻に対抗すべく戦線に投入。
現在のカルディナ砂漠上空で“武装の化身”――現在の帽子屋と交戦するも、力及ばず撃墜され、乗員は全員死亡した。
(=ↀωↀ=)<…………
(=ↀωↀ=)<お察しかもしれませんが
(=ↀωↀ=)<魂と話せる【冥王】は色々と事情を知ってます




