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<Infinite Dendrogram>-インフィニット・デンドログラム-  作者: 海道 左近
蒼白詩篇 二ページ目

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281/716

地獄と殺人と冥王 その一三

 ■商業都市コルタナ・市長邸


 【冥王】ベネトナシュは、【撃墜王】AR・I・CAとの交渉を済ませて市長邸内に突入した時点で地下の異変に気づいた。

 彼は自身の有するスキルで、魂も怨念も見えている。

 それは、物質的な壁には遮られない視覚であり、彼には今も地下の魂が見えている。

 だからこそ、地下に存在する二〇〇人近い人々の魂が、嘆いているのが理解できた。


『我が友よ、どうした?』


 外壁や廊下の壁を強引に砕きながら屋内へと侵入したアラゴルンは、足を止めたベネトナシュに問いかける。

 それに対してベネトナシュは、静かに首を振った。


「……最悪だ」


 彼にしては珍しく吐き棄てるようにそう言った直後、市長邸が揺れた。


 そして床を突き破り、彼らの眼前に巨大な白い腕が次々に生えてくる。

 腕は次々に地下から生え、合計で六本もの白い腕が邸の床を貫いていく。

 六本の腕は手当たり次第に、地上にあるもの……市長邸を壊していく。

 それに市長邸は耐え切れず、倒壊していく。


『友よ、乗れ!』

「……ああ」


 ベネトナシュはアラゴルンの肋骨の内側に飛び乗り、アラゴルンは崩壊する市長邸の壁と柱を粉砕しながら庭園へと脱出した。

 そうしている間に、市長邸は完全に崩れ去る。


「…………」


 内部に残っていた使用人の生死は、魂を見るベネトナシュでなくとも明らかだった。


『下から来るぞ!』


 アラゴルンの警告の声の直後、市長邸を破壊した六本の腕はその先にある体を引き上げるように動き、やがてその全貌が露わになる。

 それは人間の手足の生えた蛆だった。

 純竜よりも巨大な蛆虫に、六本の長大な腕が生え、人間の足が数え切れないほどに生えて巨体を支えている。

 その全てが、微小な蛆の集合でできている。

 あまりにもおぞましく、心弱ければ見ただけで正気をなくす。

 地下から出現したおぞましき怪物が如何なるものであるか、ベネトナシュには理解できていた。


『友よ、これは……』

「封印されていた<UBM>が解放された、と見るべきだろうね」

『相当な巨体だが、これを押し込めていたのか。蛆の塊とは醜悪なものを封じ込めていたものだ……』


 アラゴルンの言葉に、ベネトナシュは首を振る。


「いいえ、この体は……生きた人間です」

『何、だと?』


 ベネトナシュは、今の【デ・ウェルミス】の体が形成される瞬間は見ていない。

 だが、彼には魂が見える。


 人間の魂が、全身を構成する蛆虫の中に取り込まれている姿も。


 ペルセポネがユーゴーに対して、氷と液体と器の例えで魂と心と肉体の関係を説明していた。

 あの話の主眼は主に煮え立った怨念による魂と肉体への影響であったが、まだ他にもケースはある。

 それは、肉体が魂と心に及ぼす影響。

 本来の肉体とはまるで異なるおぞましい肉体に入れられれば、魂と精神にも悪影響を及ぼす。

 酒を鉛の器に注ぐように、肉体によって心と魂が汚染されていく。

 今の【デ・ウェルミス】は、まさにその状態だった。

 蛆虫へと置換されながら、それでも彼らはまだ生きている。

 死んだはずなのに魂は肉体に囚われ続け、生きているがゆえに怨念に溶けて消えることすら出来ない。

 アンデッドよりも恐るべき末路が、【デ・ウェルミス】の体だった。


『やはりまだまだ足りない。永遠のためには、まだ力と数が足りない』


 人間蛆で作られた【デ・ウェルミス】はそんな言葉を発した。

 それから【デ・ウェルミス】が出現する際の市長邸の崩落に巻き込まれて死んだメイドの死体を、六本あった手の一つでおもむろに掴む。

 それから死体を手の中で捏ねるように磨り潰した。

 全身を骨折と外傷と内臓破裂で損壊した死体は、直後に全身の傷が……悪質化した細胞が蛆虫へと変わり果て、【デ・ウェルミス】の手の中に取り込まれていく。

 そうして、ほんの少しだけ【デ・ウェルミス】は大きくなった。


『……友よ、こいつは』

「市長の“足”が生えた時点で、不思議には思っていたんだ……。市長に卵を植え付けるにしても、珠の内部から能力の行使はできても、体の一部である卵管を出すことなどできるはずはないのだから。だけど、あれは生物的に生み出したものではなく……」

『存在変質のスキル……あの俗物の肉体そのものを蛆に変質させていた、か』

「……恐らくは、健康になるというのもその能力に由来するのだろうね。……マゴットセラピーというものはあちらにも存在するけど、これはあまりにも……」


 あまりにも、醜悪。

 しかしそれはベネトナシュにとっては、単に見た目と生態だけの話ではない。

 問題は、魂が取り込まれているということだ。

 変質した細胞が蛆として生きており、それゆえに魂も囚われる。

 しかしそれは既に人ではなく……このまま時を経れば魂や精神までも蛆虫のそれと成り果てるだろう。

 事実、先刻ベネトナシュが見た市長の魂は人のそれから少しずれ始めていた。

 今は【デ・ウェルミス】本体とも融合しているせいか、変貌の速度も早まっている。

 ベネトナシュが『最悪』と吐き捨てた最大の理由がそれだ。

 魂の嘆きは、自分が人として死ぬことすら出来ず、魂すら人でないものに変貌することを嘆いていたのだから。


「――《デッドリー・エクスプロード》」


 ベネトナシュは、既に生者のいない市長邸に斟酌はしなかった。

 市長の所業により蓄積した怨念を燃料として、【高位霊術師】の奥義である《デッドリー・エクスプロード》を起爆する。

 最も怨念が濃い地下から起爆し――発生した爆炎は地上にある市長邸の残骸全てを呑み込んだ。

 爆風で庭園の樹木までも薙ぎ払いながら、極大の火柱が天へと立ち昇る。

 蓄積された怨念により高まったその火力は、かつて【尸解仙】迅羽が使用した《真火真灯爆龍覇》に匹敵するほどのものだ。

 だが、


『友よ』

「……見えてるから分かるよ」


 《デッドリー・エクスプロード》の火力に全身を焼かれても、【デ・ウェルミス】の巨体は健在だった。

 火に強い耐性を持つ純竜であろうと焼き尽くしかねなかった怨念の炎は、しかし蛆の塊を焼却できなかった。

 体の大部分を【炭化】させたものの、黒く炭化した蛆はすぐさま白に……新たな蛆に置き換わり、何の問題もなく修復されていく。


 それこそが【デ・ウェルミス】の固有スキル、《賦活転生》の第一の恐ろしさ。

 《賦活転生》は悪質化した細胞を分体である蛆に置換する。

 それは即ち、蛆の集合体である自身の傷をも、全て健常な蛆に置換して完全回復できるということだ。


「本当に……<UBM>はどうしてこうも常識を投げ捨てているんだ……」

『全くだな』

「……生前のアラゴルンも大概だったと思うけれど」


 それでも炭化以上……跡形もなく(・・・・・)焼き尽くされた蛆の分だけ体積は減っており、それだけが【デ・ウェルミス】の負ったダメージだ。

 しかしそれは……総体の一割にも満たない。


『友よ、連続で……は使えぬのだったな』

「今ので市長邸に溜まっていた怨念は全部燃やしてしまったから……ね」


 《デッドリー・エクスプロード》は怨念を火力へと変換する魔法。

 それゆえ、一つの怨念溜まりでは一度しか使えない。

 【大死霊】メイズのように【怨霊のクリスタル】でも作っていれば話は別だが、それは怨念溜まりを消して回るベネトナシュからすれば論外の代物だ。持ち合わせているはずもない。


『しかし、倒すには傷跡どころか跡形も残さず消すしかない。……この脅威、限りなく神話級に近い』

「古代伝説級最上位ってことだね……。それだとアラゴルンより強いことにならない?」

『我も同じ領域にはあったはずだがな。しかし、はっきり言って相性差が最悪で我では勝てん』

「……斬っても仕方なさそうだからね」


 アラゴルンは冷静に彼我の戦力を分析した言葉を述べ、ベネトナシュはその言葉に納得した。

 彼らがそんな会話を交わす間に、市長邸で立ち昇った火柱を見てコルタナにいた<マスター>が集まってくる。

 彼らは巨大な蛆虫の頭上に浮かぶ【妖蛆転生 デ・ウェルミス】のネームで相手を<UBM>と認識し、討伐のために動き始めた。

 中にはアラゴルンの姿に驚き武器を向ける者もいたが、すぐに<マスター>が連れたアンデッドだと気づいて【デ・ウェルミス】に向かっていった。


『……ふむ、この規模の街にしては集まる数が少ないな』

「ペルセポネの話では【殺人姫】エミリーがバザールで暴れまわったそうだから……、そちらの対処に出向いてデスペナルティになった人が多いんだと思う」

『あの盗掘者と同じクランという娘か。それなら……並大抵の<マスター>では太刀打ちできぬだろうな』

「……ラスカルほど恐ろしい相手だとは思いたくないけれどね」


 彼らが話す間にも<マスター>達は【デ・ウェルミス】へと集中攻撃をかけていく。

 【デ・ウェルミス】はろくな防御力も耐性も持っていない。

 飛び交う魔法が、放たれる斬撃が、恐るべき状態異常が【デ・ウェルミス】を襲い、確実にその効果を発揮し、


 しかして――その全てが回復されていく。


 魔法で焼けた体は《デッドリー・エクスプロード》と同様に修復。

 斬撃は蛆の集合体を割いただけであり、刃の軌道で断ち割られた蛆もすぐに再転生。

 そして、状態異常によって悪質化した蛆は、すぐさま新たな蛆に置換される。

 何をしようと、即座に万全の健やかな状態に回復する。

 そして《看破》がある者は気づくだろう。

 これらの再生を繰り返しても、【デ・ウェルミス】のSPは微塵も減っていない。

 

 それこそが、《賦活転生》の第二の恐ろしさ。

 SP消費無しでのスキル行使――どころかSPの継続回復効果をも有している。


 どれほど再生を繰り返そうと、【デ・ウェルミス】に疲労はない。

 むしろ、疲労して悪質化すればすぐさま新たな蛆に置換される。

 何があろうと、永遠に、健やかな状態を維持するのである。

 防御や耐性の欠如など何の問題もない。

 悪くなれば、置き換えるだけなのだから。


『スライムのように体積で判定されるHP。加えて、無限連続再生……いや転生(・・)か』

「そういえば、ペルセポネの話だと、【殺人姫】エミリーは連続蘇生の使い手だったらしいね。……こちらで【デ・ウェルミス】を相手に戦ってくれればよかったのに」

『……それは地獄絵図というものだ』


 攻撃の全てを受け止め、回復する【デ・ウェルミス】に、<マスター>の間でも動揺が広がっていく。

 中には先の《デッドリー・エクスプロード》に匹敵するか、それ以上の威力を発揮した必殺スキルを使った者もいたが……それすらも完全に回復して見せた。

 それらの攻撃を受け止めきった後、【デ・ウェルミス】は攻勢へと転じる。

 蛆の体から生えた六本の人の腕が、バラバラに周囲へと掌を向ける。


『攻性魔法並列起動。掃射開始』


 放たれたのは、無数の攻撃魔法。

 雷撃が、炎弾が、氷塊が、風刃が、土槍が、光条が周囲の<マスター>へと降り注ぐ。

 それはいずれも蛆へと置換された死体の持ち主が有していた魔法であり、ほとんどが奴隷や浮浪者であったために魔法としては初歩的なものだ。

 威力は最低で、連射性能こそ高くとも熟練の<マスター>には掠り傷をつける程度の効果しかない。

 だが、それでいい。


 ――掠り傷で十分なのだ。


「へっ! この程度のダメージなら何てことはねえさ!」

「どうやら体力と修復力に特化した<UBM>のようだな。今は弱っているようには見えないが、このまま押し続ければいずれは、……?」


 戦っていた<マスター>が、不意に奇妙な違和感に気づく。

 体のどこかがむず痒いような、何か小さなものが肌で蠢く感覚。

 彼らはその感覚を伝えてくる部位……先ほどの魔法攻撃でダメージを受けた部位を確かめ、


 ――そこで蠢く、無数の蛆を見た。


「う、うわぁああああああああああ!?」


 周囲に絶叫が木霊する。

 しかしそれは無理もなく、常軌を逸する光景だった。

 蠢く蛆は極小の口で周囲の肉を食み……直後にそれも蛆へと変わっていくのだ。


「このっ! つぶれ、潰れろ!」


 自分の体を這い回る蛆虫を彼らは潰す。

 あるいは、炎で焼いた者もいる。

 だが、潰され、焼かれた蛆はすぐにまた新たな蛆へと転生する。

 加えて、その行為で自らが傷を負えば――それもまた蛆になる。


 それこそが《賦活転生》の第三の、そして最大の恐ろしさ。

 半径三〇〇メテル以内の生物が負った全ての傷(・・・・)を、蛆へと置換できる。


 消えぬ蛆に、恐怖と嫌悪の絶叫が響く。

 転んで、あるいはどこかにぶつけて傷を負うたびに、その傷口が蛆虫となっていく。


『自身の傷は全て新たな蛆に。他者の傷も全て蛆に。傷つけるだけでは、その総量が減ることはなく、戦った相手も少しずつ自分へと置換していくか』


 戦っていた<マスター>も戦線を維持するどころではない。

 痛覚をOFFにしている<マスター>に痛みはないが、蛆虫が自分の体を這い回る感覚だけは確かにある。

 それが決して減らず、少しずつ自身の体に版図を広げていく。

 一度ダメージを負わせれば、《賦活転生》の範囲内にいる限り永続的に相手の体を蛆で侵食していくのだ。

 発作的に自害システムを使用した者がいたが、それも責められることではない。


『友は攻撃を受けない方がいい。我を盾にしていろ。それと、《ネクロ・エフェクト》は切らしてくれるな』

「分かってる」


 頑強なアラゴルンだが、少しもダメージを受けないということは出来ない。

 受けたダメージの部位は少しずつ蛆へと置換されていたが、しかしそれらの蛆は即座に死んでいた。

 それは死霊術師系統のバフスキルの一つ、《ネクロ・エフェクト》によるもの。

 微力の接触即死状態を付与する効果で、アラゴルンの体表に発生した蛆を即死させているのだ。

 弱小の相手にしか効かないものではあるが、この蛆を相手にするならば問題はない。


「……そういえば、骨そのもののアラゴルンは大丈夫なんだね?」

『あれはダメージや病を負った部位を置換するものと思われる。何の疾患も抱えていない骨には効果を発揮できぬのだろう。我は腐ってもおらぬしな』

「……それだとゾンビは駄目そうだね。それに、アラゴルンでもダメージを負った部位は置換されている。……あるいは、生物であれば肉や骨がなくとも置換されてしまう恐れもある、か」


 【デ・ウェルミス】の出現から、ベネトナシュとアラゴルンは冷静に分析と会話を続けている。

 周囲が恐慌に包まれようと、彼らの精神が揺さぶられることもない。

 それは彼らが……少なくともベネトナシュの精神が人間離れしている訳ではない。

 単に、こうした地獄の如き戦闘に慣れてしまっているだけだ。


「さて、また怨念が溜まってきたけれど……そこか」


 今も《観魂眼》を使用しているベネトナシュは、集合体で蠢く魂の中で、【デ・ウェルミス】本体の魂を見つける。

 同時に【デ・ウェルミス】に囚われた魂や今しがたの攻撃で発生した怨念を、【冥王】のスキルでその一点に集中させ、


「――《デッドリー・エクスプロード》」

 ――【デ・ウェルミス】の本体である蝿を跡形もなく焼滅させた。


 大本の蝿を焼き尽くされて、【デ・ウェルミス】はその動きを制止し、


『やったか?』

「…………駄目みたいだ」


 一瞬の後には、元通りに動き始めていた。

 蝿の体は本体であってコアではない。

 元々の本体を焼き尽くされても、【デ・ウェルミス】の集合体こそが今の体。

 その全てを跡形もなくさなければ、勝利はない。


「コアのようなものは存在しないらしい。魂もそこに在り続けている」

『つまり、どうあってもあの総体を滅ぼさねば倒せんということか。骨が折れる話だ』

「…………それはジョークかな?」


 全身骨格の竜(アラゴルン)の言葉に、ベネトナシュは真面目な顔で問いかけた。


「黄龍……先々代の【龍帝】が倒しきらずに封印したのも納得だよ。あれに対処するなら、倒すよりも封印してしまう方が簡単だ」


 ベネトナシュはそう言いながら、もう一つの可能性も考えていた。


(あるいは倒してしまうよりも……珠に入れて保存し、敵対国で解放すれば兵器として使える、と考えたのかもしれないけれど。……封印できる時点で勝ってはいたのだろうし)


 それが他者の手で盗まれた結果、潜在的な敵対国の大都市で解放されているのは皮肉としか言いようがない。


『我が知る竜でもあれに対処できそうなものは天竜の王統と、かつて姿を消した【滅竜王】。……それと風の噂に聞いた【グローリア】くらいのものだろう』


 いずれも神話級以上、広域殲滅を得手とする最強格の竜達だ。

 この場にいる<マスター>で、それほどの火力を発揮できるものはいないだろう。

 だが、


『それで、どうする?』

「……焼き尽くすしかないならそうするよ」


 ベネトナシュには、その術があった。


「幸か不幸か……今は《デッドリー・エクスプロード》以上の火力を発揮するあてがあるからね」

『……あやつら(・・・・)か』

「ただ、そのためにはペルセポネと合流しなければならないし、周辺の避難や了解も必要だ。使えば、このコルタナの街も無事では済まない。……それは、彼女との交渉次第か」


 ベネトナシュは先刻まで戦っていた蒼い<マジンギア>を思い出し、少し不安を覚えた。

 しかし、カルディナとしてもこの事態を放置は出来ないはずであり、最も早くこの事態に対応できるベネトナシュの案を呑んではくれるだろうとは考えた。


「避難と時間稼ぎのためにも、あの<UBM>はここに押し留めておかなければならない」

『我がその役を務めよう……と言いたいところだが友が傍を離れれば《ネクロ・エフェクト》が切れ、我も次第に蛆に食われていくだろうな』

「そうだね。だから、足止めを置くならば……決して(・・・)傷つかないもの(・・・・・・・)でなければならない」


 そう言って、 ベネトナシュは服の内側からあるものを摘む。


「だから、足止めを任せられるのは……彼くらいだ」

『やれやれ、結局使うことになるのか』


 それは、AR・I・CAとの戦いで使いかけた物。

 ガーゴイルの下半身のような、奇妙な形のペンダント。


「前回の使用から折を見て六〇〇万程度まではMPを貯めているから……三〇分は動けるはずだ」

『……相変わらず、燃費の悪い奴だ』

「けれどその価値はあるし、彼にしか出来ないこともある。……さてと」


 ベネトナシュはペンダントを手にし、それを自らの前へと掲げる。

 そして彼は宣言する。


「目覚めよ――《地に立つ一騎当千(グレイテスト・ボトム)》」


 直後、ペンダントは発光し――


 ◇◆


 <マスター>への魔法攻撃と《賦活転生》による傷の蛆への置換を繰り返しながら、【デ・ウェルミス】は『順調だ』と考えた。

 今も少しずつ、【デ・ウェルミス】の体積は拡大を続けている。

 これは《賦活転生》以外のスキルの効果によるもの。《賦活転生》の効果範囲外に出た分体を、集合体へと転送しているのだ。

 ゆえに、傷を負い、蛆の浸食を受けた<マスター>が範囲外に逃げたとしても、作られた分体は【デ・ウェルミス】へと確実に還るのだ。


 尋常な生物のセオリーとして考えれば種の拡散を優先し、<マスター>の体を侵食した蛆は回収せず少しずつ版図を広げた方が正しいのかもしれない。

 だが、それは【デ・ウェルミス】にとっては正しくない。

 【デ・ウェルミス】にとっての至上は他の生物を分体へと変えて、分体を増やし、それらと集合して永遠に生き続けることなのだ。

 集合体の《賦活転生》の範囲外に出た分体には置換が働かず、傷つき死ねばそのままであるので、回収するのは【デ・ウェルミス】にとっては当然だった。

 しかし、人間がその思考と方向性を「蛆が拡散しないのなら助かった」、「集合体を全て滅ぼせば倒せる」などと安易に喜ぶのは誤りだ。

 なぜなら、集合体の拡大に伴い、少しずつ《賦活転生》の効果範囲までも拡大している。

 本来予定していた体のサイズまでは基準値の三〇〇メテル。

 しかし、それよりも巨大化するならば、効果範囲までも拡大を続ける。

 それは遅々とした拡大だが、このまま分体を増やして集合し続ければ……それがどこまで拡大するかは分からない。

 あるいは、国すらも飲み込みかねない恐ろしさがある。


『数が少ない……』


 【デ・ウェルミス】は蛆に置換するための肉を探していた。

 蛆への恐怖と手の打ちようのなさで、【デ・ウェルミス】の周囲の<マスター>の数は減っている。

 それは【デ・ウェルミス】にとってはあまりありがたくはないことだった。

 生を共にする相手が減ることを喜べはしない。

 ゆえに、次に現れたものを見て、【デ・ウェルミス】は喜んだ。


『……これは』


 それは巨大な影だった。

 【デ・ウェルミス】はそれが強い力を持つことを感覚的に理解できていた。

 同時に、『これほどの巨体ならば多くの分体として迎え入れられる』、と。

 その二つの思考から【デ・ウェルミス】は即座に魔法による攻撃を行った。

 無数の攻撃魔法による集中砲火。

 これを受けて無傷であることは難しく、僅かにでも傷を受けたのならばそこから《賦活転生》による置換が始まる。

 相手がどれほど巨大でも、その力から逃れられるはずはない。


『…………?』


 だからこそ、【デ・ウェルミス】は疑問を覚えた。

 無数の攻撃を放ったというのに、眼前に立ちはだかるそれに対して能力が発動した気配がない。


 つまりそれには――掠り傷の一つもついていないのだ。


『……君は、誰だ?』


 それは答えない。

 そもそも、それには口などない。

 目もなく、耳もなく、頭部すらもない。

 腕もなく、胴もなく、心の臓すらもない。


 しかして、それは二本の足と巨大な尾で立っている。

 銀とは似て非なる輝きを放つ、未知の金属で出来た下半身。


 それは――下半身だけで五〇メテルという巨体を誇る悪魔像(ガーゴイル)だった。


『――――――』


 悪魔像は、唸りを上げる。

 それは口によるものでなく、振り回された長大な尾によるもの。

 尾は超高速で振動し、それによって周囲の空気が攪拌される。

 目すらないというのに、それは正確に自身に向けて伸ばされていた六本の腕を――尾の一閃で粉砕した。

 六本の腕は、一瞬で砂粒よりも細やかに粉砕される。

 それは悪魔像が持つ《ハイパー・バイブレーション》という攻性防御スキルによって行われた、超振動による完全粉砕だった。


『……!』


 【デ・ウェルミス】はその攻撃に警戒し、六本の腕を再構成すると共に攻撃魔法の集中砲火を再度実行する。

 しかし、それは悪魔像にただの一つも傷をつけられない。

 無数の魔法攻撃は、悪魔像が有する魔法攻撃完全耐性スキルにより全てが無力化されていた。

 ならばと、尾と違って振動していない足を、六本の腕で攻撃する。

 しかしてその攻撃は……悪魔像が持つ純粋な防御力とダメージ減算スキルによって一切のダメージを与えることができていない。

 【デ・ウェルミス】の全ての攻撃を、悪魔像は無力化していた。


『一体……何なんだ?』

『…………』


 下半身しかない悪魔像に答える口はない。

 だが、それを見た者ならば、言葉など介さずともそれの力を知るだろう。


 神話級金属をも上回る超級金属(スペリオル・メタル)で形成された体。

 古代伝説級の攻撃を容易く粉砕する攻性防御スキル。

 そして、【デ・ウェルミス】をも上回る、その身に秘めた莫大な威圧感。


 それこそはかつて【冥王】ベネトナシュが獲得した超級武具によって呼び出されるもの。

 <Infinite Dendrogram>において最強のガーゴイルにして……第一の<SUBM>。


 【一騎当千 グレイテスト・ワン】――その半身である。


 To be continued

(=ↀωↀ=)<第一の<SUBM>、【一騎当千 グレイテスト・ワン】


(=ↀωↀ=)<下半身のみようやく登場


( ꒪|勅|꒪)<どんな<SUBM>だったんダ?


(=ↀωↀ=)<んー、詳細は追々だけれど


(=ↀωↀ=)<メ○ルキングの耐性と防御力持った物理系魔王(変身後)みたいな奴


( ꒪|勅|꒪)<……お前ら、<マスター>に勝たせる気なかったんじぇねーカ?


(=ↀωↀ=)<でも結局は世間に存在を知られる前に倒されてるからね


(=ↀωↀ=)<倒せない存在ではなかったってことだよ

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― 新着の感想 ―
[一言] ここで伏線が回収されるのか‼少佐が不憫でならなかったから、なんか泣ける
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