エピローグ PROLOGUE
本日二話投稿の二話目です。
前話をお読みでない方はそちらからお読みください。
□決闘都市ギデオン 【聖騎士】レイ・スターリング
「おぉ……」
決闘都市ギデオンの入り口をくぐり、俺は感嘆の声を上げた。
ギデオンは都市全体をグルリと防壁で囲み、防壁には用途に応じて複数の入り口が設置されている。
アルター王国の大都市には王都を含めて円形の防壁を持つものが多い。
それはモンスターの襲撃や他国の戦争に備えた必須の構造物であると同時に、内と外の世界を隔てる役目もある。
城壁を潜ると、そこには外とはまるで違う景色が広がっている。
俺が初めてログインし、王都アルテアに入ったときもそうだった。
あのときは実感で伝わってくるファンタジーの町の空気に感動を覚えたものだが、この決闘都市ギデオンにおいて俺は再びその感動を味わっていた。
空気が違う。
外とも、王都とも違う。
ここの空気は人の熱気を孕んでいる。
それはきっと視線の先、この街の中心に位置する決闘都市中央大闘技場から伝わってくるのだろう。
古代ローマのコロセウムは二○○メートル程度の長径と五○メートル程度の高さの建物だ。
しかし、このギデオンにある大闘技場はそれよりも二回りほど大きく見える。
都市の入り口で配られていた冊子によれば、この街には大闘技場の他にも小型の闘技場が等間隔で十二棟も配置されており、そちらでも決闘や競技は日々行われているそうだ。
中央大闘技場は特別なイベントで使用されるらしい。
ちなみにこの冊子をどうやって手に入れたかというと、街の入り口で観光客用にと低価格で配布していたのだ。売れ行きは見る限り好調だった。
この街はとても賑わっている。
戦争で大打撃を受け、今も敗戦直前のアルター王国の一部とは思えないほどだ。
見れば、王都ではあまり見かけなかった人種も大勢いる。
獣の耳が生えた種族や、龍の様な角を生やした種族、俺の膝ほどの背丈の妖精のような種族など。
ファンタジー作品でいわゆる亜人と呼ばれる類の人々がそこかしこにいた。
彼らの様子を見ていると、観光客もいれば元よりこの街に住み商売を営んでいる人もいるようだ。
住民も含め、この街は王都とは違う。
フィガロさんが言っていたように、生きた人々の活気に溢れている。
「何だか元気な街ですね」
ルークの言葉に俺も頷く。
「この周辺は北方のドライフとは国境が面していませんしねー。近くにはレジェンダリアやカルディナとの国境がありますけど、カルディナとは通商条約が結ばれていますし、レジェンダリアは同盟国ですから両国からの観光客も多いです」
マリーが地図を見せてくる。
簡易な地図は中央にギデオン、東側には山岳地帯を挟んでカルディナ、南側にはレジェンダリアと書かれている。
ちなみに西側はある程度の距離を挟んで海、北は勿論王都だ。
「地理的な安全に加えて、闘技場に出場する闘士を戦力にカウントできますからね。ギデオンは王国最強の都市と言っても過言ではありません」
なるほど。アルター王国の中で最も安全な街というわけか。
となると王都からここに逃げてきた人もいるんだろうな。
王都のギルドにもそういう依頼は多かった。
しかし逆に、ギデオンから王都まで買出しに行く商人もいるという。
これは道すがらアレハンドロさんから聞いた話。
王都にある神造ダンジョン<墓標迷宮>で入手できるアイテムはこの国の希少な特産品であり、観光客や外国の商人にもよく売れるそうだ。
しかし昨今、先の敗戦に端を発する<マスター>……プレイヤーの外国への流出問題から<墓標迷宮>の探索者が減少し、必然的に産出量は減る一方。
トドメにここ数日続いたPKクランによる封鎖。
ギデオンでの<墓標迷宮>のアイテムの価格は軒並み高騰した。
そのため街道封鎖が解けた直後、貴重なアイテムを押さえるためにわざわざ買い付けに王都まで向かう商人もいたそうだ。
ちなみにアレハンドロさんとはギデオンの入り口の手前で分かれたが、お礼もしたいので滞在中に是非店に来てほしいと言われている。
「早速ですが冒険者ギルドに向かいましょうか。配達クエストと【ガルドランダ】討伐の届出をしないと」
マリーの言葉に応じ、俺達はギデオンの冒険者ギルドへと向かった。
◇
ギデオンの冒険者ギルドの建物は王都のギルドより天井が高く、門も大きめに作られていた。
亜人の中にはサイズの大きい種族の人もいるから、亜人の利用者も多いこの街では配慮されているのだろう。
さて、清算だが配達クエストのほうは問題なくクリアとなった。
報酬は30000リル。
等分して10000リルの収入だ。中々おいしい。
だが、問題もあった。
【ガルドランダ】の方だ。
王都の冒険者ギルドでネメシスがチェックしていたように、【ガルドランダ】は賞金首のモンスター。討伐者には賞金が出る。
討伐の証明自体はギルドの特設窓口でMVP特典の【瘴焔手甲 ガルドランダ】を見せることであっさり証明された。
<UBM>が討伐された際のMVP特典は<UBM>の銘で、MVP取得者に合わせた形の譲渡不可アイテムが手に入る。
つまり俺が【ガルドランダ】の名を冠した【瘴焔手甲 ガルドランダ】を持っているということは、俺が【大瘴鬼 ガルドランダ】討伐で最も活躍した証らしい。
もっともこれは証明が簡単と言う話であり、ちょっと手順踏んだ調査でも証明出来るらしい。
<UBM>ではない賞金首もいるので当然と言えば当然。
さて、こうして無事に賞金は獲得できたのだが、問題はその額にあった。
【ガルドランダ】の懸賞金は100万リルだった。
日本円にして1000万円もの大金だ。
そして今現在、俺達はギルド内のテーブル席で顔を突き合わせながら賞金の分配で揉めていた。
こんな感じで。
「だーかーらー! 1/3ずつでいいだろうが!」
「いえ! 薬の代金もらったらそれ以上ボクが貰う道理ないですからね!? ボクは一切戦闘に参加していませんもん! レイさんとルークきゅんで1/2ずつでいいじゃないですか!」
「僕だって【ガルドランダ】との戦闘には参加してないんだからレイさんと同額の懸賞金なんて貰えませんよ! レイさんが全部受け取ればいいじゃないですか!」
全員が全員、自分の取り分を減らす主張をしているのだった。
まず、賞金100万リルの内、【快癒万能霊薬】や馬車の人々の治療に使った薬代、おおよそ10万リルをマリーが受け取るのは確定した。
マリーは「勝手に使ったのだからいい」と言っていたが受け取らせた。
残った90万、それが問題だった。
俺はパーティの戦果なのだから1/3ずつ分配しようと主張。
マリーは薬を使っていただけだから薬代以上はいらないと主張。
ルークも【ガルドランダ】と戦ったわけではないから受け取れないと主張。
俺からすれば二人がいなければ【ガルドランダ】に勝つこともなかったのだから受け取れよと言いたい。
「というか俺は既にMVP特典もらっているのだから、懸賞金は俺の分なくてもいいんじゃないだろうか」
「流石にそれは欲がない通り越して理屈がおかしいレベルだのぅ」
そうだろうか?
俺はそれでいいと考えたのが、ネメシスは阿呆を見る目で見ているし二人も「この人は何を言ってるんだ」という視線だ。
「いやだってこのMVP特典の性能おかしいし。こんなの入手した時点で俺の取り分は吹っ飛ぶと思うんだ」
俺は自分の両手に嵌った手甲を掲げる。
赤と黒紫のツートーンカラーで彩りされたこの手甲はガルドランダを倒した後に俺のアイテムボックスに入っていた。
詳細は以下のとおりである。
【瘴焔手甲 ガルドランダ】
<伝説級武具>
焔と瘴気の三面鬼の概念を具現化した伝説の武具。
極めて高い硬度を持つと共に、装着者の膂力を増強する。
※譲渡・売却不可アイテム
※装備レベル制限なし
・装備補正
STR+100%
防御力+150
・装備スキル
《煉獄火炎》
《地獄瘴気》
《???》 ※未開放スキル
うん、性能がおかしい。
攻撃力は倍になったし防御もこれ一つで【ライアット】一式より上昇している。
金額にしたら30万リルじゃ利かない。
【ガルドランダ】の懸賞金全額より高いだろう。伝説とか書いてあるし。
「システムの選んだMVPは確かに俺だったが、いくらなんでもこれで賞金まで受け取ったら貰い過ぎだ」
【ガルドランダ】との戦いではマリーのアイテムによるサポートがなければ負けていた。
ルークだって【ガルドランダ】との戦いの前に奴の手下を多く倒し、その後もあいつの騎獣だったオードリーを押さえてくれていた。
二人がいなければ今回の勝利はなかったわけで、やっぱり今回のクエストで俺の貢献など良いところ1/3だ。
「でもレイさん一人で戦ったんですから」
「だから俺一人の力じゃなくて……」
「分かりました。ボクにいい考えがあります」
マリーはそう言い、机をトンと突く。
「まずレイさんが30万受け取るのは確定です。あなたが受け取らなかったら誰にも受け取る資格がありません」
「……わかった」
「次。ルークきゅんはレイさんと同じだけ貰うのを遠慮しているようなので、半分の15万受け取ってください」
「はい」
「で、ボクも受け取らないと話が巻き戻るので5万だけいただきましょう」
これで50万。残額は40万だ。
「あとはパーティ共通で使いましょう」
「と言うと?」
「今後のためのお勉強、ですかね」
どういう意味だろうか?
「ひとまずボクに任せてください。お二人にはこっちの時間で三日後のお昼過ぎにでもまた集まっていただきたいのですが、大丈夫ですか?」
ここで三日後、ってことはリアルではほぼ丸一日か。
「明日は特に予定もないから大丈夫だ」
「僕も問題ありません」
「ではそのように」
「何をする気なんだ?」
「それは秘密のお楽しみです。あ、もしボクのアイディアが気に入らなかったら言ってください。その分は返金しますので」
「いや、それは別にいいけど」
何にしても俺はこれ以上もらう気はないのでマリーに任せる。
「では分配の話はこれで終わりです。じゃあ改めて、クエストおつかれさまでした」
「おつかれさま」
「おつかれさまです」
かくして、俺達がパーティで挑んだ初めてのクエストは終了した。
その日はみんなで夕食を食べて、俺は疲れもあったのでログアウトすることにした。
◇
あちらの時間で夜遅くにログアウトしてリアルに戻ると……太陽が昇っていた。
「……時差ボケになった気分だ」
何にしても今回は色々と疲れたので、<Infinite Dendrogram>の機器を外し、太陽光をカーテンで遮って眠ることにする。
仮眠を取り、あちらで日付が変わった頃にまたログインしよう。
……このズレも大学始まる前に直さないとな。
目蓋を閉じると、デスペナルティになった一昨日と同じく色々なことが思い出された。
それにしても、リアルでは三日かそこらなのに、随分と密度の濃い時間を過ごしていたと感じられる。
ネメシスとの出会いやクマニーサンとの合流も含めたリリアーナのクエスト。
ルークと友達になりその後<超級殺し>にPKされたあの日。
<墓標迷宮>でのレベル上げとフィガロさんとの遭遇。
マリーとの出会いとパーティで受けたギルドクエスト。
そして、【ガルドランダ】との戦い。
<Infinite Dendrogram>にログインしてからこれまでにあったことが、編集されたVTRのように脳裏をよぎる。
それが段々と、“命のやりとり”をした場面に集約されていく。
「…………」
【デミドラグワーム】との戦い。
<超級殺し>からの襲撃。
そして、【ガルドランダ】との死闘。
<超級殺し>にPKされたときのことを思い出しても、不思議とデスペナルティ直後のような強い後悔の念はなかった。
代わりに、【ガルドランダ】や小鬼に殺されたティアンの人達の姿を思い出したとき、少しだけ胸が痛んだ。
“人と同程度の知能を持つAI”。
ティアンの人々はそう評されていると兄は言った。
「…………けれど」
少しずつ脳が睡魔に浸っていく中で、初日の夜の宴で考えていたことが、再び頭の中に浮かんでくる。
リリアーナやミリアーヌ達……ティアン。
【デミドラグワーム】や【ガルドランダ】……モンスター。
そして……。
「ネメシス……」
彼女をはじめとした<エンブリオ>。
彼女達はあまりにも……生きていると感じられた。
「…………本当に……」
本当にゲームなのか?
その言葉を形にするよりも先に、俺の思考はまどろみの中に落ちていった……。
◇◆◇
□■???
【極星熊 ポーラースター】
最終到達レベル:83
討伐MVP:【神獣狩】カルル・ルールルー Lv263(合計レベル:763)
<エンブリオ>:【不壊不朽 ネメアレオン】
MVP特典:古代伝説級【Q極きぐるみしりーず ぽーらーすたー】
【鉱竜王 ドラグニウム】
最終到達レベル:64
討伐MVP:【大教授】Mr.フランクリン Lv198(合計レベル:698)
<エンブリオ>:【魔獣工場 パンデモニウム】
MVP特典:古代伝説級【鉱竜王完全遺骸 ドラグニウム】
【軍港雷魚 ポートーピード】
最終到達レベル:42
討伐MVP:【大提督】醤油抗菌 Lv229(合計レベル729)
<エンブリオ>:【大炎醸 アブラスマシ】
MVP特典:逸話級【来来魚雷 ポートーピード】
【狐視炭々 エンリョウ】
最終到達レベル:56
討伐MVP:【薙神】北玄院碧乃 Lv335(合計レベル835)
<エンブリオ>:なし
MVP特典:伝説級【焼却狐眼 エンリョウ】
【大瘴鬼 ガルドランダ】
最終到達レベル:24
討伐MVP:【聖騎士】レイ・スターリング Lv20(合計レベル:20)
<エンブリオ>:【復讐乙女 ネメシス】
MVP特典:伝説級【瘴焔手甲 ガルドランダ】
「ムゥ?」
闇の中、定められた作業と記録を行いながらソレは首を傾げた。
平時には無言で作業を行い続けるソレにとって珍しいことだ。
「不可思議な。<UBM>より低いレベルで打倒しうるとは。珍しいケースだ」
ソレの疑問は無理からぬことだった。
<UBM>とは格別にして隔絶の存在。
他のモンスターとは一線を画す性能差を有する。
ある例外を除けばモンスターのレベルは50、あるいは100でカンストだ。人間のようにジョブを切り変えて合計で500レベルに達することはない。
しかしそうであるがゆえに、亜竜、純竜に代表されるボスモンスターは同レベルの人間よりもステータス面で遥かに強い。
そして、<UBM>は倍以上レベルの高いボスモンスターと比較しても同等以上の戦闘力を有する。
下級――レベル50以下の<UBM>を倒すのにもティアンなら上級パーティが複数必要になる。
上級の<マスター>でも苦戦は免れない。
ゆえに<UBM>を相手により低いレベルで倒すなどそうあることではない。
数多くの低レベルプレイヤーが集まって打倒し、偶然この人物がMVPになりでもしたのか、とソレは戦闘のログを呼び出した。
しかして現実は想像を超えていた。
その人物――レイは単独で<UBM>である【ガルドランダ】を撃破していた。
「ホゥ?」
ジャイアントキリングに適した能力であること。
戦闘中の■■■による進化が状況に完全にメタした能力であったこと。
本人の挫けぬ意思。
勝因はいくつかあったが、ソレが気にかかったことはひとつだけだ。
「第一頭部を潰した時点で、気づいているな。早過ぎる」
ソレが<UBM>に認定した【大瘴鬼 ガルドランダ】は罠の塊であった。
まずこれ見よがしに瘴気と焔を吐く頭部がある。
これを弱点と見込み破壊すれば、今度は両肩に新たな顔が出来る。
この三つの顔面全てが罠である。
これらを潰したところで【ガルドランダ】は衰えない。
それどころか、より強化されていく。
仮に全ての頭部を破壊した場合――更なる変貌を遂げ、戦闘力は更に上がる。
極めつけは真実の弱点である腹部の生体コアを破壊しない限り、不滅であることだ。
この性質から、【ガルドランダ】は相当に成長する個体だと見込んでいた。
いずれは<UBM>の頂点であり、モンスターの限界点である100レベルを超えた例外――<SUBM>に加わってもおかしくないと考えていた。
が、実際には低レベルのプレイヤーの奇跡の如き戦いによって成長過程で打破された。
頭部全てを破壊されぬうちに弱点の生体コアを破壊されたためだ。
「勘がいいのか。それとも何か別の要因があるのか。まあいい。今回のようなケースもある。参考になった」
戦闘の分析を終了し、ソレは戦闘ログウィンドウを閉じる。
しかしふと思考から言葉が漏れてまた独り言を口にした。
「何にしても、喜ばしい。既存の<超級>が強まるだけでは意味がない。新たな力が伸びなければ、百の<超級>は揃わず……<“無限”>にも届かないからな」
そしてソレは独りでコクコクと頷いた後、もう一度レイの記録に視線を戻して言葉を紡ぐ。
「さて、彼は……【ガルドランダ】を扱いきれるかな?」
ソレは未来を想像して、わずかに口元を緩める。
「何にしても、楽しみながら強くなればいい。この世界は君達にとっては最初から最後まで、遊戯だからな」
そしてソレ――<UBM>を担当する管理AI4号ジャバウォックは己の職務へと戻ったのだった。
To be Next Episode
次の投稿は明日の21:00です。
( ̄(エ) ̄)<これにて第一章完結クマー
(=ↀωↀ=)<二章に入る前にルークの外伝を挟むよー




