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<Infinite Dendrogram>-インフィニット・デンドログラム-  作者: 海道 左近
蒼白詩篇 二ページ目

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279/716

地獄と殺人と冥王 その一一

(=ↀωↀ=)<速いところではもう売り出されていますが


(=ↀωↀ=)<書籍版四巻は明日7月1日発売ですー


(=ↀωↀ=)<今回もツイッターキャンペーンを行っているので


(=ↀωↀ=)<詳しくは公式ツイッターをご確認ください


 □■商業都市コルタナ某所


 【大霊道士】張葬奇は強い焦燥感を覚えていた。

 エミリーの顛末はキョンシーを通して確認している。

 エミリーが自力で【凍結】から逃れた時は自分の最初の焦りを杞憂だったと安堵もした。

 だが、そこからユーゴーによって封殺されたため、焦りはより強くなっている。

 加えて、焦燥の理由はそれだけではない。

 街の外に待機させていた【ドラグワーム・キョンシー】は既に動かした。

 本来ならば【凍結】したエミリーのもとへと辿りつき、救出もできているはずだった。


「……駄目か」


 しかし、【ドラグワーム・キョンシー】は、目的を果たす前に捕捉され、全滅させられていた。

 虫の息の【ドラグワーム・キョンシー】の視界が、それを為した者の姿を捉えている。


 それは空中に浮遊する、蒼い装甲の<マジンギア>だった。


 この結果に関しては、運が悪かった、としか言えない。

 砂漠に生息するこの地方の【ドラグワーム】の潜行能力がオアシスを中心としたコルタナ内部の土と噛み合わなかったために速度が出ず、救出を急ぐために仕方なく地上を走行させたこと。

 その姿をバザールに向かっていたAR・I・CAに発見されてしまったこと。

 結果として、【ブルー・オペラ】が放った雷光の砲弾であっさりと【ドラグワーム・キョンシー】は全滅した。


「あれは、俺が持っていた【ダンガイ】の珠か。……この手にあった時は頼もしかったが、敵に回ると厄介なものだ」


 それでもエミリーの元にAR・I・CAが辿りつくのを遅らせる程度の効果はあったから、【ドラグワーム・キョンシー】の全滅も無駄ではなかったと言うべきか。

 結局、救出前にあちらに合流されてしまうので無意味だったと言うべきか。

 どちらにしろ、張は戦力となる手駒のキョンシーをあっさりと失ってしまった。

 現状で、エミリーを救出できる可能性は限りなく低い。


「…………」


 それでも張はエミリーの救出を諦めるつもりはなかった。

 仮にエミリーがこのまま囚われ続ければ、それは<IF>に……今の自分が所属する組織にとって大打撃となる。


「ならば、この身を擲ってでも救出しなければなるまい」


 手駒であるキョンシーこそ失ったが、まだ張自身という戦力が残っている。

 “五星飢龍”と【ダンガイ】があっても敗れたAR・I・CAに勝利することは不可能であるが、それでもエミリーを封じる盾さえなくせば斧――ヨナルデパズトリがエミリーを復活させるだろうと考えた。


「捨て身でかかり、エミリーの解放のみを目指す」


 張は先刻右足が【凍結】した範囲に一歩踏み込み、凍らないことを確認する。

 それはキョンシーを介してユーゴーの【ホワイト・ローズ】の状態を見ていた張には予想できていたことだ。


(やはり、あの氷のスキルは……発動していない。あの装甲を纏っている時だけ発動するスキルか)


 《地獄門》に阻まれることがないと確信してから、張は一息に駆け出す。

 路地の間を走り抜けながら、一路エミリーのいるバザールを目指した。


(叶うならば、奴らの気を引く騒動が他に起きていてくれれば……)


 しかし、それはありえない。

 張は市長邸に配置した鳥のキョンシーの目で、AR・I・CAとベネトナシュが何らかの取引をする瞬間を見ていた。

 ベネトナシュは、自身が持っていた珠をAR・I・CAに渡していた。

 話す声は張には聞こえなかったが、『この珠を譲る代わりに市長が持っている珠を取得させて欲しい』とでもベネトナシュから持ち掛けたのだろうと推測した。


(“不滅”と市長の戦力差は既に歴然であり、簡単に珠を強奪できるだろう。そちらでは騒動など起きるはずもない)


 AR・I・CAはエミリーと戦う仲間の援護へと急ぐ必要もあったためか、取引に応じていた。

 それでも最終的には、ベネトナシュが取得した市長の珠も獲得する腹積もりであろうことが張にも読み取れた。


(あるいはそのタイミングまで待てば……いや、“蒼穹歌姫”が“不滅”との戦闘に戻ったとしても、その頃にはさらに<マスター>が集まっている)


 <セフィロト>のメンバーであるAR・I・CAならば、議会……議長を介してギルドへの大規模な依頼もできる。

 エミリーが自害システムの作動でデスペナルティとなるまで、他の<マスター>に警護させることも簡単だ。

 中には、《ブークリエ・プラネッター》よりも防護に向いたスキルや装備を持つ者もいるだろう。

 最悪の場合、<セフィロト>の一員である【地神】が出張り、エミリーを地下数千メテルにでも埋葬(・・)してしまうだろう。

 そうなれば手詰まり、救出は不可能となる。


(その前に、何とかしなければ…………何だ?)


 状況の悪化よりも前に救出しなければならないと路地を駆けていた張は、不意にその足を止めた。

 それは彼の【大霊道士】としての感覚に訴えかけてきた、異様な気配によるもの。


「……怨念? 魂? いや、何だ……これは?」


 【大霊道士】である張は、分類としては死霊術師に類されるが、在り方は大きく異なる。

 張が普段扱うキョンシーは、死体に魔力を充填した上で体を動かすためのプログラムである【符】を貼りつける。

 張られた【符】が魂の代わりをしているため、【冥王】や【大死霊】のように魂を使ってはいない。

 それでも死霊術師に類する存在として、魂を感じないわけではない。

 だが、その感覚は【大霊道士】である張をして感じたことのないものだ。


「……嘆き(・・)か?」


 魂の嘆き。

 怨念ですらない、慟哭。

 まるで『取り返しのつかないモノを見て泣き叫ぶ』ような波動が伝わってくるのだ。


 それは街の一点――騒動など起きるはずもないと考えた市長邸の方角から伝わってきた。


 ◇◇◇


 □【装甲操縦士】ユーゴー・レセップス


『やっほー! ユーちゃんおつかれー!』


 エミリーを封じて数分後、空から師匠の【ブルー・オペラ】が舞い降りてきた。


『おー。バッチリ封印できてるねー。でもどうして盾で囲ってるの? なんか斧がガンガンぶつかってるけど』


 その問いかけに、師匠には最初に【凍結】してから連絡を入れていなかったことを思い出した。

 私は師匠にエミリーの<超級エンブリオ>のスキルも含めて現状を説明した。


『……無制限自動蘇生とかひどすぎるスキルもあったもんだねー。分かっちゃいたけどここまでバランスブレイカーな<超級エンブリオ>もあるのかー』


 限定的とはいえ未来視ができる師匠も人の事は言えないと思います。


『うちのアルベルトだって七回だけなのに……まぁ、あっちは蘇生がおまけだからってのもあるけど』

「師匠?」

『ああ。ちょっと考え込んじゃっただけだから気にしないで』

「あ、はい。それで師匠の方は……」

『市長が持ってる珠は【冥王】に順番回してあげたよ。要らない奴だったらアタシにパスしてくれるらしいから。ま、要るって言っても奪い取るけど』

「…………」

『それに代わりも貰ったしねー』

「代わり?」

『あいつが持ってた「水を土に変える」珠だよ。あいつにとってはあまり重要でもないらしいから、ポンと渡してくれたよ』


 ペルセポネから聞いていた【冥王】ベネトナシュからの話から考えて、魂や生命と何の関係もないその珠は、彼にとって特に価値のないものなのだろう。

 とはいえ、それでも珠は珠。

 黄河の国宝であり、交渉材料としては有力なものだ。


「それだと、あちらに何の得もないような……」

『んー、代わりに、あいつが市長の珠をこっちにパスしたら向こうの頼みを聞くことになるんだけどね。えっちぃ頼みだったらどうしようね!』

「……それ、師匠が嬉しいだけじゃないですか」


 本当にブレないな、この師匠。


『それで、ユーちゃんはこの後にどうするつもりなの?』

「エミリー……この子が自害システムでのログアウトを使用するまで、なんとかこのまま【凍結】を維持できればと思ってます。多分、彼女のカウントからするとリアルで丸一日【凍結】しても余るでしょうから」


 私がそう言うと、【ブルー・オペラ】越しに師匠が少し考え込む気配がした。


『いや、それだとちょっとまずいかもね。ユーちゃんは忘れてるかもしれないけど、【殺人姫】には仲間もいるはずだから』

「あっ……」


 そうだった。

 エミリーが最初に蘇生してからはそちらで頭が一杯だったけれど、彼女には仲間がいる。


『関係ありそうなワームはここに来る前に倒してきたけど、他にもいるかもしれない』


 そうなると、待つのも困難だ。


「師匠は、あの<超級エンブリオ>を壊せませんか?」


 今も盾にぶつかる二本の斧を指差した。


『無理。私って<超級>の中でも火力は低い方だから。しかもあの斧って見た感じ攻撃力よりも耐久力に重点を置いてるからね。よっぽどの高火力じゃないとぶっ壊せないよ』


 師匠でも無理、となると現状で手の打ちようがない。

 一瞬、【冥王】ベネトナシュの協力を仰げないかと思ったけれど……。


「……?」


 彼の<エンブリオ>であるペルセポネはまたも忽然と姿を消して、この場にはいなかった。


『しかしまずいなー。この子を送り込んだ連中にしても、ここまで完封されるとは思ってなかっただろうし。下手すると<IF>の正式メンバーが助けに来るかも』

「<IF>……?」

『<セフィロト>とも度々ドンパチやる犯罪者クランだよ。この子、【殺人姫】エミリーはその構成員だね』


 そういえば、<叡智の三角>でも何度かそのクランの噂話を聞いた気がする。

 エミリー個人の噂の方が、よほど聞く頻度は多かったけれど。


『問題なのは、<IF>の正式メンバーはどいつもこいつも<超級>で……この子の氷像を砕いて解放するくらいは簡単にできるってこと』

「…………」

『“暗黒心(ダーク・コア)”ゼクス……はムショの中だから別にしても。“改造人源(エラー・ソース)”ラ・クリマの物量で砕かれるか、“遺跡殺しレガシー・デストラクター”ラスカルに街ごと殲滅されて砕かれるか。どっちにしても個人戦闘型のアタシじゃ止められないんだよね』


 ……師匠、その狙ったように悪者っぽい二つ名はどこの誰が考えたんですか?


『ちなみに二つ名は<DIN>が出した記事に載ってた奴ね。この子の“屍山血河(デッド・レコード)”は他のよりシンプルだよね』


 ……そうかな?


『何にしても街の中に置きっ放しはまずいし、砕けて蘇生されても困るから……』


 それから師匠は【ブルー・オペラ】の中で何事かを暫し考えて、


『よしっ――棄てちゃおっか、この子』

「え?」


 何か聞き捨てならないことを言い始めた。


『実は街を出て南西に一キロくらい飛んだところにでっかい流砂があってね』

「え、あの、師匠?」

『その中に放り込んでおけば他の奴が助けに来ても街は安全だし、砂の中なら砕かれづらいだろうし、復活しても暫く動けないだろうから丁度いいよね!』

「丁度いいよね、じゃないですよ!?」


 凍らせたのは私だけど、女の子を流砂に棄てるって……!?


『それじゃ行ってきまーす♪』

「あ、ちょっと待っ……!」


 そのまま止める間もなく、師匠は氷像のエミリーを抱えて飛び立ってしまった。

 二本の斧は追跡するが、【ブルー・オペラ】の速度に追いつけず、距離を離されていく。

 私は超音速で行われたその所業を、見送るしかなかった。


「…………」


 エミリーの件について、私も多くを考えさせられ、葛藤も悩みもしていたのだけれど。

 師匠の行動で全てを投げ捨てられてしまった気がする。


「…………よしよし」


 疲れきってろくに動けなくなっていたキューコが、慰めるように私の頭を撫でていた。


「やはり、手段を選ばん手合いだったな。怖い怖い」


 そんな私達の背中に声がかけられる。

 その声は、またいつの間にか姿を現したペルセポネのものだ。


「ペルセポネ、いつの間に……いや、そもそもどこに?」

「んー、隠れておった」

「エミリーから?」

「いや、どちらかと言えば【撃墜王】からだ」


 師匠から?


「あの【撃墜王】、普通に妾を撃ち殺して『これで【冥王】ブッ倒して珠を奪うのが楽になったね!』とかのたまいそうだったからの」

「…………」


 どうしよう。エミリーを抱えて飛んでいった姿を見た後だと否定できない。


「じゃあ出てきたのは師匠がいなくなったから? でもすぐに戻ってくると思うけど」

「それは分かっているが、忠告をしなければと思ってな」


 ……忠告?


「あの【殺人姫】の件は、まぁ今回はこれで終わりだろうが……」


 ペルセポネは、それからなぜか呆れたように首を振って……。


もっと厄介な奴(・・・・・・・)が出てくるぞ」


 そう、断言した。


「え?」


 あのエミリーよりも、厄介?


「ペルセポネ、それは一体……」

「…………」


 彼女は、何も答えない。

 けれどその視線をとある方角へと向ける。

 このコルタナでその視線の先にあるのは……市長邸だった。


 To be continued

(=ↀωↀ=)<今日は四巻発売記念で連続更新しますー

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 無制限自動蘇生とかひどすぎるスキルもあったもんだねー。 ってユーゴたちが話してるけど、無制限であるという情報は我々読者は知ってるけど、ユーゴたちは知りえないんじゃないのかな。 しかも厳…
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