地獄と殺人と冥王 その七
□【装甲操縦士】ユーゴー・レセップス
「ほう。あの【殺人姫】がこのコルタナにいるかもしれぬのか。なんとも火種が集まったものだな!」
結局、私はペルセポネにも事情を話した。
と言うよりも、あちらから「ところで、其方達は誰を探しておるのだ?」と尋ねてきたのだけど。
「それにしても【殺人姫】か。なるほど……」
そして【殺人姫】の存在を知ったペルセポネは、何が楽しいのか笑顔を作っている。
「ふふん。そうなると、この街は死の坩堝だな。死を超越する者、死を量産する者、死の意味を変える者。誰かがマッチメイクしたわけでもないのだろうが、随分と面白いことになっているではないか」
「?」
「それで、其方達は妾が旦那様の加勢に行かぬように留めておきたいし、その【殺人姫】を捜しにも行きたいのであろう?」
「……そうなる」
「欲張りなことよ。だが分かった。その【殺人姫】捜しは妾も付き合おう」
「え?」
「幸か不幸か妾は暇だ。それに、珠なんぞにかかずらわるよりも余程に旦那様と私にとっては有益だ」
「有益って、どうして?」
「それは言えぬ。だが、今の其方達の不利益にならぬことだけは保証しておこう」
そう言って、ペルセポネは歩き出した。
「ほれ。さっさと行こう。早く見つけたいのだろう?」
「……そうだね」
私達はペルセポネについて歩き出した。
彼女を監視しつつ【殺人姫】を捜すつもりだったけれど、彼女に仕切られている。
ペルセポネは先刻に「自分は弱い」と涙目だった少女とは別人に見えるほど、生き生きとしていた。
彼女は先頭を歩きながら、バザールの中を進んでいく。
しかし不意に、こちらを振り向いた。
「そうだ。折角こうして共にいるのだから、何か話でもしようではないか」
「話……?」
「質問でもいいぞ。妾に何か聞きたいことはないか?」
「そのかたがまるだしのふく……このひざしでだいじょうぶ?」
……キューコ、いの一番に聞くことがそれでいいの?
「フフフ。無論、問題ない。妾のパッシブスキル《死者の覆い》は、アンデッドが日中で全力疾走できるほどの耐性を与えるスキル! よって、妾自身を対象にすれば日焼けなどせぬ!」
「……いいなー」
キューコがちょっと羨ましそうな顔でそんなことを言った。
多分、「わたしも【凍結】がもっとフレキシブルに使えれば、アイスを溶かさずに食べられたのに」とか考えてる顔だ。
「其方は何かないか?」
「……ある」
少し考えて、私は以前から疑問に思っていたことを尋ねることにした
「<叡智の三角>での怨念動力の研究。【冥王】がどうして協力していたのか、さ」
かつて<叡智の三角>……姉さんが立案した怨念動力構想。
<マジンギア>の欠点であるMPの問題を、周囲の怨念を取り込んでエネルギーとすることで解決しようとした研究。
姉さんにはエネルギー問題の解決という目的があった。
もしかすると、私が使っている【ホワイト・ローズ】最大の欠点をそれで解決することも考えていたのかもしれない。
けれど、【冥王】ベネトナシュには理由がない。
金銭かアイテムなどの報酬で協力した可能性も考えたけど、記憶にある【冥王】ベネトナシュはそういう人とは違う気がした。
だから、その答えを求めてペルセポネに尋ねた。
彼女の回答は、
「掃除が楽になるからだな」
少し、理解に苦しむものだった。
「……掃除?」
「ああ。もちろん、掃き掃除拭き掃除という意味ではないぞ。そういうことは旦那様が自分でやってしまうからの。掃除とは、怨念の掃除よ」
「?」
「それを説明するには怨念や魂の性質から話さねばならぬのだが……ふむ。少し待っておれ」
ペルセポネはそう言って、バザールにあるジュース売りの屋台に歩いていった。
そこで大粒の氷が入ったジュースを買って戻ってくる。
「のどかわいたの?」
「いや。説明のためだ」
ペルセポネはそう言って、ついていたストローで器、氷、ジュースを順につついた。
「喩えながらの説明としよう。この器が肉体とすれば、魂は浮いている氷。そして満たされたジュースは心とでも言うべきものだ」
肉体と、魂と、心……。
「妾や旦那様は魂を見ることができる。そして、モンスターでない幽霊がいることも知っている」
墓地やダンジョン等で見られる【スピリット】や【死霊】といったアンデッドとは違う、ということだろう。
「幽霊とは、器をなくした剥き出しの氷に、液体の残滓が纏わりついているようなものだ。その残滓が消えれば、無垢の魂としてどこかに消える。というよりも普通は肉体の死と共に消えるのだ。その残滓は俗に言えば未練というもので、それがなければただ穏やかに消えるだけだからな」
その話を聞きながら、どの宗教の死生観に近いのだろうかと考える。
まだ一五才になったばかりの私には難しい話だった。
「そして怨念とは、言ってしまえば沸騰した湯のようなものだ」
「お湯?」
「液体の成分の一部が変質したもの、となるかな。特に、強い怨嗟や恐怖を抱いて死んだ心はよく煮える。もちろん生きてるときに怨嗟や恐怖を抱くことはままあるが、……まぁ、生きてる間は大きな問題はない。多少、生霊とか負の想念が漏れる程度だ」
……レイの【紫怨走甲】は、死者の怨念だけでなく生者が発した負の想念も吸収していたな。
「しかし、死ねば別だ。心の成れの果てである怨念は、死者の肉体と魂をも大きく変質させてしまう」
ペルセポネはそう言ってから、器に入ったジュースを飲み干した。
「……ふぅ。例えば、何も入っていない器に熱湯を注げば、それは手に持つことも難しい器になる。これが所謂、アンデッドモンスターだ。旦那様がやるような魔力式は違うがな」
ペルセポネは「ああ。物品が怨念に冒されて呪いのアイテムになるパターンもあるな」と言葉を続けてから、カップの中に残った氷をつまんだ。
「では死者の魂……この氷を沸騰した湯に放り込むとどうなる?」
「……溶けてなくなる」
「正解だ。湯が温ければ【スピリット】などのアンデッドとして残る場合があるが、熱湯……濃密な怨念は魂を跡形もなく溶かして怨念に混ぜ込んでしまう。そしたら何も残らん。少なくとも、他の魂のように穏やかに消えることは決してない」
「…………」
魂が怨念に溶けるという言葉に、少し寒気がした。
「特に悪人は生前から他者の怨念を受け続けるからな。溶けかけなのですぐに溶ける」
思い出したのは、<ゴゥズメイズ山賊団>だ。
生前から悪逆非道を重ね、死後はアンデッドモンスターと化した。
あの【怨霊牛馬 ゴゥズメイズ】とは、正にそうした……悪人の魂が怨念に溶けたモンスターだったのではないだろうか。
そうであれば、メイズ相手にダメージを蓄積したネメシスの《復讐するは我にあり》が、【ゴゥズメイズ】にも共通して使用できたことに理由がつく気がする。
「旦那様は目的を果たすための旅の最中、無垢な魂を溶かしかねない怨念も消して回っていた。しかし、怨念が溜まる場所は世界中にあり、人の業によって新たに生まれ、どう足掻いても消しきれない。そして、それらは魂に悪影響を及ぼし続ける。――だからこそ、旦那様はフランクリンに協力した」
そして、ペルセポネは私がもっとも聞きたかった部分を話し始めた。
「怨念を吸い寄せ、エネルギーに変換してしまう仕組みが確立されれば、この世界の怨念自体が減っていくであろうからな。世界的に普及でもしてくれれば万々歳だ。旦那様の余計な仕事はなくなるし、旦那様が救うべき無垢な魂が消えてなくなることも減る」
ペルセポネは笑顔でそう言った後、少し沈んだ顔をした。
「まぁ、其方も知っているようにあれはただ怨念の密度を増して暴走する結果になった。自動的な怨念溜まり作成装置というか……言わば目的と真逆のものになってしまう大失敗だったわけだな」
「…………」
「そんな顔をするな。<叡智の三角>に非はないとも。ただ、魂の世界には人の技術で扱えぬ限界があったということだ。それは科学でも魔法でも変わらぬ」
……たしかに。
科学的アプローチの姉さんも、魔法的アプローチの【大死霊】メイズも、結果は暴走というものだった。
それは、迂闊に手を出してはいけないということなのかもしれない。
「仕方がないので旦那様は今も対症療法を続けておる。本題は別にあるのに、怨念溜まりを消して回ることまでしているのだ。まったく……旦那様は背負いすぎだ」
ペルセポネはしみじみと話し、溜め息をつく。
けれど、そんな彼女の表情はどこか愉しげで、彼女の見た目の年齢とはかけ離れているように見える。
それと……私はこれまでの話を聞いていてある疑問を抱いた。
「……もう二つ、聞いても?」
「許可しよう」
「その話だと、【冥王】ベネトナシュは随分と忙しいようだけど……ログイン時間は?」
「向こうの時間に換算して、一日二二時間といったところだ。最低限の食事と排泄と入浴。それ以外は全てこちらだ」
「…………」
その答えで、やはりもう一つの問いも投げかけなければならないと思った。
それは、やはり【冥王】の理由だ。
ペルセポネの一連の話で、【冥王】がしていることは分かった。
――旦那様が救うべき無垢な魂が消えてなくなることも減る。
ペルセポネが話の最中に漏らしたその言葉が、核心だ。
魂を救う。
きっと、コルタナの珠を求めたのは『新たな永遠の生』で魂を救えないかを考えていたのだろう。
<叡智の三角>への協力や各地の怨念溜まりの浄化、そして珠の蒐集。多大な労力をかけて、彼は魂を救おうとしている。
けれど、その理由がわからない。
彼は、死者を救って達成感に浸りたい……なんて人物ではない。
あの<叡智の三角>で時折見かけた彼は、一度として楽しそうな顔などしていなかった。
いつだって疲れたように、やつれた顔で、自分の責任を感じているようだった。
そして、彼はリアルすら犠牲にして、それらの活動を行っているらしい。
結論から言えば――彼はどう考えても、<Infinite Dendrogram>を楽しんではない。
私もメイデンの<マスター>で、<Infinite Dendrogram>をゲームと思っているわけではない。
だけど、『この<Infinite Dendrogram>で死者の魂を救う』ために……自分のリアルでの生活の全てを投げ捨てるような真似はできない。
<Infinite Dendrogram>とリアル。
どちらも私が生きる世界なのだから。
けれど、彼にとっての世界の比重は、こちらだけに偏ってしまっているらしい。
「彼はどうしてそうまでして……?」
この<Infinite Dendrogram>で砂漠までも駆けずり回り、リアルを犠牲にし、彼は何を求めているのか。
なぜ、魂を救おうとしているのか。
その答えをペルセポネは、
「……少し話しすぎたか。その答えは教えられぬ」
答えてはくれなかった。
「それに言っても其方は理解しきれぬよ。旦那様とは根が違うのだから」
「それは、どういう……」
「きっと、理解できるのはこの世界のために自分の心を磨り潰し、なお折れることができない<マスター>だけであろうよ。そんな者が、旦那様以外にいるかは知らぬがな」
ペルセポネの言葉に、一人の友人の顔が思い浮かんだ。
あるいは、彼ならば……理解できるのかもしれない。
そんな風に思ったとき、
「……! ユーゴー!」
「話は終わりのようだぞ。ふむ、これが【殺人姫】か。随分と……不思議な気配をしておる」
キューコとペルセポネ、二人のメイデンが警戒を私に促した。
同時に何かが壊れるような音と……獣の雄叫びが聞こえた。
To be continued




