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<Infinite Dendrogram>-インフィニット・デンドログラム-  作者: 海道 左近
蒼白詩篇 二ページ目

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273/716

地獄と殺人と冥王 その五

(=ↀωↀ=)<明日投稿予定だったけど


(=ↀωↀ=)<明日は作者も忙しそうなので一日早めて投稿

 □■商業都市コルタナ・市長邸


「【冥王】、【冥王】だと……!?」


 自らの名とジョブを名乗ったベネトナシュに対し、市長は狼狽しながら後ずさった。

 私兵達が市長を守るために前に出るが、その表情はいずれも厳しく、ベネトナシュを恐れている。

 管理AIの作成したアバターによって万能の適性を与えられている<マスター>と違い、限られた才ある者しか超級職になれぬティアンだからこそ、超級職という存在の隔絶した力をよく知っている。


「それで、貴方が手に入れた珠についてのお話を……させていただいてもよろしいでしょうか?」

「き、貴様は、私の珠を奪うために……!?」


 もはや市長は自らが珠を持っていることを隠しもしない。

 隠しても無駄だと悟ったからだ。相手が《看破》で見えていたステータスの弱小でなくあの【冥王】だというのなら、《真偽判定》に類するスキルやアクセサリーを持っていて当然と考えた。

 同時に、隠し持ったマジックアイテムで市長邸の結界を作動させている。

 これで外部からは市長邸内での異常を察知されない。

 ベネトナシュが先ほどから口にしていた情報は、知られれば市長といえども失脚しかねないほどの重罪の数々だからだ。


「まずは、珠を見せていただきたいのです。貴方の持つ珠が、私の求める力かどうか、分かりませんし。求めている力と違えば、私は引きます……」

「求めていたものだったら、どうする気だ!」

「もしもその珠が、私の望む力を持っていたなら……。対価はお支払いいたしますので、お譲りいただきたいのですが……」

「対価、だと……?」


 ベネトナシュは頷いて、


「魂からお聞きした貴方の罪を……カルディナの議会に通報しません。……ああ、求めていたものでなければ、そのまま議会に通報します。それが……貴方に殺されたフリアさん達の頼みなので」

「…………ぐ、ぅ!?」


 強盗は指名手配される犯罪だ。ゆえにベネトナシュは武力ではなく取引で手に入れようとしていたが、それは市長からすれば取引ではなく脅迫だった。

 《真偽判定》が司法に活かされる<Infinite Dendrogram>において、証言の重要度は物的証拠に匹敵する。

 それに、市長邸が家宅捜査されればいくらでも悪事の証拠が出てくるだろう。

 それでも、市長が掌握しているこのコルタナ内だけならば問題ない。

 だが、市長の記憶が確かならば、今は首都ドラグノマドがコルタナから竜車で一日程度の距離にある(・・)

 ベネトナシュが通報に出向き、ドラグノマドの議会直下の司法を連れて戻るまで往復で二日。ベネトナシュの移動速度次第では更に短縮される。

 カルディナで強い権力を持つコルタナの市長であっても、犯した重罪の数々を思えば議会そのものから断罪されることになるだろう。

 三日後の【デ・ウェルミス】の儀式完了前に市長は失脚し、珠もカルディナ議会の手に渡るだろう。


(不老不死を得る準備はまだ終わっていない、まだ捕まるには早いのだ……!)


 一瞬、ベネトナシュの交渉を断り、通報のために去った後にこのコルタナから逃げ出すことも考えた。

 別に儀式の場所はこの街に限ったものではない。

 儀式に必要な死体をアイテムボックスに詰めて移動し、どこか安全な場所で身を隠しながら儀式を実行すればいいと考えた時……。


『――ソレ ハ ダメ』

 

 市長の脳内に声が……彼に従う【デ・ウェルミス】の言葉が聞こえてきた。


(ど、どうしてだ?)

『マチ カラ デタラ コロサレル』


 その声に、市長はハッとする。

 相手が強硬手段で珠を奪わないのはここが街中であり、多くの目撃者がいるからだ。

 たしか【冥王】はまだ指名手配されていないが、ここで珠を強奪すれば市長邸を襲撃した重犯罪者として指名手配になる。だから武力行使をしない。


(しかし……私が街の外の人目のない場所に移動すれば……)

『コロサレル』


 市長を殺して珠を強奪しても、知る者は誰もいない。

 脳内に囁く声によって、市長はその可能性に気づかされた。

 眼前のベネトナシュの企みに恐怖し、身を竦めた。


 【デ・ウェルミス】が語ったようなことを、ベネトナシュの方が考えているかは別として。


「そうか、通報すると言って姿を消した後……私を……。ならば……」

「……? ……あの、どうかなさったんですか? まるで誰かと話しているような……あれ? 貴方の体内、よく見ると魂が……」


 ベネトナシュは顔に大粒の汗を浮かべて俯き、呻き始めた市長を心配そうに見る。

 だが、その視線は市長の顔ではなくその内側、体内にある見えないものを見ているようで……。


(今ならば……!! 今、こいつを仕留めれば……!)

『キミ ハ アラタナ エイエン ノ セイ ヲ テ ニ デキル』


 <マスター>は、殺せば三日間はこちらに帰ってこない。

 三日間は通報されない。

 その三日間があれば、儀式は終わり、市長は不老不死になれる。

 本来であれば超級職に、そして<超級>に挑むなど無謀だろう。

 だが、相手は【冥王】……つまりはアンデッド使いである。

 生きた体を持たぬアンデッドは無尽蔵の体力を持つ恐るべきモンスターであるが、代わりに日光や火、聖属性攻撃など弱点も多い。

 今は真昼の炎天下。

 この環境の屋外、アンデッドは出てきた瞬間に体が朽ちていくだろう。

 つまりアンデッドを使役することは出来ず、残るは明らかに貧弱なベネトナシュのみ。

 後衛の魔法職の物理ステータスの脆さは、市長も知っている。

 今ならば、至近距離から自分の手勢で攻めれば勝てる、市長はそう判断した。


 判断の直後、市長は俯いていた顔を上げ、右手を――【ジュエル】を掲げた。


「《喚起(コール)》!! 【フレイム・ドラゴン】、【セイント・ドラゴン】!!」


 宣言すると同時に、市長が莫大な資産によって手に入れた純竜が召喚された。

 赤い鱗のオーソドックスな火属性の天竜と、白い鱗に覆われた聖属性の天竜だ。


「市長!?」

「こいつを殺せ!! 今ならばこいつはアンデッドを使えん!!」


 突如として<超級>を攻撃せんとする市長に対し、私兵達は困惑したが、市長は私兵にも檄を飛ばす。


「それに、私の罪が明らかになれば貴様らも同罪になるぞ!!」

「!」


 私兵達は、これまで市長の手足として様々なことを行ってきた。

 今行っている儀式の準備がそうであるし、それ以前にも後ろ暗いことを数多行っている。

 それで多額の報酬を得て、おこぼれに与っていた彼らは確かに同罪であった。

 意を決し、私兵達も武器をベネトナシュに向けた。


「武力行使は……お勧めいたしません」


 しかしそうされている間も……ベネトナシュは気遣わしげに周囲を見るだけだった。


「貴方に暴力を振るわれると、私は法的に貴方への反撃が出来るようになってしまいます」


 <マスター>同士ならば傷つけあっても罪にはならないが、ティアンと<マスター>はそうではない。

 <マスター>がティアンを殺せば指名手配されるように、<マスター>もティアンに襲われれば殺傷を含めた反撃ができる。

 それを理解しているからこそ、ベネトナシュは本心から自分に武器を向ける者を気遣い……否、憐れんでいた。


「やめた方がよろしいかと……。ああ、純竜さんも……止めておいた方がいい。きっと、君達は死んでしまう……」


 特に、二匹の純竜に対してはその憐れみが強かった。

 だが、その視線を純竜達は鼻で笑った。

 高い知能を持つ純竜は、ベネトナシュが死の気配を纏う死霊術師であると理解している。

 ゆえに、火属性と聖属性を用いる自分達こそがベネトナシュの天敵だと知っていた。


 そうして、ベネトナシュの警告を聞くものはおらず、


「殺せ!!」


 市長の指示によって二匹の純竜はブレスを放とうとして、


「《アウェイキング・アンデッド》――アラゴルン」


 ――瞬く間に、その首を切り落とされていた。


 巨大な頭部が二つ、宙を舞って、地に落ちる。

 首の断面からは炎と聖なる輝きが漏れ出て、すぐに全てが光の塵になった。

 一瞬で、純竜が二匹死んでいた。


「は、…………あ?」


 市長も、私兵もポカンと口を開き、呆然としていた。

 それは虎の子の純竜が一瞬で死んだからではない。

 純竜以外の、巨大な物体(・・)がそこに立っていたからだ。


 そこにいたのは……在ったのは一組の骨格。

 まるで博物館に展示された四足恐竜の全身骨格のような威容。

 両目には、仄暗く燃えるような輝きがある。

 そして、その尾は――如何なる名刀よりも鮮烈な輝きを放つ刃であった。

 その尾刀で、二匹の純竜の首を命ごと刈り取ったのだ。


『……飼い慣らされて肉がつき過ぎている。まるで豚だな。もはや竜ではない』


 今しがた斬り捨てた純竜を軽蔑するように、全身骨格は威厳ある声で告げた。

 否、それは全身骨格などと言うべきものではない。


 その種族の名は【ハイエンド・キングエッジ・スケルトンドラゴン】。

 真名、アラゴルン。


 かつて、【刃竜王 ドラグエッジ】として名を馳せた古代伝説級の竜王が、特典アイテムである【刃竜王全身骨格】をベースにベネトナシュの《死霊術》によって黄泉返った姿である。


「……やっぱり。アラゴルンが嫌いそうな純竜達だったから、手加減してくれないと思った……」

『強い生命が堕落することは罪だ。ゆえに竜は堕落してはならない』


 《即時放出》のアイテムボックスからアラゴルンを取り出し、《アウェイキング・アンデッド》で起こしたベネトナシュはそう言って溜め息をついた。


「……魂は、拾いましょう」


 ベネトナシュはそう言って、ローブの袖から何かの結晶を取り出した。

 それは【死霊王】への転職に用いる【怨霊のクリスタル】に似ていたが、それとは違って内部が様々な色合いに輝いている。

 その中に、赤と白の光が少し加わった。


「ば、バカな……!!」


 ベネトナシュがそうしている間に少しだけ気を持ち直したのか、市長は声を上げた。


「今は、真昼だぞ!? どうしてアンデッドが……!」

「私の<エンブリオ>のパッシブスキルで、私のパーティメンバーはアンデッドであっても日光や炎といった弱点への耐性が人並みになります。なので、日中でも行動を阻害されません」


 市長が己の勝利要因と信じてきたことを、ベネトナシュはあっさりと否定した。

 そして、言葉を続ける。


「さて、先ほど申し上げたとおり、今は貴方を害しても罰せられない状態になってしまったのですが……」


 ベネトナシュは今しがた、市長から殺害を含めた多大な危害を受けそうになった。

 野盗なども跋扈するこの世界ではリアルの正当防衛よりも過剰な防衛が許されているため、これからベネトナシュが市長を殺害しても法的な問題は生じない。


「珠を、見せていただけませんか?」


 ベネトナシュは右手を市長に差し出して、再び己の要求を行った。


「ぐ、うぅう……」


 最大戦力である二匹の純竜を失った市長は、呻きながら身動きできずにいる。

 私兵達は、アラゴルンに怖れをなして少しずつ市長から距離を取り始めていた。

 生物――既に生物ではないが――としての格の違いを、全身で感じてしまったのだ。命を賭しても絶対に敵わない相手に向かうほど、私兵はバカでも勇敢でもなかった。


(どうする……! どうすれば……!!)


 市長は必死に考えを巡らせるが、手の打ちようがなかった。

 今のベネトナシュはその気になれば、あの二匹の純竜のように市長の首を飛ばせるのだ。

 その恐怖に、市長が懐の珠に手を伸ばしかけたとき、


『チカ ニ ムカッテ』


 また、【デ・ウェルミス】の声が聞こえた。


「……なに?」

『スコシ ハヤイ ケド ギシキ スル』

「出来るのか!?」

『カンゼン ジャ ナイ タリナイ デモ デキル』


 その声は市長にとって朗報だった。

 儀式を行い、不完全でも不老不死と力を得れば、状況を打開できるかもしれない。

 市長は意を決してベネトナシュに背を向け、自分の邸へと走り出した。


「あ。待って……」

『足を切り飛ばす』


 ベネトナシュがどちらに「待って」と言いかけたのかは判然としないが、アラゴルンは亜音速で動いていた。

 そして尾刀の斬撃で市長の足を斬り飛ばし、


「いぃいいたあいいいいいい……!? ああぁああああ!!」


 市長は……斬り飛ばされた足で(・・・・・・・・・)走り続けた(・・・・・)


『……何?』


 眼球を持たないアラゴルンが、それでも目を瞬かせるように眼窩の輝きを瞬かせた。

 市長の足からは血が出ておらず、代わりに――白い何かが体内から大量に漏れ出て即席の足を作っていた。


 それはベネトナシュとアラゴルンには、蛆虫(・・)に見えた。


 蛆虫で出来た両足で、市長は邸の中に逃げ込んでいた。


「…………」


 邸の中に消えた市長を、ベネトナシュは無言で見送っていた。

 その表情は、先刻よりもなお暗い。


『……友よ。あれは、其方が求めるものではないのでは?』

「……そんな気はするね」


 ベネトナシュは、ひどく疲れたように息を吐いた。

 自分の望みが叶わなかった絶望、とは違う。

 「これもダメだったか」という徒労感と、「まだ続けなければいけない」という諦観だった。


「けど、一応確かめないと。それに、ほら……もしかしたら私が欲しい力の珠と交換できるかもしれないよ」

『そうだろうか?』

「ほら、前に手に入れた『水を土にする』珠と合わせて、交換材料が二つあればもっと……、《ネクロ・オーラ》」


 ベネトナシュがアラゴルンに自分の意見を述べるのを中断し、アラゴルンにアンデッド専用のステータスバフをかける。


 直後、――歌うような機関音と共に砲弾の雨が降り注いだ。


『LUUOOOOO……!』


 咄嗟にアラゴルンが動き、その身と尾刀でベネトナシュを庇う。

 砲弾は骨格で弾かれ、最も頑健な尾刀で守られたベネトナシュにもダメージはない。

 やがて砲弾の雨が止み、間隙にベネトナシュとアラゴルンは襲撃者を見上げた。


 飛翔するは蒼い装甲に覆われ、歌声の如き機関音を発する<マジンギア>、【ブルー・オペラ】。

 それを駆るのはカルディナ最強クラン<セフィロト>の一員、“蒼穹歌姫”【撃墜王】AR・I・CA。

 そう、ベネトナシュを襲撃したのはAR・I・CAだった。


『……正直、傍観してようかとも思ったんだけどねー。君まで珠を持ってるとなったらちょっと放置できないからね!』


 外部スピーカーでAR・I・CAは告げる。

 それはAR・I・CAの本心だ。

 彼女にとってのベストは、珠がベネトナシュの意に沿うものではなく、放置されるパターンだった。

 そしてベネトナシュがいなくなった後で、市長とケリをつけるつもりだった。

 だが、ベネトナシュ自身も既に珠を所持しており、さらに今後のためにコルタナの珠までも欲しているとなれば……話は変わる。

 既にベネトナシュは市長同様にターゲットであり、競争相手でもあった。

 AR・I・CAとしても想定外に開かれた戦端だったが、このタイミングを逃すことは出来ない。


(……【殺人姫】までいるからなー。そっちの騒動が起きると、その間に【冥王】に逃げられて珠を回収するのが難しくなるから。やっぱここで早々に終わらせるしかないかな)


 AR・I・CAはベネトナシュを倒して珠を奪い、次いで邸に逃げ込んだ市長を追ってそちらの珠も回収することにしたのだった。

 それに、ベネトナシュと事を構えるなら今しかない(・・・・・)と考えていた。


「その蒼い<マジンギア>は……<セフィロト>の、AR・I・CAさんですか。お噂は……かねがね」

『アタシも君のことは聞いてるよ。いつも紫色の髪のメイデンと一緒に行動してるって。紋章に入るのが嫌いでずっと外に出てるとか。あれー? そういえばメイデンちゃんはどこにいるのかなー?』

「…………」

『あと、スキルについても知ってる。アンデッド保護のパッシブは離れても使えるけど、チートの権化みたいな必殺スキルは――傍にいないと使えないとか』

「!」

『だからさ、――君のパートナーが(・・・・・・・)いない今の内に(・・・・・・・)、アタシとダンスしようじゃない』


 その言葉に……事実(・・)に、ベネトナシュが僅かに動揺する。

 直後、【ブルー・オペラ】は攻撃を再開した。


 To be continued

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