エピローグA そして時は動き出す
追記:
(=ↀωↀ=)<一部修正
□【煌騎兵】レイ・スターリング
愛闘祭の翌日、俺とネメシス、ルークとバビはよく使っているオープンテラスのカフェで昨日の事件の顛末について話していた。
ちなみに、兄は何事か急がしそうにしていたし、マリーは<DIN>の仕事があるらしくて不在。先輩も用事で席を外している。
「それにしても……、今回の一件でティアンに死者が出なくて本当に良かったですね」
「全くだ」
あれだけの大騒ぎだったにも拘らず、サンダルフォンによる死者は出なかった。
例の移動先シャッフル空間の影響で、転んだりぶつかったりして骨折する人などはいたそうだが死人は出ていない。
これはフィガロさんが現れるまでのハンニャさんとサンダルフォンが、一応は人を踏まないように気をつけていたことも理由の一つだろう。
また、フィガロさんがログインした後は人のいる場所を走らなかったというのも大きい。
「あ。そういえば暴走の直前までビシュマル氏が足元で止めようと頑張っていたらしいんですけど、暴走した直後のハンニャ女史に踏み潰されてデスペナルティになってます」
ビシュマルさん……南無。
「噂に聞いた一日目の野球といい、あやつは今回星の巡りが悪かったようだのぅ」
「そういうことってあるよねー」
「でも、デスペナルティにまでなった被害はそれくらいですね」
「怪我人も女化……扶桑先輩と<月世の会>の司祭総動員で治療したしな」
あの後、女化生先輩は何も知らずにログインしてきて街の惨状に驚いていた。
そして「もー、これって誰がやったん? 愛闘祭二日目で稼ぎ時やのにー。どこの誰が原因か知らへんけど迷惑な話やわー」と言った直後に、兄にガトリングで撃たれていた。
原因の一人がその言動なので兄の行動もいたしかたなし。
むしろ一番弱い攻撃だった分だけまだ兄も理性的だったと言える。
その後、事情を把握してトンズラしようとしたが、居合わせた先輩の重力結界でログアウトを封じられる。
さらにアズライトも到着し、「責任取りなさい」の一言で治療に走り回ることになった。
なお、それは一日経った今も継続中であり、先輩はその監視である。
「街の修復の目処も立っているみたいでよかったよ」
「ほとんどは道路の破損で、重要施設の類は壊れませんでしたからね」
そのくらいならば、地属性の魔法や<エンブリオ>のスキルで比較的簡単に修繕できる。生産職でも対応できるだろう。
「そして街の修繕費や慰謝料は扶桑先輩とフィガロさんとハンニャさん、それとあの記事を書いた新聞社で折半か」
「新聞社以外は王国が立て替えましたけどね」
修繕費と慰謝料の合計の半額を実行犯であるハンニャさんが払い、あとは原因の三者で三等分だ。
諸事情あって手持ちがなかった女化生先輩と、元々お金は持っていなかったハンニャさんについては王国……アズライトが立て替えた。
なお、新聞社は傾いた。彼らは自身達は記事を書いただけであり責任がないことを主張していたが、結局連座させられている。これが現代日本ならまた違うのだろうが、ここはアルター王国だからな。
特に『事実は全く検証していないが購読者の興味と熱気を煽るために適当にセンセーショナルな記事を書いた』という真実が、官憲の《真偽判定》で明らかとなったのでギルティらしい。
ちなみにハンニャさんはログアウト前に現場に封筒を残しており、中に入っていた便箋には『ご迷惑をおかけしてごめんなさい。街の修理費や怪我をされた方の治療費は後日働いて返します』と書かれていた。
アズライトはひとまずそれを信じ、今回は指名手配しなかった。そしてハンニャさんは国に借金を負った形になっている。
フィガロさんについては、本人が復帰してから伺うことにして、一時的にギデオン伯爵が立て替えていた。ギデオン伯爵は「彼にはいつも世話になっているし、今回の件も彼が止めてくれたようなものだから」と言っていたと、アズライトから聞いている。
……そう言いながら、ギデオンの被害状況に胃を押さえていたそうだけれど。頑張れ、伯爵。
ちなみに女化生先輩は「う、うちはあの脳筋から五十億はもらえるはずやからそこから……」と何かをごねようとしたが、兄が『そんな請求無効クマ』、『それとも今度は俺がフッ飛ばしてやろうか』とノーを突きつけまくっていた。
かくして、事件の結果と責任はそのように納まった。
なお、まだフィガロさんのデスペナルティは明けていないし、ハンニャさんもあれからまだログインしていない。
「……あの二人は今頃どうしているのかな」
「プロポーズの後、だからのぅ」
兄がリアルのフィガロさんに連絡を取ろうとしたが取れなかったそうだし、二人揃ってリアルで今後の相談でもしているのかもしれない。(後に判明するがフィガロさんは入院し、ハンニャさんは英国のフィガロさん宅にまで乗り込んでいた)
「しかし、折角のお祭りだってのに本当に大変だったよ」
そして大変だったわりに空回りと言うか、俺を含めてほぼ全員が蚊帳の外だった気がする。
ずっと前から気を揉んでいた兄が一番ダメージ食らったかもしれない。
「それでも、あんな事件の後で祭りは続行するんだもんな」
「ギデオンの住人はバイタリティがあるのぅ」
結局、ハンニャさんがログアウトした後に愛闘祭は再開した。緊急事態が起きても、それが解決したならばお祭りは止まらなかったようだ。
そういえば、フランクリンの事件の後もそんな感じではあったしな。
ちなみに、ルークも昨日の事件の後に霞とのデートは再開したらしい。夕方見かけたときには霞が顔を赤らめてとても嬉しそうにしていたので、デートは上手くいったのだろう。
「けれど、終わってみるとあの事件は王国にとって良い結果だったのかもしれませんね」
ルークの言葉に俺は頷く。
フィガロさんとハンニャさんの恋愛が成就した、というだけではない。
今回の結果……副産物は非常に大きい。
「ハンニャ女史はフィガロさんのこともありますから、王国所属になるでしょう」
フィガロさんがデンドロを続けるならば、あの人は一緒にログインし続ける。
そして愛する夫であるフィガロさんの所属する国家からは離れないだろう。
ハンニャさんが王国五人目の<超級>として加わった形になる。
数の上では皇国の五人に並んだことになる。
「そして今回、王国は扶桑女史とハンニャ女史に大きな貸しを作りました」
それは文字通りに貸し……金銭の立て替えだ。
女化生先輩は王国に対しあれこれと制限をはねのける契約を交わしていたらしいが、今回は個人の借金なので回避できない。
アズライトも「ようやくあの寄生虫にやり返せた」と嬉しそうだったし。
これを盾に、戦争への参加条件を「国教の変更」なんて無理難題から緩和させることも当然考えているだろう。
「その貸しで、扶桑女史とハンニャ女史は皇国との戦争への参加を要請されますよね?」
「だろうな」
「その場合、以前までとは戦争に参加する<超級>の数が大きく変わります。確実に参加するお兄さん、参加の意思はあるがリアルの都合に左右されるというレイレイ女史に加え、ほぼ確定で扶桑女史とハンニャ女史が加わります。性質的に戦争への参加が難しいフィガロさんも、運用次第で参加可能でしょう」
「運用……」
「例えばですが、友軍のない単騎駆けでもあの人ならば問題ないと思います」
「…………」
想像した。
想像の中では【魔将軍】の悪魔軍団がフィガロさんに無双されて壊滅し、【魔将軍】が倒されていた。十分にありえる。
勝ち誇っていた【魔将軍】が、俺達に《応報》を食らった時のような顔になるところまで想像できてしまった。
「これで<超級>の数は互角。そして実力でも負けてはいないはずです。この時点で、戦争の絵図は先日までとまるで違う状態になっています」
無論、<超級>以外にも<マスター>はいるし、マリオさんのような熟練の<マスター>を凌駕するティアンもいる。
それでも戦力差は絶望的ではなくなっていた。
「皇国が戦争を仕掛けても、確実に勝てる状態ではなくなった。それどころか勝つとしても確実に深手を負う状態です。そして、レイさんが第一王女殿下から聞いたカルディナ……第三勢力の話も考慮すると」
ルークはそこで言葉を切り、
「戦争は、起きないかもしれません」
推測を……十二分にありえる未来を口にした。
◇◇◇
□【聖剣姫】アルティミア・アズライト・アルター
一日かけて、ようやく【狂王】ハンニャに纏わる事件の事後処理の書類がまとまった。
今回の一件はかなり国庫から負担することになったけれど、事件自体は丸く収まっているわ。
あの事件の後にレイから話を聞いたけれど、あの【狂王】ハンニャは【超闘士】フィガロ絡みで問題が起きなければ<超級>の中でもまともな部類らしい。
まぁ、今回はその【超闘士】フィガロとあの寄生虫が原因になって事件が起きてしまったのだけれど。
あの顛末を見る限り、再発の可能性は低くなったと見るべきでしょうね。
……ようやくあの寄生虫の首に縄をつけられたのだから、今回の一件は怪我の功名と言うべきかしら。
「一段落、ね」
それと、もう一つの問題……エリザベートとのことも解決している。
あの事件が起きる前の晩に、あの子とは仲直りをした。
レイに言われたように、私は私の言葉を謝って……あの子とも正面から話をした。
あの子はツァンロン第三皇子との結婚について、あの子自身でも深く考えているようだった。
だから一先ず、ツァンロン第三皇子が帰国する前日までは、時間を置く。私とあの子、それとツァンロン第三皇子もこの件については自分の気持ちを整理しなければならないでしょうから。
『COOO、COOO』
そんなことを考えていると、仮の執務室の隅でとある生物が鳴き始めた。
それは大きな目玉に羽を生やしたようなグロテスクな生物。
それは【ブロードキャストアイ】という名前のモンスター。
フランクリンの起こした事件の後にギデオン伯爵が入手したもので、その内のいくらかがこちらにも回ってきた。
あのフランクリンが作ったモンスターである上に、見た目も大層悪趣味なので正直あまり好きではない。けれど、遠距離通信設備としての利便性が極めて高いので使用している。
普段は鳴きもしないけれど、外部から私の【ブロードキャストアイ】に通信を入れようとしたときには鳴くようになっている。
「接続」
【ブロードキャストアイ】に通信を繋がせると、そこには王城の一室を背景にしてフィンドル侯爵の姿があった。
諜報を任せている侯爵からの連絡という時点で、嫌な予感がした。
『殿下。突然のご連絡、失礼いたします』
「構わないわ。それより、何があったの?」
私が問いかけると、フィンドル侯爵はハンカチで顔の汗を拭いながら、何かを言いよどんでいるようだった。
連絡を入れてきたのにこの様子、……それほどに大きな事柄ということかしら。
「フィンドル侯爵。どうしたのかしら?」
『こ、皇国から書状が届きました』
それは驚くに値する話ではあったけれど、想定の範囲内。
戦争を再開するならば、どこかで皇国がコンタクトを……最後通告を行うことは考えていた。
その時のための準備も進めている。
だから、それは想定すべき事柄で、些かフィンドル侯爵の反応が過剰に思えるわね。
そうなると……書状の内容が私達の想定外だった、ということかしら。
「侯爵は、既に内容を確認したの?」
『いえ、封は開けておりませぬ。ですが……概要は書状を届けた使者が語っていました』
「その使者は……何のための書状だと言っていたのかしら?」
私の問いに、フィンドル侯爵は……。
『――講和の申し出、とのことです』
本当に、想定外の答えを口にした。
「……分かったわ。至急、私も王都に戻ります。この話は、外に漏れないように。特に<DIN>をはじめとした情報機関には注意を」
『承知しました』
そうして、【ブロードキャストアイ】の通信が切れる。
私は瞼を閉じて、仮の執務室の天井を仰いだ。
全く、想定外よ。……まだ降伏勧告の方が分かりやすかったでしょうね。
「クラウディア。アナタの兄は……本当にこちらの想定しないことをしてくるわね」
講和が言葉どおりの意味か。
あるいは、新たな策略の始まりか。
それを確かめるためにも、王都に戻って書状を確認しないと。
「けれど……、ついにその時が来たのね」
その書状で終わるのか。
あるいは始まりなのか。
いずれにしろ……父の死の時点で止まっていた戦争の時が、ついに動き出したことを私は実感した。
To be continued Episode Ⅵ-B
(=ↀωↀ=)<これにて六章の前半終了
(=ↀωↀ=)<六章の後半に続きますが
(=ↀωↀ=)<その前に蒼白詩篇の続き挟みますね
(=ↀωↀ=)<…………
(=ↀωↀ=)<六章前半が予定より膨らみまくったけど後半どうなるんだろ




