第二十一話 【狂王】と【超闘士】
□■決闘都市ギデオン・<DIN>ギデオン支部
<DIN>のギデオン支部の屋上――管理AIの作業場ではなく実際の屋上――では三人の人物がサンダルフォンを見上げていた。
トム・キャットの姿のチェシャ、トゥイードルダム、トゥイードルディー。管理AIの三人である。
「……いつからこれを企んでいたのさ?」
臨戦態勢で街を闊歩するサンダルフォンを見上げながら、チェシャは双子に問いかけた。
この騒動を双子が狙って引き起こしたと確信して。
それこそ、昨晩の思いつきではなく……この双子はハンニャがギデオンに訪れると知った時点でこれを計画していたのだろう。
ハンニャの出所時期と目的は、連絡事項として“監獄”担当のレドキングから回覧されていたのだから。
「アリスが企画を持ってきたときだ」
「それを聞いて『街中にカメラをつけよう』って思ったの~。ほら、決定的瞬間が撮れそうだから~?」
アリスとはプレイヤー保護を担当する管理AIの一体であり、アリスンという名前のアバターで<DIN>に勤めてもいる。
トム・キャットと同じく、理由あっての偽装だ。
だが、今重要なのはアリスのことではなく、双子の企みだ。
「【狂王】の情報は得ていた。前科ももちろん把握済みだ」
「同じように背中を押せば~こうなるんじゃないかな~って」
つまり、この二人にとって『ドキキャハ♪』という企画は、最初からハンニャを暴走させる材料を獲得するためのものだった。
「本来はファンとの写真でも使おうと思っていた。恋愛の祭りということで煽れば、アプローチを仕掛ける者も出るだろうと推測できたからな」
「でもこんなときまで着ぐるみだったからちょっと焦ったよね~」
「回避策はいくらかあったが、しかし結果として何もせずとも最良の写真が手に入った」
「写真を流した後の<キングダム・ピープル・タイム>もお手柄~。写真に関して推測込みで書くのは新聞の常だけど~」
彼らにしてみれば、扶桑月夜や新聞社の行動は一〇〇点満点といったところだろう。
彼らの狙い通り、ハンニャは暴走を始めたのだから。
「……だが、これは<マスター>のリアルでの人生までも左右しかねない。こんなことは僕達の……」
「今さらだな」
「今さら今さら~。こっちで人生が変わるほどショックを受けることなんて、何度もあったと思うよ~。特に【冥王】や【剣王】みたいなメイデンの<マスター>はね~。繊細なんだから~」
「トゥイードル……!」
チェシャは、彼にとって許容できない言葉を吐いた双子の顔を見る。
「ッ……」
しかし覗き込んだ瞳には――悪意が欠片もなかった。
感情というものは瞳の奥には何もない。
どこか楽しんでいるように見えるトゥイードルディーの表情も、よく見れば上辺だけであり……目の奥は機械のように冷たい。
まるで、言動も含めてそうプログラムされている機械のように。
その有様に、双子と自分の違いを……パーソナルの差異を実感する。
こんなことは、彼らと付き合ってきた長い年月で幾度も味わったことだが。
「……君達は、僕らの中でも特に職務に忠実だよ」
彼らはチェシャとは違う。
チェシャが進化前から生物然としたレギオンであったのに対し、彼らはアームズの中でも演算処理に特化したカリキュレーターから進化したTYPE:インフィニット・カリキュレーター。
元々が機械然とした存在だったゆえに、生物としての人格を、そして人間として活動するためのアバターを手に入れてもチェシャとは根本的に異なる。
機械のように、如何なる時も感情ではなく目的を優先する。
「だからこそ……性質が悪い。アイツと同じだ」
その思考と有様に、チェシャが最も嫌悪する<無限エンブリオ>……管理AI十号を思い浮かべた。
「それは同意しかねる」
「そ~そ~。やりすぎちゃうバンダースナッチと一緒にしないでよ~」
進化を促すために<マスター>同士の諍いを引き起こすことも、双子の基準ではやりすぎてはいないのだろう。
「割り切れ、十三号」
「大丈夫大丈夫~。【狂王】達は辛くたって生きてるんだから~。もう死んじゃってる私達の<マスター>と違って」
「……トゥイードル」
チェシャは、双子がその言葉を述べた一瞬だけ……機械の如き瞳の奥に感情を見せた気がした。
それは刹那の後に、気のせいだったかのように消えていた。
「…………」
チェシャは双子から視線を外し、屋上の柵へと歩いていく。
「十三号」
「どうするの~?」
「僕達が彼らを罠に嵌めるような真似はすべきじゃない。この騒動を止めるために動く」
本体の力は使えないが、トム・キャットのままでも出来ることはある。
彼は、ギデオン支部の屋上から混乱の声が響くギデオンの市街へと飛び出そうとする。
「……!」
だが、向かおうとした彼の足は……動かない。
足だけでなく全身が……彼のアバター自体が動かなくなっていた。
「これは……アリス!!」
チェシャは、この場にいない人物の名を叫んだ。
それは、この現象を引き起こしている彼の同僚の名前。
プレイヤー保護機能管理担当にして――アバター管理担当である管理AI一号アリス。
彼女の力で、チェシャはトムのアバターを動かせなくなっている。
本体ならばともかく、アバターのトム・キャットでは彼女に逆らえない。
なぜなら管理AIのアバターも、<マスター>のアバターも、この<Infinite Dendrogram>で活動する全てのアバターは彼女が作り上げたのだから。
「……彼女も、君達と同意見ということかな?」
「そう思ってくれて構わない。座視しろ。それ以上は君の役目ではない」
「結果をごろうじろ~。誰か進化するといいね~」
本体を持ち出せないチェシャは動けず、暴走を仕組んだ双子は結果を心待ちにする。
そうして、管理AIはこの街で起きる三度目の<超級激突>の行方を傍観する。
結末が如何なる形になるかは、彼らにも分からないままに。
◇◇◇
□<ネクス平原>
昨晩のログアウト時、フィガロはギデオンの中にはいなかった。
ハンニャとの決闘場所を見繕うためにギデオンの周辺マップを駆け回り、<ネクス平原>の端でいいかと場所を定めてログアウトしていた。
そのため、ギデオン周辺を効果圏に収めた《天死領域》もフィガロの現在位置にまでは届いていない。
彼がギデオンの外にいたことは、多くの者にとって幸いだった。
彼がログアウトしたのがギデオンであったのなら、被害はより拡大していただろうから。
「…………」
ログインしたフィガロは、すぐにギデオンの街を闊歩するサンダルフォンを目撃した。
また、ギデオンで逃げ惑う人々の姿も。
「ハンニャ……」
ログインした時点で、彼は事情を察した。
ログイン前に読んでいたMMOジャーナルに、ギデオンで配布されていた<キングダム・ピープル・タイム>の記事についても載っていたから。
ログイン前は「色々間違えている記事だな」くらいに思っていた。
だが、そんな彼もログイン後のこの光景の原因がそれだろうと察することは出来た。
彼は物事を深く考えないが、愚かではない。
ゆえに、自分が読んだ記事とハンニャの暴走をすぐに結びつけることができた。
「…………」
少しだけ、何かを堪えるような表情をした彼は……無言のままアイテムボックスからとあるアイテムを取り出した。
それは、信号弾のような役割のマジックアイテムだ。
ダンジョンで手に入れたはいいものの、仲間との連携戦闘が出来ない彼が長らく使い道を見出せなかったアイテム。
フィガロはそれを空に撃ち、ハンニャに自分の居所を知らせた。
『――目標発見』
それを目印にして、サンダルフォンはすぐに<ネクス平原>のフィガロを見つけ、ハンニャの意に沿って足を動かした。
それは正に一心不乱といった有様。フィガロだけを見据え、他の何者にも構わず、塔の足で地を穿ちながら、フィガロへと直進する。
幸いだったのは、ハンニャの現在位置が《天死領域》の外縁に近かったことだろう。
サンダルフォンはすぐに《天死領域》の範囲から脱し、それに伴ってギデオンを支配下に置いていた《天死領域》も解除される。《天死領域》の条件の一つが、サンダルフォン自身がシャッフルされた範囲内にいることであったためだ。
無論、《天死領域》を再使用すれば、現在地を中心として再展開されただろうが……ハンニャとその意思に沿うサンダルフォンはそれを行わなかった。
そんなことよりも遥かに重要な事柄を既に見つけていたから。
<ネクス平原>の大地を砕きながら、数秒でハンニャはフィガロへと辿りつく。
対面する二人。
ハンニャは眼下のフィガロを見下ろし、
「ハン」
「――《ラスト・バーサーク》」
彼女の名を呼ぼうとしたフィガロに対し――【狂王】の最終奥義で応えた。
《ラスト・バーサーク》は、【狂王】の最終奥義にして抹殺宣言。
ターゲットを定めてから発動するバーサークスキル。
ターゲットを殺すか、使用者が死ぬまで止まらない最終暴走。
そして暴走の対価として使用者のSTRとAGIを五倍化し、被ダメージを五分の一へと減らし、他のスキルの消費MPとSPをゼロとする。
このスキルの発動と同時に、使用者はターゲットを殺す生物兵器へと変貌する。
歴史上、数多の【狂王】はこのスキルによって死ぬまで正気を失くしていた。この<Infinite Dendrogram>でも指折りに呪われたスキル。
無論、ハンニャはこのスキルの効果は知っている。
それでも、フィガロへの使用を躊躇うことはなかった。
発動直後、全長一キロメテルの塔がフィガロ目掛けて落下する。
「……ッ」
フィガロは咄嗟に装備をAGI特化セットに切り替え、飛び退いて回避する。
だが、その回避先へと次々に一キロメテルの塔が降り注ぐ。
それは単純なストンピング。
だが、一キロに達する長さとそれに見合った重量、そして《ラスト・バーサーク》によって獲得した超音速によって行われるそれは隕石の連続落下に等しく、<ネクス平原>に月面の如く無数のクレーターを穿っていく。
かつて、“監獄”において隠蔽能力に特化した<超級>であるガーベラがハンニャと相対した際に、この連打によって何も出来ぬまま粉砕されている。
防御も回避も不可能な、連続質量爆撃。
【狂王】ハンニャに上を取られれば、必ず踏み砕かれる。
それが“監獄”での常識の一つだった。
だが、【超闘士】はその常識を超えていく。
「――《燃え上がれ、我が魂》!!」
フィガロは自身の命を削る必殺スキルを躊躇いなく発動し、
「《アクセラレイション》!!」
装備していた指輪――AGIを強化するアクセサリーのアクティブスキルを発動させる。
《燃え上がれ、我が魂》――装備の消滅と引き換えにアクティブスキルの性能を跳ね上げる必殺スキルによって、フィガロは一時的に降り注ぐ塔足を上回る速度を獲得する。
降り注ぐ塔足を回避し、大地への落下による衝撃波すらも多くを受け流す。
稀にある回避できない致命打は、《燃え上がれ、我が魂》でダメージカット率を大幅に上昇させた【身代わり竜鱗】によって凌ぐ。
そして【竜鱗】をアクセサリーのスロットに《瞬間装着》しながら、回避を続行する。
常人ならば……否、ランカーであっても瞬く間に粉砕される質量爆撃の嵐の中でフィガロは生き残っていた。
「…………ッ」
だが、フィガロの抵抗は無限に続けられるわけではない。
使い捨てる装備には限りがあり、《燃え上がれ、我が魂》によるHP消費もある。
逆に、ハンニャには一切の消費がない。
フィガロが死ぬまで、《ラスト・バーサーク》によって永遠に攻撃を続けることが出来る。
この戦いは既にフィガロの死がゴールとして決定付けられている。
そんな絶望的な状況の中でフィガロは頭上から降り注ぐ塔足を回避しながら、……遥か上にいるはずのハンニャを見上げる。
「…………」
そうしながら彼は脚部の装備を切り替える。
移動制限を無効化する【不縛足 アンチェイン】から、《登攀》スキルを有するブーツに。
《登攀》スキルは断崖絶壁を登るためのパッシブスキル。
彼のコル・レオニスで強化すれば、仮に垂直な壁や反り返った壁でもそのまま登ることが出来る。
これはソロで数多の種類の敵と戦うために、彼が用意していた装備の一つ。
そして、このブーツを今装備した理由は一つしかない。
そう、フィガロは……。
「――今から、そこに行く」
フィガロは――自分を踏み潰そうとする塔足の側面に飛び乗った。
そして、彼は駆けていく。
反り立つ塔……超音速で動く塔足の側面の上を。
大地を踏み荒らす衝撃の中で、ハンニャを目指して。
彼は、幽閉塔を駆け上る。
To be continued
(=ↀωↀ=)<作中において
(=ↀωↀ=)<最も物理法則から乖離したアクションをしても許される男フィガロ




