第十九話 愛闘祭の一幕 二日目の始まり、祭りの終わり
(=ↀωↀ=)<漫画版の更新が延期になったので
(=ↀωↀ=)<代わりと言っては何ですが本編を早めに更新
□決闘都市ギデオン
愛闘祭二日目の朝。ルークとバビ、それと霞の三人は連れ立ってギデオンの街中を歩いていた。
まだ朝の九時前であったが、通りには多くの人の姿が見える。
その中でも右側に霞を、左側にバビを連れながら歩くルークの姿は正に両手に花といった状態で注目を集めている。(この並び自体は「じゃあバビが左で霞が右だね!」と言ってバビが決めたものだが)
霞は周囲の視線に赤面し、前髪で隠した両目も少し涙目になっていた。
バビは非常に陽気で「今日も良い天気でお祭り日和だねー」と気楽な様子であるし、ルークもルークで「うん。そうだね」といつも通り。激しく緊張しているのは霞ただ一人だろう。
(夢、夢じゃない……うん、何度も確認したけど、これって最初から熱のせいで見てる夢だったりしない、よね?)
先日、とある事件の犯人探しを手伝った際、ルークから『御礼』として誘われたのがこの愛闘祭でのデートだった。
(うん、それは前に一緒に<墓標迷宮>を探索しているとき、攻略ブログで見た『愛闘祭デート』に憧れてるってイオ達と話してたけど……まさかそれをルーク君が覚えてたなんて……)
たしかに霞は憧れた。恋人と一緒に愛がテーマのお祭りを回る、というのはまだ高校生の彼女にはロマンチックに思えたからだ。
しかし恋人などこれまで一度も出来たことがない(そもそもアプローチすらしたことがない)霞には、話の種としてしか縁がないものだった。
だが、降って湧いたようにルークからのデートのお誘い。
霞の内心は、誇張でなく「王子様に舞踏会へ招待された村娘A」であった。緊張と心細さで体の芯から震えている。
しかも、最初の予定では陰ながら見守ってくれるはずだったふじのん達が遅れて風邪にかかり、今はログインしていないのも霞の心細さを助長していた。
(ああうぅ……わたしは王子様と王子様が愛し合うのを妄想するだけでよかったのに……ああああ! こんなときまで何を考えてるんだろう!)
自分の内心に恥ずかしいやら混乱するやらで、霞は頬を赤くした。
それに気づいたルークが、気遣わしげに声をかける。
「霞さん、風邪は本当に大丈夫ですか? アバターでも顔が赤いようですけど」
「う、うん、大丈夫だよルーク君! 大丈夫だから!」
「そうですか。何か問題があったら遠慮なく言ってくださいね。僕に出来ることなら何でもしますから」
「な、なんでも!?」
唐突に放り込まれた一言にまたも頭の中であれこれとグルグル妄想してしまい、霞の頭はオーバーヒートしかけていた。
(あわわわわ!? る、ルーク君が大胆! るーくくんがだいたんだよお!? どうすればいいのぉ!? たすけてー、いお、ふじのー!)
実を言えば、半ば読心と言っていいほど観察能力に長けるルークなので、霞の考えていることも大体把握できていた。
しかしながら、ルークについてあれこれカップリングしてしまっている彼女に対して、悪感情などは全く持っていない。
そもそも、幼い頃から人間観察や犯罪事例の学習をしてきたルークからすると、霞が考えている「ついつい男と男でカップリングしてしまう」くらいは別に気にしていない。
むしろ、考えてしまっていることに赤面し、ルークの前でおろおろする霞が少し可愛いと思っていた。
(レイさんとは違うけれど、霞さんも見ていて心が温かくなる人だね)
『それってハムスター的なかわいさ?』
(……バビ、ネズミに喩えないでもらえるかな。小動物的、ならわかるけれど)
ルークにとってネズミと同じ括りの生き物を思い出し、彼は少し震えた。
「あ、あの大丈夫?」
「……ええ、ちょっとした思い出し震えなので」
(思い出し震えってなに!?)
霞はルークの発言に心で突っ込みを入れたが、声には出せなかった。
「それで霞さん、今日はどこに行きたいですか?」
「あ、あのね、今日は四番街の大きな服屋さんで、カップル限定で写真を撮ってもらえるの」
それは服飾関係の生産職が作った新作の衣服を着て、記念写真を撮るという催しだ。
写真データは外部出力も出来るので、霞はそれらの洗練された衣服の画像を今後の創作活動のために欲していた。
(うぅぅ。緊張するけど、素敵なファッションと素敵なモデルの資料が手に入るし……。頑張らないとわたしのお見舞いで風邪が移ったいおとふじのに申し訳が……)
心のハードルは高かったが、それでも霞は決心してその催しに向かうことにした。
「分かりました。お店の場所は?」
「あ、ちょ、ちょっと待ってね! 今、確認するから……」
霞は普段からウィンドウのマップではなく、タイキョクズで地図を見ている。
だから今日この日もタイキョクズを確認し、
「…………え?」
そこに映し出された異常を、目撃した。
「なに、これ……?」
タイキョクズの見せる地図は、バラバラになっていた。
スライディングブロックパズルのように、地図上のギデオンは正方形に区切られてバラバラにかき混ぜられている。
まるで、神様がでたらめにこの街を壊してしまったかのように。
「街がっ!? …………あれ?」
霞が驚愕と共に視線を上げれば……そこはいつも通りのギデオンだ。
バラバラになってなどいないし、壊れてもいないし、見える景色にも大きな違いは一つしかない。
「…………え?」
そう、大きな違いが一つあった。
ギデオンの中心……中央大闘技場のあるところに、何かが立っていた。
それはきっとギデオンのどこにいても確認できるモノ。
天を突かんばかりに――否、天から地を貫かんばかりに聳え立つ、逆さまの双塔。
それは、サンダルフォンという名の<超級エンブリオ>だった。
◆◆◆
■???
時は、僅かに遡る。
愛闘祭一日目の後、ハンニャ……四季冬子はリアルで短い仮眠を取っていた。
<Infinite Dendrogram>の内部ならば、もっと長く眠れただろうが彼女はそうしなかった。それというのも、フィガロとのデートが待つ二日目に、少しでも早く来て欲しかったからだ。
彼女はずっと待ちわびたそのときに焦がれながら眠り……最悪の気分で目を覚ました。
「……何で今さら、あんな夢」
短い仮眠で彼女が見たのは、かつて愛した男に裏切られた夢だ。
尽くしてきたのに、彼女の全てで助けてきたのに、あっさりとメール一つで捨てられたときの記憶。
レジェンダリアで見つけたとき、自分以外の女とへらへらと軽薄そうな顔で遊んでいた姿の記憶。
そうした過去の記憶が夢となって、今日を待ち焦がれた彼女に突きつけられた。
まるで、警鐘のように。
「……フィガロは、ヴィンセントはあいつとは違うわ」
ヴィンセントは信じてもいい。――本当に?
だってあんなに純真だから。――メールでしか話していないのに?
私達は愛し合っているから。――確かめてもいないのに?
ヴィンセントは、あいつとは違う。――彼の何を知っているの?
自分の思いを反証するように、心の声が響く。
それは彼女の中の恐怖だ。
また、愛する人に裏切られたら……そんな未来を想定して生まれる恐怖。
「何を、不安がっているの……。彼と、愛を確かめ合えばいいだけじゃない……」
冬子は、己の心の声を振り払い、<Infinite Dendrogram>にログインした。
◆
彼女がセーブポイントである中央広場に到着すると、何やら騒がしかった。
お祭りゆえの喧騒かと思ったが、少し雰囲気が違う。
「まさかあの二人がなぁ……」
「予想外だけど、釣り合ってるしお似合いかもな」
「だけど、ちょっと嫌そうな顔してないか?」
多くの人々が、新聞紙を片手に何かを言っていた。
見れば、何事かを言いながら人々が見ているのと同じ新聞を売っている者がいる。
ハンニャも少し気になって、その新聞を購入した。
最初に目に入ったのは<キングダム・ピープル・タイム>という新聞の名前。
次いで目に入ったのは、写真だった。
上半身裸の男が、女と身を寄せ合っている写真だ。
「…………」
写真の横には『熱愛発覚!? 決闘王者とトップクランのオーナー!』、『涙ながらの会話、二人の間に何が……』などと、読んだ者の想像を煽るための言葉が列記されている。
そこには、当事者二人の名前も書いてある。
いや、名前など書かれていなくても、その男の顔を彼女が忘れるはずもない。
「……フィガロ」
そこで見知らぬ女と映っていたのは、彼女の愛する男だった。
写真の時刻は昨日の夜だと書いてあった。
彼が、用事があるから彼女と食事できないと言った後だ。
「私と過ごす時間はなかったのに、彼は何をしているのだろう」と空虚になっていく心で考える。
「この女は誰なの」、「何を話していたの」という写真への疑問。
「彼にとって私は何なの」、「本当に通じ合っていたの」という自分への疑問。
そして、ハンニャは今一度、フィガロとの文通の日々を思い出して……。
「――ああ。私って……彼に『愛してる』って言われたことが……一度も…………なかったのね」
『フィガロが自分に愛を告げたことは一度もない』という事実を認識して――己の愛が幻であったと認識して【狂王】ハンニャの正気は消滅した。
その直後。
「承知しました、ハンニャ様」
TYPE:アポストルwithエンジェルギア【幽閉天使 サンダルフォン】は、主の心から発せられた声なき指令を実行し始める。
『Form Shift――【Imprisoned Tower】』
紋章から出現すると同時に、サンダルフォンはその姿を大幅に変形させる。
生物から無機物へ、子供から天まで届く双塔へ。
そうして、ギデオンの中心部……中央広場にサンダルフォンは降り立った。
全長一キロにも達する塔の如き巨大な構造物でありながら、その断面積は通常の塔とは逆に接地面が最も狭くなっており、上部ほど広くなっている。
接地面は三メテル程度であり、通常の素材ならばこれほどの巨大構造物を支えられる接地面積ではないが、常識の埒外にある<超級エンブリオ>の一体であるサンダルフォンにとっては問題ではない。
そもそも、まだ地に体重をかけてすらいない。外見どおりの重量であるのならば、周囲にクレーターが出来上がっていても不思議ではないのだから。
「…………うわぁぁぁっぁぁあああ!? に、逃げ……逃げろぉ!!」
「チッ! 皇国からの新手か!」
「……あれ、これってあのバレンタインのときの」
唐突なサンダルフォンの出現に、周囲の人々は僅かな間だけ呆然とした後、我先にと逃げ出した。
中には攻撃を行う<マスター>もいたが、サンダルフォンはそれらの攻撃を意に介さなかった。
無数の攻撃を浴びながら、双塔の表面に僅かな傷を作るだけだ。
眼下の小さな抵抗を無視してサンダルフォンは、
『――《天死領域》』
――己の必殺スキルを行使した。
サンダルフォンを中心として、まるで水面に石を落としたように周囲へと効果の波紋を広げていく。
それはほとんどの者には感知できないままに……ギデオン全域へと広まった。
数秒後、都市の中心に出現したサンダルフォンに向けられたものではない恐怖の悲鳴と困惑の叫びが、ギデオンに木霊した。
To be continued
(=ↀωↀ=)<さようなら、平和
(=ↀωↀ=)<こんにちは、修羅場




