第十八・五話 一日目の終わりに
(=ↀωↀ=)<明日は漫画版五話の更新ですー
(σ■-■)<ボクも出ますよー
□決闘都市ギデオン・某所
夕暮れ時、フィガロはとある植物屋から出てきた。
店先に売っているのは多種多様な花だったが、植物屋という名称から分かるように売っているのはそれだけではない。ポーションの作成に使用する薬草やハーブ、そのまま服用しても効果のある草木や種子なども販売しているので客層は広い。
その店で何を買ったのか、フィガロの表情は少し嬉しげだった。
しかし、その表情はすぐに消えることになる。
店から出てきたフィガロに声を掛ける人物がいたからだ。
「ようやっと見つけたで、病弱プリンス」
その声の主を、フィガロは知りたくもなかったがよく知っていた。
『……扶桑月夜』
「今、嫌そな顔したやろ。着ぐるみ越しでも分かるわ」
フィガロからすれば、扶桑月夜は苦手な相手だ。
人間的に、<Infinite Dendrogram>に宗教をはじめとした向こう側の事情を数多持ち込む月夜を好いていない。
加えて<エンブリオ>の相性的にも鬼門のような相手で、かつて一度はデスペナルティに追い込まれている。
しかし『嫌そうな顔』とフィガロに言った月夜自身も、非常に不機嫌そうな顔をしている。
「街中探しまわっとったのに、こんなところにおるとは思わへんかったわ。でもそんな店に何の用があったん? 誰かに毒草でも盛るん?」
『……君には関係のないことだよ』
そう言いながらフィガロは自身の失敗を悟っていた。
店を出るときに相手の気配に気づいていれば、こうしてバッタリと出くわすことはなかっただろう、と。明日のことを想って少しだけ気持ちが浮つき、警戒が疎かになっていた。
しかし言動からすると月夜の方は自分を探していたようだと察し、遅かれ早かれだっただろうと考え直した。
「別にええけどな。うちの方は用事があるんよ。これを見ぃ!」
「ッ!」
月夜が懐から何かを取り出してフィガロに向けた瞬間、彼は飛び退くと同時に《瞬間装着》で装備を切り替えていく。
着ぐるみから転じた装いは上半身裸。<超級激突>で使用したAGI特化の装備セットであり、月夜に対するフィガロの警戒心が露骨に表れていた。
「…………?」
咄嗟に戦闘態勢を取ったフィガロだったが、月夜には動きがない。
ただ、何かを示すように手の中のもの……何事か書かれた一枚の紙を突きつけていた。
その紙に記載された内容を一見して、フィガロは首を傾げた。
「……何かな、これは?」
「読んで分かる通りや」
月夜はどこか詰まらなそうに口を尖らせてそう言った。
しかし、フィガロにしてみればその書面の内容自体が理解不能だった。
なぜなら、そこには……。
「お金払ってほしいんやけど」
請求書、と書かれていたからだ。
「……何の?」
フィガロは「彼女は何を言っているのだろう」という顔で首を傾げた。
請求書と言われても、彼が月夜から何かを購入したことなど一度もない。
というか、『どれほど好条件でも彼女からは買わないだろう』と思っていた。
「わからへん?」
その返答に、月夜はものすごく不機嫌な顔で質問を返す。
「分からないも何も、僕が君に金銭を払う理由に全く覚えがないのだけど」
「うちをあんなに滅茶苦茶にしといてそういうこと言うん!?」
その発言に、流石のフィガロも驚いた。「本当に何を言っているのだろう」、と。
「一体なんの……」
「せーやーかーらー! この前、うちの本拠地を思いっきりぶっ壊したやん!」
そこまで聞いて、フィガロはようやく得心がいった。
先日、<月世の会>に誘拐されたレイを助け出すために、フィガロは殴り込みをかけた。
そのとき、王都の<月世の会>の本拠地を壊滅させた。
正門を粉砕し、家屋を破砕し、設備という設備を叩き壊して月夜を引きずり出した。
「今日ようやく見積もりが終わったんよ! そしたら全部ひっくるめた計算が一〇〇億超えてるんやけど! うちの予想の十倍以上なんやけど! これも建物だけやのうて値の張る調度品なんかも軒並みあんたに壊されたせいや!」
<月世の会>の本拠地は、建物自体も質のいい木材を大量に使った和風の屋敷だったので値が張る。しかも、王都包囲の事件で木材伐採所である<ノズ森林>が焼失し、木材が軒並み値上げしている。
さらにカルディナ経由で各国から輸入した施設用マジックアイテムの殆どが粉砕されていた。こちらも昨今のカルディナの貿易規制の影響で、こちらは木材以上に高騰している。
美術品の類も同様に高価であり、結果としてこれらの総額は月夜の想定を遥かに上回った。お布施で儲けている宗教団体でも屋台骨が傾く負担である。
「そらな! あの一件はレイやんを誘拐したうちに原因があるけど! でもあそこまでぶっ壊すことないやん! 滅茶苦茶やん! せめて修理費の半分は出して欲しいんやけどー!」
「…………」
段々と泣きが入ってきた――というか実際泣いている――月夜は、上半身裸のフィガロの肩を掴んで揺さぶりながら訴える。
フィガロは「どうしよう。これ、僕のせいなのだろうか……」と真面目に対応に困っていた。
こういうとき、どうすればいいのかと記憶を掘り起こして……。
「それは弁護士と相談して……」
「<マスター>同士だと法律働かないの知っとるやろ!?」
「……そういえばそうだった」
そもそもリアルのマイヤーズ家と違い、こちらでは顧問弁護士がいなかったとフィガロは思い出した。
しかしフィガロとしても困ってしまう。
「これは自分が払わなければならない状況なのだろうか? 彼女の自業自得ではないだろうか?」という思いはあるものの、フィガロ自身の意思で壊しまわったのは事実である。
これがシュウならば『え? 法律上は何の罪にもなってないんだから払わなくていいだろ? PKみたいなもんだから責任取る必要ないクマ』となるところだが、比較してフィガロはまだ純粋であった。
月夜も月夜でそのあたりの違いも理解して要求してくるあたり、泣いていても強かな雌狐である。
結局、この件は「今すぐには判断できないし、今は少し事情があってまとまったお金がない」という理由でフィガロからまた後日話し合うという申し出を行い、月夜も渋々と納得して退散した。
しかし、彼らは気づいていなかった。
今は街中に愛闘祭に合わせて<DIN>が企画した『ドキッ! ラブラブカップル誕生! キャハッ♪』のための魔法カメラが設置されているということを。
彼らの今しがたのやりとりも、それに記録されたということを。
彼らがその結果を知るのは、翌朝のことである。
◆◆◆
■<DIN>ギデオン支部
愛闘祭一日目の夜、トム・キャット……管理AI十三号チェシャは<DIN>のギデオン支部を訪れていた。
エリザベートが宿泊していた今朝まではマリーやリリアーナ、ギデオン忍軍による警戒がなされていたギデオン支部だが、彼女が迎賓館に帰った今は普段どおりだ。
その普段どおりのギデオン支部の階段を上り、屋上に通じる扉をチェシャは開ける。
けれど彼が開いた扉の向こうにあったのは、屋上ではなかった。
上下の区別なく、無数の情報ウィンドウが行き来する奇妙な空間。
かつて<ノズ森林>でチェシャが使用していたものと同じ、管理AIの作業場だ。
「お邪魔するよー」
彼がそう声をかけると、その空間の中で立ったままウィンドウを操作していた二人の人物がチェシャに振り返った。
二人は年若い男女の双子であり、その顔立ちはとてもよく似ていた。
小柄な体にマリーが着ているようなスーツを着込み、それがまるで社会人ぶる子供のような奇妙さと可愛らしさを見せている。
二人の大きな違いは、少年の方は銀縁のメガネをかけており、少女の方は大きなヘッドホンを装着していた。
「こちらの時間で二六八九時間五八分一四秒ぶりだ、十三号」
「お久しぶりチェシャ~。決闘三位に降格おめでと~。わ~い。パチパチ~」
少年は堅苦しく、少女はだらしのない言葉遣いでチェシャに挨拶する。
「それは『おめでとう』なのかなー?」
「歓迎すべき話ではある」
「チェシャのトム・キャットは超えられるのが役割でもあるからね~。いいのいいの、負けちゃって~。負けてもいいの~」
少年はメガネを押し上げながら、少女はゴロゴロと空中を寝転がりながらそう言った。
堅すぎる兄と緩すぎる妹、この双子は相変わらずだなとチェシャは思った。
この二人はかつて<DIN>を作り上げた創業者であり、現時点でも組織のトップに立っている者達だ。
そして、<DIN>に集積された全ての情報を整理している者達でもある。
たった二人の人間には不可能な行いだが、さもありなん。
この双子は人間ではない。
少年はトゥイードルダム。
少女はトゥイードルディー。
鏡の国アリスに登場する双子の名を借りた管理AI十一号、そのアバターである。
「こちらからも聞こう」
「何でここに来たの~?」
問われたチェシャは己の用件を口にする。
「ギデオンに潜伏していた【獣王】とその<超級エンブリオ>が去ったでしょ? 何があったのか気になったのさ。何か知らぬ間に事件でも起きたのかと思ってねー」
「ない」
「ないないな~い。チェシャがカルチェラタンで対処した事件みたいなことは何にもないの~」
「本当に?」
「肯定する。愛闘祭の初日は」
「特に何もなかったの~」
「【破壊王】と【獣王】が衝突しかけたが」
「お預けなの~。あれきっと戦争で本番なの~。きゃ~エッチ~」
途中から、双子は言葉の前後を二人で分割して話すという奇妙な話し方をしていた。
その様子に「相変わらずだ」とチェシャは思った。
「なるほどねー。小競り合い未満しかなかったわけだ。なら、ひとまずは安心かなー」
「安心か」
「でもそれって好ましくはないよね~」
この愛闘祭で何事も起きなかったことに少し安堵したチェシャを、否定するような言葉が双子の口から零れた。
「……好ましくはない?」
「戦争は僕らとしても望むべきもの」
「戦争期間中にいずれかの<エンブリオ>が<超級エンブリオ>に進化する確率のトータルは86.95669%なの~」
「<SUBM>の投下よりも」
「ちょっと高いくらいの期待値なの~」
戦争とは、<マスター>、ティアン、そして国家同士の大規模なぶつかり合い。
それは<SUBM>の来襲と同じく、進化を促すトリガーになり得る。
ゆえにある意味、管理AIの立場では闘争は起きれば起きるほど良い。
特に<超級エンブリオ>が暴れでもすれば、それは第六形態以下の<エンブリオ>の進化を促すかもしれない。
それらの<マスター>が、<超級エンブリオ>によって壊される街を守ろうとするならばなおさらだ。
ゆえに【獣王】がこの場での戦闘を選択しなかったことは、双子にとっては少しの期待はずれであった。
「幸いなことに」
「火薬はまだあるから~。そっちに着火してボンボンボ~ン♪」
「試算に未知の値がないのならば」
「戦争前に色々増えるかも~♪」
トゥイードルダムは堅苦しい表情で何かを想定し、トゥイードルディーは陽気な口調で何かを楽しみにしている。
その二人の様子に、チェシャは嫌な予感がした。
「……何をする気かな?」
「「イベント」」
双子は声を揃えてそう言った。
この双子は管理AI。それもクエストとイベントを担当する管理AI十一号。
企むことにかけては、他の追随を許さない。
「公式イベントではないがな」
「ちょっとね~ドミノを押すだけ~」
「安心しろ。管理AIではなくこのアバターの権限の範囲」
「社長としてのあれこれで~」
「差し詰め、愛を名乗る祭に相応しく」
「愛ゆえにすれ違う悲劇をメイキングだね~。シェイクスピア~。やりやり~」
何事かを企んでいる……否、既に企み終えている双子。
双子は空間内に膨大な量の画像データ――『ドキッ! ラブラブカップル誕生! キャハッ♪』のためにギデオン中に設置された魔法カメラの中身を展開する
それを何に使うつもりなのか、傍から見ているだけのチェシャには分からない。
「<DIN>からではまずいな。今後の活動に差し障る」
「じゃあ一般人からのタレコミ装って<キングダム・ピープル・タイム>に流す~? あそこならこのくらいのスクープにはすぐ食いつくよ~」
「裏づけが足りないが民衆の目にはよく留まる新聞だ。それで進めよう」
「うっふっふ~♪ 明日は~天国と地獄~♪」
二人が何かをしようとしているが、それをチェシャが止めることはできない。
なぜなら、双子は管理AIとしての目的に沿って動いているし、尚且つ本体の使用など承認が必要なことは何も行っていない。
むしろ、極めて真面目に……管理AIの目的を達成するために動いている。
そうであるがゆえに、ジャバウォックが<SUBM>を投下するときと同様……チェシャが口を出すことはできない。
「…………」
作業中の双子を見て、チェシャは不安を抱いた。
何かよからぬことが起きるのではないかという彼の不安は……遠からず的中することになる。
To be continued




