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<Infinite Dendrogram>-インフィニット・デンドログラム-  作者: 海道 左近
第六章 アイのカタチ

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第十六話 愛闘祭の一幕 【獣王】と【怪獣女王】

 ■決闘都市ギデオン・某所


 シュウと、ベヘモットと、そして彼女の三人で続けたデート。

 その最中に彼女が考えていたことは、究極的には二つだけ。

 一つは自身が最も優先すべき存在であるベヘモットを楽しませること。

 

 もう一つは、シュウを殺せるかということ。


 殺したい理由はない。

 殺す必要性もない。

 ただ、『殺せるか殺せないか』、……より正確には『今の自分に殺される程度か否か』だけは確かめたいとずっと考えていた。

 加えて、三人で……傍目には仲良く祭りを巡っているうちにふと思ったのだ。


 ――デートを打診したのは私達だが、随分と隙だらけだ。

 ――まるで、私達が敵であることを忘れているようだ。

 ――それを失念されるのは腹が立つな。

 ――私達を舐めているのだろうか。


 ――だからやはり、殺せるなら殺してしまおう、と。


 思考回路がどこかで破断したかのような結論を、彼女の思考は弾き出していた。

 そして、彼女は自身のステータスでシュウの心臓目掛けて不意討ちで貫手を放っていた。

 その速度は音速の倍以上を発揮し、常人なら……上級カンストのAGI型であっても何が起きていたか理解する間もなく心臓を抉られるだろう。

 ましてや、シュウはSTRこそ破格だが、ENDはそこまで高くはなく……着ぐるみごと貫くのも容易い。

 しかして、結果は……。


「……お見事」


 貫手は砕かれ、彼女の指は圧し折れて皮膚を破り、血を地面へと零している。


 彼女の右手は、シュウの左拳と正面から激突していた。

 彼女の不意打ちを読んでいたシュウが、己の拳打を貫手の軌道に置いたのだ。

 彼女の右手が砕けているのはその結果だ。【破壊王】にして最大のSTRを誇るシュウの拳とぶつかったのだから当然といえる。

 逆を言えば、最大のSTRを誇る【破壊王】シュウ・スターリングの拳打と打ち合って、相殺の果てに指が折れる程度で済むほどに彼女の攻撃力は高く、耐久力も優れていた。

 仮に超級職でも、耐久型でなければ最低でも手首から先が消し飛んでいたはずだというのに。


『どういうつもりだ?』


 シュウは、普段の道化ぶりの欠片もない声音でそう問いかけた。


「そうですね。一言で言えば確認です。今の私が行う、この程度の不意討ちで殺される程度の器でないかの最終確認です。結果はご覧のとおりです。安心しました。貴方の実力と心構えは確認できました」

『…………』

「貴方はずっと『私達が貴方を殺しにかかるかもしれない』と考え続けてくれていたようですね。貴方の上辺の態度には少しの心配と多大な苛立ちを持っていたのですが、私の目が節穴で――本当に良かった」


 何が嬉しいのか、彼女は笑う。

 口角を上げて笑うその様は、寸前までの涼しげな容貌など見る影もなく。

 あたかも人間の振りをしていたバケモノの、化けの皮が剥がれ始めているかのようだった。


『…………』


 彼女と相対しながら、シュウは左手の紋章からバルドルを呼び出す準備をする。

 最悪、このギデオンを舞台に再び<超級激突>が……かつて起きた戦いを凌駕する恐るべき闘争が始まるだろうとシュウは考えた。

 ここで先刻の不意討ちへの返礼を行えば、それは確実となるだろう。

 だから、まだシュウは攻撃を仕掛けない。

 しかし、相手がここで始めるつもりならば、応じるより他に選択肢はない。


『最終確認、ってのはどういう意味だ?』


 シュウは相手の動きに細心の注意を払いながら、相手の意図を探るために問いかけた。


「実を言えば、昨日に指令が下りました。私達は皇国に引き上げます」

『……何?』


 しかし、その返答は……シュウも予想だにしないものだった。


「ご安心を、ここではもう何もしませんよ。今日のデートと先ほどの一撃は、思い出作りとでも思ってください」


 シュウはその発言を疑問に思う。

 指令が下って、撤退する。それ自体は不思議ではない。

 彼女達がギデオンにいたのが、皇国の指示であることは明白だった。

 ならば皇国の指示で去ることもあるだろう。

 だが、なぜこのタイミングで、何もせずに去ろうというのか。

 何のために、今まで残っていたのか。


「さて、それでは私とベヘモットはこれでギデオンを去ります。古典的な言い回しですが、次に会うときが――殺し合うときが楽しみですね。……おや? ……ああ、そうでした」


 彼女はそう言って頭の上のベヘモットを腕に抱こうとして……自分の右手の指が折れていることを思い出した。

 彼女は腰に結わえていたアイテムボックスから回復薬のアンプルを取り出し、親指で蓋を弾き開けて嚥下した。

 すると右手の骨折はすぐさま完治したが、《鑑定眼》で見ていたシュウは気づく。

 今飲んだのは特別な薬品ではない。固定値ではなく、割合で回復するタイプの回復薬であり、市販もされている。

 最大HPの五%程度という微々たる回復しかできない下級の回復アイテムだ。

 そんな薬で……シュウの拳とぶつけ合った右手が完治していた。

 その意味が分からないシュウではない。

 眼前の相手は……伝説級さえも一撃で葬るシュウの一撃でその程度にしか傷を負わなかったのだ。


「…………」


 これに正面から勝とうとすれば、必殺スキルを用いるしかないだろう。

 しかしそれは、かつての【グローリア】との最終決戦の再来だ。どう足掻いても大惨事になる。

 それこそ、朝から頭を悩ませていたハンニャの一件どころではない。

 いずれの戦いは避けられないだろうが、今この街ですべきではない。

 ゆえに、ここは彼女が言うように「次に会ったときに殺しあう」という選択をするしかないのだ。

 だが……シュウは背を向けようとした彼女を呼び止めた。


『一つだけ聞かせろよ』

「内容次第ですが構いません」


 彼女は足を止めて、シュウの質問を待つ。


『お前達、何でギデオンに居座ってた?』


 先刻抱いた……あるいは彼女達がギデオンに姿を現してからずっと抱いていた疑問。


『最初は何かの契機……例えば第一王女の来訪を機に動くのかと考えていた。だが、ようやくそのときが来たのにお前達に動く気配はなかったし、あまつさえこのまま皇国に帰ると言う。結局、この一ヶ月以上をギデオンでブラブラしていただけだろう。この潜伏で、何がしたかったんだ?』

「……フゥ」


 彼女は、何かつまらないことでも思い出したかのように溜め息をついた。

 そうして、溜め息に言葉を続けた。


「同じですよ。貴方と」


 短く、それだけでは意味が伝わらない言葉。


『……なるほどな』


 だが、シュウはそれで理解できた。

 そして、その理解を保証するように、彼女はこう言葉を繋げた。


「貴方、動けなかったでしょう?」


 そう言う彼女の顔は先ほどまでの狂笑がなりを潜め、ひどく冷めていた。


あの弱者(フランクリン)が王国にテロを仕掛けて失敗しましたからね。今度は王国側が報復を仕掛けてくるかもしれないと警戒するのは当然の判断でしょう? そして、報復攻撃を実行するのは<超級>……広域殲滅型の<超級>である貴方か、広域制圧・殲滅型の【女教皇】……<月世の会>である可能性が高いのは言うまでもない」

『……そうだな』

「ですが王国と<月世の会>の協力関係は未だ薄弱。だから最も警戒するべきは貴方、ということです」


 シュウは他にレイレイの顔が思い浮かんだが、『そもそもログイン自体が不定期だからマークのしようがないだろうな』と考えた。


『だが、俺にテロをやる気がなかったら……【獣王】という大戦力を浮かせただけじゃないのか?』

「浮いていませんよ。重石です」

『……重石?』

「貴方は私達を注視して、ギデオンから出ることすらほとんどなかった。強いて言えばあのルーキーに特訓の指示をしたときくらいでしょうか」


 それは事実であり、シュウはほとんどの時間、ギデオンに詰めていた。

 扶桑月夜にレイが誘拐されたときも動けなかったほどだ。

 それも全ては、【獣王】を警戒してのこと。

 しかしそれが齎した結果は……。


「貴方はギデオンを出られず――<エンブリオ>の弾薬素材を集める余裕もなかった。違いますか?」

『…………』


 シュウはその問いに沈黙で返す。

 しかし、それは図星と言っていい推測だった。


何時何時(いついつ)だろうと全力で戦える私達と、貴方は違う。貴方の広域殲滅火力はあの弱者のモンスター製造と同じで、外部の資源リソースがなければ最大火力を発揮できない。ですが私達がいたために、貴方は高レベルモンスターの生息域に希少素材集めに出向くことが出来なかった。ポップコーンを売り、それに加えて私財を切り崩し、市場に出回る素材を買うしかなかった。けれど、それもベテランの<マスター>が減少した王国では流通量が限られている。さて、貴方の弾薬備蓄は今後発生する戦争を戦い抜けるだけの数を保てているでしょうか?」


 答えは、厳しいものだ。

 バルドルの残弾は少ない。フランクリンとの戦いと同じ規模で使えば、三度もつかどうかといったところだろう。

 あのフランクリンとの再戦、そしてフランクリンよりも簡易に軍勢を作り上げる【魔将軍】がいる状況で、三という回数はあまりに余裕がない。

 すぐに枯渇するわけではないが、戦争を戦い抜けるかと聞かれれば首肯することは出来ない。


『……お前の方はもう少し脳筋だと思っていたんだがな』

「否定しません。小賢しいことを考えるより、この力で踏み潰した方が話は早い。だからこれは私達ではなく、皇王の立てた戦略です。私達はあの事件の後、ここに住んでいればいいと言われただけですからね。昨日、通信で理由を聞くまで知りませんでした」

『……なるほど』


 してやられた、と言うよりは仮に分かっていても詰まされるしかなかった状況だ。

 もしも【獣王】を無視して素材集めに動いていれば、皇王は【獣王】達に指示を与え、ギデオンで第二の大規模テロ事件を起こしていたかもしれないのだから。

 狡猾なのは昨日までベヘモット達も事情を知らなかったことだ。情報を遮断し、シュウが察してどうにか裏をかくことさえも封じている。

 しかもこの動きを、恐らくはフランクリンとの戦いでシュウが正体を明かしてすぐに立てていたというのだから、今の皇王は相当に性質の悪い手合いだとシュウは実感した。


「私達と戦うのに全力が出せない、というのも困りもの。ですがどの道、あの【グローリア】を倒したという貴方の必殺スキルは、弾薬素材等なくても使えるのでしょう?」

『……そうだな』


 バルドルの必殺スキルである《無双ノ戦神》は弾薬ほど使用回数に制限があるわけではなく、それは正しかった。

 広域殲滅型ではなく、個人戦闘型としてならばほぼ全力を維持できるだろう。


「ならば構いません。私は、貴方と純粋な力の闘争が出来ればいいのですから」

『さっき不意討ちで殺しにかかっただろう』

「ですから、あれは貴方が闘争以前(・・・・)の相手でないかの最終確認です。あそこであっさり殺されるような相手は敵ですらない……ただの小石なのだから」


 そう言って、彼女はまたも笑う。

 それは酷薄な微笑でも、怪物の狂笑でも、乾いた笑いでもない。

 ただ純粋に、嬉しげな笑顔だった。


「――やはり貴方は私達の敵に相応しかった」


 そう言い残して、ベヘモットを抱いた彼女はシュウに背を向けて去っていく。

 『今日の話はこれで終わり。あとは戦場で殺し合うだけです』、と彼女の背中が告げていた。

 ベヘモットは何も言わないまま、彼女の腕の中から後ろを……シュウを見ていた。

 シュウもまたそんな彼女達の姿を目で追って、


『あ』


 あることを思いだした。


『悪い。もう一つだけ聞きそびれていたことがある』


 再び、その背中に声をかけた。


「……なんでしょう?」


 言いたいことは言い終えていた彼女は、少しだけ不機嫌な顔をしながら振り向いた。

 そんな彼女に、シュウは……今まで失念していたことを問いかける。


『俺、まだお前の名前を聞いたことがなかったよな?』

 

 この一ヶ月以上の間、世間話くらいはしていたというのに。

 ベヘモットを抱く彼女の名前を、シュウはまだ知らなかった。


手の内(・・・)をバラすほど私達は愚かではありませんから」


 彼女はそう言って、返答を拒否しようとしたが。


NPもんだいないよ

「……そうですね。長い付き合いでしたし愛称くらいは教えましょう」


 ベヘモットに促され、自分で述べた言葉を即座に翻して問いに答える。


「私はベヘモットからはレヴィと呼ばれています。ゆえに、貴方もそう呼べばいい」

『レヴィ……か。ベヘモットと、レヴィ。……なるほど、似合い(・・・)だ』


 その愛称だけで全てを察したように、シュウは呟いた。

 レヴィと名乗った彼女は踵を返し、今度は何も言わずに立ち去っていく。

 そんな彼女の腕の中から顔を出したベヘモットは、後方のシュウを見ながら。


『またね、クマさん』


 そんな風に、人に通じる言葉で別れを告げた。


「ああ、またな――【獣王】」


 シュウもまた、彼女に別れを告げた。



 ◆◆◆



 シュウと別れた後、ヤマアラシを抱えたレヴィが夕暮れの<ネクス平原>を北上していく。

 その速度は音速を超えており、暗くなっていく視界も相まって人の目には留まらない。

 彼女はヤマアラシを守るように抱きかかえ、けれど超音速で走り、時折前方に現れる障害物(モンスター)を意に介さずぶつかって塵に変えながら、皇都を目指して駆けていた。


「ベヘモット。この姿では全速力の半分も出せませんが、それでも明日の朝までには余裕を持ってヴァンデルヘイムまで帰れますよ」

『…………』


 彼女の腕の中のベヘモットは道中もずっと無言だった。

 けれど不意に……ポツリと呟いた。


『……クルーズゴールド』


 今は二人きりで周囲に人影もなかったので、その言葉は鳴き声――“意図的にアルファベットで発音したスラング”ではなく……人間のそれだ。


『あの変身ポーズ、お父さん(・・・・)みたいだったね』

「……そうですね、記憶にあるものと似通っています」


 レヴィは、ベヘモットと共有する記憶(・・・・・・)を思い返し、確かにかつて彼女が見たものとシュウがヒーローショーで行ったものは酷似していると判断する。

 もっとも、動きは同じでも役者(・・)は違ったが。


『なつかしくて、うれしい』

「ベヘモットが喜んでいるのなら、私も嬉しいですよ」

『けれど、ちょっとさびしくて……かなしいことも思い出した』

「分かりました。あのクマは次に会ったときに必ず殺します」

『やれる?』

「無論です」


 ベヘモットの問いかけに、レヴィは優しげな微笑みと共に頷く。

 そして、己の左手の甲の紋章――《紋章偽装(・・・・)》していたものを消しながら、宣言する。



「――この【怪獣女王 レヴィアタン】は、ベヘモットの全てを守るために生まれたのだから」



 ◇◆


 【獣王(・・)ベヘモット(・・・・・)とその<超級エンブリオ>は、何事も起こさないまま潜伏地であるギデオンを去った。

 けれど、彼女達も、彼女達を見送ったシュウも確信していた。


 お互いの力をぶつけ合う日は……そう遠くはないのだと。


 To be continued

( ̄(エ) ̄)<…………(遠い目)


(=ↀωↀ=)<クマニーサンのデート()の続きは六章後編でね!


( ꒪|勅|꒪)<空気読もうゼ

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― 新着の感想 ―
[一言] レヴィアタンとバハムート…かなぁ?お似合いですね
[良い点] ベヘモットがマスターで、レヴィがエンブリオ、メイデンかな? 2人ともシュウ並みのステータスを持っていたとしたら、、、どうすればいいんだ? アバターをヤマアラシにした理由もすごく、気にな…
[一言] 薄々そうじゃないかと思ってたけどやっぱりベヘモットの方がマスターなのか。 クマニーサンは負けないで欲しい。頑張って!!!
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