第十五話 愛闘祭の一幕 獣達のデート
□ギデオン市街地・<破壊王印のポップコーン工場>
『……どこから手をつけたものか』
それは、丁度レイがアズライトと話している頃だった。
シュウはポップコーンの製造場所として借りている施設の中で、重い気持ちで溜息を吐いていた。
現在、彼が関わっている問題は大きく三つある。
ギデオンの事件から継続している“爆弾”の監視、ハンニャの刃傷沙汰一歩手前恋愛、エリザベートとツァンロンの結婚問題だ。
最後に飛び込んできたエリザベートとツァンロンの問題に関してはレイ達に任せるつもりだ。アルティミアとの関係的にも適性的にもそちらはレイの方が向いているとシュウは考えた。
逆に、他の二つはシュウがやるしかない。本来なら祭りはポップコーン屋台のかき入れ時なのだが、そちらに手を回す余裕はなかった。
『特にフィガ公とハンニャの件は、どう転んでも話だけで終わる気がしない。……何とかギデオンの外にデート名目で誘導して、そこでケリをつけてもらうしかないか? だが、愛闘祭真っ最中のギデオンからどうやって何もない外に誘導すればいい? この辺り、ギデオン以外に観光名所なんぞないしな』
明日に迫ったタイムリミットを前に、シュウは頭を悩ませている。
そんなとき、
「失礼いたします。シュウ・スターリングはご在宅ですね」
事務所のドアから、ノックと共にそんな声が聞こえた。
それからシュウが応答するよりも早く、ドアを開けて――否、ノブを捻じ切って声の主が事務所へと入ってくる。
それは、ヤマアラシを抱えた一人の女性だった。
左手の甲には<マスター>であることを示す紋章がある。
「声が聞こえましたが、やはりいましたか。良かったですね、ベヘモット」
『……ドアの修理費よこせクマ』
『soz』
心なし着ぐるみがジト目になったシュウがそう言うと、ヤマアラシ――ベヘモットが一声鳴いて金貨を一枚シュウへと投げた。
彼女達こそはシュウが見張っている“爆弾”。
先のフランクリンの事件の頃からギデオンに滞在している皇国最強の駒。
――“物理最強”の【獣王】とそのパートナーである。
『それで何の用クマ? 今日は屋台お休みクマ』
『……!』
ベヘモットが、ヤマアラシの顔でもそれと分かるほどに「ガーン」とショックを受けた顔をする。
「ベヘモット。今回の用件のメインはポップコーンではありませんよ」
『……KK』
『じゃあ何のために来たんだ?』
王国にとって最大級の危険人物であるが、普段はシュウのポップコーン屋台の常連客としてポップコーンを食べながら世間話をする相手でもある。
今日は何の用があるのかとシュウは疑問に思ったが、
「端的に言います。私達とデートをしましょう」
『…………』
その回答は、シュウをして想定の範囲を超えていた。
シュウは急転した事態にどう対処すべきかを思考する。
『幸か不幸か、ハンニャの問題が発生するのは明日だ。今日は空いている。そしてこの申し出を断った場合、こちらがどう動くかまるで理解できない。ならば相手の要求どおりデートに応じ、傍で見張った方が安全管理としてはベターな選択のはずだ』ということを二秒で考えてから、シュウは彼女の申し出を受けた。
同時に、普段彼を苦しめることの多いとある卵女関係のトラブルは、今回ばかりは自重していてほしいと切に願ったのだった。
◇
結局、デートに応じたシュウであったが、そもそもなぜ誘われたのかは完全に謎であった。
ゆえにそれを聞いてみたのだが、彼女は次のように答えた。
「そうですね。最も大きな理由はカップルでないとこの祭りを楽しめないからですね」
彼女が言うようにカップルでないと出来ないことがこの愛闘祭では多い。
カップルは同性でもいいものがほとんどだが、いくらなんでもクール美人とヤマアラシで「カップルですよ。カップルサービス受けさせてください」と言うのは無理がある。
それではまるで痛い独身女性のようだ。
それは着ぐるみのシュウでも同じようなものだが、それでもシュウが今では有名人であることも相俟ってまだ納得はさせられる、という形だ。
やはり見た目は独りで遊園地を歩く独身女性と大差ないものであったが。
そうして、彼らは愛闘祭の様々な催しを楽しんだ。
何度目かに参加した催しである第三闘技場での一打席対決で決闘ランカー達に勝利した後、三人は第二闘技場の方へと歩いていた。
そちらでも大きめの催しがやっており、それがベヘモットのお目当てであるらしい。
街中を歩き、「カップル専用」と書かれた屋台でハニーカステラを購入して食べながら、三人は第二闘技場へと向かう。
無論、その間も周囲からは奇妙なカップルとして注目の的だ。着ぐるみが目立ちすぎるし、ヤマアラシを抱いた美人も人目を惹く。
「…………」
彼女は、少しだけ鬱陶しげに周囲を見た。
『目立たせて悪いクマ。けど、これはそっちの人選の問題クマ』
「そうでしょうね。けれど、消去法で貴方しかいませんでしたから。……けれど、解せませんね」
『何が解せないクマ?』
シュウが問いかけると、彼女は視線を合わせずにこう言った。
「貴方は『顔を晒したくない』という理由で前回の参戦を断ったと、当時の新聞記事に書いてありましたよ。それにしては、あの雑魚の起こした事件の時には素顔が見える寸前の装いで参戦していました。【破壊王】と判明した今も目立つことを忌避している様子が見受けられません。発言と行動が矛盾していますね」
『……そうだな』
『大規模イベントに参加して不用意に顔を晒したくない』、それはかつてシュウが戦争前に述べた言葉として伝わっている。
実際、誤りではないのだ。
シュウは確かにそのような言葉を述べたし、戦争にも参加しなかった。
装備破壊によって素顔がバレることを恐れていなかったと言えば嘘にもなる。
だから、レイに対して戦争のことを話したときもそう言った。
しかし、彼が戦争に参加できなかった最大の理由は別にある。
「まぁ、私達にはどうでもいいことです。けれど、次の戦争には参加してください。そうでないと、私達の相手がいませんから」
『……だろうな』
シュウは彼女の言葉を、全面的に肯定する。
隣にいる二人は最強だ。
かつて、シュウが戦った二人の異常な強敵と同格。
カルディナの“魔法最強”、天地の“技巧最強”と並ぶ、ドライフ皇国の“物理最強”。
<エンブリオ>とジョブ、二つの異なる要素の完全なシナジー。“ガードナー獣戦士理論”。
かつて最強と謳われたセオリーが生み出した最強の怪物を相手にするのならば、自分が死力を尽くさなければならないであろうことはシュウにも分かっていた。
◇
いつしか三人は第二闘技場の前にまでたどり着いていた。
第二闘技場は様々な団体が順番に演劇を披露するイベントを行っており、入り口横の看板にはスケジュールが書かれている。
『そういえば、ベヘモットは何が観たいクマ』
「ヒーローショーですよ。彼女は、ヒーローショーが好きでしたからね」
『ふむ』
シュウはその言い方に少しの引っ掛かりを覚えたが、追求はしなかった。
『?』
不意に、ベヘモットが何かに気付いたように駆けだした。
「ベヘモット?」
シュウ達がベヘモットを追っていくと、闘技場のスタッフ用の出入り口に辿りつく。
そこには幾人かの<マスター>が集まっており、彼らは一様に舞台衣装のようなものを着こんでいる。これから始まる演目に出演する者達であるのは明白だった。
しかし、彼らの表情は暗い。
「クッ、まさか土壇場になって銀さんがリアル食中毒でログインできないなんて……!」
「『フグを自分で捌く!』とかSNSに上げたタイミングで止めていれば……」
どうやら役者をする<マスター>の一人が、リアルでの急病で参加できなくなったらしい。SNSで蛮勇を発揮してしまう人間は二〇四五年にも普通にいたということだ。
「どうする、他の演目のグループに助っ人頼むか?」
「でも、あと一時間しかないぞ? それでメインの代役をお願いするのは無理があるだろう」
「じゃあヒーロー側は五人でやるのはどうだ?」
「今回は六人戦隊って告知してしまっているからな……」
「このままだと公演中止か大規模な変更を……」
色取り取りの服装をした彼らは、一様にうなだれてしまった。
「彼らは……」
『たしか、<ヒーロー倶楽部>ってクランクマ』
彼らの戦隊ヒーローに似た衣装を見ていて、シュウは彼らのことを思い出していた。
<ヒーロー倶楽部>とは、その名の通りヒーローショーを公演するのが目的の趣味人クランである。
ティアンの子供や<マスター>のマニアを中心に好評を博しており、動画サイトでも人気のクランだ。
この愛闘祭でもヒーローショーを行う予定だったらしいが、聞いたとおりのトラブルに見舞われている。
このままでは公演などできないだろう。
『WTF』
ベヘモットはヒーローショーが見られないことにショックを受け、ペタンと倒れこんでしまった。
その様はヤマアラシというよりは小さな子供のようであった。
「ベヘモットが悲しんでいるので何とかしてください」
『俺が何とかするのが前提か……』
その要請に対し、シュウは少しだけ思案して……。
『しょうがねえクマ』
そう言って動き出し、うなだれる<ヒーロー倶楽部>の面々に近づいて……こう言った。
『なぁ、良かったら俺が代役をやろうか?』
◇
<ヒーロー倶楽部>の面々は、シュウの申し出に……と言うよりもシュウがいることに驚いた。
王国の<超級>の一人であるし、それ以前にも着ぐるみを着ていて一部では有名人ではあったシュウだ。彼らも当然見知っている。
彼らはシュウの申し出に驚き、『とりあえず台本見せてくれるか?』と言われてついつい台本を手渡しもした。
そのシュウは、今は借り受けたヒーローショーの脚本をペラペラと捲っていた。
そんなシュウを横目に<ヒーロー倶楽部>の面々はヒソヒソと話している。
「突然の申し出だな……ありがたいが、どうする?」
「……あの人……演技できるのか?」
「だが、【破壊王】子供山さんのゲスト出演となれば子供達は大喜びだぞ」
「話題性もあるしな。演技に問題があっても着ぐるみとあのキャラで押し通せる……これしかないんじゃないか?」
「いや、いくらなんでも……」
彼らがそうして話していると、シュウは脚本をパタンと閉じた。
「何かありましたか?」
『覚えたクマ』
「……え? あの、読み始めてまだ五分くらいですけど……」
『ヒーローショー一回分、三〇分もかからない内容だから覚えるのも難しくないクマ。ためしにページと行を指定してみるクマ』
「……じゃあ一五ページ、六行目。あ」
言ってからその指定が代役を頼むか悩んでいる六人目の台詞ではなく、リーダーの台詞のものであると思い出した。ゆえに彼は訂正しようとしたのだが、
『[――守るべき子供達がいる限り……俺達は絶対に負けない!]』
間髪入れず台詞を述べたシュウに、<ヒーロー倶楽部>の面々は息を呑んだ。
それはたしかに指定の行に書いてある台詞であり、シュウは自分が担当するつもりだった六人目以外の台詞まで記憶していた。
しかしそれ以前に……あまりにもシュウの演技が凄まじい。
見た目は動物の着ぐるみだというのに、その気配は正義のヒーローそのものだった。
<ヒーロー倶楽部>には、リアルでは役者の卵をしている者もいる。
だからこそ、シュウの演技力のレベルの高さが一目で理解できた。
『さて、開演までの残り時間は五〇分弱。一回はアクション込みでリハしておきたいから、早速取り掛かりたいクマ』
「は、はい!」
そうして、シュウを加えた<ヒーロー倶楽部>は公演の練習を開始した。
『…………』
「良かったですね。ヒーローショーは見られそうですよ」
そんな彼らの様子をベヘモットはどこか楽しげな瞳で見つめていた。
ベヘモットを抱える女性は、ベヘモットの様子に少しだけ嬉しそうだった。
『それで、衣装はどうするクマ? 着替える必要があるなら』
「あ、それならこちらのアクセサリーを装備してください」
この着ぐるみのままで出ていいのかと尋ねたシュウに、メンバーは機械式のブレスレットのようなものを渡した。
「これには装備スキルがあって、《変身》と宣言すれば衣装がヒーロースーツに切り替わります」
『そりゃ便利クマ』
ヒーロースーツの出来はシュウから見ても品質が高いものだった。
その出来に、ヒーローショーに対して彼らがどれだけ本気で打ち込んでいるのかも伝わってくる。
『変身ポーズはあるクマ?』
「私達の公演での変身ポーズは、過去の戦隊ヒーローのものを使わせてもらっています。ティアンの子供に歴代ヒーローの格好いい変身ポーズを見せることと、特撮ファンにニヤリとしてもらうためですね。あ、子供山さんも何かお好きな戦隊のポーズがあったら、それで変身してくださって大丈夫です。なければ幾つかお伝えしますが」
『それなら慣れてるのが一つあるからそれにするクマ』
「分かりました。……慣れてる?」
赤担当の役者は首をかしげるが、それに構わずシュウは変身ポーズをとる。
手を振り、足を上げ、回転を交えながらの決めポーズ。
まるでプロの実演のように、シュウはメリハリの利いた鮮やかな動きで変身ポーズをやってみせた。
「おお、航海戦隊クルーズファイブの追加メンバー、クルーズゴールドの変身ポーズですね。バッチリです。他のメンバーとも被っていませんし、それでお願いします」
『了解クマ』
かつてクルーズゴールドの変身前を演じていたのは子役俳優だった。
そのため、巨大なクマの着ぐるみがそのポーズをとることに驚きはあったが、それでも問題ないほどの完成度の高さだと赤担当は太鼓判を押した。逆に面白いとも考えた。
しかし、ここにシュウと旧知の仲であるレイレイがいれば、別な意味での面白さも理解しただろう。
なぜなら、クルーズゴールドを演じた子役俳優とは誰あろう……シュウ自身なのだから。
かつて、天才子役とも称されたシュウ……椋鳥修一が演じた役でも特に有名なものだ。
ゆえにこれは本人による実演であったが、まさか時を経た本物のクルーズゴールドが変身ポーズを実演している等とは流石に<ヒーロー倶楽部>の誰も考えなかった。
シュウの方は、「ずっと昔にやったきりなのに、体は覚えているものだな」と内心では思っていた。
しかし……。
『――――』
「…………」
その様子を見ていた彼女達だけは、それまで浮かべていた喜びとは別の感情をその目に浮かべていた。
リハーサルで全体の動きを確認した後、シュウ達は本番に臨んだ。
着ぐるみ姿のシュウの登場に会場からは驚きの声が上がったが、それは次第に<ヒーロー倶楽部>、そしてシュウの演技力によって純粋にヒーローショーを楽しむ声へと変わっていった。
そうしてシュウが緊急登板したヒーローショーは、大成功を収めたのだった。
◇
ヒーローショーが終わると、景色は既に夕暮れになっていた。
それでも祭りの賑わいは続いているが、シュウ達はそうした喧騒から少し外れた人気のない道を通っていた。
公演の後の打ち上げにも誘われたが、シュウはそれを辞している。
『ふー。くったくたクマー』
シュウはそう言って、着ぐるみの表面に浮かぶはずもない汗を拭う仕草をする。
そんなシュウの腕の中にはベヘモットがいた。
先刻、ベヘモットを抱いていた彼女が「お疲れでしょうから、飲み物でも買ってきますよ」と言って、ベヘモットをシュウに預けていったのだ。
『ヒーローショー、楽しめたクマ?』
『……yes』
ベヘモットは本心から、ヒーローショーを楽しんでいた。
けれど、楽しみ以外の感情が……人と違う目に見え隠れする。
シュウもそれを察し、尋ねる。
『どうかしたのか?』
『…………』
クマの着ぐるみがヤマアラシに問いかけるその光景は、ともすればひどくファンシーなものであったかもしれない。
だが、ベヘモットは答えない。
ヤマアラシそのものであるかのように、人の言葉に応えなかった。
「お待たせしました」
丁度そのとき、両手にジュースのカップを持って彼女が戻ってきた。
彼女が近づくと、ベヘモットはシュウの腕の中からひょいと飛んで、彼女の頭の上に乗った。
彼女も慣れているのか、その動きで体幹を揺らすこともない。
その間もベヘモットは無言であり、先ほどのシュウの問いかけに答えるつもりはないようだった。
『…………』
「はい。貴方の分です」
シュウはそんなベヘモットの様子を見ていたが、彼女が左手に持っていたジュースを手渡してきたので右手でそれを受け取る。
シュウはそのクマの手で器用にカップを掴んだ。
けれど次の瞬間、彼女の方が右手に持っていた自分のカップを落としてしまい、
――貫手の形にした右手を、シュウの心臓へと突きこんでいた。
一秒の後、周囲には零れた果汁の匂いと……飛び散った血から香る鉄錆の匂いが流れた。
To be continued




