番外話 兄思いの誰かの話
(=ↀωↀ=)<担当のKさんから「エイプリルフールどうします」と聞かれ
(=ↀωↀ=)<そういえば何も用意していなかったなと気づき
(=ↀωↀ=)<前からネタだけは用意していたものを徹夜で文章化した短編
(=ↀωↀ=)<エイプリルフールなので嘘をついている人の話
□???
私には兄さんがいる。
兄さん……ヴィンセント・マイヤーズはマイヤーズ家の嫡男だったけれど、生まれながらに心臓に病を持ち、幼い頃から何度も生死の境を彷徨っていた。
兄さんは「心臓の鼓動が早まると発作を起こす」という不治の奇病にかかっている。
その病で最も危険な時期が、自分で「落ち着く」こともできない新生児から幼児の時期であることは言うまでもないことだろう。幼い頃の兄さんは眠っている時間の方が長いほどだった。
それはプライマリースクールに入る年齢になって少しは良くなったけれど、発作には悩まされ続け、スクールに通うこともできないほどだった。
そんな兄さんを両親は不憫に思っていたし、私は不憫に思うと同時に決意していた。
兄さんの代わりに、兄さんが負うべき負担は私が担わなければならない、と。
だから私は幼い頃から決めていたのだ。
私が兄さんに代わって、マイヤーズ家の嫡男になる、と。
父さんはそれに反対しなかった。
「家の事業は人手に渡ってもいいと思っていたが、継ぎたいのなら止めはしないよ」、と。
母さんは少し反対していた。
「仕事に生きようとするのもいいですけれど、ある程度の年齢になったら自分の幸せを追いなさい」、と。
そして口を揃えて言うのだ。
「だけど、やっぱり嫡男というのは少しおかしいのではないかな?」、と。
私の名前はキース。
フルネームはキャサリン・マイヤーズ。
ヴィンセント・マイヤーズの妹である。
◇
さて、私は妹であるのだが、どうやら兄さんは私を弟だと思っているらしい。
ありえない、とは思うがそうなった事情も分かる。
私と兄さんの年は然程離れていない。
私が生まれたころというのは兄さんが生死の境を彷徨い続けていた時期である。
それから私が物心つくほどに成長するまで、兄さんとはろくに話も出来なかった。
そして物心ついた時点で、私は今のように「兄さんの代わりに自分が嫡男となって頑張らなければ」と意気込んでいたのである。私頑張った。
だから私は、自分の名前をキャサリンでも、キャシーでもなく、キースと名乗ることにした。形から入ったのだ。言葉使いやイントネーションも男の子らしい喋り方を心がけた。
そのせいだろうか、兄さんは完全に私を弟だと思いこんでいた。
これは両親が訂正しなかったためでもある。
私達の両親は心優しく、大らかな人達だが、些か大らかすぎるのである。
私が「嫡男として生きたい」と言っても前述のように「少しおかしいのではないかな?」くらいで済ませてしまう。
そして私がそのように生きようとしているから、兄さんにもそれを訂正しないのだ。
あるいは、「実は妹なんだよ」と言った時に兄さんが驚いて発作を起こさないように気を遣っているのかもしれない。
それを考えると、私から明かすこともできない。それに「妹が自分の代わりに男として振る舞いながら頑張っている」と兄さんが考えて、心労から発作になっても困る。
そして兄さんは私を弟だと思いこみ、驚くべきことに十数年経ってもまだバレていない。
これは私や両親よりむしろ兄さんがマイペース過ぎるのかもしれない。
あまり深く物事を考えないのである。
愚かという訳ではない。訳ではないが……気にしないことはとことん気にしないのだ。
それに、一度そうだと思いこんだ家族の性別を後から疑うことが普通はない。
私が中性的……というよりは美男子で通じるような顔立ちであったことも要因か。父に似すぎた。母譲りのフェイスラインの丸みは私にはない。ついでに胸もない。
さて「嫡男になる」という私の目的は概ね叶っている。学業の傍ら、父の事業についても学び、将来継ぐ準備も進めているのだ。私頑張った。
少なくとも兄さんが今後負担を負うことはないだろう。
ただ、兄さんはいつもどこか不完全燃焼、といった顔をしている。
正確には、燃えることがない顔だ。
無理からぬ話だ。兄さんにとって胸が高鳴るほど何かに夢中になることは、命の危機に直結している。
だから何もないまま、兄さんは生きている。
兄さんのそんな状態も私は何とかしたいと思ったけれど、そればかりはどうしようもなかった。
<Infinite Dendrogram>が発売されるまでは。
◇
<Infinite Dendrogram>を勧めると、兄さんは夢中になった。
キャラクタークリエイトの場で、「走り回ることが出来た」と嬉しそうな顔で言っていた。
その顔を見れただけでも、私は勧めてよかったと思ったのだ。
それから、私も日々の学業と事業の合間に<Infinite Dendrogram>を始めた。
私のキャラクタークリエイトの場はどこかの書斎のようだった。
兄の言っていたように「走り回る」ことは出来そうにないので、キャラクタークリエイトの場も何箇所かあるのかもしれない。
私のキャラクタークリエイトの先導役は猫の管理AIだった。<Infinite Dendrogram>のマスコットのようなものかもしれない。
さて、キャラクタークリエイトだが、私のアバターは男にすることにした。
リアルでは男装をしているが、それでも男であるわけではない。
ゆえに仮想世界では男という生き方を肉体から学んでも良いと思った。
しかして逆に、心の在り方は女性としての在り方を学ぼうと考えた。
リアルの私は男性的、と言うよりは「女性らしさがない」と言われる有様であったので、女性らしさの方も仮想世界で学ぼうと考えた。
男性の肉体と女性の在り方。
「なるほど、これは無敵ではないか」と私は自分で納得した。
これに加えてできれば人間的な魅力も身につけたいものだと考えた。
アバターのネームも考えている。
本名であるキャサリンに、私の誕生石であるダイヤモンドをつけてキャサリン・ダイヤモンド……字面のイメージが少し違う。
男性と女性の長所が同居するアバターであり、キャサリンという女性の名を名乗るならば、姓は逆に男らしいものであるのが望ましい。
ふと思いつき、猫の管理AIに頼んで漢字の辞書を出してもらった。
ダイヤモンドを引くと、「金剛石」という漢字が見つかる。
なるほど、これは何とも良い響きだ。
「石」、まで入れると少し語感が悪くなるから、よし。
「私のアバターのネームはキャサリン金剛だ」
かくして、キャサリン金剛は<Infinite Dendrogram>に降り立った。
◇
ログインして一日目で失敗に気づいた。
男性の肉体と女性の在り方。私から見れば無敵である。
しかし、世間的にはマイノリティな存在である。
かなり力を入れてクリエイトしたのだが、そのせいか選択先の王都に降り立った途端、子供に逃げられた。
自分が第三者視点では初手から大きな問題を抱えたらしいことはそれで察した。
とりあえず、兄さんには私のアバターのことは言わないでおこう。発作が起きかねない。
それから私は最初のジョブとして【戦士】を選択した。
正直に言えば、女性らしさが磨けるという【娼妓】にも惹かれた。
しかし、始めたばかりで戦闘力が生じないジョブに就くことは厳しい、というくらいは私でも分かった。
あとで振りなおすことが出来るらしいので、レベル上げや装備の充実が軌道に乗ってから考えよう。
そういえば私は王国を選んだが、兄さんはレジェンダリアであったらしい。隣国ではあるが別の国だ。
このアバターのことがばれないので、それで良かったのかもしれない。
などと思っていたら兄さんが王国にやってきた。
ギデオンの街中で見かけたときに一瞬で気づいた。
フィガロと名乗り、蒼い衣を身に纏い、血色のいい顔をしてはいたが、顔立ちが兄さんそのままだ。分からないほうがおかしい。
隣にいる黒い犬……狼?の着ぐるみを着た男性との会話によると、レジェンダリアから何らかの事情で王国に飛ばされてしまったらしい。
これはまずい。些かまずい。
私のアバターの見た目はリアルとは類似性の欠片もない。その上に見た目も素晴らしい。私頑張った。
だけど、声は同じだった。女性らしさを追及するために、声帯は一応女性である私のままでやった方がいいと考えたのが裏目に出た。
このままではどこでバレるか分からない。
……よし、ここは前から計画していたことを実行に移そう。
女性らしい喋り方を身につけ、リアルの男性らしい喋り方の私との隔絶を図る。
「これしかないわねん」
私がそう言うと、近くにいた男性が蒼い顔で飛び上がっていた。
解せない。
◇
そうして、あれから<Infinite Dendrogram>の時間で四年以上が経過した。
努力の甲斐あってか、今もって兄さんに私のアバターはバレていない。女性らしさを磨いた甲斐があった。今では自然に女性らしい喋り方ができる。私頑張った。
……まぁ、そもそも顔を合わせないように細心の注意を払っているのだけど。
そして、この期間で上がったのは女性としての在り方だけでなく、ジョブのレベルも上がっている。
あの後、【娼妓】や【従魔師】、【女衒】といった系統のジョブを習得し、超級職までも獲得していた。
そして、ルビエラをはじめとした四体のモンスター……メイド達も配下とすることが出来た。
彼女達は元々の素質が高かったためかこの数年で大きく成長した。
それぞれが伝説級から古代伝説級の<UBM>と同等というのが、ルビエラを譲ってくれた魔王商店のオーナーの見立てだった。
そうして彼女達と共に戦っている間に、私は王国の討伐ランキングの第二位にまで駆け上っていた。
ランキングを上がる過程で今のランキング一位、兄さんの親友でもある【破壊王】シュウとは知り合いになった。
ただ、彼も私が兄さんの妹であるとは知らない。私が不思議なほど兄さんと顔を合わせないのを不思議に思ったことはあるようだけど。
以前、彼が英国の我が家まで遊びに来た時は戦々恐々とした。勘のいい人物なので声を聞かれただけで私のことがバレるかも知れないと思い、学業と事業の予定を急遽埋めてリアルでの対面を回避した。私頑張った。
そう、ランキングといえば、数ヶ月前にあった戦争は私にとっても無念だった。家の事業にとって重要な会議に参加していなければ、私もあの戦いに参戦できていたのに。
戦争時のあの仕様はこういうときに困る。タイミングが合わなければ参加も出来ない。
悔やんでも時は戻らない。
ならば次は参加できるようにスケジュールを整えよう。私頑張る。
「あらん?」
そんなことを考えながら王都の女衒ギルドの傍を歩いていると、王都のマップを見ながらウロウロと歩いている、<マスター>の美少年の姿があった。
美少年はどこかを探しているようだった。
《看破》で見たレベルは〇。恐らくは始めたばかりの<マスター>だ。
初めて来た街の、特に入り組んだ区画で迷っているようだ。
「ねぇん。そんなに地図を見てどこにいきたいのぉ? 教えてあげましょうか?」
私は迷子になりかけている少年に対し、怖がらせないように優しく声をかけたのだった。
私はこういう場面に出くわすことが多いけれど、なぜかいつも子供に逃げられてしまう。それこそ、声を優しくすればするほど逃げられる。解せない。
「ありがとうございます! 女衒ギルドに行きたいんですけど、ご存知でしょうか?」
けれど、その子は私を特に怖がる様子もなく、私の道案内を受け入れた。
それが私と後輩のルークちゃんとの初対面だった。
◇
後輩が増えたり、私がいない間にギデオンで大きな事件が起きたり、色々とあってまた少し時間が経った。
最近は事業が忙しくてログインしづらい日々が続いたけれど、それも落ち着いてきた。
皇国との戦争再開のころには普通にログインできているといいけれど。
さて、今日は珍しく家族揃ってディナーをとっている。
父さんも母さんも昔からほとんど変わらず、昔と同じように食卓を囲っている。
けれど、一箇所だけ少し空気が違う。
それは兄さんだった。
兄さんはなぜか物憂げな顔で食卓を……というよりはどこでもない場所を眺めている。
「兄さん? 食べないの?」
「ああ、キース。……少し考え事をしていてね」
「そっか。ちゃんと食べないと体に毒だからね」
けれど、考え事か。
経験上、兄さんが「考え事」と言うときは<Infinite Dendrogram>が関わっていることがほとんどだ。
最初は確か、【猫神】トム・キャットとの試合の日取りが決まった頃で、次はあの【グローリア】の事件の頃だ。
今回は何だろう、やっぱり戦争のことだろうか。
でも、何かを考え、珍しくも悩む兄さんの顔が……それまでの「考え事」とは少し違う気がする。
「…………ふぅ」
心なしか何かを待ち焦がれるように兄さんが零した溜め息。
兄さんがそんな風になることはいよいよ希少だ。
もしかすると恋愛関係の悩みでも抱えているのかも……ないな。それは流石にない。
恋愛と言えば、もうじきギデオンでは愛闘祭が始まる。
私はリアルでの予定があるから二日とも参加できないけれど、毎年盛り上がっているし、きっと楽しいお祭りになるのだろう。
もしかするとそこで兄さんの身に恋愛に絡んだ出来事の一つでも……やっぱりないかな。
恋愛の話は兄さんには縁遠すぎるもの。
きっとこれからだってそういう話とは無縁のはずだ。
◇
この時の私には知る由もなかったが。
数日後、私の考えは想定外の形で覆されることになるのだった。
To be continued Episode Ⅵ
( ꒪|勅|꒪)<……結構中身ポンコツだったのナ
(=ↀωↀ=)<真面目な僕っ子男装(※リアル)&真面目なオカマロール(※デンドロ)なんですよ
(=ↀωↀ=)<アバターの見た目も作中にあるとおり大真面目にあのスタイルでやってます
( ꒪|勅|꒪)<(三巻チェック)
( ꒪|勅|꒪)<……色々と「女性らしさ」のピントずれまくってるじゃねーカ
(=ↀωↀ=)<きっと天然なんですよ。兄と同じで
(=ↀωↀ=)<ちなみに選出の理由は前書きのとおり嘘をついていることと
(=ↀωↀ=)<金剛石が四月の誕生石なのでエイプリルフールに丁度良かったのです
(=ↀωↀ=)<そちらの理由ではアプリルも該当するのですが
(=ↀωↀ=)<昨晩行われた作者脳内コンペで
(=ↀωↀ=)<「どっちの情報をもう出していいか」と考えた結果である
(=ↀωↀ=)<第三巻のルーク外伝でも新情報あるし、キャサリン金剛は頃合でした
(=ↀωↀ=)<あと今やってる六章にも関わりあるからね
(=ↀωↀ=)<エイプリルフールがなければ、後半との間に書こうと考えてたネタでした