第十二話 嵐の前の
(=ↀωↀ=)<第三巻が4月1日に発売ですー
(=ↀωↀ=)<1日が土曜日なのでちょっと早く並ぶかもしれません
(=ↀωↀ=)<タイキさんのイラストで迅羽やフランクリン、エリザベートのデザインが明らかになります
(=ↀωↀ=)<あとルーク外伝が視点変更のオールリテイクとなっております
(=ↀωↀ=)<お見かけになられたときにサイフに余裕があればどうぞー
□【煌騎兵】レイ・スターリング
カルディナの話題になった途端、アズライトの表情はそれまでの二ヶ国についての話とは違う曇り方を見せた。何を思案しているのか、目つきも厳しい。
その様子は、端的に言えばカルディナを敵として見ているかのようだった。
「……俺はあの国のことをほとんど知らない。だから、『分からない』という答えしか今は持ち合わせていない」
強いて言えば……あのゴゥズメイズ山賊団の事件に間接的に関わっていた、というくらいだ。
現時点では若干だが、悪印象が強いか。
「カルディナに、何かあるのか?」
「……あの国に、レジェンダリアのような後ろ暗いことはない。グランバロアのように直近の問題も抱えていない」
それだけならば、同盟相手として悪くはなさそうに思える。
「前回の敗戦後、あの国からは<超級>四人を含む<マスター>の派遣までも提案されていた」
「四人!?」
カルディナは九人の<超級>を抱えているとは聞いたことがあるが、その約半数。
それが叶うなら王国側の<超級>は倍になる。
<超級>以外の戦力も、カルディナからの派遣で穴埋めできるだろう。
「それも、姻戚と関係のない同盟の提案よ。王国とカルディナで連合しての皇国への逆襲。カルディナが皇国領土と技術を得て、王国は皇国に奪われた地域を取り戻す、という条件でね」
王国はカルディナの大戦力で失ったものを取り戻せる。
それだけでも美味い話だが……。
「……<超級>や<マスター>の動員にかかる費用は?」
「カルディナが全て持つそうよ。それも、王国内の<マスター>を雇用する費用もね」
話が美味すぎる。
王国からすれば、何の苦もなく失ったものを取り戻せる。
だが、なぜだろう……。
ひどく薄ら寒いものをこの提案から感じる……。
「……でも、選ばなかったんだろう?」
「ええ」
「それはどうしてだ?」
「カルディナの提案通りに事が進んだ時……あまりにもカルディナの得るものが多すぎるからよ」
第一に、ドライフの優れた機械技術と領土。
ドライフの特長である機械技術もさることながら、土地もカルディナの砂漠地帯と比べれば余程に用途があるだろう。
加えて、皇国の領土にはカルチェラタンにあったような<遺跡>も埋没している。それから得られるものも非常に大きい。
第二に、皇国の<マスター>の加入。
皇国がなくなったとしても、皇国の<マスター>は残る。彼らの中には他の国に渡って活動するものも大勢いるだろう。
そんな彼らが真っ先に所属先として選ぶのは、皇国領土を治めることになるカルディナだ。
カルディナならば皇国が<マスター>に提示した破格の報酬も払い続けられる。
そもそもこの同盟でも四人の<超級>と<マスター>の軍勢を派遣すると言っている。
この同盟でカルディナが損なうものと言えば、<マスター>への報酬金くらいのものだが、カルディナには金銭が腐るほどあるという話だ。
かつてユーゴーが皇国は<マスター>への報酬で財政に危機を迎えているという話をしていたが、皇国が血反吐を吐くような報酬の出費も鼻歌交じりで払ってしまえるのだろう。
第三に、現在カルディナが置かれている包囲網の瓦解。
現在カルディナは西の西方三国と東の黄河、南の海がグランバロアと五つの国に包囲されている。
ここでドライフを倒し、王国と同盟を結べば、四割の敵が消えることになる。
そうなれば、九人の<超級>――ドライフ併合の流れによってはさらに増員した<超級>と<マスター>で、黄河やレジェンダリアといった他国に侵攻することも可能だ。
つまるところ同盟を組んだ場合、カルディナはほぼノーリスクで全ての利益を持っていくと言っても過言ではない。
最終的には、この最初の勝利の勢いのままに大陸統一国家になるという結末すらありえる。
アズライトが疑惑を持つのも当然だった。
「それでも、カルディナと組む道もあったのでしょうけれどね」
溺れる者は藁をも掴む。選択肢がなければ選べない。
窮地の王国がそうなる可能性は当然あっただろう。
「でも王国は……まだその選択しかないわけじゃない。まだ、折れていないから」
そう呟いた時、アズライトはなぜか俺の目を見た。
まるで俺の目を通して、かつて見た何かを思い出しているかのようだった。
「アズライト?」
「……そろそろ仕事に戻るわ」
なら、そろそろお暇するとしよう。
「……今日は来てくれて、ありがとう。アナタに言われたように、エリザベートとはもう一度……全てを打ち明けて話してみるわ」
「そうか」
「アナタのお陰で……一つ間違わずに済みそうだわ」
「いいさ。俺が後味の悪い思いをしたくなかっただけだから」
そう言葉を交わして、俺はアズライトの部屋から退室した。
◇◇◇
□迎賓館
部屋を出るレイの後姿を見送って、扉が閉まってからアルティミアは一つ息を吐く。
「王国が折れなかったのはアナタのお陰よ、レイ」
アルティミアは思う。「あの日のギデオンでレイが王国のティアンに希望を示したから、王国は折れなかったのだ」、と。
あの戦いを、王都にも中継されていたあの光景を、多くの貴族達も見ていた。
それを見た貴族達の<マスター>への信頼と王国の未来への希望は、辛うじて折れずに済んだ。
だから王国は最も楽で、しかし毒に満ちているだろう選択を選ばなかった。
アルティミアの推測どおりなら……最も楽な選択の先にあるのは最終的にカルディナが大陸の覇者となる未来。
そして、その下で属国となるか亡ぼされる王国の未来。
早いか遅いかだけで、結果そのものは皇国に敗れるのと等しいか……それより悪い。
それでも希望がなければ、今を助かるために選んでしまっていたかもしれない。
事実、貴族の中にはカルディナと協調すべきと主張する者は多い。
その中には「最も楽な道で確実に皇国に勝てる」という状況判断で主張している者も多いが、カルディナと内通している者も相当数いるとアルティミアは考えている。
事実、先日別件で処断されたボロゼル侯爵の屋敷からカルディナの商人との裏取引に関する書類がいくらか見つかっている。
カルディナは商人という窓口を通して、王国貴族に根を張ろうとしている。
「眼前の戦争において矛を交える敵は皇国だけれど、背中から刺そうとする敵はカルディナ。そう思っておいた方が良いわ」
事実、アルティミアがレイに話した条件での同盟を断ってからカルディナの動きがおかしい。
通商条約に関しての改正を求め、流通にも少しずつ変化が生じている。
そのくらいならばまだ良い。
最悪、アルティミアを暗殺して危機感を煽り、カルディナ同調派の貴族を支援して、エリザベートかテレジアを国王代行としてカルディナとの同盟を締結させることもありえると、彼女は考えていた。
「あの魔女……カルディナの議長、ラ・プラス・ファンタズマならば、そのくらいはやりかねない」
また、アルティミアとしても確証のない話だったためレイには言わなかったが、皇国の侵攻もカルディナが裏で糸を引いている恐れがある。
皇国の代替わりの前後で、カルディナは各国への食料輸出を抑え始めている。
表向きは「<マスター>の増加に伴う体制の変更」と言っているが、アルティミアは腑に落ちない。
加えて、皇国内部が大飢饉の状態に陥っているという情報も最近になって入ってきた。
不思議なことに、皇国側に送った諜報員はこの報告をあげてこなかった。アルティミアが<マスター>に依頼を出して派遣したからこそ、ようやく皇国内部の状態が判明した。
いずれにしろカルディナの食料輸出停止と大飢饉が重なり、皇国は困窮している。
あるいは、カルディナは皇国が大飢饉だから、食料輸出を止めたのかもしれないとアルティミアは考える。
今こうして食料を求めて皇国が動くように差し向けるために。
皇国は飢饉によって自国での食糧生産が追いつかない。
隣国の一つであるグランバロアは海産物しか取れず、食料の多くは皇国同様に他国からの輸入に頼っている。
もう一つの隣国である王国は、皇王の代替わりの後に皇国との同盟を破棄している。
レジェンダリアは同盟を破棄した王国の先にあり、黄河はカルディナの大砂漠の向こうにある。
皇国が食料を得るには、王国への南下を行うしかなかったのだと、アルティミアにも理解は出来る。
しかし、納得はいかない。
それは侵攻してきた皇国に対してのものであり――自国に対してのものだ。
そもそも、王国による同盟の破棄が奇妙だとアルティミアは考える。
なぜ彼女の父である国王は、そして政治においても顧問であった【大賢者】は皇国との同盟を破棄したのか。
今の皇王が年嵩の皇族を……自身の妹以外の全親族を殺して皇王の座に就いたという噂は、アルティミアも聞いたことがある。それを危険視するのも理解が出来る。
しかし、一気に同盟の破棄まで進んだ理由が……彼女には他にもあるような気がしてならない。
「……厄介ね」
カルディナの動き、不可解な諜報員の一件、そして王国による同盟の破棄。
まるで複数人の意図が絡み、王国と皇国の間に戦争を引き起こしたようだった。
現時点で言えるのは、その内の一人が魔女とも妖怪とも呼ばれるカルディナの議長ではないかということだ。
「……魔女と比べれば、寄生虫の方が幾分マシね」
寄生虫……扶桑月夜は自分の宗教の利益と保護のために王国に苦渋の選択をさせるが、王国にもメリットを寄越してくる。言うなれば益虫の寄生虫、といった輩だと彼女は考える。
しかし、カルディナの魔女は違う。
アルティミアは、以前に一度だけ外交の場で顔を合わせたことがある。
そのときの彼女の感想は「最初だけ甘い蜜を寄越し、唆し、最後には全てを搾り取るバケモノ」というものだった。
「これからはカルディナの動向にも注意しないと、状況が私の想定する最悪を超えるかもしれないわね……頭が痛いわ」
ただでさえ皇国との問題で手一杯なのに、とアルティミアは溜め息を吐く。
その皇国はあのカルチェラタン以来、何の動きもない。
あの<遺跡>の確保に<超級>を含む大戦力を動かしたというのに、その後は王国に一切アプローチをかけてこない。
先の行動で皇国内部に問題が生じたのか、あるいは何か大きな事を起こす前兆なのか。
「…………」
何者かの策謀があったとしても王国と皇国は矛を交え、多くの血が流れ、既に引き返すのが不可能とさえ言える間柄となっている。
このまま何事もなく終わることは最早ないのだと、アルティミアは苦い思いと共に確信していた。
「……クラウディア。アナタの兄は、今度は何をする気なのかしらね」
留学時代の友人の……親友の名を呼びながら、彼女はまた溜め息を吐いた。
◇◇◇
□【煌騎兵】レイ・スターリング
アズライトとの話も終わったので、俺は街を散策することにした。
折角のお祭りなので、楽しまなければ損というものだ。……明日には新たな厄介事が起きるかもしれないのだし。
「それで、今日は誰かと回るのか?」
目が覚めて紋章から出てきたネメシスが尋ねてくる。
まぁ、実際のところ、あの会話の途中で起きてはいたらしい。
ただ、俺と二人の方がアズライトも話しやすいと考えて、紋章の中に控えていたようだ。
こいつって意外と気遣い出来る奴だよな。暴食に関しては別だけど。
「んー。でもみんな予定が埋まってるんだよな」
アズライトは仕事、先輩はログアウト中、ルークは霞とデート。
マリーはさっき連絡が入ったが、エリザベートとツァンロンがデートするのでその護衛兼尾行。リリアーナと迅羽も同様であるらしい。
ちなみに兄も【テレパシーカフス】で「予定が入った」と言っていた。
決闘ランカーの皆さんはお祭りのイベントを手伝っているらしい。
自然、お祭りを回る相手は隣のネメシスだけだ。
「消去法で残ってしまったということかのぅ」
「いや、そうでなくても今日はネメシスと回りたいと思ってた」
「そうか。私も丁度……え?」
俺の方は相談事があったからなのだが、今なぜか呆けた顔をしているネメシスにも何か用事があったのだろうか。
「ネメシスは何がしたいんだ?」
「いや、私は少し買いたいものがあっただけなのだがの」
「買いたいもの?」
愛闘祭限定スイーツとかだろうか。
「御主の普段着」
「…………」
……まぁ、街を歩くときもずっと鎧だと面倒なことあるし、いいの……か?
「面倒以前の問題だがの。<マスター>は頓着しておらんが、そもそも街の中でもずっと鎧を着ているのも物騒な話だと思わぬか?」
一理ある。
それなら今日は、祭りを見て回りながら服でも買いに行くとするか。
そういえば、他の人達はどんな風にこのお祭りを回るのだろうか。
To be continued
(=ↀωↀ=)<次回から平和なお祭り編だよー
( ꒪|勅|꒪)<本当にそうカ?
(=ↀωↀ=)<平和じゃなくなるまでは平和だよー




