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第十六話 【大瘴鬼 ガルドランダ】

( ̄(エ) ̄)<今日も引き続き二話投稿クマー


(=ↀωↀ=)<一章ボス戦だよー

□<ネクス平原> 【聖騎士】レイ・スターリング


『《カウンター……アブソープション》!』


 ギリギリだった。

 ネメシスの展開した光の壁が、俺と【ガルドランダ】の拳の間に挟まり、そのダメージを0に軽減する。

 これまでに何度も咄嗟の発動をした経験があったためか、ネメシスの反応が早かった。不幸中の幸いだ。


『此奴、あのムカデ以上のパワーがあるぞ……!』


 【デミドラグワーム】を上回る、か。

 【大瘴鬼 ガルドランダ】……肩書きと名前を持つモンスター。

 こんな類の名前のモンスターは今まで見たことがない……いや、昨日ネメシスの見ていた賞金首リストにこんな名前の奴がいたか?


「レイさん、ルークくん、気をつけてください! そいつは<UBMユニーク・ボス・モンスター>です!!」


 マリーの警告に、俺はwikiに載っていたある情報を思い出した。


 <UBM>。

 それは唯一ユニークの言葉が示すように、この世界に一体しか存在しないボスモンスターの通称だ。

 ボスモンスターであっても通常は【デミドラグワーム】のように同種が複数体存在する。

 しかし、<UBM>は違う。この世界に一体しか存在しないし、その前にも後にも同種はいない。

 そして例外なく、特異の固有能力や高い戦闘力を有している。

 ある意味ではモンスター側の<マスター>と言ってもいい存在。

 ゆえに同レベル帯のボスよりも数段上の戦闘力を持つと言われている。

 先刻の小鬼ゴブリンと比べても、ここにいていい格のモンスターではない。

 いや待て、小鬼?


『なるほどのぅ……。この大鬼があの小鬼共の首魁か。手下が全滅したので慌てて出てきたというわけだ』


 そうなると、俺達に対しては怒り心頭だろう。

 が、俺にも言いたいことはある。


「…………」


 俺が視線を動かすとそこには、遺体が一つあった。

 俺と同時に攻撃を受けた馬車隊の護衛の人のものだ。

 先刻、俺が言葉を交わした人だ。

 彼の遺体は、大鬼に踏み潰されたそれは、どこか作り物めいて見える。

 そう思うのはきっと、俺自身が無残な死を遂げた遺体というオブジェクトを、映画の中の作り物でしか見たことがないからだ。

 けれど、極めて現実に近いこの世界では実感がある。

 消えた命の実感が。

 俺は、ゾンビやスケルトンとは戦っていたし、<ノズ森林>では<超級殺し>に殺されるプレイヤーが雲散霧消するのも脇目に見ていた。

 さっきだって俺達が乱入する前に【ゴブリン】に殺された護衛の人もいただろう。

 だが、目の前で人に死なれたのは初めてだ。


「…………」


 この人の名前は知らない。

 どんな人だったかも分からない。

 顔だっておぼろげだ。

 けれど俺はさっきまでこの人と言葉を交わしていた。

 しかし彼はもうどうにもならない。

 この世界にも巻き戻りはない。

 死んでいる。


「後味が悪いんだよ……」


 見上げた【大鬼】の頭部には血管が浮き出て脈動している。

 それどころか、両肩の口の周囲までも大きく脈打ち……


「ブレスが来ます! 退いてください!!」


 マリーの叫びが早いか、遅いか。

 【ガルドランダ】は三箇所にある口腔全てから黒紫の煙を猛烈な勢いで噴出した。


「……ッ!?」


 連想したのは、殺虫剤だ。

 羽音を響かせながら飛ぶ鬱陶しい蚊やハエを一吹きで殺す殺虫剤。俺も当然使ったことがある。

 しかし、使われる側に回ったことはなかった。

 猛毒のブレスは俺と、ルークとバビ、護衛とマリリンの三方に対し同時に浴びせかけられた。

 その黒と紫の毒々しい瘴気を浴びたとき、ダメージはなかった。

 だが、直後に猛烈な目眩が襲い、膝から崩れ落ちた。

 ステータスウィンドウを見れば、【猛毒】、【酩酊】、【衰弱】と三種の状態異常に罹っている。

 【猛毒】の影響でHPはジリジリと減少し、【酩酊】により立ち上がることすらおぼつかず、【衰弱】によって半分以下に低下したステータスは装備品にすら重みを感じる。

 視線を移せば、護衛や商人達も同様に倒れている。

 ルークは……、頭上にいた。どうやらバビに抱えられて空中へと逃れたらしい。


『V、VAMOOOOOOOO……!』


 聞き覚えのある咆哮が、しかし前より弱く聞こえた。

 マリリンだ。

 マリリンもやはり先刻の瘴気で状態異常に罹っている。

 しかしその巨体を震わせ、大地を踏み締めながら【ガルドランダ】へと突撃する。

 【ゴブリン】ならば十匹、低レベルならばボスモンスターであろうと一撃で粉砕するその突進は果たして、


『GoAAAAAAAAAAAAA!!』


 【ガルドランダ】によって止められた。

 奴はその丸太の如き両の腕を伸ばし、マリリンの三本の角の外側の二本を掴み取っていた。

 そして、数メートルは押されて後退したが、そこで完全にデミドラゴンであるマリリンの突進を止めたのだ。

 【ガルドランダ】は更に力を込め、


『GeeeeeYYYAAAAAAA――!!』


 マリリンを、宙へと放り投げた。

 数トンはあろうかというマリリンの巨体が放線形で一○メートルも空を飛び、衝撃音と共に地面に叩きつけられた。


「マリリン……!」


 ルークの狼狽する声が聞こえた。


『Va、vamo,mo……』


 マリリンは弱々しく鳴いている。

 今の落下のダメージ、そしてその身を苛む状態異常により最早限界だった。


「《送還リ・コール》!」


 ルークの文言と共にマリリンはルークの【ジュエル】に格納された。

 内部の生物の時間は停止するので、あれならばマリリンはまだ大丈夫だろう。


「むぅぅぅ! 効かなーーい!」


 バビは先刻から【ガルドランダ】に《誘惑》を試みているようだが、相手のレベルやMP、SPが高すぎて【魅了】に掛からないようだ。


「向き不向き、か」


 ルーク達のスキルはボス戦には適していない。

 適しているのは、俺とネメシスの……。


『マスター!』


 ネメシスの声に、俺は意識を眼前の【ガルドランダ】に戻す。

 状態異常で動けない俺に向かって【ガルドランダ】はその右掌を、まるでハエでも潰すように振り下ろしてくる。


「――舐めるんじゃねえ」


 重くなった体を動かし、大剣のネメシスを斬り上げて【ガルドランダ】の掌へと叩きつける。


「《復讐するは我にありヴェンジェンス・イズ・マイン》!!」


 接触と同時にスキルを発動させる。

 無効化した拳撃のダメージ、現在も猛毒で減少しているHP、それらの合計の倍のダメージが【ガルドランダ】の右掌で炸裂する。

 その一撃で奴の掌はズタズタに裂け、指が三本吹っ飛んだ。


『GuuuooooAAAAAAA!!?』


 【ガルドランダ】が苦悶の叫びを上げる。

 だが、ダメージが軽い。

 前にデミドラグワームに使ったときよりもダメージの蓄積量が少ないために、威力がさほど出ていない。

 これでこいつから受けた分は今の一撃で叩き返してしまった。

 二発目の《復讐するは我にあり》を放つにはまたダメージを蓄積しなおす必要がある。


「シィッ!」


 追撃としてネメシスを振るい、《復讐するは我にあり》ではない通常攻撃を行う。

 しかしその一撃は先刻より格段に弱く、普段よりも数段精彩を欠いた。

 原因は歴然としている。現在進行形でこの身を苛む状態異常だ。

 この【大瘴鬼 ガルドランダ】はデミドラゴンを投げ飛ばす身体能力に加え、三重の状態異常で弱体化させる特性を持つようだ。

 【猛毒】によるHP減少は、それと知ってHPゲージに気を配れば掛かったままでもどうにかなる。

 しかし、【酩酊】による三半規管の麻痺……即ちプレイヤー自身の操作能力の低下と【衰弱】による五割強のステータス減少が戦闘行為自体を困難にしている。


「不味いな……」


 ただでさえ地力じゃ分が悪すぎるっていうのに。


「レイさん!」


 そのとき、後方からマリーの声が聞こえた。

 今度は何の警告だと思って振り向くと、顔面にガラス瓶が直撃して割れた。


「カハッ……」

『マスター!?』


 ガラス瓶の破片と中身が降りかかりながら俺は仰け反る。

 痛覚遮断設定なので痛くはない、痛くはないが、なんでだ。

 マリーが投球後のピッチャーみたいな姿勢であったことから、どうも彼女がブン投げたらしいと推測できる。

 戦闘中に一体何を……そう言おうとして俺は気づいた。


「HPと状態異常が回復している?」


 HPは最大値まで回復し、状態異常は三つ全てがステータスウィンドウから消えている。

 今のガラス瓶は……。


「とっておきの【快癒万能霊薬エリクシル】です! これであと180秒は病毒系の状態異常には罹りません! でも、二本目はないので頑張ってください!」


 【快癒万能霊薬】とは今のガラス瓶か。

 名前からして回復薬、それも相当高レベルの代物であったらしい。

 しかし、これで……。


「少なくとも、こっちは万全か……」

『うむ。状態異常が無ければ、此奴は糞ムカデに毛が生えたようなものだ』


 なら、今の俺のHPと防御力で耐えられるし、耐えられるならば勝機はある。


「臭い息かけられた分とマリリンの分、そして死んだ人の分……きっちり叩き返してやるぜ、糞鬼」


 俺はネメシスを構え、【ガルドランダ】へと突撃した。

 【快癒万能霊薬】の効果時間は残り154秒。

 この時間を過ぎれば、再び【ガルドランダ】の瘴気の餌食となり、三重状態異常でまともな戦闘ができなくなる。

 だからその前に、ケリをつけなければならない。


「ルァァァアア嗚呼ッ!!」


 上段に振り被った大剣を【ガルドランダ】の膝へと振り下ろす。

 大剣は奴の皮膚を裂き、血飛沫を飛ばす。

 だが、浅い。皮を裂いたに止まり、筋肉は抜けず、その先の骨にはまるで達していない。

 やはりステータスが全快しても通常手段では攻撃力が足りない。

 俺自身のSTRがさほど高くはないし、ネメシスの装備攻撃力はレベル1の頃ならばともかくレベル20に達した今となってはむしろ弱い部類だろう。

 まともにやっていては150秒どころか1500秒掛けてもこいつは倒せない。

 だが、


『GuuuOOOOOAAAAAA!!』


 俺は反撃する【ガルドランダ】の蹴りを、敢えて受けた。


「グッ……!」


 痛覚はないが、衝撃と体が痺れる感覚はある。

 だが、七メートルほど吹っ飛ばされた先で着地は出来た。

 派手に飛ばされはしたが、ダメージとしてはさほどでもない。

 今の攻撃で受けたダメージはおおよそ600。

 俺のHPの1/4程度だ。

 レベル20になった俺の現在のHPはレベルアップ時の職業補正、<エンブリオ>の補正、また装備スキル《HP上昇》の複合により2500に達している。

 防御力も《聖騎士の加護》により上昇しているし、装備も【デミドラグワーム】とやりあった頃よりずっと良いものだ。

 ゆえに、デミドラグワームより多少強いくらいのパワーなら即死はありえない。

 そして即死しないならば、俺にやりようはある。


「《ファーストヒール》」


 俺は自身に回復魔法を掛けながら走り、魔法の処理が終了したら手持ちの【ヒールポーション】を使用する。

 それで俺のHPはほぼ全快だ。


「シャアアアアッ!」


 そして再び突撃を行う。

 あとは繰り返しだ。

 攻撃する。反撃される。回復する。

 その繰り返しを150秒続けるだけでいい。

 それで、勝てる。

 一回のセットが凡そ20秒で600ダメージ、<聖騎士の加護>の減少分を足して約660。

 時間内に7回で合計4620ダメージ。

 それを《復讐するは我にあり》が2倍にして……推定9240ダメージ。

 そいつを頭部に直接喰らって……生きていられるか、糞鬼。


『それしか手はな、……マスター!!』


 俺が残り時間とダメージ量を頭で計算していると、ネメシスの声が聞こえた。

 それはもう聞きなれた、警告の声。


『上だ!』


 その声に空を見上げる。

 そこには【ガルドランダ】の放つ瘴気で煙る空と、


『KIIIIIAAAAAAAAAAAAAA!!』


 鉤爪を鳴らし、天空から超高速急降下する“巨大な紅い猛禽類”の姿があった。


「!」


 咄嗟に横に跳んで身をかわす。

 その横を紙一重で紅い突風が過ぎ去る。

 俺を掴み損ねた猛禽類は口惜しそうに一度羽ばたいた後、空へと急上昇する。

 飛び去る一瞬の間に見えた猛禽類の頭上には、【クリムズン・ロックバード――騎獣:【大瘴鬼 ガルドランダ】】というネームが表示されていた。

 騎獣:【大瘴鬼 ガルドランダ】。

 その表記で、俺はようやく気づいた。

 【ガルドランダ】がこの場に下りてきたとき、奴はここに“飛び降りて”きた。

 しかし奴自身には飛行能力や跳躍能力は無く、この平原には飛び降りるような高所はない。

 なら話は簡単だ。

 【ガルドランダ】を乗せて飛んできた奴がいて……それがあいつだ。

 恐らくはずっと高空に待機していたのだろう。今の今までその存在に気づかず、失念していた。


「……まずいな」


 これでは【ガルドランダ】に集中できない。

 あの速度や体躯で分かる、【ロックバード】は相当強力なモンスターだ。恐らくはこちらも【デミドラグワーム】級かそれ以上。

 最悪あの鉤爪に掴まれて上空へと持ち去られ、高空から落とされるだろう。

 だが、このまま手をこまねいていても【快癒万能霊薬】の効果時間が切れて詰む。


「レイさん!」


 そのとき、


「【ロックバード】の相手は僕達がします!」

「飛べるバビにおまかせー!」


 ルークとバビの……俺のパーティメンバーの声が聞こえた。


「だが相手は……」

「レイさんは、【ガルドランダ】に集中してください!」


 ルークとバビの二人では、あの強力なモンスターに太刀打ちできない。

 恐らく【魅了】も通じない。そう言おうとした俺の言葉を、ルークが制した。


「レイさんが【ガルドランダ】を倒すまで、僕達がいくらでも時間を稼ぎます!」

「だから安心してー!」


 そう言ってバビと、バビに掴まったルークは飛翔し【ロックバード】の迎撃に向かった。


「…………」

『マスターよ。二人の思いを無駄にするわけにはいくまい?』

「……ああ、勿論だ」


 俺はネメシスを構え、再び【ガルドランダ】へと走る。

 俺が今こうして戦えるのはマリーが【快癒万能霊薬】を使ったからだ。

 俺が【ガルドランダ】との戦いに集中できるのは、ルークとバビが【ロックバード】を抑えてくれているお陰だ。

 今の俺は、ネメシスと二人だけで戦っていない。

 <超級殺し>に殺されたときとは違う。

 今の俺は、俺たちは……パーティで戦っているんだ。


「残り時間、57秒……回復を最小限にして三、出来れば四セットだ」

『応!』


 俺とネメシスは走って、斬って、攻撃されて、立ち上がり、また走る。

 仲間達が作ってくれたこのチャンスを無駄にしないために。

 俺達の勝利への確率を引き上げるために。

 どれだけボロボロになっても構いはしない。


 そして、残り10秒。


「ネメシィィィィィスッ!!」

『ダメージ蓄積4973! いけるぞ。マスター!!』


 奴からの最後の反撃を受けたところで整った。

 俺のHPは半分以下だが、まだ動く。

 あとは《復讐するは我にあり》を叩き込むのみ。

 俺は【ガルドランダ】に必殺の一撃を打ち込むために最後の突撃を仕掛けた。

 残り時間あと7秒。

 6秒、

 5秒、

 4秒、


『Guuuu――GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!』


 奴を射程距離に捉えるまであと数歩。

 そのタイミングで奴は頭部の口を大きく開き、真っ赤な火炎を吐き出した。

 瘴気ではない。

 純粋なダメージを与える攻撃のためのブレス。

 恐らく今まで温存していた奴の必殺スキルであり、直撃すれば今のHPではひとたまりもなく死ぬ。

 だが、


「まとめて、食らいやがれッ!!」

『《カウンターアブソープション》!!』


 光の壁が煉獄の炎を遮ってダメージを吸収し、


「《復讐するは(ヴェンジェンス)……我にあり(イズ・マイン)》!!」


 奴の必殺スキルのダメージも倍化させて放たれた一撃が――【ガルドランダ】の頭部を粉砕し、絶命させた





 ――かに見えた。





 首をなくした【ガルドランダ】は何でもないように動き続け――俺を攻撃した。


「!?」


 首を消し飛ばされ、即死の致命傷を負った【ガルドランダ】が脳の喪失をものともせずに俺へとその左腕を振るう。

 《カウンターアブソープション》を使い切り、渾身の《復讐するは我にあり》を撃ち放ったばかりの俺は、その攻撃を回避できなかった。


「……ッ!」


 直撃し、後方に弾き飛ばされ、地面と背中で摩擦を起こしながら一○メートルは滑っていく。

 しかし、頭部を無くして奴の能力にも少しは影響があったのかダメージは先ほどよりは軽く、致命には至らなかった。


「《ファースト……ヒール》……」


 身を起こしながら回復魔法を自分に掛ける。

 しかしそれで時間切れだった。

 180秒。

 【快癒万能霊薬】の効果が切れる。

 周囲にはまだ【ガルドランダ】の瘴気が充満し、俺は再び【猛毒】・【酩酊】・【衰弱】の三重状態異常に陥った。


「クッ、ソ……」


 この状態ではまともに戦えないというのに、奴はまだ健在だ。

 頭部を失くした影響で俺を見失っているのが救い……否。


「どれだけ化け物ぶる気だ……」


 奴の両肩の口、そのすぐ上に切れ目が生じ、そこから両肩で一対の生々しい球体……眼球が生成される。

 今はまだ見えていないようだが、すぐに視力を回復して俺を殺しに来るだろう。


『どうなっておるのだ! 我らは確かに奴を砕いたはずだ!』


 《復讐するは我にあり》によって奴は頭部を中心に爆砕されている。

 1万を上回るダメージが直撃した頭部は跡形もなく、胸部も半円形に抉れている。

 あれでは心臓だってなくなって…………、


「……心臓?」


 自分が思考したその言葉に、引っ掛かりを感じた。

 そうして――思い出した。

 【酩酊】で震える手を何とか制し、メニューウィンドウからメモウィンドウを表示する。


 『「鬼の心臓は腹の中」byチェシャ』と俺が書いたメモがそこにはあった。


「……そういう、ことか」

『マスター?』


 チェシャの言葉と現状が物語っている。

 きっとチェシャは俺がギデオンに向かうと言った時点でこいつと遭遇することを想定し、この言葉を教えたのだ。

 恐らく奴の、【ガルドランダ】の心臓……生命機能をつかさどるコアは頭部や胸部にはなく、腹部に収まっている。

 そして、こいつ自身は体の各部位が個別にHPを持っているのだ。

 RPGの大型ボスによくあるタイプだ。こいつにとっては頭部すら攻撃器官の一つに過ぎない。

 中枢を、腹部のコアを破壊しない限り、残る両肩の顔を潰そうと奴は動く。

 俺はさっきの一撃で頭ではなく、腹を狙うべきだった。

 だが、今それがわかったところでもう余力は……。


「……違う」


 余力がない?

 関係がない。

 今もまだルークとバビは【ロックバード】を抑えてくれている。

 なら、【ガルドランダ】を倒す役目の俺が一人で勝手に諦められるものかよ。


「まだだ……」


 諦めない。

 たとえ状態異常で体が動かなくとも、ステータスが低下しようとも、諦めない。

 限界まで回復魔法とアイテムで耐えて、あいつの腹部にもう一撃を叩き込む。

 それが出来るか出来ないかじゃない。

 仲間に任された。

 託された。

 なら、俺は俺の役目を限界まで……限界を超えてもやってみせる。


 ――勝利の可能性を掴んでみせる。


「そのくらいできなけりゃ、<超級殺し>へのリベンジも出来やしないしな……!」


 俺達はまだ、敗北の瀬戸際で踏ん張れる。


『マスター!』

「ネメシス、これから相当分が悪いが、まだ終わりじゃない。付き合ってくれ」

『ああ、それは無論だ。しかしマスター、私が言いたいのはそうではない』


 何?


『これは、何だと思う?』


 俺が展開したウィンドウの片隅に、見知らぬ赤いウィンドウがあった。


同調者マスター生命危機感知】

【同調者生存意思感知】

【<エンブリオ>TYPE:メイデン【復讐乙女 ネメシス】の蓄積経験値――グリーン】

【■■■実行可能】

【■■■起動準備中】

【停止する場合はあと20秒以内に停止操作を行ってください】

【停止しますか? Y/N】


 何だ、これは?


「ネメシス」

『私にも分からぬ。これは、一体……?』


 まるで警告するような赤いウィンドウ。

 文面からネメシスに関係した何かであることはわかる。

 だが、肝心の何をしようとしているのかが、まるで文字化け……いや、頭の中に言語として入ってこない。

 これは……何だ?


「…………」


 20秒から刻々と減る数字。

 俺は不安に思い、もう10秒を切ったカウントを停止させようと指を伸ばそうとして……。


『『CuuuuaaaaaaaaaaaaaAAAAAA!!』』


 両肩の目が見えるようになったらしい【ガルドランダ】の突撃に遮られた。


「こんなときに……!」


 迫り来る【ガルドランダ】、目の前の赤いウィンドウ。

 俺は赤いウィンドウを無視して【ガルドランダ】に相対した。

 しかし【衰弱】でステータスは弱体化し、【酩酊】で動くこともままならない現状ではネメシスの大剣を構えることしかできない。

 ここは防御と回復に徹して、何とかもう一度《復讐するは我にあり》を撃つ機会を……。


【カウント終了】

【■■■による緊急進化プロセス実行の意思を認めます】

【現状蓄積経験より採りうる一七二パターンより現状最適解を算出】

【対象<エンブリオ>:【復讐乙女 ネメシス】に対して■■■による緊急進化を実行します】

【負荷軽減のため次回進化までの蓄積期間を延長します】


 そのアナウンスが表示されたのを横目で見たとき、手の中のネメシスが粒子になって解けた。


「え……?」


 それは普段、ネメシスが人から大剣へと変身するときと同じ光景だった。

 しかし今は人に戻らず、大剣にもならず、俺の周囲を渦巻いている。


『『CQAAAAAAAAAAAAAAAAA!!』』


 状況についていけない俺に躊躇しない【ガルドランダ】が迫り、


【■■■――完了しました】


 理解する間もなくウィンドウに新たな文字列は表示され、


【――FormⅡ 【The Flag Halberd】】


 俺の周囲を漂っていたネメシスの粒子が掌中に収束した。



 To be continued


( ̄(エ) ̄)<次は一時間後の22:00投稿クマー


(=ↀωↀ=)<第一章クライマックスー

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― 新着の感想 ―
普通は諦めるでしょうに…こんな状況、ゲームであっても、ゲームだからこそ、諦めたところで誰も責めないと思うのですが…カッコいいですねぇ。本心から、そう思いますよ。
[気になる点] ユニークモンスターにリポップあるのかが気になる この強さなら凶城リーダーくんのエンブリオでも一撃でミンチにできるだろうし、長めのリポップサイクルか討伐されるとゴブリン上位種から自動で一…
[一言] 所詮ゲームなのに後味後味と書きすぎなように感じます。 我慢出来ないのかな?苦手な人もいると思います
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