第八話 <SUBM>
(=ↀωↀ=)<本日二話同時投稿
(=ↀωↀ=)<こちらは二話目です
□【煌騎兵】レイ・スターリング
トムさんとカシミヤの決闘の後、俺達は先輩の歓迎も兼ねて夕食を摂っていた。
場所は以前チェルシーから教えてもらった美味くて量が多い店だ。主にネメシス対策である。
ちなみに予算は俺……というか俺がゲットしたあの賞金からである。
まぁ、一応パーティリーダーなのでこのくらいはしよう。
王都で結成してから一番レベルが低いままな俺ではあるが、なぜか今もリーダーではあるのだ。先輩も「その方が円滑です」と言ったので継続してリーダーだ。
歓迎会は(マリーがまだエリザベートショックから立ち直っていないのを除けば)和やかに進んでいる。
「ルークは分かったか?」
「そうですね。幾つか推測はありますが、述べるにはまだ証拠が足りません」
「まぁ、俺もそんな感じだな。多分、鞘の色が変わっていたのが関係あると思うんだけど」
「ああ。そこは僕も引っかかっていました」
現在の話題は、カシミヤが如何なるスキルで八人のトムさんを倒したか、だ。
そして決闘のメッカであるギデオンだからだろうか、周囲の様子を見ると他の客の話題も概ねそれだ。【抜刀神】として編み出した新スキル、あるいは新特典武具、果ては「ついに<超級>に進化したのではないか」など、様々な推測が述べられている。
他に話題に上がっている事柄は「カシミヤがいつフィガロさんに挑戦するか」、だ。
トムさんという壁を越えたカシミヤが、フィガロさんに挑むのはそう遠い話ではないと口々に話されている。
王国最強のPKであるカシミヤと、王国最強のソロであるフィガロさん。
決闘ファン垂涎の組み合わせであり、事によってはあの<超級激突>をも上回る大イベントになるのではないかとも言われている。
「…………」
と、先輩が冷えた果実ドリンクの液面を見つめながら、何事かを思案していた。
「先輩? どうかなさったんですか?」
「……いえ、カシミヤとフィガロのことで少し思うところがありましたから」
「?」
「私はその両方に負けていますから」
「あ」
そうだった。先輩はあの<サウダ山道>でフィガロさんに敗れ……何と言うか大変グロテスクなことになってしまわれていた。
カシミヤについても、以前戦って敗北しているとは聞いている。
「……バルバロイ。両方と交戦したあなたから見て、戦ったらどちらが勝つと思いますか?」
ようやく気持ちが持ち直してきたらしいマリーの質問に、先輩は少し考えてから……。
「それは決闘でしょうか。それとも“何でもあり”でしょうか」
「後者ですね」
「フィガロ、だとは思います。決闘でなければ【ブローチ】などで即死を回避しながら、戦闘を長期化できます。それに、やはり<超級エンブリオ>と超級武具の差だけフィガロに利がある。カシミヤがその差を埋めるだけの何かを持っていれば、話は別でしょうが」
「あー。それじゃダメですねー。もしかすると進化はするかもしれませんけど、超級武具はありませんからね。王国は【グローリア】で<SUBM>の襲来が済んでいますし、残っている国はドライフとレジェンダリアとカルディナです。いずれも隣国ではありますけど、それぞれの国内ですぐに片づけてしまうでしょうね。ドライフには“物理最強”【獣王】が、カルディナには“魔法最強”【地神】を筆頭に<セフィロト>の<超級>がいますし。……まぁ、レジェンダリアは変態ばかりで直接戦闘力は低いからワンチャンあるかもしれませんけどねー」
王国の【グローリア】と黄河の【スーリン】しか知らなかったけど、グランバロアと天地ももう済んでいるのか。
「グランバロアと天地にはどんな<SUBM>が出たんだ?」
「グランバロアに現れたのは【双胴白鯨 モビーディック・ツイン】。名前の通り、双胴船のような巨大な白クジラですね。海水を艤装に変えて広域殲滅を行い、ダメージを受けても海水で体を再構成して復活してしまう怪物だったそうです」
……そんなのが海上国家であるグランバロアを襲ったらどうしようもないだろ。
「最終的には“人間爆弾”が海域ごと爆破し、周囲の海水を排した間にグランバロア艦隊の総火力、そして“四海封滅”によって討伐されたそうです」
「“四海封滅”?」
“人間爆弾”の話は以前に聞いたけれど、その人の話は初めて聞くな。
「“四海封滅”こと、【盗賊王】ゼタ。グランバロアでも古参の<超級>ですが、<エンブリオ>の詳細は判明していません。かつてのフィガロと同じく、誰も見たことのない<エンブリオ>と呼ばれていますねー」
名の知れた<超級>でありながら、手の内を隠しきる。
その時点で、只者じゃない。
「ただ、ヒントらしきものはあります」
「ヒント?」
「『空を歩いていた』、『砂漠で無数の矢を浴びても傷一つつかなかった』、『誰もいなかったはずなのに気がついたら傍にいた』、『相手が血を噴き出した』、『壁が蜂の巣になった』、『戦車が一瞬で蒸発した』などの多種多様な情報がありますね。<エンブリオ>ではなくジョブや特典武具でやっていることもあるのでしょうけど、あまりに色々やりすぎてどれが<エンブリオ>の能力なのかさっぱりなんですよね」
たしかにそれらの現象を一つの能力特性でやれるかと聞かれれば、出来ない気がする……いや。
何だろうか。それが出来るものに心当たりがあるような……。
「ちなみにこの“四海封滅”ですが、グランバロアの国宝を盗んで国外逃亡してますね。むしろ今はそっちの方で有名な指名手配犯です」
「……国宝盗んで指名手配。ガーベラみたいな罪状ですね」
ルークが遠い目をしながら何かを思い出すような、あるいは思い出したくないような顔でポツリと呟いた。
ガーベラというのがさっき近況報告で聞いたギデオンに現れた指名手配の<超級>だ。色々な意味で恐ろしい相手でしたとルークが真剣な顔で言っていたので、相当の難敵だったのだろう。
ルークの言っていた「探偵のアイデンティティが崩壊する危機でした」という言葉の意味はよく分からなかったが。
「さて、“四海封滅”のことは棚に置いて<SUBM>に話を戻しますね。王国に現れた【三極竜 グローリア】と黄河に現れた【四霊万象 スーリン】については当事者から聞いていますね?」
「ああ」
【グローリア】については兄から、【スーリン】については迅羽から聞いている。
どちらも複数の能力――スーリンの場合は複数の体――を持った強大な相手だったらしい。
「スーリンの次は、天地に現れた【五行滅尽 ホロビマル】です」
「天地と言えば、元々マリーは天地にいたんだろ? 遭遇したのか?」
「いえ、ボクはその少し前に天地を出立していましたからね。話を聞いたのは黄河をウロウロしている時です。ちょっとタイミング悪かったですね。……まぁ、仕入れた情報からするとちょっと手に負えない相手だったようですけど」
<超級>に準ずる戦力のマリーが、手に負えない?
「【ホロビマル】はおかしな<SUBM>だったらしいです」
「おかしな、って。……話聞いてるとおかしくない<SUBM>がいない気がするんだが」
「そのくらい変な<SUBM>だったんですよ。【ホロビマル】は……」
そうして、マリーは【ホロビマル】という<SUBM>の奇妙な生態を語り始めた。
◇◆
それは王国と皇国の間での戦争の、すぐ後のことだった。
島国である天地の西側、とある漁村に一体の鎧武者が打ち上げられた。
三メテル近い立派な大きさだったが、その鎧武者には首がなく、それどころか鎧の中身さえない。
船が難破して積み荷の鎧が打ち上げられた、漁村の村人は誰もがそう思ったという。
村人はその鎧をどうするか考え、とりあえず拾い上げようとした。
しかし、その直前に……鎧は独りでに立ち上がる。
そして首もないのにこう言うのだ。
『我が武具を欲する者はいるか。
欲する者は我に挑め。
残るは大弓と大長刀、そしてこの大鎧である。
我は<すぺりおる・ゆにいく・ぼす・もんすたあ>。
【五行滅尽 ホロビマル】である』
◇◆
「…………名乗ったのか?」
「名乗ったんですよ。しかも、挑戦者求むとばかりにずっとそこに立ち続けたそうです。しかも、挑戦者以外には一切手を出さなかったそうです」
それは……なるほど、おかしなモンスターだ。
「最初に接触した漁村の人達に危害も加えませんでしたからね。むしろ漁村は挑戦者への宿や食事の提供ですごく潤ったらしいですよ」
村おこしに協力している……。
【五行滅尽】……という物騒な名前の割には紳士的だ。
「それでまぁ、天地の血の気の多いティアンやら<マスター>やらが挑みまして。大体は返り討ちに遭うんですけど、やっている内に“ヤマギリ”の【山賊王】ビッグマンが一回倒しまして」
「【盗賊】の次は【山賊】か……一回?」
「はい。確かに破壊したらしいのですが、すぐに元通りになって起き上がったそうです。その後はビッグマンに持っていた長刀を手渡しました。『よくぞ我を倒した。この武具は御主のものである』とか言って」
「武器を渡した?」
「はい、通常の<UBM>は討伐時にMVPが決まりますが、【ホロビマル】は打ち負かされる度に武器を与えていったそうです」
……なるほど、おかしな<UBM>だ。
「ちなみに武器を渡された人はその後戦えなくなったそうです。攻撃しても一切ダメージが徹らなくなったとかで」
ああ、一人で幾つもゲットするのは禁止ってことか。
そうだよな、手に入れた超級武具で強化しながら何度も挑戦できたら独り勝ちになってしまう。
「でも、武器を手放すなら【ホロビマル】が段々と弱くなるんじゃ……」
「違います。むしろ、倒されて武器を譲る度に強くなっていったそうです。最後に残った大鎧相手では<超級>ですら連敗していますからね」
「それはまた……」
武器をなくして強くなるって、フィガロさんじゃないんだから。
「結局、大鎧は海辺に打ち上げられてから五ヶ月くらいは残り続けていましたからね」
「……それは長生きしたな」
<超級>を筆頭に数多の<マスター>が討伐しようとしているのに、同じ場所に立ち続けてそこまで生き残るとは……たしかに恐ろしい強さだ。
しかし討伐されたのは最近だな。
俺が始めた頃か?
「ちなみに、誰が倒したんだ?」
「一回目はさっき言ったようにビッグマン。二回目の大弓は“射撃否定”【銃神】ザウエル・ウルガウルだって分かってるんですけどねー。最後の大鎧を倒したのが誰かは現時点でも不明です」
不明って、誰も見ていないときに倒して秘密にしてるってことか?
「途中で特典武具を配る変な仕様のせいか、ビッグマンやザウエルへの討伐アナウンスもありませんでしたからねー。でも倒されたのは確かだったので、その後は討伐を記念して【征夷大将軍】がお花見を開いたらしいです」
「あ。それ多分ネットで読んだな」
あれって討伐記念だったんだな……。
ティアンに被害も出ていないらしいし、お祭りのようなものだったのだろう。
同じ<SUBM>でも兄から聞いた【グローリア】の惨状とは大違いだ。
しかし、たしか天地という国は普段……
「【ホロビマル】とかお花見とか天地って平和な国なんだねー」
「「…………」」
バビがそう言うと、マリーと先輩から「ねーよ」という気配の沈黙を感じた。
学友から天地のあれこれを聞いている俺も同感だった。
「まぁ、以上がこれまでに倒された<SUBM>ですね」
「そうか…………あれ?」
今しがた名前の挙がった<SUBM>は、次の四体。
【双胴白鯨 モビーディック・ツイン】。
【三極竜 グローリア】。
【四霊万象 スーリン】。
そして、【五行滅尽 ホロビマル】。
【モビーディック・ツイン】の「双」を「二」とするならば、いずれも名前に数字が入っている。
「なぁ、“一”はいないのか?」
「ああ、やっぱりそう思いますよね。ええ、その話は度々話題になります」
やはりこの不自然さは他の人も気になるのか。
「でも、分からないんですよ。少なくとも、誰かが討伐したという情報はありません。もしかすると、<SUBM>未出現とされている国のいずれかで出現して、秘密裏に倒されたのかもしれません」
先の【ホロビマル】の大鎧のように、か。
「あるいは“一”という数字が特別で、あとに取ってある……とかですかね」
その線もあるか。
「どちらにしても、いずれはその“一”の<SUBM>か、その力を引き継いだ超級武具は表舞台に現れるでしょうね」
「何でそう思うんだ、ルーク」
「前者は言うまでもなく。そして後者ならば……敵の予想を覆す切り札として隠している、と考えたからです。ならば、いずれは使うはずです」
「……なるほど」
もしも“一”の<SUBM>が既に出現しており、それがドライフであったなら……次の戦争では姿を現すかもしれない。
まだ見ぬ脅威に、少しだけ嫌な予感がした。
To be continued




