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<Infinite Dendrogram>-インフィニット・デンドログラム-  作者: 海道 左近
第六章 アイのカタチ

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第七話 目に映らぬ決着

 □【煌騎兵】レイ・スターリング


『東! 挑戦者、決闘ランキング第三位……【抜刀神】カシミヤァァァァ!!』


 アナウンサーの声と同時に東側の入場口にスモークが焚かれる。

 中央大闘技場の舞台への入場口は西と東があるが、主に東側が挑戦者の入場口となる。かつてフィガロさんと迅羽が戦ったときも迅羽が東から入場していたが、カシミヤもまた東から入場していた。

 入場するカシミヤは腰の左側に青色の鞘に納まった大太刀を、右側にも同程度の長さで緑色の鞘に納まった大太刀を佩いている。

 赤鞘の大太刀は結界での決闘では使えないらしいので、緑鞘はその代わりだろう。


『西! 防衛者、決闘ランキング第二位……【猫神】トム! キャットォォォォ!!』


 西側からはトムさんが入場する。

 カルチェラタンで会った時と変わりのない、頭に太ったネコのグリマルキンを乗せた姿。当たり前ではあるが入場時は分身していない。

 そうして二人は舞台に上がり、決闘ルールの設定を済ませてから両サイドに離れる。

 あとは試合開始の号令を待つばかり。

 カシミヤは既に鎖を浮かせ、抜刀術の構えを取っている。

 

「セオリー通りならば、カシミヤは試合開始直後に動きます」

「え?」


 試合が始まろうとしている時、先輩がそんなことを言った。


「トム・キャットについては私も詳しくは知りませんが……それでもこんな話を聞いたことがあります。『試合開始直後がトム・キャットを倒す唯一の好機だ』、と」

「……そうか」


 トムさんの増殖分身は必殺スキル《猫八色》によるものであり、試合が始まるまでは発動していない。

 そして、試合開始直後に発動するが……極論それより早くトムさんを討てば増殖分身を相手にする必要はない。

 考えてみれば当然の話だが……しかし未だにその方法で倒した者が一人もいない。

 トムさんの方もスキル発動まで耐える対策は出来ているのだろう。

 それこそ、カシミヤの剣速を持ってしても倒せないほど、初撃に対する生存策には熟練しているはずだ。

 あるいはそれを突破する術こそが、カシミヤの言っていたトムさんを倒すスキルなのだろうか。

 そのようなことを思考する間に――時は来た。


『試合、開始ィ!!』


 アナウンサーが試合の開始を告げるのと同時。

 トムさんは頭上のグリマルキンを上空へと放り投げ、


『…………?』


 対するカシミヤは――動かなかった。


「……なぜ?」


 唯一の好機とさえ言われる分身前の時間に、何もしない。

 ただ、トムさんが分身するのを待っている。


『――いざいざ踊らん、《猫八色(グリマルキン)》』


 開幕直後のカシミヤの動きを警戒していたトムさんは、全く動きがないことに疑問を抱いた様子だった。

 しかし、すぐに必殺スキルを発動し、投げた――上空に退避させていたグリマルキンがトムさんに変わり、お互いが増殖して総勢八人に増える。

 ここからは増殖速度を上回るスピードでトムさん全員を倒さなければならない。

 だが、トムさんが分身を終えてもまだカシミヤは動かない。


『…………』


 トムさんもその動きを怪しいと感じたのか、八人の一人を斥候のようにカシミヤへと向かわせる。

 減速状態の結界内でもなお姿が霞むほどの超音速機動で、トムさんの一人はカシミヤに近づき、


 ――首が落ちて消えた。


 それは減速状態の結界の中だというのに、俺の目に映りすらしなかった。


「……なんだ、あれ」


 減速してもなお抜刀の瞬間は見えず、コマ送りのように鞘の中の刀は既に抜き放たれていた。

 同時に、超音速機動状態にあったトムさんの首が落ちている。

 トムさんは一人減ってもすぐに増殖して元通りの八人になったが、それは暗に増殖分身を使うトムさんでなければ今の一瞬で勝負が決まっていたということだ。

 分身が目立つが、トムさんは一人でも決して弱くない。

 戦闘に熟練した超級職であり、分身がなくても他のランカーと肩を並べるだろう。

 それでも、“断頭台”カシミヤの手にかかれば一瞬で首を斬られる。

 その光景に寒気がした。


「あれは、カシミヤが一撃でトムのHPを削りきったのか?」

「違う、ネメシス。あれは多分……傷痍系の状態異常で死んだんだ」


 俺がデンドロで最初に受けた【左腕骨折】や【右足骨折】といった状態異常があるのだから、【頸部切断】なんて状態異常があってもまるで不思議じゃない。

 状態異常としての効果は……見てのとおり即死か。


「あの剣速で無防備な首を落とす、か。だがEND自体が異常に高い相手や鎧に覆われた相手には効かぬのではないか?」


 そんなネメシスの疑問に、先輩が答える。


「東方の剣術関連のパッシブスキルには、《剣速徹し》というものがあります。自分の攻撃に対して相手が防御できなかったときに、自身のAGIの一〇%にスキルレベルを掛けた値だけ相手のENDを減算するというものです」


 仮にAGI一〇〇〇でスキルレベルが一なら相手のENDを一〇〇減算、スキルレベルが一〇なら一〇〇〇減算ということか。


「カシミヤのスキルレベルは最大値の一〇でしょう。しかし、それ以前にカシミヤの抜刀速度が速すぎます。素のENDは在って無いようなものです」

「……ちなみにそれ、数値がゼロ以下には?」

「そうならないのが救いです」


 ENDがマイナスという状態がいまいち想像しづらくはあるが、カシミヤの斬撃ではそういうことは発生しないらしい。


「ENDが減算ということは、装備の防御力は残りますか?」

「はい。ですがそれを言えば、カシミヤの方も武器の攻撃力があります。抜刀術関連のアクティブスキルを乗せたカシミヤの斬撃、装備の防御力だけで耐えるのは難しいでしょう。……《アストロガード》を使用していなければ、私の【マグナムコロッサス】でも斬られます」


 ルークの質問に対し、先輩は何かを思い出すように首を撫でた。

 そうして俺達が説明を受ける間にも、試合は進んでいる。

 トムさんの首を落としたカシミヤは抜き放った刀を鞘に戻し、またも何かを待つように抜刀の構えのまま不動となる。

 一体、何を待っているのだろうか。


『疾ッ!』


 動かないカシミヤに対して、トムさんが先に動いた。

 八人のトムさんは、全員が武装を弓矢や投擲ナイフといった中遠距離武器に変更する。

 そして超音速機動のまま散開し、カシミヤを遠巻きに囲うように動き回る。

 不動のまま沈黙するカシミヤと対照的に、八人のトムさんの鳴らす足音が舞台に響く。


『射ッ!』


 そうしてトムさんは抜刀術を警戒しつつ、遠距離攻撃で牽制するように攻撃を繰り返している。

 カシミヤは僅かに身を逸らしながら、回避している。

 だが、その回避の動きから計算したのか、トムさんはカシミヤが回避できないであろう角度と数で集中攻撃を浴びせかける。

 無数の矢とナイフの的になったカシミヤを幻視したが、


『《鮫兎無歩コートムーヴ》』


 一瞬だけカシミヤの足元に魔法陣――どこか鮫を思わせる文様のもの――が浮かぶ。

 その直後、カシミヤは十数メートル離れた場所――トムさんの一人の目前に出現していた。

 ついでとばかりにトムさんの首が落ちた。


「今のは……瞬間移動?」


 以前、カシミヤと初遭遇した時にも、カシミヤは今のように突然出現していた。

 恐らくはあのときも同じスキルを使っていたのだろう。

 だが、瞬間移動ほどの能力は俺が知る限りは必殺スキルしかないが、スキル名は明らかに必殺スキルのものではなかった。

 俺がそんな疑問を抱いていると、


「《鮫兎無歩》。カシミヤの<エンブリオ>、イナバのアクティブスキルです」


 先輩が説明を始めてくれた。


『……クマニーサン不在でマリーが使い物にならぬから、ビースリーの解説が本当に助かるのぅ』


 そうだな。あとやっぱり俺の周りって解説者多いわ。


「足元に一瞬だけ出現したあの鮫模様の魔法陣はいわば動く床です」


 鮫模様、と言われても俺にはよく見えなかったのだが。


「瞬間移動、とは違うんですか?」

「ええ。そんな便利なものではありません。むしろ、<エンブリオ>の固有スキルとしては非常に控えめな性能です」

「控えめ?」

「あれは『自分のAGIと同じ速さで歩かずに移動する』だけのスキルです。強いて言えば、《鮫兎無歩》の陣の上にいる間は空気抵抗や慣性が生じないこと、そして抜刀術の構えを取ったまま移動できるのが利点でしょうか。カシミヤが使わなければ、平凡なスキルです」


 足を動かす必要ないだけで、速度は変わらないスキル、か。

 それなら、たしかにスキルとしては平凡に思える。

 もっともそれは……。


「平凡なのは、カシミヤが【抜刀神】でなければの話、か」

「はい」


 【抜刀神】の《神域抜刀》により、抜刀モーション中限定だがカシミヤのAGIは五〇万に到達する。

 つまり、《鮫兎無歩》の発動と同時に抜刀モーションに入っていれば、基準となるAGIは五〇万ということだ。

 決闘開始と同時に肉薄して相手の首を刎ねるのも容易だ。


「……逆を言えば、トムさんはその初手をこれまでずっと凌いできたわけか」


 同時に納得する。トムさんが分身で一度に襲い掛からないのはそのためか、と。

 通常、トムさんがその再生能力と数を活かすなら、安全圏に一人ないし二人を退避させて、残った全員で捨て身の攻撃を仕掛け続けるのが定石だ。

 けれど、あんな移動能力がある以上、それは悪手。

 最悪、接近した分身達を一度の抜刀で軒並み切り殺され、挙句に《鮫兎無歩》で距離を詰められて残りも殺されかねない。

 カシミヤの大太刀は二本あり、腕は生身の両腕と補助腕で四本。二回までなら連続で抜刀できるはずなのだから。

 それが分かっているから、トムさんは固まらずに散開しながら戦っているのだろう。

 カシミヤが速いのは抜刀モーション中だけなので、《鮫兎無歩》の超々音速移動も長続きはしない。

 一度の抜刀範囲に一人だけしかいないのならば、絶対にカシミヤはトムさんを倒しきれないのだから。


「トムさんでなければとっくに終わっているな……」


 カシミヤの持つ力は、俺が知る<超級>と比較しても遜色がほぼない。

 むしろ【魔将軍】あたりなら悪魔軍団を掻い潜ってその首をとることも容易いと思える。

 なるほど、ジュリエットを始めとした決闘ランカー達が「実力ではカシミヤが二位」と言い切っているはずだ。

 二位のトムさんとの相性差という“蓋”がなければ、今の王国の一位がフィガロさんとカシミヤのどちらであるかは俺にも分からない。


「……<エンブリオ>とあのカシミヤの才能がマッチしすぎておるの」


 ネメシスの言うとおりだ。鎖の補助腕といい、《鮫兎無歩》といい、カシミヤのイナバはその全てを抜刀術に特化している。

 正確には……カシミヤの矮躯で抜刀術を駆使するために特化している。

 抜刀のための腕の長さも、幼い体での抜刀の間合いも、あの<エンブリオ>だからこそ完全に穴を塞げている。

 <エンブリオ>の性能は<マスター>のパーソナルと無関係ではない。

 ならば、あのカシミヤがそこまで抜刀術に全霊を注ぐ理由がどこかにあるのだろうか?


「……千日手、ですね」


 試合を観察していたルークが、ボソリとそう呟いた。

 たしかに、完全に状況は膠着している。

 トムさんはカシミヤの抜刀術と《鮫兎無歩》の組み合わせを破れない。

 しかし、カシミヤもトムさんの分身を倒し切れない。

 お互いに決め手を欠いている。


「これまでの決闘は往々にしてスキルを使用し続けたカシミヤのSPが先に尽き、トム・キャットが勝利してきました」

「持久戦、か」


 トムさんの《猫八色》はあれほどの破格でありながら、コストパフォーマンスが良いらしい。トムさんが《猫八色》以外にアクティブスキルの類を使用しないのも、両者の持久力に差ができる理由だった。

 ならば、今回も同じなのか。

 トムさんの牙城を崩せないままカシミヤは、……………………ッ!?


「レイ君?」

「レイよ、どうしたのだ? 青い顔しておるぞ?」


 先輩とネメシスが、心配そうに声をかけてくる。

 それほどに、今の俺は顔を強張らせていただろうか。

 だが、正直に言って……自分でもその理由が分からない。

 カシミヤを見ていて、なぜか――言いようのない寒気を覚えた。

 だが、同じように試合を見ていた先輩やネメシスにはそんな様子はない。

 ルークも……いや。


「…………」


 ルークは俺と同じだった。

 「何か強い衝撃を受けたのにその衝撃の正体も理由も分からない」、そんな顔をしている。


「一体何が…………あれ?」


 そこで、おかしいと気づく。

 あまりにも、闘技場が静まり返っている。

 誰も彼も、理解が出来ないという風に……舞台の上を見ている。

 舞台の上では、カシミヤが左手に持った太刀をゆっくりと黄色の鞘に納めている。

 カシミヤを取り囲んでいたトムさんの足音は聞こえない。



 代わりに――舞台の上には八つの首なし死体があった。

 傍には……頭部も転がっている。



『――《我流魔剣・八色雷公(やくさのいかづち)》』


 カシミヤが一言そう呟いて八つの死体……八人のトムさんは光の塵になった。

 直後に舞台の結界が消える。

 それが意味することは、たった一つ。

 カシミヤがトムさんを破った……その一事のみ。


『……け、決着ゥ!! 決闘の勝者は、【抜刀神】カシミヤ!! カシミヤが第二位に昇格です!!』


 遅まきに舞台上の有様を確認したアナウンサーが慌てて決着を告げ、観客も理解したようにざわめき始める。

 それは勝者への喝采でも、決闘そのものへの称賛でもない。

 それはひたすらの困惑。『いつの間に決闘が終わった?』という、俺が抱いているのと同じ思い。

 そうして誰の目にも決着の瞬間、その兆しさえも見えないまま……トムさんとカシミヤの決闘は終わった。

 カシミヤが第二位になり、フィガロさんへの挑戦権を得たという結果だけを残して。


 ◇


「…………」


 違った。

 もう一つ、残された結果があった。


「む? レイよ、呆然としているがどうしたのだ? その手に持っておる券はなんだ?」

「……今の決闘の闘券」

「またか。それで、今回も<超級激突>と同様にオッズの手堅い方に賭けていて、今度は負けてしまったのか? ギャンブルとは負けるものだぞ。それで、いくら賭けたのだ?」

「五〇〇〇」

「五〇〇〇リルか。御主にしては常識的な金額だの」


 ……いや、違うんだ。


「五〇〇〇…………()だ」

「…………おい。おいおいおいおいこのたわけぇ!?」


 ネメシスが名状しがたき表情で俺の胸倉を掴んでガクガクと揺らしてくる。


「ごせ、ごせんま……あ、あほか御主ぃ!? そんな大金、そんな……えええええ!?」


 現実が飲み込めていないのか、ネメシスは上手く言葉も出せない様子だった。

 マリーと先輩も「何やらかしてるんです?」という感じの顔で俺を見ている。

 しかしルークはニコニコしているので、きっと分かっているのだろう。


「ネメシス。違う。逆だ」

「逆、逆とはなんだ!?」


 いや、だからさ……。


「俺、カシミヤに(・・・・・)賭けたから」

「……………………はえ?」


 ネメシスは、いよいよ思考回路がパンクしたような表情で呆然と声を漏らした。


「なんとなくカシミヤに賭けたんだよ。さっき会ったときに自信ありげだったしさ」


 そしたら実際に勝利した。

 カシミヤのオッズは五・五倍だったので、五〇〇〇万リルが二億七五〇〇万リルに早変わりである。すごい。


「…………言いたいことがありすぎて、もう言葉が詰まって出てこぬ。が、一つだけ言う」

「ああ」


 ネメシスはこの短い時間で憔悴した顔で俺の目を覗き込みながら、


「御主、もうギャンブルするな。怖い」


 心の底から吐き出すような声でそう言ったのだった。

 何と返したものか悩んで、俺の口から出てきた言葉は、


「…………ガチャはギャンブルに入りますか?」


 回答は毎度お馴染みのドロップキックだった。



 To be continued

(=ↀωↀ=)(=ↀωↀ=)(=ↀωↀ=)(=ↀωↀ=)

(=ↀωↀ=)(=ↀωↀ=)(=ↀωↀ=)(=ↀωↀ=)

トムの墓


( ̄(エ) ̄)<八無茶しやがって……


追記:鞘の色は誤字ではありません

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[一言] チェシャくん、名無……
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